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第4話 玩具製造者クレオ

 本来、極光位の魔導師とは国家に秘匿ひとくされる存在である。

 それは彼らが危ういバランスの上に成り立つ国家間の均衡(きんこう)をたやすく崩してしまう存在であるからで、通常ならば、所属する国か組織により厳重に身柄(みがら)秘匿ひとくされる。


 例外は、【狂える星のアルビレオ】だ。


 彼の二つ名は、天道説が支持されていたころの惑星の軌道を指したようにそうたとえられる。 

 アルビレオの素行は神出鬼没にして、通常の魔導師ではありえないほど不規則だからだ。

 居間のテレビで、先日のべーチア海沖で起きた船の座礁ざしょうのニュースを見ながら、俺は急須(きゅうす)を取り上げて湯飲みに注ぐ。TMKニュース(東魔国営放送)では国籍不明の船と現地生物の接触によるものではないかと推測されており、べーチア海沖に棲息せいそくするモンスター・ビッグホエールの存在が示唆しさされていた。

 フリップを持ったアナウンサーによる生態の解説を聞きながら、せんべいに手を伸ばす。


「そんな生き物がいたとはなぁ。知らなかった」 


 世界は広いものである。

 のんきな感想をのべていると、背後から鋭い指摘(してき)が飛んでくる。


「ちょっと気がゆるみすぎてない? 君」

「お、アルビレオ、久しぶりだな。ちょうど、会いたいと思ってたんだ」


 あわただしく戸を開けて入ってきた少年に声をかける。

 べーチアでの一件がんで、屋敷に帰ってからというもの、彼の姿を見たのは二週間ぶりだ。あのあと、アルビレオはどこかへ姿を消してしまい、その間、放置されていた俺はというと、市場いちばおもむいたり、屋敷の模様替えを試みたりとかなり怠惰(たいだ)ひまな時間を過ごしていたのだった。

「そうだっけ? 別に僕は君に会いたいわけではないが」

 一瞬、彼は不思議そうな顔をした。まるで時間の経過そのものを気にしていなかったという顔だ。

 それから憎まれ口を叩く。

 こういった物言いはいつものことなので、気にせずに、俺は椅子(いす)から立ち上がるとキッチンに向かった。


「そうか。また研究でもしてたのか? 何か食べるか?」 

「いらない」


 アルビレオを椅子に座らせつつ、キッチンの棚からもってきた()()()()()()()()()()急須(きゅうす)で茶を注ぐ。


「そう言わずに、まずは東魔茶でもどうだ」

「……いつのまに食器を買ってきたんだ、なんだこれは」

「俺の私物だ。勝手に置かせてもらってるが、悪かったか?」


 市場で眼に止まった東魔風の食器である。

 急須と湯呑みは、東魔茶を(たしな)む上で重要なアイテムだ。店主とのシビアな値段交渉を経て、購入に至った。

 白地の湯飲みは二個セットで墨字で片方に(たか)、もう片方に茄子(なす)、と書かれている。

 うさんくさそうに湯飲みを手にしたアルビレオは、ながめてみるだけで茶には口をつけずに言った。

「……いや、スペースを占有(せんゆう)しすぎない程度(ていど)ならいい。ただ、ここの空間に元からあるものは固定されているということを忘れないように」

「固定されている?」

「追加できるが、削除はできない。割っても元に戻る。今あるスペースしか、余分よぶんは設定してない」

「どうりで、俺が洗わなくても元に戻るんだな」

 シンクの中に使用した皿をめておくと一定時間で消え、棚の中に洗うはずだった皿が増えている。

 どうやら、この屋敷には魔術的な法則が働いているようだと、これまでの経験からわかってはいたのだが、なんとなく、シンクに溜まる皿は洗うことにしていた。

 たんに気分の問題だ。それでも、これからもなんとなく洗い続けるだろう。


 ───()()()()()()()()()面がある。


「そんなことより、携帯貸して」

 湯飲みを置いて、アルビレオが手をこちらに向けた。

「何をするんだ?」

 ジャケットの胸ポケットから携帯を出して渡す。

 連絡用にと渡されたもので、それ以来、手は加えていない。

 携帯を受け取ると、アルビレオはなにやら操作しはじめている。

「アプリをインストールするんだよ」

「アプリ?」

 聞き返す。

「魔導アプリだ。これで君の携帯は、君の好きなときに魔術が使える」

「なぜ必要なんだ?」

「いちいち君の通信を探知(たんち)して魔術を行使(こうし)するのが手間だ。今までだって、やったことはあるだろう。それを簡単にしたものだ」

 そんなものか、と思いつつ作業を見る。

「火力支援もあると便利な場面がある。事前にいくつか簡単につかえる術をいれてあるけど、それ以外が欲しければ適宜てきぎ申告してくれ。状況に応じてアップデートするから」

「ずいぶん便利だ。これがあれば誰でも魔法使いになれるってわけだな」

 アルビレオは自信ありげな顔をした。

「そこらへんの学院出の魔導師なんかは比べものにならないね」

 魔術に関しては門外漢(もんがいかん)だが、このアプリを起動するだけで魔術師の扱う魔術をインスタントに扱うことができるという。

 それは実はすごいことなんじゃないだろうか。

 少なくとも東魔国の兵士が皆これを持てば、戦場は一変するだろう。

 魔導技術の革命といえる。とはいえ、実際にはそんなことは起こらないだろう。

 魔術師は己の魔術をそう易々(やすやす)と明かさない。

 アルビレオは説明を続けた。

「こちらで追跡(ついせき)できるチップを組み込んであるから、君を回収するのにも便利だ。これでいつでも君の現在位置を把握はあくできるし……」

「俺に拒否権はなさそうだな?」

 アルビレオから手渡された携帯を放り投げて、空中でキャッチ、そのままジャケットの胸ポケットにしまう。

 俺という被雇用者にまったく興味がなかったあのアルビレオが、自分から現在位置を把握(はあく)してくれようとしている……。

 これは、一種のつながりといってもいいだろう。

 俺はそう判断した。

 ただの連絡用端末が、東魔国の宝物殿にしまわれた宝物にでもなったようだ。

 アルビレオが怪訝けげんそうに言った。

「なんでちょっとうれしそうなんだ。つねに位置が把握されるし、僕が好きなときには呼び出すってことだぞ」

「少しは距離が縮まったようでうれしい」

「どことの距離が?」

 意味がわからないようで、首をかしげている。

 人の感情の機微(きび)を読み取るのが苦手なアルビレオには、この手の話題は説明してもわからないだろう。

「こっちの話だ。それで用件は?」

 聞けば、頭を切りかえたようだ。

「ああ、もちろん、用がなければ君には会わないさ」

 それを聞いて俺は残念に思う。

 たまには、用事がなくても顔を合わせてもいいのに。

 そうとは口に出さずに、視線で先をうながす。

「少しばかり込み入った事情でね。ローレルディ皇国って知ってる?」

「ああ、東南のほうの半島にある小国だな、ちょっとした軍事国家だ」

「僕はそこから魔導軍事技術外部顧問としての招聘しょうへいを受けている、つまりローレルディの魔導研究にたずさわれってことなんだけど」

「本気か? ローレルディは田舎だぞ。職位がほしければ、せめて五大国あたりの専属になれ」

 五大国とは常時戦争状態にある魔界で唯一、過去五十年にわたって領土を増やし続けている国家だ。

「すぐにってわけじゃない、まずは一度、国内の視察……観光に来てくれって誘われていて、この話自体は当然、断るつもりだ。僕は軍事には興味がない、出向く必要もないんだ、面倒(めんどう)なことになるのは目に見えてるし」


