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第16食 推し活

 

「あった! お豆腐!」


 妖精のようにふんわりと、可愛らしいしぐさで豆腐を手に取るノイチ。


「あとは、ひき肉?」


 カートを押すミツルが、はしゃぐノイチに麻婆豆腐作りの使命を思い出させる。


「うん! あ、おからもあるじゃん! だったら、おからでハンバーグも作ろうかな!? そしたらミツル、食べてくれる!?」

「そんなもんも、作れるの? すごい。食べてみたぁい」

「えへへへへ」



「――ぐはぁっ!!」


 二人のなんでもないやり取りは、一人の変態の心を焦がしていた。


 豆腐コーナーを曲がってすぐ、チルドピザコーナーの影。


 ウカウカ先輩は、シャツが伸びるのもお構いなしに、胸元を両手で引っ張っていた。


「はぁ……はぁ……発信機、つけなきゃ」


 勝負は精肉コーナー。


 ミツルたちのあとをつけながら、ウカウカ先輩はトートバッグから小石よりも小さな自作の発信機を取り出す。



「おからでハンバーグを作る時は、鶏ひき肉の方が合うんだよ?」

「へぇ、和のものだからかな?」

「あ、大葉も入れなきゃ! ミツル、野菜コーナーに戻ること、覚えておいてね?」

「鳥みたいな記憶力ってこと? 鶏ひき肉だけに」

「あはははは!」



【広告の品 義母の意図 税込三百二十一円】


 二人の背後にある、平積みにされた素麺の角から、他人の悪意が放たれた。


「――よぉしっ!!」

「!?」


 必要以上に大きな、ウカウカ先輩の独り言を拾ったミツルは振り返る。


 ――しかし、そこには誰もいなかった。


「……気のせいか」

「どうしたの?」

「いや、なんか……なんでもない」


 悲しきかな、聞こえし者は音にしか反応できず。


 ミツルのシャツの裾には、変態の指弾が放った発信機がついていた。





 数十分後。


 店外の駐車場でアイドリング中だったのは、ペルヴェール。


 淡いブルーのボディが爽やかで、若い世代に人気の軽自動車である。


 五月の快晴で茹で上がった車内を、エアコンの冷気が吹き抜ける中、この女の熱量は、とどまることを知らない。


「来た来た、来たっ!!」


 ウカウカ先輩の血走った眼が捉えたのは、見逃しようのないピンクのショートボブ、秋風ノイチ。


 その傍らには、見逃しがちな外見のミツル。


「ほーい? どうせ、同棲しちゃってるんでしょう? 仲良く一緒に、買い物に来ちゃうくらいなんだからっ!」


 語尾上がりの『ほーい』と共に、ミツルたちを完全に包囲。


 変態自動車ペルヴェール、満を持しての発車――。





 二人が向かった先は、閑静というよりは、少し寂れた住宅街だった。


「まずい……」


 車での移動に適さない、細い路地が増えてきた。


「仕方ないわね」


 ウカウカ先輩は、潔く愛車を乗り捨てる。


 そのまま彼女は、流れるように自作アプリで発信機の場所を確認しながら、徒歩での移動を開始する。


「どこ行っちゃったのかしら……私の推し……」


 方角はわかるのに、どうにも視認性の悪い、都会の古い住宅街。


 彼女が標的を見失いかけた、その時――。


「猫だよ、ミツル!?」

「猫だね」


「ナーン……」


「ナンだって。インドの猫かもしれない」

「あはははは!」


 推しの声に挟まれた猫の鳴き声が、ウカウカ先輩の耳に入る。


 しかし、四方八方は外壁だらけ。


 すぐそこに、あの子たちが、いるはずなのに。


 かくなる上は……。


「どりゃあぁぁぁぁ!!」


 刑法百三十条、建造物侵入罪。


 正当な理由なく電信柱に登る行為は、立派な犯罪である。


「!!」


 これだ。


 上空から見下ろす街並みは、まさに神の視点。


 地上に目を向ければ、ミツルとノイチの姿が。


 そして、二人にお腹を見せて甘える野良猫の姿までがよく見えた。


「ふっふっふ……無駄無駄」


 ミツルが周囲を警戒するように視線を走らせているが、まさかこんな場所から見られているとは思うまい。


 嗚呼……。


 今、もし嫌いなやつが下を通って、ここからムーンサルト・プレスを決めることができたのなら――。


 どんなに、気持ちのいいことだろう。


 フライング・ボディアタックでもいい。


 謎の全能感と、知ったかぶりのプロレス知識が、ウカウカ先輩の脳を支配したという。


「もう、行こうよ」

「何それ? 猫ちゃんだよ?」

「猫ちゃん……だよ?」

「あはははは! ミツル、変だよ?」

「変……になっちゃったのは、君……というか、君たちのせい」

「あはははは! なにそれ? そうじゃなくって、なんかさっきから、落ち着かないっていうか。私と一緒じゃ、楽しくない?」

「そういうことではない。正直に言うけど、さっきから何かねぇ……嫌な予感がするの。その……誰かに見られてる感じがするというか」


「ほーいっ!?」


「ほら、何か聞こえたじゃん!!」

「猫でしょ?」


「ナーン……」


「絶対違うでしょ」


 やってるやってるぅ!


 無限に見れる、ラブロマンス。


「とにかくもう、行こう。猫ちゃんも一緒でいいから」


 何かから逃げるように、ミツルはそそくさと庭付き戸建てに入っていった。


「待ってよ、ミツル。もーう……」


 淡いクリーム色のぶち猫を抱きかかえながら、ノイチも同じ建物を目指す。


 ――住居、特定!

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