第3話 家出娘カムバック
洗っておいた皿を乾いたふきんで拭い、食器棚の所定の位置におさめる。それが終われば、廊下の埃を掃いて、乾拭きする。浴室や洗面所の鏡の錆を取るのは一朝一夕にはいかないが、錆取り用の研磨剤を手に入れたおかげでやる気は十分だ。
当面の仕事は家事である。
魔術師のスケジュールはどうなっているのだか知らないが、アルビレオからの連絡は一向に来ない。
───あまりにもひますぎる。
こうやって皿を一枚一枚拭いているのも、そう悪くはないかと思い始めたころだ。
戦争管理官として東魔にいたころは、戦地を転々としていた。
戦が終われば、また次の戦へ。
ギルド“魔獣の巣”の上役である教父・レッドチャーチから言われるがままに、仕事ばかりをこなしていた。
銃撃に、砲撃の雨嵐、遠くに見える爆音の火柱や、落とされる炎精霊焼夷弾の轟音は日常茶飯事。
俺の兵器としての運用方法は、レッドチャーチが言うには、空からの強襲担当だったので、いの一番に斬り込んで、皆殺しにして、帰る。こういったものだった。家事よりも、戦闘のうまさが尊ばれる。
そんな日々を送っていて、ついたあだ名が屍肉喰い。
戦場の初めから、死体が積み上がる終わりまで、ずっといるので、この名がついた。
竜へと変身した時の、黒いカラスに似た姿を指して、こう言われるのだが、あまりにも酷いあだ名だ。屍肉を喰らうカラスから連想された名前だろうが、俺は生憎、死肉を食ったことはないし、ルッキズムすぎる。
カラスに対して失礼だとは思わないのだろうか。
物思いにふけっていると、ばたばたと急がしい足音が聞こえてくる。
そちらに視線を向けると、アルビレオがキッチンにやってくるところだった。
冷蔵庫に一直線だ。
「アルビレオ、またケーキか……」
言いながら、眉をひそめる。
小言を聞く相手ではないとわかってはいるが、なんとこのアルビレオとかいう魔導士は週のほぼ毎日、全食事を菓子ですませるのだった。
それか、まったく食べない日もある。
だいたい、二、三日おきにめずらしくキッチンに姿を現しては冷蔵庫の中から適当なケーキを取り出して、食卓にもっていく。
その翌日か翌々日は何も食べず、また朝が来ると、ばたばたと急がしい足音をさせてケーキを取り出しにくるといった塩梅だ。
たいはんはチョコレートケーキ。たまにショートケーキ、もしくはそれ以外の菓子だ。さすがに苦言を呈するべきだろう。生活を見直さなければ、生活習慣病になる怖れもある。
「うるさいな。僕が何を食べようと勝手だろう」
「よくはない。たまには身になる物を食べろ」
「チョコレートケーキとか? それならだんぜんチョコレートだね」
話にならない。
アルビレオと話すといつもこの調子だ。
「なにか急がしくしてるのはわかるが、食事をおろそかにすると身がもたないぞ」
ここ最近のアルビレオの様子から、なにかにかかりきりなのはわかる。
姿を見るのは朝方が多いが、ふらりと深夜に姿を現すこともある。
徹夜しているのだろう。
干渉は避けるべきだが、夜通し起きて不健康な生活をすることは見過ごせない。
「小言が多いな。僕は一体、君を何のために雇ったんだったか」
ケーキを口に運ぶ手を止めて、アルビレオはぼやいている。
「わかっているとおもうが、人間の体は……」
菓子のみで十分な栄養を摂取することはできない。
言いかけるのを、わずらわしげにアルビレオが先んじた。
「そんなことより、君は何をしてるんだ」
「家事だが」
「……やる必要はない。この家はプログラム通りに動くんだ」
アルビレオが苦々しげに言う。冷蔵庫から取り出したばかりのチョコレートケーキがたっぷり乗った皿を手に、食卓のほうへと去っていく。
アルビレオの言うとおり、実は家事をする必要は特にないことは、この屋敷に来て一週間ほどでわかった。
おおよそ、周期は一週間だ。
あれほど山積みになっていた皿も、一週間あればいつのまにか元通りになっている。
