第111食 心理戦がうざいので、説明しよう! ミツルの能力は『相手の能力なし能力』で決定!
余韻を残さぬ研究所内で、変態博士と二人きり。
しかし、不憫マイスターとして定評のあるミツルは動じることなく、相手の出方をうかがう。
「――真菜ミツルは改造人間である」
「違いますけど?」
謎のメモ書きを終え、近づいてくるなり放たれた、彼女の戯言にもしっかりと対応。
ところが当のアルアル所長は、否定されてもなお「ふふふ」と不敵に笑い、ミツルがいる机の上にふんわりと腰掛けてきた。
「下手ね?」
「なにがですか?」
「キスしかないでしょう? いつも、彼女任せなのかしら?」
見てないと思ってたら、きっちり見てやがった。
気まずさを感じたミツルは、どう出るのか。
「能力の話、しません?」
安定のスルー。
そして、早期の帰宅を求める者として、話を本筋に戻そうと頑張った。
だが、敵もさるもの。
「早く帰りたいんでちゅか? 『みちゅ』は」
彼女は片方の口角を上げ、挑発的な笑みを浮かべながら見下ろしてきた。
さあ、ムカつくぜ。鵜飼アルテミスアルカナ。
これには、さすがに温厚なミツルも――。
「俺の『無気力』タイプっていうのは、どんな能力が向いてるんですかね?」
キレない。
変態慣れしている彼は、誰もいない正面だけを見据えて、淡々と話を進めた。
一転して、表情を困らせたアルアル所長は、白衣のポケットから口紅を取り出してヌリヌリ。
どピンクに染め上げたその唇を、ミツルの顔にさっと近づける。
「ちょ、ちょ、ちょい!? なに、急に!?」
第2ラウンド、開始。
ミツルは迫りくる所長の顔面を、寸でのところでがっちりと掴んで止めた。
「あんまり可愛かったから、浮気の既成事実でも作ってやろうかと思って」
ムカついていたのは、ミツルのみにあらず。
どうやら彼女は、年下である彼に塩対応されたのが我慢ならなかったらしい。
整った顔立ちを残念な形にされながらも、アルアル所長はグイグイ間合いを詰めてきた。
「私は天才で、あなたは凡夫! この関係性を、きっちりわからせないと!」
「わかった! わかりましたから! 俺が悪かったんで、話を進めましょう!」
「私は?」
「なに!?」
「『天才』って言いなさい!」
「天才、天才!」
「違う! 『私は?』って、聞いた後に言わせたいの!」
「じゃあ早く聞けばいいべよ、バーカ!!」
「私は?」
「天才!!」
瞬間、両手にかかっていた力が、ふっと緩められる。
ミツルは警戒を緩めず、相手の顔からゆっくりとその手を剥がした。
ようやくのことで身を離した所長は、勝ち誇った笑みを浮かべ、一言告げる。
「よし!」
第2ラウンド終結。
戦いが残したのは、心身ともにゴリゴリに削られたミツルと、髪とメイクが台無しになったアルアル所長。
今回も、勝者はいなかった。
所長はなぜか、その場でくるりと一回転。
ミツルはそれを眺めながら、再度話し合いを始めた。
「それで? 能力……というか、そもそも俺たちは、なにと戦うために、その能力が必要なんです――!?」
今度は、絶句させられる。
回転をピシッと止めた所長の姿が、衣服の乱れも、ピンク色の口紅も、まるで最初からなかったかのように、綺麗になっていたからだった。
「必要性なんて、ないけど?」
唖然呆然は終わらない。
すぐ目の前で行われたスーパーイリュージョンに加えて、本末転倒で不条理な事実が、クソ所長の口から飛び出した。
強烈なダブルストレスに襲われたミツルは、その場で凍りついたように動けなくなった。
「戦ってもらう対象については、『不埒な輩』としか言えないわね。超能力大国であるこの日本では、数えきれないほどの組織が暗躍しているから」
治安が悪い。
でも、その話はミツルにとって、身に覚えしかなかった。
「……闇野イルカとか?」
「そうね。彼の能力はかなり特殊で、我が研究所では『コミカルトレイン』と名付けているわ」
聞きたくない。聞いちゃったけど。
でも、なんかちょっとわかってきた。
沸き上がってきたのは、怖いもの見たさだった。
物のついでに、ミツルはイルカと対極にある男のことも尋ねてみた。
「アスカさん、とかは?」
「彼は普通の人間よ」
風よりも早く動けて、人を抱えたまま素手でビルをよじ登れる男が、普通。
なるほど。
聞かなきゃよかった。
「もっとも飛鳥御光の場合、同じ『NEXT』でも所属部署が違うから、そこでどんな訓練を施されているかまでは、私にもわからないわ」
