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第8話 世界の虚より巨人来たりて

 幻影魔術というものがある。

 光学的に視覚情報を操るたぐいのものを“光学投射系統”、他人の感覚にまで作用するものをより現実に近いフィクションとして“クリア・リアリズム系統”という。視覚をだますだけの光学投射系の方が難度は低い。消費する魔力も手軽でむ。戦闘時や詐欺師なんかはこちらを使う。

 群島連合国レムネシアのクレオと組んでいたあのピエロなんかもこれを使っている。

 難しいのはこちらにはセンスが必要なところ。

 使い手のセンスがなくては、たとえば、そのものの物体をあらゆる角度から再構築できる、とかの画像処理におけるセンスがなくては、光として投影された幻影にもリアリティがなくなって、すぐにバレてしまう。

 でないと、たとえば人間を投影しようとしても腕が三本だったり、横から見ると平面だったりと、すぐに魔術であることがバレてしまう。


 ───ようは、本人の美術的センスがなくては、うまく空間に映像を描けない、そういう魔術だ。


 たいして、クリア・リアリズム系統というのは、映像の写実性よりも重さや匂い、実際に触れてみた感触なんかを再現する魔術だ。

 五感をだます魔術。こちらの何がいいかというと、よりリアルな幻覚を体験できること。写実性に欠ける分、もっと本能的な情動にうったええかける。ありていにいうと中毒性のある幻視だ。


 ───で、()()試してるのはこっち。


 リビングのテーブルには金髪の三十代半ばごろの女性と褐色肌の40代頃の男性が並んで座っている。これはフェイクだ。見た目は人工魔導脳《AI》に表出させた、僕の“両親”モデル。

 二人とも、こちらをみてニコニコ笑っている。


 よし、何か喋らせてみよう。


 僕は思いついて、セリフを入力する。手元の端末をいじる。

 魔導端末WANDというのは多機能型魔導演算支援端末であり、これは実は魔法使いの()なのである。

 魔導士の使う杖というのは機能が様々だ。あるものの杖は、神話的な一本の木から創られた神聖なものだったり、またあるものの杖は、剣や弓、メイスの形をしていたりする。用途ようとに応じて、使用者の望み通り姿を変えることができるのがこの種の杖の強みだ。

 僕も、初めは杖として使っていたが、あまり戦闘に使わないので、演算端末型にして入力装置を外部から取り付けた。

 出せる指示は複雑な方がいい。

『アイシ……テイルワ、カワイイコ』

 幻影の母親の口からカタコトの音声が流れ出す。

「くそ、出来が悪い」

 思わず口汚くののしってしまう。

 かれこれ一日ほど幻影と格闘しているが、出来は悪い。

 なんというかしっくりこない。これは、僕の方に()()()となるデータが存在しないのが悪い。僕が両親に関して覚えているのは、おぼろげな印象だけ。ろくな記憶データがない人間が参考にできるのは、一般的な人間の反応を類推したものだけだ。ようは、聞きかじっただけの知識で、自分で体験したものではない。 

 フィクションだ。


 だが、試行回数シミュレーションを増やせば、リアルに近づくことはできる、はずだ。総当たりでシミュレーションを実行すれば、そのうちの一つくらいは真実にヒットするってこと。

 うん。きっと、そのはずだ!

 そのはずだが、僕はすぐに不安になった。

 なんだか、この件については深く考えたくない気がする。

 それはなぜだろう、なぜかも、あまり考えたくない……、頭にもやがかかったようだ。

 原因不明のモヤモヤと戦っていると、背後から突然、声がかけられた。

「ただいま、何してるんだ」

「うわっ」

 慌ててWANDの画面をかくす。

 僕が背後を振り向くと、レイヴンが僕の背後、部屋の入り口のあたりに立っていた。手には買い物袋をかかえている。空間転移門ゲートを使用して、どこかの市場いちばまで買い物に行っていたらしい。

 買い物袋からフランスパンが飛び出ている。

「足音もなく背後に立つなっ」

「ただいまって言っただろ。声はかけた。まー、いいや、それで、何してたんだ」

 レイヴンがリビングに足を踏み入れる。

「……なにもしてない、なにも」

 僕は、リビングに座る幻影を消去しようともう一度WANDを開く。

 けど、遅かった。

「恥ずかしいのか?」

「うるさいっ!」

 レイヴンはまたもや足音もなく近づくと、サッと視線を部屋に向ける。

 数十秒ほどの沈黙が落ちる。

 彼の視界の先には、リビングに居座る二人の人間の影。

 容姿をできるだけ僕に似せた二体の人形───男のモデルの方はともかく、女の方はまだ音声シーケンスが終了していなくて、カタコトで喋っている。

『ママニ……タクサンアマエテ……イーノヨ…コレカラハ…ズットイッショ…ヨ』

 はりつめた沈黙の中、音声が垂れ流される。

 一連の出来事できごとから、事態を正確に把握はあくしたらしいレイヴンが言った。

「これは……いつも通り、イカれてんな」

「うるさいっ! うるさいっ! 見るなっ!」

 WANDのキーボードに終了コマンドを叩きつけて強制終了。

 幻覚が消える。

 レイヴンが僕を見ながら言った。

「恥ずかしがる必要ないだろ、()()()()なんだから」

 わざとらしいまでに、男が優しげな眼差まなざしを向けてくる。その視線がかえって僕にはつらい。物理的な痛みまで感じるほどだ。僕は頭を抱えた。

「ううっ、馬鹿馬鹿、レイヴンなんてだいっきらい」

「そんなに見られたくないなら、見えないところでやればいいだろ」

 あきれたようにレイヴンがぼやく。

 正論だ。

 しかし、正論がいつも正しいとはかぎらない。

 僕は敢然かんぜんと、やつを見上げる。

「僕は()()()()()を追求するんだ! 実験自体はラボでやってたけど、それじゃ無機質すぎて、家族の団欒だんらんにふさわしくないからね。こっちで試してただけさ」

