聖剣爆誕、その名はデュランダル!
夕飯はイスランデ司祭ベルリッツ君の奢りである。
僕がこっそり司祭室にいるベルリッツくんの様子を見に行ったら、空の黒点を前に祈りを捧げているところだった。気の毒なほど憔悴している。
魔導協会員にはあれがどれだけの脅威かわかるらしい。
今さら、魔導協会本部の空間構築課に連絡したところで、修復のためにやってこれる術者なんていやしない。
そもそも、世界外殻の修繕なんてできるのは、空間構築術の最高位の使い手であるこの僕だけ。
僕が丁度よくイスランデに滞在していて、良かったと思ってほしいものだ。
そんなわけで僕への感謝の気持ちが現れた晩ご飯は豪勢だった。
イスランデ名物のスパイスの効いた豚の丸焼きなんかすごかったね。ほんとにベルリッツくんは参っているようだ。それもしかたない。
自分が管轄する教区で、本来監督するべきだった魔王兵器ラグナロクをバルムンド王がブンブン振り回している最悪のタイミングで空の黒点だ。
彼の前途は暗い。藁にも縋りたい気持ちなのだろう。
幸いなことに、この場には対処できる人員がそろっている。
この僕を筆頭に、レイヴン、モクレン、クオン、エリックくん。
これだけのメンツがいて頭数は十分。
ベルリッツ君の首の皮の心配はどうでもいいことだが、彼が僕らに協力的だったことくらいは魔導教皇庁本部付き大司教たちに伝えてもいい。
僕はチョコレートケーキを食べ終えつつ、この場に集まったメンバーを見回した。
夕飯も食べて、士気は整っているはずだ。
僕は切り出した。
「では、明日からの作戦を説明しよう。世界監視機構員の諸君」
食後のプリンをたしなんでいたクオンが口を挟んだ。
「……待ってください。世界監視機構とはなんですか」
「説明しよう、世界監視機構とは超秘密裏に活動している超重要ギルドだ。僕が最高司令官、そしてそこのレイヴンがバイトスタッフ」
「超重要ってなんなんですか、任務の内容は」
クオンが重ねて言った。
「任務は世界外殻の崩壊を未然に防ぐことだよ、超重要に決まってる!」
「まったく……聞いていないんだが、なんだ、目的なんかあったのか」
レイヴンが東魔茶プリンを食べつつ言う。
なんてことだ。
他二人はともかく、バイトスタッフであるレイヴンが知らなかったとは……。
僕は、眉間に皺をよせている彼を批判の目で見た。
「レイヴン、君だって一緒に世界監視機構の仕事をやってきたじゃないか。魔王兵器レーヴァテインの回収に、イルミナ保全活動に、人間界航行船アバロンの回収、迷子の水精霊の人魚を護送したり、一つ一つは世界崩壊まで至らないケースでも、世界中を見て回るのは大切なことなんだよ?」
僕たちはこの半年間、とても有意義なミッションに臨んでいたのだ。別に半年間の全ての出来事が世界監視機構の任務というわけではないのだが、世界を広く見て回ることが重要だ。
世界監視機構の任務は幅広く、奥深い。
ときには僕のごくごく私的な用事もあるが……そこはそれ、これはこれ。というのも、こういった世界監視機構の任務というのは、事前にはわからないことがほとんどだ。
───世界の終わりを事前に察知するのは稀なケース。
ほとんどはちょっとしたトラブルで終わる。
後になってから、僕が世界の危機だったと認定したものが世界監視機構の対応した事件となるのだ。
今回はそのケース。
魔王兵器ラグナロクの引き起こす災害は、世界監視機構の任務である。
レイヴンが砂を噛むように東魔茶プリンを口に運んでいる。苦いのか。
どうやらレイヴンとは見解の相違があったらしいが、そこら辺は後で重々言い聞かせることとしよう。
ともかく、僕は話を先に進めることにした。
明日の作戦会議だ。
「えーと、では、僕らの置かれた状況を整理しよう。明日のロスガル市内にて行われる武闘会本戦はルール無用のデスマッチ形式だ。獲物はおそらく、レイヴン、君だ」
