天魔無明!大乱闘
───いい気分だ。
強い風が耳鳴りのように吹きつける。
高所に立って一望すればイスランデの街並みは玩具箱のようだった。
空には黒点。青い空を背景に、飛竜が複数確認できる。
耳に当てた携帯から、あいつの声が聞こえる。
『あー、テステス、聞こえてる? こちらアルビレオ、君のナビゲーターだ。敵影多数接近中。そこのビルの下に五名、君のいる最上階に向けて二名、向かってきてる。目視で確認できるかな?』
「ああ、把握している」
『ならばよし。君は今、簡単にいうと敵陣の真っ只中。完全に包囲されてるよ。気分の程は?』
「悪くない」
『なによりだ。さて、それでは、フライトの時間だ』
通信をオンにしたまま、携帯をコートの胸ポケットに入れる。
地上232メートル。バルムンド・スカイ・タワービルの屋上から街を見渡す。
眼下には人の集まる狭い交差点に、背の低いビルがいくつか。ビルの壁面に取り付けられた電光掲示板には、どこかで見た顔の男が大々的に映っている。
こんな馬鹿げた事態になっちまった全ての元凶である男───つまり、俺だ。
竜とバカは高いところが好きなものだ。この場合のバカは俺。竜も俺だ。
馬で鹿で鴉で竜ってもはや自分がなんなのかわかんねえな。
アルビレオに以前、カラスの見た目のことで相談したことがあるが、ヌエと言っていたが、なんだそりゃ、聞いたこともねえ。
キメラのようなものらしいが、そもそも俺とキメラを一緒にするのはいくらアルビレオといえど許せない。
俺は、ヌエでもキメラでもないぞ。
俺はあいつの超かっこよく最強最高のドラゴンなので。
だから、柄にもなく、そういうものを気取ってやってもいい。
そんな気分だよ。
廃棄都市イルミナで暇をしていた頃、夜中に見たドラマというやつはかっこいいものだった。
アルビレオが言うには、あれはサムライというんだと。
そういうわけで、今回の武闘会の俺のエントリーネームは、天魔無明とさせてもらった。
この名は、俺が師から授かった剣の名だ。今回の馬鹿騒ぎにもってこいだろ。
今の俺の立場は、裏切り者ではあるが、心はサムライ。
そうありたかったものだ。
俺の人生は、そうだな、どちらかというと野良犬だ。
とはいえ、エントリネーム・天魔無明レイヴン、いい名前だ。
少々、馬鹿げた響きだが、屍肉喰いより好きな名前だ。
大体、屍肉喰いってなんだ。気にいってない。俺が戦場を転々と渡り歩いていたからって、なぜそんな酷い二つ名になるんだ。食ってねーし、死体。カラスが不吉な生き物だからって、その見た目にかこつけて、屍肉喰いだなどと、悪口以外の何者でもない。
ビルの屋上でそんなことを考えこんでいると、ふいに声をかけられた。
「エントリーネーム天魔無明、レイヴン殿とお見受けするが、貴殿か」
いい。向こうが乗ってきた。いいぞ。
後ろをたっぷり余裕をこめて振り向くと、闇色の上着を纏った壮年の剣士が鷹のように鋭い瞳で油断なく構えている。
サムライ映画のワンシーンのようだ。
「いかにも。貴殿は、『吸血騎士・ミハイロフ』殿だな」
昼日中に現れる吸血鬼とは、かなりの高位の血族である。
吸血鬼連中はもっぱら西央近辺の人類諸国───人類西方領域から足を伸ばさないものだが、こいつは、そう、放浪の騎士というやつなのだろう。
この手の吸血鬼は飛ぶし、疾い。
ミハイロフが言った。
「いざ尋常に……手合わせ願おうか」
腰のベルトに吊り下げた刺突剣へと手が伸びる刹那。
屋上に新たな来訪者が現れた。
「待ちなさい、その男───屍肉喰いはこちらに渡していただきましょう」
ガクッと気分が落ちこむ。
盛り上がってきたというのに、俺の顔を知っているようだ。
どこだかのマフィアっぽい見た目の東方系の魔族。なでつけたオールバックに、メガネ。
着ている服は高級なスーツ───こいつは、『グリフォン・斉藤』!