「へー、リビングで家族で団欒したことがあるのか?」

 レイヴンの鋭い指摘。これは致命傷だ。

 頭がグラグラする。冷や汗もダラダラ出てきた。

「な……、ない、ないけど」

「それじゃ、リアリティも何もないんじゃないか」

 レイヴンが低く笑って、キッチンに消えていく。

 僕は敗北感で頭がどうにかなりそうだった。テーブルにす。

 ひどい場面を見られてしまったし、ダメだしまでされてしまった。

 しかも、ぐうの音も出ないほどの正論だ。

 レイヴンのいうリアリティ、それこそ僕が昨日から格闘している課題で、解決不能の難題だ。

 この問題の解決のため、丸一昼夜かけて、ラボで幻影のクオリティを上げようと、両親モデルの()()()()を繰り返していたが、いまだに納得なっとくのできる精度には達していない。

 その試行回数は軽く数千回を超えるだろう。

 苦闘の末、ようやく形にできたのが、今さっきのレイヴンに鼻で笑われた失敗作だ。粗末で、出来の悪い、粗悪品。

 素直に認めよう。

 いまだに僕の完璧な家族は完成していないが、それは()()()()()()()()試行錯誤しこうさくごを続け、改良を加えれば、いつかはかならずレイヴンを驚かせるほどの精度になるはずだ。

 魔術とはたゆまない進歩の歴史だ。


 ───ここでレイヴンに屈しなければ、いずれは僕の正しさは証明される。


 それすなわち僕の勝利ということだ。

 気持ちを切り替えて再起をはかろうとしていたところ、レイヴンがキッチンから戻ってきた。

「それで、ラボにこもって、3日も幻影魔術を作ってたのか?」

「3日? 何を言ってるんだ。僕が、ラボにこもり始めたのは、つい昨日のことだよ」

「それが3日前のことだ。ちゃんと寝てるのか? 目の下、すごいクマだぞ」

 壁にかけたカレンダーの日付を見ると、確かに3日分経過している。

 時間の経過に気づくと、疲労感がドッと襲ってくる。体の疲労でも睡眠不足でもなく、幻覚製造のために失われた魔力の分、深い疲労を感じた。


 ───魔力不足による疲労だ。


 魔力を使用したことによる疲労感というのは、ちょうど血を失ったようなもので、貧血のような症状が出る。実際は、貧血ではなく、魔力欠乏症候群だが、非魔術師にもわかる感覚でいうと、ちょうどそんな感じだ。魔力が不足すると、めまい、足元のふらつき、だるさ、などを感じるが、限界を超えて魔力を失った場合、死の危険がある。大量失血みたいなものだ。魔力を急速に失うと最悪死ぬ。

 ガス欠の車を無理に動かしたらあちこちに支障が出るように、魔力を扱う肉体の方が故障する。あと、魔力を扱う器官───心理領域にもヒビが入り、最悪、廃人になる。

 僕にはすこし休息の必要性があるようだ。

 僕は疲労をごまかすように言った。

「ちょっと熱中しすぎたみたいだね。やっぱり僕の両親モデルの造形にはちゃんとこだわりたいから、いじってる間に時間がってしまったみたいだ。初めは適当な人間のモデルから選んでたけど、やっぱり細部ディティールが気になってしまって、外見の選定は遺伝子要因によるものにしたんだけど、それだけじゃ味気ないから、なんていうかな温かみがないっていうか。表情アルゴリズムも気に入らなくてさ、何度も組み直したんだけど」

「ふむふむ、親っていうのは、そういうふうに選んで決めるもんじゃねーと思うがな」

 撃沈。

 レイヴンの一言は鉛のように重たい。

「あのさ、さっきからなんで水を差すようなことばっかり言うの? 僕に不満がある?」

「幻影魔術は、中毒性がある。昔、軍で、廃人になったやつをいくらでも見たことがある」

 レイヴンが言うのは、幻影魔術にふくまれる毒性のことだ。

 出来できが悪い幻影で相手をだますには、中毒性、それも麻薬のような快感をもたらすものを組みこめばいい。

 昔の魔術師がよくやっていた手だ。

 レイヴンがいうのはその使用法だろう

 彼の言うとおり、戦場で、恐怖に怯える兵士たちを安らがせるため、粗悪な幻影魔術が用いられることもあるが、なんといっても対象者の精神に作用する魔術だから、多用すると精神的に破綻はたんをきたす。

 しかし、今では、幻影魔術は、医療現場で、患者のストレス緩和かんわのために使われることもある。適切な資格を持つものが扱えば、危険な魔術ではないのだ。使う人間によって、毒にも薬にもなるだけ。

 僕はレイヴンに説明することにした。

「ああ、それか。確かにそういう使用方法もあるが、僕のは安心、安全の仕様だよ。幻影魔術に中毒性を持たせて、誘惑したり籠絡ろうらくしたりするのは古い魔術なんだ。それこそ鬼とかが良くやるやつさ。でも、僕のは大丈夫。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 レイヴンが用心深く僕を見つめる。鋭いというより、暗い目だ。