東魔茶プリンを置いて、レイヴンが沈痛な面持ちになる。
僕は続けた。
「本戦の選手同士で戦うより、飛び入り参加のシード選手をみんなで狙った方が勝率は高い。決勝戦に進出できるのは二名だけだからね! 先に決勝進出を決めちゃおうって腹づもりだ」
ちなみに、大会管理運営アプリで調べたところによると、レイヴン討伐後は普通のトーナメント形式に戻る予定だ。
本戦参加者はこぞって、レイヴンというボーナスチケットを取りに来るはず。
「なあ、シード選手ってそういうものだったか?」
レイヴンがまだうじうじ悩んでいる。言葉の意味については、この際、置いておくとして、僕は腕組みをして考えた。
「さてね、バルムンド王はやることが過激だ」
なぜ、わざわざ、バルムンド王がレイヴンを名指しで大会のターゲットに指定したのか、それは僕にもわからない。
不合理な行動だ。
たしかに、一人ずつ闇討ちされれば、魔力リソースがなくなってしまう。
だからといって、わざわざ、レイヴン一人を目の敵にする必要もない。今日のマクダレン教授の説明によると、ラグナロクの能力を使うには、200人分の魔力で事足りているらしい。
ラグナロクの能力とは、観客席を消滅させたり、レイヴンの東魔刀を消滅させたりした、あの事象崩壊砲とでもいうべき力についてだ。
完全に世界を消滅させる一撃を放つには、千人分が必要ってだけ。
それも、世界外殻にヒビを入れる、亀裂を起こす程度なら大体、200人分で足りている。これはラグナロクの基礎能力であるため、それより少なくてもいいくらいだ。
ほぼバルムンドの目的は、この時点で完遂している。
それなのに、わざわざレイヴンを巻き込んでまで、大会を続行するのは、大会を行うこと、そのものに個人的な目的があるからだろう。
───譲れない意地とでもいうべき何か。
合理性ではなく、信念だ。
魔導士には時に、合理に反しても優先すべきことがある。
僕の直感でいくなら、このバルムンド王がこだわっているもの。
それは、最強であること、だ。
武闘会の覇者を目指す理由───そんなもの決まっている。
それは最も、シンプルにして根源的な理由。
最強決定戦をやりたい! それだけだ。
───僕も魔導士だからわかる。
ダンジョンにもコンセプトが現れるように、魔術にはその人の意思が現れる。
儀式をやる上でのコンセプトは、それがなぜその形式でなければいけなかったかに如実にその人の意思が現れる。
美貌のコンテストなら、自らが最も美しいものになりたいから。
水泳のコンテストなら、最も早く泳ぎたいから。
理由なんてシンプルだ。
だからこそ、バルムンド王は戦いから逃げない。レイヴンという強者がいるなら、逃げるなどということはしない。
明日、必ず、本戦に参加するはずだ。
まあ、これは、かなり魔導師としての勘だけど、当たるんだ、これが。
魔導師とは意思の生物。本人のやりたいことを、やってしまうものだ。
ちなみに、僕はラグナロクがほしい!
依然、変わらず。僕のコンセプトはこれだ。
僕は意気消沈するレイヴンを励ますように、グッと拳を握った。
「だけど僕らのやるべきことは変わらない! 最初から、本戦通過者たちは全員倒すつもりだったし、むしろ大会のシード選手に組みこまれたおかげで、僕らは堂々と行動できるようになった。僕らは今、武闘会の参加者だ。つまり、これから何が起きても、何をやっても! 正当な行動だ! この現状を解決するシンプルにして最善の解決策。つまり、作戦はこうだ! レイヴン、君が行って全員ボコる!」
みんなの顔に驚愕が走る。
ずいぶん混迷を極めたイスランデでの事件も、ようやく光明が見えてきた。
最初のアイディアに戻ってきた。
イスランデ武闘会の参加者を皆ぶっ倒して、優勝すればいいだけだ!
