第106食 救ってやってくださいな! その正義の資質で!
やって参ったのは米軍領。
それはまさかのご近所、福生にある横田基地だった。
ゲートを守るのは、小銃を構えた厳つい米兵たち。
「いや、ダメでしょ」
今回ばかりは、さすがにミツルも口を出す。
が、ゲートの遮断機は、いともたやすくパッカーン。
ウカウカ先輩の運転する車は、跳ね上がったバーをくぐり、難なく敷地内に滑り込んでしまった。
「え? あれ? え? うそ……」
後部座席に座ったまま、ミツルは前に後ろに、キョーロキョロ。
はるか後方で小さくなっていく兵隊さんたちは、こちらに向かって、同じ手の角度で敬礼していた。
「ねぇ、みちゅ! 見て、あれ! なんか出るよ! ロケットかなぁ?」
隣に座るノイチが、やたらとはしゃいだ声を出して、窓の外を指す。
「へ?」
視線を向けると、広大な滑走路のコンクリートが真っ二つに割れ、地の底から何かがせり上がってきているところだった。
「最初は、私もそう思っていたわ。あれは『NET』、いえ、私たち『NEXT』が誇る――」
ハンドルを握るウカウカ先輩が、バックミラー越しに不敵な笑みを浮かべる。
その瞬間、常軌を逸した蒸気と共に、幾台もの巨大ロボットが大空へと飛び立っていった。
「すっごーい!」
「…………」
歓喜の声をあげるノイチと、黙って考え込むミツル。
漆黒の塗装がなされた装甲に、稲妻が走ったかようなゴールドライン。
空の彼方に消えていったその機体には、激しく見覚えがあった。
「あれって……」
「ええ。『ブラックドルフィン』よ。量産型だけどね。闇野財閥が、私たちに技術を提供してくれているの」
「りょうさんがた……ざいばつ……」
やっべぇ世界。
知らなくていい世界。
「アガるねぇ!?」
「……そうね」
愛しいノイチへの、心ない同意。
それがミツルが車内で出した、最後の声だった。
――――――
――――
――
やって参ったのはアンブレラ。
と、見紛うほどの怪しい地下施設。
足を踏み入れただけでバイオなハザードを連想させる、異常に衛生環境の整った、裏を返せば無機質な施設的施設。
どこをどう通ってたどり着いたのかは、国家防衛に関するうんたらすんたらで、お教えできません。
兎にも角にも3人は、目的の研究所を目指し、廊下をひた歩く。
「なんかすごいね。未来って感じ」
「……そうね」
言いながらミツルは、脇のショーケースに飾られている生物の標本を横目で眺める。
メガネカイマン、メガネザル、メガネフクロウ、メガネウラ。
それらを次々と通り抜け、何度目かになる十字路に差し掛かったところで、先頭を歩いていた先輩が足を止めた。
そこに立っていたのは、一人のメガネオンナだった。
真っ白な、パジャマみたいな服は袖も襟もボロボロで、靴もひどい。
底がすり減っていて、破けたところからは小指の先が出ている。
髪は何か月も梳かしてないようにボサボサで、お世辞にも綺麗とはいえない格好をしていた。
おまけに、ちょっとニオう。
拾ってきたばかりの愛猫を彷彿とさせる、よくないニオイがした。
その女性は他の誰でもなく、ミツルの前に、幽霊のように進み出てきた。
次に彼女は、視線を合わせることなく、ぼそぼそとした声で話しかけてきた。
「関係者の方、ですか?」
「一応、そうですけど……あの、あなたは、大丈夫ですか?」
被検体の犠牲となられた方かもしれない。
すえたニオイの中に、うっすらと犯罪臭を感じたミツルは、その女性の身の上を心配した。
ズタボロの女性を見て、もちろんノイチも黙ってはいられない。
「よかったら、これ食べてください」
海外の超硬いグミ。
ノイチは夏限定のスイカ味のグミを気前よく、袋ごとその女性に手渡した。
「あ……」
優しさに慣れていないのか、ボロボロの女性は、謎の喘ぎ声を短く漏らしただけだった。
「大丈夫ですか?」
「どこか、痛かったりします?」
そんな女性に、ノイチとミツルは優しく言葉をかける。
一連のやり取りを見守っていたウカウカ先輩だけは、内心でほくそ笑んでいた。
――これは姉が用意した、適性試験の一環。
『NEXT』は正義の組織。
たとえ自分がストレス状況下にあっても、目の前で声を上げられないほど弱った人間に対して、手を差し伸べることができる。
そんな慈しみの心を持ち、行動できる者こそが、世界の危機に立ち向かえる素質があるということ。
ふふふ。2人とも、文句なしの合格ね。
「ごめんなさい……私、観光でここに来た者なんですけど、この施設、迷路みたいで帰れなくなっちゃって……」
………………。
間一髪のところでドヤ顔をせずに済んだウカウカ先輩は、ポーカーフェイスを維持したまま、颯爽と廊下を進み始めた。
「えー、トンボを左。フクロウ、真っすぐ。サル右、ワニ左です」
「……え?」
「帰りのルートです。サルだけ右。それと、フクロウは真っすぐ。これだけ忘れなければ、なんとか行けると思います」
「みちゅ、全部覚えてるの!? すごくない!?」
「まぁね」
迷子の女性は、いざとなったときの逃走経路を頭の中で完璧にマッピングしていたミツルによって出口を教えてもらい、無事に帰宅を果たすことができたという。




