クオン
陽動部隊は壊滅、国境線沿いの森の中へと逃げ込んだ。
クオンは木の幹にもたれ、空を見上げていた。
鬱蒼とした森の中では、陽光はほど遠い。
しかし、周囲を見ているよりは良かった。
───死体。
あたりには先ほど殺した死体が倒れている。その数は十五体ばかり。どれも虚な目をして空を見上げている。
もはや何も映すことのない目で。
その時の自分も同じようなものだったろう。
転がっている死体と、今の自分と、それほど違いがあるとは思えない、虚な目でただ黙って空を見上げている。
違いと言えば、息をしているかどうか、それくらいだ。
だから、追っ手が近づいてきたときも、逃げようとは思えなかった。
自分を追ってきたのだろう、五名ほどの集団。軍服からハルドラ兵とわかる。
銃口が向けられる。
時間を止めれば、逃げられるだろう。まだ魔力に余裕はある。
だが、それでどうする。
ここから先、生き延びたところで、意味などあるのか?
ただ、生き延びるためだけに、殺して殺して殺して、殺す、その繰り返し。
明日も、変わらない日々がただ続くだけ。それなら、生きることに意味などない。
クオンがゆっくりとまぶたを閉じる。
その刹那、男たちの悲鳴が響いた。
一方的な剣戟の音。銃声がまばらに散る。
驚愕に目を見開くと、一人の男がこちらにやってくるのが見えた。
「おー、生きてたな、よしよし、えらいぞ、新入り」
「なんですか、あなたは」
「生きてるやつらがいないかと思ってな。迎えにきてやった。俺はレイヴン、お前の先輩だ」
その人は、クオンを見ると、明るく笑った。
戦場には似つかわしくない朗らかな笑みだ。
まるで太陽のような。
「……レイヴン? なんですかその服は」
クオンは男を訝しんだ。
ハルドラ領の兵士の青い軍服に身を包んだその姿。
「これか、ちょっと拝借した。俺の任務は潜入工作だからな。三ヶ月前から頑張ってたんだぞ。一般兵士として入ってだな、薄給にも耐え、先輩のいびりにも耐え、ついに今回の殲滅戦でお役御免ってわけだ。はー。肩がこった。火の手が上がったろ?」
クオンを追撃する部隊に手違いがあったようで、途中、追撃の手が緩んだ。どうやら通信に齟齬があり、火焔砲術を味方から打ち込まれたようだ。
クオンは聞いた。
「あれ、あなただったんですか」
男は頷いた。
「そうだ。ちょうど近かったからな、生き残りを拾って帰ってやろうと思って、ちょっと小細工をな、さて、いくぞ」
レイヴンが言う。
クオンは訊ねた。
「行くってどこへ」
「乗せてってやる。特別だからな」
「乗せるとはなんですか?」
クオンの問いに、レイヴンは一瞬、神妙な顔をした。
「動けそうにないなら、掴んで飛ぶか? それでいいな? 人間ってどこまでのGに耐えれるんだっけ」
わけのわからないことを呟く男に、クオンはまともに取り合うのも疲れて、投げやりに答えた。
「え、ええ。なんでもいいですよ、もう……」
「なんでもいいんだな?」
男がニヤリと笑う。
その数十秒後、クオンは後悔した。それはもう、人生で最も深く、痛烈に。
マッハ2、とまではいかなかったが、鷹が獲物を持ち去る時のように運搬され、束の間のGにクオンは気を失った。
*
簡潔に言うと、戦車と小型機械兵と鉄軍人バクスターを聖剣デュランダルで叩っ斬った。さすが聖剣。戦車を斬っても刃こぼれ一つしない。
この世で最も硬い剣と、あいつが豪語するだけはある。
真っ二つに両断された戦車が、遅れて爆発。
小型機械兵三機同時に爆発。
バクスターもなぜか爆発した。サイボーグとかいうやつだったらしい。
こういったマシンの類は故障しやすいものだ。
斬れば爆発することもあるだろう。
───ファントム・田中、檄槌ドゴール、鉄軍人バクスター、まとめて撃破!
