魔剣買取交渉における報酬と請求
一夜明けて、昼。
イスランデ武闘会本戦は今日の正午から。
レイヴンからオーダーされた仕込みの下準備をして、大会運営アプリに侵入し、さらにはアプリから盗……引っこ抜いたトーナメント参加者の情報をプリントアウトしたものをみんなに配ったりして午前中は終わった。
地味な下調べだが、レイヴンは本戦参加者の顔と名前と所属を一通り頭に叩きこんでいた。
武闘会本戦は集団戦になる予定だ。
バルムンド王のルール説明によると、本戦通過者に対してチームでの支援が可能だという話だ。
単独で参加しているものはともかく、地元マフィアや海外ギャング、それに外国の諜報機関やテロリスト集団など、組織的にこのイスランデへとやってきているものも多い。彼らは確実な勝利のため、集団で連携しつつ本戦へと向かうはずだ。
通常の一対一で戦う武闘会とは違う変則ルール。
複数が相手の場合、接敵した際に、誰が倒すべき獲物かわからなくては話にならない。いちいち携帯を開けて、顔を確認するのは時間の無駄だ。
速やかな対象者の撃破が望ましい。
僕らは数では劣る。たった四人のチームで、実働隊は二人。クオンは動いてくれるかわからないので、実質レイヴン一人が戦闘を引き受ける。
とはいえ、僕らは情報戦で圧倒的に優位である。
これは僕の蟲のおかげ。
このレベルで参加者の情報を持っているのは、アプリの管理責任者かつイスランデ国王であるバルムンド王くらいだろう。
それに、僕はレイヴンに渡した携帯から、周辺状況をある程度察知できる。
これで僕は、僕の仕事をやりつつ、レイヴンの戦闘を遠隔でサポートできるというわけだ。
さすがに彼一人に戦闘をまかせきりにするんじゃ最高司令官として無責任すぎるし、僕も危なくなったら援護に入ることができる。
武闘会本戦が集団戦なら、こちらもタッグで連携して事にあたる、というわけだ。
ロジックゲート・ワンダリング・アーカイブの展開準備も昨日のうちに済ませたから、今日は転送のラグなくアーカイブを展開構築できる。
手持ちでできる防衛の準備は完璧。
僕の愛娘・魔導機械人形シルヴィア10Xを出陣させたいところだが、さすがに武闘会はイスランデのテレビ局などが張りついて放送している。
こんな昼日中に外国の市街地のどまん中で、お目見えしてはいけない機体だ。
あれは。
僕は軽食にジャムとピーナツバターの入ったサンドイッチを食べつつ、テレビをつけた。
見たいのは、今朝の市街地の様子だ。
僕が思うに境界破綻点はそろそろ第三段階に入り、街中には魔物が物質化し始めているんじゃないかな。
テレビを見ると大当たりだ。
ロスガル市内では多発的に魔物の突然発生が確認されている。
現地担当アナウンサーが街中に発生した巨大なキメラの前で、ひたすらレポートを続けている。ガッツがある。
また別の街角では、スライムの大群も見えた。結構な騒ぎだ。
僕は窓の外を見た。
青い空には飛竜が群れになって飛び回り始めている。エサとなる小さめの小型飛行魔物を追っているらしい。
ふむ。
魔物とは、普通は、こういった市街地には発生しないものだ。
発生しても、すぐに地元警察や地元冒険者ギルドによって駆除される。
なのだが、今回は街中から突如として魔物が発生したようにしか見えないだろう。
世界の外側から流入した魔力が、ロスガル市内の魔力濃度を一気に上昇させているから起きる現象で、対応は後手に回っている。
テレビでは現地のアナウンサーから、スタジオにマイクが戻り、女性ドワーフのアナウンサーが真面目な顔をして、一般市民への避難を呼びかけていた。
それもそうだろう。
大規模な魔獣災害が起きているというのに、武闘会の方も延期はしない。
今日、正午から本戦スタートだ。
イスランデ市民は、家から外に出ないほうが良い。
今日、ロスガルという街は戦場になる。
いいんだろうか、街中でそんなことして。
いいんだろうな。バルムンド王がやれと言っているんだ。
魔獣災害の専門家として呼ばれたイスランデ支部司祭ベルリッツくんが、魔獣の危険性について説明をはじめたところで、僕はテレビを消した。
さて、そろそろ本戦だ。
僕は魔導協会の正装に着替えていた。