 ───まず十中八九、無事では帰れないだろう。


 ローレルディに足を踏み入れた途端(とたん)に、身柄を拘束されてもおかしくはない。

 この点ではアルビレオとも意見は一致しているはずだ。

 だというのに、少年は言い出しにくそうにしている。

「断ればいい。気兼きがねする性格か?」

「……でも、ほしいんだ」

「何が」

「サイン」

「誰の」

「……女優のマデリナ・スカイラインのサインだよ、同席してくれるんだって! 彼女は生粋(きっすい)のローレルディ人だ」

 マデリナとはローレルディ出身の女優の名前だ。

 時代と戦争に翻弄ほんろうされる女兵士の生き様を描いた社会派映画で賞を取り、最近名前を聞くようになった。

 彼女の授賞式の映像は東魔TVでも取り上げられ、俺も見かけたことがある。

「……あー、なるほどな。意外とぞくっぽい趣味だ」

「違う違う、勘違いするな! 彼女は僕の」

「なんだ? 初恋の人か?」

 勢いのまま何か言いかけたのを、アルビレオはぐっと飲み込んだ。

 そしてこう言った。

「大切な人に似ている」

 その大切な人とは誰なんだ、とか。聞いたところで答えはしないだろう。

 俺は天井を見上げて、ため息をついた。

 結局のところ、自分に断るという選択肢はない。

「どうせ俺に拒否権はないんだ。協力するよ」

 アルビレオのうつむいていた顔がぱっと明るくなる。


 ───軍事国家にスカウトされるだなんて、()()()()()()()()()()()に違いない。


 気が進まないが、この笑顔のためには仕方しかたがない。

 護衛役として、気がけない仕事が続くようだ。

 そういうわけで、ローレルディ皇国へと向かうこととなった。


 *

 常時、戦争中の魔界では国境を越えるために、いくつもの制約がある。

 たいていの国は警戒態勢を敷いているため、国境線の付近には国土防衛のための領土結界グラン・ウォールが張られているからだ。

 これは魔術によって造られた防護壁で、その機能は様々だが、基本的には通行証のない人間の行き来はできない。

 例外が各国にもうけられたターミナルだ。

 このターミナルを中心に、エアライン、もしくは列車などの交通が整備されている。

 半日かけて、廃棄都市イルミナから最寄(もよ)りの町のターミナルにおもむき、さらに半日かけてエアラインを使用して、僕らはローレルディ皇国を訪れていた。

 半島にある沿岸部の国家であるため、湿度が多い海風と、そこ抜けに青い空が印象的だ。


 ───観光のために訪れたのなら悪くはなかった。


 だが、僕がローレルディに到着した後、半日(なが)めていたのは、特徴的な白い外壁の家々でも、ロケーション最高の海でもなく、灰色の工場だった。

 僕たちは軍の兵器開発のための工廠こうしょうをひとしきり見学させられたあと、案内役の運転する車に乗せられて、劇場を目指していた。

 後部座席に座ったレイヴンは案内役の男が現れてからというもの、ずっと無言だ。

 僕の隣にいる案内役の男は、ローレルディの情報将校であり階級は少佐。

 彼は名前をローワンと名乗った。

 ローワン少佐は上機嫌に話している。


「どうです、我が国の軍事技術は。すばらしいでしょう、この工場は。一日で、メガロを千三百台は生産できるんです。うちの新型のメガロ9号はどうでしたか? 従来の機体にはない魔導動力炉を小型化して、より高出力にしたものなんです」


 僕が見たかぎりでは、メガロ9号に新規性はなかった。

 他国に配備されている汎用小型機械兵メカニカル・ゴーレムとたいした違いはない。

 魔界の兵器開発は、盛んに行われているが、どこもどんぐりの背比べだ。

 というのも、独自の技術や知見を、どの国もひた隠しにする傾向にあるからで、これでは、魔導科学技術ケイオステックは発展しない。

 今日、見せられたものがローレルディの持つ全ての技術だとは思わない。

 その上で、生産設備や機体の品質について見解を求められたところで、うんざりするだけだった。

 今回の観光、名目上は魔導(ケイオステック・)協会(アソシエイト)の視察という体になっているのだが、本当に軍事開発現場を視察する羽目はめになるとは思わなかったな。

 一体、(だれ)が悪いんだろう。僕か。

 僕は運転席のローワン少佐にしぶしぶ答えた。

「率直に言って、僕は兵器には興味がない、大量生産品には魂が宿らない」

 その答えはかえって少佐を興奮させたようだ。 

「戦争は量ですよ! 魔導にありがちな一点物は古い! 我々は機械兵ゴーレムの量産を目指しているんです」

「成功しているようだけど」

「とんでもありません! 我々の理想ははるかに高い。いずれはこの半島を越え、周辺諸国と対等に渡り合うためにも、さらに強力な力が必要なのです」

「それで僕?」

「はい、あなたは有名ですからね。歴史上、比類無(ひるいな)き極光位、それがどこにも属さずにふらふらしている。そんな掘り出し物をスカウトしない理由がありません。我々にはあなたの力が必要なのです、アルビレオ」

 男が意気盛いきさかんに口にする。

 少佐の口ぶりに僕は気分を害した。ふらふらしているとか言われるのは心外だ。


 ───僕は、僕のしたいようにしているだけだ。

 ───断じて無軌道で衝動的に動いているわけではないぞ。


「ローワン少佐は、僕の専門分野なんて知らないだろ。まあ、たいていの魔導師は専門をかくすものだけど」

「その知識が国家にとって有用であるからこそ、多くの集団が秘匿します。情報戦ですからね。そういう意味では、アルビレオ、あなたは好ましくはない」

 ひどい言いぐさだ。僕を呼び出したのはそっちだろうに。

 しかし、向こうから下がってくれるなら、好都合なので、僕はそう言いたいのをぐっとこらえた。

「……それはよかった」

「ですが、これは我々にとって大きなチャンスである、という事情もおわかりでしょう」

 僕の顔色には気づいていないのだろうか。

 それとも気づいているのに、気づかないフリをしているだけか。

「今まで通り、西央と通じていればいいじゃないか。魔導協会の加盟国であれば、今まで通り平和でいられる」

 今回、僕のもとへ招聘しょうへいの件でメールがきたのは、魔導協会を通じてのことだ。

 魔導協会は西央魔導教国とよばれる魔界でもっとも古く、最も強大な国にあり、僕らのような魔導師が運営している。  

 その魔導協会の加盟国となれば、恩恵(おんけい)も大きい。

 国土を防衛する領土結界も、その一つだ。

「そのかわり、我々の得られる知識や技術は西央の管理下に置かれる。そもそもは、魔導師と魔導技術(ケイオステック)を独占する西央魔導教国が諸悪(しょあく)の根源です。そうは思いませんか」

 なかなか挑戦的な発言だ。

 ローワン少佐は西央に属する僕の力を借りたいと言いながら、魔導協会に対して好意的ではないようだ。


 ───かなりの野心家だ。


 魔導協会には多数の魔導師が在籍しており、日夜、魔導の開発研究を行ってもいる。西央の持つ魔導技術は他国を数千年ほど引き離しているといううわさだが、あくまで噂だ。

 開示されるわけはない。

 僕も、魔導教会の会合に参加することは滅多(めった)にないので、どれくらいの技術を抱えこんでいるかは正確には知らないのだった。

「さあね、そんなことはどうでもいいよ。それより、マデリナは?」

「もうすぐ着きますよ」

 ローワン少佐は、視線で前方を示す。

 青い空を背景にドーム状の大きな建物が見える。

 あれが今回の目的地であるローレルディ中央劇場だろう。

 マデリナとは彼女の出演する劇を見てから合流する手はずになっていた。

「開演までは、まだ十分時間がありますよ。いやぁ、楽しみですねぇ、私、彼女のファンでして」

「僕も彼女の映画は好きだ。(なつ)かしい気持ちになるよ」

 マデリナという女優を知ったのは最近のことだ。

 彼女の出演した映画『ローレルディの黄昏』がヒットし、全魔界ロードショーとなり、テレビや雑誌に取り上げられるようになってからだ。マデリナは女性兵士役で、いつもなら長い金髪を短く刈り上げていたが、僕にはすぐわかった。


 ───どことなく彼女の面差おもざしは似ている、そんな気がする。


 魔界人の年齢は見た目からわかったものじゃないが、ピンときた。

 僕の直感は、これ以上ない手がかりだ。

 僕の探している大切な人は、彼女本人である可能性だってある。

 彼女なら僕の()()()()にも、ピッタリだ。

 僕は期待をこめて中央劇場を見上げた。


 *

 ローワン少佐は地下駐車場に車を止めると、専用の要人警護用の通路だといって僕たちを案内した。劇場内はきらびやかな内装になっており、モダンな外観の建物とはうってかわった印象だ。

 赤い絨毯(じゅうたん)の敷きつめられた通路や豪華なシャンデリアなど、美的意識はかなりクラシックだった。

 ローワン少佐に案内されたのは、劇場のボックス席。いわゆるVIP席というやつで、建物の3階部分にあたるバルコニーから舞台ステージを一望できる作りになっている。

 今日は劇が始まる前に、マデリナ本人がこの場所にあいさつに来てくれる予定だそうだ。


 ───すごいファンサービスだ。


 ボックス席の背後のドアから、打ち合わせのためにローワン少佐が出ていくと、劇場内の静寂(せいじゃく)が耳についた。劇場に僕たち以外の観客はいない。

 これもローワン少佐にきいたことだが、今日、この公演は僕一人のために行われるそうだ。  

 なので、劇場には限られたスタッフのみ。

 情報戦だと少佐はいっていたが、僕がここにいることを隠したい、という思惑があるようだ。


 ───そういうのは正直、どうでもいいことだった。


 西央魔導協会の任務としては今日は、国内を視察する、ということになっていて、僕としてもそれ以外のことをする気はない。

 マデリナに会って、あとは帰るだけ。

 問題があるとするなら、無事に帰ることができるかどうかは、向こうの出方次第ということだけだ。そんなことは今から考えたってどうにもならない。帰るときに考えればいいことだ。

 マデリナを待つ間、一日中、ずっと押し黙っていたレイヴンが口を開いた。

「それにしても豪勢だな、劇場を貸し切りにするとは」

 バルコニーから見える、がらんどうの客席に向けて言っているらしい。

「それだけ念入りにことを進めたいってことだろう」

()()()()()()()()()()

