第六話 はじまり
八月中旬。湊と凛は休暇に二人でカフェを訪れていた。ある程度任務をこなし、仲も深まった頃。そんな湊は、とある問題に直面していた。
(今日……凛の誕生日……!)
何かしなければ何も始まらない。ということで、湊は凛にさりげなく欲しいものを聞き出すことにした。
「凛」
「なに?」
「ご注文のコーヒーでーす」
店員が注文していたコーヒーを机にそっと置く。
「最近なんかハマってるものとかないの?」
「なに急に」
「なにって言われてもねぇ」
「ハマってるもの……うーん、読書とか?」
「読書ね」
「……?」
◇◆◇◆◇
二人は寮に帰還した。
湊は自分の部屋にて、新たな問題に気づく。
「……買い物、一人じゃ行けなくね?」
湊は頭を抱える。DBの総則上、単独行動は禁止。つまり、プレゼントを買いに行くにも凛を連れて行く必要がある。
(慎さん、凛の誕生日教えてくれたは良いものの〜)
「……、……オワタ」
◆◇◆◇◆
一方、凛は自分の部屋にて。
「さっき、私の趣味聞いてきたのって、なんだったの……?」
部屋にある大きな本棚から一冊の本を取り出し、机に向かう。
(まさか、私の誕生日、知って……?いや日にち教えてないし、それはないよね)
「あ、でも天樹さんなら湊に私の誕生日言いかねないかも」
◇◆◇◆◇
「とりあえず、慎さんに相談してみるか」
湊はすぐさまスマホを取り出し、慎に単独行動の許可を申請した。
数十分後、慎から単独行動の許可を貰った湊は、一人で寮を出た。
そしてまっすぐ大きな書店に向かう。
店内は涼しく、静かだった。
(本……だと被ったら気まずいから、ブックカバーとか、しおりとかがいいのかな……)
「わっかんね〜」
湊は、何を買うかも決めていなかった。書店に来れば何か良さげなものがあると思っていたのだが。
「何がいいんだろ」
残念ながら、湊には相談できる相手など一人もいない。完全に無計画な買い物だったのだ。
「……?」
湊は、ショーケースに入ったブックカバーに目をつけた。
「店舗限定オリジナルブックカバー……センター取り一枚革ポロサス使用、十六万円……」
(ポロサス?ポロサスってなんだ)
良いのか悪いのか、湊は高級なものに詳しくなかった。
「店舗限定なら、凛も流石に持ってないよな」
湊はそのまま店員を呼び、そのブックカバーを買ってしまった。決して湊にとって安い買い物ではなかったため、今までの稼ぎを貯金していた自分に感謝する。
そして、若干店員が驚いていたように見えたが、そんな事は気にしないのがこの男、霧島湊。
◆◇◆◇◆
寮に帰った湊は、凛の部屋をノックする。そして凛がドアを開ける。
「湊。どうしたの?」
「ちょっと俺の部屋来てほしい」
凛はそう聞くと、一歩引いて目を細める。
「……なにをするつもり?」
「なにもしねぇよ」
「だって、女子を部屋に連れ込むなんて、そういうことじゃ、ないの?」
「違うわ」
「……まぁ、別にいいけど、なにかしたら燃やすから」
「はいはい」
凛を何とか説得した湊。二人は湊の部屋に移動した。
「ちょっとここで待ってて」
そう言い残しブックカバーを取りに行くため退室した湊と、部屋に取り残された凛。
「本当になんなの……?」
凛はそう独りごつ。そして、なんとなく部屋を見渡す。
(……なんか、いい匂いする?)