肩から羽織る聖職者のような裾の長い白いマントに、白い上着と、白いズボン、上から下まで真っ白な驚くほど汚れの目立つ、協会の魔導士の戦装束。
今日はおそらく大魔術を使うことになるからだ。
なくても良いけど、あった方がいい備え。
膝に落ちたパン屑を手で払う。
ラウンジには、支度を整えたモクレンがソファへ、レイヴンが僕の正面、クオンはちょっと離れた窓のそばにもたれて、外の様子をうかがっている。
世界監視機構臨時支部のメンバーは基本的に東の人が多い上に、しかも大体レイヴンの身内だった。
世間は狭いものだ。
僕は彼らの関係には関わりがないので、拗れているらしい人間関係についてはノータッチである。
僕はただのレイヴンの雇い主。
スカウトしただけ。
そろそろ本戦が開始する時間だ。
僕はテーブルの正面に座るレイヴンに言った。
「えーと、では、僕らは僕らの仕事に取りかかる、君は戦闘員としてがんばれ」
「了解した」
レイヴンからだけ返事が返ってくる。
まあ、いいか。
基本的にはレイヴンが実働隊だし。連絡事項は彼に伝えておくだけだ。
「レイヴンは、つねに携帯のチャンネルをオンにしておいて。適宜、こちらから連絡を入れる。ルール無用のバトルロワイヤル。生死不問のデスマッチ。他者からの支援ありが、今回の本戦のルールだ。向こうもどんな手を使ってくるかわからないが、こちらも使える手は全て使う」
このようなことになってしまったが基本的なルールは変わらない。
レイヴンにも言った通り、全ての参加者を打破すれば、ラグナロクの出力は落ちる。バルムンドの打倒も簡単になるだろう。
「ま、大武闘会VS君、という無茶なカードになってしまったが、こちらから万全のサポートはする。序盤の敵に、気構えることもないだろう。だって、君はほら」
すかさず黒衣の男が口をはさんだ。
「お前の使い魔だな、ほら、俺ってお前のドラゴンだし」
「違う、僕のバイトだ、僕のバイトドラゴンだ」
僕らの間の視線が交錯し、火花をちらす。
いまだに待遇の件で僕らはもめていた。
レイヴンのじっとりした視線の圧を肌に感じる。
首筋に、じわじわと冷や汗をかきそうなほどのプレッシャー。
───くそ、負けてたまるか。
レイヴンから放たれるプレッシャーを無視し、スルーし、考慮の余地などなく、毅然とした態度で僕は言った。
「とにかく君を全力で勝たせる、ま、僕がいるんだ大船に乗ったつもりでいたまえ。大船通りこして、豪華客船アルビレオ様号だ、ワーハッハッハハハ!」
「……」
レイヴンが沈黙する。
「……大型空母にしようか」
言って、僕は視線を逸らした。
「必ず帰還するが、自分を船にたとえる男をはじめてみたから驚いた。それでいいのか、お前は」
今のはマズイたとえだったかもしれない。だが、ひとまずは、勝った。
勝ってないかもしれないが、勝ったということにしておこう。
「さて、僕らの目標を簡単に確認しておこう。まずはバルムンドの無力化。それと、ラグナロクの回収、空に開いた境界破綻点のスムーズな修復だ。ま、簡単にいうと、勝って世界を救おう大作戦だ。うん、これ以上なく複雑な問題だが、これらを一気に解決する手立てがある、それが」
僕は人さし指で天井を指さした。
「イスランデ武闘会での優勝だ!」
そう、何はともあれ、まずは勝つことだ。
完膚なきまでに圧倒的に勝つ!
そうでなくてはならない、というか、昨日あれこれ言ったものの、実は僕らにはこれ以外に方法はない。
なぜなら……。
「これ以外の方法で、バルムンド王を打破すれば、僕らは即・大犯罪者だ! 明日の朝刊に乗るか、ワイドショーでお茶の間の話題になってしまうだろう。しかし、武闘会の参加者であるかぎり、僕らを大会のルールが守ってくれる。ルールを守って、ルール無用でいこう!」
僕は拳を握りしめた。
そういうことである。さすがにこの僕といえど、王様に殴りかかった、とか、王様の暗殺を計画した、とか、そういう悪評は困るのだ。
「あいかわらず、すごいこと言ってますね、あの魔術師」
「それを無法というんじゃないかしら、アルビレオ殿?」
うるさいぞ、外野。
そっちは無視して、僕は宣言した。
「さあ、武闘会を優勝して、世界を救おうじゃないか!」
出陣前の演説としては、なかなかじゃないか?