 レイヴンはそう言って、背もたれに体をあずける。

 レイヴンを雇用したのは僕ではあるが、何を考えているのかつかみにくいところがある。

 たしかにドラゴンを手に入れたかったのは僕だ。しかし、彼を実際に雇用したときには当初の熱意は薄れていて、今となっては彼との距離を掴みあぐねている。


 ───彼を雇用したのは、無軌道で衝動的な行為ってわけじゃない。


 僕は気まぐれでもないし、僕の行動にはいつも深い考えがあるのだ。深謀遠慮だ。

 今回もそうだ。マデリナに会うのは単純にただそうしたいからだが、それにだってちゃんとした理由がある。

 そんなことを考えていると、背後のドアが開かれる音がした。


 ───マデリナだろうか。


 僕は体をこわばらせた。

 すると、急に身なりが気になってきた。

 今日は、一応、魔術師としてではなく、観劇のためのフォーマルを用意してきたけど、シャツのえりやタイが曲がってはいないだろうか。

 となりに座るレイヴンを見た。

「僕、今、どう? きっちりしてる?」

「ばっちりだ」

 レイヴンがうなずく。

 気を取り直して、どうぞとドアの向こうに声をかける。

 扉が開かれる。

 彼女が現れた途端とたん、劇場の暗い照明がぱっと華やいだようだった。

 黒のドレスにきらめく真珠のネックレス。

 笑いかける顔は映画の中と変わらないが、ゆるくウェーブする金色の髪は映画よりもきれいだ。

 彼女はこちらの座席にやってくると軽やかな声で言った。

「はじめまして、あなたがアルビレオ? まあ、ずいぶんかわいらしいのね。まるでお人形さんみたい」

「は、はじめまして」

 彼女が手を差しのばす。

 握手を求めているようだ。

 僕はいそいで立ち上がって、そちらに向かった。


 ───ドキドキする。


 僕は今、彼女の手に触れようとしている……。

 手が触れる20センチほど前に、レイヴンが急に割りこんだ。レイヴンの持つ刀の鞘が何かをはじく、金属音が鳴り、天井近くにくるくると弧を描いて、()()は僕の近くの床に刺さった。

 ()()は、細長い金属の棒のようなもの。

 先端は鋭利に尖っている、10センチほどの長さの針のようなものだ。

「どういうつもりだ、大女優の持ち物か、それが」

 刀のつかに指をかけているレイヴンと、俊敏な身ごなしで後方に飛び退すさったマデリナ。 

 本物のマデリナは───まさか、こんな風に動いたりはできないだろう。

「……まあ、一体いつばれてしまったの? 意外にも、使い魔殿は目敏めざといようデスね」

 喋っている途中から口調が変わる、同時に声も男のものへと変化した。

 マデリナだった人は、顔に手をあてると、皮膚をぎ取るように引っ張る。

 女の顔がびりびりと裂ける。

 下から現れたのは見知らぬ若い男の顔だ。

 ピエロのメイクをしており、左目の下には涙、右目の下にはハート。

 毒々しい赤色の口紅や白塗りのメイクがなければ、端整といっていい顔立ちだ。黒いドレスをばっとぬぎすてると、下から、やはりピエロをイメージしたような衣装が現れる。 


「わたくしめはマデリナではございません! お初にお目にかかります! わたくしの名はクラウン! マッド・ピエロのクラウンと、以降お見知りおきを」


 あまりにも見た目通りの名前だ。


 *

 彼、クラウンは名乗ると、芝居がかった一礼をしてみせた。

 それで、彼は……ええと、それで、だから、どうだっていうんだ。

 脱力して、僕は観客席の椅子に深くもたれかかる。

 僕はここからあとのやりとりに、もうとてもかなり興味をなくしていた。


「我が親愛なる主人! 玩具製造者トイ・メイカー・クレオの変装術を見破ったのは、あなたくらいですよ、使い魔殿」

「変装は完璧だった。完璧じゃないのはお前だ、大女優とは思えない臭いがするぞ」

「まあ、ひどい。香水はすみれの花の可憐なオードパルファムですのに」

「お前からするのは血の臭いさ」


 こんな感じのことがあった。

 僕はなにもかもやる気をなくして、隣のレイヴンやなんか新しくでてきたマデリナもどきのやりとりをながめていたが、気にかかる名前があったので問いかけた。

玩具製造者トイ・メイカー、クレオ? また、なつかしい名前だね。彼、元気? チェスで遊んだり、工房で遊んだり、楽しかったなぁ」

「ええ、ええ、そのうるわしき友情にも亀裂きれつが入る時と聞いておりマスよ、狂える星のアルビレオ殿……」

 玩具製造者トイ・メイカーとは魔導協会非所属の極光位の魔導師だ。


 極光位とは魔導士の最高位の証───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 協会の選帝侯は、極光位であることが大前提であるが、至高の魔導士は協会以外にも存在する。


 ───それが玩具製造者トイ・メイカー・クレオだ。


 この変わった口調の偽マデリナは彼の派遣したものだろう。

 クレオのとこの使い魔かなんかだ。

「うぇっ、僕、なんかしたかなぁ? 今日はクレオの人形をパクってないし、彼のデータベースに侵入してないよ」 

「クレオ様は、あなた様との関係は終わりだと嘆いておられましたよ。ローレルディに与するものは殺すとおおせです」

 クレオは、レムネシア群島連合国の守護者とも称される魔導士だ。

 彼は国家に属する魔導師の中でも、公的に記録を残す超有名な人物だ。

 レムネシア群島連合国は、ローレルディをのぞく東南の小さな島々がいくつも集まってできた島嶼とうしょ国家だ。

 レムネシアが周囲の強大な国々に対抗して独立を保っているのは、極光位であるクレオが存在するからであり、ローレルディが群島連合国に呑み込まれず独立路線を保っているのは西央魔導協会とのつながりゆえだ。

 クレオの属する国と、僕がスカウトを受けたローレルディは、因縁いんねんの国なのである。

「……うーむ、さすがレムネシアの守護者だね。僕がここにいるって知ってるなんて、ターミナルの旅客情報でも見てるの? 違法だね、魔導協会セキュリティ部門がのぞき見を許すとは思わないけど」

 ピエロのクラウンが答えた。

「いえ、たんに、わたくしがマメに内偵ないていをしておりますので」

「あ、そ。僕、ふつーに帰りたいんだよ。今日は本物のマデリナに会えると聞いたのに、当てが外れた。つまらないよ」

「それは残念なことで、ですが、わたくしは問題ありません。ここであなたを殺せば、クレオ様はさぞすっきりなさることでしょう。具体的に、憂鬱ゆううつの種がひとつ減ります」

「権力争いに興味ないし、国家間のパワーバランスにも興味はない」

 僕はいやいや答えた。


 ───おそらくこういうことだろう。


 ローレルディの軍事顧問として、僕が就任(しゅうにん)しようとしている、という情報を得た群島連合国レムネシアの守護者は、先んじて僕を殺すために、こいつを派遣したらしい。  

 僕とクレオとの仲は、友人。 

 だと思っていたのは僕だけだったかもしれない。

 ピエロめいた男はゆっくりと頭を振った。

「少なくとも、あなたを失えば、魔導協会はひとつ、こまを失う。これは大きな戦果です」

「僕が誰かの駒だって? 失礼だな、僕はこれまで他人のために行動したことはひとつもないぞ」

 いまいち自慢にならないことを言いつつ、僕は憤慨ふんがいした。

「それでも、あなたは西央よりの存在に見られているのですよ、狂える星のアルビレオ」

 どうやら、隣国にたいする牽制けんせいのためばかりでもなく、僕を殺すことで西央魔導協会に対する有効な一手になるという風にも考えているらしい。

 頭が痛い。


 ───つまり目的は暗殺だ。

 ───この僕の。


 ローレルディから無事に帰れるとも思っていなかったが、ローレルディと対立する国から暗殺者を仕向けられるとも思っていなかった。

「話は終わりか?」

 レイヴンが口を開く。

 先程(さきほど)から刀の(つか)に手をかけたまま、まったく微動(びどう)だにしていない。

 戦闘のことはよくわからないのだが、レイヴンからは殺気とかいうらしい、ぴりついた気配を感じない。だが、油断しているふうでもない。

 それがどうすごいことなのか、僕には判断できないが、腕前は達人といっていいだろう。

 なんせあの東魔国からわざわざ引き抜かねばならなかったほどの使い手だ。

「とりあえず……ここで殺していいか?」

「わたくしを殺せると?」

「やってみなければわからないが、今から試してみるつもりだ」

 まるで散歩にでも行くようなのんきな口ぶりだ。

 レイヴンは何気なにげなく動いた。

 危機を察知したのか、獣のような俊敏さでクラウンが後ろへ飛ぶ。

 バルコニーの手すりを蹴って宙へ浮かぶ。

 その体は空中で停止した。何らかの魔術によって空中浮遊しているらしい。

 正確には()()()()()()。飛び退すさる間に真っ二つに両断されたらしい。

 上半身と下半身を切り分けたのはレイヴンの斬撃だろう。

 刀をさやに戻すカチンという音がする。


「おやおや! すばらしい一撃! わたくし、体が半分になって逆さになっておりますよ! ククク、これはおもしろい。ですが、まあ、このわたくし、皆様にゲームを仕掛けさせていただいておりますので」


