第42食 奇跡のお尻
【ミニオンドット】
1/8192のプレミアフラグを契機にメダルの大量放出が行われるパチスロ機である。
遊技人口が低迷を続ける中でも、この機種だけは客足が絶えない。
高すぎる射幸性。業界の救世主とさえ謳われる人気機種。
だが、知る者だけは知っている。
この台がホールに並ぶとき、ひとつの時代が必ず終焉を迎えるということを。
かつて名を馳せたスロッターは皆、口を揃えてこう言い遺した。
『救世主とは、すなわち破壊の神である』と――。
大勝ちを収めたミツルとノイチが歩いていたのは、
人気機種『ミニオンドット』ばかりが並べられたシマだった。
「あれ!? あの人、仲邑さんじゃない!?」
その姿をいち早く発見したのは、もちろんノイチである。
「え?」
頭の中が家で待っている飼い猫一色で染まっていったミツルは、
気の抜けた声を出しながら彼女の指差した人物を目で追った。
そこには加熱式タバコを片手にレバーを叩く、赤ぶち眼鏡の女性の姿があった。
クリムゾン仲邑、三十六歳。
最近になって、人生初の彼氏ができた彼女はまさにハッピー状態。
しかし、その表情は浮かないものだった。
「こんばんは!」
――バッカヤロウ、どう見てもそのテンションで話しかけちゃダメだろ。
明るく声をかけるノイチに、心の中で突っ込むミツル。
放っておけばいいのに。でも、そうもいかないか。
と、かつてのアルバイト先の上司でもある仲邑に、彼も声をかける。
「お久しぶりです」
「あなたたちは……」
ちゃんと喋ったこと、なかった。
二人の存在に気づいた仲邑は、過去の自分の態度を少しだけ悔やんだという。
「相変わらず、仲がいいのね」
関係の再構築は、大人の女の専売特許。
仲邑はシガレットをスポッと抜くと、それをクールに灰皿の中へと放り込んだ。
「えへへへへ。仲邑さんこそ、どうなんですか? アスカさんとは」
「おい……」
恋の話とくればグイグイ迫る。
そんなノイチに、ミツルは呆れるしかなかった。
飛鳥御光、三十六歳。
言わずと知れたガチヒーロー。
クリムゾン仲邑の幼馴染であり、彼氏である。
「……今、出張中」
ヒーローは忙しい。
仲邑にとって、それは悲しき宿命でもあった。
「えぇ!? 寂しくないんですか!?」
寂しいに決まってるだろうがぁ!!
猫耳も、尻尾も、首輪だって用意して、
大好きな『みぃくん』の帰りを待ってるんだ、私は!!
それだけじゃない!!
あの頃の制服から、二つ縛り用のゴム、
将来を見据えたブライダルレースグローブまで、
コスプレの準備はもう完璧!!
次の日の仕事に支障が出るほど、愛し合ったことはあるの!?
無いでしょうね!!
そっちが連れてるヒョロガキと違って、体力が違うんだから!!
私の『みぃくん』は!!
ナメるな、クソガキがぁ!!
「……まぁ、大人だしね。お互いに」
心は沸騰、言葉はそっと。
仲邑は落ち着いた声でノイチの相手をする。
「早く帰ってくると、いいですね?」
「え? ……うん」
何、この子……もしかして、いい子?