 僕の瞳から嘘が読み取れるとでもいうように間近で見つめられ、僕はちょっと息を呑んだ。

 なんだか居心地が悪い。 

「……信用しよう」

 彼は言って、うなずいた。

 ようやく誤解が解けたようだ。僕の緊張も解ける。

 なにはともあれ、レイヴンにも安心で安全な幻影魔術について理解してもらえたみたいだ。

 ほっと息をついたところで、屋敷が揺れた。

 外を見る。

 窓の外に見える廃棄都市の空に、鳥のような影がうつる。

 鳥ではなく、飛竜だと、ひるがえる翼の大きさからすぐに判別できたが、問題は数だ。

 それは一匹や二匹どころじゃない。数百羽か数千羽はいそうだ。

 アラームが鳴る。

 僕の仕掛しかけておいた、世界結界消滅時の警告音が屋敷中に響き渡る。


 ───世界結界の消滅はその名の通り、世界の消滅の合図だ。


 だから僕はブザーを黙示録になぞらえてラッパの音にしたわけ。

 直後にまた揺れた。

 崩落が始まった。


 *

 リビングに響き渡るけたたましい警報音。

 この警報が鳴る、ということは、緊急事態だってことだ。

 僕はすぐさま行動を開始した。

「なんだ、いきなり」

 窓の外の様子に怪訝けげんそうにしているレイヴンに、僕は言う。

「レイヴン、戦闘準備をして、僕についてきて」

 魔導演算端末WANDを手に持って、テーブルから立ち上がる。

 リビングを出ると、すぐにレイヴンがついてくる。

 さっきまで出かけていたから手近なところに東魔刀を置きっぱなしだったようで、戦闘準備バッチリの姿だ。

 腰の剣帯に刀を吊り下げ、いつもの黒いジャケットに普通のズボン。

 彼の戦闘用装備は、かぎりなく普段着だ。こういう時のために、世界監視機構にも、なにかもっとかっこいい制服みたいなの、あったほうがいいかもしれないな。

 緊急事態だというのに、気が引き締まらないことこの上ない。

「なにが起きたんだ?」

 レイヴンが後ろから聞いてくる。

「それはこれから説明する。迷わないように」

「そんなに急いでどこに行くんだ? この先には洗面室しかないぞ」

 リビングから出た廊下の先には客室が三つ、洗面室が一つある。ちなみにリビングを出たところには通路は三つある、東に行くと図書室、西に行くと植物園の温室へと最終的に行き着くことになっている。

 複雑な間取まどりで、ところどころ時空の歪みもあるので、一人で出歩くのはとても危険だ。

「僕らがこれから向かうのは領土防衛用基地“アストラム・コア”だ」

「アストラム・コア? 領土防衛用基地? 一体どこを防衛するんだ?」

「廃棄都市イルミナだよ」

 数秒ほど沈黙。

 その間も歩き続ける。僕がこの“屋敷”を作ったとき、普段の生活する居住区と、こういった非常事態に備えた施設の防衛区画は、分けることにした。

 居住区角は西央魔導教国の田舎の方の屋敷を参考にしていて、いたって古式ゆかしい洋館の間取まどりだ。

 外から構造データをスキャンしたら、飾り窓やテラスといった細部へのこだわりも見えるだろう。中からは古めかしい屋敷にしか思えないが、内部は迷宮化《ダンジョン化》している。これは、あとからいくらでも増設できるように、あえて空間に()()()を持たせた設計のせいだ。

 しかし、そのせいで屋敷内で遭難しかねないという欠点もあり、レイヴンには転送門ゲートの入り口にあたる玄関ホールと、洗面室や風呂、キッチンや日用品の倉庫とかいった必要な場所への順路しか教えていない。

 空間構築が複雑すぎて、うかつに散策すると遭難そうなんする。

 居住区角以外の部分───特殊な機能を集めた施設は、僕の研究室を始めとした魔導開発区画、実験棟、兵器保管庫、といった私的なフロアと、今から向かう領土防衛基地や世界監視機構本部といった外部のものも入れる公的施設に分けられている。

 で、今から僕が向かうのは領土防衛基地“アストラム・コア”である。

 この名前は僕がつけた。


 ───かっこいいからである。


 僕らが今いる一階は居住区画。

 ここは洗面室や台所といった日常生活に必要な施設がある場所で、普段の生活は一階と二階より上にある客室だけでことりる。客室の数は今のところ一階に三つ、階段を上がって二階より上はループ構造になっていて、部屋数を数えるのは無意味だ。

 リビングを出て、三つほど客室を通り過ぎると、突き当たりの曲がり角がある。

 その曲がり角を少し歩くと、物置のドアに行き当たる。

 物置の木製のドアを、僕は3回ノックした。この屋敷で、任意の場所にたどり着くためには、僕が用意したプロトコル───手順を踏まねばならない。

 普段は物置の場所は、ノック3回を合図に、別の場所へと通じる魔術を組み込んでいる。内部機構が組み変わる音がして、ドアの真上についている点灯ランプが点滅し、ドアが開かれる。

 中はエレベータになっていて、転落防止用の鉄製のシャッターがエレベータの到着と同時に開閉する仕掛しかけだ。

 シャッターの前で、レイヴンが口を開いた。

「アストラム・コアはわかった。だが、なんで、イルミナを、防衛するんだ?」

「イルミナが僕の()()だから」

「……具体的な説明を求める」

 レイヴンはきっとしかめ面をしているのだろう。

 僕は説明を始めた。

「魔導協会の13人いる選帝侯には()()を持つ権利があたえられる。これは実際に土地を所持しているってわけじゃないんだけど、概念的な縄張なわばりとかテリトリーみたいなものだね。選帝侯がすでにいる場所じゃなければ、世界中のどこでも、領土として認められる。ま、ようは、僕ら13人が、互いに戦争にならないようにするためのルールってわけ。ちなみに、領土内では、無制限の魔術の行使こうしが認められているから、僕ら魔導士にとっての重要な拠点だよ」

「ひどいルールだな? 選帝侯同士で争ったりすることがあるのか?」

 魔導協会に所属する13人は僕以外の全員がりすぐりの反社会的人格の持ち主だ。しかも、全員が一つの分野での世界における最高位であり、はっきり言って隣人になりたくない人物世界ランキングNo.1を席巻せっけんする折り紙つきの呪物だ。

 そういうわけで、このルールは現在は適切に機能している。

「昔はよくあったらしいよ。今は、みんな自分のテリトリーから出てこないから、そこまでの接触はない。魔導士は領土において、自分のテリトリーを防衛する権利が与えられている。みんな、好きなところに領土があって、僕はここ、イルミナを選んだ。どんな場所だろうと、手を入れて環境を整えるのは魔導士の腕の見せ所だ」

「それで、これだけの魔法を自宅に組み込んだってわけか」

 レイヴンが屋敷の廊下を見渡す。

「そう、この屋敷は、次元構造体ダンジョンだよ。わかりやすくいうと、空間転移路みたいに、あっちのフロアとこっちのフロアを空間構築術という系統の魔術でくっつけて、一つの構造体にしたもののことね。次元をはさんでつながっているから次元構造体」

