イスランデ大武闘会決勝戦
いやはや、戦争めいた有様だ。
王立自然庭園。
通常なら、入館料無料の美術館や洒落た喫茶店が並ぶ、風光明媚な観光地だ。
そんな場所にまさかドラゴンがヘリを抱えて落下してくるとは、世も末というほかない。
壮麗な薔薇の花壇も、優雅な桜やマグノリアの木々も、15台ほどの小型戦闘機械兵ブリッツの走行用キャタピラに踏み躙られ、いまや、鉄と血、火薬の煙に彩られている。
僕は王立博物館を出たところの交差点で足を止めた。
レイヴンのいる場所まで徒歩で向かうのは遠すぎるし、それにどうやら、時間に余裕はなさそうだ。
蟲で監視していた通信回線から拾った情報によると、戦況はこうだ。
レイヴンはバルムンド王を追いつめた。
その胸の契約石を蹴り砕く寸前までいった。
だが、その刹那、死角から突進してきたブリッツの隊長機に撥ね飛ばされたらしい。
捨て身の特攻だ。
レイヴンはバルムンド王に、ラグナロクを使わせないように集中していたのだろう。突進してきたブリッツは、レイヴンを瀟洒な大理石の東屋まで引きずっていくと、壁に磔にするように叩きつける。
かなりの衝撃があったはずで、普通の人間ならダンプカーに跳ね飛ばされたようなものだ。ミンチ確定だ。
だが、レイヴンは力場を逆方向に流すことで解決したらしい。
まだ、五体満足で生きている。
つくづく無法な魔術だ。
彼の持つ力場───エネルギー操作の魔術とは、本人の肌感覚で、ありとあらゆる力の向きや、大きさを操作できるのだ。
いわば、サイコキネシスのようなものだ。
自分が発するエネルギーだけじゃなく、相手側のエネルギーも操作できるらしく、レイヴンができることの応用範囲はとても広い。
魔術というものは、扱う対象が抽象的になればなるほど強い。
エネルギーなんて、抽象的かつ大雑把な事象、応用範囲が広すぎて強いだろう。
例を挙げるなら、火を操る、だけなら火しか使えないのだが、燃焼させる、とか、発火、とかになると魔術としてはグッと強くなる。
魔族の持つ魔術とは持って生まれた魂の発露───本人のオリジナリティのあらわれだ。
魔族の扱う魔術は身体感覚と密接につながっている。
レイヴンは力場という不可解な事象を、自分の体の延長として捉えているようだ。上手い使い方だ。竜の体の体長と重さ、これがレイヴンが力場を自由に扱える範囲。
この手の魔術を僕が扱うと、エネルギーの大きさから、向き、何秒発動させるか、どこの座標にエネルギーを加えるか、などいくつもの細かい設定が必要になる。
扱いが極度に難しい魔術だ。
一旦は身体感覚と捉えておいて、日常の動作と共に習熟してきたこと、これが彼の強さの秘訣だ。
やはり魔術とは、基礎練。積み上げた弛まぬ努力が物を言うジャンル。
単純にレイヴンの肉体が強いのもある。
魔族の肉体は、通常人類の数倍以上の頑強さだ。組成がそもそも人と違う。筋肉の質、密度、骨の組成。
純粋魔族であれば、心理領域を介さずに、魔力は心臓と脳に満ちる。
ゆえに魔導心脳と呼ぶ。
早い話が、魔力に適合した人類が魔族だ。
そんなことを考えている間に、レイヴンがピンチだった。
僕は通信回線に耳を傾ける。
大体こんなようなことが起こっている。
ブリッツの隊長機に乗った兵士が叫ぶ。
『ウォオオオオオ! みんな陛下を守れぇえええ!!! こいつをここで仕留める!!!』
『隊長! 危険です、早く退避を!』
『俺のことはかまうな! 俺ごとやれ! イスランデに栄光あれ!!!!!』
やべ。自爆しそうだ。
僕が周辺を確認したところ、レイヴンを大理石の壁に磔にし、拘束しているのが隊長機。
さらに東屋の周囲を取り囲むように、残りの14台のパイロット部隊が円陣を組んで包囲している。
14台のブリッツは雷撃収束砲の充填を開始。
隊長機がレイヴンの足を止めている間に、残りのブリッツの雷撃収束砲の一斉砲火で、隊長機ごとレイヴンを仕留めようとしているようだ。
力場の魔術は最強のドラゴンが操るに相応しい最強魔術だが、問題点が一つある。
一度に一ヶ所しか攻撃できないんだな。竜の尻尾は一本しかない。
ときにこういう連携したチームプレーがドラゴンを退治することになる。
人間の集団的組織力の勝利。チームプレーこそ人類の本領だ。
圧倒的個人主義の魔族たちにはない強み。
この場合、力場で隊長機を振り払えば、包囲されている雷撃収束砲が炸裂。
360度からの一斉砲火に逃げ場はない。
隊長機を振り払わずに、周囲を取り囲むブリッツを潰せばラグが大きすぎる。
レイヴンは隊長機の自爆特攻に巻きこまれて死ぬ。
『ウォオオオオオ! みんな! 先に逝く!!!!!』
隊長機から決死の叫びが聞こえてくる。
自爆が開始されたようだ。
三秒後に爆発しそう。
僕はレイヴンに連絡を入れた。
「そちらに割り込む。身近な敵を先に振り払ってくれ。雷撃収束砲は僕がなんとかする」
