第99食 まずは中ボス! 血刀アキコ!
「頑張ってこいよ!」
二人の船乗りに見送られ、ミツルたちがたどり着いたのは鬼ヶ島。
汽笛を上げ、海の彼方に去っていく船に背を向け、ミツルは決戦の地を踏み出す。
彼に続くは四つの足音。
響いてくるのは四つの和音。
「ピアノ? 葬式?」
先頭を切って歩いていたミツルは思わず足を止め、視線を走らせた。
黒のクラシックピアノに腰掛け、葬送行進曲を奏でていたのは――。
「出ちゃったかぁ……」
ミツルのボヤきを合図に、ピアノの音色が止まる。
下縁眼鏡に、ピンクのジャージ。
闇野イルカの専属秘書・血刀アキコ、29歳独身。
前回、八王子での対決で敗北を喫した彼女は、あれから33倍の努力を積んで、満を持しての再登場。
冗談が通じなさそうな雰囲気はそのままに、彼女は滑るように椅子から立ち上がり、ミツルたちを見据えた。
「ごめんなさい、ミツル君。恨みはないけれど、あなたを殺さなければならないの。後ろにいる、裏切り者たちも含めて、ね?」
「あの……そういうテンション持ち込んでるの、いつも、あなただけなの。それに、ピンクジャージ着た人に、そんな物騒なこと、言ってほしくない」
言いながらミツルは、彼女につけられた古傷が残る腕を、背中にいる仲間たちを庇うように大きく広げた。
あの時の刀傷沙汰を思い出し、その腕はちょっと震えている。
とそのとき、当時はいなかった頼れる男が、ミツルの前に躍り出た。
「Mitsuru, je m'en occupe.(ミツル、ここは私に任せてくれ)」
スケベ充実、キャプテン・シルバ。
190cmの高みについたその両眼は、麗しいアキコのことも狙っていた。
「キャプテン……」
どうやら彼はアキコとの対決を望んでいるらしい。
言葉こそわからなかったが、雰囲気からそのことを察したミツルは大人しく、その場を退いた。
広がる大地。
その中心で対峙する両者を見て、ミツルは思う。
あれ? これ、いけるなぁ。と。
「その人、3人に増えるから、気をつけてね?」
キャプテンに通じていないとはわかっていても、なんとなく声をかける。
アキコの得意技は、3人に増える分身の術。
だけどさすがに、細身の女性3人で190cm112kgの巨漢を取り押さえることなんて、できやしないだろう。
そうタカをくくったミツルだったが、皆さんご存じ、今度のアキコは33倍――。
「ふふふ、いくわよ……」
ススススス、ススススススス、ススススス。
アキコはその姿を、どんどんどんどん、どんどん増やしていく。
「えええぇぇぇ!!??」
次の瞬間には、99人のピンクジャージにボコスカ殴られる、フランスおじさんの姿を眺めることになってしまった。
「――反逆者には死を!! 逆らう者に対して、私たちは、体罰も辞さない!!」
「まーた、すごいこと言ってる!! 全世界配信で!!」
見るも哀れ、語るも哀れ。
全身ボロボロ、服もビリビリにされたキャプテンは――。
「Merde……c'est un cauchemar……(クソッ……悪夢だ……)」
フレディ・マーキュリーがいる。
下着代わりなのか、胸の部分が大きく開いた全身タイツ姿にされた彼は、地面に膝をつき、四つん這いになって、ギリギリのところで意識を保っていた。
しかし、それも風前の灯火。
「おやすみ、キャプテン」
スパァン。
アキコの最後の一発が、お尻に決まる。
「Arggh !」
キャプテンは汗のしぶきを上げながら、前のめりに倒れ込んだ。
余談ではあるが、誰も見ることのできないその表情は、恍惚としたものだったという。
「キャプテぇン!!」
「騒ぐのはおよし、ミツル」
スッと前に出てきたのはジェマイマおばさん。
パワーがダメならマジカルで。
目がチカチカするほどの、大量のピンクたちに囲まれながら、ミツルは再びその身を退かせようと一歩下がりかけた。
すると、ジェマイマおばさんは彼の手を取って、にっこりと微笑みかけた。
「お前は、イルカのところに急ぎな?」
「おばさん……」
ビアンカは?
