第十一章 対面審査体 3・4
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予想以上に早く鷹瀬ラインが強行突入をはかってきた。
轟音と共に係留ベイの上部通路で、防火扉が一枚落ちた。
その直後、金属を切る工具の甲高い音。
足音。
指示の短い掛け声。
迅のラインとぶつかっている余裕なんてない。
鷹瀬は最初から、俺たちと対面審査体が同じ空間へ入った瞬間を狙っていたんだ。
「位置を変える」
冬月が即座に言う。
「中央の荷役クレーン下へ。
上からの射線を切る」
「対面審査体は?」
俺が言うと、女の顔を借りた"それ"は少しだけ首を傾げた。
--観測に支障なし。
「腹立つな、その言い方」
思わず吐くと、結理が短く言った。
「あとで言って」
冬月が手信号を出す。
俺、美羽、蓮を中央へ寄せる。
対面審査体も、命じられたわけでもないのに、少し遅れてついてくる。
歩き方が、やっぱり人間のリズムと少しだけズレている。
『あの器』
リリスが低く囁く。
『まだ完全には壊れてない。
中の人、薄く残ってる』
「戻せるのか」
『分からない。
でも、あまり雑に壊すと戻れなくなる』
扱いにくいものばかり増える。
中央のクレーン下へ移動した直後、上部通路の扉が破られた。
黒い防護装備の男たちが、段差を挟んで展開する。
先頭にいるのは鷹瀬自身じゃない。
でもそのすぐ後ろに、黒いコートを羽織った鷹瀬清人が立っていた。
照明を受けても顔色一つ変わらない。
その目だけが、係留ベイの下にいる俺たちと、対面審査体を順に捉える。
「接触派施設、現時刻をもって国家緊急管理下に移行する」
拡声機越しの声は、よく通る。
感情が薄い分だけ、余計に冷たい。
「諸井静男。
即時身柄移管に応じろ。
諸井美羽、相良蓮、亡命断片との接触も停止する」
「断る」
俺が言うと、鷹瀬はほとんど反応しなかった。
「拒否は予測済みだ。
だから今ここで"保護"する」
その言い方に、美羽が小さく眉を寄せる。
蓮の肩もびくっと震える。
「蓮」
俺が名前を呼ぶと、蓮はすぐにこっちを見る。
それだけで、怯えの暴発が一段下がる。
鷹瀬はその一部始終を見て、やはり冷静なまま言った。
「見ろ。
これが危険性だ。
感情結合が強すぎる。
対象群が相互依存化している」
「依存じゃない」
今度は、美羽が言った。
観測室の時よりずっと小さい声だった。
でも、はっきり聞こえた。
「選んでるだけ」
鷹瀬の視線が、そこで初めて美羽へ向く。
「君はまだ若すぎる。
自分が何の中心に置かれているか理解していない」
「分かってるよ」
美羽は引かない。
「だから、私が自分で"ここにいる"って決めてるの」
その一言に、対面審査体の青い目がわずかに動いた。
--安定因子、自発性維持を確認。
鷹瀬のこめかみが、そこで初めてわずかに引きつる。
「その"観測"は無効だ」
鷹瀬が対面審査体へ向き直る。
「当該空間は既に外部異常介入下にある。
国家管理の下で再評価する。
仮器の一時凍結と、断片の返還を――」
「おい」
思わず口を挟む。
「お前、自分が何に命令してるか分かってんのか」
鷹瀬は俺を見もしない。
「分かっている。
だから国家として先に枠を被せる」
その瞬間、対面審査体の首が、ほんの少しだけ不自然な角度で傾いた。
--剪定優先群。
--再度確認。
--対象外からの命令介入を記録。
空気が少しだけ張る。
鷹瀬はそれでも止まらない。
「君たちは"比較"などという曖昧なことをしている場合じゃない。
人類側の窓口は国家で統一されるべきだ。
そのために今ここで――」
「それ、お前の窓口だろ」
俺が低く言い返す。
「人類って言葉で、お前一人の都合を大きくしてるだけだ」
「違う」
今度は、鷹瀬がはっきりと声を強めた。
「外部知性が来た以上、個々の名前や関係性にこだわる余地はない。
個は必ず足を引く。
感情は判断を遅らせる。
だから――」
そこで、上部通路の防護班の一人が前へ出た。
麻酔銃を構える。
嫌な予感しかしない。
「やめろ!」
冬月が叫ぶ。
だが遅い。
防護班の狙いは、俺じゃなかった。
美羽だ。
さっきまでのやり取りで、誰が一番効くかを理解したんだろう。