アルビレオの下調べによると、東方系魔族のマフィア集団の凄腕暗殺者兼ボス。彼の背後には配下の黒服の男たちがずらりと並び、こちらにアサルトライフルAT-47の銃口を構えている。
「屍肉喰いは引退だ。というか、お前、俺の顔を知ってるとか、どこかで会ったか?」
斉藤がインテリそうな横顔に青筋を浮かび上がらせる。
「貴様……言うに事かいて、サヴァラダのグリフォンを忘れたか!?」
忘れた。知らん。誰だ。
サヴァラダといえば、東魔のさらに東の戦場だな。砂漠地帯で、暑かったのを覚えている。目を焼く太陽に、白熱した砂の広大な土地。あそこは綺麗だった。
俺は砂漠をはじめて見た。そこで何があったかというと、覚えていない。
いつも通りのことをしただけだ。たぶん、誰か何かを踏み潰したな。
記憶にないが、そこらへんで会ったのだろう。
戦争管理官の仕事というものは、征服のための侵略か、支配のための征服の二択。
どちらであったとしても、俺を恨んでいるのだろうな。そんでおそらく軍人上がりで、地元マフィアに就職してメキメキ頭角をあらわした感じの経歴だなぁ。
いざ尋常に勝負といきたかったところに、とんだ邪魔が入ったものだ。
まあ、いいか。
どっちもエントリーネームからして飛行系魔族。
追いついてくるはずだ。
俺は、ビルの手すりに足をかける。
「じゃ、ついてこい。空中戦だ」
俺がひょいと手すりを乗り越える寸前、グリフォン・斉藤の連れている部下たちがAT-47を一斉掃射。
銃撃の嵐がビルの屋上を舐めるように埋めつくす。
迫り来る弾丸で蜂の巣になる前に、俺はビルからひょいと飛び降りた。
部下のマフィアどもが邪魔すぎるし、下にも敵が集まってるからな。
俺の頭の上を銃弾がかすめ、さらに遠ざかる。
フリーフォール。ビルの高さは232メートル。地面につくのは約7秒後だ。
一瞬の浮遊感。
びゅうびゅう風が吹いている。いい気分だ。
上空から、二つの影が俺を追って急降下してくる。
片方は、ミハイロフ。吸血鬼の蝙蝠の飛膜を背中に広げ、翼を強く振って、スピードを出している。
もう一人は、グリフォン・斉藤。こちらは高位の魔族だったようで、グリフォンの姿に変じている。魔獣としての側面を持つ魔族は強大なものが多い。グリフォンが前足を伸ばし、ビルの壁面を叩きつけるように跳躍し、俺の首を目掛けて急降下。
よし、ちゃんと追いついてきている。くると思った。
血気盛んで助かる!
俺は落下する体を前方に屈めて、東魔刀の柄を握った。
親指で鍔を押し出し、奴らが横並びに俺に接触するのを待つ。
ミハイロフの繰り出す刺突剣とグリフォンの爪が交錯するその一瞬───抜刀。
吸血鬼の刺突剣とグリフォンの爪を幾度か捌き、最終的に、どちらも空中で両断。
刀を鞘に納める。
カチンと鯉口が鳴る音と共に、刹那の戦闘が終わる。
胸元からパックリ二つに割れた死体と共に、落下。
───吸血騎士・ミハイロフ、グリフォン・斉藤、撃破!
