第45食 大丈夫! 先輩がついてるから!
講義室の静寂をあとにした二人は、今や喧騒のど真ん中。
多くの学生が集まる正門前の広場へと、その場所を移していた。
リタだけをベンチに座らせ、いつでも逃げ出せるようミツルは立ちっぱなし。
それでも彼は会話を楽しんでいた。
「君とノイチは、どんな学校通ってたの?」
本人がいなければ名前で呼べる。
芋男子精神全開のミツルは、ノイチの過去に興味津々。
彼女の同級生であるリタへの質問は尽きなかった。
「知らないんですか? フェニ女ですよ」
都内屈指のミッション系、フェニス女学園。
ミツルのような地方出身者でもその名を知る、男子禁制の超有名女子校である。
「なんでぇ……」
そんな学校を出て、なぜノイチはピンクギャルになり、リタに至ってはサイド丸刈りの背中ガバ開き服を着るようになってしまったのか。
ミツルにはまったく理解ができなかった。
「知らないんですか? フェニ女って校則がないから、自分たちみたいなの、けっこう多いんですよ」
――校則がないって、何だよ。
鉾田で同じことしたら、無法地帯になっちゃう。
いや、こっちでもなってんのか。
だからこういう、なんか……うん。
それにしても、おっそろしいな。大都会は。
人には理由がある。
さきほどまで理解できなかったことが、氷の塊が解けるかのようにスッと受け入れられる。
心に余裕を入れる隙間が生まれたミツルは、ふと腕時計に視線をやった。
「じゃあ、そろそろ……でも買い物行く前に、お昼ごはん行かなきゃね? お礼としてご馳走するけど、何か食べたいものとか、ある?」
「えぇ!? いいんですか!? でも、二人っきりでご飯行くなんて、ノンノンに悪いかも」
「ノンノン……」
――フランス語みてぇだな。
異国情緒あふれるノイチのニックネームに面食らいながらも、ミツルは話を戻そうとする。
「それで、なにを食べ……」
「話は聞かせてもらったわ!!」
突如として現れたのは鵜飼卯花。
本命カップル一筋でそれ以外は認めないノマカプ厨の彼女は、持ち前のストーカー根性逞しく、なんやかんやでミツルの腕時計にも盗聴器を仕込むことに成功していた。
「ウカウカ先輩? え? なんの話?」
「皆まで言わなくて大丈夫よ、真菜君。私もついていってあげるから。そうすれば、浮気にはならないでしょう?」
そういうことではなく、なぜ来たのか。なぜ、ここがわかったのか。
――なぜ、なに? 浮気? 何を言ってるの、この人は。
なぜなぜなーぜなーぜで心がグルグルと回転するミツルは、状況についていけない。
「いい考えですね! 工学部の鵜飼先輩ですよね? 一度、喋ってみたかったんですよ!」
なぜかテンションの上がる後輩。
「ウカウカ先輩でいいわ。美味しい『せち焼き』のお店があるから、そこに行きましょう」
なぜか聞いたことのない料理を誇らしげに語る先輩。
喋らなければ美人の二人に挟まれ、ミツルは人生初の『せち焼き』へと挑む。
食欲をそそる、出汁の効いたソースと熱に煽られたマヨネーズの香り。
甘く、香ばしく焼けた卵の匂いも素晴らしい。
仕上げにトッピングされたかつお節は踊り、青のりの色味も鮮やか。
じゅうじゅうと音を立てる鉄板の上には見事な『せち焼き』が乗せられていた。
「うまぁ……なにこれぇ?」
卵で包み込まれたソース焼きそばが、口の中で繊細にほどけていく。
オムそばともまったく違う、完璧と言っていいほどのふわトロ一体感。
値段もリーズナブルで、こんな美味しいものがあるなんて、もっと早く知りたかった。
未知の地方グルメが、ミツルの人生をまた一つ豊かにした。
「せち焼きって、知りませんでした。こんなに美味しいんですね?」
「当たり前やん、何言うてんの?」
ミツルの食べっぷりに嬉しくなったウカウカ先輩は、たまらず郷土言葉が出てしまう。
一方で彼は、過去の出来事を頭の中で整理して、彼女の人となりを見出していた。
「あの……この前、和歌山ラーメン、食べてましたよね? もしかして、紀州出身なんですか?」
「当たり前やん、何言うてんの?」
鵜飼卯花、二十一歳。
魂のリピートである。
「いいなぁ、二人とも。故郷があって」
都内出身のリタが羨望のため息をつく。
「しらす……焼けたよ?」
その意味がよくわからなかったミツルはスルーして、彼女にも食べるように勧めた。
「いただきまーす!」
リタは焼きたてのせち焼きを口にして、その熱さに目を白黒させた。
奮闘する後輩を横目に、ウカウカ先輩が尋ねる。
「……どや?」
「おいっしい!!」
「当たり前やん、何言うてんの?」
鵜飼卯花、二十一歳。
この場で一番気持ち良くなっている人物であった。




