第26食 来た、来た、来た! なんか、いっぱい来ちゃった!
キッチン歌姫。
デカ盛りで有名な弁当店である。
目玉商品は一升弁当。
これでもかと、ギチギチに詰め込まれた三・三キロの米。
この弁当はどんなおかずのものでも、一律千円で提供されている。
「う~ん、美味しそうだねぇ?」
ミツルに話しかけてきたのは、ピンクの前髪で目を隠したイルカのぬいぐるみだった。
「う~ん、美味しそう……かなぁ?」
――これは人間が食べられる量なのか?
いくら何でもやりすぎなデカ盛り弁当。
避けては通れぬ、カロリーの地雷原。
テーブルの上で平積みにされたそれらは、ミツルの目には危険なものとして映っていた。
「…………」
ぬいぐるみと入れ替わるように顔をあらわしたのは、秋風ノイチ。
いつもと比べて、お決まりのピンク色のショートボブが少し逆立って見えた。
それに加え、彼女は口を尖らせてミツルに不満の眼差しを向けていた。
「美味そう!! どれにしようか!? やっぱり唐揚げ!?」
露骨に態度を改めるミツル。
「えへへへへ。ちょっと待っててね?」
ノイチは柔らかく表情を崩すと、お弁当とのにらめっこを再開させた。
その背中には、巨大なイルカのぬいぐるみが背負われていた。
「はははははははははーっは!」
保護者のように、彼らの後ろに張り付いていた闇野入鹿が高らかに笑う。
驚いて振り返ったミツルには、彼の姿が道場にいた時よりもやや小さく見えた。
筋肉が大きいからといって、男の尊厳も大きいわけではない。
ひょんなことから彼と狭いシャワールームを共有することになったミツルだけが、その事実を知っていた。
「その……買わないんですか? お弁当」
「もちろん、買わないよ!」
――ほんとうにいみがわからなぁい。
ならばなぜ、ついてきたのだろう。
異常者に即答されたミツルの脳は、それだけでドロドロに溶かされていった。
それだけではない。
さらなる悲劇の音が、ミツルの鼓膜に反響した。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
近付いてくる、荒れた息遣い。
その正体こそ、変態女王・鵜飼卯花であった。
「あれ? ウカウカ先輩?」
「マナ君……はぁ……はぁ……こんなところで、奇遇ね」
奇行である。
ミツルたちの飼い猫の首輪。
そこにつけた盗聴器によってキーワードを拾ったウカウカ先輩は、デカ盛り有名店をダッシュでハシゴ。
ようやくのことで推しであるノマカプ、ミツル&ノイチのもとへと、たどり着いたところであった。
「ド、ドクター鵜飼!?」
穏やかな昼下がりの弁当屋を、闇野入鹿の叫び声が切り裂いた。
「はぁ……はぁ……ん? あぁ、なんだ。イルカか。なに? アンタも推し活?」
年上に対して、タメ口。
ちょっとだけ素を覗かせたのは、ウカウカ先輩。
「はははははははははーっは! ここで会ったが百年目! 勝負といこうじゃないか! さあ、抜くがよい!」
「えぇ? めんどくさ。いいけど、早くしてよね?」
またしても告知なしで拡張されてゆく、ワンダーランド。
「たまには、のり弁もいいよね?」
「いいねぇ」
これ幸いとばかりに、変態同士を潰し合わせることにしたミツル。
「ちょっとぉ~♪ なにごとなのぉ~♪」
騒ぎを聞きつけ、美しい旋律を奏でながら店内から飛び出してきたのは、キッチン歌姫の店主・プラーヴァ姫咲。
四十八歳、バツイチ。
細身の体格に、派手な金髪縦ロールがよく似合う。
歌とデカ盛り弁当、そしてよく食べる男をこよなく愛する女である。
まったく関係ないが、トッシュ岡田とはかつて夫婦関係があった。
「麻婆茄子は? ばあちゃん、意外と中華好きだからさ」
「さっすがミツル! わかってるぅ!」
呼んでもないのにナチュラルに合流してきた第三勢力にも、全力で無視を決め込むミツル。
「中華といえば、おばあちゃんラーメン好きだからさ、今度連れてってよ」
はなからミツル以外には大して興味がないノイチ。
「行くかぁ」
ノイズを排除したミツルは、いつものように呑気に答えた。
彼らの背後で勝手に展開されてゆく、変態超決戦。
果たして、どうなってしまうのだろうか――。




