第13食 実食、そしてお会計へ……
ステーキハウス『モーギュー』。
神に与えられしキャラの大渋滞が、もうぎゅうぎゅうに押し込まれた、ランチタイムのボックス席。
注文も終わり、後は料理を待つだけ。
隣に座るノイチの肘や肩が必要以上にぶつかってくる中、ミツルはふと思う。
――これ、お会計の時、揉めちゃわない?
「綺麗なネイルだね?」
そんなミツルの確定予測をあざ笑うかのように、アスカがノイチに話しかける。
「わかります!? これ、カーボンナノチューブだから、軽いんですよ!!」
――分析開始。
カーボンナノチューブって、宇宙エレベーター的なヤツの素材じゃね?
知らんけど。
まぁ、それはいいとして、なるほどね。
大人の男っていうのは、女をおだてるために存在するのか。
爪なんて『あぶねぇよ』としか思ってなかったもん。
よーし。
ここはいっちょ、実践してみようじゃないの。
「そのぉ、美しい、お眼鏡でやんすね? サタン様」
「…………」
――手応えなし。
そもそも、もう怪人じゃないんだから、サタン様はないわ。
おべっかが使えなさすぎて『やんす』とか言っちゃったし。
昨日だったら、完璧なセリフ回しだったけどね。
終わりだね。
「わかるかい、ミツル君? 小学生の時、一緒に買いに行ってから、ゾンちゃんはずっと同じ色のフレームを使っているんだ。似合ってるよね?」
「もう……やめてよぉ……」
やめてよぉ……。
凛とした人が、そっちのベクトルいくのぉ。
見てられないけど、見ていたい。
出会い方が最悪でなければ、この人たちとはいい友達で――。
「冷たぁい!! ……なに?」
「反省した?」
意味わかんねぇんだよ、ギャルのコミュニケーションは。
お冷を顔に押し付けてくるまではいいんだけど、爪が食い込みますから。
今日はコイツが一番の怪人ですから。
ウルヴァリンですから。
今日こそ、雄としての威厳を示すためにも、このギャルにはビシッと言ってやらなければ。
「ごめんなさい」
「えへへ」
何もかもが上手くいかない待機時間。
それもようやく終わりを迎える。
「お待たせしました! ビッグハンバーグランチのビッグとジャスティスのお客様?」
カートに乗せられて運ばれてきたのは、二つの鉄板。
ジュウジュウと、香ばしいハンバーグの匂いを乗せた蒸気が、ミツルに空腹を思い出させる。
「はーい!」
「Yes,I am」
隙もなく、素早く上げられたのは、二人の手。
とんがりネイルのギャル、ノイチ。
そして時にはグローバルな活躍を要求されるヒーロー、アスカである。
「アスカさん、それってちなみに、重量はいかほどなんですか?」
不可思議空間によってもたらされているのか、口調の不調が止まらないミツルが好奇心を示す。
「はっはっは! 私のお腹がいっぱいになるサイズだ!」
返ってきたのは、サムズアップ&ヒーロースマイル。
ノイチの鉄板に乗る、三百グラムの肉塊が二枚重ねにされた光景も異常と言えば異常ではある。
しかし、アスカの前にそびえ立つ、十段重ねのそれは、異常を飛び越えた超常の存在。
ハンバーグが倒れないよう、鉄串が垂直に突き刺されたその様は、まさに伝説の勇者の墓。
食べ切ったら、新たなカオスがそこから飛び出してくるかもしれない。
「なるほどぉ」
様々な思いを闇の空間に放り捨て、ミツルも親指を立てて返した。
「失礼します。こちら、おろしポン酢ハンバーグです」
「丸ごとトマトのチーズカレーハンバーグです」
「ヤングステーキ、三百グラムのお客様?」
ほどなくして集結するメニューたち。
楽しい楽しいランチタイムが始まった。
「はいよ、のん」
「ありがとう。おばあちゃん、ステーキは?」
ライスを孫に分け与えた弁聖が、首を横に振る。
「あぁん……」
くねくねと、甘い声を出してアスカにもたれかかる仲邑。
