第110食 初陣! 怪人・キス女!
運命の結果発表も終わり、いよいよミツルたちは、自ら特殊能力を考案する段階に入る。
しかしその前に、思い立ったように動き出したのは、アルアル所長だった。
彼女は手近なデスクへ近づくと、その上に置いてあった紙に向かって、サラサラとペンを走らせた。
◤
【真菜ミツル】
年齢 20歳
性別 男
職業 大学生(帝都寛大大学経済学部在籍中)
身体能力 B(ただし、過去の映像からの推測。訓練経験は特になし)
知能 平均してC以下(※時折、Aクラス並の頭の回転の良さを見せるため、注意が必要)
能力適性 タイプ0
備考……所長の主義・主張・指示に対して、非常に反抗的であり
◢
「……なにを、書いてるんですか?」
所長の顔が、あまりにもニヤニヤしている。
悪寒を覚えたミツルは、思わず口を挟んだ。
彼女は一瞥もくれずに答える。
「気にしないで。趣味の日記だから」
「日記って、今、書くんでしたっけ?」
「だから、気にしないで、って言ってるでしょう?」
ダメだ。この人とは、永久にわかり合えない。
ミツルがそう思った直後、それまで右手を包み込んでいた柔らかい感触が離れていった。
ふと見ると、最愛のノイチが椅子から立ち上がっていた。
彼女の手を引いていたのは、ウカウカ先輩だった。
「ごめんなさい。少しの間、秋風さんを借りるわ。能力考案は秘匿性が大切だから」
「そんな……」
ずっと一緒にいられると思っていたミツルは情けない声をあげ、ノイチの顔を見上げた。
彼女は眉根を寄せて、ミツルよりも寂しそうな表情を浮かべていた。
「みちゅ……浮気、しないでね?」
その口から飛び出したのは、あまりにもぶっ飛んだ心配だった。
「しないよ。あんなのと」
間髪入れず返したミツルは、アルアル所長に冷ややかな視線を向けた。
ところが、素っ頓狂な受け取り方をしたノイチは、言葉鋭くミツルに迫る。
「なにそれ? 他の人とだったら、するってこと?」
「違う違う違う。そういう意味じゃない。一切、誰とも、そういったことはしません」
少しだけ、彼女と距離を取りたくなったミツルは、ウカウカ先輩に懇願する。
「どうぞ。お気をつけて」
「秋風さんは、真菜君が浮気をしないっていう、確固たる証拠が欲しいんじゃないかしら?」
一体、なにを考えているのか。
先輩は、姉そっくりの毒気ある微笑みを見せながら、状況をこじらせてきた。
「証拠って、言われても……なにを、どうすれば……」
困り果てたミツルは、ノイチへと視線をスライドさせる。
「…………」
彼女は、目を閉じて、じっと待っていた。
ミツルからの、愛のキッスを。
――噓でしょ? 今、ここで?
本当なら、口に出して言いたかった。
だが、ノイチがまた、どんなめんどくさいことを言ってくるかわからない手前、そうもできない。
ミツルにできることは、考えることだけだった。
――いや、無理だって。家じゃねぇんだぞ? 先輩だって、見てるし。
「待ってるわよ? 早くしてあげて?」
――ウカウカめ。頼んでもいない『夜の攻略本』を、こっそりと送りつけてきていたのは、こういうときに、断らせないためか。
不意に、大人の汚さを学んでしまったミツルは、もはや腹をくくるしかなかった。
――やるしかねぇ。
ミツルはごくりと固唾を呑み、ゆっくりと立ち上がった。
それから、ノイチの方へと一歩踏み出す。
すぐ近くで目をつむっている彼女の、長い睫毛がかすかに震えている。
白く透き通るようなその肌は、ほんのりと桜色を帯びていた。
「……いくよ、ノンちゃん?」
名前を呼ぶ声が、自分でも驚くほど緊張で震えてしまう。
恥ずかしさで心臓がうるさいほど脈打つなか、ミツルは彼女の肩にそっと手を置き、その愛らしい唇に向けて顔を近づけていった。
あと数センチ。
お互いの吐息が触れ合った途端、ノイチの目がカッと見開いた。
「え?」
彼女の両手がミツルの後頭部へと回り込む。
ガシッ! パクッ! チュルルルルル…………。
吸われる、吸われる。どこまでも、吸われていく――。
「じゃ、行ってくるね!」
「……うん」
部屋を出ていくノイチと先輩の後ろ姿を眺めながら、めちゃくちゃにされた唇がとれてないか、舌で舐めて確かめてみる。
今日の彼女のリップは、ほんの少しだけ、ピーチの味がした。




