第18食 マッドです。マッドネス。
帝都寛大大学。
略称は、帝寛大。
都内でも有数のマンモス校である。
最底辺と呼ばれる経済学部から、国の頂点レベルに君臨する工学部まで、学力格差は凄まじい。
その工学部、共同実験棟D――。
「ナーン……」
【アニマル厳禁】
そんな張り紙を無視するかのように、デスクに鎮座するぶち猫。
「できた!!」
ゴーグルを外し、研究成果に喜びの声を上げたのは、長い黒髪が美しい一人の女子学生。
「盗聴器付きの首輪!! 付け心地はどうかしら!?」
鵜飼卯花。
愛称は、ウカウカ先輩。
才能を無駄に使うことにおいて、彼女の右に出る者はいない。
「ナーン……」
首輪をつけられた猫は、満更でもなさそうにウカウカ先輩の腕に体を擦りつける。
「情報収集、頑張ってね? 今からあなたを、立派な秋風家の一員にしてあげるから」
「ナーン……」
抵抗する素振りすら見せないその猫を、彼女はペット用のケージに入れ、研究室を後にした。
一方、その頃――。
正門から程近い噴水。
ガヤガヤと学生たちがランチを楽しむ中、一人寂しく木陰のベンチに座っていたのは、経済学部に所属する男子学生。
両手に余るほどの大きなおにぎりを、しげしげと眺めるミツルである。
『あはははは!』
耳をすませば、おにぎりを作ってくれたノイチの笑い声が聞こえてくるような気がする。
「デカすぎんだよ……俺を、お相撲さんか何かとでも、思ってんのか?」
文句を言いながらも、ミツルは笑みを浮かべて、そのおにぎりを頬張った。
「マジ、ウケる! 今、おにぎりと喋ってた?」
うるせぇなぁ。
こんなデカいおにぎりが出てきたら、挨拶くらいするだろう。
「ていうか、既読ぐらいつけてよ!」
おかしい。
やたらとクリアな声が聞こえてくる。
……まさか。
振り返れば、ピンクのショートボブが風に揺れていた。
「やっほー」
手を振って笑う、底抜けに明るいギャル。
間違いなく、それは秋風ノイチであった。
「……ど、どうして、ここに?」
寛大も寛大な、帝寛大。
キャンパス内は、誰であっても自由に散策ができる。
「お昼、一緒に食べようと思って。ミツル、どうせ友達いないでしょ?」
「おま……おーん……」
ついには大学にまで姿を見せたノイチと、彼女の口から放たれた真実に、言葉を失うミツル。
そんな彼の隣に座り、ノイチは自分のバッグの中に手を入れる。
「お茶持たせるの、忘れちゃって。はい」
彼女が取り出したのは、ペットボトル入りの麦茶。
「もしかして……わざわざ、そのために来てくれた……とか?」
「えへへへへ」
ありがとう。
そんな、当たり前の言葉も出てこないほどに、ミツルの目にはノイチの姿が清らかに見えた。
「ムッハァァァン!!」
「ナーン……」
ミツルたちのいる、スウィートスポットから少し先。
猫の入ったケージを小脇に抱えたウカウカ先輩は、徹夜で失った養分を推しである二人から得ていた。
「おい、アレ、工学部の……」
「しーっ。見るなって」
見るなと言われたら逆に見る。
鵜飼卯花は、ウカウカしているモブたちに素早く詰め寄る。
「はじめまして、おやすみなさい」
「……へ? うっ!!」
どこから出したのか、彼女の手に握られていたのは、自作の『電気ショックネムラセール』。
まとめて眠らせた二人の男子大学生のうち、一人からシャツを奪い取ると、慣れた手つきで顔を覆うほっかむりを作り出す。
「エヘヘヘヘ」
覆面の下から、くぐもった笑い声を漏らしながら、彼女は標的へと近づく。
再び、スウィートスポット。
「午後も授業あるんでしょ?」
「うん、二時半まで」
「長いね」
「長くないよ。今日はあと一コマ受けたら、終わりだから」
「ええ!? 授業ひとつで二時半までやるの!? 何時から?」
「一時」
「長いってぇ! 待てない!」
「待っ……てくれるつもりだったのか。博……うーん、図書……いや、カフェが構内にある。そこなら、時間が潰せるんじゃない?」
「ひとりでカフェ行けっていうの? 終わったら、一緒に行こうよ」
「何を言ってるんだ、貴様は。そっちが退屈しないように、こっちは必死に考えて……えぇ?」
「あはははは! なにそのリアクション!」
超絶ラブ&ロマンス。
「ゴホッ、ゴホッ、ゲフゥ!」
癒やされているのか、ダメージを受けているのか、よくわからないウカウカ先輩。
「ナーン……」
小脇にはもちろん、ぶち猫。
特殊性癖を拗らせた軽犯罪者が、とうとう二人の前に立ちはだかった。
その第一声は――。
「猫、いりませんか?」
怪しさ満点。
顔を隠したその姿は、果てしなくマッドネス。
目の前に現れた狂気に、どうする、ミツル――。