 ピエロは宙でくるくる回っている。

 さすがはクレオの使い魔だ。十中八九、これには仕掛(しか)けがある。

「とりあえず話を聞こうか」

「おい、本気か、アルビレオ。もういいだろ、帰ろうぜ、こんな場所ろくでもないぞ」

 レイヴンはいやそうにしている。

 僕だって嫌だ。とはいえ、このクラウンとか言う男は準備をませてきている。マデリナに変装し、この劇場そのものにも仕掛けをしているはずだ。

 目的が僕の暗殺だというなら、普通に帰れるわけもないだろう。

 いやいやだとしても、話に乗ってみるしかない。

 空中で回転していた二つの体をぴたっと制止させると、クラウンは説明を始めた。


「ルールは簡単、この劇場の地下に、メガロ9号を30機ほど待機させております。ゲームでたとえるならば、そう、タワーディフェンスといったところでしょうか。劇場内を走行しながら、目指すはアルビレオ殿のおられるVIP席、使い魔殿には(せま)り来るメガロ9号すべてを迎撃げいげきしていただきたい」


「そのゲームのどこがおもしろいんだ?」


 レイヴンの辛辣しんらつな感想にもめげずにピエロは続けた。

「もちろん、使い魔殿にも逆転のヒント! をさしあげましょう。30機にはそれぞれ我が主のつかわすパイロットが組み込まれておりますが、その中にただひとつ、全ての機体に指示を出す司令塔があります。その司令塔さえ倒せば、ただちに他の機体も機能を停止します」

「……それで、そのゲームのゲーム性はどこにあるんだ? 俺たちは、単純にこの部屋を出て、劇場から帰ればいい。ゲームが成り立たないだろ」

 レイヴンの指摘(してき)はもっともだ。

 僕らにはゲームに乗る必要はない。

 そんなことはもちろん向こうもわかっていて、すでに対策済みだろう。

「そうくると思いましたよ、使い魔殿。もちろん、帰ることはできません。あなたたちが劇場を去れば、街中に配備しておいた予備のメガロ9号が民間人をおそう手はずになっていますので」

()()()()()

 レイヴンが即答する。

 数秒間を置いて、クラウンが聞き返す。


「はい?」

「どうせ、レムネシアとローレルディは対立してるんだ。いつかはそうなる、遅いか早いかの違いだけだ」


 まじめくさった顔つきでレイヴンはそう言ってのけた。

 こういったことは想定していなかったのだろう。

 ピエロは面食らったような顔をした。

「ははぁ、使い魔殿はずいぶん過激な方デスね。どこ出身ですか」

「東魔」

納得なっとくデス。東魔国といえば鬼人主導の超軍事大国……意外デスね、あなたがこういう男を連れているというのは」

 ちらりと僕を見る。

 僕にそんな顔を向けられても、困る。

 レイヴンがどんなやつなのかなんて、実は僕だってよく知らないのだ。

「たんなる成り行き」

 僕は答える。

 ピエロはなんとか気を取り直したようだ。

 空中でぴたっと停止すると、こちらを見る。

「それでは、ゲームに乗るかどうか、選択はアルビレオ殿にゆだねましょう」

 レイヴンはこのゲームに乗るのは反対なようだ。

 僕もおおむね彼の意見に同意する。


 ───面倒めんどうなことはやめて、とっとと帰るべきだ。


 民間人の被害なんてどうでもいい。

 ローレルディがどうなろうと、僕にはなんの関係も無い。

 大体、そもそも、市街地にメガロ9号をひそませている、というのだって、嘘かもしれない。

 論理的に考えれば答えはひとつ。

 そのはずだが。

「ゲームなら好きだし、いいよ。やろう。久しぶりに旧友と遊ぶのも悪くないさ」

 にやりとピエロの口元が笑う。

「意外とお人好しだな」

 レイヴンはあきれているらしい。

 僕としても不本意な選択だ。

 でも、しょうがないじゃないか。

 劇を見にきただけなのに、人が死ぬなんて寝覚ねざめが悪いし……。

「それでは、アルビレオ殿にはご鑑賞の間、こちらを」

 ピエロが指を鳴らす。

 すると僕のポケットから電子音。

 携帯に着信があったようだ。目線でうながされ、携帯を取り出して開く。

「……これは……」

 チェスアプリの招待コードが表示されている。送り主は玩具製造者トイ・メイカーだ。


「我が主、クレオ様はアルビレオ殿とチェスの対局を希望しております。こちらまでご足労そくろういただけなかったので、ネット通信対戦ですが……、ふふふ、()()()()()()()といきましょうか、制限時間はこのチェスが終わるまでの間。その間にすべてのメガロ9号を倒すか、司令塔を見つけ出し破壊する。それがこのゲームの勝利条件デス」


「なあ、そのルール、ゲームとしてほんとにおもしろいのか?」


 レイヴンがまた辛辣しんらつな感想を言っている。

 それには答えず、空中に浮かぶピエロが声を張り上げた。


「さぁ! 皆さまお待ちかね! ショウタイムの始まりデス!」 


 両腕を大きく広げ、優雅な一礼をしたあと、操り人形の糸が切れたみたいにクラウンの上半身と下半身は急速落下。

 劇場の床に直撃した落下音は非常に軽い。

 落下する直前に見えたのだが、クラウンは木の塊のようなものに変わっていて、真っ二つに割れたそれが落ちていったのだろう。

 これで、仕掛けがわかったが、今まで話していたのは、たんなる立体映像のようなもの。 


 ───幻術だ。


 幻影魔術に分類されるもので、今回は遠くから映像を飛ばしていたのだろう。

 本物のクラウンは切られた瞬間、どこかですり替わった、と僕は推測したが、とてもどうでもよかった。

 僕は携帯とは別に魔導通信端末WANDを取り出し、そちらでこの建物の構造マップを取得。

 ついでに以前に使ったバグを簡易な探知用センサーに改変して、マップに付属させる。

 僕はレイヴンに言った。

「この施設のマップを君の携帯に送るね、ついでにマップにメガロ9号の信号を表示する機能もつけておいたから」

 これでレイヴンは、どこから敵の襲撃しゅうげきがくるか把握はあくできて、戦いやすくなるはずだ。

 乗り気ではないモノの、どうやらゲームに参加せねばならなくなったので、できることはしておこう、という僕の思いやりを察したらしく、レイヴンは上着の胸ポケットから携帯を取り出した。

「それで、俺はこれからメガロ9号を迎撃(げいげき)しにいけばいいんだな?」

 確認のように聞いてくる。


 ───迎撃。


 ゲームの勝利条件が曖昧あいまいなため、今できることはそれしかない。

 僕はレイヴンにいた。

小型機械兵ゴーレムと生身で戦うのは、君でも難しい?」

「ま、やってみるさ。それより、一つ確認したいんだが、この前いれてくれた魔導アプリなんだが、機能を簡単に教えてほしいんだ」

 小型機械兵との戦いに使うのかもしれない。

 僕はアプリにいれた魔術について、簡単に説明した。

 お試し用だったから機能は三つしかない。


 一つ目は、火力支援用の【爆炎弾】。これはその名の通り、ダイナマイト三つ分ほどの威力の炎弾をまっすぐ放てるというものだ。3メートルほど遠くで爆発する。基本的で扱いやすい魔術だ。


 二つ目は、【凍結弾】。その名の通り物を凍らせる魔術だ。効果範囲は半径5メートル。こちらは指定した範囲のものを瞬間凍結させるという優れものだ。


 三つ目は、【転送】だ。こちらから呼び出すだけでなく、レイヴンが使う時には、目的地はデフォルトで僕の近くにしてある。出現場所は、ある程度、レイヴン側でコントロールできるようになっている。


