第105食 paint it black! ウカウカ流スカウト術に、今さら明かされるヒロインのトラウマ、そしてミツルの謎追想!
ノンちゃんウキウキ、猫ちゃんソワソワ、みちゅげんなり。
突然の訪問客に対するリアクションは三者三様。
そんなことはお構いなく、ウカウカ先輩はテーブルに座り込むなり口を開いた。
「じゃあ、行きましょうか」
「はーい!」
「ナーン……」
「待って待って!! 行くけど、行きますけど!! せめて、事情くらいは説明してくださいよ!!」
彼女が来たからにはもうおしまいだ。
すでに腹をくくり、抵抗をあきらめていたミツルだったが、せめて基本的人権の尊重はしてほしいと、彼女に乞う。
――ふわり、ドタッ。
跳躍音は静かに、着地音は重々しく。
主人を守ろうとしたのか、愛猫のカフェオレ大福もち丸が、テーブルの上に飛び乗り、先輩の前に踊り出た。
「カフェオレ……」
ミツルは頼もしく思いながら、愛猫の様子を見守る。
カフェオレ大福もち丸は、ウカウカ先輩の手元にその顔を近づけると、ヒクヒクと鼻を動かして、彼女の指先を念入りに嗅ぎ始めた。
先輩は何も言わず、目を細めながら、むっちりもっちりふわふわとした猫を見つめている。
やがて、ふっと軽い吐息をもらした彼女は、口の端を上げ、机の上で結んでいた手を開いた。
と、次の瞬間――。
「ナーン……」
カフェオレ大福もち丸は、広げられた先輩の手のひらに、これでもかと全力で体をこすりつけ始めた。
――なんだ、あんたか。お久しぶり。
おとぼけ大将・秋風カフェオレ大福もち丸の、今更ながらの挨拶のコーナーは以上。
「えぇ……」
誰に似たのか、ノイチに似たのか。
そのマイペースぶりに、ミツルはがっくりと肩を落とした。
ゴロゴロと喉を鳴らす猫を手の中で弄びながら、ウカウカ先輩は不敵に笑った。
「私が所属している組織の、とある部署で人材を募集してるの。二人にぴったりなところだから、安心して。これから、私が送って行くわ」
「それって、アルバイト、ってことですか?」
即座に反応を示したのはノイチの方だった。
それまでと打って変わって、彼女は表情を曇らせていた。
――まずい。
ミツルの頭によぎったのは、彼女が労働に対して持つトラウマのことだった。
――追想開始。
さて、どこから話せばいいものか。
まず、俺がノンちゃんに対して、近所のドラッグストアに絶対に行かないなぁ、って思ったときの話からしたほうがいいのかな?
あれはなんのときだったか、アイスが食べたいとかなんとか、ノンちゃんが言い始めて。
まあ、とにかく、家から一番近いその店に、彼女があまりにも行かないもんだから、俺はついつい聞いちゃったの。
「なんで行かないの? すぐそこにあるんだから、買いに行けばいいべよ」って。
そしたら、ボロボロ泣きながら過去を語ってくれて。
こっちはそんなつもりなかったもんだから、オロオロそれを聞くことになったんだけども。
簡単に言えば、その店でバイトしてたノンちゃんが、カスハラジジイにアタックかまされて、やめちゃったっていうことです。
普通に、かわいそうでしょ?
彼女、見た目はイケイケのギャルなんだけど、中身は正反対で高潔な人ですから。
そのジジイの言葉が、相当に効いちゃったらしくて。
それ以来、働くのが嫌になっちゃったんだって。
全国のカスハラジジイの皆さん、ただでさえ少ない日本の労働力、とりわけ若いギャルをいじめたりしないでください。
どうか、お願いします。
さあ、というわけで、湿っぽい話で終わるのもなんだから、明るい話でもしようか。
俺が前にしてた、ライブ会場の設営のバイトで、作業員のおっさんにスパナで殴られた話でもする?
ノンちゃんに比べれば、そんな大したことじゃないんだけどね。
俺が重たい荷物を運んでたら、いきなり後ろからおっさんに「ノロノロ動いてんじゃねえ!! ガキィ!!」つって……うん。
だから、今思い返せば、傷害事件だよね。
それ以来、俺も現場系は、ちょっと遠慮してます。
ハードすぎるから、あの世界は。
本当にすごいよ、毎日毎日、耐えてる人たちは。
あと出版社の横領の話とか、飲食店の店長とパートの人妻が不倫してた話とかあるけど、聞く?
やめようか。
なんにせよ、短期アルバイトって、とっても面白いよっていうお話でした。
――追想終了。
守りたい、豆腐メンタル。
その豆腐はミツルにとって、かけがえのない豆腐であった。
「それは、ノンちゃんもやらないとダメなんですか?」
「無理にとは言わないわ。ただ、秋風さんが一緒に来てくれれば、真菜君の報酬がよくなるの」
超怪しいシステムを聞いて、ミツルはお尻の穴が痒くなるばかり。
そんな彼を横目に、渦中のノイチが重い顔を上げた。
「私、行きます」
その表情はまさしく、主人公と共に戦う覚悟を持ったヒロインそのもの。
かっこいい。
そんなことを思うミツルであったが、彼の心はいつだってラブ&ピース。
「ダメだったら、すぐ言ってね?」
大切な豆腐がこれ以上傷つかぬよう、そっと逃げ道を用意する優しさを忘れなかった。
ノイチはミツルに向かって静かに頷き、ウカウカ先輩は微笑みながら二人に声をかけた。
「そんな大げさに考えなくても大丈夫よ。私の姉が代表を務めているところだから」
――余計に怖ぇ!!
そう叫びたいミツルだったが、背に腹は代えられない。
この夏を楽しむ資金を求め、いざワンダーランドへ。
猫ちゃんはお留守番。
ミツルとノイチ、そしてウカウカ先輩。
三人は『NEXT』日本支部へと向かう――。