原状回復とでもいうのだろうか。時計の針を逆回しにしたかのように、初めの状態にもどるのだ。
だから、たしかに家事をする必要はない、ないのだが……。
「ひまなんだ」
正直にいった。
「……あわれだね。まあいいや、それなら近々仕事がある」
「なんだ」
「僕の護衛だよ。少し遠出する」
「どこへ行くんだ」
外出に護衛が必要とは物々しい。
「家出娘をつかまえに行く」
アルビレオは謎めいた言葉を残してキッチンを去っていく。手には菓子類がのった小皿を持ったままだ。
小言が嫌になったのだろう。
都合が悪くなったら、すぐに研究室にこもる。
それでは健康的な生活は送ることは難しく、健康的な生活でなくては健全な精神が育たないというものだ。
これは最近知ったことだが、アルビレオの魔術師としての評判はすこぶる悪い。
とくにその最たるものは、狂える星、といったもので、これはあまりいい呼び名ではない。
流れ星のように神出鬼没で、一度、現れると壊滅的な厄介ごとを巻き起こして、去っていくという。それ以外にも、人造人間の軍団を持っているとか、ひそかに古代の大量破壊兵器を蒐集しているとか、嘘かほんとかわからないものまで、悪評ばかりだ。
まったく困ったものだ。
だが、それはともかく仕事である。
───アルビレオからの護衛の依頼は、心がはずむものだ。
なにせ、こっちが本業だ。
俺はウキウキしながら、東魔刀を取りに、二階の自室へと向かった。
*
東魔国より南東にある小国ベーチア。
歴史の古い小国で、天文学研究の盛んな場所だ。
その小高い丘に立つ天文台では、通常ありえないものが観測されていた。
それは予兆である。
同時に天災である。
夜空に旗のように翻る七色のオーロラ。
電磁波によるこの自然現象が、べーチア一帯で観測されたことは未だ無い。
魔術の干渉による磁気の乱れ。
べーチア天文台の夜間観測部門所属の研究者たちは調査結果をそう報告した。
報告を受け取ったのは、神聖帝国陸軍特殊物品管理保管部大佐ラワン・デーナである。
べーチア天文台は本日の昼間、突然、軍用車に乗って現れたラワンとその部下たちによって占拠されていた。
その目的は一つ。
この天文台の魔導観測装置“RE-VISION”を用いて観測されうる極大次元転移の航跡を捉えるため、研究施設と装置、人員もろとも制圧したものだった。
航跡というからには、彼らが求めるものは艦艇だ。
それも海を行く船ではなく、空を───遍く宇宙に存在する星々の間を翔る船。
その名はアバロン。
新進気鋭の魔導師によって形作られ、魂たるAIをおさめる白銀の娘である。
*
べーチアの海岸部、夕日の落ちかかる水平線を双眼鏡で眺めていたレイヴンが言った。
「それで、そのアバロンがいつ現れるか、どうやってわかるんだ」
やってきたのは、アバロンと呼ばれる船の出現ポイントである。
黄色い自動車の座席にいるアルビレオが苦々しく吐き捨てる。
「だから、こうやってハッキングしてるんだろう。僕とあれの間には特別なつながりがある。制作時に仕込んだ裏口、いわゆるバックドアだ。それを使ってあれの動きを停止しようと試みたことは何度もある」
「それで?」
うまく行っていたら、この場所にわざわざ来ることはないだろう。
十中八九、状況はアルビレオにとって望ましくはないものだ。
いらいらした様子でパソコン───魔導演算端末というらしい───から顔をあげ、髪をかきむしる。
「無理なんだよ! アバロンは自己を上書きするAIだ。こっちからの干渉ははね付けるし、言うことなんて聞きゃしない。それでもまだ、バックドア自体は有効なんだ。だから、あれの出現場所はこうして特定できる、というわけ」
双眼鏡をまたのぞきこむ。
水平線の向こうに飛沫をあげて泳ぐ船が一隻。
物々しい装備の巡洋艦だ。
海上を観察しつつ、アルビレオに訊ねる。
「お前は制作者なんだろう? なんで言うことを聞かないんだ?」
「それは僕が聞きたいよ。アバロンにそんな命令を出したおぼえはない。完成した一ヶ月後、あれはなぜかラボを出て、僕の前から消えたんだ。一体、なんでなんだ?」
