第4食 立ちはだかる虚無
「あんた……本当に『聞こえし者』なんだね……」
「違うと思う。もう帰っていい? 怖くなってきた」
「お待ち。まだ、自分のお弁当を選んでいないだろう?」
スーパーマーケット、令和市場いそっぷ。
いそっぷの綴りはAESOP。
その店内、ミツルたちがいるデリカコーナーへとやってきたのは……。
「何だぁ? この店はぁ? ひっどい弁当や総菜だらけじゃあないかぁ!」
マッシュルームカットに肥満体型がトレードマークの中年男、トッシュ岡田。
この男は、日本一のコンビニエンスストア『S・Eマート』の広報宣伝部長である。
今日も競合潰しのため、トッシュ岡田はネガキャンという業務に取り掛かる。
「これぇ! 値段! 安すぎて、何使ってるか、わからないよぉ? これぇ! 近くにある『S・Eマート』なら、安心できる値段のプロダクトが、いっぱい置いてあるのになぁ!?」
トッシュ岡田のステマは、ほぼダイマ。
まわりの客に聞こえるよう、大きな独り言を振りまくトッシュ岡田。
もちろんそれは、ミツルたちの耳にも入る。
「なんだ、あいつ……気分悪りぃ」
「ね? せっかく、楽しく買い物してたのに」
「楽しかなかったよ、別に」
「え? なにそれ? ミツル、ひどい」
「やめろやめろ。そういう、ギャルのノリ」
「あっはっはっ! あーあ、私は楽しかったのになぁ……」
「お前……」
トッシュ岡田は、未来ある若者たちが見せるいちゃつきに――イラッ☆
バツイチでもあるトッシュ岡田は、目を血走らせてミツルたちに迫る。
「なんだ? 君たちは。公衆の面前で不埒な。他のお客さんの迷惑だよ!?」
投げやすいブーメランが、ミツルたちの足元に転がる。
これを拾おうと前に出たのはノイチだった。
「おっさん、自分のこと――」
ペチン。
ノイチの細い手首を掴んで止めたのは、ミツル。
ミツルに触れられ、頬をギャルピンク色に染めたのはノイチ。
始まりそうな、ラブロマンス&コメディック。
沈黙を支配する主人公の第一声に、デリカコーナーの客たちも注目する。
「……すいません。買い物、続けてください」
――まさかの低姿勢。
ぺこりと頭を下げ、ヤバい人間とのこれ以上の関りを避けようと必死なミツル。
パチンコ屋で培った危ない人間を嗅ぎ分ける力と、短期バイトで受けまくったパワハラの経験が、ここで活かされた。
「ふんっ。ガキがぁ」
鼻を鳴らし、勝ち誇った顔でミツルを見下すトッシュ岡田。
その光景を目の当たりにした、まともな大人たちは気付く――。
この二人、精神年齢が、まるで逆。
そして、未だミツルに手首を掴まれたままのノイチは――。
「…………」
口を半分開かせ、うっとりとした眼差しでミツルの顔を見上げていた。
「……うるさいよ?」
「喋ってねぇし!」
ラブコメ全開になりそうな雰囲気を、ミツルの鈍感力が阻止。
まさに、主人公の風格。
これを見せつけられたトッシュ岡田は再び――イラッ☆
「はぁ、やれやれぇ。店が店なら、客も客。リテラシーが低いねぇ? こんなんじゃ、誰もベネフィットを感じられないよぉ?」
ズレたビジネス用語が、胞子のように飛び出す。
若い二人は、これに食いつく。
「ベネフィットって、なに?」
「わかんね」
――カツン。
錫杖の音が店内に響く。
ついに弁聖ぼぎが、重い口を開いた。
「煩悩まみれのスキームだねぇ。それじゃあ、コンバージョンは取れないよ? 」
「ばあちゃん!? これ以上、わかんない言葉使わないで!?」
ワンダーランドの奥行の広さに、焦るミツル。
「あ、あんたは……弁聖ぼぎ!? どうして、こんなところに!?」
もっと焦るトッシュ岡田は、顔面を青くさせ、さながら毒キノコの色合いを見せる。
「弁当あるところに、弁聖ありさねぇ」
弁聖の弁は弁当の弁。
壮大な言葉だけが飛び出す老婆に、ミツルは圧倒されっぱなし。
奇人たちの間に入ってはならぬと、ノイチを掴む手に力が入る。
「ちょっと……イタイよ、ミツル?」
「あぁ、ごめんごめん」
進むラブコメ、進まぬ本筋。
「そんなことより、いいのかえ? この店が外注している弁当を、手に取らなくて?」
総菜コーナーでひときわ目立つ、中身の見えない弁当。
それは悪名高いS・Eマートが手掛けるものでもあった。
他の弁当を貶し、自社の弁当を持ち上げる。
それこそが、この店を訪れたトッシュ岡田の真の目的だった。
「……ぐっ」
頭皮から脂汗を滲ませ、言葉に詰まるトッシュ岡田。
そのクリームパンのような手には、空っぽのカゴだけが虚しく握られていた。
弁聖に何もかも見透かされたトッシュ岡田に、できることはただ一つ。
「ふ、ふんっ。こんな店の弁当、買う価値もない。近くの『S・Eマート』で買うとしよう。美味しくなって新登場のプロダクトが、たっくさんあるからなぁ!」
どしどしと足音を立てて、その場から退散するトッシュ岡田。
やっとのことで平穏な時が訪れ、それまで遠巻きに見ていた人々がざわめき立つ。
「弁聖だ!」
「ぼぎ様!」
「あれが……伝説の!?」
生きるレジェンドへの喝采に沸く総菜コーナー。
弁聖が手をかざすだけで、それはすぐに収まった。
「さあ、ミツル。選んどくれ。お前さんの今日の晩ご飯だよ」
「……どうしても?」
「選ばなきゃ、帰さないよ?」
老婆の静かなる迫力に圧倒され、仕方なしにミツルは弁当コーナーへと進み出た。
……やっべぇ世界もあるもんなんだな。
それにしても、なぜこのばあさんは、俺のことをこんなにも気に入っているのだろうか。
帰りたい。
――そうか。
帰りたいなら、嫌われればいい。
つまり、ここで不正解の弁当を選んで失望させる。
それこそが、帰宅するための、最短ルート。
ならば、いいのがあるじゃない。
美味しそうに並ぶ、他の弁当とは一線を画す、
中身の見えない弁当が――。
「おいおいおい……死んだわ、あいつ」
「あ、あの子、まさか、あのS・Eマート製の『虚無弁』を選ぶつもりか!?」
死地へと赴くミツルの背中に、オーディエンスたちの悲鳴が突き刺さる。
群衆に悲壮感があればあるほど、ミツルは自身の勝ちを確信できた。
両手を合わせて祈るノイチの表情もこわばる。
そんなノイチの隣に立つ弁聖は、余裕をもった笑顔を浮かべていた。
「手間が省けるねぇ。運命からは逃れられないよ……」
「おばあちゃん……」
外れよ、外れよ、外れさん。
世界一、虚無なお弁当はどーれだ?
例のごとく、ミツルは弁当の分析を始める――。
解析開始。
……
…………
………………
……………………
「バカな!?」
返ってきたのは、分析不能の沈黙。
ミツルの人生最大のピンチが、また、更新された――。