「専門的な話はしなくてもいい」

「ようは、違法建築物だね。こういう施設は領土以外では許されない。いや、まあ、魔術師なんてみんな自業自得の犯罪者だから、やってるやつはやってるけどさぁ!」

遵法じゅんぽう意識の低さで照れるな」

 僕は後頭部をいた。

 今さらだけど、人に説明すると少し照れ臭いものだ。

「ま、ここは便利なんだよ。どれだけ危ない術を使ってもおとがめなしだし。好き勝手に実験もできるしね。で、空間魔術を使えば、理論上は無限に改築できるので、イルミナには必要な設備が全部ある、今からいく防衛基地もその一つなんだ」

「そのアストラム・コアってのは?」

「僕がつけたよ。いい名前でしょ、かっこいい?」

「ああ、かっこいいな」

 レイヴンが苦虫を噛みつぶしたみたいな顔をしている。

「なんかふくみを感じるけど、まあ、今は不問にしておくよ」

 そこでエレベータの到着のベルがなる。

 シャッターがガラガラと左右に開かれる。

「よしっ、説明はこんなとこか」

「なにも、意味が、わからなかったな」

 レイヴンがなんか言っている。

 僕は無視して、エレベーターに乗りこむ。

 エレベータが降下を始める。

 長い、長い降下だ。

「こんなことになってたのか」

「教えてないからね」

 地下へ降りる。

 ざっと地下30階分ほどの長さを、空間転移でショートカットしながら、エレベータが移動する。

 アストラム・コアは地下にある。


 *

 ベルの音が鳴って、到着を告げる。

 エレベータから一歩外に出ると、開けた空間が目に入る。

 半球状になった円形の広場のようなフロアで、中央には先ほど降りてきたエレベータが、天国から伸びてきた階段みたいにそびえ立っている。白い塔のようだ。

「意外とちゃんとした基地なんだな」

 レイヴンの目が、エレベータのある中心部から先、操縦桿と制御盤コンソールパネルの前にあるオペレータ席をとらえる。

 僕が制御システムを一人で扱えるように設計したオペレータ兼管制官兼司令官兼最高責任者席だ。

 僕は胸を張った。

「その通り、ここは観測装置と管制室の二つを兼ねてるんだよ。イルミナの周囲の世界結界にヒビが割れた時、いち早く崩壊部位をサーチして、修繕するための場所なんだ」

「世界結界?」

 レイヴンが聞く。

 僕は考えながら答える。

 今から話すことは、この世界で最も重要な秘密の一つだ。

 各国首脳陣とそれこそ13人の選帝侯たち、そして協会と西央魔導教国をしろしめす魔導教皇猊下しか知らないことだ。

「魔導士ではない君にどう説明しようかな。僕らの世界をたとえるなら、海の中に沈んだ()みたいなものなんだ。海というのは魔力の大元である原初の闇、卵が世界。からに穴が空いたら、とんでもないことが起こると思わない?」

「あー、なるな」

「世界結界というのは、その殻なんだよ。殻の内側に宇宙があり、魔界がある。宇宙の外側って考えたことある? 宇宙の果ては? その到達し得ない果てが、世界結界だ。ま、正確ではないけど、こんなところだ。それで、僕ら魔導協会の魔導士がなぜ、これだけの特権を得ているか、わかる?」

「強大な力を持つ異常者の集団だから?」

「僕のことをそんなふうに思っていたのか?」 

 僕以外の人間に対しては当たっているが、僕への評価としては心外すぎる。

「話がそれたな、なぜだ?」

 レイヴンは悪びれもせず聞いてくる。

 僕は彼の問いに答えた。

「世界結界の崩壊の事実を知っているからだ」

「……世界の殻というやつが、割れるってことか?」

 レイヴンは察しがいい。

 僕はうなずいた。

「そう。魔界はつねに混沌に満ちている。それがなぜかというと、魔界の殻はそのうち壊れる。修復する術はただ一つ。魔王を決めることだ。僕らにはそれぞれの王の選定権があり、王を見出みいだすために、ありとあらゆる特権が与えられている。どこの国の宮廷だろうと、聖域だろうと視察に行けるのは王を見つけるためなんだよ」

「魔王なんて、三千年も前の話だろ? 実は、おとぎ話だと思ってたんだが」

「実在したとも。魔王はただ一度、現れ、現在に至るまで選出されていない。なんでっていうと、これが大変、醜聞しゅうぶんなんだけど、僕ら魔術師は異常者の集団と君はいま言ったよね?」

「言った」

 これが答えだ。僕はため息をついた。かつては、いたはずの魔王という存在が、現在生きる魔族たちにおとぎ話としか信じられていない理由がこれだ。

「そのおかげで、一度も、王を選出できなかった。皆、我が強すぎるんだ。魔王亡き後、魔王の臣下たちも争いを始めてしまって、現在の混沌の様相に至る」

「あー、早く決めたほうがいいんじゃないか」

 西央魔導教国はかつての魔王が支配した国であり、今現在も魔界の中心だ。だが、その領土は3000年前、()()()()()()()()()()()頃に比べると、はるかに縮小してしまった。

 魔族と人類が共存したという理想の王国は、今では醜い権力闘争で荒らされている。

「ことはその段階をはるかに通りすぎた。魔王は選出されず、今は各国が魔界の覇権を握ろうとして躍起やっきだ。魔王になるということは、西央魔導教国の王になるということだから、世界を手中におさめるには、かなりリードだね!」

「そうか。で、アルビレオは王を決めるのか?」

 レイヴンは変なことが気になるようだ。

 僕は思わず笑ってしまった。

「まさか! 選帝侯なんていうのは、今じゃ、儀礼ぎれい的なものに過ぎないよ。

 13人の選帝侯が一堂(いちどう)(かい)することだってほとんどないんだよ?そんな状態じゃ、魔王の選定なんて(はじ)まらないよ」

「ふーん。そんなものか? とてもそうは思えんが……」

 レイヴンはまだ納得(なっとく)していないようで、首を(かし)げている。

 僕は長い説明を切り上げて、制御盤コンソールパネルを起動する。

 アストラム・コアの外壁は360度、全天モニターになっているため、部屋が一瞬で青い球体の色に染まる。モニターにはイルミナの空が映っているのだ。

「そんなことより、現在の状況はこんな感じ。ここが廃棄都市上空だよ」

 僕は、モニターの観測地点を切り替え、地上千メートルからの光景を映す。

「すごい数の魔物の群れだ」

 青い空に、黒影が飛び交っている。

 これら全部が飛行能力を持つなんらかのモンスターなのだろう。

「世界結界にヒビが入ったみたい。ヒビが入ると、外から海水、つまり魔力が流入してしまって、流れこんだ魔力は、この世界の法則に縛られて肉体を持つ、つまり、即席で生物化する。それがあの魔物モンスターの群れだよ」

