第108食 検査開始!! アンケート中はお静かに!!
フラスコに入れられて、コトコト煮込まれているのが遺伝子分析なのか。
それはさておき、お次は座学。
ミツルとノイチは並んで座り、鵜飼姉妹による、なんだかよくわからないレクチャーを受けていた。
「1965年〜1974年頃にかけて定着したと言われているのが『パンチラ』という言葉であり――」
さきほどから、人生において絶対に必要のない知識を展開してくるのが、姉のアルアル所長。
「要するに、コンプライアンスを守れるメンバーが不足していた時代ということなの」
その姉の横から、求めてもいない注釈をいちいち入れてくるのが、妹のウカウカ先輩。
そして今、ミツルの隣でポリポリと『極細ポッキー』を5本まとめて食べているのが、多摩の箱入りギャル・秋風ノイチである。
それまで難しい顔をして抗議を受けていたミツルだったが、チョコレートの匂いが彼を正気に戻した。
ノイチのもとに手を伸ばし、彼女から2本の極細ポッキーを譲ってもらう。
不毛な争いに続き、今度は不毛な長話。
心も体も疲れ切っていたミツルにとって――。
「聞いてるの!?」
油断していたところで、アルアル所長から鋭い檄が飛んでくる。
「あ、すみません」
なんで謝らなきゃいけないのか。
心ではそう思っていても、実際には頭を下げる。
争いごとが大嫌い。
それがミツルという男の長所でもあった。
そんなことはつゆ知らず、熱い想いをたぎらせたアルアル所長は、語気を荒くして彼に迫った。
「いい戦闘員はね、歴史から学ぶのよ!」
「今『戦闘員』って、言いました?」
何も聞かされず、ここまで来ちゃったミツルは思わず聞き返す。
するとアルアル所長は、困惑の表情を浮かべて妹の横顔を見る。
矢面に立たされたウカウカ先輩は、一体、どう説明するのか。
「言ってないわ!」
「言ったよ!? 絶対!!」
ノリと勢い、そして瞬発力で乗り切ろうとしたが、失敗。
危険を忌み嫌うミツルを誤魔化すことはできなかった。
見事に斬られた妹を横目に、アルアル所長は、まるで今思いついたかのようにポンと手を叩いた。
「全部、バーチャルだから!」
「どこからどこまでが!? 入口のロボットとかも、全部嘘だったってこと!?」
純心、一発。
出来るならばそうであってほしいと願うミツルは、ちょっとだけ信じてしまう。
百戦錬磨の鵜飼姉妹は、その隙を見逃さない。
まず動いたのは、妹であるウカウカ先輩だった。
「あれは本当のロボットよ。それとは別に、あなたたちには『バーチャル戦闘員』として、世界の平和を守る仕事についてもらうことになるわ」
「それって、なにと戦うの!? 相手がバーチャルってこと!?」
めんどくさい男だと言わんばかりに、姉のアルアル所長が一歩前に踏み出る。
「そうよ。欲望が渦巻く『超能力業界』は……」
「超能力!? え!? ここって、そういう研究所だったの!?」
ちょっと惹かれる話になってきたぞ。
いや、独り相撲かもしれない。
忙しく心を動かしたミツルは、ふとノイチの顔を覗き見た。
「バーチャルかぁ。バーチャルアイドルとかなら、やってみたいかも」
戦闘は不向き。
彼女の口から語られた願望は、実に平和的だった。
やっぱり無理か。
と、ミツルが現実に戻されかけたその時、アルアル所長がワールドクラスの大法螺を吹く。
「もちろん、アイドルにだってなれるわ」
その音色はあまりにも幻想的で、二人の脳を即座にトロけさせた。
「ホントですか!? えー!? どうしよう、みちゅ!? 私、アイドルだって! 隠れて付き合わなきゃね!?」
「お、俺は……」
はしゃいで肩をバシバシと叩いてくるノイチを尻目に、ミツルは超能力を持った自分を想像した。
食パンの袋が綺麗に開けられる能力、最後まで大根をすりおろせる能力、猫パンチをされずに愛猫の爪が切れる能力。
夢は広がるばかりだった。
「……能力っていうのは、いつもらえるんですか?」
「解析が終わり次第、調合に入るわ」
言いながらアルアル所長は、後ろで沸騰しているフラスコを親指で指した。
「でも、その前にタイプ診断があるから、そちらを先に記入してちょうだい」
「タイプ診断?」
「そう。大事なテストよ。適性に合った能力じゃないと、どうしても……」
話の途中で、彼女はピタリと言葉を遮った。
「なにか、マズいことでもあるんですか?」
「いえ。力がうまく引き出せない、ってだけだから……」
「へぇ、そういうもんなんですか」
んなわきゃない。
しかし新たなワンダーランドは、警戒心を下げたミツルの入国を大歓迎していた。
「ええ。卯花、プリントを配ってくれる?」
「了解」
ウカウカ先輩が事務的な手つきで、二人の前に数枚の紙を滑らせてくる。
「頑張ろうね、ノンちゃん?」
「うん!」
ミツルは意気揚々と、配られたプリントの一行目に目を落とした。
『今現在、あなたは燃えるような恋をしていますか?』
「いや、恥ずかしいわ!! なにこれ!?」
一問目から、大盛り上がり。
そんな彼に対し、ウカウカ先輩は冷徹に言い放った。
「真菜君、声を荒らげないで。その一問目は超能力業界の適性検査における、最も重要な基礎質問よ。超能力の源泉とはすなわち、抑えきれない『感情』。あなたたちが今、どれだけの脳内麻薬を分泌できる状態かを測るものなの」
「うるさ!? なに!? わっかんねぇよ!! 難しい!! もういいよ、答えてやる!! ……ちなみにこれって、非公開ですよね?」
嘘つきシスターズの妹は、微笑みながらうなずいてくれた。
気持ちよく騙されたミツルは、再びプリントに視線を向ける。
愛がないわけではないが、燃えるほどかと問われれば、違う気がする。
そう考えた彼は『いいえ』の欄に手を伸ばしかける。
しかしそれを止め、チラッと隣を見てしまう。
アイドルスマイル&ウインク・バーチャル対応。
ノイチの強いメッセージを受け取った彼は、すぐさま『はい』を丸で囲んだ。
続いて、二行目。
『キスは自分からしますか?』
「だからなんだよ、これは!?」
「超能力業界において、攻守の主体性は極めて重要なファクターよ。あなたが『能動』なのか『受動』なのか。それによって、念動力の出力ベクトルが変わる重要事項なの」
「くっ……」
知識マウントはずるい。
黙ることしかできないミツルは、プリントと向き合うことを余儀なくされた。
――そういえば、そういうときって、いつもノンちゃんからだな。
視線はやはり、隣のノイチへと向く。
そこには、捨てられた子犬ような目でこちらを見つめる彼女の姿があった。
――ごめんよ。
これからは、こちらから仕掛けられるように頑張ります。
懺悔の気持ちたっぷりに、ミツルは『いいえ』を選んだ。
三問目。
『ぶっ殺したいやつはいますか?』
「ストレート過ぎんだろ!? ほんで、この落差はなんだよ!? 『いいえ』だよ、こんなもん!!」
まだまだ続くクソ質問。
真面目な彼は、その一問一問に対して時間をかけ、真剣にツッコミ、そしてきちんと答えていった。
そこから紐解かれるミツルの適性は、いかなるものなのだろうか――。




