第123食 お祭り騒ぎに乗り切れない! でもなんか楽しいから、それでいいか!
夏祭り。
ミツルの中で、彼女が出来たら行ってみたかったランキング、堂々の第二位に輝く夢のイベントである。
ちなみに一位は、カップルがエッチなことをする施設に行くこと。
それはもう体験済みの彼にとって、夏祭りは暫定一位といって差し支えない。
この日のミツルは、ノイチを楽しませようと息巻いていた。
ところが――。
「なんか、人がいっぱいいて、疲れちゃうかも」
肝心の彼女が、冷めたことを言ってくる。
ミツルも内心では同じようなことを思っていた。
この鬱陶しい人混みは、一体どこを目指して歩いているのか。
ああ、帰りたい。
しかし彼には、そんな本音を抑えてまで叶えたい野望があった。
「まあ、まあ、まあ。お祭りって、そういうものだから」
人生で初めて出来た彼女に、バカ高い綿菓子を買い与えて、後頭部にお面をつけてもらいたい。
テンプレートな業を背負ったミツルは、ノイチの手を優しく引きながら、出店の並ぶ大通りへと踏み出す。
「ほら! 今日はもう、なんでも食べていいよ!」
「ほんと? じゃあ私、パエリアがいい!」
「ねぇよ! そんなもん!」
「え? だって、スペイン風オムレツの屋台はあるよ?」
「なんだそれ……」
思わず、ノイチが指差す方へと視線を向ける。
【トルティージャ・デ・パタータ】
「とる……なに?」
目に飛び込んできたのは、呪文のようなカタカナが刻まれた、怪しい看板を引っ提げた屋台だった。
「知らないの? 行ってみる?」
「行かない! それより、綿菓子とかが、いいんじゃない!?」
「それもいいけど、その前に、ちゃんとしたものが食べたいかも。パスタとか」
「だからねぇって、そんなもん!」
「あるよ?」
【ゲッティ】
「……スパ『ゲッティ』ってことかな? なんだろう、わかんない」
やべぇ祭りに来てしまったのかもしれない。
まさか屋台の方から気分を盛り下げてくるとは。
これは慎重に店選びをしなければならない。
そう直感したミツルは、王道の焼きそばや、タコ焼きの出店の場所を――。
「パスタ、行こ」
探せない。
ノイチにぐいぐいと手を引っ張られ、緑・白・赤のトリコローレがやかましい軒先へと転がり込む。
店主を務めるのは、おそらくガチのイタリア親父。
その親父がなんだか不機嫌そうに調理をしている点を除けば、ハーブやニンニクの香りが食欲をそそる、素敵なお店ではあった。
カウンターの前に立ったノイチが、店主に向かって意気揚々と声をかける。
「えーと、イタリアン唐揚げください」
「パスタは!?」
今日も仲睦まじい二人のやり取りに、イタリア親父が割って入る。
「うちのパスタは世界一だよ。アーリオ・オーリオ専門でやってるからね」
「日本語、大丈夫なんですね!? ……いや、唐揚げ売ってますけど!?」
「唐揚げは一人前、千円だよ」
ミツルのツッコミは、本場イタリアの親父にはまったく通じず。
ここで波風立ててもしょうがない。
ミツルは、しぶしぶ話の流れに乗っかる。
「……じゃあそれと、パスタもください。世界一の」
「あいよ! パスタは、ひとつでいいのかい?」
「はい。唐揚げとパスタ、一人前ずつお願いします」
「合わせて、三千円だね」
どっちもたけぇ。
野望を成し遂げるためには金がかかる。
だが、一度死んだ甲斐もあって、ミツルの懐事情はホックホク。
この日のために、ポケットには大量の千円札を忍ばせてきた。
ミツルは手早く会計を済ませると、再びノイチの手を引いて、飲食できそうな場所を探す。
ところが、この街に移り住んで、言ってもまだ数か月。
主要な施設の場所そのものは把握していても、その内部詳細までは掴み切れていない。
困った彼は、早々に地元民であるノイチを頼る。