 魔物というのは、この世界の生物である。

 現在、魔界で見られる魔物の大部分は命を持った生き物で、僕が今、観測しているのとは別物だ。

 イルミナ上空を飛び回るのは、流入したばかりの魔力が即席で形を成したもの。

 これは普通に現生している魔物モンスターよりも強力だ。

 厳密にいうと、この入り込んだばかりの魔物を第一世代というが、レイヴンへの説明はあえて省略した。

魔物モンスターがあんなに住み着いたら、生活するのに不便じゃないか?」

「だから、こうやって駆除するんだよ」

 僕は制御盤の前の司令官席を見やった。

 司令官席はモニターを観測するため高い位置にあるので、座席に手をかけてよじ登るようにして座る。

 なんでこんな不便な作りにしてしまったんだろう。

 アストラム・コアは自分一人で設計しているから、こういった設備の改良までは追いつかないのが本音だ。

 座りやすくするために、椅子を設計し直すのは、手間だ。

 座ると、視界が高い位置にあるので、隣にきたレイヴンを見下ろすことができる。レイヴンは大柄で身長がだいたい190くらいはあるから、僕の位置からだと彼の後頭部が見える。

 レイヴンがモニターを見ながら言った。

「今の話を総合するとだ、イルミナには世界結界のヒビが入っていて、その防衛のために基地があるっていうことだな?」

「そうだよ」

「世界結界が崩壊するっていうのは、魔王を選んで修繕しないとならないほど、大ごとだって理解で合ってるか?」

()()()()()()だと考えてくれていいよ。だから、僕ら選帝侯に意味があるんだ」

「今の話で、に落ちないことがあるんだが」

 レイヴンが頭をかしげる。

 僕は制御盤コンソールパネルから、アストラムコア基幹システムにアクセスを開始。

 生体認証プログラムが僕を感知して、ロックを解除。

 イルミナ全土を網羅する“擬似天球外殻探知網コア・バウンダリ”システムを呼び出し、現在の世界結界の状況を感知させる。

 コア・バウンダリ・システムはイルミナに開いたひびの位置を特定するものだ。

 特定終了には時間がかかるため、湧き出たモンスターの数を減らすための対魔物用魔導火砲ブラスターの準備を進める。

 こちらはすぐに済んだ。

 ブラスター使用の許可申請が届いて、僕はすぐに許可を出した。

 迎撃装置が作動して、ブラスターの砲撃が始まる。

 モニター内で、オレンジ色の光天がまたたき、モンスターの群影の数を減らしていく。

 モニターをじっと見ていたレイヴンが、口を開いた。

「なぜ、イルミナに世界結界の穴が開くんだ? 世界の終わりレベルの危機なんだろ? とても住むのに適した場所とは思えない。なんでこの都市を“領土”に選ぶんだ?」

「それは二つの質問だね。イルミナで結界が崩壊する理由と、僕がこの街を選んだわけ。まずは結界の崩壊の理由から答えよう」

 ブラスターは、充填じゅうてんにラグがある。

 火砲で乱れたモンスターの群影が再び数を増やしているのをながめつつ、僕は地上に自立制御型駆除装備兵“排除くん.TYPEシルヴィア”を投入。身長一メートルほどのロボットの兵隊たちが、地上の格納庫かくのうこから射出される。これは地上型モンスターを駆り出すためのものだ。シルヴィアは僕のとっておきの魔導カオティック機械マシーナリー人形ドール、天翔ける翼の騎兵でそこにいるレイヴンをボコボコにしたのも僕の愛機である。その最高! 完璧! な機体をグレードダウンして、小型化し、行動様式を地上型モンスターたちに変更したものが、排除くんだ。

 シルヴィアほどの優美さはないが、デフォルメされた機体は頑丈がんじょうで、修理も簡単だ。

 僕はレイヴンに説明をした。

「イルミナの結界にヒビが入りやすい理由についてだが、イルミナはかつて月の都市だったんだ。魔界の月には魔導士たちの住む月面都市があって、三千年前の人間界と魔界の戦いの時、イルミナに向けて、最終兵器が使用された。その兵器の威力は次元に干渉し、世界を割るほどのものだったという。文字通り星をとすほどの威力だよ。魔界側は、イルミナを転移させることで都市を守ろうとしたが、結局は、廃墟になってしまった。兵器の影響のせいで、ここらへん一体は世界結界に穴が空きやすい場所になってしまったんだ。それで、魔導士たちは、イルミナを廃棄することに決めたってわけ」

「それで、廃棄都市っていうのか? いわれはわかったが、聞けば聞くほど、わざわざそんな場所を自宅に選ぶ理由がわからない。ようは三千年前の()()()()だろ?」

「穴が開きやすいってことは、魔力の大元である原初の闇を使いほうだいってことだからさ、魔導士にとっては絶好の湧きスポットだよ」

 このおかげで、イルミナには高濃度の魔力を動力に変換する魔導変換炉をいくつも置くことができる。

 モニタ内で、ブラスターが再び、オレンジの爆発をきらめかせ始める。

 モニターを分割して、僕はイルミナの地上部を映し出す。

 地上部には陸上型モンスターが湧き始めている。スライムからマンティコアまで多種多様だ。

 すごいことになってきたな。

 僕は画面上にマップを呼び出した。

 簡単な地理データと、稼働中の排除くんたちの数がアイコンで表されたものだ。

 排除くんたちの戦況も好調で、陸上型モンスターを示す黒点───魔物モンスターの数は減っていく。

 こういった兵器をいくつも複数稼働できるのは、それだけエネルギー資源が豊富ってことだ。

 レイヴンがいぶかしむ。

「そんなにいい場所なら、他の魔導士も狙うはずだろ? だが、他のやつらは使ってない」

「それはそう。こんなふうに穴が空いてしまうと廃棄するしかない。魔物モンスターも多く発生するしね。でも、僕は違う」

 レイヴンが視線で、先をうながす。

 僕は続ける。

「僕は()()()()()()()()()()()()()()()

