第14食 危険な二人! 健全な愛は止まらない!
【自動】
秋風ノイチにとって、そのボタンこそが唯一無二の正解だった。
「だからなんで【自動】押しっちゃうんだよ、おめぇは!! この前それで、ニンジン焦がしたばっかだろう!?」
「あはははは!!」
秋風家の台所で、猛威を振るう鉾田弁。
ノイチはそれがたまらなく好きであった。
「何度言えばわかんだ!! 【レンジ】を二回押せばいいだけだって、何回も言ってっぺよ!!」
「あはははは!!」
電子レンジの正しい使い方は、すでにミツルに教わっている。
しかし彼女は、ミツルが一緒にいるとき、変わらず【自動】を押し続けていた。
「はははは……はぁ、ちょっとトイレ。笑い過ぎて、漏らしちゃった」
失禁。
ヒロインとしてあるまじき、衝撃の告白。
真面目なミツルは、そこでボルテージが下がる。
「なんて言えばいいんだよ、俺は。いっつもいっつも……」
ナリを潜める、鉾田弁。
珠のれんをかき分けたノイチが振り返る。
「洗濯機、回しとくから。止まったら干しといてね?」
「毎回、言ってるけど、いいんだね!? そっちが嫌じゃないのね!? この家に俺が住んでる時点で、だいぶおかしいけど」
「あはははは!!」
二人の間では、すべてが日常茶飯事のことであった。
【自動】
そのボタンは、もちろん洗濯機にもついている。
こそこそと、脱衣所で指を伸ばすノイチの背中から、鋭い声が飛ぶ。
「おめぇ、また押そうとしてんな!?」
「あはははは!!」
不審な動きすら聞き漏らさないミツルが、脱衣所に現れる。
「なんでパンツ一枚で【自動】使おうとしてんだよ!? 節水!!」
言いながら水量設定とすすぎ一回ボタンを押して、洗濯機を起動するミツル。
「ねぇ、買い物行こうか?」
感情で次の行動を決めるノイチ。
「その前にパンツぐらい履いてこぉ、このバカ!!」
勢いを取りもどす、鉾田弁。
「このまま行くわけないじゃん!」
「このまま行きそうだから怖いんだぁ、貴様はぁ!!」
「あはははは!! メイクしてくる!」
「あっためた肉まん、どうすんだ!?」
「食べるに決まってるじゃん、一緒に!」
ドタドタと、ノイチは遠ざかる足音だけを脱衣所に残していった。
一方でミツルは、ため息をついてから台所に向かい、温めた肉まんを居間へと運んだ。
遺影に映るノイチの祖父。
その表情たるや、さながらメダリスト。
誇り高さを感じさせる、荘厳なものである。
それに対して、居間に集まったノイチとミツル。
「今日は、何作るの?」
「うーん……煮物は外せないとして、どうしようかな」
チラシをめくり、本日のセールを確認しながら悩むノイチ。
このギャル、実は料理上手である。
総菜や弁当に頼ることも少なくない秋風家であるが、料理をする時は必ずノイチが主導権を握る。
「豆腐が安いのかぁ……ミツルは麻婆豆腐、好き?」
「ああ、いいね。好き好き」
「辛くなくてもいい?」
「うん、全然いいよ」
秋風家の食卓はおばあちゃんありき。
消化器官への影響を考え、刺激物は最小限に抑えつつ、柔らかく食べやすいものを作る。
そんなことを考える、ノイチの優しさに、誰よりも好感を持っているのは、他ならないミツルであった。
「よし。それじゃあ、メインは麻婆豆腐にして、他に何か、いいものが売ってたら私たちで食べよう。ね?」
ミツルは静かに頷き、カチカチになった肉まんを半分に分けて、ノイチへと差し出した。
ほとんど同時に、肉まんにかぶりつく二人。
「うん! 美味しくない!」
「そうなの!? 不思議と、悪くないって、俺は思っちゃったけど……」
小さな、目に見えないくらいの大きさの試し行為を、ミツルは難なく通過する。
「あはははは!」
だからこそ、ノイチは安心して、彼に笑いかける。
非営利協同組合。
通称、NPC。
ミツルとノイチがやってきたのは、スーパーマーケットの形態をとる、消費者相互の助け合い組織。
とどのつまり、スーパーマーケットである。
学生から主婦まで、組合員であれば誰でも自由に買い物ができるこの店は、駐車場からしてその賑やかさを証明していた。
「おい、危ないぞ!?」
最近投稿したミツルの土下座動画のインプレッション数を確認するため、スマホに夢中だったノイチの手首を掴むミツル。
「……ありがと」
気づけば、自分の目の前を、急発進ババアが運転する車が通過したところだった。
ノイチの心臓の鼓動が、遅れて高鳴った。
「スマホ、そんなに見たいか? 目の前が、こんな豪華な魔境なのに?」
「あはははは!」
ミツルの小じゃれた言い回しも好きなノイチは、スマホから手を放してネックストラップにその動きを預けた。
「とにかく、危ないから。駐車場でも横断するときは、右見て、左見て……」
「左よし!」
「左は見たんだよ、もう!!」
「あはははは!」
心地いい体温に身を任せて、彼女はそのまま店内へと入っていった。