凛はその匂いがする方を向くと、そこにあったものは──。
「……」
湊の布団だった。
凛は、ゆっくりと布団に近づく。だがその時。湊が突然部屋のドアを開けた。
「っ!!」
「? なにしてたん」
「なにもしてないけど」
「まぁいいか。てか今日、凛の誕生日でしょ」
「うん」
「……これ」
湊はブックカバーを手渡す。
「なにこれ。開けていい?」
「うん」
凛は包装を丁寧に開ける。
「誕プレだよ。なんか限定のブックカバー?だって」
「限定?」
「うん。ポロサス?でできてるらしい」
「……え?」
「?だから、ポロサスの一枚革?センター取り?でできてるらしい」
「……?……!?ポロサスって言った?」
「うん」
凛はだんだんと落ち着きがなくなっていく。なぜなら、湊は知らなかったようだが、ポロサスが本革の中でも最高級な品だから。
「ポロサスって知ってる?」
「知らん」
「ワニの革だよ?本革。それに一枚革?センター取りなんでしょ?すごい高級なものだよこれ」
「へぇ〜。知らなかった、まぁそれプレゼント」
「貰っちゃっていいの?」
「いいよそんな高くなかったし」
(まぁ〜〜……安かったってわけでも、ないんだよなぁ〜〜……)
「……そ、う。ありがとう」
凛は、その日のうちからそのブックカバーを愛用し始めたのだった。
◇◆◇◆◇
九月上旬の、とある日の午前。二人は慎に呼び出された。
「こんにちは湊くん。凛さん」
慎はいつもよりも真剣な顔をしていた。
「二人に、任務があります」
「はい」
凛が淡々と答える。
「この任務はかなり危険度が高いです。詳細はこの資料を見てください」
二人は渡された資料に目を通す。
「今回は駆除ではなく、特別警戒個体、コードネーム・ゼーファの調査です」
「ゼーファ?強いんですか?」
湊が慎に問う。
「強い、と言うより厄介。ゼーファは人間を怪物に変える力を持ってるので」
「人を怪物に?そんなこと、できるんですか?」
「……確かに信じがたいです。でも、そのための調査です。DB上層部は、君たちの実力を信用しこの任務を担当させました」
凛は、資料を端から端まで読み込んでいる。
「二人とも。ゼーファを調査する上で、心がけて欲しいことがあります」
湊と凛は、慎を見る。
「ゼーファに遭遇した際の行動は、逃げるか、怪物になるかの二択です。駆除しようなどと考えないようにしてください」
「……はい」
◆◇◆◇◆
湊と凛は、支部を後にすると、早速調査に行くことに。向かったのは、都内の薄暗い路地。
「ここが、ゼーファが目撃された場所だね」
「うわっ、これ血?」
湊が見つけたのは地面に少量付着した血の跡。
「ここが怪物化した隊員が駆除された場所みたい」
「そうなのか」
二人はゼーファの目撃場所を中心に調査を続けた。
昼頃になると、二人は近くの店に入る。
「とりあえず、目撃地点を中心に調査して見つけたのは、血の跡だけ」
「あと、地面にヒビが入ってるとこもあったよ」
「うん。正直ゼーファ自体の痕跡はゼロ……目撃した人が言ったゼーファの外見も曖昧だもんね」
「……黒くて赤いラインが入っていて、ゴツゴツしていて三メートルくらいの怪物だったっけ」
「うん」
(正直、証言の信憑性もそこまでだけど、人が死んでるし、まぁ、遭遇したら戦ってみるのも手……でも、慎さんがダメって言うなら俺じゃ勝てないのか……?)
「まぁ、調査してればなにか見つかるっしょ。頑張ろ」
「うん。頑張ろう」
二人は昼食を済ませて、午後も調査を続けた。
だが、ゼーファの痕跡は何一つ見つけることができなかった。
あっという間に夕方になってしまった。
「湊」
「? どした〜凛」
「今日は、もう暗くなるし寮に帰ろ」
「そうだね。暗いと、なにか見落とすかもしれないし」
「うん」
その時。
湊と凛はすぐそこの暗がりに何かいることに気づく。
「「……!!?」」
そこにいたのは、黒く、赤いラインの入った、ゴツゴツとした巨躯をもつ『ナニか』だ。
凛は唾を飲む。
湊は目を見開く。
(無理だ、勝てない……!!)
「凛ッ!!」
「逃げるよッ!!」
二人は全力で走り出す。その怪物は、逃げる二人を見て、追いかけ始める。
「もっと速く走れ!り、ん……」
湊が見た光景は、まさに絶望。その怪物は、凛の頭を掴んでいた。
『我はゼーファ。人を正しき存在に変化させる者』
ゼーファは、濁ったような声でそう言う。
「……お前、悪趣味だな」
『悪趣味……?違うぞ人間。我は今日も、美学に従いこの者を正しき存在に更生させる』
その時。凛の肉体がボコボコと変形し出す。
「……に゛っ、げでッ……湊……!」
『人間。その顔。もっと見せろ……ッ』
ゼーファは哄笑する。そして、凛から手を離すと、雲隠れのように姿を消した。
そして──。
「凛……?」
『……』
そこに残った、凛であるはずの『ナニか』は、下を向いたまま、硬直していた。




