後払いの報酬 ―イスランデ懐古譚・終幕―
───と、まあ、うまくごまかせたと思っていたが、無理だった。
廃棄都市イルミナの次元構造体。
僕らの居住区画である“屋敷”のリビングで、僕はきっちり報酬を請求されていた。
テーブルには僕のおもちゃの兵隊に、航空母艦の模型に、魔王兵器ラグナロク、次に、にこやかなレイヴンとかいう恐ろしいものが並んでいる。
僕はレイヴンの前で一発、演説を打つことにした。
「えーと、僕たちは、イスランデでの大騒動を解決し、こうして自宅に戻ってきたわけだ。様々な困難が僕らを待っていたが、仲間の絆で勝ち上がり! 親子関係を改善し! 希望の未来へ出発進行! 全てが一件落着した今となっても、君の心には変化がなかったとでもいうのかい? 報酬なんて、僕らが達成した偉業の前にはちっぽけな問題だよ。そう、人と人が真にわかりあうこと、真心、思いやり、尊い心のつながりの方が大事なんだ。そうは思わないか」
「言いたいことはそれだけか?」
レイヴンが言う。思わなかったらしい。
「あの、えーと、さあ、魔剣を渡してくれたまえ」
僕は言ってみた。
「ダメだ。報酬が先だ」
レイヴンが有無を言わさぬ口調で言う。
ラグナロクと引き換えに、レイヴンは約束の報酬を請求してきた。
しかし、あれだけいろいろなことがあったと言うのに、まだ覚えていたとは。
「くっ……えーと、なんだっけ、君のほしいものは」
「まずは副司令官の地位と永久在職権」
「わかった。与えよう。おめでとう、君は今日から副司令官だ」
僕は頷いた。
口約束なんて後でいくらでもなんとでもなる。
「では、契約書にサインを書いてもらおう」
「なっ……」
驚愕。
僕が言葉を失っていると、レイヴンはさっと胸ポケットから契約書を一枚取り出した。
こちらにやってきて、僕の目の前に書類を置く。
「契約書類はこちらで作成しておいた。あとは、ここにサインをするだけだ」
またもや、胸ポケットからペンを取り出す。
僕の手にペンを握らせるレイヴン。
───こいつ……ここまでやるか……。
僕は契約書の内容にざっと目を通した。
大体こんなものだった。
『【使い魔雇用契約書】
我、世界監視機構・最高司令官であるアルビレオは、機構員であるレイヴンのイスランデ武闘会における功績を認め、以下に記す報酬を永久に約束する。
1.レイヴンを、世界監視機構の副司令官に任命する。
2.本職は終身とし、いかなる理由によっても、最高司令官による職位の剥奪・および更迭・つまりはクビにすることはできない。
3.この契約書に同意した場合……』
なんだこれは。
頭が痛くなってきた。
僕は契約書から、顔を上げた。
「こんなものをいつ用意したんだ」
「帰ってからすぐだ」
黒衣のドラゴンが鷹揚に頷く。手回しのいいことだ。
しばらく姿が見かけないと思ったらこんなことをしていたとは……。
やはり油断のならない男だ。
「さて、どうするんだ? サインするか?」
レイヴンが聞く。
僕は書面と睨めっこした。
魔王兵器ラグナロクは契約書へのサインと引き換えだ。
───ラグナロクは欲しい……!