悪くない出だしだ。
俺は下方をちょっと見る。そろそろ地上だ。
俺の落下地点を囲むように、敵が集まってきているようだ。
いい塩梅だ。円を描くように包囲する彼らの頭上から、力場を展開。
やつらの頭上から落下している生き物は竜だ。
体長20メートル越え、32トンの巨大生物。
その範囲内に俺は、全体重の力場をかけた。
着地と同時───踏み潰す。
───竜とは暴虐を行うものだ。
噴煙が舞い上がり、アスファルトが破壊される。
悲鳴とパニックの声がいくつか。
その中でも戦意を失わない、大会参加者たちが三名。
二名は俺の力場で潰れたものらしい。気配なし。
アルビレオの通信が入る。
『えーと、今ので、ミハイロフ、グリフォン、それに迎撃のガロンと蹴撃のレイレイがそれぞれリタイア。ガロンはどうやら魔導砲の準備をしてる間に、レイレイは普通に君に対空蹴りで向かっていっての勇敢な脱落となる』
俺の足元にいたやつは即死か。
『周辺の残りは三名。マップによると、続々向かってくるよ。そこの三名を片づけたら、まずは大通りを西南方向へ向かうといい。一本道だ。後から追ってくるやつは、君を追うし、西南にいる大きな集団を潰すのが先決だ。えーとこれは200人隊長・コンドルフの率いるバイカーギャングだな』
おそらく200人いると見た。
「なあ、なぜ武闘会の参加者がそれだけのチームを率いて参戦してるんだ」
素朴な疑問だ。自分一人で勝ち上がるだけなら武装組織は必要ない。
アルビレオが平然と言った。
『みんな考えることは僕と同じさ。武闘会で勝てなくても、別のプランを立てておくものだ。最終的にラグナロクをとった人間を、襲撃する計画でも立ててたんじゃない?』
野蛮な催しだな。イスランデ大武闘会。
俺が辟易していると、瓦礫の中から、敵の影が現れた。
小型機械兵が三機。
22メートルより離れた場所に、ロケットランチャーを構えた軍人風の男が一人、さらにその後ろから、戦場でしか見かけない戦車がビル街を押し潰しながらこちらに向かってくる。
「ふざけるなよ」
俺は怪物めいた鋼鉄の戦車を見ながら言った。
武闘会でもなんでもないだろ、これ、もはや。
『僕は真面目だ。えーと、小型機械兵の中の一騎に檄槌ドゴールというドワーフ軍人が一人、戦車の中に国籍不明のファントム田中、ロケットランチャーを構えているのが鉄軍人バクスターだ!』
「そういう意味ではないがそういう意味でもある。なんだあの怪物は。どうやって戦車を持ちこんだ」
『僕という例外がいるんだから、戦車ごときなんだ。送ってやろうか、シルヴィア10X』
頭が痛くなってきた。白銀の魔導機械人形。
あんなものに出てこられたら全てが終わる。
「俺がやる。続けてナビを頼む、どんどん行くぞ!」
まったく滅茶苦茶だ。
───だが、気分は悪くない。
───アルビレオ。
あいつと出会って俺の人生は滅茶苦茶だ。
世界はもっとシンプルだった。
一つのシステム。機構。狂いのない歯車によって動く機械仕掛けの世界。
だったはずなのに、吸血鬼や、鬼、人、そのほか諸々、みんな今じゃ俺の敵だし、あいつの敵で、たまに友人になったりもする。世界は雑然としている。
雑多で、うるさくて、混沌とした世界。
それが楽しい。
意外にも。
*
テレビで見ると、レイヴンが落下しているところがバッチリ、カメラクルーによって撮影されている。
武闘会本戦の開幕だ。
人間状態でも竜は竜。
基本的に彼は、魔力装甲を用いない時でさえ、魔力装甲に費やす分の莫大な魔力をエネルギー操作の魔術である力場に回している。
つまり、小さく見えても、22メートル32トンの巨竜が暴れ回っている状態。
深刻な魔獣災害といえる。
しかし彼一人を仕留めるために、ロケットランチャーや型落ちの小型機械兵(これは正式採用されたブリッツじゃなくて民間に払い下げられたもの。車両的には東魔だな)や、さまざまな殺傷武器が画面上を行き交っていて、もはや紛争地帯と呼ぶしかない。
