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第34食 始動! ノンサーサークル!

 

 帝都(ていと)寛大(かんだい)大学(だいがく)、略称は帝寛大(ていかんだい)


 広大な敷地の端の端。


 そこには一棟の古いプレハブ小屋が佇んでいる。


 周囲に植えられた樹木たちは茂り散らかし、昼間なのに薄暗い。


 おまけに大学の片隅ということもあって人気もない。


 まるでホラースポットのような、その小屋の前には一人の男が立っていた。



 ――海外の囚人みてぇだな。



 ミツルがそう思うのも無理はない。


 男の装いは上下セットの白黒ボーダー服。


 こんなものを常用しているのは、二・三世紀前に海の向こうにいた咎人のみ。


 とはいえ、今の主流はオレンジ色のジャンプスーツが多いと聞く。


 顔も疲れ切っているし、それなりにお務めを果たした後かもしれない。


 ツッコミたい気持ちを抑え、ミツルは黙って男の第一声を待った。


「えー、皆さん。よくぞ、おいでませ。わたくしが、(いただき)小五郎です」


『皆さん』とか言いつつ、小五郎の前に集まったのは三人だけ。


 ミツルとノイチ、それから、秋風家での二人の会話を当然のように盗聴し、この場に駆けつけた鵜飼(うかい)卯花(うかな)である。


「ウカウカ先輩も来たんですね」

「たまたま、ね?」


 ミツルの問いに、白を切るウカウカ先輩。


 彼女の装いもまた、ダークな色合いの、場所と時間帯が変われば泥棒ファッション。


 ミツルは早くも帰りたくなってきていた。


「それではまず、皆さんには、このプレハブ小屋に入ってもらってぇ……」


 力のない目で力なく説明する小五郎。


 意図不明の、このカオスな魔境に、ピンクの勇者が果敢に攻め入る。


「その前に質問! タダ券はどこですか?」

「えー……全部中です」


 静まり返る、魔のプレハブ小屋。


「それでは皆さん、何とかして、この中に入ってください」


 小五郎の抑揚のない声が、辛うじてミツルたちに届く。


「何とかして? 鍵があれば、入れるのでは?」


 当然の引っかかりを感じたミツルは、たまらず割って入った。


「失くしちゃったんだよねぇ、鍵。それで誰かに開けてもらおうと、無料券を餌にして、SNSで呼びかけたわけだけども……あんまり集まらなかったねぇ? おかしいなぁ……」


 小五郎は片方の眉を上げながら、首を傾げた。


「おかしいのはアンタだよ!! そりゃ集まらねぇよ!! ノンサーサークルって、なに!? 怪しすぎるって!! え!? なにこれ!? 今から俺たち、空き巣するの!?」


 立ち込める湿気に吸い込まれそうになる、ミツルの叫び。


 それに答えたのは、もちろん小五郎である。


「空き巣? 違うよ。中に入って無料券とか、大事な研究資料を、ちょこっといただくだけ」

「それ、泥棒の言い方じゃない!? 大丈夫なの!? ちゃんと許可とか得てるの!?」

「おいおい……」


 心外とばかりにため息をついてから、小五郎は言い放つ。


「ボクは大学院生だよ?」

「だから何だよ!? 悪いことしたら、捕まるんだよ!? 大学院生だろうが、教授だろうが!!」


 あまりにも温度の違う二人。


「許可なら、後からどうにでもなるわ!」


 果敢にも飛び込んでいったのは、工学部の至宝・ウカウカ先輩である。


 その言葉通り、公にできない大正義な組織で活躍している彼女に指図できる人間は、この大学には存在しなかった。


「……そういうことだ」

「やっぱ、取ってなかったんじゃん!! なんか、あぶねぇな、アンタ!! どこの学部の人!?」

「工学部・生活安全機能研究科所属の頂小五郎だ。よろしく、経済学部のミツル君」

「なんで俺の名前と所属を知ってんだよ!! 気持ちわりぃ!!」

「地方の温泉施設なんかでも採用されている、ボクの発明品でスキャンをかけさせてもらったからね。個人情報なんて根こそぎ確認できるよ」

「アレ、おめぇの発明品だったんか!!」


 衝撃の事実が明かされ、フラッシュバックしたのは『超江戸温泉・日高』での記憶。


 ミツルの世界はあまりにも広く、そして狭かった。


「まぁまぁ、そういうのいいじゃん。とりま開けて、タダ券もらって帰ろうよ」


 それまでポカンと口を開けて見ているだけだったノイチが、のどかに欲望を口にする。


「おめぇすげぇな!? この状況で、普通でいられるのかよ!?」

「だってぇ、お腹減っちゃったんだもん」

「じゃあ、普通に食いに行こうよ、もう! チケットなしで! 奢るからさぁ!」


 ノイチの手を取り、この領域から去ろうとするミツル。


「ほーいっ!!」


 両手を広げ、二人の前に立ちふさがったのは、ノマカプ厨のウカウカ先輩。


「一万で、どう?」


 出来るだけ長く二人のいちゃつきを見たい彼女は、観戦料として現金を提示する。


「なに!? ウカウカ先輩まで!?」

「やったぁ! お小遣いゲット!」


 長いネイルを器用にさばき、ノイチは慣れた様子で現金を受け取って懐にしまい込んだ。


 以上をもって、ミツルの退路は断たれた。


「……まぁ、いいけどさ」


 濃いメンツが集まったノンサーサークル。


 その始まりは空き巣から。


 ミツルは無事、ノイチのために無料券をいただくことができるのだろうか――。

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