だが、しかし……。
僕は悩んだ。
この三つ目の内容に同意し難い問題点がある。
「レイヴン、こんなものがなくても僕が約束を守ると思わないかい? 君と僕との絆だよ」
「ああ、絆があるし、お互いに信じているからな。サインをしても、まったく問題ないだろう」
まったく強い絆を感じるよ、僕のことをよくわかっているようだ。
ここが妥協点だろう。
僕はため息をついた。
ペンを持って署名欄にサインする。
これで契約成立だ。
「これでいい?」
書面を手渡す。
レイヴンは書面を受け取ってサインを確認すると、丁寧にポケットにしまった。
まるで宝物でもしまうかのようだ。僕にとっては地獄の契約書だが。
望みのものを手にいれたドラゴンが満足そうに言った。
「これで俺が副司令官になったわけだ、最高司令官殿」
「ぐっ、しかたなくだからな! ラグナロクと引き換えだからな! くそっ、クビにしてやればよかった、どっかの段階で」
「これで簡単にクビにはできないぞ。これからも俺たちはうまくやっていくこととしよう、アルビレオ。何、長い付き合いになるんだ」
「いいとも。世界監視機構は来るもの拒まずだ。まったく、欲の深い部下を持つとこれだから困る。では、ラグナロクをいただこうか」
「まだだ」
レイヴンが鋭く言った。
「むっ」
「質問が先だ」
「覚えてたか」
「当たり前だ、忘れるわけがない。そっちも覚えているだろ、約束を不履行した時の処遇について」
「……もちろんさ。それで何を聞きたい? なんでも答えよう」
もちろん、忘れてなどいない。
ただ、向こうが忘れているなら、あえてこちらから言い出す必要もないと思って黙っていただけだ。魔族との取引において魔術師というものは、ケースバイケースで臨機応変にやる能力が求められる。つまり、処世術である。
黒衣のドラゴンは不満そうに眉間に皺をよせていたが、気を取り直したのか、僕への質問の権利を活用することにしたようだ。
彼は言った。
「選帝侯の使い魔とはなんだ?」
僕は首のあたりを掻いた。目をよそに向ける。
来るとは思っていた質問だ。
だが、そのものズバリだな。
「そろそろ君には教えるべきだと思っていた。だから、答えよう。選帝侯、キングメイカーの使い魔とは、魔王のことだ」
レイヴンが口を開く。
「使い魔なのに、魔王なのか。主従だろう?」
「パートナーシップ・アライアンスに明確な上下関係はない。とくに、選帝侯の行なう使い魔契約とは、一対一の魂を介在させた契約だ。選帝侯が選び、特別な契約を結んだ相手が、魔王として立候補できるんだ」
「……話がわからん。選帝侯は13人。それじゃ、13人も魔王がいるってことになる」
「だから、候補さ」
「どういう意味だ」
レイヴンの疑問はもっともだ。
選帝侯に関わる“ゲーム”のルールは複雑だ。
僕は答えた。
「……これ以上は、質問の内容をはるかに超えるが、まあいいだろう。君には誠意を持って答えよう。13選帝侯は、それぞれ一人ずつ魔王を選ぶ。13人の魔王候補だ。そして、その中の一人だけが本物の魔王になる」
レイヴンが首を傾げた。
「一人だけが魔王? どういうことだ。勝ち抜き戦でもやるのか?」
「チッチッチ、暴力で方がつくなら、三千年も経たずに魔王はとっくに決まっているよ。一番強いやつが全員ボコればいいんだから」
「そりゃそうだな」
「魔王は、選帝侯の全会一致で選ばれる。つまり、僕ら13人の票を全て集めたものが魔王ということだ」
「……つまり、どういうことだ」
「なぜ、僕らを選帝侯というのかってことだ。僕らには魔王を選ぶための一票がある。これを鍵、というんだが、それは置いといて、僕らは一人ずつそれぞれ、これぞと思う魔王の器を擁立するわけだ」
「そこまではわかる」
「基本的に、自分の魔王に1票を与えるよね? 集めればいいのは残り12票」
「それも道理だな」
レイヴンが、うんうんと頷く。
「だから、政治だったり、謀略だったり、たとえば、君が言ったように暴力に物をいわせてもいいけど、やり方はなんでもいい。選帝侯の満場一致、全員の合意を持って選ばれるのが魔王なんだよ」
「13票を? 全員一致で?」
「そうとも」
「お前みたいなのが、あと13人?」
「その通りだとも」
僕は頷いた。
レイヴンが大きく息を吸って、吐いた。それから言った。
「無理ゲーじゃねえか……!」
「だから、三千年経っても魔王は決まらなかったんだって言っただろ。ただでさえ自我が強く、意志の強い、選帝侯どもに満場一致の魔王を決められるわけはなかった」
「そのバカげた仕組みを考えたのは誰なんだ?」
「もちろん、アルスノヴァさ!」
レイヴンが言ったバカげた仕組み。
このゲームのルールを考えたのは、はるか三千年前にいた偉大なる大魔法使い、魔導協会の初代魔導教皇にして、人間界から追放され、魔王の契約者となった、一人の男。
追放者・アルスノヴァ。
すべての始まりとなった罪深き男だ。
「ぜ、絶対そいつも癖つよ魔導士だろ」
「アルスノヴァは悪意に塗れた大魔導士と呼ばれている」
「やっぱりな。それじゃ、永遠に決まらないだろ」
僕は首肯した。
「でも、一応、理にはかなっているんだよ? 魔王たるもの、この魔界全土を支配することになる。そんな王様が、残り12人の高位魔導士と魔王の器の支持すら得られないんじゃ、王としての資格ってないよね?」
