第113食 お疲れさまでした! やっと帰れるね!
「ケェェェル!!?」
ゴーヤ1000%。
を、思わせる苦みが、口の中にほとばしる。
すると、どうだろう。
今まで秘めていた力が、体の内側から沸き上がってくるかのような感覚は、特に起こらない。
「……あれぇ?」
「うん。りんご飴みたいで、おいしいかも」
首をかしげるミツルの横で、ノイチはのんびりとした感想を漏らした。
タイプが違うから、ということなのだろうか。
どうやら彼女の飲んだ液体は、まったく違うフレーバーだったらしい。
「これで、いいんですか?」
薬を飲み干したミツルは、空になったフラスコを返しながら、アルアル所長に尋ねた。
所長は妖しく微笑むと、返事の代わりに、彼の頬をペシペシと軽く叩いただけだった。
それを見て、表情をムッとさせたノイチは、ミツルの腕をギュッ。
しっかりしなさい、と言わんばかりの強い視線で彼を見上げた。
いわれのない嫉妬をぶつけられたミツルは、彼女に向けて謎の頷きを数度見せる。
そうこうしているうちに、二人の横からすっと入ってきたのは、ウカウカ先輩だった。
「薬の効果が発現するまでは、個人差があるの。長い人で二十四時間かかるから、それまでは自宅待機になるわ」
「ホ、ホントですか?」
帰ってもいい。
まさかの指示に、ミツルは声を震わせる。
ジャバジャバジャバジャバ、カランカラン……コトン。
金髪ファサッ。
学校の理科室を彷彿とさせる、やたら水圧の強い洗面台でフラスコを洗い終えたのは、アルアル所長だった。
彼女はこちらに振り向くと、白衣の裾で手をぬぐいながら、その口を動かし始めた。
「今日までは一般人だけど、明日からは構成員として、しっかりと訓練を積んでもらうわ。それより、二人とも、実働時間に希望はあるのかしら?」
これにいち早く反応したのは、ノイチだった。
「はい! おばあちゃんのご飯を作らなきゃいけないので、遅くても夜の八時……七時。うーん、やっぱり六時……五時……四時には、えーと、三時上がりでもいいですか?」
舐め腐ったシフト希望を口にする。
そんな彼女以上に、この組織にまったく貢献する気のないミツルは「いいぞ、もっとやれ」と、その様子を見守っていた。
しかし直後、所長の口から放ってはおけないワードが飛び出す。
「まあ、別に何時上がりでも構わないんだけどね。どうせ、卯花が、あなたたちを攫うから」
「さらう!?」
「ええ。目が覚めたら、長野とかにいるんじゃないかしら?」
「長野!? 嘘でしょ!?」
所長にツッコミを入れながら、ミツルはウカウカ先輩へと視線を走らせる。
先輩は、困ったような笑顔でこちらを見ていた。
思い出すのは、栃木の宿泊施設での拉致連行。
あれはもしかして、彼女の『能力』によるものだったのか。
裏にある恐ろしさを想像して、思わず冷や汗をかく。
「長野だと、ここから車で、三時間半くらいかしらね?」
違ったみたい。
物理的にやられてただけ。
「お蕎麦、買って帰ろうね?」
さすがは『ノンノン』。
ノイチはそのニックネーム通り、のんきすぎる提案をしてくる始末。
「とにかく、今日はお疲れ様。二人とも、十分に体を休めて、気をつけて帰ってちょうだい」
流れるように所長が場を締める。
あわれ、ミツル。
もはや彼には、ツッコミを入れる余地すら残されていない。
と、思いきや。
彼は勇敢にも一歩前に出て、とても大切なことを確認する。
「それで、アルバイト料は、どうなってるんですか?」
その瞬間、ペシリと、額になにかが叩きつけられた。
「イテッ!?」
同時に視界が奪われ、前が見えなくなる。
「治験もあったから今日は弾んだけど、基本的にうちは歩合制よ。明日から頑張ってね?」
声が似すぎていて、所長と先輩、どっちが喋っているのかわからない。
が、人のことを鼻で笑ってくるこの感じは、たぶん所長の方。
パタン。
コピー用紙の束でも落ちたのか。
そう思ってしまうほどの、結構な重量感を孕んだ音が所内に響くと、ようやく視界が開けた。
ふと足元を見ると、茶封筒が落ちている。
ふわりと、ピンクの髪を揺らしながら、すかさず封筒を拾い上げたのはノイチだった。
彼女は手早く封を開け、その中身を確認し始めた。
「えぇっ!? すごっ!! こんなに!? みちゅ、今日はご馳走だよ!! お肉買いに行こう!!」
はしゃいだ声を上げる彼女の一方で、堅実なミツルは、しっかりと現実を見据えた考え方を示す。
「ダメだよ、そんなすぐに使っちゃ。またどこにも遊びに――」
が、途中で絶句する。
24万6千円。
アホみたいな大金が、ノイチの手の中に収まっている。
その光景を目にした小市民・ミツルは生唾を飲み込むと、ウカウカ先輩の方にくるりと体を向けた。
「――基地の北口の方に『メガロミート』っていうお店があるんで、帰りはそこに寄ってもらってもいいですか?」
「もちろん、いいわよ」
「やった! 先輩も……というか、所長も一緒に、家で晩ごはん、どうですか?」
「…………」
本当は声を荒げて止めたいけれど、素敵な提案ができるノイチが好きなミツルは、なにも言えず。
「まだ、遠慮しておくわ。ね、卯花?」
「ええ」
妖しい姉妹は、どこか楽しそうに目を合わせて答えた。
――『まだ』ということは、いずれ……いや、今はなにも考えたくないかな。
さまざまな不安を抱えながらも、ミツルは、とりあえず手に入れた安息と、食事の誘いを断ってくれた鵜飼姉妹に、心の中でひっそりと感謝しながら帰途についた。




