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太陽

 茶色い髪に線の細い顔立ち。

 彼女はほがらかな女性だった。

 彼女といると、あたたかな陽だまりの中にいる心地ここちがした。

 彼女が幼子を抱いている。

 こちらに赤子が手をばしている。

 小さな手で懸命けんめいに手を伸ばす。

 おっかなびっくり赤子の手に触ろうとすると、彼女は微笑ほほえんだ。

 まるで太陽のように。



 つかの間の眠りから目をさまし、手を伸ばす。

 その手が誰かに受け止められる。大きな手だ。骨ばっていてかたい。

 視線をその人物の方に向けた。


「親父……」


 母親(ゆず)りの茶色い髪に、線の細い顔立ち。


「エリックか」


 周囲を見る。病室の寝台の上にいた。


 ───わしは負けたのか。


 エリックが目に涙を浮かべて、こちらを見る。


「馬鹿野郎……本当になにやってんだよ。そんなこと、母さんが望むわけないだろ」


 そんなこと、か。そうかもしれない。


 ───最強の王となること。


 自らが最強の王となり、魔剣ラグナロクを手に、彼女を奪ったものたちへと復讐をげる。

 それが儂の成し遂げたかったことのはずだった。


 ───だが、それは、本来、どうでもいいことだったのかも知れぬ。


 彼女を失った自分が許せなかった。

 己の弱さを、あさはかさを憎んだ。

 そうして、己のみを見続けていた。

 過去のみに目を向けていれば、彼女を失った悲しみを見なくて()む。


 ───儂は、ただ、悲しかったのだろう。


 ただ、それだけのことを受け入れるのに、これだけの時間がかかってしまった。

 過去の追憶に囚われ、彼女ののこしたものにも、目を向ける余裕がなかったとは……。

 黒髪のあの剣士の言葉が蘇る。

 王である以前に、父親失格だ。 


「……そうだな」


 エリックの手を握り直す。

 息子の手は、記憶にあるよりも、はるかにたくましく、一人前の職人の手になっている。

 こんなことにも気づかなかったとは。


「本当にそうだ。もう一度、出直しだな」


 エリックが顔を上げる。

 イスランデの王としてではなく、一人の父親として。

 もう一度、向き合うことができるだろうか。

 大切な家族と。


 *

 イスランデ王立病院のVIPルーム。

 その戸口から僕は病室の様子を(のぞ)き見していた。

 中には意識を取り戻し、回復したバルムンド王とエリックくんが語り合っている。

 僕らは、お見舞みまいに来たのだ。


「いい雰囲気だ。親子の和解、そして、再出発、いいよね、最高のシナリオだ」


 僕が涙ぐむ。

 隣で、レイヴンが言った。


「アルビレオ、こういう時は静かにしておくんだぞ。あとお前、他人の親子のそういうのでも泣けるんだ」


 僕らに気づいたバルムンド王が、病室のベッドの上から声をかける。


「そこの小童こわっぱ

「僕?」

「違う、そっちの勇士よ」

「君だって」


 レイヴンは僕の両手からフルーツの盛り合わせの入ったバスケットを取り上げると、病室に入っていった。


「なんだ。こちらお見舞いの品だ。バルムンド王につきましてはこの度のご無礼の数々をふかく謝罪申し上げます。俺を指名手配などせずにスムーズに出国させていただけると幸いなのですが」