そう思いかけたとき。
「さあ、いくよ。ビアンカ」
「……わかった」
綺麗に切りそろえた毛先をいじりかけながら、ビアンカも前に出てくる。
彼女はその頬をうっすらと朱に染めると、視線こそ合わせてこなかったが、ミツルに向かって一言呟いた。
「頑張ってきて」
「……はい」
なんか、いい感じかも。
どこか、少年漫画の主人公のような気持ちにさせられたミツルは、いざ最終決戦へ。
この場は仲間たちに預けて駆け出し、カメラを手にしたウカウカ先輩が追走する。
「さあ、いくよ!! 荒ぶる嵐よ!! 我に力を!!」
仰々しい呪文が後方から聞こえてくる。
「逃がさないわよ!」
しかし目の前に立ちふさがるのは、ピンクのジャージ軍団。
「いや……俺は、ぜってぇ逃げてやる!」
十人以上はいるその群れに向かって、ミツルは頭を低くして突っ込んだ。
無策か。
否、彼に秘策あり。
「な、なに? やめてよ、ちょっと!」
アキコの群れは、次々とミツルを避けて、道をあける。
誰かが言っていた。
女性はへそを見られるとすごく嫌がる、と。
その教えを実行したミツルは、アキコたちのへそを食い入るように見つめては、生理的に嫌がられ、彼女たちの群れを難なく突破することができた。
「楽勝だぜ。ちょっと悲しい気持ちになるけど」
口を動かしながら、足も動かす。
100m13秒台の快足を活かし、あっという間に小高い丘にまで差し掛かったミツルは、その丘の頂上に登りつめてから後ろを振り返った。
遠くに見えるのは、99のクノイチに取り囲まれている、3人の仲間たち。
渦巻きながら頭上に広がっていたのは、雷鳴轟く極厚の雲。
目まぐるしい勢いで空気が冷たく変わっていく。
まもなく島中に暴風が吹き荒れるようになった。
その風に押し上げられるようにして、ビアンカが、ゆっくりと宙に浮かび上がる。
――雷と、嵐が、止んだ。
その瞬間、彼女は大いなる風の力を、自らのものにしていた。
「Freccia d'Aria! 大気の矢よ、好色なる者どもを貫け!!」
直後、針のように尖った無数の光の矢が、分厚い雲を突き抜けて一斉に降り注いだ。
「いやぁぁぁーーっ!」
「Arggh !」
100の断末魔が戦場を切り裂く。
そして、静寂が訪れた――。
暴風雨は嘘のように消え去り、雲間からは柔らかな光が差し込んでいた。
その光は、戦いを終わらせた2人の素晴らしい魔女、ジェマイマとビアンカを明るく照らしている。
地面には、一人に戻ったアキコの姿もあった。
彼女は地に伏せたまま、胎児のように丸まっていて、少しも動かない。
安否を心配してか、ビアンカが彼女のもとに近づき、しゃがみ込んだ。
すると、すぐにビアンカはこちらに顔を向けてきて、親指を立てながら無事を知らせてきた。
終わった。
ふぅっと、大きく息を吐き出したミツルは、顔を綻ばせながら、ようやくのことで本心を口にした。
「……すごぉい! けど、ビアンカはどうして普通に、風の魔法を使ってんの!? ほんで、当たり前のように、キャプテンもやられちゃってるよね!? まぁ、生きててよかったけど!!」
ジェマイマに小突かれ、キャプテンは立ち上がっていた。
死にかけていたかと思いきや、彼はピンピンしていた。
ミツルは心底あきれたが、その顔は、過去一番といってもいいほど、明るく輝いていた。