返事はない。僕を信用してくれたようだな。
よし。時間もないことだし、転移を開始しよう。
とはいっても、僕が単身テレポートするわけじゃない。
そんなことしたら、僕は黒焦げだ。
僕がやるべきことは、城壁を運ぶことだ。
城壁というのは、あらゆる敵を阻むもの。
トランクケースの取っ手を強くつかむ。
僕は、ありとあらゆる手段をこのケースに入れて持ち運んでいる。
蟲に、鼠、床下や壁に潜むものから、武器、盾、火薬瓶に白銀の騎兵たち。
そんなものをすべて収納する場所をどう呼び表すかというと、一言にいって、これは城だ。
トランクケースを起動。
城としての本来の機能。
詠唱による実体解放シーケンス開始。
「【我が名の前に虚な扉を開くがいい】」
僕の周囲に、それ、の枠組みが構築される。骨組みが組み上がり、外壁が展開。魔導術式による次元構造物が瞬時に出来上がる。
今いる場所から、ゼロ空間へと転移される。
ダンジョンマスターが構築したダンジョンはゼロ空間に張り付けられたもの。
では、最高位の空間構築術師である僕だって、僕自身のダンジョンを持っていてもおかしくない。
空間支配者のダンジョンというものは、転移する杭を持つ、移動城塞。
ゼロ空間を跳ね飛ぶ、無限の城。
「【次元構築城塞】【彷徨える記録保管庫よ】」
パッとその場から跳躍し、僕は次の瞬間、レイヴンのいる場所へと転移した。
*
体ごと突っ込んできた小型魔導機械兵ブリッツを力場で押さえつける。
接近戦、かつ拘束されると力場は扱いづらい。
こちらに組みついてくるブリッツを無理やりを引き剥がし、放り投げる。
自爆装置を作動させたブリッツ隊長機が5メートルほど前方で爆発。
炎上。
あっけない死に様だ。
だが、隊長機は役目は果たした。
俺をここに一瞬でも釘付けにするという役目だ。
円陣を組むように周囲を取り囲むブリッツ、総数14台。
両腕に組み込まれた魔導加工付与兵装・雷撃収束砲が充填完了。
青白い雷光が騎兵の両腕に輝き出す。
発射。
わずか数秒の遅れ。それが致命的だ。
───あの隊長機が命がけで作り出した隙。
上に飛んで逃げるか。
いいや、飛べばラグナロクの餌食だ。ブリッツという壁がなくなれば、バルムンドは必ず打つ。直上への飛行は、動きが読みやすく、最も当てやすい。
では、横に回避する。
これも無理だ。
円陣を組んだブリッツたち。これは包囲した相手を雷撃収束砲で確実に殺すための一斉砲火だ。
射線が集中している場合、平面上ではどこに逃げても当たる。
ゆえに必殺の円陣。
チームとして、国として持つ最強の力───集団戦術。
目の前に幾条もの雷光が殺到する。
視界いっぱいに広がる白熱するスパーク。
───さすがにこれを喰らったら、俺も死ぬか?
竜の姿であればともかく、今は魔力装甲のない人間の姿だ。
おまけに防御に回す力場も使えない。
───それならそれで、まあいい。
その時が今来たというだけだ。
明日、死んでも構わない世界だ。そう思って生きてきた。
世界とは、数多の命を踏み潰しながら回る、予定調和の機構。
で、あるならば、俺が死んだところでさほど変わりはしない。
踏み潰されるべき一個の命には、たいした価値がない。
踏み潰す側から、踏み潰される側に回ったとしても、同じことだ。
だが、どう足掻いても、世界は美しかった。
どんなに絶望しても、どんなに悲しくとも。
春の桜が一斉に散りゆけば、花びらの行く先に心が奪われる。人間はそんなもんだ。
人の悲しみには目もくれず、世界はひたすらに美しい。
だから走ろうと思った。
辿り着く場所がどこであろうと。
そこが自らの滅びだとしても。終わりに向かって、命を燃やすべきだと。
落日のように。
こういう結果になったのは意外だが、後悔など微塵も感じない。
やっぱり俺はなにかが欠落してるんだろうな。
諦観とともに前方を見つめる。あの時とは違う。アルビレオに撃墜された時、必死に手を伸ばした時とは。
こうしている今、あの時、掴みたかったもんが見つかるかとも思ったが、ダメだな。何も感じない。心が凪いでいる。
せめて生への執着や後悔がかけらでもあれば、死の間際に何か見つかったと思えるのだが……。まったくない。
目を凝らしていると、次の瞬間、ありえないものが見えた。
眼前に、文字通り、虚空から割り込んできた、その姿。
白熱する雷撃の光を前に、純白の、裾の長いマントが翻る。
「間に合ったようだ」
そいつは片手に、天球儀のついた杖を携えている。
「【次元構築城塞】【彷徨える記録保管庫よ】」
そいつは俺の前に立ち塞がる。
俺を守るように。
「この僕がいて、僕の使い魔が負けるわけがないだろう!」
そいつが不敵に笑って、肩越しに俺を見る。
強靭な意思の秘められた鮮烈な翠の瞳。
アルビレオがそこにいた。
*
絶体絶命のピンチに空間をねじこみ、現れたのは。
そう、僕さ!
