第114食 やってきました大自然! 会ってみました同級生!
からりと晴れたサバナ気候。
荒野に広がる低木林。
身の丈を優に超えるアリ塚の横を、カンガルーが素通りする。
八月とはいえ、オーストラリアの――。
「海外は、予想してなかった」
ミツルのツッコミのトーンとは裏腹に、この日の最高気温は30℃。
しかし、肌にまとわりつくような湿気は一切なく、乾いた風のおかげで、驚くほど涼しくて過ごしやすい。
Tシャツに短パンという、寝間着姿のままでいても、何ら問題はない環境が、どこまでも広がっていた。
「それで、先輩とノンちゃんは、どこに?」
すでにまともな世界観をあきらめているミツルは、当然のような態度で横にいるアルアル所長を見た。
どうでもいいことだが、所長は昨日のセクシーな白衣姿とは打って変わって、サファリルックに身を包んでいた。
「秋風さんは、女の子だから……」
「だからなに!?」
グッバイ、男女平等。
ミツルの叫びに、ピクリと反応を示したのは、遠く離れたところにいるワラビーの親子だけだった。
所長は、からかうようにクスリと笑い、ミツルのほっぺたをペシペシと叩く。
「冗談よ。おばあちゃんのお世話があるって言ってたでしょ? それが終わったら、彼女も合流するわ。もちろん、卯花も一緒にね」
「……そう、ですか」
ブラックなのか、親切なのか、わからない。
頭を悩ませたミツルだったが、ノイチの無事がわかれば、それだけでも御の字だと思うことにした。
「それで? ここで、訓練をするわけですよね?」
こんにちは、メガネシア。
周囲を見渡すミツルの視界には、地平線まで遮るもののない大パノラマが広がっていた。
赤茶けた大地の上には、どこまでも青い空が突き抜けている。
日本とはすべてが桁違いのスケール感は、まさに『巨大な島』の名にふさわしい、圧倒的な孤立と未知を物語っている。
虫もデカい。
ふと目をやったユーカリの幹には、A4サイズの蛾が張り付いていた。
それを見たミツルは、『昆虫博士』の名をほしいままにしていた小学校の同級生、ヒロシ君のことを思い出したという。
「とりあえず、行きましょう」
「どこに!?」
質問を置き去りにして、アルアル所長はスイスイ歩き出す。
わけのわからん外国で、ひとりぼっちになりたくないミツルは、彼女の背中を追うしかなかった。
アリ塚を左折して、また別のアリ塚を右折。
極めつけはやはり、アリ塚。
これをまた左に曲がったところで、思ってもいないアリ塚が目に飛び込んできた。
「あれ?」
アリ塚ラビリンスにおける摩訶不思議な出会いに、ツッコミという本分を忘れたミツルは、素の驚きを口にした。
そのアリ塚の前に立っていたのは、メガネをかけた同い年くらいの男性だった。
「……ヒロシ君?」
見間違えるはずもない。
小学校の4年生まで同じクラスだった、『昆虫博士』の、あのヒロシ君が、小綺麗な私服姿でそこに佇んでいた。
「ミツル君?」
ヒロシ君は、もともと細い目をメガネの奥でさらに細め、こちらを振り返った。
「うっそ!? ヒロシ君だよね!? 元気だった!? 全然変わらないね!? 俺の母ちゃんが言ってたけど、今、筑波の大学行ってるんでしょ!?」
「そうだよ。でも、ミツル君も相変わらずだね」
ヒロシ君はあのときと変わらず、落ち着いたトーンの声を出しながら、メガネをクイッと上げた。
オーストラリアで、まさかの再会。
この奇跡に、テンションをぶち上げたくなったミツル。
が、「こんな偶然が、果たしてあるのか」と、すぐ我に返る。
視線をゆっくりとスライドさせると、そこには案の定、ふふんと鼻を鳴らして満足げに胸を張るアルアル所長がいた。
「どちら様かしら?」
違うんかい。
てっきり彼女が黒幕だと思っていたミツルは、あやうくその場に崩れ落ちそうになった。
「なんでドヤ顔してたんですか!?」
「普通にしてただけだけど?」
「紛らわしい人!」
活きのいいミツルの姿を見たヒロシ君は、懐かしそうに顔をほころばせた。
「綺麗な人だね。もしかして、彼女さん?」
「違う! バイト先の上司! それよりヒロシ君、なんでこんなところにいるの?」
「昆虫工学の研究でね。ミツル君こそ、どうしてここに?」
「俺は……」
恥の多い人生を歩んできました。
昆虫工学がなんなのかはわからないが、ヒロシ君が夢に向かって、その道を着実に進んでいることは間違いない。
対して、自分はどうだろう。
Tシャツと短パンで、なんかよくわからないまま、オーストラリアに来ちゃっている。
もともと、勉強はできた。
ヒロシ君の方が。
その代わり、自分は足が速かったわけでありますから、ヒロシ君がピンチに陥ったときには、その長所を活かして、彼を救ったのであります。
忘れもしない、あれも八月の出来事でした。
「……ツル君? ミツル君?」
降りかけた文豪の魂をキャンセルしたのは、怪訝そうに見つめるヒロシ君の声だった。
「いや、ゴメンゴメン」
戻りたくない現実に戻されたミツルは、優しく差し伸べられた彼の手を取ろうとした。
が、グイッとシャツの裾を引っ張られて止められる。
アルアル所長のしわざだった。
「それで? あなたは、どこのどちら様かしら?」
わからず屋の女に、ミツルは呆れながらも、説明を繰り返した。
「だから、俺の同級生の……」
「一般人がここに入れるわけがないの。だってここは『NEXT』の管理区域だもの」
所長は表情を変えずに、ヒロシ君を見据えていた。
真面目なヒロシ君が、こんなめちゃくちゃな世界に絡んでいるわけがない。
そんな馬鹿なと思いつつ、ミツルは彼女の視線をたどる。
彼は顔を少し俯けて、メガネを曇らせていた。
「……やれやれ、ツイてないな。まさか『NEXT』の所長クラスと、鉢合わせるなんて」
真面目なヒロシ君が、どうして。
冷徹な光を宿した彼の目が、アルアル所長を睨みつける。
「ヒロシ君……」
ミツルは声を震わせながら、言葉にできない感情を漏らした。
「ごめん。まさか、ミツル君が関係しているなんて……チェンジ」
彼の全身が、玉虫色の輝きに包まれていく――。
――次回予告――
『真菜ミツル、死す』
お楽しみに。