街中が戦闘の熱気に溢れている。
それにしても、戦争のどまん中にいるレイヴンに張りついて撮影するとは、すごい気合の入ったカメラクルーがいるものだ。
WAND上での僕の操作を見ていたモクレンが言った。
「街頭スクリーンのハッキングまでしたのね、悪い子」
「やるならド派手にやるさ。僕らの目的は、ロスガル市内の本戦参加者を全員釣り出すことだ」
「それで、全参加者にレイヴンの居場所を送信してたのね」
モクレンが言う。
ちなみにこれはレイヴンの発案である。
ロスガル市内に広がる参加者をいちいち探し当てるのは面倒だ。
そのため、レイヴンの現在位置を向こうに知らせることで、一箇所に集まってもらおうという作戦だ。
僕らの目論見はあたり、続々、レイヴンというターゲットの首を取るため、大会の参加者が集まってくる。
そのおかげでレイヴンのいる場所は爆心地になってしまった。
ロケットランチャーが無事に着弾したらしい。
テレビの中に閃光と煙が上がる。
「大丈夫かな、あいつ」
僕がぼやいていると、クオンから急に話しかけられる。
「それ、私にもできますか」
「えっ、テレビに映りたいのかい?」
「いえ、その本戦参加者の位置です。私も参加します。二人でやれば、数は少なくなる。先輩を仕留めるのをあきらめて、ことをやり過ごす参加者もいるでしょうから。あからさまな囮に引っかからない方を処理して回ります」
「手伝ってくれるんだ」
「勘違いするな、あくまで私は敵だ」
キッパリとクオンが言う。
「それに、レイヴンは私が仕留める。周りの敵を排除して、仕留めやすくするだけだ」
クオンが、携帯を取り出す。
僕は受け取ると、レイヴンと同じアプリを彼女の携帯にインストールした。
「これでよし。大会管理運営アプリのマップ画面を見れば、残っている大会参加者が赤い点で表示されるはず」
「これで、先輩の位置もわかるんだな」
「もちろんさ、どこにいても把握できるよ。昔の同僚なんでしょ? 君が手伝ってくれたら、レイヴンもきっと助かるよ」
僕はクオンに携帯を返した。
「私は……そんなんじゃない。ただ、あの人と、決着をつけたいだけだ」
クオンはそんなことを呟いて、部屋を出ていった。
「決着……?」
決着ってなんだ。僕は頭をひねる。
レイヴンとクオンは昔の同僚だという話だったが、とてもそれだけではなさそうな思い詰めた顔だった。
───どうやら、複雑な人間関係があるようだ。
僕が首を傾げていると、モクレンがこっちにチャーミングにウィンクした。
「大人にはいろいろあるのよ」
どうやらそうらしい。
「みんなそうやって、僕をこども扱いして……僕だっていろいろわかってるよ。レイヴンに、過去がありそうなことくらい」
「あら? それでどうするの?」
「どうもしない。過去に何があろうと、今は大事なギルドのメンバーだ。仲間だからね。あいつの過去がどうあれ、それで僕の態度は変わらないさ。それに、僕ら魔導士にとってはモラルや道徳は塵に等しい。自らの意思が最優先だ。だから、まあ、僕はこれ、誰にでも言ってるんだが……彼の思う通りにしたらいい。彼が何者であるかより、これから先、彼が何をしたいかの方が重要だ」
この世界は生まれて生きるに値する素晴らしい世界だ。
疑いようもなく僕はこの世界をそう感じている。
願わくば、友人である彼にも、そう思ってほしいものだ。
僕が彼に望むのはそんなところだ。
僕が言うと、モクレンはビシッと僕の鼻先に指を突きつけた。
「甘いわね。本当に。そんなだから永久在職権を請求されるのよ」
「うっ……いいじゃないか、そんなの」
「いいえ、使い魔に勝手を言わせてはダメ! きちんと上下関係をはっきりさせとかないと、この先あなた、食べられちゃうわよ。頭からパクッと」