 一拍、間が空く。

「それは……」

 レイヴンは驚いたようだ。驚きすぎて、続く言葉が思いつかないらしい。

 僕は言った。

「だからね、空いた穴はどーでもいい。廃棄都市には他の連中も入ってこないし、魔力炉も置きたい放題ほうだい。僕らが今いる次元構造体ダンジョンだって、あり余るリソースで好きに増築できるんだ」

 レイヴンがようやく口を開く。

「すごいな」

 感嘆の声音だ。

 僕は賞賛と受け取ったが、たんなる事実だ。

「そうだよ、僕は結界魔術の最高峰だよ。たぶん、今の世界で一番の使い手だ」

「自信家だな」

 レイヴンの言葉は嫌味いやみか皮肉かわからないが、特に彼の口調から嫌なかんじはしなかった。

 なので、普通に僕も答えた。

「事実だよ。協会の選帝侯は皆、何らかの魔術のプロフェッショナルだ。彼らは魂の極光をこの宇宙の外側に到達させ、己という存在を世界に永遠に刻みつけた」

 魔術とはこの世の法則を侵す法則だ。

 世界の条理ルールくつがえし、偽りの事象を引き起こす。

 しかし、真の法則として君臨するものもある。

 それを極光魔術と呼ぶ。魔術の中で最も格が高く、到達するものは少ない。

 それは新たな極星の誕生である。

 極光を冠する魔術に到達したこと、これが協会の選帝侯になるための最低条件だ。

 だからこそ、おのずと選帝侯たちは我が強くなるし、自らの意思を通そうとする。当然だ、自らの意思で世界をくつがすのが魔導士という生き物なら、その最高峰である選帝侯たちが人と馴れ合うはずはない。

「というわけで、レイヴン、君は大船に乗ったきでいたまえ、この僕がいて、イルミナが虚無の海に沈むはずはないんだか……あっ」

「どうした?」

「あれやばいかも」

 モニターの一点を見据みすえる。

 青い空に黒点が浮かんでいる。黒い太陽のようだ。

 そう思った次の瞬間には、黒点は線に変わり、空間を横に引き裂くように、割れた。

 中から、()()()と、闇色のなにかが、したたり落ちる。

「なんだあれ」

 レイヴンの素直な感想。僕もそう思う。なんだあれ。

 魔法学的には説明可能だが、目視で確認できる現象としては理解しがたい。

 空からしたたり落ちる液体は次第に、形状を変化させる。

 闇色の雫から、巨大な人間のような姿へと変貌していく。

 あれは魔法学的にいうと、魔界人類の祖、あらゆる神話にうたわれる原初の巨人、魂を持たないうつろ肉体うつわ

 生物というよりは現象だ。

 今の段階では莫大ばくだいな魔力の塊で、歩いて動く事象崩壊魔法の塊といった方が正確だ。すべてを無に帰す、影の巨人。

 マップを見ると、出現した巨人に近い位置にあった排除君たちのアイコンがあっという間に減少していく。

 どうやら、消滅したっぽい。

 次の手を打つしかないようだ。

「やってみるしかないか、シルヴィア・プロト発進スタンバイ!」

 これだけは使いたくなかったが、巨人に都市がかき消されるよりマシである。

 アストラム・コアに指示を出して、シルヴィア・プロトへのアクセスを開始させる。

「起動プロトコル、五階梯かいていから三階梯までを省略! 封印機構、第二階梯錠セカンドロック第一階梯錠ファースト・ロック、開錠。 エンゲージまでカウントダウン!」

 第二格納かくのう庫に待機中の、シルヴィア・プロトに出撃命令を出す。

 このシルヴィア・プロトはその名の通り、シルヴィアの試作機で、起動のためにアストラム・コアから供給される魔力で出撃可能な魔導カオティック機械マシーナリー人形ドールだ。

 本式のシルヴィアとは違って、プロトはアストラム・コアの指揮系統に組みこまれている。プロトは、僕でなくても、コアの管理者権限さえあれば、誰でも使用できる基地防衛のための兵器だ。

 アストラム・コアに置いてある隠し球の戦力。

 第二格納かくのう庫から空間転移門を通じて、シルヴィア・プロトが射出され、地上に粉塵ふんじんを巻き上げつつ着地。

 着地した衝撃で廃棄都市の廃墟群がまた壊れたが、特にかまわない。

 シルヴィア・プロトは闇の巨影に向かって進撃を始める。

 接敵までの時間が、モニターに表示される。10、9、8……。

「これ、パイロットとかは乗らないのか?」

 レイヴンがモニターを見てのんびり言った。

 僕は彼に宣言しておくことにした。顔の前で指をふる。

「チッチッチ、兵器というのは自律制御の方が圧倒的に優れているんだよ」

「そういうポリシーの人?」

 モニターに映った騎兵は空中に飛び上がると、搭載された(アンチ)重力(・グラヴィティ)加速装置(・ブースター)を解放。

 爆発的に速度を上げて空を走り始める。

 空間の亀裂から、したたりおちるように現れた影の巨人───世界の外側からの侵略者に恐れなく立ち向かうプロト。

 僕はアストラム・コアの制御システムに向けて指示した。

「3、2、1、対虚界起動兵装チャージ! 魔導術式【白銀(シルヴィア)禍界砲(ワールドエンド)】、対象物に向けて、撃て!!」

 闇の巨人に接触する。

 巨人が振り上げる手をプロトは両手で受け止め、しばらく拮抗きっこう

 こちらの世界の存在力と世界の外側から来る虚無の反エネルギーがぶつかり合い、概念上の火花をあげる。

 そのままエネルギーチャージ。

 シルヴィア・プロトの背部の両翼から、【白銀(シルヴィア)禍界砲(・ワールドエンド)】が放たれる。

 やったか?

