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第38食 第一回NYASUKE

 

「ナーン……」


 いない。


「ナーン……」


 もう一回鳴いてみたが、来ない。


 なんだ、これは。


 何が起こっている。



 秋風カフェオレ大福もち丸が探していたのは、ごはんの人・ミツルであった。


 ごはんの人は、よくごはんをくれるので、彼はミツルが大好きである。



「ナーン……」


 まぁ、いいか。


 あっちに行けば、ばあちゃんが、あんこくれるから。



 期待を胸にしたカフェオレ大福もち丸は、台所から居間へ、ぼってりと移動する。



「ナーン……」


 いない。


 そういえば、ばあちゃんは朝からいなかったっけ。


 ついでに、ごはんの人も、ごはんの人に、ごはんをあげてる人も、


 いつもみたいに、騒がしく出かけて行ったんだっけ。


「ナーン……」


 あんこは……無理かぁ。


 いないもの、ばあちゃん。


 ごはんの人がいれば、ごはんをくれるのになぁ。


「ナーン……」


 いないもの、ごはんの人も。


 一応、呼んでみたけど。


 ごはんの人は、ごはんを食べると撫でてくれるけど、


 あんこを食べると怒るから、あんこ……あんこは、ないかぁ。



 失意のカフェオレ大福もち丸は、短い手足を鈍くさく動かし、掃き出し窓へと近づく。


 窓を見やれば、そこには垣根が広がるばかり。


 特に異常はないな、と眺めつつ、ふと野良時代を振り返る。



「ナーン……」


 外の世界は、あんまり好きじゃなかったなぁ……。


 なんていうか……早い、ぜんぶが。


 動きとか、みんな、早かった。


 もう刹那。


 昨日じゃれついてきた小僧が、次の日にはもういない。


 あれ? って思うと、ちょっと寂しくなる。


 体に合わない、あの生活は。


 心に悪い、野生の暮らしは。


 ここは最高。


 来て、よかった。


 昼寝し放題。


 カラスも来ない。


 ごはんの人も、あんこさえ食べなければ、優しいし。


 ごはんの人に、ごはんをあげてる人なんかは、いつでもご機嫌だし。


 ばあちゃんは、たまにあんこくれる。


 今は、どこにもあんこないけど。



 どうしても、ちらつくのは、あの極上の食感。


 あんこである。



「ナーン……」


 早く帰ってこないかなぁ、ごはんの人。


 お腹減ったのが、一度気になると、


 ずーっとお腹減ってる、この感じ。


 好きじゃないよ。


 怒っちゃうかも。


 はっきり言って、怒ってるかも。


 ばあちゃんにも、ごはんの人にも。


 怒ってると言えば、


 ごはんの人は、あんこを食べると、


 なんであんなに怒るんだろう。


 ごはんの人と、あんこ……そうか。


 あるかも、あんこ。



 彼が向けた視線の先には、お仏壇が静かに佇んでいた。




 ――さて、この開かれた観音様の腕の中にあるのは、


 なぜかミツルが毎朝欠かさず供えている、羊羹とお茶のセットです。


 その奥の遺影で微笑むは、秋風キンシコウ。


『聞こえし者』、伝説の人物、その人であります。


 始まりました、第一回NYASUKE。


 立派な胴回りを持つ、カフェオレ大福もち丸選手。


 耳に手足、そしてお尻から尻尾にかけて、


 栗色の毛並みもフワフワに、堂々の入場です。


 どこを取っても、この丸さ。


 つい最近まで野良だったとは思えない、のどかさを滲ませます。


 果たして、難攻不落のこの砦に、彼はどう挑むのでしょうか?


 夢のあんこはすぐそこに!


 NYASUKE、スタートです!!



「ナーン……」


 おおっと!? これは!?


 ジャンプだ!!


 しかしこれはダメです!!


 圧倒的に高さが足りない!!


 日頃の運動不足が祟ったか!?


 落第スレスレ!!


 まるでミツルの成績のような、悲しき低空飛行!!


 これでは届かない!!


 カフェオレ大福もち丸選手!!


 ファーストチャレンジは失敗です!!


 次は一体、どんな対策を見せてくれるのでしょうか!?


「ナーン……」


 こ、これは!?


 なんと、なんとぉ!!


 洗濯物だぁ!!


 山盛りにされた洗濯物を、その大きな身体を使って運ぶ!!


 その様はまさに、キャットブルドーザー!!


 洗濯物担当・秋風ノイチのズボラさをここで活かす!!


 この猫、策士であります!!


 さて、いよいよ距離を取ってのトライ!!


 今度は期待できるのではないでしょうか!?


 さあ、駆け出した!!


 夢のあんこをその手に掴めっ!!


 ひょっとしてこれは――ああぁぁっっ!!??




 ひょっとしてこれは――ああぁぁっっ!!??


 ひょっとしてこれは――ああぁぁっっ!!??


 ひょっとしてこれは――ああぁぁっっ!!??




 ――大変失礼いたしました!!


 ですが、どうぞご安心ください!!


 今のは放送事故ではございません!!


 文学的マルチアングル・アプローチに過ぎません!!


 なにが起こったかと申しますと!!


 ものすごい勢いで突っ込んだ猫ちゃんが、洗濯物の山に埋まっただけ!!


 この可愛さには、窓の外にいるスズメたちのファンも黄色い声援を送る!!


 セカンドチャレンジも失敗であります!!


 さあ、時間も残すところ、あとわずか!!


 次が正真正銘、最後のチャレンジとなることでしょう!!


 カフェオレ大福もち丸、最後の一手はどうする!?


「ナーン……」


 こ、これは!?


 なんたることでしょう!?


 最後の手段は体当たり、いや、これはヒップアタックだ!!


 この大事な場面で、ウォンバットの魂が宿ったとでも言うのでしょうか!?


 地球の反対側にいるどの有袋類も、まさかこの事態を予見していなかったことでしょう!!


 秋風家の地上のコアラが牙城を崩す!!


 ここでお茶がこぼれるぅぅぅ!!


 難攻不落の牙城の壁が!!


 ポロリ、ポロリと、その本丸を露わにする!!


 お茶が落ちた!!


 残すは羊羹のみ!!


 羊羹はすぐそこだ!!


 羊羹が倒れる!!


 羊羹だ!! 羊羹だ!!


 こぼれ落ちた、すべてのカテキンを吸い込んだ、


 洗濯物の山に羊羹が落ちる!!


 抱かれし観音様の腕から!!


 ついに羊羹を奪うことに成功しました!!


 秋風カフェオレ大福もち丸!!


 もみくちゃにされた布たちの中で!!


 べたつく羊羹を!!


 二口、三口で食べ切る!!


 第一回NYASUKEを制覇したのは秋風カフェオレ大福もち丸だ!!


 やりました!!


 カフェオレ大福もち丸!!


 羊羹を食べ切って!!


 念入りに洗顔を済ませ、そして、今!!


 自分のしでかしたことへの!!


 その!!


 事の大きさに気づく!!





 ――ガチャン。


「何で今どき、わざわざ店行ってまで、ゲーム機買わなきゃいけなかったんだよ!?」

「あはははは! でもさ、楽しかったし、買えてよかったじゃん!」


「ナーン……」


「ただいま、もち丸! おりこうにしてた?」

「カフェオレ! ごめんごめん、遅くなっちゃった! 今、ご飯あげるから待ってろ?」


「ナーン……」


 秋風カフェオレ大福もち丸。


 この後、ミツルにこっぴどく叱られた彼は、ちょっとだけ反省した顔を見せてから、すぐにいつもののどかさを取り戻したという。

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