第116食 チェンジ! サン&ムーン!
アルアル所長をかばって飛び出した、ミツルの過失は二割といったところだろうか。
突如襲ったデスビーム右直事故は、いともたやすく彼の命を奪ってしまった。
考えることも喋ることも、聞くこともできない。
それがミツルの見た、死の世界だった。
「……みちゅ!? 私がわかる!?」
まあ、すぐに生き返るんですけどね。
「ノンちゃん? なんで? え? なに?」
何事もなく、オーストラリアの大地に立っている自分。
そして、目の前にノイチがいることに困惑しながらも、ミツルは周囲を見回した。
近くにあったのは、仁王立ちするアルアル&ウカウカ姉妹の後ろ姿。
風に吹かれた金と黒のロングヘアが、同じ方向にサラサラと揺れ動いている。
その足元には、ろくでもない光景が広がっていた。
装甲がベコベコになったプラチナファイターは地に伏せ、ワシだかタカだかわからない、デスビームを撃ってきた強そうな怪人は、犬神家の一族のスケキヨみたいに逆さまになって、アリ塚に刺さっている。
彼女たちがやったのか。
戦慄したミツルは、ぎゅっと口を結んだ。
唇からは、ほんのりとピーチの風味がした。
「……俺に、なんかした?」
死んでる間に、絶対、なにかされている。
その味に覚えしかなかったミツルは、ノイチに状況の説明を求めた。
「大丈夫。私の能力、使ったから」
簡潔すぎる彼女の言葉が理解できず、ミツルは勢いよくまくしたてる。
「あれ全部、ノンちゃんがやったってこと!? そもそも、俺を生き返らせたのは、誰なの!?」
「私」
「どっちが!? どっちも、ってこと!?」
問い詰めるミツルに、ノイチは軽く首を振った。
「ううん。みちゅを生き返らせたのは、私。で、敵をやっつけたのは、みちゅ」
「……なんでぇ?」
ミツルの口から、嘆きに近い声が漏れる。
言われてみれば、両手がジンジンと痛む気もする。
催眠にでもかけられたのか。
ぐるぐると思考を巡らせていると、ふいにウカウカ先輩が声をかけてきた。
「秋風さんの能力はね『真菜君にキスをすると、真菜君にキスをしてもらえる能力』なの」
「もっとわかんない! なにそれ!? 変な能力!」
「それも強力なオマケつき。彼女にキスされたあなたは、短時間だけど、世界最強になれるみたいね」
アルアル所長までやってきて、いよいよ混乱フェスティバルは佳境に入ってしまった。
「わかんないってば!! 結局、なんで生き返ったの、俺は!?」
至極当然の意見を受けた所長は、余裕の笑みを浮かべながら金髪をファサリとかきあげた。
「死んでいたら、キスなんかできないでしょう?」
――確かに。
クソッタレ女に論破されてしまい、ミツルは悔しい思いを紛らわすように両手に力を込めた。
やっぱり拳が痛い気がした。
本位でないとはいえ、同級生を殴ってしまった。
「ヒロシ君……」
心優しいミツルは後悔の念に駆られながら、無残な姿になってしまった旧友へと視線を向けた。
しばらくそうしていると、ポンと、慈しむような温かさが肩の上に乗った。
ウカウカ先輩の手だった。
「彼をやったのは、姉さんよ?」
「そうだったの!?」
勘違いしていたミツルは、態度と体の向き、その両方を変えてアルアル所長へと詰め寄った。
「なにやってんだ、おめぇ!? 俺の同級生を、よくも!!」
「話を聞かない男を殴って、なにが悪いのかしら?」
「アンタ、本当に正義の組織の幹部か!? っていうか、俺が『敵』をやっつけたって、そう聞いたけど!?」
ミツルはせわしなく、今度はノイチへと顔を向けた。
「だから『敵』はやっつけたじゃん」
彼女の視線の先にいたのは、アリ塚に刺さる鳥獣怪人だった。
確かに変身したヒロシ君の姿は、悪い感じではない。
それどころか、ヒーローのような見た目をしている。
対してこの、下半身を天に向けていらっしゃる鳥人間さんは、明らかな怪異。
彼女はギャルらしく、ビジュ優先で『悪者』の判断をしたらしい。
「……じゃあなんで、手が痛いの?」
ミツルは誰に向けてでもなく、ヒロシ君のベッコベコにされた装甲を見て呟いた。
彼の疑問には、アルアル所長がすぐに答えてくれた。
「そりゃあ、生身でアリ塚を殴れば、ね?」
あまり知られていないが、その硬さはコンクリート並み。
本来であれば粉砕骨折をしていてもおかしくないが、そこは世界最強。
手の甲がちょっと痛いだけで済んでいた。
「なんなんだよ、もう。というか……」
世界最強になっても、自覚がないから、めちゃくちゃつまらない。
そもそも、所長は変身したヒロシ君をボコボコにできる強さを持っているんだし、超能力なんて最初から必要ないのでは。
歯を食いしばって喉から出かけた正論をグッと飲み込んだミツルは、優先すべきことをきっちりと行うことにした。
「……ヒロシ君の手当を、お願いします」
「大丈夫。近くの基地には連絡済みよ。じきに救護班が来るわ」
ウカウカ先輩が完璧なバックアップの報告をした、そのとき――。
「ゴホッ……ミツル君……」
意識を取り戻したプラチナファイターが、赤い大地に横たわったまま、弱弱しく語りかけてきた。
「ヒロシ君!?」
すぐさま旧友のもとへと駆け寄ったミツルは、身を屈めて、彼の顔を覗き込んだ。
口元を覆っていたマスクだけが剝がれ、かつての同級生は苦しそうに呻いていた。
「大丈夫、ヒロシ君!?」
「聞いてくれ、ミツル君……」
ミツルは言葉を聞き漏らさないよう、傷ついた友達の手を取って、耳を傾けた。
「……あの時、キミから借りた『ポケモンムーン』……返せなくて、ごめん」
「そうだね! ヒロシ君は『サン』だったね!?」
ぶっちゃければ、昔は「おや?」と思ってたけど、今はどうでもいい話だった。
「五年生の時のクラス替えで……別々になってから、疎遠になっちゃって……それで、なかなか返せる機会がなくて……」
「いいの、いいの! もうあげるから! あんまり喋んない方がいいんじゃない!?」
「今日は、久しぶりに会えて、嬉しかった……だから……」
「うん、なに?」
「今、ポケモンは返せないけど、代わりに……僕のこのスーツを、受け取ってくれ……」
「いらないよ!? いらないの!! 話聞いてた!? 俺、それなくても、世界最強なの!!」
「そして、プラチナコガネの素晴らしさを、世界に広めてくれ……」
「いらないよぉ!? い・ら・な・い!!」
「ありがとう……ミツル君……」
玉虫色の光が、放たれる――。
太陽と月が、思い出の中で、一つに重なる。
次の瞬間、ヒロシ君はメガネをかけた理知的な青年の姿に戻っており、ミツルの全身はプラチナの装甲で包まれていた。
装着完了。
白銀戦士・プラチナファイター二世が、今、誕生した。
「みちゅ、カッコよ!! ヒーローみたい!!」
いつの間に、そこにいたのだろう。
傍らにいるノイチが、歓喜しながらこちらにスマホを向けていた。
「……チェンジ」
変身解除。
望まない力を手に入れてしまったミツルは、即座に元の姿に戻り、撮影会をキャンセルした。