ビシッと決まった。
僕が一人で悦にいっていると、またもや後ろから声がした。
「大げさですね」
「元気なのよ。まだこどもなのよ? そういうとこ、かわいいじゃない」
「そうですか? はた迷惑なように見えますが」
勝手なことを言っている。僕はヘナヘナと脱力した。
───ああ、もう、きまらないなあ。
一人、僕を観察していた(としか言えない。こいつは昨日から僕を謎の珍生物を見る目で見ている)レイヴンが、おもむろに椅子から立ち上がると、僕のそばにやってきた。
「……」
無言。
無言で彼は僕を見下ろしている。
じーっと僕のつむじのあたりにドラゴン(今は人間体)の視線が注がれる。
「な、なに……?」
「最高司令官殿」
「な、なんだよ、あらたまって」
「……任務の仔細承った。ようは勝てばいいということだ。俺は勝つぞ」
「……そ、そりゃそうだ」
勝ってもらわなきゃ話にならない。
「そこで、だ。一つ確認したいのだが、俺はお前の、使い魔ではなく、被雇用者だな?」
「そうさ、バイトスタッフさ」
「使い魔であれば、俺が勝って得た栄光はすべて主人のものだ。だが、バイトスタッフであるなら、今回の俺の任務は、勝つところまでだ、そう考えてもいいか?」
「な、何が言いたい」
僕はやつを警戒しながら聞いた。なんだか、この話の流れは良くないぞ。
レイヴンはこともなげに言った。
「……優勝賞品は俺のものだよな?」
爆弾発言だ。
僕は声を荒げた。
「なっ、なんだって!? そこはごまかしてたのに!!」
レイヴンが優勝した後、なし崩しにラグナロクをこっそり回収しようと思っていたというのに。
黒衣の男は、無表情な顔できっぱり言った。
「いや、報酬の取り決めははっきりさせておくぞ。バイトスタッフはバイトスタッフとして正当な対価を要求させてもらう。武闘会に出場するのはあくまで俺だ。ラグナロクは俺のものだ」
「君には、デュランダルがあるだろ!」
僕は言った。
昨日レイヴンにあげた新しい武装、聖剣デュランダルは世界中のどこの武器屋でも買えない逸品だ。
「これはエリックからの預かりもんだ」
僕はガックリと肩を落とした。
デュランダルの素体はエリックくんが鍛え上げたものだ。
「うう……いいじゃないか、ラグナロクは僕にくれたら! 魔剣なんて、君は欲しくないだろ!? くそっ、取引だな……しょうがない、ラグナロクを僕が君から買い上げる、いくら欲しい」
魔剣なんかにちっとも興味がないだろうレイヴンがこういう話を持ちかけてくる、ということは、僕に対して要求があるのだ。ラグナロクをエサにして僕から引き出したい取引があるはず。
結局、ラグナロクの所有者の問題は、またもや買取交渉に戻ってきてしまった。
レイヴンは淡々と交渉を進めた。
「今回の件で、ラグナロクは金銭に換算できない価値があることがわかった。俺としてはこの類の剣は廃棄したほうがいいと踏んでいるんだが……」
レイヴンは僕の足元を見ているようだ。
「なんだと。この後におよんで僕を脅す気か、貴様……」
黒竜は、というか竜は、伝説上では狡猾で金銭の類に執着するものだ。
かなり、ふっかけてくるぞ。
しかも鴉だ。絶対金ピカのものを欲しがってるんだ。
僕が持ってる価値のある宝飾品っていったら、あれかな、魔王兵器ニーベルングの指環。世界を支配できるほどの恐ろしい指輪らしいが、触れると死ぬので今もまだ能力の確認はできていない、金ピカの指輪だ。
僕は怒り心頭でありながらも、冷静にレイヴンの言葉をまった。
交渉で短気は損気。まずは相手の出方を見てみることだ。
黒衣の男は、あいかわらず感情の読めない暗い目つきで僕を見た。
「バイトスタッフから待遇の改善を要求する」
「……言ってみろ」
「お前の使い魔にしろ」
はい。却下。
これは何を引き換えにされても、たとえ魔王兵器ラグナロクでも、首を縦に振ることはできない条件だ。
「却下。なんでそんなに使い魔にこだわるんだ。僕の使い魔になっても、良いことは何もない。給与も待遇も据え置きだ」
「目をはなしたら、うっかり死んじまいそうだからだ。使い魔になれば、すぐにお前の危機に気づけると聞いたぞ。今の関係より便利だろ」
レイヴンが至極もっともらしく言う。
ある意味では彼の言う通り。だが、全面的には同意できない。
彼の持っている使い魔契約についての知識は相当、古いものだ。
使い魔契約───パートナーシップ・アライアンス。
簡単にいうと、主人を守護する代わりに、主人から恩恵を与えられる、古い時代の契約方法だ。魔導通信技術の発達した現代となっては、とくに意味がない契約だ。