「まったく覚えはないのか?」
「ない。確かに僕はあれに自我を与えたが、そんな不合理な答えを出すとは……」
船に、自我を与えた。
どうやら、そこらへんに答えがありそうだ。
もう少し詳しく話を聞いてみることにした。
「自我があるのか? 船に」
「ああ。セキュリティ対策の一環としてね。宇宙を探査する船なんだ。外部からの攻撃に備えて、自ら対処できる能力を与えたかった。そのためには自己防衛機能……人格が必要だって考えたんだ。自我があれば、僕がいちいち指示を出さなくても、自分で対処できるだろ? アバロンには高い魔術的防衛能力と、宇宙の危険な環境を乗り切るための駆動体がある。自分で考えて、自分で自分を守るのがセキュリティとしては最高だ」
「……つまり、その船は、自分の意志で勝手な行動をするってことだな? 自分で考えて、ラボを離れた、というわけだ」
「……ありえない。そういうことは考えられない」
アルビレオがイライラと爪を噛んでいる。
アバロンが自らの意志で制作者の元を離れたとは、認めたくはなさそうだ。
まったく、AIに意志を与えるなんて、こうなるとは考えなかったのだろうか?
アルビレオの考えは度し難いところがある。
「経緯はわかった。だが、どうやってつかまえる?」
「魔導騎兵の格闘戦の用意はしてきた。だが。できるだけ、ボディに傷をつけたくない。生け捕りにするのが理想だ」
「どうやって? 巨大な戦艦を生け捕りにできるのか?」
双眼鏡で海の向こうに目を懲らす。
アルビレオが予測したその家出娘の航路では、今日、この海域に次元転移して出現するそうだ。
次元を跳躍する転移航法を用いる船であるため、アバロンの気まぐれでこちら側に顔を出したときを捕らえるしかないそうだ。
その気まぐれな経路がわかったのは、制作者の涙ぐましいハッキングによるものだ。
ここ最近のアルビレオがラボにこもりきりだったのは、家出娘の捜索のため。
アバロンは午後五時ぴったりに、このべーチアの海岸に姿を現すのだという。
「君がいるだろ」
双眼鏡から顔を外して、アルビレオの顔をまじまじと見る。
まじめそのものの顔だ。
「本気で言ってるのか?」
「本気だ。計画はこうだ」
アルビレオが告げたのは、とんでもない計画だった。
*
とてもまともな作戦だとは思えない。
アルビレオの作戦は作戦ともいえないレベルのおそまつなものだった。
塩気の孕んだ海風を、打ち付けるように両翼で叩く。加速する。
海と空の間を一直線に翔る飛行体。
それがレイヴンの姿である。
いわゆる竜としての姿だ。純粋魔族とは魔術をより感覚的に扱うことに特化した種族であり、その中の竜とは、さらに生体として竜の姿に換装できるもののことをいう。
───鎧の装甲めいた鋼の鱗。獰猛な肉食獣の足。空を翔ける猛禽の両翼。
巨大なキメラめいた竜の姿は、ある種の威容を湛えている。
海風を浴びつつ、竜はアバロンが出現するという地点の数十メートル上へと身を躍らせ、雲の内に身を潜めた。
視界は悪く、そしてこの程度の小細工が魔導技術の粋を尽くしたセンサー群を備えるアバロンに通用するとも思わないが、しないよりはましだろう。
───狩りというものは先手を取ったほうが優位なのだ。
アバロンが出現すると同時、上空から一挙に襲いかかり、仕留める。
そのつもりだ。
アルビレオの計画では、一時的な魔導阻害を仕掛けるため、その時にはアバロンのスピードは少し弱まるはずだ、という話だった。同時に結界を張って、アバロンの転移も封じる。
二段構えの策ではある。
───だが、どうにも気乗りがしない。
どこまであの魔導士の話を信用したものかはわからない。
信用しないほうがましだろう。
十中八九、計画通りにはいかないだろうからだ。
雲の中で、出現までの時間を待機する。あと、十秒程度だ。
通信用の装置からアルビレオの指示が聞こえる。
あと、5秒、3秒、1……。