「いや、それはそうなんだが、理想論だろ」
レイヴンが苦々しげに言う。
僕も彼の意見に同意した。
「そう、これがアルスノヴァの思惑だよ。絶対に決まるはずはないが、もしも、一人を選ぶことができれば、そいつは最高の魔王になる」
「……性格、悪そうだな、アルスノヴァ」
「でも、歴史上、いいところまで行った魔王候補はいたんだよ? たとえば、英雄魔術師レイ・ダリウスの破邪王とか、でもみんなあと一歩ってところであきらめるか……」
僕はそこで、口をつぐんだ。
歴史上、魔王の座に手をかけた魔王候補たちは存在している。
───だが、その最後は、必ず、彼らの死で終わる。
残酷な争いの前に、皆が膝を折り、頭を垂れる。
僕は、レイヴンを見る。
「なっ……なんだよ」
「ま、だから、この魔王の選定というのは有名無実になって久しい。どうせ決まらないから、意味がないんだ!」
レイヴンが考えこんでいる。
彼もこの重大な情報を前に、少しは思うところがあったようだ。
レイヴンはいつも使い魔契約を僕に持ちかけてくるが、これでわかったろう。
選帝侯の使い魔とは、魔王候補───レイヴンの嫌がる超特大の厄介ごとだ。
これで彼もあきらめるだろう……、と僕が思っていた矢先。
レイヴンがあっけらかんと言った。
「じゃ、俺と使い魔契約できるな。さっそく、しよう」
僕はずるっと椅子から落っこちそうになった。
「なんでそうなる……。話、聞いてたかな?」
「聞いていたが、俺が思うに13人の魔王候補になったからといって、必ずしも魔王になる必要はないだろ。俺らは俺らで、いいやつっぽそうなやつに票を入れればいい」
「あのねえ、そう簡単にいったら、ここまでこじれてないんだよ! 問題は、もっと別のところにあるんだ。この魔王継承戦は……!」
「魔王継承戦……?」
僕はハッとした。つい、いらないことまで口を滑らせた。
「い、いや別に……」
「何が問題なんだ、その魔王継承戦とやらの」
レイヴンが探りを入れてくる。用心深い目つきで、僕から少しでも情報を引き出そうとしているようだ。
油断も隙もないやつだ。
僕はためらいつつも、結局は答えた。
「魔王の選定……、魔王継承戦は、危険なものになる。13票集めるのは、不可能に近いとはいえ、選帝侯は自分の選んだ魔王のために最善を尽くすからだ。選帝侯というものは、基本的に、魔界における有力な種族、もしくは人種、もしくは国家を背負って立つ人たちだ。みんな譲れない何かを背負ってるってこと。それで、そんな人たちが魔王を決めるとなったら、なりふり構わず、どんな手段でも使ってくる」
歴史を振り返ってみると、この魔王継承戦で、凄惨な終わりを迎えた例は珍しくない。
というのも、このゲームのルール、実はこれだけではない。
僕はレイヴンに正直に告げた。
「しょうがない。魔王継承戦のルールを教えよう。選帝侯の使い魔───魔王はデメリットもおおきいよ。この使い魔との契約方式の『古式契約』というやつ、簡単にいうと、最も古い形の使い魔契約でね。契約者は、魔王候補にとっての玉座であり、王冠みたいなもの、それを失うと魔王候補は死ぬ。そういうルールになっている。つまり、使い魔は主人である魔導士を守れないと死ぬんだ」
どうだ、これで少しは、あきらめもついただろう。
僕がチラとレイヴンを見ると、彼はゆっくりと首を縦に振った。
「ああ、了解した」
するな!
「なんで、ブラックだろ! 不平等だろ!」
「いや、王冠を守れない王に生きる価値って、ないだろ」
「ど、どこ国の人ですか」
「東魔」
そうだった。
こいつはそういう国の人だった。
僕はさらに言いつのった。
「それだけじゃない、魔王継承戦は、僕にとってもリスクが大きい。これはアルスノヴァの作ったゲームなんだってば。理想的なのは13人の満場一致。でも、それじゃ、究極、魔王を決めずに議会制になってしまいかねないだろ? だから、選帝侯同士が協力したくても、できないように、裏切りアリのルールなんだ。最初に君が言ったよね、勝ち抜き戦かって」
「たしかに言ったな」
僕はため息をついた。ここからが問題のルールだ。
「魔王同士の戦いで、魔王が死んだところで意味はない。票は動かない。だけど、実は、選定侯の1票は、別なんだ。選帝侯を殺せば、その1票は敵のチームのものになる。だから13人の選帝侯のうち、自分以外の12人皆殺しにすれば、自動的に魔王が決まる。おすすめはしないけどね」
これが僕が使い魔───魔王候補を選ばない理由だ。
魔王継承戦───魔王を選ぶには、選帝侯を殺して票を集めることが一番の近道だ。
つまり僕には命の危険があるということ。
そんな危険なゲームに参加したくない。
「だから、魔王候補は、自分の選帝侯を守るんだ。そして、選帝侯の方も継承戦で、殺されないために、必死に強力な魔族を選ぶ。なにせ、自分の命がかかってるからね。強力なボディガードが必要なんだ」
「ふむ……なるほどな。そういうことなら早く言え。そっちにとってもリスクが大きいということか」
ようやくわかってくれたようだ。
「理解してくれたかな。だから、僕は魔王を選ばないし、君も使い魔にはしないってこと」
「ああ、理解した。だが、そのルールだと、絶対に、お前には使い魔が必要になる」
なんだって?