 フルーツ盛り合わせを差し出すと、深々とベッドの上のバルムンド王に一礼するレイヴン。


「うわっ、すっごい下手(したて)に出てる」


 僕は、ぺこぺこしているレイヴンをじっくりながめた。

 バルムンド王は謝罪には興味がないようで、こう言った。


「何を言っておる。戴冠式たいかんしきに出席せよ」

「ああ、エリック、王になるのか、やったな。親父さんの後をついで達者(たっしゃ)にやれよ」


 エリックくんの方を向いて、レイヴンがおだやかに微笑ほほえむ。

 わかりやすく肩の荷が降りた表情だ。


「何を言っておる。お主だ、レイヴン」

「は?」

紆余曲折うよきょくせつはあれど、お主は、儂を打ち破った。大武闘会の優勝者だ。イスランデ王の座と、ラグナロクを受け取るがいい」


 重々(おもおも)しく、バルムンド王が宣言する。

 レイヴンが重々しく答えた。


「……つつしんで、辞退させていただきます」

「ならぬ。決めた。そなたを儂の後継者とする」


 梃子てこでも動きそうにない決意のこもった声音だ。

 レイヴンは王の意思を変えられないと悟ると、その長男に目を向けた。


「エリックはそれでいいのかよ。王の後継あとつぎがいきなりどこの馬の骨かもわからんやつになって。もっと怒るべきだろ!」


 エリックくんは、怒るどころか、むしろ信頼のこもった目をレイヴンに向けた。


「いや、俺はかえって、ありがたいなと思ってるんだ。もともと王なんて向いてなかったしさ。それに、今は、俺、職人として本気でやっていきたいと思ってるんだ。いつか、親父もこえるイスランデ一の鍛治職人になる。なってみせる!」


 決意に満ちたキリッとした表情。

 これからの展望てんぼうを語るエリックくんに、横合いからバルムンド王が口を出した。


「ふん、生意気ぬかしおって、魔導をおさめぬうちはまだまだハナタレじゃ」


 言いつつも、バルムンド王はエリックくんの実力を認めているようだ。

 魔術については、もしかしたら、父親みずから教える気があるのかもしれない。

 バルムンド王は優れた魔導士でもある。

 病室には、未来を切り開いていこうとする若者と、それをあたたかく見守る父親の姿があった。

 いい雰囲気だ。

 約一名をのぞいて。


「いや、待て、絶対おかしい。ありえないだろ。俺は、ぞくだぞ」


 レイヴンが一人、抗議しているが、どうやら無視されそうだ。

 孤軍奮闘しているレイヴンに、僕は戸口から声をかけた。


「やあ、イスランデ王レイヴン。僕はそろそろ家に帰るけど、君は戴冠しておいたら? 一生に何度もあることじゃないしさ」

「ま、待て、俺を置いていくな」


 レイヴンが僕の後を追って病室を出ようとするが、時すでに遅し。

 僕と入れ替わりに、病室の前に立っていた、VIPの警護兵たちが病室に雪崩なだれこみ、レイヴンを取り押さえようとしている。

 どうやら、事前に、イスランデ武闘会の優勝者の捕縛命令が出ていたようだ。

 背後で大騒ぎしている気配を感じつつ、僕は病室を後にした。

 親子水入らずの団欒だんらんを、邪魔するほど僕は無粋ぶすいじゃないからだ。

 レイヴンはどうするのかって? 

 あいつはあいつでなんとかするだろう。


 *

 イスランデ大武闘会から一週間ほど経った。

 イスランデで起きた大騒動───街中に湧いた魔物モンスターの駆除や今回の武闘会で発生した負傷者の治療や死傷者の蘇生があらかた終わり、魔導協会の精鋭医療術師チームが引き上げていく頃になると、ロスガルの街中もいつも通りの日常を取り戻し始めていた。

 レイヴンはというと、イスランデ武闘会の優勝者としていろんなところで引っ張りだことなった。

 まだ世論は、バルムンド王の退位や、新たな王を迎えることに紛糾ふんきゅうしていたが、おおむね好意的な風潮だ。

 なんというか、やはり魔界は、というより魔族は好戦的なものが多いからか、実力で武闘会を制したレイヴンを認めているらしい。


 本人はというと、まったくその気はないようだ。


 好奇の目を逃れるために、イスランデ支部で、3食昼寝つき11時間睡眠にいそしんでいたりと、まあ、ダラダラしていた。今回の武闘会での一番の功労者なのでそれでもいいが、油断しすぎじゃないだろうか。