レイヴンからはこう見えただろう。いきなり目の前に煌めく光の壁ができたように。というか、僕がいきなり現れたことにも目を丸くしている。
さぞ驚いたことだろう。
いつも持っているトランクケース。
普段は縮小してカバン型になっている、次元構築城塞・彷徨える記録庫は僕の移動ダンジョンだ。
魔導士は勝つために、入念に準備をするものだ。というなら、僕だって、入念に事前にありとあらゆる準備をしている。それがこれだ。構築済み移動ダンジョン。
世界中のどこだろうと一瞬で現れる神出鬼没な次元転移式ダンジョン。
空間を転移し、あちこちから備えを取り出すことができる動く武器保管庫。
シルヴィアを格納しているイルミナの兵器保管庫とも繋がっていて、次元構築城塞を通すことで、転移を実行しているのだ。
その他、魔王兵器もこのダンジョンの階層の深いところに封印されていて、転移には時間がかかるが、トランクケースからの出撃が可能だ。
つまり空間を、跳躍する移動城塞。
魔王兵器を格納する関係上、僕はこのダンジョンの外敵防御力を高めることにこだわった。その成果が目の前の光の壁だ。
雷撃収束砲をもろに受けて、煌めいている不可視の防壁。
これは地上部分に露出させた次元構築城塞の一部。
城壁に当たる部分だ。
空白と呼ばれる立方体構造物の敷石を積み上げて作った代物で、一度、空白を通すことで、あらゆる攻撃の方向を捻じ曲げている。
つまり物理的な距離を操っているんじゃなくて、方向を変えている。
空白を通った攻撃のエネルギーは空白の敷石を通り、霧散する。
その霧散するエネルギーの飛沫が、本来見えないはずの不可視の城塞の石壁を瞬間的にわずかに輝かせている。これが光の壁の正体だ。目の前で輝いているのは吸収され分散される雷撃収束砲の光ってわけ。
移動と防御を兼ねた動く次元城塞が僕らを雷撃収束砲の一斉砲火から守っている。
「危ないところだったが、割りこめてよかった。さあ、反撃開始だ」
僕は言って、後ろを見る。
レイヴンが僕を変な顔で見ていた。
動揺と驚愕の入り混じる、ギョッとした表情だ。
なんだこいつは。
レイヴンが呆然とした様子で言った。
「な、なんつー無茶な真似を」
「何を言っているんだ、今さら。雷撃収束砲は僕がなんとかすると言っただろう」
「いや、まさか、俺の前に出るとは……、危ない真似すんなって言ったよな。銃の前や、武器を持った人間の前に出るなって、何度も」
言われたかもしれない。
僕は遠い過去を振り返った。
「覚えがないが」
僕は言った。都合の悪い過去は振り返らない主義だ。
「こっの、イカれ魔導士が……」
「そんなことはどうでもいい。今は敵を倒す方が先決だ!」
僕はキリッと前方を見据える。
たしかに、現実世界へと次元構築城塞・彷徨える記録保管庫を出現させるのは間一髪だった。
タイミングが一歩ずれていたら僕は今頃……真っ黒焦げに焼けこげていたはず。
だが、それがなんだろう。転移は成功した。
「とにかく、俺を守る必要はない」
レイヴンがまだ変なことを言っている。
「はあっ? 君、雷撃集速砲で焼き鳥になりたかったのか?」
いや、焼きドラゴンかも。
どっちだろう。
「……違う、捨て置けと言っている。たかが道具の一つなんだから、自分の命を危険に晒すんじゃない。司令官を気取るなら心得ておけ、手駒の命は軽いもんだと」
ピキッときた。
こいつは。
この期に及んで僕の神経を逆撫でするようだな。
「まだ僕のことがわかってないようだな、レイヴン。君が、あくまで僕の手駒だというなら。君の運命はな、この僕が決めるんだ!」
レイヴンが目を見開く。
驚愕しているらしい。
「君が僕のものだっていうなら、僕のものの生き死には僕が決めるに決まってるだろう。僕は決めた。君は勝つ。ほら、わかったならさっさと実行するんだな」
「ええと、その理屈なら、そうなるのか……!?」
「……そうなるとも。なぜならこの僕こそ、狂える星のアルビレオ! 僕が決めたことは僕が実行する、僕じゃなくても僕の使い魔が実行する。僕は、僕の意思のままに生きてるし、僕の意思のままに君を助ける。誰にも邪魔をさせたりしない。僕という機構がそう言っている!」
「横暴だ」
「横暴で結構。次、また同じこと言ったら、クビだ」
「それは困る。永久在職権をもらうまでは意地でも死ねないな」
僕が言うと、レイヴンがいつもの顔に戻った。
いつもの飄々とした顔だ。
レイヴン───こいつ、さっき、何を考えてたのかわからないが、たぶん、ろくなこと考えてないな。
まったく、この僕こと最高司令官が、あれこれ言い聞かせてやらないとダメなようだ。
「君を雇ったのは、ボディガードなんてチンケなことをさせるためじゃないぞ。壁も城塞も間に合ってる。僕に必要なのは、剣だけ! 城から出撃するべき、最強のドラゴンだけだ! 行って、ぶっ倒してこい!」
僕は前方を見た。ちょっと長話をしすぎたな。
ブリッツ集団が二撃目を放とうと充填開始している。
向こうも、こちらを守る防壁がどういった魔術なのか、不明なのだろう。
通常の防御結界と見てとって、火力で割ろうとしているようだが、笑止千万だ。
僕の次元構築城塞がそんな単純な作りをしているわけがないだろう。
レイヴンが言った。
「勝ってくる」
「まかせた。僕は、ラグナロクを停止させる」
僕の横を通り過ぎて、レイヴンが動く。
僕が展開した不可視の城壁。その空白の敷石が彼の出撃に合わせて一瞬だけ、門のように左右に開く。
レイヴンが進む先、目視できる範囲に、力場が降り注ぐ。
次の瞬間、雷撃収束砲を充填させていたブリッツたちがまとめてめちゃくちゃに潰れた。紙切れでできた人形のようにペシャンコだ。
レイヴンがキメにかかっているようだ。
彼が一歩歩くごとに、敵が圧壊していく。
僕が見るに、あれは30トンじゃないぞ。
あくまでデフォルト状態の力場が、彼のドラゴンの大きさ、体重を基本にしているだけで、竜の魔力を上乗せすれば、威力も範囲も可変だ。
───こいつはこいつで、魔力をセーブしながら戦っている。
魔族の体に魔力が宿る関係上、魔力不足は人間よりも深刻だ。
魔族の魔力不足というのは即死につながる。
安全装置なしの暴走機体。
だが、もはやセーブする必要はないと判断したのだろう。
出し惜しみなし、全力で行く気だ。
僕が来たからには、勝つだけだ。
*
目の前で、紙切れのように鋼鉄の騎兵たちの装甲が潰れていく。
その男の一歩、一歩が重たくのしかかる。
仕留めたはずだった。
機械兵たちの連携。チームプレーは完璧だった。
敵を灰燼に帰す雷撃収束砲の必殺の円陣。
だが、たった一手。
───たった一手、防がれただけで、形勢は逆転した。
男の背後に、純白のマントの裾が翻る。
イスランデで起こる全てを裏から操り、今まさに形勢をひっくり返して見せた男。
魔導協会の白い正装。13人の最高位のみに許された戦装束。
ならば、この者は。13選帝侯!