携帯で連絡すれば事足りる。
今ドキの人類はそんなカビの生えた契約なんてしたくないものだ。
「あー。それね、契約内容による。俗にいう現代の主従契約は書面によるもので、そこまでの精度ないよ。そこまで相手のプライバシーに踏み込める契約はアルスノヴァの古式契約のみ。そして、これはやる気はない。デメリットの方が大きいからね」
「また、アルスノヴァか。そいつは誰なんだ、というより、なんなんだ」
「偉大な、追放者だ。契約は無理だが、それ以外に要求は……?」
レイヴンは使い魔という要求を、意外にもあっさり引っこめた。
代わりにこう言った。
「では、副司令官の座をいただこう、二度とバイトって言うなよ」
「……むむっ」
なるほど、こっちが本命か。
「ついでに永久在職権も要求する。最高司令官の解任請求権ももらおう」
「待て、反乱する気なのか」
「あたり前だ。俺はこういうことにつき合うなら、細かいところは、きっちりさせてもらうからな」
僕は少し考えた。レイヴンの要求。副司令官。大きくでたものだ。
しかもこいつ永久在職権まで。副司令官になったら、ずっと居座る気かもしれない。
ふむ……とはいえ、好きにしたらいいか。それくらいは。気がすんだら、彼もそのうち、どこかに去って行くだろうし。
世界監視機構は来るもの拒まず、去るものもっと追わず。
入り口は広く、出口はもっと広い。
しかし、僕の解任請求権はいただけない。
「永久在職権は、まあ、いい。認める。解任請求権はダメだ。僕が永久最高司令官だ! なぜなら、僕がギルドの創設者だから! それ以外は? かわりに、なんでも聞いてやるよ」
「なんでも?」
「なんでもさ」
レイヴンがニタリと笑った。
「では、ラグナロクを持ってこう言え。『レイヴン様ありがとう! 君がいないと僕は何にもできないダメ魔導士です。これからは君の忠告通り危ないことはいたしません』と、一言一句違えずに言え」
悪魔かこいつは!?
あまりの怒りに瞬間的に頭が沸騰する。語彙が消滅した。
「ばっ、なっ、このっ、くそっっっっっっ!!」
「動画撮影もするぞ。ことあるごとに持ち出すからな」
「は……負けてこいっ! くそっ! なんだお前は! 絶対いやだ!」
「欲しくないのか、ラグナロク」
「……うう、くそっっ……いやだ! なんだ君、君が僕のいうことを聞くんだよ! 勝手なこと言いやがってこの! 君と僕で、どっちが偉いかっていうと僕の方が偉いんだっ……あのなぁ。このっ……はー、こうしよう、わかった。かわりに、君の聞きたい質問になんでも一つ答えよう」
煮えたぎるような怒りが冷めてくると、途端に虚脱感が僕を襲う。
しょうがない。僕は破格の条件を出した。
「なんでもとは?」
「なんでもだ。なんでも。世界の秘密から、魔導協会員にしか明かされない魔導教皇猊下の本名まで、僕の知っていることであれば、なんでも一つ、どんな質問にも答えるよ。嘘はつかない。もちろんなんだって、たとえば、僕についてでもいいよ。僕の知らないことは教えられないから、質問は慎重に考えるように」
「お前の知らないこと?」
「うん、答えられない質問は僕にも答えられないからね」
「質問のやり直しは?」
「……君の質問が誠実なものであれば、やり直しは認めるよ。しかし、普通に質問してくれたら問題ない。なんでも答える。なんでもだ。たとえば預金口座の暗証番号まで教えるよ、イルミナの中枢統括システムへの直通パスワードでもいいさ」
「なんでも本当のことを言うと? その言葉、どれだけ信用できる」
「僕を信用してくれ、と言いたいところだが、後から嘘だったことが分かった場合は、さっきのセリフを一言一句違わず読み上げてやるよ。これで保証になるかな?」
「よし、良いだろう」
「ラグナロクと引き換えにするだけの価値のある質問をたのむよ」
「……悪くない取引だ、お前はひどい秘密主義者だからな」
どうやら、交渉がまとまったようだ。
どうなることかと思ったが、これでレイヴンは納得したらしい。
「教えるべきことを取捨選択してるだけだ。情報を君にどれだけ与えるかは雇い主の判断さ。わかったら、はやく本戦へ。所定の場所で待機してくれ」
武闘会開始前だというのに、僕は、すでに疲労している。
ラウンジを出て行こうとしていたレイヴンが、ふいに足を止めた。
「待て、今の発言、動画撮影してもいいか。約束を反故にされると困る」
「僕をなんだと思ってんだ、この竜は。さっさと行け!」
わめくと、レイヴンが肩をすくめて、去っていった。
───あのドラゴン、僕をなんだと思っているんだ?
