第125食 今からやるの? 目指せ! 甲子園優勝!
バイオハザード。
ミツルが手にしたのはチェンジ要素のない、安全なものだった。
が、そんな彼をノイチが押しのける。
彼女が箱の中から掴み取ったのは、まったく違うソフト。
「ゾンビより、こっちやってみたいかも!」
その名も、実況パワフルプロ野球。
「絶ッッ対ダメだよ! そんなもん!」
スリーアウトで攻守がチェンジするわ、変化球にチェンジアップはあるわ、よりにもよってチェンジだらけ。
チェンジを避けたいミツルは、思わず叫んでいた。
「え~? 怖いのやだぁ……それに、みちゅがやってて、なんか楽しそうだったし……」
かわいい。
普段から押しのけられ、手を引っ張られ、とにかく彼女に主導権を握られっぱなしのミツルは、突然のモジモジにメロメロ。
ここからどうやって、エッチ的なことをする雰囲気に持っていくか。
そっちに考えをチェンジしてしまう。
ワールドカップをごらんなさい。
各国の美女たちは、自国が勝てば、興奮してシャツをめくったりもする。
結局、スポーツなんだ。
アドレナリンなんだ。
それではやってもらいましょう、実況パワフルプロ野球。
「しょうがないなぁ」
「ナーン……」
しょうがないのはお前。
こたつ机の陰に佇むカフェオレ大福もち丸の視線は、そう言っていた。
「よかった。ゾンビだったら、絶対一人で眠れなかったもん」
「…………」
ミスった。
ミツルの中だけにあるスコアボードには、エラーを表すEのランプが点灯したという。
性欲というものは、どうしてこうも人を狂わせる。
ディスクをセットする彼の背中には、哲学者も近づけないほどの哀愁が漂っていた。
「……はい。セットしたよ」
マリアナ海溝よりも深く声を落とし、ノイチを連れて、いつもの机につく。
「楽しみ!」
「そうだね……」
「ナーン……」
男と女と猫一匹。
仲良く並んでテレビを見つめていると、爽やかな曲と共にオープニングムービーが流れ始めた。
「わぁ、なんかオシャレだね」
「そう?」
初心者あるある、全部見ちゃう。
コントローラーを握るノイチは、全然スキップをしてくれない。
おかげで全員が、開始画面になるまで映像を眺め続ける羽目になってしまった。
やがて画面が暗転し、タイトルロゴがドカンと表示される。
ここでようやく、ノイチが指先を動かした。
それと同時に、スピーカーからは、あの聞き馴染みのある、やたらと元気なタイトルコールが響き渡った。
《実況!!!! パワフルプロ野球!!!!》
「響きすぎ!! ボリュームでけぇなぁ!? どうして!? 下げて、下げて!! ばあちゃん、起きちゃうから!!」
ツッコミ一発、元気復活。
ノイチの次に、ノイチのおばあちゃんの安眠が大切なミツルは、慌ててリモコンを探し始めた。
「ナーン……」
黒くて細長い板が、お尻にすっぽり。
真顔で座る、カフェオレ大福もち丸の下に、それはあった。
「お前か!」
ミツルは慣れた手つきで、そのふさふさな尻尾の根元を触った。
すると犯人はひょいとお尻を上げて、リモコンを解放してくれた。
やたらと温かくなったリモコンをテレビに向け、急いで音量を調節する。
「……これでよし」
「みちゅって、なんかすごいよね」
口を開けて、一部始終を見守っていたノイチが意味不明に褒めてきた。
「ありがとう」
とりあえず、感謝の言葉を告げる。
ノイチはいつものように、にっこりと笑って頷いてきた。
おかげで気持ちを切り替えることのできたミツルは、そのまま、ゲーム観戦へと体勢をチェンジしていった。
「さて、それじゃあモードを選んでいこうか?」
「うん。みちゅがやってたのって、どれ? 同じのやりたい」
「どれだろう……栄冠ナインかな? それとも、マイライフ?」
「カードみたいなので、戦わせるやつ」
彼女が言っているのは『栄冠ナイン』だった。
プレイヤーが高校野球部の監督となり、ゲーム側から与えられた指示カードを選んで、全国大会優勝を目指す。
このゲームの中にある様々なモードの中でも、屈指の沼落ち率を誇り、大人気なコンテンツでもあった。
「あれならさ、私でも出来そうじゃん?」
高校野球をナメんじゃねぇ。
沼り、沼らせ、一週間。
ゲーム内時間で五年ほどプレイしても甲子園で優勝ができなかったミツルは、ノイチの甘い考えにノーを叩きつけ――。
「……じゃあ、そこの『栄冠ナイン』ってやつ、選んで?」
られない。
その代わり、身をもってこのモードの厳しさを思い知っていただきたい。
そうすれば、消えかかっていた実生活スケベモードへの軌道が、ひょっこりと現れてくれるかもしれない。
「オッケー! 楽しみだねぇ?」
「そうね」
ぺしゃんこにされて、甘えてきてほしい。
ただただ、それを慰めてあげたい。
「名前はやっぱ『みちゅ』でしょ。地域は西東京で……」
――はは、魔境を選びおって……いや。
「学校名は、私の苗字にしようかな。秋風高校」
「いいねぇ」
初期設定すら楽しむノイチに対し、適当に相槌を打つミツルはひそかに思っていた。
西東京といえば、強豪校がひしめく大魔境。
普通なら一年目の夏の地方大会で、名門校と当たってコテンパンにされるのがオチである。
しかし、ノイチのことだ。
強力な部員を引いちゃうかもしれない。
初めてのパチスロでも、そうだった。
いつだって、彼女は大勝ちを収める。
「制服まで選べるの!? すごーい……」
頭の中に浮かび上がる『激熱』の二文字。
いつの間にか、ミツルの手の中には汗がにじんでいた。
「これで、オッケーかな。じゃあ、はじめるよ?」
「うん……」
来るぞ、新入生。
ノイチが無造作に決定ボタンを押す。
画面が切り替わり、初期部員の一覧が表示された、その瞬間――。