その魔導士と共にいるこの黒衣の男。
魔王───その候補の一人。
世界の玉座を手中におさめんとするものだ。
「くくく、なるほど、儂は、世界と戦っておったということか」
選帝侯の見出した13人の魔王候補。
いずれも強大な魔族であり、最強の王であるべき生物。
目の前に立つ男がそうであるなら、なおさら、倒さねばならぬ。
選帝侯によって見出された王を打ち倒し、今こそ自らの王としての器量を諮るとき。
「そなたらを倒し、今一度、王としての資格を問おう! ラグナロク! 完全開放!」
ラグナロクの刀身が赤く、禍々しく輝く。
同時に、わずかに刀身にヒビが入るように感じた。
───魔力が足りない。
本来であれば、魔剣は武闘会の参加者全員の命を吸い取り、十全の状態で振るわれるはずであった。しかし、完全開放に必要な最低ライン200名。
その200名の魔力で、無理に使用を続けているのだから、限界は近い。
柄を強く握り直す。
しかし、この戦いで、負けるわけにはいかない。勝つのだ。
───勝たねばならぬ。
「魔剣よ、儂の命すら吸い尽くし、滅びの時を刻むがいい!」
黒衣の男がこちらに白銀に輝く剣を向ける。
その輝き、いったい、どこの職人が手がけたものか。
いささか、刀身に曇りが見えるが、載せられた術式の負荷に、よく耐えている。
何よりもこのラグナロクと打ち合った。
身体中の魔力を全て魔剣へと送り込む。
再度、ラグナロク【完全開放】を撃つべく、柄を握りしめ、構える。
*
俺は刀身を見た。白銀に輝く東魔刀。世界外殻を纏った魔導加工付与剣だ。
聖剣デュランダル。
いい剣だった。
よく保ってくれた。
ラグナロクの完全開放を二度受けた。
世界の終わりと称されるその一撃、一撃で、剣に刻まれた大結界ごと刀身がひび割れていくのがわかる。
で、次で最後だ。
どうやら向こうの魔剣ラグナロクも限界が近そうだ。
ドワーフの王バルムンド。
最強を目指した男。
ならば、こちらも、正面から行くべきだ。
バルムンドがラグナロクを構える。
向こうの魔力を吸い尽くすように、ラグナロクが一際、強く輝いた。
世界の破滅を招くとかいう一撃───事象崩壊砲を放つつもりなのだろう。
俺はまっすぐ進むことにした。
おそらくこの一撃は回避した方がいい。
向こうが限界も近いなら、なおさらそうするべきが、なぜだろうな。
───今は、馬鹿げたことをしたい気分だ。
アルビレオ、あいつが後ろにいるからか、何が来ようと、たとえば世界の終わりが来ようと、どうにかなりそうな気がしている。
おかしいな。
俺にとっては、世界の終わりというものは、もっと深刻なもののはずだったのだが。
明日も、明後日も、永遠に変わらないはずの世界という機構。
大きなシステムが、弱者をすりつぶして回る予定調和の世界。
それがこんなにもあっさりと、終わりを迎えようというのだから、もっと打ちひしがれていていいはずで、そうするべきだというのに。
世界は盤石ではない。
世界は俺が思っていたよりも、あっさりと終わりをむかえるし。
俺が思うよりも簡単に、世界の終わりというものは遠ざけられる。
俺が思っているよりも、世界は混沌に満ちていて、ついでに、とんでもなく自由なようだ。
バルムンド王が赤く輝く刀身を体の正面に構え、振り上げ、振り下ろす。
俺は走った。
事象崩壊砲の赤黒い波動が正面から壁のように打ち付ける。
この波動というもの、中身は真っ黒で、この世界に存在する物理現象ではないことを証明するように、まるで空間が引きちぎれたかのように、向こう側は全く見えない、違和感のある波動砲。
だがそれに俺は突っ込んだ。
デュランダルを正面に構え、一歩、前へ踏みこむ。
滅びがなんだ。
───滅びに向かって、一歩前へ。
白銀の刀身に、凄まじい圧力がかかる。それは、世界外殻と釣り合うだけの重さ、世界に等しい質量の暗闇だ。
だが、それがなんだ。
両腕に力を込める。
闇に覆われたかのような砲撃を、デュランダルが斬り払う。
事象崩壊砲が霧散する。
その瞬間、バルムンドに接近する。
俺は刀を、今の衝撃でボロボロの刀を、バルムンドの胸の中心に向かって振り下ろす。
赤玉に刀身が当たって、砕く、と同時に、白銀の剣の刀身が粉々に散った。
「たいしたもんだよ、この剣は。エリックって男が鍛えたもんだが、滅びを3度も退けた」
胸の中央部を砕かれたバルムンドが半歩後退りする。
もう一度、魔剣の刃を天へと掲げる。
「くっ、わしの命を吸い尽くせ、今一度、起動せよ、ラグナロク」
バルムンドが覚悟の形相。
ふむ、デュランダルは粉々になっちまったから、これを避ける手は俺にはない。
だが、アルビレオの声が聞こえた。
かの極光の魔術師───狂える星は言った。
*
「いいや、終わりだ。終わりにしよう。バルムンド王。カーリーン・ガルケルの研究は僕に引き継がれた」
契約石を砕かれたバルムンド王が再び刀身を起動しようとしている。
───無謀だ。
200名で足りなかった分を、バルムンド王一人の魔力で補えるわけがない。
いいところ起動できたとして10%程度。その程度なら、防壁結界で対応できる、のだが、もうこちらも打たせる気は無いのだ。
完膚なきまでに徹底的に勝つ。
盤面をひっくり返すための布石は、全て手に入れている。
僕は、杖をバルムンドに向けた。WAND───錫杖が凛と音を鳴らす。
WANDに格納した封印術式。
これは地下のミーミルを経由させた外部からの緊急停止用プログラム。
ラグナロクの悪用を恐れたカーリーンが、万が一、持ち出されたときでも、外部から停止できるように、元のアルスノヴァの封印術式にアレンジを加えたものだ。
地下神殿ミーミルのシステムが起動中なら、WAND内に経由させた術式を起動することで、ラグナロクの再封印が可能だ。
そして、地下神殿ミーミルは、現在モクレンが守ってくれている!
