第15食 登場! 鵜飼卯花!
白を基調とした衛生的な店内では、大物演歌歌手が歌う、明太子を称える謎BGMが無限ループで流れ続けている。
ピンク色に染められたショートボブがご機嫌に揺れ動く、鮮魚コーナー。
その髪型の主であるギャル、秋風ノイチに付き添うのは――。
「お刺身、美味しそう……」
自称・一般男子大学生、ミツル。
「食べたい?」
「ううん。今日はやめとこう」
彼は値段シールを見て、ノイチの誘いを断った。
――NPC。
組合員たちの共同出資により、品質を重視した商品を取り揃えた、一般のスーパーマーケットよりもほんの少しだけ、値段がお高めの店である。
「――♪」
BGMに合わせて、鼻歌を奏でながら商品を吟味するノイチ。
「ミツルは、明太子とたらこだったら、どっちが好き?」
「どっちかと言えば、たらこ派かな」
「そっか。じゃあ、明太子買うね?」
「無駄な時間だな!! なんで聞いたんだよ!?」
「あはははは!」
無駄な時間を楽しんでるのは、果たして誰か。
明太子をカゴに入れるノイチを、ミツルが止めることはなかった。
「あれ、マナ君?」
真菜充。
誰もが忘れていそうなミツルの本名である。
そんな彼を苗字呼びする者が現れる。
「マナ君よね? 偶然ね、こんなところで会うなんて」
黒髪ストレートの和風美人が、再度ミツルに呼びかける。
「…………」
ところが彼は何も応えない。
「…………」
こういう美人とは、絶対に縁が無さそう。
そう油断していたノイチの表情が曇る。
「マナ君に、こんな可愛い彼女がいたなんて……意外ねぇ?」
「うーん」
女の言葉も上の空。
ようやくのことでミツルが上げた唸り声を、ノイチと女は肯定と捉える。
二人の女が生み出す笑顔。
それにも気づかず、ミツルは深く考え込む。
――分析開始。
知らん。
誰だ、この女。
バイト関係?
いや、大学関係か?
それとも、幼い頃に結婚の約束をして、生き別れになった幼馴染とか?
それで再会した時に、実は血が繋がってた、みたいな?
アホけ。
そんなことあるか。
美人だったら顔を忘れないとか、そんなのは幻想。
俺みたいな人間は、はなっから美人に近づかないわけ。
そうすると何が起きると思う?
嫌われないの。
その代わり、好かれることもないの。
そうやって生きてきたの。
……しわ寄せ、来ちゃってんじゃん。
人に嫌われたくなさすぎて、捻じれた生き方してるから。
どうしよう。
この人が誰なのか、推理しないと。
俺のこと、なんて呼んでた?
たしか『マナ君』だったね。
君付けだから、同級生か、先輩か。
その二択になるわけだ。
二択と言えば、男か、女か。
いや、女だろ。
ふざけてる場合じゃない。
一人の女のプライドが懸かってるんだから。
目の前のこの、美人の心を、傷つけでもしたら、俺は生きていけない。
「……ひょっとして、誰だかわからない? あはは、ごめんなさい。それもそうよね。私、鵜飼卯花」
ありがとうございます!
……いや、余計わからんわ。
何?
う、うかい、うか?
うかうか?
なんか、かわいい名前。
「わからなくても、しょうがないわ。同じ大学だけど、学部が違うもの」
わかんねぇはずだよ!! この、バァカ!!
「いや、その……失礼いたしました。ちなみに……先輩、ですよね?」
「そうだよ? 前に一度だけ、サークルの飲み会のメンツが出られなくなって、お互いに代理の代理の代理で、その会に参加することになったって、その話題で盛り上がったじゃない?」
「ああ!!」
息を吹き返したかのように、腹から声を出すミツル。
電流が走り、その時の記憶が蘇る――。
『マカロニサラダってさ、ケチャップかけたくなるよね?』
『……そっすね』
――変な人。
それとは別に、外見だけは美人だから、同席した知らない男子どもが、性欲満点の目で彼女を見ていたことも思い出す。
「その節は、どうも。地獄……でしたね、あのときは」
そろそろ、お暇したい。
ミツルは藁にもすがる思いで、ノイチの顔を覗き込む――。
「ん? どしたの、ミツル?」
――かわいい。
そんなバカな。
あのノイチがしおらしく立ち、シマエナガよりも愛らしいバーディスマイルを浮かべている。
それもそのはず。
入店時点でご機嫌だったノイチは、ミツルに彼女認定されたと思い込み、上位ラッシュに突入。
恋する超ご機嫌バーディと化した彼女は、もはや無敵。
完璧な上目遣い、潤んだ瞳、桜色のさした頬。
どこを取っても、魅力的な女子が出来上がっていた。
急展開を迎える純愛劇。
どうする、ミツル?
「……麻婆豆腐の材料、買わなきゃ、ね?」
「そうだった。お豆腐コーナー、通りすぎてきちゃった」
悲しきかな、捻じれた生き方。
変人度では未知数の鵜飼卯花。
略して、ウカウカ先輩から遠ざかる口実を得たものの、すぐそこにまで迫った純愛をその手に抱くことはできず。
「それじゃあ」
「うん。またね、マナ君」
ウカウカ先輩に頭を下げたミツルは、ノイチと連れ立って鮮魚コーナーを離れてゆく。
二人の姿が見えなくなるまで、ウカウカ先輩は小さく手を振り続ける――。
「……くっ!!」
――はじめまして、変な人。
「たまらないっ!! あの初々しさっ!! ノマカプ最高っ!!」
鵜飼卯花。
愛称、ウカウカ先輩。
二十一歳、女子大生、彼氏なし。
――他人の恋愛大好き厨。
捻じれた生き方をしているのは、何もミツルだけではない。
限界オタクとして新たな標的を見つけた彼女は、果たして、ミツルたちの人生にどう絡むことやら。
「ウカウカしていられない! 推し活の基本。まずは、家の特定から……っと」
鵜飼卯花。
愛称、ウカウカ先輩。
二十一歳、女子大生、彼氏なし。
――趣味のためなら、法を破ることを何とも思わない。
ヘビのように気配を消し、ミツルたちのあとをつけるウカウカ先輩は、今日も自分の人生をウカウカさせていた。