まあ、いいさ。とりあえずは、やるべきことをやろう。
まずは、WANDを開いて、大会管理運営アプリにアクセスだ。
下準備はバッチリだ。
あとは実行するだけ。
レイヴンが所定の位置につくのを待って、彼の位置情報を一斉に参加者たちに通知するのだ。
少し時間があるので、派手に行こう。
レイヴンの位置情報に、彼のよく撮れている写真とWANTEDというロゴが光るアニメーションと音楽がつくように映像を編集する作業に着工していると、急に背後から声をかけられた。
「永久在職権とはなんだ、魔術師。先輩を一生、拘束する気か」
「う、うわっ、聞いてたのか…!」
振り返ると、クオンが凍てつくまなざしで僕を見下ろしている。
「あれは、向こうが言ってることだから」
「先輩と何があったんだ、魔術師、なぜあの人がお前をそこまで気にかける」
「僕が頼んだんじゃない、あいつが勝手にやってるんだ!」
この答えは、クオンのお気に召さなかったらしい。
彼女の瞳の冷たさが絶対零度に近づいていく。
「だ、だいたいなんだよ、昔のあいつがどんなやつだったかなんて知らないぞ、会った時からあんな感じだし」
僕が言うと、クオンの反対側に、モクレンがやってきた。
東魔の女性二人に挟まれて、僕は退路を絶たれてしまった。
どっちもすごい美人だが、だからといってこの状況は、尋問に近い。
「あら、会った時からあんな感じって、どんな感じなの? 昔の彼は、主人に報酬を求めたりしなかったもの」
なんだって。
でも、武器屋ではライゴウとかいう鬼人に影月とかいう高い刀をもらったって言っていたじゃないか。
それは、報酬じゃなく、純粋な贈り物ということか。
僕があげたデュランダルは、任務に使うものだしな。贈り物とは違う。
「じゃ、何か、僕が舐められてるって言いたいのか」
そんな気はしていた。
えーと、今の取引で行くと、あいつは世界監視機構の副司令官になって永久に在職し、ついでに僕から世界の秘密を引き出す権利を得た。
もしくは僕の口座の暗証番号を聞き出す権利だ。涙が出てくるよ。
「さて。でも、昔の彼なら考えられないことだわ。なんで、あの男があなたと一緒にいるのかしら?」
モクレンの赤い瞳は意味深に僕を見る。
うって変わって、クオンは僕を責め立てる。
「そうだ。先輩はなんでもできるすごい人なんだぞ、屍肉喰いと言ったら、泣く子も黙る、王家の守護者だったんだ。高潔で、まっすぐで、任務に忠実で……誰より正しかったんだ! それをお前みたいな奇天烈でちんちくりんの魔導士に、なんでかまってるんだか……」
キテレツで、ちんちくりんってなんだ?
いや、それよりも、クオンが語ったレイヴンとは誰のことだろう。
僕の知っているやつとはだいぶ違う。
「高潔? まっすぐ? 正しい? 誰の話なんだ、誰の! レイヴンは意地悪で、狡猾で、身勝手なドラゴン人間じゃないか」
少なくとも、僕との魔剣買取交渉で見せた姿は悪辣そのものだった。
悪魔かなんかだぞ、あいつ。
「そういう人じゃないんだ!」
「どういう人なんだよ!」
わけがわからない。
僕が頭を捻っていると、横合いからモクレンが口を挟む。
「すこし美化されてるけど、まあ、私から見ても、彼はおおむね、そういう人だったのよ。仕事一筋の完璧人間。あまりにも人間味がなくて、ライゴウ殿下のそばに置くのは不安だった。人間としての望みが見えなかったから。でも、今の彼は、そうね……少し人間味が出てきたわね」
「人間味? あれが? 僕を珍獣扱いしてるのに!」
「珍獣だろ」
「珍獣だもの」
両側から言われて、僕は自信がなくなってきた。
「人間だ、たぶん……」
しおれつつ言う。
そんなことをやっているとWANDから警告音が鳴った。
どうやら、レイヴンが所定の位置についたらしい。
僕は、レイヴンの現在地を、出来上がっていた派手なアニメーションと音楽とともに、武闘会の参加者たちに一斉送信した。
時計を見ると、正午まで十分前。良い頃合いだ。
交戦開始だ。