盛大な爆発を後に残し、俺は西へと道路をひた走る。
マップ上では200人隊長・コンドルフが接近中だ。知らんうちに、立体駐車場に潜んでいた狙撃手は死んでいた。
200人隊長は凄まじかった。まるでバイクの古代騎兵軍だ。近代的なビル街の道路の端から端まで、長槍を持ったバイク隊が200台ほどエンジンをふかしながら整列している。
しかし、それよりも目を引くのは、整然と整列する兵士たちの中央。
さながら、三重の塔といったところだろうか、あちこちに鉄の装甲や棘が貼り付けられた怪物めいた車両。これもまた、五台ほどのバイクに牽引されて、さながら古代のチャリオットのようだが……いったい、なにが……。
───なにが、起きたんだ。
というか何が起きてるんだ。俺の目の前で。
なんでまたこうも、ふざけた連中がイスランデに集まっているんだ。意味がわからん。だんだんイラついてきたぞ、俺は。
たぶん、おそらく間違いなくあの戦車の一番上で、指揮官然としてあたりを見下ろしているのが、200人隊長コンドルフ本人だろう。
ピンクのモヒカンならぬピンクの房飾りのついた兜を被った半裸の戦士だ。まさに、バイク軍団の軍団長といったところだろうか? だろうかじゃねーよ。殺すぞ。
そいつはおそらくこんなことを叫んでいる
「ぶっ潰してやるぜええ、この俺の……魔導動力炉搭載・ファランクス・バトルチャリオットでなぁ!!!」
軍団長が突撃を指示する。
「突撃ダァあああああ!」
号令を受けたバイク集団が雄叫びを上げ、整然とこちらに進軍を始めた!
「アッラララァアアアアアアイ!!!!!」
ありえんだろ。本当にこんなことが起こっていいのか……?
不可解すぎて、怒りを通り越した俺は無心の境地に到達した。
何時代で、どこ地域の世紀末なんだ。ニュー時代の何もかもが間違ったネオ騎兵軍団。魔界の歴史観が間違っている。魔界教育の敗北の権化だ!
いや、でも、これなんか、一周回って、俺も面白くなってきたかも。
走ってくるバイクの軍団に、俺も走って向かう。
バイク集団の持つ槍が振り下ろされる前に、戦闘集団一列目を力場で圧殺!
魔導暴走バイク集団が暴走してようがなんだ。
ここは俺の戦闘領域(22メートル可変式)だ!
「な、なんでとまらねんダァ!?」
コンドルフが驚愕に目を見開く。バイク集団先頭一列目は壊滅。
俺が操る力場は上からかければ、重力操作のようなものだ。
下からかければ発射台のように跳躍できる。
踏み切る。俺は自分の足元に力場の発射台を作って、飛んだ。
「いやそこは驚くなよ!」
見た目に似合わず小心者だ!
走り幅跳びの選手のようにバイク軍団を飛び越し、三重の塔の一番上、200人隊長に接近、刀の鍔に指をかける。鯉口を切り、再び納刀するまでの間に、コンドルフが真っ二つになる。
200人のバイクを飛び越した後、地面に着地。
振り返ると、先頭集団の事故に巻き込まれたバイク集団が大クラッシュを巻き起こして死んでいた。バイクで人を轢き殺そうとするな!
───200人隊長コンドルフ、撃破!
さて、次は、近場にいるのは幻影老師・フーライか?
携帯でマップを見るとそちらはすでに死亡済みとなっていた。
別に殺す必要はないんだが……。
───向こうから死にむかってきているからな。
まるで火に飛び込んでくる虫のようだ。
なぜイスランデ武闘会本戦のメンバーはここまで血気盛んなのか。
───そりゃ決まってるか。
野蛮で粗暴で、血に飢えたならず者たちの饗宴だからだ。
そして俺もそのバカの一人。
俺が足を進行方向へと向けかけると、100メートルほど先に、黒づくめの軍服の男たちが現れた。
東魔の鬼人たち。
逆光のビル街を背に横一列に並んでいる。
5人組だ。
やつら、ホテル・イスランデで見た顔だな。
あの時は東魔軍人だと思ったが。
中央の鬼人が俺に目をとめた。
「貴殿、屍肉喰いと見た。我ら東魔鬼月流、いざ尋常に勝負を申し込む。一番手、礼鬼ともうす」
悪くない。
どうやら、東の鬼人の軍人かつ名のある剣術の使い手らしい。鬼月流といえば、その昔、三代前のアスラ王家の指南役だったともいう由緒正しい流派だ。
腕試しに、武闘会に参戦してみるというのも鬼人らしい。
ふむ、なかなか、サムライっぽいシチュエーションだ。いいぞ。
「同じく、鬼月流、二番手、武双!」
「同じく、鬼月流、三番手、鳴宮!」
「我ら、鬼月三人衆也!」
3人の声がそろう。
3人?