眼下で閃光がはじける。
七色のオーロラ。
転移魔術による光だ。
雲の影からさっと急降下し、アバロンに向かって強襲しようとする体を、レイヴンは一瞬で停止させた。
様子がおかしい。
転移のための魔法陣から、出現した機影はひとつではなかった。
先頭に出現した白鯨のような巨大な戦艦───これがアバロンだろう。
それにまとわりつくように追随する小型の戦闘機が複数。
魚群の群れのように小型の戦闘機たちが連携し、先頭の戦艦を猛追する。
───のっけから聞いていた話と違う。
竜は足下の光景に憮然とした。
おそらく先頭をいく船がアバロンだろう。しかし、群れを成し、連携してアバロンを襲うあの戦闘機たちは、あきらかな第三者だ。しかも、あの動きは訓練を積んだ軍事関係者のものだろう。
よくできたチームワークだ。
戦闘機の群がいっせいに攻撃をしかける。
アバロンが、火砲からのがれようと身をくねらせる。防衛機能を発動させる。白銀の船の周囲を青白く光る遮蔽が展開。
遮蔽を削りながら、さらに攻撃をつづける謎の戦闘機集団。
まるで漁のようだ。
───どうやら、アルビレオの他に、すでにアバロンを獲得しようとしていた者たちがいた、ということだろう。
アバロンはなんと制作者と、謎の軍事組織の両方から同時に追われていたということになる。
頭の痛い事態だ。
アルビレオは沿岸にいる。この事態を把握しているだろうか?
すでにあたり一体には転移阻止の結界が張られているはずだ。
白鯨───アバロンがふたたび次元転移をして逃げないのはそのためだろう。
アバロンがまとわりつく小型戦闘機の集団を振り払おうと、船首に魔方陣を展開。
発動するまでに幾ばくかの時を必要とするようだ。エネルギーを充填する間、攻撃をしかけていた小型戦闘機たちがさっと、白鯨の巨体から散開した。
レイヴンもふと下を見る。幾条もの光線が見えた。煙の尾を曳きながら、白鯨の横腹のあたりに着弾。それは高火力で船の遮蔽をものともせず、装甲をつらぬいた。
見れば沖合に漂っていた巡洋艦からのミサイル砲撃だ。
ふっと浮力を失ったように、アバロンが停止し、海上へと落ちていく。
機能を停止したことを確認すると、戦闘機集団が陸地に向かって飛び去っていく。
かわりに、先ほど艦対空ミサイルを放った巡洋艦がアバロンの落下地点へと接近していく。
狩りは先手をとったものが優位だが……。
───完全に出遅れた。
どうしようかと考えていると、アルビレオから通信がはいった。
「状況は?」
「悪い。俺たち以外に、撃墜されたところだ」
「……撃墜?」
「ああ、どうも追われてたみたいだな。俺たちがここに来るよりも前からだ」
沈黙。
「敵の目的は、アバロンの捕獲だろうね」
正確な読みだ。沿岸からでも、状況を正しく理解しているらしい。
「それで、どうする? どうやら、やつら引っ張っていくつもりみたいだぞ」
アバロンを撃墜した謎の集団は、船を横につけ、中へとはいっていったようだ。
「……船を盗られるわけにはいかない」
「敵は軍人だな。ずいぶん大がかりな任務だ。次元転移門から追跡していた戦闘機も、今、向かってる連中も、ずいぶん前から準備していたようだ。たった一隻の船を手に入れるためにな。お前はどうする? どうしたい?」
聞けば、通信装置から返事があった。
「殲滅してくれ」
「得意分野だ」
竜が鎌首をもたげて、体をぐるりと一回転させる。
それから、錐もみ状に落下しつつ、海上の艦船へと向かう。
落下の速度に加えて、さらに速度を得るために翼で空気を打つ。
弾丸のように、その物体は空から現れ、巡洋艦を強襲した。
上空から一挙に襲いかかり、力場の魔術を発動。巡洋艦を転覆させた後、次元転移船内部へ侵入した者たちを追って、レイヴンもそちらへ向かうことにした。
竜化魔術を解き、いまは人間の姿だ。
「で、どうやって中へ入れば良いんだ?」
通信端末から返答がくる。
「こちらの操作で都度、開ける。アバロンも嫌とはいわないよ」