 ここを根城ねじろにしていることはバルムンド王には筒抜つつぬけだ。

 司祭のベルリッツくんとバルムンド王はズブズブ。

 ガッチリ組んで内通している。

 そんなわけで、レイヴンは今朝方けさがた、支部を訪れた戴冠式のスタッフに引きずられていった。どうやら予行演習やらなにやらこまかい打ち合わせがあるそうだ。

 レイヴンが戴冠式をサボるだろうというバルムンド王の慧眼けいがんによるものだ。何もかも見抜みぬかれている。


 クオンは、昼頃ひるごろ、レイヴンには顔を見せずに、去っていった。


 ひと足さきに東魔へと帰るそうだ。

 せっかくなので、僕は彼女を世界監視機構に誘ったのだが、彼女は真剣な様子で首を横に振った。


「私は、まだまだ未熟者だ。もっと鍛錬たんれんをつまねばならない」


 とかなんとか。

 それが、彼女が東魔へと帰る理由らしい。

 僕にはよくわからない。

 世界監視機構にはレイヴンだっているんだから、修行を積むなら、レイヴンと一緒にやればいいのに。

 その後に、彼女は、僕にこう言い残した。


「先輩を、よろしく頼むぞ、魔術師」


 あいつをよろしくされても困るんだが。

 だけど、そう言い残した彼女は、去り際、すっきりした顔を見せた。

 なんというか、つきものが落ちたかのような、晴れやかな笑顔。

 彼女は軽やかな足取りで、イスランデ支部を後にした。


 ───で、僕である。


 僕はイスランデ支部の時計台のそびえる屋上にいた。

 屋上には僕以外に、人気(ひとけ)は無い。

 ここで何をしているかというと、今回の事件で穴が空いた領土結界グラン・ウォール

 そのロスガル市上空の結界の現在の状況をサーチしておくためだ。

 領土結界の修復には協会から専属の空間構築術師が来るはずだが、その前に、ある程度(ていど)の状態のレポートをしておいてあげようという僕なりの真心だ。

 ちなみに領土結界の修繕をするたびに僕は、結界内にバックドアを仕込しこんでいる。このおかげで僕だけはどこの国でもフリーパスなのだった。


 風を感じる。青い空には黒点はない。明るい太陽が見えている。


 午後の日差しはあたたかで思わずあくびが出そうだ。

 WANDを(ひざ)に置いて、思わずうつらうつらしていると、僕の座っているベンチに、ふいに影がさす。

 僕は顔を上げた。

 モクレンだ。


「あたし、そろそろ帰るわ。ここもなかなか楽しかったけど、そろそろライゴウ殿下が心配だもの」

「そうか……さびしくなるね」


 何度も協力してもらったが、彼女はあくまで東魔の宮廷呪師である。

 彼女は僕のとなりに腰を下ろすと、優しくこう言った。


「だから、帰る前に、あなたにもう一度聞くわ。アルビレオ、国を持つ気はない?」

「……ない」

「あたしはあなたの心を読んだ。だからわかる。あなたの記憶はある時点から真っ白だった」


 僕は視線をらした。

 モクレンは次元呪縛牢イリュージョニウムで、僕の心を読んだ。

 あの時、彼女は、僕の両親についての記憶を探ったはずだ。

 たいした記憶は出てこなかっただろう。

 僕は両親の記憶はない。

 どころか、僕は、名前も出自も、全く記憶がない。

 僕が、今の僕になる以前の記憶は何も存在しないのだ。

 今の僕はアルビレオと名乗っているだけで、なぜこの魔界にいるのかもわからない存在だ。

 鬼の呪師ならあるいはと思って、心を探らせたが、結果は僕と同じようだ。


「……あたしのつかえるライゴウ王子は、あなたを心良く受け入れることでしょう。この魔界に帰るべき故郷をつくるのはどう?」


 モクレンが優しく問いかける。これは本当に僕を思いやっての発言だ。

 記憶のない自分を受け入れて、新しい場所で再出発をした方がいい。

 そう言われている。

 自分を受け入れてくる居場所で、大切な人たちを作るべきだと。

 いるかどうかもわからない両親を探すより、ずっと現実的で、幸せな道だ。

 東魔の王子が後ろ盾となってくれたら、どこでも優しく扱ってくれるだろうし、友達も仲間もできる。もしかしたら、恋人だってできるかもしれない。

 僕もそれは何度も考えたよ。

 でも無理だった。


「……少なくとも、僕の帰るべき場所はひとつだけ。それをずっと探している」


 僕は僕という存在のルーツを探している。

 どこかにいるはずの僕の両親を探し出し、僕が何者なにものかをはっきりさせる。

 両親がいるか、いないか。

 それすらわからないのだが、僕が、記憶のない僕が、両親への執着(しゅうちゃく)だけは確かに感じている。

 両親からの愛情への強い渇望(かつぼう)

