其の壱百六「廃集会所のなにか」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
風間先生
いつも「これから広まるかもしれない怖い作り話」を拝読し、
背筋をゾゾゾと震わせながら楽しませていただいています。
今日は、私が十数年前に体験した出来事をお話したいと思い、
お便りとして書かせていただきました。
あれは、私がまだ中学生だった頃のことです。
私の地元は“山に囲まれた小さな田舎町”で、家の裏には使われていない旧道が伸びていました。
舗装も剥がれ、草が生え、地元の人間でもほとんど通らないような道です。
夏休みの夕方、私は友人と二人で「夏らしく肝試しに行こうぜ!」と、その旧道を歩くことにしました。
日が落ちかけて薄暗く、リリリリと虫の声だけがやけに騒がしかったのを覚えています。
旧道をしばらく進むと、道の脇に古い木造の小屋のような建物が見えてきました。
地元の人は「昔の集会所だ」と言っていましたが、私たちが物心ついた頃にはすでに朽ち果てた廃墟でした。
そのとき友人が「ちょっと中、見てみようぜ」と言い出し、私たちはそっと廃墟に足を踏み入れました。
入口の扉は外れており、その隙間から覗くと、埃っぽい空気の中に古い長机と折りたたみ椅子がいくつか残されていました。
そこで私たちは、あるものを目にしました。
誰もいないはずの廃墟なのに、机の上に“ついさっき置かれたような”新しい湯呑みが一つ。
そこからは、フワリと湯気が立っていたのです。
「誰かいるのか!?」と思った瞬間、ズズズ……と奥の暗がりで“何か”が動いた気がしました。
人影のようにも、動物のようにも見えましたが、形ははっきりしません。
友人が「おい、誰かいるのか!」と声をかけた途端、奥からガタン!と大きな音が。
それを聞いた私たちは、慌てて外へ飛び出しました。
旧道を走って逃げる途中、背後から「待てぇぇぇぇぇぇ!!」と聞こえた気がしましたが、
振り返る勇気など当然ありませんでした。
全力疾走で家まで走り、帰ってから友人に確認すると、彼も同じ声を聞いたと言います。
翌日、親にその話をすると、
「は?あの小屋はもう誰も使っていないし、湯呑みなんてあるはずがないだろ」
と笑われました。
それでも気になって仕方なく、しかし一人で見に行く勇気はなく、
結局あれが幽霊だったのか人間だったのか、それは今でも分からないまま。
そしてあの日以来、私はあの旧道に近づいていません。
風間先生の作品を読むたび、あの時の体験を思い出します。
もし何かの参考になれば幸いです。
◇◆◇
このお話は、送り主さんに許可をいただき、原文(場所が特定できる部分のみ書き換えています)をそのまま掲載させていただきました。お便りありがとうございました。
さて、もし何かの参考になれば――
このお便りを読んでいるとき、そして創作怪談を書いているとき、私は時々こう思います。
「本当に怖いのは、霊か、人か。」
このお話の彼は、自分が見たものが霊なのか人なのか確証を持てないまま長い時を過ごし、
その“曖昧さ”に恐れを感じているのでしょう。
心理学の話を聞いていたとき、こんな言葉がありました。
「人間は、答えが出ない状態を不快・不安と感じる。」
この方は、その時の“怖い体験”と、それ以降の“不快・不安な記憶”を綴り、私に送ってくださったのでしょう。
山に囲まれた小さな田舎町。
書き換えたこの部分には、送り主の住んでいた町の名前が書かれており、
ストリートビューで確認すると、古い木造の小屋は朽ち果てながらも、まだそこにありました。
そのとき、私は僅かな違和感を覚えたのですが――お話はここまでにしておきます。
このお話、本当だと思いますか。
そして、私の感じた僅かな違和感を、あなたはどう思いますか。