「アルスノヴァの秘蹟よ、今ここに! ミーミルの鍵よ、滅びの剣を繋ぎ止めよ、カーリーン・プログラムより変換、【封印機構、再開】【ラグナロク・システム・緊急停止】」
WANDを経由し、封印術式を起動させる。
詠唱による起動を経て、ミーミルからラグナロク封印のための介入措置が行われる。
光の鍵が四つ、ラグナロク周囲に浮かび上がる。これが封印鍵だ。
「ぬうっ!?」
バルムンド王が驚愕に呻いた。
封印鍵が四方から、ラグナロクに突き刺さる。
事象崩壊砲を放つ剣が金色の光の奔流に飲みこまれる。
───機能停止、外部からのシステムに切り替わる。
刀身は、輝きをなくした。
そうなると普通の鉄の錆びたような剣だ。
───魔王兵器ラグナロクの完全封印は成功した。
あっけないものだが、これで僕の役目は終わりだ。
僕は展開していた次元構築城砦をしまって、元のトランクケースに戻した。
今日は疲れた。
トランクケースを横にして地面に置き、その上に座る。
今の封印術式で、地下のミーミルは活動中だったことがわかったから、モクレンも無事。
ひとまずは大団円だ。
あとは見物だ。
僕はもうこれ以上、手助けはしないぞ。
武闘会の決勝の行方は、選手たちに任せることとしよう。
刀を無くしたばかりの竜と、錆びた剣を持つドワーフが一人───睨み合う。
レイヴンが、ニヤッと笑った。
「来いよ、一対一だ。武闘会らしくなってきたじゃねえか。どっちが最強か、決めようぜ!」
レイヴンが挑発する。
「ほざくな、小童がぁぁ!」
バルムンドが力を失った魔剣を捨てた。
そこから始まったのは、武闘会の決勝にふさわしいステゴロの格闘戦である。
僕は観戦することとした。
どっちが勝つかと言えば、僕のドラゴンが勝つだろうが、なかなかいい勝負だった。
バルムンド王の、戦士として、刀鍛治として、鍛えあげた肉体は、パンチの一発や二発ではびくともしない。重心が低く、体幹が強いため、簡単には吹き飛ばないのだ。
それどころかレイヴンの顔面に痛烈なカウンターを叩き込んでいる。
いいぞもっとやれ! 副司令官になんてさせるかっ!
……はっ、しまった。つい狂気に駆られてしまった。ダメなんだよな、僕。
いつでも冷静なつもりなのに、時々、衝動が理性を追い越してしまう。
変になっている自覚はある。どうにもならないだけだ。
まあ、ごく稀だが。
僕が我に返る間に、勝負は決着へと加速していた。
バルムンド王がフラフラになっている。
だが、ファイティングポーズは崩していない。
両拳を顔の前で構え、炯々とした眼光は不屈の闘志を湛えたまま、レイヴンを睨み据えている。
対するレイヴンは、先ほどのカウンターが効いたのか、頬を大きく腫らせている。
お互いにそろそろ魔力も体力も枯渇してきている。次が最後だ。
レイヴンが地を蹴り、バルムンド王の懐へと鋭く潜り込んだ。
「こっちが預かりもんだ、返しとくぜ!」
バルムンド王のガードを掻い潜り、レイヴンの右拳が炸裂した。
右ストレートパンチ一発!
凄まじい衝撃音が庭園に響き渡る。
バルムンド王が、吹っ飛んでいく。
うわすごい。
KOだ。
「勝った」
レイヴンが、右拳を天に突き上げる。
───ドラゴンの勝利宣言だ。
これでイスランデ武闘会はレイヴンの優勝だ……。
そう思われた矢先、3メートルほど吹っ飛んでいったはずのバルムンド王が、のそりと立ち上がった。
───こいつ、不死身か……!?
僕の視線の先、血に濡れた王は立ち上がると、大声を張り上げた。
力尽きてもなお、屈しない勇士の咆哮が、大気をビリビリと震わせる。
「儂の、大武闘会はどうだった、戦士よ!」
レイヴンに問いかける。
王として、一人の男として。
威厳に満ちた戦士の姿だ。
対するレイヴンは、やつにしては珍しく、皮肉っぽくもない、暗くもない、明るい笑みを浮かべた。
まるで太陽みたいに。
「……楽しかったぞ!」
「そうか! そうか」
バルムンド王が、のけぞって呵呵大笑。
そして再び、背後へと倒れる。
今度は、立ち上がる様子はない。
完全に沈黙。
決勝戦・イスランデ王バルムンド───撃破!
イスランデ大武闘会、レイヴンの勝利。
優勝だ!