「これでわかったかな?」

「ばっちりだ。いってくるよ」

 いまいちわかったのかどうかよくわからない顔でうなずくと、レイヴンは携帯を左手に、右手に東魔刀をげて、VIP席から出ていった。

 僕は魔導演算端末WANDの液晶に目をやる。

 先ほど携帯に送られてきた招待コードをWANDから送信。

 すぐにチェスアプリへログインされ、対戦用の部屋に招かれる。

 対戦相手はクレオだ。

 チェス盤を背景に、メッセージが届けられている。 


 ───『ゲームを始めますか?』


 その下に、イエスかノーかのボタンが二つ。

 僕はイエスのボタンを押す。

 画面上の盤上に黒と白の駒が並ぶ。 

 ゲーム開始だ。


 *

 俺は、マップの誘導にしたがってVIP席を出る。

 アルビレオから転送されたマップによると、この劇場は地下駐車場をのぞく、三階建ての建物になっていて、二階から三階は吹き抜け構造だ。

 現在、俺のいる場所は最上階の三階。 

 マップの表示機能によると、メガロ9号を表す光点は地下階から発進しているらしい。階段を地下にむかって降りる。

 地下駐車場には十五体ほどのメガロ9号がひそんでいた。

 この劇場はローワン少佐によって貸し切りにされていた。

 あのマッドピエロのクラウンとかいうやつは、あらかじめ駐車場に小型機械兵メカニカル・ゴーレムを密かに潜伏させておいたのだろう。

 あのピエロの顔を思い出すと、だんだん腹が立ってきた。

 だいたいなんだ、マッドピエロのクラウンとは。ピエロなのか、クラウンなのか、わからんやつだ。どっちかにしろ。

 駐車場から地上への出口は東側通路と南側通路の二つあり、出口を(ふさ)ぐように七体ずつが配置されている。

 このメガロたちはおそらく劇場の入口から侵入して、三階の目的地に向かうつもりだろう。

 劇場はスペースに余裕のある作りになっていて、メガロの大きさなら、廊下や階段を上がれなくもない。

 もしくは階下から、アルビレオのいる階上へむけてミサイルを放つ、とかかもしれない。ローワン少佐の工場見学で聞いたことにはメガロ9号は都市制圧戦に長けていて、こういった建物を制圧することもできるらしい。


 ───ふむ。少佐の説明を、真面目まじめに聞いておいて良かったな。 


 人の話は聞いておくもんだ。

 そのおかげで対策は立てやすい。

 地下駐車場から劇場へと続く入り口を背にして、俺はすこし考えた。

 携帯を取り出す。


 ───せっかくなので使ってみよう。


 円陣を組むように、こちらを包囲(ほうい)するようにやってくる量産機の群れを前に、まずは右翼に向かう。

 機械兵(ゴーレム)が肩についたロケットを飛ばす。

 それにむけて【爆炎弾】と書かれたボタンを押してみる。

 携帯の前に魔法陣が出現し、赤い色の光の弾が飛び出て3メートル先、ロケットに着弾。爆発。ひどい熱と爆風で、俺は背後に転がった。

 幸い、怪我はなかったが、考えて使わないとひどい目にあうようだ。

 だが、威力はすさまじい。

 だんだん面白くなってきた。


 ───次はこの【凍結弾】というのを使ってみよう。


 これは半径5メートルに氷の壁を作る、という魔術らしい。

 新たに発射されたミサイル三発にむかってボタンを押す。氷の壁が出来上がり、半径5メートルでミサイルがぴたりと止まった。爆発する前に完全に凍結してしまったらしい。


 ───すごいものだ。


 これが戦場で普通になれば、とても困ったことになっていただろう。

 二つの機能を確認したところで、じりじりと距離を()めてくる機械兵に目をむけた。

 メガロ9号には自動小銃と近接格闘用の装備があり、近づくのは得策ではない、と今日の工場見学の際にローワン少佐はいっていた。

 それならば距離を取って戦うべきだろうか。

 考えあぐねていると、正面からにじり寄っていた五体の機械兵が速度をあげた。

 軽自動車くらいの速さで突撃してくる鉄の塊。

 俺もそっちにむかって歩き出す。

 両者の距離が1メートルほどに迫ったところで、機械兵が伸ばしたアームをひょいと身をかがめてけて、背後へとすり抜ける。

 それから【凍結弾】を押す。

 氷の壁が迫りくる五体の機械兵をまとめて凍結。

 それでも、なお動こうと、駆動部(くどうぶ)を回転させる機械兵に【爆炎弾】を押した。

 ダイナマイト三つ分ほどの威力の炎弾が着弾。氷の壁ごと粉砕。


 ───とても便利だ。


 俺は感心した。あっというまに五体、仕留しとめた。

 この調子で後方にいたメガロ9号たちも、まとめてたおすことができるだろう。

 駐車場の柱の影に隠れて、自動小銃の掃射(そうしゃ)をやり過ごし、弾が尽きたところで移動する。

 柱から柱へ移動しながら接近し、同じやり方で左側の五体をまとめて破壊する。


 ───これで十体。


 東側からやってくる残りの五機は、やや遠い。

 警戒するように銃口を持ち上げたまま、徐々(じょじょ)に包囲をせばめる残り五機に向けて、俺は携帯を振りかぶった。

【凍結弾】のボタンを押して、投げる。

 ドラゴンの膂力りょりょくで投げられた携帯はレーザーのように空を裂き、残りのメガロ9号を巻き込んで、【凍結弾】が炸裂さくれつする。

 魔力の余波で、携帯そのものは空中で一時停止し、固い音ともに地面に落下。

 氷の壁によって凍結し、動きのとれなくなった五機は大きな雪像のようだ。

 俺は雪像の近くに落ちた携帯を拾い上げると、雪像の中心に向けて【爆炎弾】を放つ。赤熱した炎弾が一際ひときわ強い輝きを放ち、爆風が雪像をばらばらに(くだ)く。


 ───これで十五体。


 地下駐車場に出現した分はこれですべて破壊した。

 携帯のマップ画面を確認すると、新たな光点が出現していた。残りは十五体。

 小型化したメガロ9号は劇場の大道具用の倉庫にもかくされていたようだ。

 一階に新しい反応が出現している。


 ───やれやれ、やることがいっぱいあるな。


 俺は携帯を胸ポケットにしまうと、一階エントランスへと急いだ。


 *

 チェスアプリには対戦相手との映像通信機能もついていた。

 チェス盤とは別のウィンドウに玩具製造者トイ・メイカーと名乗る男が映像で表示されている。

 見た目はかなり若い。なつかしい顔だ。 

 温和そうで、賢そうな顔立ち。濃い灰色の髪を短く整え、画面のこちら側に向ける瞳の色は深い海の青色(マリンブルー)

 歳は24くらいだと昔、言っていたことを思いだす。

 玩具製造者トイ・メイカークレオとの付き合いは、三年ほどになる。

 以前、僕が、群島連合国レムネシアを視察で訪れたときのことだ。

 初めて出会ったときには、彼はすでにレムネシアの守護者とかいうたいそうな名前で呼ばれていた。その時の彼は弱冠じゃっかん21にして国を背負う立場だったけど、チェスという共通の趣味がこうじて、しばらく彼の家に滞在した。

 彼とチェスで遊ぶのは楽しいし、いろいろなことを教えてもらった。

 群島連合国は小さな小島がより集まってできた国家で、経済的な発展からは取り残された貧しい国だが、いいところもたくさんある。自然が豊かで、新鮮なフルーツをたっぷり使ったフルーツパフェが絶品だ。

 それに、クレオは教えてくれた。


 ───海岸線からのぞむ海の青の美しいこと。


 僕らは今、盤面をはさんで、敵同士、向かい合っている。

「君とチェスをするのは久しぶりだね」

 画面の中にむけて親しみをこめて言ってみる。

 青年、クレオは顔をしかめた。

『こんなことになってすまない』

「それなら、僕を殺そうとするのをやめてほしいんだけど」

『いや、お前は殺す』

 真面目な顔でクレオは宣言した。

 画面の上のカーソルが動いて、黒の歩兵ポーンを前へ進める。

「あのさぁ。一体全体、なんで僕が殺されないとならないんだよ」

 僕は、いらだちながら白のナイトの上にカーソルを移動させ、しばらく逡巡しゅんじゅんする。

 クレオはチェスの名手だ。


 ───僕だって負けてないけどね。


 僕のこまの動きに、画面の向こうの相手は、3秒ほどで対応してくる。

『お前がローレルディの軍事(ぐんじ)顧問(こもん)になろうとしているからだ』

「またそれか? 今日、何度も説明したことだけど、ならないよ。僕はマデリナにあいたかっただけだ」

『一女優に会いたいだけで軍事顧問になるのがお前だ。お前ほど節操せっそうのない魔導師はいない』

 クレオの態度は頑固がんこだ。

 ちょっとやそっとじゃ、意志を変えはしないだろう。

 僕は癇癪かんしゃくを起こして、頭をきむしりたくなった。

 なんで、誰も僕の言うことを聞いてくれないんだろう。

 しかし、クレオの言うことには、すこしばかり、心当たりがないわけでもない。

 魔導師というのは、したいことをしたいようにするもので、僕がどんな気まぐれを起こすかは本当のところ僕にもわからない。

「うう、否定できない! 自分が怖い!」

『だよな。だから殺すんだ。お前は何をするかわからなくて危険なんだ、アルビレオ』

「それでも、軍事顧問になんてならないって! 僕は兵器開発なんかに興味ない!」

 画面に向かってわめく。こんなの、ばかばかしい争いだ。

『それが本当だとしても、いつか殺すことになるだろうとは思っていた』

 黒の駒が動く。僕の白の駒たちは、だんだん追いめられている。

「本気か……クレオ、僕は君を友人だと思っていたが」

『俺もだ。だが、俺にとっては友よりも故郷が上だ』

 クレオがまっすぐに駒を動かして、僕のナイトをとっていった。

 形勢はいささか不利なようだ。僕の白のキングは少々、孤立気味だった。

「ということは、君とチェスを楽しめるのは、これが最後ってことか」

『ああ、寂しくなるな、アルビレオ』

 クレオは否定しなかった。

 この一局は、彼なりの僕への()()()というやつなのだろう。

 ひるがえって、それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 僕は、白のクイーンを前進させる。


 ───反撃開始だ。 


 *

 俺は非常階段を上がりつつ、携帯のアプリを開いた。

 まったく確認していなかったのだが、どうやらこのアプリは初めに補充ほじゅうされた魔力で魔術を実行しているらしく、アプリ画面の下部に出るゲージで魔力残量をあらわしているらしい。

