第23食 食べすぎ注意! 境界線はすぐそこに!
――あくる日。
「見てこれ! 『しゃぶ盛』の割引券! 今なら二十パーセントオフだって!」
秋風家の居間は、その日も騒がしい。
ピンクのショートヘアもギャルギャルしく、秋風ノイチがキラキラした顔つきで券を見せびらかす。
「行くかぁ」
「ふぇっふぇっふぇ」
「ナーン……」
テーブルを囲む、二人と一匹はローテンションでそれを迎える。
ミツルは肯定的に、ノイチの祖母である秋風ぼぎは微笑ましくその様子を見る。
猫はおばあちゃんの膝の上で、もう一度眠りについた。
「全員合わせたら、八十パーセントオフってこと!?」
「算数が苦手なのかな? 合わせたところで、二十パーセントは変わらないですから。あと、飲食店は猫禁止だよ。普通は」
三人と一匹。
外食時、猫はお留守番である。
――別の日。
「『焼肉エンペラー』! この券使えば、お寿司も食べ放題になるんだって!」
「行くかぁ」
「ふぇっふぇっふぇ」
「ナーン……」
――また違う日。
「私さぁ、ケーキバイキング行ってみたいんだよねぇ」
「行くかぁ」
「ふぇっふぇっふぇ」
「ナーン……」
そんな満腹三昧を繰り返しているうちに――。
「おい、太ったぞ?」
大食いのペースに合わせていたら、すっかりお太りになられたミツル。
「そうかなぁ? 体重変わってないけど」
「いや、俺の話。というか、なんでそっちは平気でいられるの?」
太ったのはミツルだけ。
彼の一・五倍から二倍は食べているノイチは何の変化もなし。
それは彼女のチート能力『高代謝』によるものである。
「若いから?」
ノイチは、頬に指を当てながら首を傾げる。
「一歳しか変わんねぇだろ、おめぇ! とにかくダメだ! 最近、食い過ぎてる!」
ミツルは、あざといしぐさには騙されない。
それどころか、半ギレ状態でノイチをけん制した。
「そんなことないって! おばあちゃんも変わってないんだし!」
「ばあちゃんは、ばあちゃんの量しか食べてねぇから、太るわけねぇな!」
「ふぇっふぇっふぇ」
「ナーン……」
若い二人のむつみ合いを見守る、老婆と猫。
「あはははは! じゃあ、今日はデカ盛り弁当を買いに行くついでに、パンケーキ食べに行こう?」
「行かねぇよ、そんなもん!! 話聞いてたんか!?」
「ひどい! いつも『行くかぁ』って言ってくれてたのに……」
ノイチはうつむき、鼻をすすり始める。
「…………」
そういう態度には弱いミツル。
「今日だけだぞ?」
「ホント?」
顔を上げたノイチは嘘のように顔を輝かせていた。
彼女は自分の部屋へと駆けだし、お出かけの準備に取り掛かる。
「ナーン……」
ようやく静かになった居間に安堵し、眠りにつく猫。
その横でため息をついたミツルの視界に、老婆の親切が飛び込んでくる。
「ばあちゃん?」
「使いな」
卓上に置かれた一万円札。
秋風ぼぎからのお小遣いである。
「受け取れないよ。しまって?」
ただで居候をさせてもらっているミツルは、一度もそれを受け取ったことがない。
今日も彼は、おばあちゃんからの施しを断った。
「困ったねぇ」
秋風ぼぎは、一万円札をしまわない。
戻ってきた孫が、喜んでそれを受け取るからである。
準備を整え、町へと繰り出したミツルとノイチ。
二人が胃袋に収めたのは、ホイップたっぷりのふわふわのパンケーキ。
しかも、三段重ね。
カロリーを消費したい。
店を出たミツルは、救いを求めるように町中へと視線を走らせる。
【初心者歓迎!! ジムでエクササイズしませんか!?】
――これだ。
意を決したミツルはノイチに切り出す。
「たまには、運動でもしない?」
「うーん……私、見てるわ」
見てるって何だよ。
行きたくないなら、行きたくないって言え。
そんな考えをおくびにも出さず、ミツルは広告の幟がはためくジムへと足を伸ばした。
――キュッ、キュ、バシンッ!
聞こえてきたのは、摩擦するステップと乾いた打撃の音。
たどり着いた先は、ジムはジムでも格闘ジム。
広い敷地内には、岩石の塊が雑に置かれている。
【入り口はこちらから】
鉄骨の階段に貼られた看板が、来訪者を導く。
不安を覚えつつも、そこは二人。
階段を上りきったミツルはノイチと目を合わせ、殺気が漏れ出すアルミ製の扉に手をかける。
ワンダーランドの拡張パックでもあるその場所で、彼らを待ち受けているのは、果たして――。