やったー! と、のんきに快哉するわけにもいかず、僕は、今し方、激闘を制したばかりのレイヴンを呼んだ。
「それじゃ、僕を運んでくれるかな」
僕は立ち上がって、膝のほこりを叩いて落とした。
勝利の余韻に浸りたいところだが、そうはいかない。
───もう一仕事、残っている。
「どこにだ」
近よってきた男が僕にいう。
僕は空を指差した。
空には赤い日差しが昇っている。
「夕日の空の真ん中らへん。虚空の穴にギリギリまで近よって」
「時空がネジれてるんじゃなかったか? あと、俺の背中は危険だぞ」
「力場でゆっくり飛行してくれ」
「それなら人間の姿でいいのでは?」
「いや、歩きでは遅い。僕をいい感じに吹き飛ばさないくらいの速さで、できるかぎり上昇しろ」
「うっ……、また無理難題を。しっかり捕まっとけよ、吹き飛ばされるなよ。羽のあたりを両手でガシッと掴んで絶対離すなよ」
「抜けるかな、羽毛」
「頭に乗せても危険だしなぁ。頭部が一番風の抵抗があるだろうし」
「君が僕を掴めばいいのでは? 足が四本あるだろう」
発想の転換だ。
竜の握力なら万が一にも僕を落としたりしない。
猛禽が獲物を連れ去るように運ぶのが安全上一番確実だ。
「それでいいのか?」
レイヴンが意外そうに聞く。
いいか悪いかで言うと、苦渋の決断だ。
しかし、それ以外に安全な飛行方法がない。
「いい、そうしろ。遠くで竜になってから僕のところに来て、前足でキャッチし、そのまま運搬。優しいGで上昇しろ」
「了解したが。本当にあれに近づかなきゃならんのか。なんかドロドロしてるが」
レイヴンが空を見上げる。
空に開いた穴───境界破綻点は次第に広がり、今では太陽よりも二回りほど大きくみえる。
その上、レイヴンの言う通り、黒い穴の縁からは、黒くドロドロとした雫がしたたり落ちているように見える。
「あれはヴォイド。外からやってくる虚の巨人。魂のない、人形だ。まだこちらをのぞいているだけだが。向こうに戻ってもらおう」
モンスターが生息しているだけなら、まだ通常の魔物災害の範囲だが、ヴォイドは違う。
あれは、ラグナロクと同種の現象だ。
人の制御の効かない事象崩壊魔法。
その塊がやってくる前に、僕らは黒点を閉じねばならない。
そんなわけで僕はレイヴンに同行を頼んだのだが、10分後、かなりの無茶であったことがよくわかった。
例えるならばロープウェイのロープ無し、バンジージャンプの紐なし版、とにかく、自分より大きい生き物に獲物のように連れ去られるのは最悪の体験だ。
*
レイヴンがいると、他の魔物はよってこない。
飛竜や、大蝙蝠、それに小型の魔虫たちといった空を飛ぶモンスターは、竜に道を譲るかのように遠巻きにしている。
僕は僕の足元に空を感じた。レイヴンにしたら、ずいぶん気を遣ってくれているのだろう。肩も腰も負担ではないように、竜の前足でガッチリ保定されている。
しかし、ブラーンと吊り下げられたかのように移動するこの運搬方法。
───もうちょっとどうにかならなかったかな。
飛竜はともかく、本物の竜はどう考えても騎乗用ではない。
鞍をつけたところで、遮蔽もないマッハ2の機体に乗れるだろうか。無理だ。しかも、こいつは自分で判断して自分で飛ぶ。
パイロットはレイヴン。僕は同乗者である。
僕は黒竜に連れられて空を飛んだ。
音速を越えると僕は死ぬ。
そのため、彼はゆっくり、羽ばたかずに飛んでくれている。
ある地点で合図すると、レイヴンは僕を離してくれた。
力場で足場を作ってもらい、僕はロスガル市上空千メートル地点に着地した。
まるで、ガラスでできた床でもあるようだ。
レイヴンは、自分も人間状態に戻ると僕の隣に悠然と歩いて僕のとなりにやってきた。
ふむ、本当に便利な力だな。
力場というのは、簡単にいうとサイコキネシスのことだ。
本当に、応用範囲が広くていい魔術だ。
足元にはロスガル市内の街並み。
空には黒点───黒い太陽が見える。
境界破綻点。
『向こう側』がこちらに落下する地点でもあり、こちらが『向こう側』に落下する地点でもある。
穴の向こうから、大きな瞳がのぞいている。黒く裂けた亀裂の向こう側に、いくつもの目ができていた。
数は、百は超えるだろうか、大きかったり、小さかったり、形はさまざまだが、いずれもこちら側を、じっと凝視している。
僕は手に持っていたWAND───錫杖をかかげる。
力場の床に杖の底を打ちつける。シャンと、金属の高い音が、風に乗って響き渡る。
僕は顔を上げた。
世界の外側からこちらをのぞきこむ目と、目があう。
───僕に、気づいたようだ。
黒い液体のようなものが、急いで、淵から溢れ出ようとした。
それはしたたり落ちる。
それはこちらに腕を伸ばすように。
虚の体に、魂を求めるように。
この世に生誕を受けるために。
哀れなものたち。
「【世界新生】」
僕は、杖を持たないほうの手を、虚空へと持ち上げた。
世界の外側から来るものを慰めるように。
「【其は世界をつなぐもの】【其は世界を閉ざすもの】」
杖を片手で振って、もう一度、錫杖の音を鳴らす。
再度、澄みきった金属音が響く。共鳴する。波長を刻む。