 それに気づいたのは、ついさっきのことだ。

 あと使えるのは【爆炎弾】か【凍結弾】が一回ずつと、【転送】くらいである。


 ───このアプリが面白(おもしろ)すぎて、ついつい使いすぎてしまったな。


 そういうわけで、ここから先は汎用小型機械兵メカニカル・ゴーレムたおすのは、ほぼ自力、ということになる。

 この魔導アプリ──とても便利だったので残念だが、あきらめるしかないだろう。

 魔力ゲージの仕様(しよう)については、確かめる時間もなかったことだし、今、悔やむべきことではない。

 それよりもやるべきことは、せまり来る機械兵(ゴーレム)迎撃げいげきである。

 ただし、ここからは効率重視だ。

 非常階段を出ると、劇場の入り口へと続く細い通路をメガロ9号が一列になって進軍していた。倉庫にかくされていた分の機体だ。

 せまい通路では、小型機械兵は一機ずつしか通れない。

 先頭のメガロ9号は、複眼になった視覚用カメラで俺を見つけると、劇場の待合席の革張りの椅子をキャタピラで踏みつぶしながら、こちらに向かってくる。

 腕の部分は換装かんそうされていて、ドリルになっている。先ほどの地下駐車場ではなかった装備だ。

 回転する鋼が騒音を立てながら突っ込んでくる。

 俺は大きく息を吸い込んだ。


 ───俺は竜だ。


 竜とは純粋魔族である。魔物としてのドラゴンの肉体は強靭きょうじんで、小型機械兵などに負けたりはしないのだが、いかんせん、ここは劇場だ。

 こんなところで竜が暴れようものなら、劇場は崩壊。

 あたりには甚大じんだいな被害が出る。


 ───そういう時にはどうするかというと、こうするのだ。


 基本的に人から竜への形態変化は魔力装甲を構築することで可能となるが、それだけではない。本来なら竜体に変化するところを、より鋭く、より凝縮ぎょうしゅくして身にまとわせることができる。俺の体から発する装甲が、黒いもやのように身にまとわりつき、その形を表す。

 名を竜騎兵形態ドラグーン

 漆黒の甲冑めいた装甲を見にまとう、異形の騎士の姿である。

 この形態になると、人間の姿で竜と同じだけのパワーを発揮することができる。


 ───いわば、都市制圧型ドラゴン形態だ。


 俺は眼前に突っ込んでくるドリルをけずに、回転するアームの根元をつかんで固定すると、ひねり上げて、力まかせに引きちぎった。

 圧倒的なパワーの前に、小細工は必要ない。


 ───ただただ暴虐を行えばいい。


 廊下にアームを投げ捨てる。体勢のくずれた機械兵の腹部に膝蹴ひざげりを喰らわせる。

 鋼鉄が簡単にへしゃげ、腹部を貫通かんつうする。

 白い噴煙ふんえんをあげつつ、機能停止。

 そこで俺は思いだした。

「あっ、魔導動力炉……」

 今日の昼間の工場見学できいた説明では、メガロ9号は魔導動力炉で動くのだという。

 ぶすぶすと煙をあげる機械兵を、俺はひやひやと見守った。

 どうやら動力源は腹部にはなかったらしい。

 セーフだ。

 しかし、これからは慎重に破壊しなければならないだろう。

 魔導動力炉の仕組みはわからないが、万が一、爆発することになったら、アルビレオのいる場所にまで被害が及びかねない。

 とはいえ、加減かげんしながら機能を停止させるというのは難問だ。特にドラグーン形態は、加減がききにくい。竜の体で、はしを持って豆をつまむようなものだ。できるだけ、繊細に破壊しよう。 

