第41食 止められない! 恋のジェットカウンター!
大音量のBGMが流れる店内。
それでも響くのは、ジェットカウンターに吸い込まれていくメダルの音である。
「レシートをお持ちになって、景品カウンターの方へどうぞ」
計測が終わり、機械から出てきた小さな紙きれをミツルへと手渡すと、店員は颯爽とホールに去っていった。
「すっげぇ……」
ミツルは魔法の紙を見て、感嘆の声を漏らすばかりだった。
総回転数、約二千回。
総ボーナス回数、二十三回。
ボーナス合算確率、八十六分の一。
終わってみれば、獲得枚数二千枚超。
秋風ノイチのパチスロデビューは、ハイパービギナーズラックの大勝利で幕を閉じた。
「これで、いくらになるの?」
「だいたい、四万円くらいだね」
投資を考えれば、上々の上。
秋風家の女たちの引きの強さは確かなものだった。
「え~? あと三万円くらい、足りないかも?」
ノイチは首を傾けて、ふにゃふにゃな声で訴えた。
「強欲だねぇ? でも、もう今日はやめた方がいいと思うよ? 目ぇ、ヤバいでしょ?」
「うん……」
彼女は熱くなった目頭を、ミツルの胸の中に預けた。
突然いちゃつき始めたカップルに、一人、また一人と衆目が集まり始める。
「おいおい……」
抱きしめるわけにもいかず、ミツルはそのまま放置するしかなかった。
「優しいねぇ?」
「なにが?」
「ミツルが、だよぉ?」
「……あっそ」
ギャルと言えばカラコンである。
ご多分に漏れず、ノイチも外出時はカラコンのお世話になっている。
おしゃれに関しては見逃しているミツルであったが、彼女の眼精疲労の兆候だけはしっかりと掴んでいた。
「ミツル、なにか打つぅ?」
「いや。もうこんな時間になっちゃったし。カフェオレだって、お腹空かしてるだろうから」
スマホを確認すれば、午後七時。
今頃は、お腹をすかせた猫ちゃんとばあちゃんが、首を長くして待っていることだろう。
ノイチの華奢な両肩を引き剝がしたミツル。
彼が目指す先は景品カウンター。
しかしノイチが、再び胸の中へと飛び込んできた。
「……なんだよ?」
ガッチリホールド。
体は細いが、食の太いノイチのインナーマッスルは、
そんじょそこらの女の比ではなかった。
冗談抜きに、ふりほどけない。
まさかの事態がミツルを襲った。
「……ハグして?」
「しない」
「どうして?」
――公衆の面前で、いきなり甘えやがって。疲れすぎだろ。力はすげぇけど、体力はないのか?
「……東京都迷惑防止条例違反だから」
「なにそれ?」
「捕まるよ? マジで」
「……いや!」
「うっ!?」
アバラが軋んだ。
彼女は、ただミツルに甘えていたわけではない。
そこにあったのは、世にも恐ろしい策略だった。
「じゃあ、ミツルがゲームの機械代、残り三万円、払ってくれる?」
「どうして俺が……うっ!?」
締める力が強くなる。
――コイツ、俺のこと千切る気か!?
「だって、ミツルも一緒に遊ぶんだよ? 払ってくれないの?」
「払うか……んなもん……」
下から顔を覗き込んできたノイチはふわりと笑うと、手の力を少しだけ緩めてくれた。
「はぁ、はぁ……」
「……ハグしてくれたら、許してあげるかも?」
「え?」
「どっちか、選んで!!」
「うっ!?」
力を込め直すノイチ、空気を取り込む力すら奪われるミツル。
このままでは死ぬ。
東京都迷惑防止条例違反で逮捕か? 三万でスッカラカンか?
残り少なくなった酸素で脳を動かし、悩みぬいたミツルが導き出した答えは――。
「払う……三万……」
実に意気地のないものだった。
景品カウンターでなにやら呪文のようなやり取りをしているミツルの背中が、光と音で疲れ切ったノイチの脳を癒やす。
一か八かの、ハグorマネー。
彼女にとっては、かなり背伸びをしたギャンブルになった。
ちょっとがっかりしたけど、目が痛いのには気づいてくれた。
抱きついても嫌がらなかったし、
もしかして……ああいうことされるの、慣れてる?
だとしたら許せない。
私以外に、ミツルにそういうことする女が。
え? ムカつくんですけど。
……ホントにいるの? そういう女。
ゼッタイやだ。
あ、なんか、怒ってたら喉乾いてきたかも。
「はい。喉乾いたでしょ? 余りメダルで交換したから、飲みな?」
「ありがと」
好き。大好き。
こうやって飲み物ひとつでも、きちんと私の好みを押さえてくれるし。
なんか、勝手にどんどん歩いていっちゃうし。
ねぇ、どこ行くの? 教えてよ。
「……なんだよ?」
「えへへへへ」
聞く代わりに抱きついても、なんかワイルドに返してくるし。
いい匂い。
私の選んだ柔軟剤だから、トーゼンだけどね。
「はぐれるなよ?」
「うん」
優しくて、ワイルドで、なんか謎。
ミツルは私のこと、どう思ってるんだろう?
三万円以下の女?
それとも可愛いのんちゃん?
「だからなんだよ? 捕まるぞ? マジで」
「あはははは!」
スロット屋さんって、いいところかも。
夢の国って感じで、ドキドキして。
外では恥ずかしくてできないことが、ヘーキでできちゃう……。
【ビッグバン・サクション】
大人気機種『ミニオンドット』のシマで、ピンクなギャルが恋する男の腕に絡みつくスロット専門店である。
傍から見ればバカップル。
二人の伝説の稼働はもう少しだけ続く。
ミツルたちは順調に、どこかで見たことのある赤い眼鏡のセクシーな女性客に近づいていた。