ということだった。艦内への扉が開くのを待って、侵入する。
元・戦争管理官としては、こういう荒事はお手のものだ。
*
ラワン大佐は、任務の成功を確信していた。
任務は、魔導協会所属の魔導師アルビレオの作り上げた次元転移艦を秘密裏に奪取すること。
アバロンは、究極の艦艇だ。
至宝といっていい。
今後数百年経ても現れない魔導科学の粋を凝らした最新兵器、そのオリジナル。
極光位の魔導士とは魔導界の異端児であり天才である。
その選帝侯アルビレオの手になる作品は、これまでの魔導科学の歴史とは飛躍した、芸術作品としか呼べない代物だ。
この艦艇が重要視される理由は、魔導科学の歴史を超越した異端の代物だからもあるが、それだけではない。この艦艇が人間の住む世界───極北の大結界により行き来を封じられた人間界への潜行を可能にしたからだ。
それも不可視の、誰にも悟られることのない潜行である。
───アバロンは人間界からのあらゆる探査を受けつけない。
どんなセンサーにも引っかかることはない。
この能力を手に入れれば、かならずや魔界諸国家の永遠の悲願である人間界侵略の先駆けとなることだろう。
ラワンはこの艦艇に自らの将来と世界の安寧を託していた。
魔界人類が人間界を完全に侵略することこそ、魔族の悲願である。人間界という共通の敵への侵攻は、戦乱の耐えない魔界諸国家を一致団結させ、魔界の安寧をもたらすことにつながるのだ。
重大な使命を帯びたラワンは、この日のため一個旅団を指揮してことに当たった。
首尾はうまく運んだ。
次元転移に特化した戦闘機は、このべーチアの地へと追いたてることに成功し、そして、占領した天文台のスタッフたちに観測させることで、アバロンの出現場所を特定、海上からのミサイル攻撃により撃墜した。
すばらしい成果だ。
ラワンは、アバロン基幹中枢部、艦船を制御する人工魔導脳のおさめられた操縦席を見回した。
この艦艇の基幹部を解析し、量産する。
新たな兵器が魔界と人間界の戦いに新風を吹き込む。
神聖帝国の未来を乗せたまさしく希望の船だ。
神聖帝国皇帝・勇者ジークフリード様も、さぞお喜びになることだろう。
「急ぎ、術師たちを基地に待機させろ。帰投次第、アークエンジェルプロジェクトは次の段階に入る」
機関中枢部にいる部下に告げる。
「大佐、巡洋艦からの応答がありません」
「なんだと? 通信は」
「それが……応答がなく……目視で確認したところ、大破しています」
「なにが起こったというんだ」
「わかりません。部下からの応答も途絶えています。」
「なっ……! 何者かの攻撃を受けているということかね。こちらの船内の警備状況は?」
軍より帯同した魔法技官に指示を出し、アバロン船内の映像を映し出させる。
映像は惨憺たるものだった。
兵士たちがあちこちに倒れている。その後には血の跡が点々と続く。
「侵入者か……」
切り替えさせたどの地点の映像も同じようなものだった。相当の手練れのようだ。
そして、侵入者はこちらに向かっている。
「くっ……何者か知らんが、こちらからも迎撃しろ」
室内にいる部下たちに命じ、自らもピストルをホルスターから外す。
動き出そうとした矢先、ドアが向こうから開かれた。
「その必要はない」
男の声だ。
姿を現したのは、二十代なかばほどの青年だ。長い黒髪に、黒の外套、片手には血に濡れた東魔刀を携えている。
「賊め、何が目的だ」
沈黙。
刹那の後に完全な静寂が室内を支配した。
*
「で、結局、船はどうなったんだ」
帰宅したレイヴンが聞いた。
「出ていったよ」
とはアルビレオの返答である。
「出ていった? どういうことだ」
アルビレオはため息をついて、テーブルの上の菓子類に手を伸ばした。
あの後、機体のコアを回収し、ラボにこもりきりで二週間。
なにやら疲れきっているようで、顔色には普段見せない疲労の色が濃い。
なので、今回ばかりは多目に見るべきだろう。
チョコレートケーキの皿を手前に押し出してやる。