 白銀の光の奔流は瞬間、影の巨人を薄れさせる。

 そして次の瞬間、巨人の振り下ろす手によって、叩きつぶされる。圧壊。

 魔導機械人形がプレス機で押し潰された人形のように、ぐしゃぐしゃになってしまった。

「おー」

 惨状にレイヴンが無感動な声をあげる。

 僕は画面から目をそらし、うつむいた。

 失望、落胆らくたん

 僕の玩具オモチャの兵隊が負けるのは心苦しい。

 あとで回収するが、プロトの無惨な結末は心が痛む。

「ダメだった。僕のプロトが」

「早かったな、大船が沈むのが」

 がっかりだ。

 僕はしぶしぶ椅子から降りる。

 画面の中では、あっという間に戦況が変化している。

 敗色濃厚だ。

 マップ上の排除くんたちを表すアイコンも、どんどん数を減らしている。

「こうなったら、僕が出る。しょうがない。手動で修復するよ」

「今のなんだったんだ?」

 レイヴンがモニターを前に不思議そうな顔をする。

 僕はしぶしぶ、彼に本当のことを話すことにした。

「アストラム・コアの迎撃システムを使うことで可能なら、結界修復をせずにませたかったんだ。コアの動力を使えば、魔力消費を抑えられるからね。モンスターを駆除して、結界内の魔力濃度を下げることで、崩壊を抑えようとしたんだけど、想定したより進行が早いみたい。しょうがないから、結界を先に修繕するよ」

「なんで、それを先にやらないんだ?」

 もっともな疑問だ。今行われたことは無駄足だったわけだから。

 僕はレイヴンの顔を、いやいや見つめた。

「実は……言いたくなかったけど、あのね、今日、僕、ギリギリなんだよね、魔力」

「例の幻影魔術のせいか」

 力なくうなずく。

 レイヴンに弱みをみられたくなかった。彼個人に、というより、他人に弱みを見せるのは嫌いだ。

 とはいえ、ラッパが鳴り出す前に、僕の感じていた魔力不足は深刻なものだ。

 世界結界の修復、以外に使える余分な魔力はない。

 だからこそ、修復の邪魔になるモンスターたちはできるだけ殲滅せんめつしておきたかったのだが。

 僕は本当に、しぶしぶ、しょうがないから、レイヴンに聞いた。

「普段なら一人で大丈夫なんだけど、今日は君の助けがいる。力を貸してもらえるかな」

「聞くまでもないだろ? 俺はアルビレオのものなんだから、いつでも頼ってくれ」

 レイヴンがうれしそうな顔をする。

 わけがわからない。

 なんでそんな笑顔なんだ? 僕の無様さがうれしいのか? レイヴンの反応の意味がわからず、困惑する。

「君が僕のもの? いつからそうなった? まあいいや。えーと、上空1000メートルあたりに転移するから、力場で支えてくれる? 魔術が効くまで、飛竜とか大蝙蝠(こうもり)とかからも守ってくれるとうれしい」

「当然だ。がんばるぞ」

「じゃあ、行くよ」

 アストラム・コアのシステムから緊急脱出用の転移門ゲートを起動。

 次の瞬間、コアのシステムを経由した僕らは上空1000メートルへと出現した。


 *

 数瞬の浮遊感の後、廃棄都市イルミナの全貌ぜんぼうが眼下に広がる。

 落下が始まる直前にレイヴンは力場の魔術を展開した。

 間髪かんぱつ入れず、隣にいる少年の襟首えりくびつかんで持ち上げ、力場で固定する。

 この力場というのは、エネルギーの量や向き、エネルギーそのものを扱う魔術だ。

 概念的な“力”そのものを扱う魔術で、あらゆる魔術系統に転用が可能。

 応用範囲が広く、どんな場面でも使用可能な便利な能力だ。

 アルビレオと自分の足場を固定。

 風が冷たいので、それも遮断しゃだんする。

「ほら、いい景色だと思わないか?」

 アルビレオがそう言って、鮮やかに笑う。

 レイヴンも少年の視線の先を追って、足元を見下ろした。

 太陽光を白く反射する建築群が視界いっぱいに広がる。

 廃棄都市イルミナはかつて月面に浮かぶ壮麗(そうれい)な都だったのだろう。

 宇宙空間での生活を前提にした堅牢けんろうな建築群は三千年の時をてもなお都市としての威容いようを維持している。

 アルビレオの語った歴史が真実である保証はないが、そうであってもおかしくはない説得力があった。なにより協会所属の魔導士の口からつむがれる世界の歴史は、寝物語としては上等な部類だ。

 ほどほどに興味深く、真偽はどうでもいい。

 歴史などというものは、今、ここに生きているという圧倒的な事実に比べると価値がない。

 そういう風にしかレイヴンには感じられない。

 だが、アルビレオの語る言葉に耳を傾けるのは快いことだ。

「僕はこの街好きなんだ、なんだかここには大きな秘密がかくされている、そんな気がしてならないんだ」

 アルビレオはキラキラと輝く瞳を足元に向ける。

 高層ビルが立ち並ぶ中央には、一際ひときわ大きなドームのような建物が鎮座ちんざしている。

 崩落が始まっているからか、力場で固定された上空には魔物ばかりだ。鳥やドラゴンや大蝙蝠と言った飛行系モンスターたちがこちらに気づいたようで、大挙(たいきょ)して襲ってくるが、力場にはじかれて落ちていく。

