第122食 ワンダーランドはいずこに!? 求む、変人!!
来ない。
スパムのように来ていてもおかしくない連絡が、一週間たっても音沙汰なし。
ミツルはその間、ノイチと一緒にゲームをして、イチャイチャ過ごすだけ。
それならそれで、別にいい。
ただ、警戒だけは怠らず、ミツルは気を張って日常生活を送っていた。
油断したところに、変人たちはやってくるのだから。
《ピンポーン》
とうとう来たか。
居間にいたミツルはやれやれと溜め息をつき、テーブルに手をついて立ち上がった。
愛するノイチとカフェオレを残し、平穏な日々に背を向ける。
「ハンコは?」
「いらないよ」
まったくバカなお嬢さんだ。
宅配便なわけがない。
振り返らずに答えたミツルは、そのまま玄関へと足を運んだ。
曇りガラス越しに見えるのは、長い黒髪を携えた細身の女性。
やはりそうか。
連絡もなしに、突然やってくるパターンを学習しているミツルは、呼吸をするように玄関の扉を開いた。
「Amazonですぅ」
ロン毛の痩せおじさん。
「あ、はい……え? あれ?」
予想していたものと全然違う。
しかし何度見ても、目の前にいるのが一般おじさんであることに変わりはなかった。
「Amazon……えっと、ハンコ……」
「あ、いらないっす。ここに、サインだけお願いします」
「そっすか……はい……」
なんか恥ずかしい。
そそくさとサインを済ませ、荷物を受け取って、ガチャリと扉を閉める。
そして再び、ミツルは平穏な空間へと舞い戻っていった。
「ほら、宅配便じゃん」
キャラメルコーン・ショコラ味。
それをサクサク食べながら、ノイチがのんきに迎えてくる。
傍らでは、カフェオレが大きく口をかっぴらいて、あくびをしていた。
幸せな家庭の中に、ひとつ咳払いをして、腰を下ろす。
それでも警戒を続けるミツルは、この荷物こそが『事件の引き金』になるのだと、自信満々に思っていた。
「なに頼んだの?」
聞いてみると、ノイチは急に顔を赤らめて、目を背けてしまう。
それから彼女は、小さな声でぽつりとつぶやいた。
「……えっち」
藪蛇だった。
ミツルはそれ以上、荷物に関しての余計な詮索をやめる。
しかし、やはり気になるのは、あの人の動向だった。
「最近さ、ウカウカ先輩と連絡とってる?」
「あ~、そういえば、あんまりしてないかも」
……してろよ。
もはやハプニング待ちをしているミツルは、大きく頭を振って、両肩を落とし込んだ。
そんな彼に向かって、ノイチは重々しく口を開いた。
「みちゅってさぁ……」
「なに!?」
普段よりもレスポンスが良くなっているミツルは、言い終わらないうちに身を乗り出して聞き返した。
「……やっぱ、なんでもない」
「言え! 頼むから、言ってくれぇ! 今なら、なんでも答えるよ!?」
特別大サービス。
ミツルは、ノイチの肩を揺すってまで、非日常を取り出そうと躍起になった。
「……笑わない?」
「絶対笑わないから! お願い! 言って!?」
「じゃあ言うけど……みちゅってさぁ、年上の女の人が、好きなの?」
一瞬にして、現場に緊張が走る。
少しでも間違えれば、あっという間に地獄行きが確定する、その空気たるや。
ミツルは逃げるようにゆっくりと視線を落とすと、傍らで丸くなっているカフェオレの頭を高速で撫で回し、同時に思考を巡らせた。
どっちかといえば、苦手だけど、なぜそんなことを聞いてくる。
変な寝言でもいったか。
ともかく、ここで全力で否定するのは、逆に怪しくなるから、絶対にやってはならない。
じゃあ、どうする。
冷静にいくのか。
ホストじゃねぇんだから、それもおかしいだろ。
やばいやばいやばい。
時間がない。
えーっと、えーっと……。
「……ノンちゃんみたいな人だったら、年上でも好きになっちゃう、かも?」
どうよ?
いや、狙いすぎたか?
今日はなんだか、恥ずかしい。
殺してくれ。
どうせ、取り返しはつかないんだし。
「やだぁ!! 絶対、あの人、みちゅのこと、好きだと思うからぁ!!」
泣いた。
どうしたぁ、急に?
あの人って、誰?
先輩のこと?
それはないだろ。
「大丈夫、大丈夫。落ち着きな? その……あの人って、誰のこと?」
「しょちょう……」
「アルアル所長!?」
「うん……」
もっとないだろ。
あいつ、嫌がらせのためだけに、わざわざ苦い水作ってまで飲ませてきたんだぞ?
いや、これは……どうしよう。
天罰かな?
こういうハプニングは、求めてなかった。
でも、可哀そうだし、まずは落ち着かせてあげないと。
「ごめん、ごめん。なんか、嫌だったんだね?」
「だって、みちゅ……所長と喋ってると、楽しそうにしてるからぁ!!」
「楽しくは、ないんだけどねぇ、全然。文句を言ってるだけなんだけどねぇ? ごめんねぇ? 不安だったねぇ?」
絶対に、人には見せられない、こんな場面。
でも、ここで食い止めなきゃ。
恥ずかしいなんて言ってられない。
俺がやらなきゃ、幸せが終わる。
「ほんと……?」
「うん。1ミリも楽しくない。ただ、お金のためだけのやり取り。ビジネス」
「はぁ……いっぱい泣いたら、お腹すいたぁ」
はい、勝ちました。
あぶねぇ、マジで。
日常生活って、怖ぇ。
「もう少ししたら、お昼、食べに行こうか?」
「うん……」
――すかし、すかされ、結局その日も変人はやってこなかった。
非日常なんて、求めるものじゃない。
ミツルはしみじみと、平和のありがたさを噛みしめていた。