 1体目の死体の後ろからやってくる2体目の機械兵に、1体目の死体を投げつけて、時間を稼ぎつつ、俺は考えをめぐらした。

 さっきから気になっていたことだ。

 ローワン少佐の工場見学での説明によると、このメガロ9号は稼働するのに、パイロットが必要だ。


 ───それなら、一体、なぜ、メガロ9号たちが勝手に動いているのだろう。


 30体のメガロを動かすためには、兵士が30人必要だ。

 これは、あり得ない。

 30人も兵士を用意できるなら、もっと他の暗殺計画をした方が確実だ。

 1体目のボディにキャタピラが引っかかって動けない2体目に近づいて、腕をねじ切り、背面(はいめん)をのぞき込む。

 背面には球体上のカバーがかかっている。ここが操縦席だろう。

 腕力にまかせて、こじあける。

 中から現れたのは、テディベアのぬいぐるみだった。

 俺の姿を見ると、怯えたように身をふるわせ、かちゃかちゃと震える肉球でハンドルを動かしている熊。

 これが本来、パイロットを必要とする機械兵ゴーレムが、自立稼働していることの答え。


 ───この熊が操縦していたということだ。


「これは……玩具製造者トイ・メイカーの、魔術か……?」

 そのようなきがする。

 魔術師の扱う魔術は魔族のそれと違って複雑怪奇だ。

 小型機械兵メカニカル・ゴーレムを、この玩具おもちゃが操っているとは、まさに玩具の兵隊だ。

 熊をむんずとつかんで引っ張り出す。

 すると、手足をばたばたさせている。

 放り投げると、二、三回転がったあと、小走りに逃げていった。

 気を取り直して、俺はあらたに襲い来る機械兵に肘鉄ひじてつを食らわし、センサー類の密集する頭部に回し蹴りをいれて吹き飛ばす。

 頭部を失った機体が停止するすきに、コクピットをこじ開けると、やっぱり熊。

 これも放り投げると()()()はずみながら着地したあと、どこかへと逃げていった。

 何回か繰り返し、このあと3匹ほど熊を操縦席から解放したあと、方針を考えた。

 ピエロのクラウンが言うことには、このクマ達には司令塔しれいとうがいるらしい。

 しかし、どの機体にそれらしきものがいるのだろうか。

 あの愉快犯ゆかいはんっぽいクラウンなら、わかりやすいマークでもつけていそうなものだが。

 俺は携帯のマップを取り出した。見ると、劇場内部に大きな光点が浮いている。


 ───これだ。


 俺は後続のメガロはほっといて、劇場の入り口のドアを開け、中にはいる。

 劇場の観客席にはメガロ9号達がすでに侵入していた。劇場の反対側の入り口から入り込んだものらしい。

 俺はステージに目をやった。

 するとそこには、光り輝く黄金の機体が鎮座ちんざしている。

 左右には護衛と思しき、機械兵が二体。

 まちがいなく、この金色の機械兵が司令塔だ。

 舞台前方には残りの機械兵が密集している。

 このまま、階段を上り、VIP席に殺到さっとうする気だろう。


 ───ねらうはあの金色の機械兵だ。


 俺は、二階席の手すりをえて、ガラ空きの観客席に身を踊らせる。

 観客席をうろついていた機械兵たちが、こちらに押し寄せる。

 ひとまずは狙いをアルビレオから俺に、切り替えたらしい。

 落下する方向に会わせて、力場の魔術を下方へと発生させる。

 着地と同時、衝撃波が発生。

 暴竜の一撃によって、前列の機械兵が吹き飛ばされ、コンサートホールの壁に激突。力場の魔術によってさらなる負荷をかける。背面のコクピットがへしゃげる。圧死。

 一直線に金色の機械兵───司令塔を目指す。

 司令塔は手にランスを持っている。中世の騎士が持つような巨大な突撃槍。

 金色の機械兵は、ステージから降りて、直進する俺にむけて、杭を打つように一突き。 

 空間がたわむほどの風をまとった一撃を放ちながら、追撃をしない。

 どこか王者めいた風格を(ただよ)わせている。

「野郎……俺と()()でやるってか?」

 黄金の機械兵がうなずく。

 俺はふっと微笑ほほえむ。

「悪くねえ……ぬいぐるみ風情ふぜいにしては……」

 突撃槍を構える機械兵に向かって、俺はけだした。

 突撃槍の一撃目にりを入れる。力場を足にのせて、はじこうとしたが、槍を振り抜く力のほうが強い。たいした一撃だ。黄金の機械兵は今までの機体とすこし違うようだ。

 普段は広範囲に広げて使っている力場を、今はただ一点に集中させる必要がある。

 あの突きの一撃を防ぐことが優先だ。できなければ、巨大槍につらぬかれ死ぬだろう。

「いいぜ、こいよ、真剣勝負だ」


 ───最後の一撃になる。


 両者ともにその感覚があった。

 機械兵がキャタピラを回転させる。その姿は絵画に描かれた勇壮な騎兵のようだ。

 突進。すさまじい速度のたんなる突進が、俺をおそう。

「まあ、俺は、タイマンなんてしないけどな」

 左手に、隠し持っていた携帯けいたいかかげる。

 【凍結弾】が魔法陣から放たれる。

 黄金の騎士が瞬間的に凍結。

 眼前に迫った槍の穂先まで凍結し、機体は完全停止。

 コクピットの内部まで凍結している。

 やはりこれはすごい魔術だと確信した。

 敵が極光位の玩具製造者トイ・メイカーであるなら、俺の味方は狂える星と渾名(あだな)されるアルビレオなのだ。


 ───まったく、たいしたもんだ、アルビレオは。


 竜騎兵ドラグーン状態を解除する。

 さて、次だ。

 俺は金色の氷の彫刻をたおすと、その横っ腹に登って、携帯にメールを打ちこむ。

 それから、階上、ボックス席へと目をむける。

 ステージからは、アルビレオのいる場所がよく見える。

 この場所は、あっちの状況を監視するのに、もってこいだ。


 ───まだ一仕事が残っている。


 *

「あ、メールだ」

 携帯の着信音が鳴った。着信はレイヴンからだ。内容を見ずに、ステージを見る。

 実はこの席から、レイヴンと機械兵の戦いは見えていたのだが、興味がなかったのでとくに気にしていなかった。

「あっちは(かた)がついたようだね」 

『くっ……俺のベアたちがっ……』

 くやしがっているクレオに、僕は言った。

「君の魔術は、魔術行使(こうし)()()()()()()だ」

 クレオの遠隔操作する司令塔ベアが、複数並行演算の起点となり、さらに下位のベアたちを従える構造になっている。クレオの操る司令塔ベアが下位ベアにたいして、自立行動する、という魔法を行使こうしし、さらにその下位ベアが同じ魔法を使う。あっというまにベアの軍団のできあがりだ。

 クレオの魔術のすばらしいところは、自立行動する魔法それ自体も魔法を行使することができる点で、これがあるおかげで群島連合国レムネシアは何十倍もの兵力の差があったとしても、国を守ることができるのだった。

 処理させる魔法については自立行動以外にも、爆発や凍結といった攻撃的な魔術から、地雷のように設置型のものまで多様である。自立するベアに、物理的な爆弾を持たせて特攻とっこうさせるという話も聞いたことがある。

「君の魔術はとても有名だ。表舞台に立つ極光位の弊害へいがいだよ。どんな制約があるかってことまで明らかだ。魔術を演算させる物体、この場合、ベアについては君自身が造ったものでなくてはならない。全部、自分でつくってると、手間がかかるよね」

 画面の中のクレオが言った。

『ベアを造るベアを造ればいい、()()()()()()()()

 魔法のオートメーション化。それがクレオの極光魔術の本質だ。

 クレオは魔法を使う物体を、増産することができる。

 通常の魔導師は、一度に複数の魔術を使うことはできないが、クレオは数百、数千の魔術を同時に扱うことができるのだ。恐るべきベア魔導軍団である。

 実は、人形を操る魔法使いは結構いる。

 自分の作ったものに命を与えることができる魔法使いもそこそこいる。


 ───しかし、クレオのように、()()()()()()が魔法を生み出し続ける魔法というのは、この広い世界を探しても、クレオ一人だけだ。


 ゆえに、クレオは極光位を授かった。


「まさに玩具の兵器工場だ。その魔術で、君は群島連合国レムネシアを守ってきた。たった一人が万の軍団になるんだから……これ以上はない」

『俺は群島連合国レムネシアを守るためならなんだってやる』

 クレオは沈痛そうな暗い面持ちだ。

 僕はなんて言えばいいのかわからない。

 国をたった一人で守るという重責は、僕にははかり知れないことで、ついでにたったいま、ベアたちがドラゴンになぎたおされたのも結構なショックだったのだろう。

 それとも、盤面を見ていったのだろうか?

『くそ……これで、お前とのゲームも終わりか』

 僕は盤面のほうに集中した。

 盤面は一点して逆転して、白のナイトとルークは、黒のキングを追いつめていたのだった。

「泣いても笑っても、チェックメイトだよ。やったー! 僕の勝ち!」

 クレオに勝ったのは、純粋にうれしい。

 僕は椅子から立ち上がって、劇場が見える手すりから身を乗り出し、舞台にいるレイヴンに手を振った。向こうもこちらが見えたらしく、片手をり返す。

 その足元には金色の機械兵が凍りづけになったものが一体。

 レイヴンも勝ったようだし、チェスにも勝った。

 クレオの仕掛けてきたゲームは、僕の勝ちってことだ。

 さあ、さっさと帰ろう、そう思ったところで、背後のドアからあわただしく人が入ってきた。

「アルビレオさん! ご無事ですか?」

「あ、ローワン少佐」

 よほど急いできたらしく、きっちりときこなしていた軍服のえりやなでつけていた髪は少し乱れている。

 ローワン少佐がローレルディアの人間だと見て取ったのか、画面の向こうのクレオが悪態あくたいをついた。

『くそっ……タイミングがいいことだな』

「君、全然ぜんぜん見かけなかったけど、何してたの?」

 けば、ローワン少佐は申しわけなさそうな顔をして答えた。

「工場からメガロが盗まれたというしらせを聞き、対応に追われていたんです。まさか群島連合の玩具製造者トイ・メイカーが……劇場を狙うとは! くっ……、早くこの場所から逃げましょう、あなたにコトがあっては……申し開きができませんから」

 ローワン少佐が、僕を外に出るようにうながす。

 僕としては、画面のクレオの方が気になるところだ。

「さあ……外に車を待たせています……。どうぞ、こちらから」

 ゆっくりとローワン少佐が近づいてくる。

 名残なごりおしいが、そろそろ帰る時間ってことかもしれない。

 僕の肩に、彼の手が置かれる直前、()()()()()()()()()()()


「殺していいかっていったよな」


 ローワン少佐がえづくようにせきをする。

 見上げると、彼の胸のあたりから鋭い刃が突き出ていた。遅れて口から血を吐く。

「ぐっ……なっ、なぜ……!?」

「だから、言っただろ? このゲームは面白おもしろいのかって」

 レイヴンが東魔刀で少佐の胸をつらぬいているのだ、と理解するのに時間がかかった。

 レイヴンはひどく冷たい目をしている。

「敵の言うルールを鵜呑うのみにするやつがいるか? そっちがルールを守る保証は一切ないんだ。司令塔がうその可能性、チェスの制限時間が嘘の可能性、市街地への攻撃が嘘、付き合ってやる意味がない。一応、司令塔的なやつは壊してきたが、それだって、司令塔のほうに爆弾でも仕込しこまれてたらかなわんからだ。お前の狙いは最初から暗殺だ。それなら、どうするか? テメェらが尻尾を出すのを待って、仕掛しかける。これで解決だ」

「……私のゲームにのったふりをしたと……」

「乗らざるをなかった。確実に殺すまではな」

「で、ですが、あなたはステージにいたはずですよ……」

「魔術ってやつは、とても便利だな。この()()ってやつがとくにいい」

 僕はレイヴンに渡したアプリを思いだした。

 転送は僕の近くを座標として設定してある。

 それを使って、ローワン少佐の背後に転移してきたらしい。

 レイヴンは、舞台上から僕らの様子を監視し、異変があればすぐに転移できるように待っていた。

 このローワン少佐は、クラウンの変装ということだ。

 刀をクラウンの体から引き抜くと、肩をつかんで引き倒す。

 後方の床に倒れた男の背中を足でおさえつける。

 レイヴンが片手に握る東魔刀はべっとりと血にれて、鋼が鈍く輝く。目の前で起きたことに、僕は動揺どうようしていたのかもしれない。

 とてもいやな予感がする。

 この先どうなるかは僕にも予想できる。

「ま、待って……」

 とどめをさそうとするレイヴンを僕は、制止した。

「……殺さないでくれ」

「殺そうとしたのはこいつだが」

 そうだった。

 暗殺されかかっていたのは僕で、機械兵のゲームの勝敗がどうだとしても、最後にはローワン少佐に化けたクラウンが僕を殺す手はずだったのだろう。

 二段構えの作戦だ。

 機械兵で僕を殺せれば、それでよし。機械兵を陽動に使い、レイヴンを引き離せれば、それもよし。どちらにしろ、僕を殺す算段はついていたのだ。

 クレオがチェスの最中さいちゅう、妙に悲しげな面持ちだったのも、あの一局が最後になることをわかっていたからで、彼らにそこまでの殺意があると、この場で僕だけが理解できていなかった。