 レイヴンが見たかぎりでは、魔物たちは大したことがなかったが、遠方に陽炎かげろうのようにたたずむ巨人の影。


 ───これだけは明確に、異形だと感じた。

 ───魔族としての直感だが、あれは存在として、生物とは似て非なるものだ。


 そう感じるのだった。

 この世にあることを容認してはならないような、本能的な嫌悪感がき立てられる。

「あれは、どういうものなんだ?」

 聞けば、ヘンテコな答えが返ってくる。

「あれが本当の魔族だよ。原初の闇から生まれた第一世代は真正精霊みたいなものだからね。まあ、まだ向こうも本調子じゃない、体も半分もできてないし」

「それくわしく聞いていいやつか?」

「ダメ。君らには内緒ないしょの、選帝侯だけが知ってる歴史の闇だ」

 たいしたことのないように言って、アルビレオは手を伸ばす。

「さあ、修復を始めよう」

 彼の手に、いつも開いているパソコンが出現。

 彼の手の内で、パソコンが杖に変形する。

 魔導士の操るオーソドックスなタイプの杖だ。

 魔術は杖がなくても使用できるが、こういった支援装置を使用する者は大掛おおがかりな魔術を行使こうしすることが多い。

 杖持ちは見たら殺せ、が東魔国での鉄則だ。

 レイヴンはこの時初めてアルビレオの操る杖を見たが、彼の普段の性格を反映しない見た目を意外に思った。

 その杖は白と金の意匠(いしょう)のもので、先端部に幾何学(きかがく)的な形が組み合わさった天球儀がついており、天球儀の中心には青いオーブがはまっている。どこか荘厳(そうごん)な雰囲気をただよわせた錫杖しゃくじょうだ。

 アルビレオが宣言した。

「コア・バウンダリより修復箇所を特定。リアス地区108-134、該当区画すべてのくさびを起動確認、疑似天体中心核アストラム・コア上のフィールドネット構築、励起れいきまでカウントダウン」

 アルビレオの持つ杖が青く輝く。

 同時に、地上の巨人のいるあたりの地上部から、同色の光。

 光によって区切られた地区に、ネットが張り巡らされたように()()の一区画が切り取られていく。


「【世界新生】」


 言葉が幾重(いくえ)にも響くように広がる。彼が杖を回転させる。

 力場の底を叩くと、杖の先端に取り付けられている金属の輪が高い音を鳴らす。

「【は世界をつなぐもの、は世界を閉ざすもの】」

 また杖を回転。今度は杖の底を、力場に打ち付ける。反響する金属の音。

「【其は我を守るもの、其は我をとどめるもの】」

 静かな詠唱だ。魔力がぎ澄まされていく。

「【今一度、なんじ海鳥うみどりの声を聞くだろう】」

 それは祝福の歌のように、安らかな響きだ。

 アルビレオの詠唱が終わるとともに、青い空にかすかなオーロラのような輝き。

 地上部を区切っていた青い光が消え去り、あとには、くもり一つない快晴が残る。

「終わったのか?」

 巨人の姿は、跡形もない。


 ───まるで、はじめから何もなかったかのようだ。


「修復はしたよ、こっちで定着しちゃったモンスターはどうにもならないけど」

 アルビレオの足元がふらつく。レイヴンはあわてて彼を抱き止めた。

「とにかく、帰ろう。コアへ連絡、転移門ゲートをつなげ、基地に戻る」

 アルビレオが何事(なにごと)か杖に指示を出す。

 すると、また浮遊感ののちに、景色が一変した。


 *


 ───アストラム・コアとは、イルミナを中心にした、一つの天体のようなものだ。


 その構造はコアの防衛基地を中心に、イルミナの天頂部から地下まで全土をおおいつくす結界になっていて、これのおかげで世界結界のどこにほころびができたとしても、的確にサーチ、修繕が行えるというわけだ。この全天観測システムを作った時には、イルミナの地表部分はもとより、地下や上空もらさず観測するため、イルミナそのものを一つの()()として扱った。世界結界の亀裂きれつは地表にくものではなく、世界という殻に空くものだから、観測すべき場所は世界の外殻でなくてはならないからだ。

 つまり、どこに空いてもいいように、アストラム・コアという中心をえることで、仮の地球儀を作ったというわけ。


 ───で、僕らはその(なつ)かしき防衛基地に戻ってきていた。


 全天モニタには青い空が映っている。

 レイヴンを押しのけて、僕は歩き出そうとする。つんのめってこける。

「一人であるける……うわっ」

 べちゃっと床の上に、僕は転がった。

 指一本、動かせないような疲労だ。

 魔力不足で()()()()を扱ったせいだ。

 だからって、ひざをつくことになるとは、情けない。なんてていたらくだ。レイヴンが僕をあきれたように見ている気がする。後ろをり返れない。

「起き上がれるか」

 レイヴンは僕の予想とはうって変わって、優しい声音で話しかけてくる。

「寝室に運ぼう。道順を教えてくれるか?」

 気づかうように、背中に腕が回される。

「うう……しかたない」

 居住区画の客室エリアと、僕の寝室はわけてある。寝室には、誰も入ってほしくないという理由だが、今は一刻いっこくも早く眠りたい。

 指を鳴らして階層を組み替える。

 これでエレベータを上がってまっすぐ行けば、僕の寝室に辿たどり着ける。寝室周りをあえてラフな設計にしているのは、ラボで気を失っても、寝室の方からむかえに来れるようにだが、こういう時にも役に立つのだった。

「……運んでくれ」

 僕は、あきらめと共にその言葉を口にした。

「お安いご用だ」

 男がひょいと軽く僕をかつぎあげる。なんて屈辱だ。

「最悪の一日だよ、ほんと」

 今日は始まりから最悪だった。レイヴンに粗悪な幻影魔術を見られるし、そのせいで弱ったところを助けられるはめになってしまった。

 僕が口にすると、レイヴンは呑気のんきに言った。

「そうか? 俺は、お前はすごい魔導士だと、あらためて思ったぞ」

 たんなる事実だ。だが、その通り。

 嘘やてらいのない言葉に、少しばかり気分が上を向く。

「ま、まあね、そうだよ、防衛だって、いつもは一人でやってるんだから。それは当然だろ」

 困ったような答えが返ってくる。

「ああ。お前は一番の天才だ。しかし、まあ、もう少し、俺を信用してくれるともっといいんだけども……」

 レイヴンがそんなことを言って、歩き出す。

 彼が僕の背中をこどもをあやすみたいに、ぽんぽんと軽く叩く。

 僕は、魔力不足のせいだけではない、胸のモヤモヤを感じた。

 なんだこれ。なんだか、すごく居心地(いごこち)が悪い。



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