「え、それなら、そっちの人らはなんだ」
まだ2人残っている。俺は右端の2人に尋ねた。ホテルでは5人でかたまっていたから、てっきり5人組なのかと思っていたが。
右端の鬼が口を開いた。
「ふ、我こそは、剣を振ること影のごとく、秘剣鬼八艘を見せてやろう。鬼影流、阿鬼羅!」
「同じく、鬼影流、吽竜! 我らのコンビネーション受けてみるがいい!」
俺はつい力場を上からかけた。30トンが鬼を襲う。
「いや、5人一緒にこいよ。なんで3人組と2人組にわけてんだよ」
「最初から3人組と2人組だ! 何が悪い!」
「じゃ、なんで5人で横並びしてるんだ。それ絶対打合せしてんだろ」
「ホテルで、剣の道を志すもの同士、親交が深まったのだ!」
「そうだ、交流会というやつだ! 屍肉喰い殿!」
口々に俺に非難の声を浴びせてくる。
さすが鬼、膝はアスファルトにめり込んでいるが、圧壊せずに生きてるな。
「びっくりした、現代鬼人剣術って交流会とかやんのかよ。さては貴族のお坊ちゃんだな、てめえらこのクソ。馴れ合いで剣振ってんじゃねーぞこの!」
期待させられた分だけ、落差も大きい。
力場を解除してやる。
俺は5人組に向かって走る。
剣戟の音が数合。
白刃が煌めき、数秒後。
「む、無念」
3人組と2人組が同時にリタイア。剣戟というよりは、圧倒的に硬い剣による撲殺。剣聖仕込みの剣術を披露するまでもなく、この剣……ただ殴る、が一番強い。
まともに組み交わすと相手の剣の方が折れる。
世界一硬い剣というのは、もはや盾に近いものらしい。
───とにかく、鬼月流三人衆、鬼影流二名、計五名撃破!
「貴殿の流派はなんだ、というかその剣、一体……」
「デュランダル流だ!」
俺は言い捨てて、先を急ぐ。すでにマップでは敵を示す光点は一つ。
バルムンド王だけだ。
バルムンドはイスランデ王城にいることになっているのだが。
先を急ぐ俺の耳に、通信が届いた。
『レイヴン、飛び入り参加だ、彼女だよ』
俺は視線を道路の先にやった。
逆光が彼女の影を長く伸ばす。
「クオン」
そうだよな。
ここで来なきゃ、あり得ねえよな。
───俺を仕留めるのが仕事だ。
ギルド【魔獣の巣】、戦争管理官は任務は必ず遂行する。
時針剣のクオンがそこにいた。
*
私は彼を見た。
時間凍結とは、ようは停止した時間の中を自分だけが動く技。
相手からすれば、極端な加速に見える。
0.5秒。たったそれだけの時間、世界を止める。
【時間凍結】。時間操作は混血の魔族には過度な魔力を要求する高等魔術。
重ねがけできるのは、3回が限度。
魔力不足の負荷は加算ではなく、連続で使用する場合、乗算される。
現在の限界は3回。それ以上は水中を息つぎなしで泳ぐようなもの。
肺から血が溢れ、肉体が破壊される。魔力不足を恐れる魔導士はこの身体的ショックを忌避している。
彼の間合いの中で打ち合えば、0.5秒は圧倒的なアドバンテージだ。私が勝ち目があるとすれば、完全に彼の隙をつくこと。当初、想定された討伐方法は、そうだったはずだ。
意識外から急襲し、仕留めること。
私に一番手がまかされた理由。レイヴンを殺すために、最も的確だと判断された。
力場を使う隙もなく殺す。竜に変じる隙もなく殺す。
───だがそれでは、遅い。
私は、正面から彼に勝ちたい。
不意打ちはやめだ。
それでは、まだ、追いつけない。
彼の正面に姿をあらわす。
レイヴンがこちらを見る。驚いたような顔をして、それから笑った。
しかたのないやつだ、とそう言った気がした。
私は走った。
まっすぐに。
まっすぐに、剣を携えて走る。
先輩の力場の射程は22メートル。
彼の間合いの中で生きているということは、彼に生かされているということだ。
だから、走り抜ける。ハンデはいらない。
証明してみせる。正面から、あなたと対等に戦える人間だと。
加速する。
今の私にできる最高速度。
今の私にできる最強の魔術【凍結閃狼】。
サーベルを引き抜き、全身の魔力を刃に乗せる。