「どうしたの、ゾンちゃん?」
「量が多くて、食べ切れないかも」
「無理しなくていいよ? 残ったら、代わりに食べるから」
「うん」
「…………」
目の前で展開されるやり取りを見て、いけない興奮を覚えるミツル。
そんなミツルに、横からノイチの爪が伸びてくる。
「はい、ミツル! ハンバーグ、美味しいよ!?」
収まらない湯気と滴る肉汁。
ノイチのフォークに刺さっていたのは、ビッグハンバーグのひとかけら。
「絶対熱いだろ、それ!? まだ、置いといて!? 自分のタイミングで食べたいから」
「はい、あーん」
「あっ……くっ……」
すべてをないがしろにされ、口の中に広げられたマグマ。
――だが、どうだろう。
ほろほろと崩れゆく濃厚なビーフ、そして玉ねぎの甘みを引き立てる酸味の利いたソース。
その完璧なハーモニーは、ミツルの心を確かに豊かなものにした。
「ミツルのハンバーグも美味しそうだね! ひと口ちょうだい!」
「一緒なんだよ!! 同じもん、半分こにして食ってるんだから!!」
「あはははは!」
ノイチのハンバーグによって、取り戻したツッコミの心が、食卓を賑やかに盛り立てる。
「ふぇっふぇっふぇ。たまには、ハイカラなものもいいねぇ」
百五十グラムのおろしポン酢ハンバーグを難なく食べ進める、弁聖。
「はっはっは! うんうん!」
未来ある若者たちに温かい眼差しを向け、プリンのように肉塊を飲み込んでゆくアスカ。
「…………(みぃくん)」
ミツルたちが目の前にいるため、自ら封印したみぃくん呼びを、心の中で唱え続ける仲邑。
五者五様ながら、その時間は、謎の一体感に包まれたまま進んだ。
――そして迎えた、お会計。
伝票を手に持ち、先頭を切ってレジの前に立っていたのはガチヒーロー、飛鳥御光。
「ダメダメ、そんな……弁聖様にお会計なんて、させられません」
「だめだよ? ここは、私が払わせてもらうからねぇ?」
譲らない弁聖、秋風ぼぎ。
「…………」
ほーらね? の、ミツル。
席順の流れから、最後尾に回ってしまった彼だが、今日は特別な日。
普段お世話になっているばあちゃんとノイチに、バイト代で美味しいものを食べさせる。
その一心でこの店へとやってきた彼は、不毛な争いに終止符を打とうと、一歩踏み出す。
「ミツル、口元にソースついてるよ?」
邪魔だ、女ァ!!
いまいち決まらないミツルに、ネイルが当たらないよう、器用に指先でソースを拭うノイチ。
「……スマン」
「ううん、がんばって?」
「おう」
ハンバーグ三百とステーキ百。プラス、大盛りライス……プラス、ノイチの応援。
心身共に満たされたミツルに、怖いものなど何もなかった。
「弁聖様! ヒーロー様! どうかひとつ! ここは俺に払わせてくださいっ!」
床についたのは両手と両膝。
「ミツル君……」
「ミツル……」
あまりに清々しくて、泥臭い。しかしどこか眩しいその土下座姿に、客たちはおろか、二つの巨星の視線も釘付けになる。
「お二人がいいと言うまで、俺はここを動かないっ!!」
もうこれ以上にないというほど、頭を垂れるミツル。
――ディロリン♪
お尻の方からは、ノイチが始めた録画の開始音がよく聞こえたという。
苦笑いを浮かべて視線を交わす、弁聖とアスカ。
「……それじゃあ今日は、未来ある若者に、甘えさせてもらおうかな?」
「ふぇっふぇっふぇ。立派になったねぇ?」
「ありがとうございます!」
頭を上げたミツルは、無事、お会計を済ませる。
漢気。
泥沼化する前に戦争を終わらせることのできる、最終兵器のひとつである。
しかし、ミツルは気づいていなかった。
そんなことをしてまで、払いたがる男子大学生は、この世に存在しない。
ワンダーランドの住人に引っ張られ、自分もまた、その世界へと近づいたミツルであった。