クリムゾン仲邑、三十六歳。
人が持つ清らかさに弱い、お年頃である。
彼女が見せたのは好きの隙。
生まれたチャンスを逃しやしない。
動き出したのはミツルだった。
「お邪魔してすいません、僕たちはそろそろ……」
「なんの台打ってるんですか、これ?」
おいとま失敗。
軽やかに切り出したミツルであったが、
それ以上に軽やかな頭脳を持つノイチの言動に軍配が上がる。
「ミニオンドットだけど……打ってみる?」
まずい。
ここでノイチに叩かせて、フリーズでも引かれた日には。
ミツルはその先に待っている気まずい展開を想像して、冷や汗をかく。
「いやいやいや! もうホント、帰らなきゃいけないんで……」
「へぇ! 面白そう! どうやってやるんですか?」
だーれも見てない、俺のこと。
なんもう、嫌いかも。
徒党を組んだ女子たちが。
自分がモブと化したことに拗ねるミツル。
「レバーを倒すだけでいいわ。なんかもう、今日はずっと引けなくて……。あなたたち、勝ってきたみたいだし、その運の良さ、お裾分けして?」
ミツルの手の中にある特殊景品にチラリと目をやった仲邑は、甘い声を出して二人に頼み込む。
「いいんですか? タダでやっちゃって?」
「ええ。もし当たったら、お礼をあげるわ」
体をくねらせ、スペースを空ける仲邑。
遠慮を知らないノイチは、運命のレバーへと手を伸ばす。
知ーらね。
勝手にフリーズでも引けば?
一方、すっかり心までモブと化していたミツルは、冷ややかに事の成り行きを見守っていた。
運命の時間が迫る、緊張の一瞬。
ノイチが伸ばしていたのは左手。
本日、二十三回ものボーナスを引いた、まさしく神の左である。
すぐそばで、仲邑がこくりと生唾を飲む音が聞こえる。
トクン、と心臓が高鳴る。
意を決し、ノイチはレバーにかけた手に力を込めた。
「……えいっ!」
――カコッ。
「あぁ……残念」
「あれぇ?」
ブーンという低い音を立てながら、リールは回っていた。
歴の長い仲邑は即座にそれがハズレであることを察知し、
そんな彼女の様子を見て状況を判断したミツルは拍子抜けした声を出した。
――バシバシバシ。
指をスライドさせ、手慣れた様子でリールを止める仲邑。
これで帰れる。
ほっと息をついたミツルは、ノイチの手を握った。
「はい、もう帰るよ? お疲れさまでした」
「え? ボクもやっていけばいいのに」
「ボク?」
「そうだよ、ミツルもやっていけばいいじゃん。ボク」
「なにそれ? そのボクは下手くそすぎる。お姉さんぽさが、まったくない」
ツッコミ役であるミツルは、どんな小さなボケも見逃さない。
「俺はいいよ。その、お疲れさまでした」
「なんで!? やってよ、ミツル!! 私、ミツルの凄いところみたいんだけど!?」
「ないないない!! この世で一番すごくないから!! この俺は!!」
いつも通りのやり取りをする、ミツルとノイチ。
仲邑の座る筐体と椅子という狭い空間の中でも、それは変わらず。
二人はわちゃわちゃと動き始める。
「ちょ、ちょっと。こんな狭いところで動かないでよ」
ギャルのお尻が顔に当たり、なんとも言えない気分になる仲邑。
「ミツルもやった方がいいって!」
「うるせぇ! 帰るんだってば!」
ノイチと入れ替わるようにして、筐体を背にするミツル。
レバーにかかった彼のお尻が、今、奇跡を起こす――。
――プチュン。
薄暗い路地にひっそりと佇む、頑丈なアクリル窓だけの小さな小屋。
知る人だけは知っている、魔法の小屋である。
小さな受け渡し口から、綺麗に揃えられた大量の紙幣の載ったトレイが滑り出てくる。
慣れた手つきでそれを受け取った女は振り返った。
「どうもありがとう。おかげでとっても楽しめた。半分の七万円でいいかしら? それとも、少ない? そっちの言い値でいいわ」
クリムゾン仲邑、三十六歳。
手に職を持った彼女にとって、痛くも痒くもない金額だった。
「いや、あの……ワタシ、モラエナイ……」
マナミツル、二十歳。
一介の大学生に過ぎない彼に、その額面はあまりにも大きすぎた。
「じゃあ、私が代わりにいただきます! お疲れさまでした!」
秋風ノイチ、十九歳。
彼女はどんな状況であっても、お金はお金の精神で逞しく生きている。
「……またね?」
クリムゾン仲邑は満足げに笑うと、颯爽と夜の街に消えていった。
残された二人は、帰りにゲーム機を購入してから、少し遅い帰宅を果たした。