僕は耳を疑った。
「なんでそうなる」
「選帝侯の1票は、殺して奪えばいいんだろ? 絶対に護衛役は必要ってことじゃないか」
「魔王継承戦が始まればね。そうなるね。でも、選ぶつもりないから」
13人の選帝侯に、13人の魔王候補が決まらなくては継承戦は始まらない。
そのはずだ。
レイヴンは平然と言った。
「魔王を選んでない魔術師は、あと何人いる」
痛いところをついてくる。僕は目を逸らした。
「僕が最後の1人だ」
「なら、なおのこと、お前の1票は重要だ。いつまでも継承戦から逃げ切れるとは思えない」
「なんでさ」
「俺がこのゲームの主催者なら、こう考える、お前を殺して、適当な候補にすり替えよう」
「ぐっ……」
「他のプレイヤーでも同じように考えるだろう。いつまでも魔王候補を決めずに逃げ続けることはできない」
「そ、そんな野蛮な……」
「アルビレオ、お前にはつねに暗殺の危険があるってことだ。悪くすると、魔王継承戦に入る前に死ぬぞ」
「そんなバカな話」
あるもんか、とはいえないところが厄介だ。
僕が答えに窮していると、レイヴンが晴れやかに笑った。
───すごく嫌な予感がする。
なんか、厄介だな、こいつの笑顔。
「だが、安心しろ。今の話を聞いて確信したが、やはりお前の使い魔は俺が相応しいようだ」
何がだ。
「その魔王継承戦? とかいうのも心配するな。俺が、お前をちゃんと死なないように見張ってやるぞ。なんといっても、最強のドラゴンだ。お前が俺を選んだのは間違いがない。俺ほどその戦いに向いたやつはいないだろう」
「いや、君を使い魔にしない理由なんだが」
「何をいっている。他の魔物につとまるのか? その役目」
僕は、思わず、おし黙ってしまった。
レイヴンの言う通り。
魔王継承戦には、強い魔族が必要というなら、レイヴン以上の適任はいないだろう。
「ああ、安心した。魔導の知識やその他のことなら困ったが、そういうことならこの俺が一番の適任だ。安心しろ、アルビレオ。いつ、継承戦が始まったとしても、大丈夫だ。俺がそばにいる。ちょうど、半永久的にそばにいれることになったばかりだ」
「何を言ってるんだ、何を……」
半永久的にそばにいれるってなんだ。
一体、誰が許したんだ、そんなこと……。
僕は、ハッと気がついた。
さっきの契約書の永久在職権。それに三つ目の、条項。
『3.この契約書に同意した場合、レイヴンを末永く、対等な友人としてそばにおくこと』
なんで、永久在職権を手に入れたというのに、三番目の条項があるのかわからなかったが、今、ようやくわかった。
たんに内容が重複している、というわけじゃない。
これは、三番目の内容は、つまり、僕が最高司令官を辞めた場合でも、レイヴンはそばにいる、ということだ。
しかも、末永く、ということは期限がない。
たんなる冗談かと思っていたが、レイヴンは本気だったようだ。
「そういうわけだ。長い付き合いになるが、よろしくやっていこう、アルビレオ」
レイヴンが明るく言った。
どうやら、彼は欲しいものを、手に入れたようだ。
とはいえ、たんなる紙切れ一枚の約束程度のものだが……。
僕は、肩を落とした。
「ああ、もう、しょうがないなぁ……」
まあ、いいさ。
道具でもなく、兵器でもなく、手駒でもなく、友人として、僕のそばにいるというなら。
僕だって、君を歓迎するよ。
そういうわけで僕の廃棄都市イルミナの“屋敷”には僕の友人にして一匹のドラゴンが永久に棲みつくことになったのだった。
今回の話の教訓は、怪しい契約書にサインしてはいけないということだ。




