第39食 フルスロットル・ミツル!
「私、スロットやりたいんだよね」
勝手にやれば?
秋風家に拾われる前のミツルであれば、ノイチにそんな言葉を返していただろう。
しかし、今の彼はこう切り返す。
「行くかぁ……」
充実した環境で、心も体も満たされたミツルは、言うなればスーパーミツル。
またの名を、全自動『行くかぁ……』マシーン。
またの名を、午前中は思考能力が著しく下がる、悲しき惰性の大学生。
「じゃあ、おばあちゃんのところ、行こう?」
「行く……行かない、あそこは。あの店は、スロット置いてないから」
巧みに操作してくるノイチの提案に、待ったをかけるミツル。
かれこれ、ひと月以上は戦場から離れていた彼だったが、
底なしに抜いてくる『パーラーDAY&NIGHT』の記憶だけは、鮮明に蘇った。
「えぇ!? そうなの!?」
「うん。あそこはパチンコ専門店だから」
徐々に、ミツルの脳細胞が動き始めていく。
――なんでこいつ、俺の部屋に普通に入ってくるわけ?
こっちも同じことをやってやろうかと思ったが、そうもいかず。
傍らでは愛猫の『カフェオレ大福もち丸』が、布団に残る体温に包まれて丸くなっていた。
「じゃあ、お店はミツルが決めて? あと、おじいちゃんへのお供え物と、朝ご飯は昨日の残り物があるから、それ食べちゃってくれる? それと、エアコンのフィルター掃除もしておいて? ついでに、今日はペットボトル回収の日だから、いつものとこに持ってってね?」
「……はい」
――健康的になったもんだ。
惰眠を許さないノイチに、ミツルは呆れたように笑いながら愛猫の太ももをひと撫でした。
【和風マクダニエル】
シェイクが人気のバーガーショップである。
長い注文の列を越え、人気商品であるシェイクはもちろん、
期間限定のカニバーガーやオムライスソースのフライドポテトをトレイに載せ、
席につくことのできたミツルは、ノイチと共にホッと一息をつく。
――分析開始。
ダメダメダメ。
え? なに?
スロット屋さんじゃないよ、ここ。
なんでハンバーガー屋?
これが、アレか?
男と女のショッピング経路の違い、みたいな、
あの海外の画像みたいなやつの正体か?
「かわいいっしょ?」
あ? なにが? お前が?
かわいいよ。言わないけど。
「なにが?」
「このストッキング。ミツルが猫好きだから、猫の柄選んだんだけど?」
お前……それは、かわいいよ。言わないけど。
「うん……いいんじゃない?」
「ここまで来たら、『ヨーブンオッツ』のアイスも食べていきたいかも」
フルシカト。勇気を振り絞って褒めたのに。
なんかもう、全然わからないかも。
手に負えない。
どうしよう、秋風ノイチ。
「行かないの? その……スロット屋さんは?」
「行くに決まってるじゃん! でも、せっかくこっちのほうまで遊びに来たんだから、ゆっくりしたいじゃない? その方が楽しいから。ね?」
「……そうね」
最終目的地がスロット屋でさえなければ、ね。
なんなんだ、このギャルは。
こちとら九時に起こされたと思ったら、もう昼の十二時ですよ。
人に仕事を言いつけてきたわりに、いちいち邪魔したりしてきて。
おかげで、こんな時間になっちゃって。
カニバーガーがやたら美味いから、許すけど。
別に美味くなくても、許してたけど。
そもそも、許すとか許さないとか、そういう立場にありませんけど。
「ミツルはスロット詳しいんでしょ?」
「全然。俺はパチンコだもん」
「パチンコとスロットって、なにが違うの?」
そのレベルですか?
ますますもって、謎が過ぎるよ。
懇切丁寧に説明してもいいけど、どうせ『わかんない』とか言い出すんだ、この女は。
だから説明なんかしない。
基本、ゴー&トライだから。
俺たちの方針は。
「そもそもなんで、スロットやりたくなっちゃったの?」
「この前、ノンサーサークルのグルチャで、みんなで一緒にゲームやりたいね、っていう話で盛り上がって」
グルチャ?
グループ、チャット、かな?
知らない、なにそれ。
え? 除外されてる、俺?
まあ参加したところで、変人しかいないから疲れるし、
そのあたりのことは猛獣使いに任せておけば、こっちとしてはそれでいいんだけど。
でも、やっぱりいい気分はしないね。
もうちょっと、頑張ろう。コミュニケーション。
「で、ゲームをするには機械がいるじゃん?」
「うん」
いや、機械って。
ばぁちゃんみたいで、なんかかわいいな。
でも、適当に家電を使うのは、そろそろやめてほしいけどね。
壊れちゃうから。
「その機械がすごい高くて、どうしようって思ってたら、コゴロー先輩が『スロットで稼げばいい』って」
何を吹き込んでんだ、アイツは!!
何をしてくれてんだよ、ホント!!
まったく、ろくなことしねぇんだから、アイツはもう……大先輩だけど。
「なるほどね……」
「私、くじ運強いから! けっこう、自信あるんだよね!」
うるっせぇ!!
お前もお前でバイトしろ!!
ばあちゃんどころか、ウカウカ先輩にまで簡単にお小遣い貰っちゃって!!
たまに羨ましいよ!!
お前のマインドが!!
……でも、あれなんだよなぁ。
こう見えて、このギャル、
ミッション系の学校に通ってた疑惑もあるし、
下ネタにも耐性がない。
お嬢様気質というか、ガチの箱入りの可能性がある。
ここはひとつ、心を鬼にして、
『世の中、そんなうまくいかないよ』
っていうことを、さりげなく教える
こともできないんだろうなぁ……。
どうせ上手くいくんだ、コイツのことだから。
じゃあ、俺はどうすればいいの?
「あ! このオムライスソース、おいしい! ミツルも食べてみて!?」
「わかったから! 自分で食べるから! フォークを置け!」
「はい、どーん!!」
……ちゃんとバジルが効いてて、美味い。
ピザソースより、もうちょっと酸味が効いてて、さっぱりしてる感じ。
「どう?」
「美味しい」
「でしょう!?」
中学時代の俺に教えてやりたい。
大学生になったお前の隣には、信じられねぇようなギャルがついて回るようになるぞ。って。
ミツルたちがスロット専門店に到着したのは、それから三時間後のことだった。