ブラック・ドラゴンにパクッと頭から丸齧りにされる図が僕の頭に浮かぶ。
悪夢だ。
モクレンは鬼人の呪師だ。
魔物を使役する術にかけては専門家だろう。
その彼女が言うことは真に迫っている。
「い、いや、使い魔じゃないし、まだ一応バイトだし」
「バイトだとしても、ビシッと言いなさい、ビシッと。主人のあなたがはっきり言わないからつけ上がるのよ。レイヴンは、あなたより人生経験も戦歴もある、狡猾な男よ、ぼやぼやしていると、そのうち最高司令官の座を奪われてしまうかもね」
「なっ、なんだって……謀反だと……!?」
その発想はなかった。だが指摘されればありうる可能性だ。
レイヴンはわざわざ副司令官の座まで要求してきた。
僕を追い落とそうとする、野心、ありだ……。
疑念がむくむく湧き上がってくる。
「そうよ、謀反よ、謀反。気をつけなさい、あの男には」
「むむむ……忠告ありがたく受けとっとく」
僕はちょっと考えこんだ。
裏切りはいいが、むざむざと最高司令官の椅子を取られるのは困る。
その場合は、レイヴンと熾烈な戦いになるだろう。
戦いには、備えるべし。
「そうそう。その意気よ」
モクレンが言う。
「ふむ。やつとの労働協議は後から熟考するとして、とりあえず、僕らは僕らの仕事をしよう。モクレン、頼めるかな」
「ええ、もちろん」
僕はWANDを持って、テーブルから立ち上がる。
「よし、それじゃ、僕らも向かうとしようか。魔王兵器ラグナロクの封印機構、イスランデ王族が代々隠し伝えてきた王家の遺跡、地下神殿ミーミルへ」
僕はワクワクしてきた。
マクダレン教授からもらった鍵は、僕のポケットの中。
ここから向かう地下神殿ミーミルには、かつての考古学遺物研究チームの残したラグナロクの貴重な研究資料も残されているのだという。
最高だ。
本来だったら、地下神殿ミーミルへの道は固く閉ざされ、部外者の魔導士の僕には秘密の扉が開かれることはなかっただろう。
だが、今はなんと、どういった因果か、マクダレン教授直々に鍵を預けられ、研究者本人の口から研究データへの全アクセスを許可されているという状態だ。
ラグナロクの全研究データ。
きっとこんなことでもなければ、バルムンド王がしっかり王家の貴重な資料として保管し、一般には開示されなかったであろう貴重なデータ。
そんな貴重すぎる資料を、ミーミル内の中央管理演算機をサルベージして、僕の個人利用的なアーカイブに永久保存する大チャンス。
しかも、だ。
レイヴンがいないから、自由に羽を伸ばして、貴重で稀少な地下神殿を思うままに探索できる!
いや、まさにこれこそ、渡りに船だ。
僕は口笛を吹きつつ、ラウンジの出口に向かいかけて、慌てて、部屋のまん中にとって返した。
いけない、いけない。トランクケースを忘れるところだった。
魔導士たるもの、備えが肝心。
僕のトランクケースはどこに行くにも絶対、忘れちゃいけないんだ。
トランクケースの蓋を開けて、WANDをしまうと、僕は再び歩き出した。
*
───私にできるだろうか。
クオンは自問した。
あの人を、倒せるだろうか。
ロスガル市内、バルムンド・スカイ・タワービルから700メートルほど離れた立体駐車場の三階。今し方、使用したばかりのサーベルについた血を拭う。
『魔弾ティルトック』と名乗る狙撃手を処理したばかりだ。
虚な目を晒す遺体のそばには対魔物狙撃銃が落ちている。
魔物討伐の際に使われる威力の高い弾丸、魔導力狙撃弾を用いる特殊な銃だ。
その弾道は魔導力光による白銀の光跡を描くことでシルバーブレットとも称される。
魔導狙撃弾による狙撃。
ある意味で一つの正解だ。
だが、それで竜を殺せただろうか。
魔導狙撃は射手の力量により、威力、弾道、精度が変わる。はたして、このティルトックの力量はいかほどのものか。もう知ることはないだろう。