あまりにも最悪な理解の速さだ。
「お兄ちゃん!」
美羽の叫びが飛ぶ。
その瞬間、右手の中で何かが完全に跳ねた。
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時間が、そこで細くなる。
麻酔弾の軌道。
美羽の肩。
蓮の呼吸。
結理の舌打ち。
冬月の「伏せて!」という声。
その全部が、一瞬だけ遅く見えた。
『だめ』
リリスが鋭く言う。
『今、怒りで取ったら向こうの思う通りになる!』
分かってる。
でも、身体はもう動いていた。
俺が前へ出るより早く、蓮が動いた。
「みう!」
叫びながら、毛布を跳ね上げるみたいにして前へ出る。
異形の右腕が、まだ重そうに、それでも一直線に伸びる。
麻酔弾が、その腕へ当たった。
鈍い音。
薬液が固定布に染み込む。
蓮の顔が歪む。
痛みと恐怖で、一瞬だけあの倉庫の獣の目に戻りかける。
「蓮!」
俺が呼ぶ。
美羽も、同時に呼ぶ。
「蓮くん!」
その二つの名前が、空気の中でぶつかる。
蓮の右腕が暴発しかける。
黒い筋が一気に膨らむ。
でも今度は、それが"壊す"方へ行く前に、別のものが絡みついた。
俺の右手だ。
自分で考えたわけじゃない。
でも気づけば、蓮の黒い腕に右手を重ねていた。
熱。
痛み。
薬液の冷たさ。
それと同時に、蓮の中で暴れかけた恐怖が、俺の方へ少しだけ流れ込む。
きつい。
けど、前みたいに飲まれない。
美羽が、今度は俺の左手じゃなく、蓮の肩へ触れた。
「ここにいる!」
その声が、波形を変える。
蓮の呼吸が、ぎりぎりのところで止まりきらない。
暴発の尖りが、一段だけ丸くなる。
結理がそこで、床を滑るようにして美羽の前へ入った。
二発目が来ると読んだんだろう。
そして、本当に二発目が来た。
今度は結理へ向かう。
でも、その前に何かが空中で止まった。
青い線。
対面審査体だ。
海保の制服を着た女の体の前に、いつの間にか薄い青い膜みたいなものが走っている。
麻酔弾はそこへ触れた瞬間、速度を失って床へ落ちた。
観測室じゃない。
係留ベイ全体が、一瞬だけ冷える。
対面審査体の声が、さっきより少しだけ低くなった。
--剪定優先群。
--比較を破壊しようとしている。
--排除対象へ更新。
上部通路の防護班が、一斉に動揺する。
鷹瀬だけが、そこで初めて声を荒げた。
「撃つな! 待て!」
遅い。
海面下で、青い点が一斉に明るくなる。
係留ベイの床下配管を伝って、細い光が走った。
次の瞬間、防護班の持つ麻酔銃とスタンガンがまとめて火花を散らして沈黙する。
電子機器だけを、正確に落とした。
「……まじかよ」
思わず漏らす。
冬月も、少しだけ息を呑んでいた。
「施設外の断片群を、こっちのインフラへ通した」
「やり方が雑だな」
「でも人間は撃ってない」
それが重要だった。
対面審査体は、まだ"剪定"じゃなく"排除"の最低限で止めている。
鷹瀬の顔が、そこで初めて本気で青くなった。
「下がれ!」
防護班へ怒鳴る。
「一度引け!」
でも、もう遅い。
上部通路の灯りが青白く揺れ、麻酔銃は全部死んだ。
その上で、対面審査体はもう一度、ゆっくりと言った。
--剪定優先群の介入は、比較を歪める。
--一時排除する。
--対面審査を優先する。
その宣言と同時に、防火扉が上部通路の両端へ落ちる。
鷹瀬と防護班は、係留ベイを見下ろす位置へ閉じ込められた。
完全に隔離されたわけじゃない。
でも、少なくとも今この瞬間には降りて来られない。
鷹瀬が扉を殴る。
その姿を見て、対面審査体はほんのわずかに首を傾げた。
--感情優位。
--剪定優先群もまた、個に拘束されている。
その一言が、妙に痛快だった。
結理が小さく息を吐く。
「ようやく言った」
冬月が低く言う。
「でも、あれで終わらない。
鷹瀬はすぐ別ルートで来る」
「その前にやれるだけやる」
俺が言うと、右手が静かに熱を返す。
蓮も、痛みを堪えながら小さく頷いた。
「……うん」
麻酔弾の当たった右腕はまだ震えている。
でも、暴れてはいない。
「蓮」
「だいじょうぶ、じゃない。でも、だいじょうぶに、する」
その言葉に、少しだけ胸が熱くなる。
蓮はもう"失敗例"じゃない。
自分でそう言えるところまで来ている。




