表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
47/81

第十章 監査体の座標 2・3

 

    2


 包囲は、露骨だった。


 モニターの中で、小型艇の灯りが海面を切って近づいてくる。

 直線的すぎる。

 隠す気がない。


 そのうちの一隻は、明らかに鷹瀬の配下のラインだろう。

 黒い船体に灯りを落とし、でも速度だけは一番速い。


 もう一隻は、志奈星の私設警備だと冬月が言った。

 表向きは海洋医療資材の緊急回収艇。

 実態はそのまま、"回収班"。


「父さんは?」


 結理が訊く。


 冬月が別の回線を開く。

 少し遅れて、迅の声がスピーカーへ入った。


『聞こえるか』


「聞こえる」


 結理が返す。


『敵の対応が思ったより早い。

 鷹瀬が港湾危機対応名目で海保偽装を出した。

 志奈星も民間警備を正規艇として寄せてる。

 私は今、法務ラインを噛ませて時間を稼いでいるが、長くて二十分だ』


「十分じゃない?」


 結理が冷たく言う。


『そうだな』


 迅の返事は短かった。


『だから、その前に施設を"研究観測中の隔離区域"へ変える』


「何それ」


 俺が言うと、冬月が代わりに答えた。



「接触派の古い権限。


 外的異常波形を観測中と宣言した施設は、一時的に他ラインの立入を止められる」


「そんな都合いいものが」



「今まで使う場面がなかっただけ」


 冬月は端末を叩きながら言う。


「ただし、使った瞬間にこちらも"ただの逃亡者"ではいられなくなる。

 正式に観測対象保護施設として記録される」


 つまり、もう完全に表へ出るってことだ。


「今さらだろ」


 俺が言うと、冬月がほんの少しだけ口元を歪めた。


「そうね。

 じゃあ、遠慮はやめる」


 その言葉と同時に、施設全体の照明が一段だけ落ちた。


 赤ではなく、深い青の非常灯へ切り替わる。

 観測塔の頂部で警告灯がゆっくり回り始めた。


 海上観測施設は、一瞬で"隠れ家"から"観測陣地"へ顔を変えた。


 イヤーピースの向こうで、美羽の声がした。


『静男』


「ん?」


『近い方、来てる。

 海の下、変な光』


 喉が冷たくなる。


 モニターの一つを拡大すると、施設南側の海面下で青い点がいくつも灯り始めていた。


 魚じゃない。

 ブイでもない。

 もっと細くて、不規則で、でもひどく意思的だ。


 蓮が毛布を掴む手に力を入れる。


「あれ、いや」


「見るな」


 反射的にそう言うと、蓮は俺を見る。


 その目に、あの日の倉庫で見た子どもみたいな怯えが戻りかけていた。


「しずお」


「ここにいる」


「ちいさいの、くる」


『ええ』


 リリスが低く言う。


『未分化断片。

 まず外周をなめて、入れる器を探す気よ』


「器って、人間か?」


『機械も、人も、どっちも』


 そこまで聞いて、冬月が即座に動いた。


「施設内回線を切る。

 外部接続ゼロ。

 観測だけアナログへ移す」


 結理も同時に端末を引き寄せる。


「内側も隔離。

 この施設、ネットワーク生きてる範囲が広すぎる」


 二人の指が、一斉にコンソールを叩く。

 モニターの一部が黒く落ち、代わりに古いオシロスコープみたいな表示が増えていく。


 美羽の声だけは、まだ耳の中に残っていた。


『聞こえる?』


「聞こえる」


『よかった』


 その"よかった"の一言だけで、右手の熱が少しだけ整う。


    3


 最初の衝突は、外からじゃなく中から始まった。


 施設の西側デッキを映していたカメラが、いきなり真っ白に飛んだ。

 次の瞬間、監視員の一人が床に倒れる姿が映る。

 誰かに撃たれたわけじゃない。

 自分から、糸が切れたみたいに。


「西デッキ、職員一名ダウン!」


 冬月の補佐をしていた作業服の男が叫ぶ。


「バイタル乱れ……いや、待って、立った」


 画面が安定する。


 さっき倒れたはずの監視員が、ゆっくり立ち上がっていた。

 でも、動き方が変だ。


 首が少しだけ遅れて回る。

 手の開閉が、一拍ずつ不自然にずれる。

 そして何より、目が完全に空っぽだった。


「……上書き」


 結理が低く吐き捨てる。


「早すぎる」


 監視員がカメラへ顔を向ける。

 その口が、妙に滑らかな動きで開いた。


 遺失断片。

 帰還せよ。


 部屋の空気が凍る。


 人間の声なのに、人間の息継ぎじゃない。

 音の並びは日本語に近い。

 でも、言葉を"話している"というより、"組み立てている"感じがした。


『監査体の先触れ』


 リリスが囁く。


『まだ本体じゃない。

 でも、もうこっちの言葉をなぞり始めてる』


「冬月!」


 俺が呼ぶと、冬月はすでに別のレバーを引いていた。


「西デッキ隔壁、閉鎖!」


 施設全体に重い音が響く。

 西側への通路が、自動防火扉で順番に閉じていく。


 モニターの中の"監視員だったもの"が、扉の前へ歩く。

 歩幅が人間なのに、何も迷わない。


 その拳が扉に触れた瞬間、金属が不自然にきしんだ。


「うそでしょ」


 結理が呟く。


「出力……機械側にも乗ってる」


「乗るんじゃない」


 冬月が低く言う。


「使ってるの」


 その時、迅の声が回線へ割り込んだ。


『外の包囲艇が止まった』


「何?」


 冬月が振り返る。


『鷹瀬のラインも志奈星のラインも、施設の外周二百メートルで足が鈍った。

 海面下の青い光を見て、向こうも動きを乱している』


「人間同士で包囲してる場合じゃなくなったってことね」


 結理が言うと、迅の返事は短かった。


『そうだ。

 だから逆に危ない。

 鷹瀬が"これを理由に全面確保"へ切り替える』


 最悪のタイミングだ。


 外は人間の包囲。

 中は未分化断片の侵入。

 その上、青い光は海の下からまだ寄ってくる。


 冬月が手早く指示を飛ばす。


「西側は切る。

 北と中央だけで動線維持。

 蓮は観測室から下げない。

 美羽さんはここへ」


「え?」


 スピーカー越しに美羽が声を上げる。


「今。あなたの声、こっちの安定剤になる」


 その言い方は少し引っかかったが、今は細かいことを言っている場合じゃない。


 数十秒後、観測室の扉が開き、美羽が息を切らして入ってくる。

 その顔を見た瞬間、蓮の肩の力が少しだけ落ちた。


「みう」


「いるよ」


 美羽は迷いなく蓮のそばへ寄る。

 俺のそばにも来る。

 その"どっちにもいる"動き方が、今は何よりありがたかった。


 右手の熱が少しだけ整う。

 蓮の目の怯えも、一段だけ下がる。


 冬月が小さく言った。


「やっぱりね」


「何が」


 俺が聞くと、冬月は画面を見たまま答える。


「あなたと蓮、二人とも美羽さんを中心に波形が安定する。

 しかも、あなたの方はそこから外へ伸びる」


「また観測してる」


「するよ。

 今やってるのは、もうただの家族愛じゃなくて"現象"だから」


 腹は立つ。

 でも、否定できないのが一番腹立たしい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