「あの子がいうにはね。今回の一連の行動は、アバロン自身が軍事利用されることを避けてのものだった、らしい」
フォークを手にしつつ、ぼやくように言う。
あの子、とアルビレオが言うのは船の中枢AIであるアバロンのことだ。実際にAIが会話をするのかどうかは不明だが、この魔導師なりに人格を見いだしているらしい。
「……それにしては、きなくさい連中にまとわりつかれていたようだが」
あの後のことを思い出す。アバロン船内に乗り込んだ後、指示通りに武装集団を殲滅した。その時わかったことがある。身なりや所持品から、彼らは神聖帝国の軍人だろうと推測できた。
つまり、アバロンを追っていたのは軍で、あの船にはそれだけの価値があるということだ。
「本格的な戦闘用の装備はつんでいないからね。あくまで試験機の段階で、本格的な運転を開始する前に、逃げ出してしまったから」
アルビレオは質問の意図を、別の意味に受け取ったようだ。
あるいは、彼は周囲の思惑に興味など無いのかもしれない。おそらくそうだろう。
レイヴンはとりあえずは納得して、話を進めた。
「なぜ、制作者であるお前からも逃げるんだ。軍事利用でもするつもりか?」
「……アバロンは僕を乗り手として不適格、と見なしたんだ。試験機とはいえ、軍事利用されうる装備をつんだのは僕だから」
「軍事利用されうる装備?」
チョコレートケーキを口に運び、飲み込んでからこともなげに答える。
「偽装兵器だよ。位置探査から視覚情報まで、ありとあらゆるセンサー類を無効化する魔術障壁をつねに発生させている。それはアバロンの基幹部に組み込まれた半自立型の機能で、はやい話があの船は誰にも気取られず人間界に行けるんだ」
「それは……」
とんでもない話である。
人間界侵攻は魔界諸国家の悲願であり、侵攻作戦はいずれも地上と魔界の境界にあたる大結界で阻まれてきた。
秘密裏に、人間界へ侵入できるとするなら、これまで以上に多くの作戦を展開できる。
革新的な技術だ。
「……だけど、僕はこりごりだよ。船に人格なんてもたせるんじゃなかった」
「そういえば、アバロンはどうなったんだ?」
聞けば、ゆっくりと首をふった。
「……やっぱり僕を乗せるつもりはないってさ。僕には船は必要ないだとかなんとか、わかったようなことまで言うし、パイロットは自分で見つけたいらしい」
「それは、なんというか……自立心にあふれてるな」
「あーあ、くだらないよ。自分の言うことをきかないものをつくるなんてね、時間の無駄だった」
「だが、無理やり言うことを聞かせたりしなかった」
「……できるならしている。他者からの指令を聞いたりしない、だから信用できるAIなんだ」
「そういう意志を与えたのはお前だろ」
「好きに言ってろ」
ふてくされたような顔をしている。ケーキを食べもせずにつついているアルビレオに、飲み物をいれてやる。
「二隻目を造ってみるのはどうだ?」
「船は、躯体を創るのに時間がかかりすぎる。それに失敗したアプローチに興味はないよ」
というわけだった。
つまらなさそうに吐き捨てるアルビレオを見ていると、ふと興味が湧いた。
「そもそも、なんでアバロンが必要だったんだ。秘密裏に人間界に行きたいのか? つまり、密航ってことだが……それほどの理由が、お前にあるのか?」
息を呑む。その表現がぴったりな顔つきだ。
一瞬だけ、驚いた後、気まずそうに視線をそらす。
「別に……そういうわけじゃ、ない」
皿を持って立ち上がる。
「どこへ行くんだ?」
「ラボ。やり残したことがあった」
急がしそうなフリをしつつ、キッチンを出て行く。
少年の背中を見送った。
アルビレオという魔導師の目的はいまだに不明だが、どうやらそれは人間界に関係することらしい。
今はまだ深く問い詰める気はおきなかった。
詳しいことはそのうちわかる。やつとは長い付き合いになるからだ。
とりあえず今は、菓子類以外の食べ物を食べさせる方策を考えたほうがいくらか有意義だった。