「どこか座れる場所って、知ってる?」
「あっち、あっち」
攻守交替。
今度はノイチが手を引いて、ミツルをその場所にまで導く。
「おお、すごい! もしかして、この木って桜?」
「そう!」
さすがは多摩市が運営する総合公園。
人々の賑わいから少し離れれば、池を臨む綺麗に整備された飲食スペースがあった。
そこのベンチに並んで腰を下ろし、ミツルはイタリアンセットの入ったパックをテーブルの上に置いた。
とてもガーリック臭い。
「これで一人前!? すごい量だね! おいしそう!」
しかし、彼女が嬉しそうに笑っているの見ると、そんなことはどうでもよくなる。
思い描いていたものと、少し違う夏祭りにはなったが、これはこれで悪くはない。
「食べな」
ミツルは、愛しのノイチが大口を開けて豪快にパスタを頬張る様を見届けようと、頬杖を突いた。
「いただきます……あ、あのおじさん、お箸一個しかくれなかったみたい」
「大丈夫、俺はいらないから!」
来る。
ミツルは先手を打って、自分の意思を伝えた。
「はい、あーん!」
スクリュードライバー炸裂。
健闘虚しく、割りばしにぐるぐると絡めとられた大量のパスタが、口の中にねじ込まれてしまった。
「むぐっ!?」
仕方なく、喉を詰まらせないよう、ゆっくりと咀嚼する。
ガツンとくる、ニンニクの香り。
爽やかなレモンの風味と黒コショウの香り、そしてさっぱりとした塩味が、なんとも夏らしい。
「どう?」
「……うまいけど、これ、ただのニンニク塩焼きそばだな」
見た目詐欺だ。
あの親父め。
でも、味はいいし、量もバカみたいにあるから、怒るに怒れない。
「ホントだ! エビとかネギとか入れたら、もっとおいしくなるかも!」
「あー、それ、絶対おいしいね」
ノンちゃんが作った方が、おいしくなりそう。
そんな平和なことを考えていたミツルに、突如として高温の茶色い物体が迫る。
彼女が伸ばしてきた箸に挟まれていたのは、イタリアン唐揚げだった。
「はい、あーん!」
「あっ……」
一撃でヤケド。
噛みちぎった肉の繊維からは湯気が立ち上り、熱々ジューシーな肉汁が、ズボンの太もも部分に垂れ落ちたものだから、ついでにそこも地味にヤケドをする。
「あっつ」
「ごめん! 大丈夫、みちゅ!?」
ペットボトルの水、パッシャーン。
ずぶ濡れになってしまったミツルだったが、すべてに対して慣れている彼は、特に取り乱したり怒ったりもせず、手をかざして「大丈夫だ」とノイチに告げただけだった。
「……ありがとう。これはササミだね。衣は外国の揚げ物って感じ」
食感と肉の部位だけは、辛うじてわかった。
しかし口の中にヤケドを負ったことによって、細かい味つけまではよくわからなかった。
「外国の揚げ物? フリッターってこと?」
「そう、それ」
知ったかぶりで答えてみたが、フリッターもよくわからない。
ズボンもビチャビチャになってしまったし、野望を叶えるのは来年にしよう。
なんてことを思っていると――。
「ごめんね、みちゅ。せっかく連れてきてくれたのに……」
濡らしたズボンに視線を落とし、ノイチが謝ってきた。
「大丈夫だって。それより、このあとどうする? 他に行ってみたいお店とか、あった?」
「……私ね?」
「うん?」
「ずっと夢だったんだ。初めて出来た彼氏と、こうして、夏祭りに来るの」
「……一緒じゃん、俺と」
「そうなの!?」
「そうだよ。だから俺は、ノンちゃんにお面と、綿菓子を買ってあげたくて……」
「なにそれ!? だから、なんかずっと張り切ってたの!?」
「そうだよ? 悪いか?」
「あはははは!」
その後、二人はとりとめのない話に終始したのか、それとも綿菓子を買いに行ったのか。
それは彼らにしかわからないが、とにかくもう、ビチャビチャでイチャイチャしていたことだけは確かだった。