すでに死体だ。
それにクオンの奇襲がなく、万全の状態であったとしても、レイヴンに傷をつけることができたとは思えない。
狙撃手の位置が割れている。
あの魔導士の探知魔導によるものだが、位置の知れた狙撃手はそれほど脅威ではない。
先輩───レイヴンは狙撃手の位置を把握して動いていることだろう。
ティルトックの死体の胸部、契約石を踏みつけて砕く。
契約石によって集めた魔力を有効活用できるのは、致命傷を回避する剣の腕を持ち、即座に再生術を発動できるバルムンドのような魔剣士だけだ。
いくら魔力が上がっていようと、即死すれば、無意味だ。
クオンは携帯のマップを確認した。
次々に敵を示す光の点が減っていく。
どうやら、全員片付けるのに、そう時間はかからなさそうだ。
───こうしていると、あの人と組んでいる時のことを思い出す。
レイヴンが斬り込んで囮をやっている間に、本命を片付ける。
東魔でよくやっていた手だ。
二人で組んでいるようで、内実は、違う。
彼は一人で十分だと考えている。だから一人で、単騎で先駆けていく。
たしかに効率はいい。
囮になったレイヴンの後から、残り物を処理していくのは。
こうやって追いかけているだけではダメだ。
これでは、彼の視界に映ることすらできない。
サーベルを鞘に戻す。駐車場から外へと目を向ける。
レイヴンは、西南方向へと直進しているはずだが……。
ずいぶん派手にやっているから、ここからでも見えるはずだ。
確認しようとして、ふいに直射日光が目を差した。
クオンは目を眇めた。
まぶしい。
───私に追いつけるだろうか。
自問しつつ、踵を返す。
これまで、レイヴンとの直接的な戦闘は一度もなかった。
情けないことに刃を交わすことすらなかった。
教父に指摘されたように、情のために、戦闘を避けていたわけでもない。
相手にもされていないのだ。
彼にとっては、自分は殺すにも値しない存在なのだろう。
───いつも、そうだ。
いつも、彼に、生かされている。
あの時もそうだった。
正式に魔獣の巣へと配属される前のことだ。
クオンは孤児である。
それも血筋もしれない半分人間の孤児だ。
東魔では人類の混血は蔑まれ、まともに生きる道などない。
だがクオンは違った。
魔族には生まれ持った魔術がある。
異能ともよばれるそれは、血筋に由来することが多く、それ故、東魔国の魔族においては血縁が尊ばれる。自分に流れる血が、いかなる家名のものであったかなどクオンには知りようがなかったが、運がよかった。
クオンが生まれながらに有していた特殊な魔術。
時間凍結。高度な時間干渉術。
東魔の紛争地帯で、孤児が生きるためには戦場で価値を示すしかない。
クオンの持つ魔術は、生きのびるために役に立った。
それは、人類と魔族の混血児の集められた少年兵の育成施設───護国救士軍学校の最後の年でも同じことだ。
ハルドラ殲滅戦。
かつて不落と豪語した南部の要衝ハルドラの強固な防衛を崩すため、少年兵たちで構成された陽動部隊が投入された。
その中にクオンもいた。
ひどいものだった。
陽動部隊が追撃され散り散りに壊滅していく中、いつの間にか生きのびていたのはクオンだけだった。
戦場で生きのこる。それだけがクオンの生きている意味だ。
そこで生きのびるものだけが、次の戦場へと向かうことができる。戦場の中で生きるとは、そういうことだ。戦場から戦場へ。元より、孤児であり、混血児である自分には生きる場所はそこだけだ。
戦うことだけが、自分にとって生きる術だった。
他の少年兵たちも皆、似たようなもので、ただ、死にたくないから、敵を殺していた。
でも、あの日は違っていた。
生きるためだけに、敵を殺し、生きのびるためだけに血に濡れた刃の柄を握ったその瞬間。
もういいか、と思った。
生きるのは、ここまでで。