私を運んで飛び去ったその男は、屍肉喰いというのだと後で聞いた。
誰よりも早く戦場に斬り込み、誰よりも長く戦場に立つ。
必然的に、彼は戦場の後始末に参加することも多くなる。
戦場には死体ばかりだ。敵の死体だけでなく、味方の死体も。
斃れた仲間の遺体の回収を黙々とこなす男の姿は、いつしか屍肉喰いなどと呼ばれるようになっていた。
カラスに似た竜の姿。それを揶揄ってつけられたあだ名ではあるが、彼が思うよりも、この名は嫌われていなかった。
むしろ、彼の周囲には、彼を慕う人間が多かった。
彼も少年兵だったとか、戦場を転々としてきたとか、実は女も男も大嫌いな童貞だとか、そういう彼についての話は、全部、彼の周りの兵士たちから聞いた話だ。
いい話ばかりでもない、悪い噂も聞いた。
ガルムの大虐殺という、非道な作戦にも参加していたとか。
だが、それがどうしたというのだろう。
命令を守って、人を殺すのが我々の仕事だ。彼の体現するのは秩序。その規律だ。
その点でいくと、先輩は正しかった。
先輩のそばにはいつも正しい人間が集まってきた。
国のためを思って戦う、忠義深い兵士たち。
彼らは、家族のため、守るべきもののため、皆、理由は様々だが、一様に、誰かのために戦っていた。
自分とは違う。ただ生きのびるために、人を殺す自分とは。
一度だけ、聞いたことがある。
なぜ、と。
虚しくはならないのかと。
彼の背中が思い浮かぶ。
あの時の彼も、空を見上げていた。
「虚しくなるかって? わかんねえな。俺にとってはこれは日々のことだ。だが、何に悩んでるかはわからんでもない。俺は正しさに興味はない。俺はたんにシステムの実行者だ。だから、そんな俺が言えた義理じゃないんだが、まあ、おそらく、俺たちの戦いは、誰かがあとでどんな意味があったか、つけてくれると思うぞ。死んだ後のことだ。愚かだったか、役に立ったか、国のためだったか、それ自体が悪だったか、英雄的な行いだったか、全部、後のことだ。ここで名もなく死んでいくやつらの命にも、そのうち人が意味をつける。だから、それまでは、精一杯、生きようじゃねえか」
夕日が落ちる。
眩しく目をさす。
「いつか死ぬ瞬間までな」
だから私は。
だから私は走ってこれた。あなたを追いかけて。
正しさなんて本当はどうでも良かった。
あなたは太陽のような人だったから。
0.5秒。加速する。再度、時間凍結。
0.5秒。加速する。再度、時間凍結。
0.5秒。加速する。再度、時間凍結。
22メートルの距離を一気に縮める。
あと一歩、もう少しだけ、もっと速く!
0.5秒。加速する。再度、最後の、時間凍結。
凍結した世界の中を彼に向かって走る。走り切る。
踏み込む。
「うわぁあああああああ!!!」
無詠唱上級氷術【凍結閃狼】。
氷の狐狼の爪牙を纏わせたサーベルを、レイヴンの喉元に突き立てる。
反応できないはずの速度、反応できないはずの一瞬。
だが、その刃が、斬られた。
「な……ぜ……」
ありえないことだ。
まだ世界は凍っている。
氷狼と化したサーベルが彼に到達するその直前、砕け散った。
凍った時間が、動き出す。
レイヴンの東魔刀がキンと音を鳴らす。
「俺の領域を、よく踏破した! クオン」
彼の目が自分を映す。正面から、まっすぐに自分だけを視界に入れる。
「だから、わかっただろ?」
今から斬るのではない。すでに斬った後だ。
レイヴンの戦闘領域を越えて、走り抜かなくては、見えない斬撃。
本来なら、当たることもない、神速の居合。
時間凍結が始まる前に、クオンが22メートルを越えて走り抜くことを信じてあらかじめ放たれた、最速の一撃。
「あなたは……なぜ……」
そうしない可能性もあったというのに。
「信じるに決まってる、戦友だからな」
彼が刀の柄から手を離す。
彼の両手が伸びてきてコートの襟を掴む。体を引きよせられ、彼の顔が近づく。
「じゃあ、歯ァ食いしばれ、クオン」
次の瞬間、凄まじい衝撃が頭蓋を襲った。
