第44食 リタ・リタ・マルガリータ
問題は、何を返すべきかだった。
時刻は十時二十分。
腕に光るブルーメタルに目を落としながら、ミツルは真剣に考える。
――ギャルって、何が好きなんだ?
時計の送り主であるノイチの顔を思い浮かべた彼は、正解をすぐに導き出す。
――ギャルっていうか、アイツの場合は現金だな。
大講義室のこれ以上にない端の席、通称『ぼっち席』での思考は冴えわたった。
――そうだけど、そういうことじゃないね。せっかくだから、何かプレゼントしてやりたいもの。でも、何を買ったらいいんだろう? さっぱりわからない。
と思いきや、迷いが生じる。
「今日の講義は以上です。次回は第四百七十章『電子マネー時代における、他人の小銭をスマートにせしめる実践マクロ経済学』に入ります」
ついでに、講義内容についてもさっぱりだった。
教壇の老教授がペコリと一礼し、マイクの電源を切る。
百人規模の学生たちが一斉に立ち上がり、次の教室や学食へ向けて大移動を始めた。
そんな中、ミツルだけは動かない。
孤高の大学生活を送る彼は、この席から人波が引いていくのを眺めるのがルーティンだった。
「腕時計なんて、してましたっけ?」
ルーティンだった。彼の視界に、そいつが入ってくるまでは。
「どちら様?」
「先輩、ですよね? 自分、一個下のリタって言います」
しれっと隣に座ってきたのは、サイド丸刈りマルガリータ。
その髪型から露出度の高いファッションまで、
何もかもがエッジの効いた、リタと名乗る女だった。
「ジブン? ……なんだい? 君は……そのぉ」
軍人みたいな一人称。
そして攻めた髪型。
こんな女、もし街で会ったら避けて通る。
ミツルはひとさし指で机をトントンと叩き、精神を整えた。
「だから、リタですって。先輩、彼女でもできたんですか?」
名前を何度告げられようが、知らないことに変わりはない。
ところがどうだ、キャンパスで見かけたことぐらいはあるけれど、
知人でもなければ友人でもない、
そんな女が旧知の仲のように、プライベートな話題に踏み込んでくる。
「先輩っていつも、ノンサーのオーラ全開で端っこにいますよね。自分もなんですよ。なんか安心しますよね、この席」
知らなかったわい。
どこにいた? その髪型で。
「遅れるよ? 次の講義……」
ビックリ仰天の余韻が激しく、何も言い返せないミツルはそれだけを絞り出す。
「あ、大丈夫です。今日は一限目だけなんで」
やっべ、一緒だ。
ここで相手のペースに流されては、変人ピラミッドの層が厚くなるばかり。
そう思ったミツルは、得意技である『おいとま』を披露しようと身構えた。
だが、運命の神様は、またしても彼に受難を与える。
――そこ座ってたら、通れねぇっぺよ。
背には壁。
目の前を塞いでいるのはスタイリッシュな女。
通路へと出るには、目の前のゴリゴリの変人を討ち倒さねばならない。
覚悟を決めたミツルは先制攻撃に出る。
「悪いんだけど、通してくれる? 次の講義、遅れちゃうから」
彼の人生の八割を彩ってきた、百戦錬磨のハッタリである。
「あっはっは! 嘘ばっかり言って!」
が、通じない。
読心術の使い手か?
ミツルは居直って、切り込んでいく。
「どうして、わかったの?」
「だって、お弁当持ってないじゃないですか。いつものデカ盛り弁当」
――こいつ、よく見てやがる。
自分より数回りは細い、目の前の女に戦慄する。
「……どこで、見てたの? いつも」
情報戦で負けていると察したミツルは直ちに戦略を変え、柔らかく微笑んだ。
なるほど、これは危ない匂いがする男だ。
リタの目に映ったのは、マイルドとワイルドが共存する、鉾田出身の素敵なお兄さんの姿だった。
「後ろの席から。先輩がいつも持ってきてる、でっかいお弁当って、彼女さんが作ってくれてるとか?」
――どっちなんだ、こいつ。
事と次第によっては、警察沙汰に発展する可能性もある。
だが、このリタとかいう女。
サイドこそ刈り込まれているものの、特有の邪悪さを感じない。
そもそもこの女が、規制法が施行されている存在だというのなら、
ノイチと一緒に暮らしていることぐらい、知っているはず。
さっきから確認するように彼女彼女うるさいし、何かがおかしい。
「リタちゃんは、一個下だっけ? 年もそうなのかな?」
「はい」
――まさか。
さすがにそんな偶然、あるわけがない。
しかし彼が生きるのは、奇人変人が渦巻くワンダーランド。
念のため、伺ってみる。
「合唱コンクールの歌、なんだった?」
「Hail Holy Queenですけど?」
ほれみたことか!!
こいつ、ノイチの同級生だ!!
おかしいと思ったんだよ!!
アイツ、俺と違って、明るくて真っすぐなギャルなのに、ひとっつも友達付き合いとか見せなかったから!!
大方、アレだろ!?
この同級生に、なんか変な指令出して、俺を監視してたんだろ!?
作った弁当捨ててないか、とか。
プレゼントした腕時計外してないか、とか。
なんか、そんな、しょうもない理由で。
捨てるかよ!!
美味いんだよ、お前の弁当!!
美味くなくても、せっかく作ってくれた弁当なんだから、捨てられるわけがない!!
時計!?
外すかよ!!
これ、いいよ!! 実際、時計って、してみるとすごく便利!!
あまり俺をナメてくれるなよ、秋風ノイチ!!
こうなれば、ミツルは大胆に行動できる。
悪ガキとして名を馳せた、少年時代のパワーが彼に宿る。
「あれ? なんか、ちっちゃい虫みたいなの、止まったかも。ちょっと後ろ向いてくれる?」
「えっ? やだぁ……取ってくれます?」
いや、性欲の服!!
背中がバッカーンって、開いた服!!
なにこれ!?
ミッション系卒業者だって、わかるわけないじゃん!!
よく気付いたな、俺!!
マジで!!
でも、ごめんね!!
そして、さよなら!!
「オラァ!!」
首で結ばれていたストラップを解くミツル。
「きゃあ!?」
見た目に反し、可愛い声を上げるリタ。
安定性を失った服を両手で押さえ、隙だらけになったリタの背後を通り抜けたミツルは、猛烈な勢いで講義室を飛び出した。
「ちょっと!? 待ってくださいよ!! 先輩!?」
誰もいなくなった講義室に響くリタの声。
果たして、この女の真の目的は何なのか。
「彼女さんへのプレゼントなら、自分が一緒に行って、選んであげますって!」
どうやら、そういうことらしい。
「……それを早く言えよ!!」
ワンダーランドへ、おかえりなさい。
その件でお困りだったミツルは、チョロくも講義室に戻ってきた。




