第2話 森、魔獣、そして俺
「クッソ...あの魔女野郎...!」
エルの居た黒い空間から放り出されて落ちていくとだんだんと光が見えてくる。
その光はまぶしく思わず目をつむってしまったが、足にどっしりとした地面、床の感覚が伝わる。
目を開けると、そこには見慣れない景色が広がっていた。
頭上には生い茂る木々。枝葉の隙間から差し込む光が、地面にまだら模様を作っている。
鳥の鳴き声。風に揺れる葉の音。遠くから聞こえる何かの鳴き声。
鳥も植物も見たことのない種類だ。
どう考えても、さっきまでいた場所とは違う。
「......本当に異世界に来たんだな」
俺はゆっくりと周囲をを見回した。
「熊とか猪とかいねえよな?」
周囲の安全を確認して座り込み、手の中のペンダントを見る。
「......現実なんだな」
ペンダントが自分の手の中にあり実感する。
ついさっきまで、白髪の女性—―エルと話をしていたことを思い出す。
姉のこと。自分のこと。十の国を巡る旅のこと。
あまりにも現実離れした話ばかりだったが、こうして見知らぬ森にいる以上、夢だったとは思えない。
「とりあえず......どうすればいいんだ?」
何もわからない。
とりあえずペンダントに話しかけてみるが反応がない。
「魔力?が必要とか言ってたな」
エルは確かに『魔力』と口にしていたはずだ。
それに自分が魔王の資格を持っているとも言っていた。
俺は周囲に誰もいないことを確認して、手に力をこめる。
「かーめーはーめー」
と言いながら構える。
「波―――ッ」
...何も出ない。
姉さんを助けるのはもちろんだが、異世界の実感がわいてきて少し興奮してきていたのだ。
俺もまだまだ厨二ざかりの男子高校生。
当然ゲームやアニメ、ライトノベルなんかをみて多少なりとも妄想することだってあるのだ。
「......まずは人のいる場所を探すか」
そう呟いて立ち上がる。
しかし、どちらへ進めばいいのかも分からない。
とりあえず、水を探すために動物の鳴き声のする方へと進むことにした。
どれくらい歩いただろうか。
だいぶ進んだ気がするが一向に水辺が見えてこない。
そして、ふと妙なことに気づいた。
「......静かすぎないか?」
さっきまで聞こえていた鳥の鳴き声が、いつの間にか聞こえなくなっていたのだ。
風の音もない。
まるで森全体が息を潜めているようだった。
緊張感がどっと押し寄せてくる。
そのとき――。
「そこのあなた!!」
突然、背後から声がした。
「うわっ!?」
驚いて振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
整った顔立ちに、短い銀髪の髪をなびかせ、まるでサファイヤのような碧眼で俺をにらみながら腰の剣に手をかけ口を開く。
「......あなた、こんなところで何をしているの?」
少女は俺をじっと見つめている。
その表情は穏やかとは言い難い。明らかに警戒心だだ洩れだ。
「えっと......道に迷ったというか」
「道に迷った?」
「...はい」
「この森がどこにあるかわかっているの?」
「いえ、全然」
「......」
少女の表情が少し険しくなった。
まずい。コミュニケーションをミスったか。
「あなた、どこの国の人?」
「国......?」
「身分を証明できるものは?」
「いや、そんなもの持ってないですけど......」
エルからもらったペンダントでいけるだろうか...
「じゃあ、どうやってここに入ってきたの?」
「どうやってって......普通に?」
「普通に?」
少女の声が一段低くなった。
......まずい。
どうやら俺は、かなり怪しい人物だと思われているらしい。
実際、俺もそう思う。
「ちょっと待ってください。俺は別に怪しい者じゃないです!」
「怪しい者はみんな大抵そういうものよ」
ごもっとも。
「あなたが怪しくないっていうなら、この場で証明してみなさい」
「この状況でそれは無理があるだろ!?」
思わず声を上げてしまった。
少女は少しだけ目を丸くした後、呆れたように息を吐いた。
「......本当に変な人ね」
「こっちの台詞ですよ」
互いに睨みあう。
そんな妙な空気が流れた、その瞬間だった。
少女の表情が変わる。
「下がって!!!」
「え?」
少女に抱えられ移動した次の瞬間、元居た場所に対して衝撃が走る。
衝撃を起こした存在が茂みの中から姿を現す。
鋭い牙に太い四肢、そして異質な棘の様な黒い表皮。普通の動物とは明らかに違う、そんな化け物がこちらを向き咆哮した――