つかの間、意識が混濁する。
*
クオンの姿が見える。
時計の針の剣のクオン。
時間凍結を操る凄腕の剣士だ。
俺は刀の柄を握る。親指で鍔を押し出し、鯉口を切る。
勝負は一瞬。
真の達人の立ち合いは、一撃で決まる。
剣聖と謳われた柳政弦は、かつてこう言った。
影を置き去りにするが如く、天の月を置き去りにするが如く、何よりも疾く、何よりも自由闊達である。
ゆえに、その剣、時を超え、光を斬るに至る。
───天魔無明流 奥義・終夜一閃。
師から授かった最速の居合術である。
その剣は、光を越え、時を斬る斬撃。
東魔の最高の剣の使い手は物理法則すら斬りふせる。
───俺の剣も、時に手が届いたようだな……。
目の前で砕け散った氷の刃を前に、俺は刀を鞘に納めた。
クオンが俺の戦闘領域をどう超えるかわからなかったが、時間凍結というのは、目にも止まらぬ超加速だ。
俺の元へと走りきるなら、確実に俺の剣の間合いの内だ。
時間凍結が開始した瞬間に斬撃を放っておけば、凍結した時間内で距離を縮めた際、あらかじめ放っておいた斬撃と接触することになる。
不安だったのは、はたして俺の剣が時を越えるに至っているかどうか、だったが、心配はいらなかったようだ。
時すら超えた光速の刹那に、勝負はついた。
勝者として、生殺与奪の権は俺にある。
彼女を殺したくはない、これは仕事ではなく、武闘会だ。武術比べの場である。
というわけで、クオンに頭突きを喰らわせた俺である。
───それにしても、だ。
昏倒し、アスファルトに倒れる彼女を見下ろす。
額を抑える。指に、赤い血がついた。割れたみたいだな。
久しぶりに手傷を負ったぞ、俺は。
「あいかわらず石頭だな」
魔力の枯渇───憔悴した様子のクオンを担ぎ上げ、危険のなさそうな場所に運ぶ。
俺は先に進まねばならないのだが、その前に彼女に、言っておくことがあった。
俺がなぜ、祖国を離れたか。
なぜ、古巣を裏切ったか。
幾度もなぜと訊かれた問いかけ。
その答えを、彼女には、伝えておくべきだろう。
*
目をさます。気を失っていたのは、どれくらいだ。
さほど間はないだろう。
中天に太陽が昇り、空には黒点が浮かんでいる。
世界の終わりが近いというのに、快晴だ。
クオンは気づくと、ビル街の道路の端、建物の壁に凭れていた。
誰かがここまで運んだものらしい。
その誰か、レイヴンは、クオンに気づくと、気まずそうに目を逸らした。
「あー、大丈夫か、頭は」
「気遣うくらいなら、やらないでください。それより、なぜ、まだいるんですか」
なぜ、自分が目覚めるまで待っているのか。時間の無駄としか言いようがない。
彼は、言い淀んだ。相当、切り出しにくいようだ。
「いや、だが……、そのだな……、あー、なんだ」
「なんですか」
クオンが聞くと、彼はおもむろに口を開いた。
「お前は以前、なぜと聞いたが、わからないんだ」
「わからない? 何がですか」
なんの話か、大体はわかる。
以前、何度もレイヴンに問いかけた。
なぜ、東魔を離れ、なぜ、自分たちを捨てたのか。
その問いの答えだ。
「俺はあの時、撃墜された時、アルビレオに何かを見た。たしかに、あの時、俺は何かを望んだ。そいつを掴もうと手を伸ばした。それが何か、わからない。だから、それを知るために、あいつのそばにいる」
「それが先輩のやりたいことですか」
「納得できないだろ。俺も実のところ、納得できないんだが」
困ったように、頭を掻く。
「いいえ、よくわかりました。先輩はまだ、一生懸命生きてるんですね」
納得できない答えでもいい。
正しい答えなんかじゃなくていい。
ただ、知りたかった。
先輩、彼がまだ、走っているのかどうか。
それを知りたかっただけだ。自分は。
彼は不器用そうに、素朴な青年のように、少し笑った。
「そうだな。お前と同じだ」
彼は言って、走り出した。
クオンはその背中を見た。
今度は、追いかけることはせず、見送った。
時針剣のクオン───決着!




