第119食 癒しのひととき! 日常に潜む指示厨に、ご注意を!
美味しい豚の角煮でお腹も満たされ、気づけば午前九時。
おばあちゃんはパチンコへ出かけ、居間にはミツルとノイチ、そしてカフェオレ大福もち丸の姿があった。
「ゲームやっていい?」
「どうぞ」
ノイチの提案に、ミツルはそっけなく答える。
時間差で膨れてきたお腹は、今にも爆発しそうだった。
「なにその返事。いいの? 私がゲームに夢中になっても」
対応を間違えちゃった。
家内安全の防波堤が崩れかける。
「いや! 俺は見てるから! 寂しくない!」
亀裂が生じる前に、大きめな声というパテを塗りたくる。
するとノイチは、じっとこちらを見据え、少し考えるそぶりをみせてから、その口を開いた。
「じゃあ、応援してくれる?」
防波成功。
修理材が重ねられ、すっかり分厚くなったその防波堤は、もうそろそろ太平洋を横断するのではないかという懸念の声も、専門家の間では挙がっているとか、いないとか。
「もちろんですよ」
ミツルはスッと立ち上がり、苦しい表情を隠しながらゲーム機のセッティングを始める。
各種コードのチェックを済ませ、テレビの横に置いてあるコントローラーをノイチへと手渡す。
それから、彼女の好きな飲み物を用意するのも忘れてはいけない。
「お菓子は、なにがいい?」
「飲み物だけいい」
「そうですか。それでは、始めていてください」
「どこ押すんだっけ?」
「真ん中にある黒いポチッとしたところを……違う、そこじゃない! ちょっと貸してみ!」
我慢できなくなったミツルはノイチの後ろへと回り込み、電源ボタン、オン。
――ピッ。
「『ピッ』だって。なんか可愛いかも。これからみちゅのこと、『ピ』って呼んでいい?」
「……外では、絶対呼ぶなよ?」
テレビ画面には色鮮やかなタイトルロゴが躍り、陽気なBGMが流れ出す。
そのわずかな時間でキッチンへとすっ飛んだミツルは、飲み物を用意して居間へと舞い戻った。
――ゲーム観戦&応援、開始。
ヒロシ君のその後とか、クソ所長の動向は気になるけど。
それはそれとして、まぁ、まぁ、まぁ。
プライベートの時間も大切にしないとね。
パフォーマンスが出ないから。
切り替えて参りましょう。
それにしても、ゲームの応援ってなんだろうね。
「始まったよ、ほら」
「おぉ……」
さて、これは?
農業ゲームか、なにか?
まあ、なんでもいいんだけど、村で作物を育てて生活する、みたいなやつか。
はいはいはい。
スローライフシミュレーションってやつだね。
頭の大きい二頭身キャラが、テコテコ歩いてて。
なるほど、かわいいじゃない。
女の子が好きそうなデザインしてる。
「ねえピ、カブってどうやって植えるの?」
「カブは『肥料食い』だかんなぁ……まぁ、しっかり土を作った方がいいんじゃないの?」
まあ、カブ自体は初心者でも育つから、そんなこと気にしなくても、適当でいいんだけど。
一応、ね。
「『ひりょうぐい』って、どういう意味?」
「いや、土作りって……とりあえず、耕せば大丈夫」
危ない、危ない。
スイッチ入っちゃうところだった。
ダメなんだよね、こういう、人がゲームを楽しんでいるときに指示を出しちゃ。
水差し野郎にはなりたくないですから。
気をつけましょう。
さあ、ノンちゃんが今、お店でカブの種を買おうと悩んでいる。
……お店ってなんだよ。
農協?
フリフリのエプロン着た、可愛い女の子がカブの種なんか売ってやがる。
ありえねぇな、これ。
こんな農協だったら、俺も農家になってたし。
「なんか書いてある。カブは、収穫まで五日かかるんだって」
「五日!?」
早ぇ。
ボロ儲けじゃんか。
「マックスまで、買っちゃおう」
はい、指示出しちゃいました。
我慢できないよ、こんなの。
目の前に大金があるようなもんなんだから。
「わかった」
ほら、ノンちゃんだって賛成してくれたし。
リアルと一緒で、思い切りがいいね。
えてして、失敗したときに、とんでもないことになりやすいけど。
「買ったよ?」
「よし。それじゃあ農場に戻って、畑を耕そうか?」
「オッケー」
はい、全クリ。
あとはカブだけ育ててりゃあ、いいんだから。
「耕すよ?」
「うん。やっていいよ」
どうしよう。
いちいち振り向いて聞いてくるの、可愛いかもしれない。
なんか幸せ。
ずっと前から、こういう休日を過ごしてみたかった。
ありがとう、ノンちゃん。
「はいっ」
「いいねぇ」
「はいっ」
「いいよぉ」
「はいっ」
「やりすぎ、やりすぎ。ちょっと一回止めてくれる?」
これはまた、とんだ愚か者がいたものですね。
目ぇ、ついてんのかな?
「どうしたの?」
「あの~……スタミナを表すゲージが、画面の左上にあるでしょ? このままいくと、このかわいいキャラは、たぶん倒れます」
「ホントだ。すごいね、みちゅ。よく気づいたね」
う~ん、『みちゅ』に戻っちゃってる。
そこはまあ、いいんだけど。
回復するアイテムとか、ねぇんか?
「食べ物とかって、あるの?」
「お菓子屋さんがあったと思う」
「そこに行って、回復アイテム買った方がいいかもね」
「でも、お金ないよ?」
はい、問題発生。
これはもう完全に、ねぇ?
こちらの監督不行き届きということで。
「この度は、誠に申し訳ございませんでした」
まあ、謝るしかないというね。
「でもなんか、野草が食べられるって、村の人が最初に教えてくれたけど?」
それを先に言ってほしかった。
頭なんか下げてる場合じゃねぇ。
「野草? その辺に生えてるのかな? 探しに行ってみたら?」
「わかった」
かわいい。
重要な情報を後出しにされても、全然許しちゃう。
「あっ、見て! 菊が生えてるよ?」
「……それは、タンポポだな」
菊も食べられるけども。
そういう無駄なボケをかまされると、青森のおばさんが菊入りカステラをよく送ってくれていたのを思い出してしまうわけ。
元気かなぁ、おばさん。
「回復したよ!」
「よかった、よかった。それじゃあ、また畑に戻って、今度は作付けをしていきましょう」
タンポポを生で食ったよ、あのキャラ。
まあ、ゲームだし、別にいいんだけど。
苦いだろ。
「さくづけ?」
「種をね、撒くこと。種まき」
「みちゅってさぁ、頭いいよね」
「いやいやいや。いいから、ゲーム進めな」
――つづく。