「【其は我を守るもの、其は我を留めるもの】」
静かな詠唱だ。
魔力が研ぎ澄まされていく。
「【今一度、汝は生誕の鐘の声を聞くだろう】」
僕の声と共に、エンブリオ・コードが開かれる。
多重魔法陣・世界魔術紋様陣───エンブリオ・コード展開。
魔術の最小単位を構成するものがコードであり、コードとは、ありとあらゆる事象で形作られる。
エンブリオ・コードを構成する最小単位のコードとは、世界そのもの。
───それは新たな世界の誕生を祝福するコード。
オラトリオが神に捧げるコードであるなら、エンブリオは神を形作るコード。
僕の極光魔術【世界新生】は世界魔術紋様陣である。
僕の体はこの魔術によって、この世界のルールとして縫い止められ、それ以降、僕自身が極光魔術という一つの法則になってしまった。
そんな人間が、はたして本当に、人間といえるのだろうか。
いや、僕はまだ人間だ。
たぶん。そのはずだ。
空に七色の極光がかかる。同時に、世界の外殻が完全に張り巡らされ、修復される。
黒点が虹の光に上書きされるように閉ざされていく。
僕は、軽く目を閉じると、僕の心理領域にある天球儀を確かめた。空間支配者として持つ広い空間認知能力である。
僕は天球儀の外側をなぞってみる。───ふむ。
どこにも、綻びはない。
完全に修復できたようだ。
目を開ける。夕暮れが見える。空に黒点はない。
───世界の終わりは、しばらく来ない。
僕は背後を振り返った。レイヴンがこっちを心配そうに見守っている。
きっと、僕が力場の端っこから落っこちたりしないように、見張っているのだろう。
「帰ろうか、レイヴン」
僕が言う。
「よし、安全運転だな、まかせとけ」
レイヴンが言った。
僕はうめいた。
───忘れていた。そうだったよ。帰りもこいつなんだった。
「できるだけ、優しく降ろしてくれ。頼むから揺すったり、過度な加速をしないでくれ。乗り物酔いひどいんだ」
「わかった。この俺を信じろ」
機長がにっこり笑う。
信頼に足る腕前なんだけど、こいつが笑うとなんか嫌な予感がする。
飛行機は離陸するよりも、着陸する方が難しいと聞いたことがあるが……はたして。
僕は10分後、上昇と落下はまったく別物だということを身をもって深く体感した。
*
あの後のことだ。
僕らが地上に戻ると、バルムンド王はお付きの人たちによって回収され、病院に向かうこととなった。急激な魔力の枯渇、それに打撲。
後から来た“王の盾”の人たちは、バルムンド王の敗北を悟ると、すんなりと指示通りに帰っていった。通信回線で盗聴していたところ、男泣きに泣いていた。
どうやら、王様として、バルムンド王はかなり慕われていたみたいだ。
テレビクルーもたくさん来ていて、意識のないバルムンド王にどうにかインタビューをしようと駆けつける取材陣や、それを制する王宮のスタッフなどが押し合っている横で、僕らは帰ることにした。
ここで彼らに見つかると、インタビューの嵐に巻きこまれる。
というか、すでにレイヴンはテレビクルーの群れに囲まれかけていた。
それも当然。彼はこのイスランデ大武闘会の優勝者だ。
バルムンド王を制し、明日からはこう呼ばれる。
───イスランデ王レイヴン。
そりゃ、取材されないはずがない。優勝者インタビューに、今後の国王としての心意気とか、イスランデ武闘会での奮闘ぶりとか、こいつを映すだけで視聴率は右肩上がり、間違いなし!
イスランデ武闘会に緊急参戦し、この降って湧いたような幸運を手にした謎の男。気にならないはずがない。
今日のイスランデのテレビ局はこの男のことで持ちきりだろう。僕調べでは、もうすでに、レイヴンをスタジオに呼んで生特番を開始しようと目論んでいる局もある。
僕に助けを求めるように、レイヴンが何度もこっちを見てくる。
だから、僕は……。
───レイヴンを置いて帰った。
魔導協会イスランデ支部。
とっぷりと夜も更けた頃、僕はラウンジでテレビを眺めていた。
「ワハハハハ、楽しい! あいつの困った顔見るの!」
あの後、残った魔力で転移して、僕はイスランデ支部に戻ると、客室で軽く一眠りした。目が覚めると、もうすっかり日は暮れていたが、僕はラウンジに直行。
テレビの前に陣取った僕は『優勝者インタビュー生特番! ロスガルの黎明・イスランデ大武闘会スペシャル』を齧りつきで見ていた。
「置いて帰ってきたの? 悪い子ね?」
隣のソファからモクレンが僕に言った。咎めるような口ぶりだが、その表情は楽しげだ。
彼女もテレビに興味津々のようだ。
知り合いが出ているテレビとは面白いものだ。
彼女に僕は言った。
「いや、だって、衝動的にやりたくなっちゃったんだ、理性では連れて帰るべきだって思ってたけど、うっかりした。ワハハハハ、これだよ、魔力が欠乏すると、理性が保てない!」
人類の魔導士というのは、心理領域に満ちる魔力が枯渇すると意志が脆くなる。正気を保ちづらくなり、そのまま発狂して廃人になる人間もいるほどだ。
人類の魔力欠乏の安全装置はこれ。心。心がぶっ壊れたら即死も同然だから意味ないが! 体だけは生きてる! アハッ、アハハハ!
