第3食 期待値マイナスのピザ選び
スーパーマーケット、令和市場いそっぷ。
いそっぷの綴りはAESOP。
真っ赤に塗られた看板に白抜きされた文字が浮かび上がるその店に、ミツルはやってきた。
「……どうして?」
ポケットには一円玉が二枚。
「お前たち、好きなように晩ごはんをお選びよ」
「わたし、ピザ食べたい」
傍らには、弁聖ぼぎと孫娘ノイチ。
「いや、その~……僕はこのへんで」
「お待ち」
――ビンッ。
老婆と思えぬ怪力で、踵を返したミツルのシャツを掴み、留める弁聖。
さながら繋がれた犬。
「お金の心配をする必要は無いよ? 今日はご馳走してあげるからねぇ」
「……年金受給者なのに?」
パチンカスのプライドに火が点き――。
「そういうのいいから、カート押してよ」
ませんでした。
隙のないノイチのコンボアタックが、ミツルをノックアウト。
しかしミツルも、やられっぱなしで黙っていない。
おそらく年下のノイチに、男らしく、ビシッとものを言う。
「……はぁーい」
三人は店内へと移動する。
青果コーナーを通り抜け、鮮魚、精肉もなんのその。
ボリューム満点のチキンカツ弁当を食べたばかりのミツルにとって、店の中はただの涼しい場所だった。
「のん、お刺身は?」
「きょうはいらない」
「ヨーグルトは?」
「いる!」
やたら生活感を出してくる二人に、ミツルはどう接していいやら、黙ってついて行くことしかできず。
他人の家庭を垣間見た彼だったが、自身の祖父母の記憶も蘇りつつ、微笑ましくそれを見守った。
「……あんたは?」
遠慮のない謎質問が、ノイチから投げられる。
「俺? ミツル」
「あっはっはっは。違うって。名前じゃなくて、ヨーグルト」
「いー……らない」
ミツルは男子大学生。
そんな洒落たものを食べる習慣など、ございません。
腹もパンパンで、ヨーグルトが入る余裕もなかった。
「じゃあ、アイスは?」
「えぇっとぉ……」
それは、ちょっと食べたい。
でも年金受給者どうこう言った手前、今さら言い出し辛い。
「食べたいっしょ? じゃあ、私と半分ずつ。そうしよう。決まり」
煮え切らないミツルを、ギャルはガン無視。
「よいしょー」
おまけにカートに乗せたアイスは、アメリカンサイズのバケツアイス。
「わーお……」
その大きさたるや、ミツルから言葉を奪うほどだった。
人混みをかき分け、三人がたどり着いたのはデリカコーナー。
「さぁ、着いたよ」
錫杖を鳴らした弁聖の、厳正な審査が始まる。
「ミツル、のんが食べたがっているピザを選んでくれないか?」
「え? なんで?」
「そういうの、いいから。さっさと選んで」
所持金二円、腹はパンパン、そして選択の自由すら奪われたミツル。
ノイチに背中を押され、それでも誠実なミツルは彼女のためにピザを選ぶ。
と思いきや、慎重派のミツルは振り返る。
「いいけどさ……何が好きなの? マルゲリータ?」
「それ、聞いちゃうと、試験にならないから」
「試験なの? な、何をやってんの、これ。さっきから」
ワンダーランドの沼に頭の先まで浸かりきっていることも知らず、ミツルは虚しく抵抗してみせた。
「そんなに怖がる必要はないよ。お前さんが信じたものが、未来だからねぇ」
弁聖の口から、スーパーの総菜コーナーにいるとは思えない、壮大で意味不明な言葉まで飛び出す始末。
早いところおさらばしたいミツルは、ノイチの佇まいを観察する。
解析開始。
ギャル。
《映え》と《パリピ》だけに生きる、眩しい存在。
だが、この『のん』とか呼ばれている女は、少し違う。
何が違うのかまで考えちゃうと、こっちの頭がおかしくなっちゃうから、それは考えない。
女というカテゴリで選べば、正解は明太クリーム系。
でもこいつ、痩せてるんだよ。
顎が小さい。
じゃあ、少食ですか? って言われたら、それも違う。
バケツアイス。
大型のアメリカ人しか食べてはいけないとされる、あのカロリー爆弾を、コイツは迷わず選んだわけ。
つまり、コイツの胃袋はアメ車。
左ハンドルですから。
コインパーキング入りませんから。
ピタッと駐車しても、柱とか隣の車とかが邪魔で、出れなくなっちゃいますから。
兎にも角にも、幅が、胃袋がでかいわけ。
――そうか。
そもそも、あのチキンカツ弁当はコイツのために用意されたものだ。
となると?
結構、噛める感じの女?
顎小さいのに?
っていうか、顔ちっちぇな、マジで。
肌が白いから、白ギャルってやつだね。
白……白かぁ……。
解析完了。
「オッケー」
ピザが積まれた一画に、足を踏み出すミツル。
迷わず彼が選んだのは――。
「コレだろう?」
「そんな……どうして!?」
食欲の茶色。
ギャルの白。
ミツルが手にしたピザは、照り焼きマヨチキン餅チーズ。
パチンコで引けない《大当たり》を、ここでは簡単に引いてしまうミツル。
驚きで開いた口を、手で押さえるノイチ。
しかし、弁聖だけは表情を微動だにせず。
「やれやれ……ちょいと追い込んでやらないと、うまく力が出せないみたいだねぇ……」
「すっげぇ気持ち悪いんですけど!? なんでわかったの!?」
「気持ち悪いのは、こっちだ!! なんだ、この状況!? 何してんの!? マジで!!」
ミツルは、まだ気づいていなかった。
この世には、引いてはいけない《大当たり》が存在する、ということを……。




