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第十章 監査体の座標 1

 第十章 監査体の座標


    1


 観測室へ駆け込むと、冬月はもう中央卓の前で立ち尽くしていた。


 いつもの淡々とした顔、ただ、目だけが少しだけ硬い。

 その視線の先、メインモニターには三つの画面が並んでいる。


 一つは、昨夜の青い窓が砕ける直前に記録された最後の送信波形。

 一つは、その十一秒後に返ってきた二回目の応答。

 そして最後の一つが――今、冬月が拡大している"座標付き"の返答だった。


「これ」


 冬月が画面を指す。


 数字の羅列。

 緯度経度。

 海図上の一点。


 俺は最初、その点が施設から少し離れた沖合を示しているんだと思った。


 でも違った。


 結理がすぐに地図レイヤを切り替える。

 施設本体。

 観測塔。

 桟橋。

 その上に重なった赤い点は、ゆっくりと動いていた。


「移動してる」


 思わず言うと、冬月が頷く。


「最初の座標は施設の南南東、約十三キロ沖。

 でも五秒ごとに再計算すると、一直線にこっちへ寄ってる」


「船か?」


 俺が聞くと、冬月は首を横に振った。


「レーダー上は質量なし。

 水面反射もない。

 でも、潮流と電磁ノイズだけが、その座標を中心に妙に歪んでる」


「質量がないのに、来る?」


 結理が低く言う。


「来る、というより"寄せてくる"のかも」


 その言い方に、背中が冷える。


 モニターの端では、青い棘みたいな返答波形がゆっくり脈打っていた。

 静かで、規則的で、だから余計に気味が悪い。


 その時、蓮が観測室の入口で小さく息を呑んだ。


 振り返ると、毛布を肩にかけたまま立っている。

 顔色はまだ悪い。

 でも、その目だけははっきり画面を見ていた。


「……あれ」


 冬月がすぐ声を和らげる。


「蓮、分かる?」


 蓮は一度だけ喉を鳴らして、それから小さく頷いた。


「くる。

 でも、ひとつじゃない」


 部屋の空気が少しだけ変わる。


「どういう意味だ」


 俺が聞くと、蓮は自分の固定された右腕へ目を落とした。


「なかに、いたやつ。

 あれ、いっぱいに、わけられる。

 ちいさいの、いっぱい。

 でも、もっと、おおきいのが、みてる」


『当たり』


 リリスが、ひどく静かな声で囁く。


『監査体そのものが走ってきてるんじゃない。

 まず断片を撒いて、足場を作る。

 その上で、本体が"判断"するのよ』


「最悪だな」


 思わず口に出すと、冬月が淡々と返した。


「ええ。

 でも、最悪の種類が少しはっきりした」


 そこで、別の警報が鳴った。


 観測用じゃない。

 施設外周の監視回線だ。


 結理が画面を切り替える。


 海上観測施設の周囲を映すカメラが四分割で表示される。

 暗い海。

 風に揺れるデッキ。

 係留桟橋。

 そして、南西側の洋上に――小さな灯りがいくつも見えた。


「……来た」


 結理の声が低くなる。


「船が三隻。

 海保の偽装一、民間警備の高速艇一、あと識別消した小型艇一」


 冬月はため息もつかない。


「人間側の包囲……」


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