 床に倒れている男を見る。

 クラウンは虫の息というかんじで、すぐにキズの治療をしなければ死ぬだろう。

「ゲームは僕が勝ったんだ。だから、今日はいい。これでお開きだ」

「それでいいのか?」

 レイヴンがあっけらかんといてくる。

 血を払って刀をさやにもどす。

 僕はうなずいて、クレオを見た。

 クレオは画面ごしに、こちらで起こってることを察知して、顔をこわばらせている。

「えーと、そういうわけだから……医療班的なもの、呼べる?」

 クレオが答える。

『司令塔ベアのボディは凍って動けないが、通信機能は停止していない……。そこから指令を出せば、下位のベアを向かわせられるだろう。だが、クラウンを見逃すのか?』

勘違かんちがいするなよ。僕は、はやく帰りたいんだ。ターミナルにいって、家に帰る」

 レイヴンが無感動な目でクラウンを見おろした。

「だとよ」

「く……ふふふ、甘いデスね、アルビレオ」

 クラウンは出血する胸元を押さえている。

 クレオの操るベアが治癒魔術を使って、一命はとりとめる、そのはずだ。

「それじゃ、僕らは帰るから、クレオ。もし、また会うことがあったら……」

 言葉の先を僕はのみこんだ。

 僕は何をいいたかったのだろう。

 よくわからない。

 僕は観客席から立ち上がると、ドアに向かって歩き出す。

 ゲームが終わればこの場に用はない。

 後ろをり返ったりしなくても、レイヴンが足音も無くつき従うのがわかる。

 確認する必要はないし、しようとも思わなかった。


 *

 ターミナルは行き交う旅客でごった返している。

 あのあと、ローレルディ中央劇場を出たあと、僕らはさっさとローレルディのターミナルへと向かった。

 僕は待合席のベンチに座り、視線を上げる。

 待合ロビーに設置された大型テレビでは、ローレルディの夕方のニュースがやっていたが、今日のメガロ9号にまつわる事件はまったく報道されていない。

 劇場はドラゴンと機械兵ゴーレムの戦闘の余波で半壊しているのだが、とくに大きなさわぎにはなっていない。

 報道管制が敷かれている、というのもあるが、クレオが市街地をおそわせることはしなかった、という点も大きい。

 潜伏させている、というメガロ9号がどうなったかまでは知らないのだが、僕が思うに今回の件は、開発途中の最新型機種の暴走ということでひっそりと幕が閉じるだろう。

 ターミナルの電光掲示板(けいじばん)を見ると、フライトの時間まで一時間ほど猶予ゆうよがある。

 一応、今回は、魔導協会の視察という名目なので、優先的に座席は確保されるし、手荷物の持ちこみなんかも自由だ。レイヴンの血に濡れた東魔刀なんかも手荷物としてスルーされる。これは魔導協会の視察員としての特権だ。

 とはいえ、特権を使うということは、魔導協会にたいして報告の義務がある、ということでもある。

 僕は、今日の出来事を考えた。

 一体、何をどこまで報告するべきだろうか。クレオは協会に非加盟の魔導師だ。そのクレオが、ローレルディで起こしたことは、協会の加盟国にたいする()()()()()()()()()()()可能性はある。

 そうなれば、一気にローレルディと群島連合国レムネシアの間は戦争状態になる、かもしれない。

 もちろん、そうならないように、クレオは今回、メガロ9号を使った。

 この小型機械兵の暴走というシナリオで、僕を始末するつもりだったのだろう。視察員である僕さえ殺せば、メガロ9号の暴走に巻き込まれたことにできる。

 そのつもりで、クレオはローレルディの兵器を乗っ取るという手間をかけた。

 用意周到(しゅうとう)な暗殺計画だ。しかも対象は僕。


 ───最悪な気分だ。


 友人と思っていた人間から綿密めんみつな暗殺計画で殺害されかけるとは、まったく、ありえないよ。

 そもそも、こと発端ほったんは、今をときめく映画女優マデリナのサインがしかっただけだ。それだけで、こんなことになってしまうとは。

 やれやれだ。

 僕は世界情勢に興味はない。どこの国が勝とうと負けようと、どっちみち魔界はつねに戦争状態だ。

 それでも自分の国を守るというのは、僕にとってはくだらないが、クレオにとってはとても大事なことのようだ。

 窓の外を見ると、夕暮れが地平線へと落ちかかるところだった。

「ココアでもどうだ?」

 声の主をみる。

 レイヴンが両手に、ドリンクを一つずつ持って立っている。

 ターミナルの売店で買って来たらしい。片方を僕のほうに差し出している。

 甘い飲み物は好きだ。ココアをレイヴンの手から受け取る。

 レイヴンはベンチの隣に座る。

「今日は、さすがに骨が折れたな」

 彼はそんなことを言った。

 温かいココアの甘さを舌に感じつつ、隣の男に声をかける。

「……あのさ、レイヴン」

「なんだ?」

 聞き返すレイヴンからは、殺気や殺意といったものは感じない。

 おだやかなものだ。

 今日の昼間に見たあの冷たい顔は影も形もない。

 本当にクラウンを殺す気だったのだろうか。聞いてみようかと思って、やめた。

 わりに、こう言った。

「僕は、マデリナに会えなくて、がっかりしたよ」

「今、それか? まぁ、残念だったな。俺も残念だ」

 レイヴンにはとくに彼女にあいたい理由はないだろう。

 映画の女優にくわしいタイプでもなさそうだし。

 僕はしばらく考えこんでから、聞いた。

「……なんで君が残念がるんだ?」

「お前の大切な人に似てるんだろ? それなら、俺も一度、会ってみたい」

「君には、メリットはないだろ」

 レイヴンが苦笑する。

「いつか会えたらいいな、その大切な人に」

 そう言うレイヴンに他意はなさそうだ。

 純粋に僕にたいして、そう思っているのだということがわかる。

 わかるだけに不可解ふかかいだ。

 僕の事情も知らないくせに、まったく不可解だ。


 *

 ローレルディの首都高速道路を黄色の自動車が走る。

 黄色い車体のボディにはファンシーなベアがプリントされている。

 その後部座席に、ピエロのメイクをした若い男が座っていた。

 クラウンである。

 派手な道化めいた上着を肩から羽織はおっているだけで、露出した胸元には治療のあとが見える。

 顔色はメイクの上からでもわかるほど、青ざめ、衰弱すいじゃくしていた。

「今日は大失敗でしたね」

 運転席に声をかける。

 ハンドルを握る青年が、ちらりとミラーをみやる。

「……全くだ。完敗だな」

 紺色こんいろのフードを目深まぶかにかぶった青年───玩具製造者トイ・メイカー・クレオだ。

「クレオ、申しわけありません。今日のことは私の油断がまねいたことです」 

 陳謝ちんしゃするクラウンにたいして、クレオは頭をった。

「いや、いい。俺もめが甘かった。ローレルディの兵器開発について()()()()()()()()()に、アルビレオを殺そうとするのは欲を出しすぎた。それに、罠にかけるつもりなら、情を抱くべきでもなかった。とにかく余計よけいな時間をかけすぎたな。チェスなんか、計画に必要無いのに、遊びすぎだ」

 反省めいた言葉を口にするクレオ。

 年若い主人をクラウンはなぐさめる。

「アルビレオ殿は、あなたのご友人でしょう。おわかれの時間をとるのは、余計よけいだとはおもいませんが」

「甘いだろ? 殺すと決めたのに、どっちつかずだった」

「ええ、甘いですね。ですが、非情ではないところが、あなたのいいところだと思いますよ」

「そう言ってくれるとうれしいが、やっぱり完敗だ。余計な情がなかったとしても、今日は勝てなかった。俺たちはあまり戦闘に向いていない」

「私も諜報が専門ですし……今日のあの男、レイヴンとかいう……そちらの情報を探りましょうか?」

「いや、いい。やめる。もともと期待薄きたいうすだしな。それよりも、俺たちのやるべきことに集中しよう」

 暗殺の中断を宣言するクレオに、クラウンはただうなずいた。

「では、そのように。引き続き、ローレルディの内偵ないていを続けます」

「まずは傷を治してからだ。今日の一件で、しばらくはローレルディに大きな動きはない」

 メガロ9号の暴走によって、隣国の急激な兵器開発は急停止するだろう。

 責任者であるローワン少佐はこの件の責任をとらされ表舞台から去る。

 今頃いまごろ、マネージャー室で昏倒こんとうしているところが発見されることだろう。もちろん昏倒させたのは、マデリナにふんしたクラウンだ。

 ゲームには負けたが、上々の結果である。


 ───当初の目的は全て果たした。


 だが、忸怩じくじとした気持ちは残る。

「それでも……やっぱりくやしいものだな。勝ちたかった、チェス」

 ぽつりと本音をもらすクレオ。

 クラウンは微笑ほほえんだ。彼の主人はまだ若い。群島連合の守護者と呼ばれながら、等身大の青年らしい部分も持ち合わせている。

「次は、こうはいきませんよ、我々は」

「そうだな。出直しだ」

 意志を新たにし、アクセルを踏み込む。

 黄色の自動車が夜の高速を流星のように駆けていった。



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