情報量が多すぎる。
結局、一人一人の頭がおかしくて、そいつら同士が裏でつながっていたりするから、危ない道を避けていたつもりであっても、もう地獄しか行けなくなっちゃってる。
頭の中で整理したものが正しいのかはさておき、ミツルは一番気になる男が、この世界に絡んでいるかどうかだけを知りたくなった。
「……『トッシュ岡田』さん、って知ってます?」
ハチに刺され、蛇に咬まれ、満身創痍になっても奥さんに塗ってもらった薬一発で全快した、あの昭和のおじさん。
彼こそ『能力者』に違いない。
心の中でそう踏んでいたミツルは、アルアル所長の顔を仰ぎ見る。
すると彼女は、少し驚いたように、そのブルーの瞳を大きくさせた。
「……誰それ?」
「違うんかい!! 今すぐ、トッシュを呼んで来い!! 俺より全然タフだから、あの人!!」
熱いトッシュ推し。
ミツルの中でひっそりと息をひそめていた癖が、今、一人のおじさんの人生を変える。
「そこまで言うなら、考えておくわ」
さらば、トッシュ岡田の優雅な再婚生活。
「そんなことより、早く能力を決めましょう。もっと集中して、考えてちょうだい」
「だから最初っから、そう言ってっぺよ!!」
怒りの鉾田弁が、堂々巡りに終止符を打つ。
直後、彼は声のトーンを戻して、いつも通り腰を低くして所長に尋ねた。
「具体的に、俺は、どうすればいいんですか?」
「そうねぇ……まず、そういうことを、人に聞いちゃダメだと思うの。だって、男の子でしょ?」
「どうしたの、急に? 前時代的なこと、言ってきたりして」
「こういうときばかり、甘えないでちょうだい。私は妹と違って、あなたに優しくできないの」
やっぱりムカつく。
しかしそこをグッとこらえて、ミツルは下手に出る。
「……『天才』様。どうか、この平凡なわたくしに、その『能力を決める』というやり方の、形だけでも、教えてくれませんか?」
「『形』なんて概念はないわ。ただ、自分で考えることが、このやり方において一番効果があるということは確かなの。能力というのは、使う本人の『情熱』や『意気込み』といった『精神的な要素』が重要になるから、私があなたの能力を提案して、それを実現させても、その効果は半減してしまうどころか、まったく意味をなさないものとなってしまう可能性が高い。だから自分で考えなさいって言っているの」
理解が追いつかないほどに、ベラベラと喋ってくれた。
所長の取り扱い方法をなんとなく学んだミツルは、臆することなく質問を返した。
「『情熱』とか『意気込み』とかって、『無気力タイプ』の俺には、備わっていないんじゃ?」
「そんなことないわ。『無気力』というのは『無関心』でもあるわけだから、自分のテリトリーに興味のないものが入ってきたときに『排除したい』という風に心が作用するの。あなたの場合、それが『精神的な要素』になるんじゃないかしら?」
――この人、ガチで天才かも。
「そういうことか。うーん……」
ようやくのことで理解が追いついたミツルは、唸りながら目の前にある真っ白な机に視線を落とした。
これまでの出来事が、走馬灯のようによぎる。
お尻戦争、バカみたいな内容のアンケート、公衆の面前でのノイチとのキス、そしてさきほどの、所長による口紅アタック。
恥ずかしすぎる。
今日だけでも、こんなに恥ずかしい。
アルアル所長が言っているのは、要するに、そういったことを『拒絶』する力だ。
導かれるように能力を思い描いたミツルは、同時にハッと我に返って、所長の顔を見上げた。
「……思いついたかしら?」
そこには、誰しもが美しいというであろう笑顔があった。
だが、ミツルは騙されない。
すべては、この女の手のひらの上の出来事だったのではないか。
そう考えたミツルは、慌てて方向転換。
超能力業界を知り尽くす彼女が、どんな強力な能力を持っているのかはわからない。
しかし、それに負けない、管理されないための能力を真剣に考える。
「『天才』様。もう一つ聞きたいんですけど、先出しとか、後出しとか、そういう難しい理論抜きで、能力を発動させることって、できるんですか?」
「面白いこと言うわね。能力にもよるけど、やってみれば、わかるんじゃないかしら?」
最終的には、ギャンブルか。
すっかり熱くなった頭をかきながら、ミツルは言った。
「――決めました」