 記憶のない人間が持つはずのない、呪いのような執着。

 そんなもの捨て去ってしまえれば楽なんだが、どうしようもなかった。

 だが、この執着は、おそらく鍵になるはずだ。

 この渇望に従えば、真っ白な記憶を取り戻す()()()()になるはず。

 それまではモクレンの言うような新しい人生を送る気にはなれない。


 ───僕の目的は、いつか自分の記憶を取り戻し、家に帰ることだ。


 それがどこかも、わからないのだが。

 僕は言いわけするように続けた。


「あと、政治闘争とか向いてないし、選定候としては、もう少しまともなやつを探してくれ、僕より宮廷魔術師が得意なやつで」

「あなたほど真っ白な人はいないのよ」


 モクレンが唇をとがらせる。

 僕の記憶も、経歴も、真っ白だ。

 どこの国の出身でもないし、人種としてもどこかに肩入れすると言うことはない。 

 たしかに選帝侯としては、貴重な人材だろう。


「みんなそれだな。君も魔導師なら自由に生きるべきだ。自分の望みのままにね」

「……あたしの望みは、東魔国の存続よ。それ以外にないわ」


 僕はアルスノヴァの予言を思い出した。

 東魔国はいずれ滅ぶ。()()()()()()()()

 モクレンは僕の表情の変化には気づかずに、さっと立ち上がった。


「いいわ、気が変わったら、東にもいらっしゃい。友人としてね。今度はあたし特製のアップルパイでもご馳走ちそうするわ! あの竜も、連れてきたらどう? ラガ家でなら滞在たいざいを許してあげる」


 どうやら、勧誘はキッパリとあきらめて、帰るらしい。

 モクレンが階下へと続く階段に向かう。

 時計台のそばにある階段は、影になっている。

 その影に(かく)れた場所に向かって、彼女は口を開いた。


「あら、奇遇きぐうね。戴冠式はどうしたの、レイヴン」


 彼女は去っていく。入れ替わりにフラッと男が現れた。

 バツの悪そうな顔だ。

 戴冠式の衣装はどうしたんだ。こいつ。

 予行演習とはいえ、パリッとした服を着せられたはずだが、勝手にいつもの黒コートと簡素なシャツとズボンへと戻っている。

 というか、どうやって抜け出してきた。

 僕の前にやってくると出し抜けにレイヴンが切り出した。


「早く家に帰ろう。アルビレオ。早ければ早い方がいい。今日中に、イスランデを出発しよう。あの爺さんの政治力やばいぞ。王だなんだは称号的なものかと思ってたが、このままだと、俺は、正式にバルムンド王の義理の息子にされる」


「レイヴン・ガルケルになるのか。いい刀鍛冶かたなかじになれよ」


 僕はこころよく送り出した。


「人聞きの悪いことを言うな!」


 レイヴンがあわてふためいた様子で叫ぶ。本気で嫌がっているようだ。


「とにかく、早く帰らねえと。イスランデ王になるなんて冗談じゃねえ。その領土結界だなんだのの作業はいつ終わる」

「一ヶ月ほどかかるかな」

「なっ……」


 レイヴンが静かに冷や汗を流している。


「嘘だよ。もう終わった。修復は、協会の結界構築術師にまかせるし。でも変なの。王様にしてくれるっていうなら、してもらえばいいだろ。玉座に興味がないなんて」

「俺みたいなのはな、王様なんて向かないんだ」


 しのごの言っているが、ようはやりたくないのだ。

 僕は、肩をすくめた。

 まあいいさ。

 僕としても、用事は終わった。

 僕の用事と言ったら、ただ一つ。


「いいとも、それより魔王兵器ラグナロクは?」

「ほら、これだ」


 レイヴンが剣帯に吊るした刀の(つか)を見せてくれる。

 魔王兵器ラグナロクは、力を失った後、打ち直してもらっていたのだ。

 “エリックの武器屋”に。

 レイヴンはしっかり武器屋によって、とってきてくれたようだな。


「ならばよし! それじゃ、帰るとするか、僕らの屋敷へ!」


 僕は言った。

 イスランデでの事件はまったく馬鹿騒ぎの一大イベントだったが、僕は当初の目的をしっかり果たした。

 魔王兵器ラグナロク。ついでにその全データ。

 今は全部、僕の手の中だ。

 僕は立ち上がると、トランクケースを手に持った。

 爽快な気分だ。僕らの未来には明るい風が吹いている。

 僕らは、廃棄都市イルミナの次元構造体ダンジョン“屋敷”への帰路につくこととしたのだった。


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