ということになってしまうわけである。
「寝てた方がいいわ。アルビレオ。あたしの怪我まで無理に回復したんだから……」
「い、いやもうちょっと、見てたい。はぁ、面白っ。これ録画しよ。ええっと、配信サイトどこ? ロスガルTVアプリ? よし、即加入」
モクレンは地下神殿ミーミルでの激闘を制した後、僕らの戦いがうまくいったことを察知して、ひと足先に支部に戻っていたらしい。
彼女は、少し怪我していた。彼女にとってはたいした傷ではないらしいが、僕は無理やり回復術をかけた。二の腕の裂傷は軽い負傷ではない。
僕なりの感謝の気持ちだ。
モクレンが言うように、そのせいで僕は魔力欠乏一歩手前に近づいた。
だが、後悔はない。
僕はテレビに視線を向けた。
テレビの中では、黒衣の男───レイヴンがマイクを向けられて、顔を引き攣らせている。
インタビューの内容は、だいたい、こんな感じだ。
『───武闘会での一番の強敵、ええ、ええ、もちろん、バルムンド王ですね……はい、その点については非常に遺憾で、王に手を上げるというのも心苦しく……あっ、そうじゃない……? 激闘を制した要因? は、はいそれはもちろん、仲間との絆、ですね……バルムンド王との関係について? あるわけないだろっ、まったくの他人……はっ? 俺がサクラ? 八百長!? 実力だバカこの……。談合なんてあるわけないだろ。というか俺を離してくれ、くそっ。纏わりつくな、インタビューを受けるなんて言ってないぞ、そっちが勝手に連れてきたんだろうが……カメラを向けるな! マイクもやめろ! へし折るぞっ!? 暴言、上等だろうが表でろ、そこのカメラマン!!!』
以下、画面の向こうは大乱闘だ。
放送が一時的に、中止される。
───とんでもない放送事故だ。
僕は目尻に浮かんだ涙を拭った。
どんな気持ちで仲間の絆とか言ってるんだろうか、あいつ。
「ああ、面白い。永久保存決定だ」
僕が魔導演算端末WANDをぽちぽちと操作していると、ソファの左端から呆れたような声が上がった。
「先輩は昔から、堅苦しい場所に慣れてないんですよ。それにしてもよく撮れてますね。私にもその録画、くれません?」
クオンだ。彼女もひと足先に帰ってきていたらしい。
深夜のラウンジ、僕たちはソファに横並びで座り、テレビに映るイスランデ武闘会優勝者の姿を見守っている。
「どうぞ、みんなで楽しもう」
僕は快く、彼女の携帯に動画を送りつけた。
その間もテレビの別の番組では、レイヴンの本戦での隠し撮り映像や、インタビュアーへの暴言シーンのみを編集されて危険人物に仕立てられた映像や、逆に、玉座にまったく興味を示さないレイヴンを好青年だと誉めそやす番組もあった。
これで、結構人気が出てきているらしい。
武闘会で優勝するほど腕が立つ剣士で(これは本当だ)、顔も悪くないので、謎の流浪の剣士としてイケメン俳優のようにチヤホヤする局もあったくらいだ。
モクレンがおやつのクッキーを齧りながらいった。
「でも実際、カメラ映りいいわよね、実物よりもイケてるわ」
「カメラクルーの腕がいいんだよ。最近は動画加工技術も優れてるしね」
「失礼な、先輩はイケてますよ。まあ、見た目だけではわからない良さですが」
のんびりダラダラ。
勝手なことをみんなで言い合いながらくつろいでいると、ラウンジのドアが乱暴に開かれた。
「誰のカメラ映りがなんだっていうんだ」
キレかけのレイヴンがラウンジに姿を現した。
どうやら、カメラクルーを強引に撒いて、逃げ帰ってきたようだな。
「おかえり、イスランデ武闘会優勝者のレイヴンくん」
「あら、今日は生討論会に出るんじゃないの? これ、生放送だという話なのに」
「先輩、大丈夫ですよ。先輩の勇姿、しっかりこの目に焼き付けていますから」
レイヴンが青筋を立てている。
「あのなぁ、俺は見せ物になる気はないって! 言っておいただろ! 武闘会なんて出ないって!」
「でも、おもしろかっただろ?」
僕が言うと、わずかに黙る。
───あたり、だな。
「まあまあ、君もこっちに来なよ。そしてテレビを見よう。これが勝者の特権だとも。賞賛を受け、注目され、讃えられる。今は楽しもう。君は勝った。恥ずべきことなど一つもないさ」
「……ほんとか、それ」
「本気だとも。それに、考えなくてはいけないのは、明日からのことだよ」
「どういう意味だ?」
「後始末さ」
レイヴンが首を傾げている。鈍いなぁ。
僕らは勝った。
だが、それで終わりではない。
むしろ、これからが本番だ。
魔導協会イスランデ支部は、近隣の魔導協会の支部に援助の要請を出した。
もちろん、西央の総本部にもだ。
明日以降は、回復術・蘇生術に長けた医療支援チームの一団が派遣される予定だ。
もちろん、司祭のベルリッツくんも、今頃は、ロスガル市内で出た負傷者の回収に奔走している。
生きているものは病院へ。死んだものは、蘇生術師のもとへ。
魔導協会地方支部は、魔王兵器や境界破綻点による災害の復興支援にも協力する義務があるのだ。
僕も、明日からは蘇生術者として、蘇生に協力することとなる。
ちなみに、協会の蘇生料はバカ高く、蘇生付き保険に入っているものはともかく、未加入のものはそれなりの蘇生費を払うこととなるのだが……それは僕の知ったことではない。
「とにかく明日だ、明日のことをよく考えておきたまえ。新イスランデ王になるかどうかも、君はよく考えるんだ」
「なるわけないだろ」
「せっかくだし、なってみればいい」
「おい、本気か、それ。ありえないだろ、武闘会で勝っただけの荒くれ者を王になんて、そんなの客よせのための出まかせで」
レイヴンが言う。たしかにそうだ。
イスランデ王の座というのは、人を集めるための偽の景品で、実際に与えることなどない。というか、不可能だ。
普通はそうなのだが、僕は言った。
「あのバルムンド王が、客よせのための出まかせを口にするような御仁だったかな?」
レイヴンの顔が真っ青になる。
彼も思い当たったようだ。
───あのバルムンドという王様。
もちろん自分が優勝者になる気ではいただろうが、もしも敗北した時。
───約束を破るような真似はしない気がするんだよね。
レイヴンは悪態をつきつつも、ソファーから離れたテーブルについた。
僕は僕で、レイヴンのことは頭の隅に置きつつ、テレビに集中することにした。
明日からは、協会の医療術師たちと顔を合わせることになるのだし。
後始末というのは戦場を超えた戦場である。その前に、英気を養うべきだ。
この程度の楽しみはあっていいだろう。
テレビでは、蘇生が終わったらしい鬼人の剣士のインタビュー映像が流れている。
黒衣の剣士が扱う剣技───デュランダル流の恐ろしさを語る本戦参加選手。
クオンが興味深そうに聞いた。
「先輩、デュランダル流とはなんですか」
「聞くなっ!」
レイヴンが深く項垂れている。
悩み多きドラゴンだ。




