第47食 プレゼントは鮮度が命! なにやってんだ、ミツル!
帝都ホテルの最上階に展開される、ビュッフェレストラン『ロイヤルバイキング・イーヌ』。
事前予約が必要だが、この店は宿泊客でなくても利用ができる。
ランチ・大人一名一万五千円、ディナーは二万円。
帝都ホテルの名に恥じない高級レストランは、品質においても最上級を誇る。
上品な出汁の薫る和食から、彩り鮮やかな中華、果ては濃厚なソースが麗しいフレンチまで。
店内には、一流のシェフたちによって磨かれた、様々な料理が並べられている。
「 いらっしゃいませ。お席までご案内いたします」
白のスーツがしゃらくせぇ。
横分けコンシェルジュに促されるまま、ミツルは窓辺の席へと移動する。
「どうぞ」
さすがは一流ホテルのコンシェルジュ。
中世の治安の悪さに由来する、レディファーストが徹底されている。
彼は重厚で清潔感溢れる木枠の椅子を引き、ミツルの後ろにピッタリと重なっていたノイチを座らせた。
「ドモドモ」
ペコペコと、頭を下げるたびにピンクのショートボブが揺れ動く。
委縮する彼女を安心させようと、ミツルも席につき、態度で示す。
「どもども」
あまり変わらなかった。
「ディナーは時間無制限となっております。どうぞ、心ゆくまでお楽しみください。各種料理の食べ方や、ご不明な点がございましたら、私どもに何なりとお申し付けください」
九十度下げた頭を起こしたコンシェルジュは、キビキビとした動きで去っていった。
カトラリーが皿に触れる微かな音と、低く響く歓談の声。
窓の外には緑豊かな公園とオフィス街が融合した夜が美しく瞬いている。
豪奢な空間が広がる中、安心を求めたノイチは身を乗り出して、ミツルへと顔を寄せた。
「ちょっと、どうしたの? 急に。私たち、場違いじゃない?」
その声のトーンは、いつもより数段落としたものだった。
――その通り。俺、ちょっとやりすぎちゃった。
「いやいやいやいや。俺たちはどこ行っても、場違い。だから、何も気にする必要がなぁい」
態度だけは開き直っていたミツルだが、その視線はノイチに釘付けになっていた。
彼もまた、非日常の空間にビビっていた。
「あはははは! 笑わせないでよ!」
ノイチはいつものように明るく笑うと、夜景を楽しみ始めた。
一緒になって、肩の力が抜けていくミツル。
右手は無意識に懐を触っていた。
三十万とんで三千円。
ミツルの内ポケットには、ノイチへと渡す予定だった指輪が入っていた。
だった、というのには理由がある。
交換条件で指輪の代金を立て替えてくれたのは、彼の先輩である。
ミツルはまだ、その条件を満たしていない。
対価を支払っていないプレゼントを渡すのはいかがなものか。
そう考えた彼は、今夜のディナーをひとまずのところのプレゼントとしていた。
「綺麗……宝石みたい」
風景を楽しむノイチの呟きが、静かに鼓膜を貫く。
宝石と言えば指輪。指輪と言えば宝石。
ミツルの肩に、再び力が入る。
気づけば彼は、トンと、弾くようにテーブルを叩いていた。
「……びっくりした。どうしたの、ミツル?」
どうしたもこうしたもない。
いい加減、いちいち胸を貫くようなことを言ってくれるな。
鼓動の高鳴りをひた隠しにしたミツルは、左腕に輝くブルーメタルを彼女へと見せつけた。
「時計、ありがとう。今日はその、お礼」
本来であれば、懐の指輪がその役割を果たすはずだった。
ミツルという男の面倒臭さが、如実に表れている二段構えのお返し。
「え? そんなことだったの? なんだぁ、別にいいのに……でも、ありがとう」
そんな事情も露知らず、ノイチは幸せを振り撒くかのような笑顔を彼に向けた。
――最高だ。
まだ渡せない三十万三千円。
頑張れ、ミツル。
交換条件を思い、額に浮かぶ冷や汗を拭って、いざ高級ビュッフェのスタートだ。
「ミツル……なんか、変じゃない? 具合でも悪いの?」
スタートじゃない。
彼を思うあまり、ノイチが無自覚に出鼻を挫いた。
「いやいやいやいや。絶好調ですから」
「でもなんか、汗かいてない?」
「あったまってるの。体が。食べ放題は汗かいてからがスタート、みたいなところあるじゃん?」
「そう? 無理しないでよ? せっかく特別なところに来たから、記念日にしたいし」
「記念日? いいねぇ……いっぱい食べて、優勝しよう」
――指輪は、誕生日にでも渡してやろう。
今日は何もかも忘れて、食事を楽しもうじゃないか。
そういえば、ノイチの誕生日って、何月何日?
「誕生日って、いつだったっけ?」
「明後日だけど?」
「おめでとう!」
懐から取り出したるは、ピンクの宝石が輝くゴールドリング。
ノイチが驚きのあまり固まり、レストランの高級な空気が数秒間、完全に止まる。
――なにやってんだ、俺はァァァァ!!??
ついでにミツルの心臓も止まる。
「これって……ミツル……」
ノイチは口元を両手で覆い隠し、頬を桜色に染め上げながら、指輪とミツルを交互に見る。
「あの、気持ち。俺からの」
言葉足らずに状況を説明するミツル。
「こういうのって、普通……食べ終わってからとか、そういうタイミングで渡さない?」
「そう……かもね。ごめん、あの……気持ちが出ちゃって」
時計だけではない。
たどたどしかったが、日頃の感謝の気持ちを、彼なりに精一杯伝える。
「……私が断ったら、どうするつもりだったの?」
「断るとか、あるの?」
どこからだろう。
気づけば時は動き出し、思いの強さがすれ違い始めていた。
一方は、ただプレゼントのお返しをしただけ。
もう一方にとっては、夜景の見える高級レストランで指輪を渡される。
齟齬があっても無理はない話であった。
ノイチにとってのとどめは『断るとか、あるの?』という、ミツルの自信にあふれた言葉だった。
彼女はミツルの手を取りながら、白い歯を零した。
「ううん、ない。嬉しい……よろしくね、ミツル?」
「ああ。これからも、よろしく」
ノイチは黙って左手を差し出した。
察したミツルは指輪を手に取り、『MM』と刻まれたネイルの先を通してやった。
驚くほど、ピッタリだった。
「……じゃあ、食べようか?」
「うん! ここって、なにがあるの?」
「なんか、すごいみたいだよ? ステーキとか天ぷらとか、まず一緒に食べることのない料理たちが……」
立ち上がった二人は仲睦まじく店内の風景に紛れていく。
真菜ミツル。
少し天然なところはあるが、彼ならば、これからもきっと、愛する人を大切にしていくことだろう。
秋風ノイチ。
このあと彼女は、バッシャバッシャと手元のアップを撮りまくり、それをSNSで自慢する。
もちろん『たった三十万ぽっちの指輪で、何をアピってるんだか』という勢力が現れたが、指輪の代金を立て替えてくれた怖い先輩がそれらを粛正したのは、また別のお話。