「な、何を言ってるのか、わかっているんですか」
これはクオン。
僕は答えた。
「もっちろんさ! 向こうが最強を決めたいっていうなら、乗ってやる! だって、こっちには、最強のドラゴンがいるんだから!」
僕はちょっと自慢することにした。
「マッハ2で飛んで、エネルギー操作の高等魔術を意のままに操るし。魔力装甲はミサイルなんてへっちゃらだし、牙と爪で他を圧倒する空の王者! ふふん。どうだ、僕のドラゴンはかっこいいだろ! 翼もいいよね! カラスの羽って、魔導士にとっては最高だ。魔女の使い魔って、いつもカラスだろ? 縁起がいいんだ! それに鳥って境界を渡るもの。僕ら空間転移系術者にとって、すごーく相性がいい! さすが、僕の竜! 見た目も超絶カッコいい!」
両腕を腰に当てて胸をそらす。
僕の竜は最強最高超絶無敵だ!
「レイヴン、君は! 僕の! 最強の! ドラゴンだ! 行って全員ぶっ倒してこい!」
これが僕の考えた作戦である。うん。レイヴンが武闘会の優勝者になればいい。
そしたら、闇討ちなんかしなくていいし、ラグナロクだって手に入る。
奪ったわけでもなく、盗んだわけでもない、正当な所有者だ。
ここまで単純明快で、すべてが一挙に手に入るパーフェクトな案があるだろうか。
「あら、ベタ褒めね? 正気なのかしら……?」
モクレンが僕の額に手を当てた。熱を測っているらしい。平熱だとも。
「正気! ガチ正気!」
「これは、ダメですね……イカれたようです」
クオンとモクレンが顔を見合わせて、ため息をついている。
僕の完璧な作戦を前に、失礼な連中だ。
そもそもレイヴンが闇討ちなんてコソコソする必要、初めから、ない。
逃げ隠れなんてしなくていい。
このイスランデにきてからというもの、ずっと逃亡者みたいにしてるこいつ、全然、似合ってなかったよ。
どういう性格のねじれか、レイヴンは厄介ごとにたいして消極的なところがあるが、この狂える星がそばにいるのに、なにを怖気づいてるのか意味がわかんない。
最強のドラゴンがこざかしい策を弄する必要も、ましてや逃げ惑う必要なんて、一つもない!
正面から、粉砕すればいいだけだ!
「だからだな、武闘会の参加者なんて、明日、レイヴンが全員倒すから、問題ない! それにこの僕のサポートがあるんだ、万一にも負けるはずないだろ。なぜなら、勝つように準備をするから! 西央の魔導士が勝負を仕掛ける時、それは勝つ時だ! 僕らは明日、仕掛ける!」
宣言する。
この長いイスランデでの大騒動、僕らはずっと後手に回ってきたが、明日はこちらから仕掛ける番だ。
それで、僕はレイヴンをまっすぐ見た。
やつは、なんか、変な顔してた。僕を珍妙な生物でも見てるかのように、世界中でそんな生き物は初めて見たって顔をしている。
なんだ。
僕は昏くて深い瞳を、まっすぐ撥ねつけるように見つめ返した。
「なにか問題でも?」
「仕掛けるんだな」
「その通りさ! 明日、僕らは華麗に大勝利! 理想の未来に出発進行! バルムンドを倒し、ラグナロクを回収し、エリックくんを安心させ、このイスランデの王になるのさ!」
「悪くないな」
レイヴンがニヤリと笑う。
「それなら、こっちからも、作戦の変更を提案する。アプリを改変してくれ」
「えっ」
僕の耳に、レイヴンがこそこそ言う。
驚いた。厄介ごとを常日頃からあれほど嫌がっているレイヴンがこんな提案をしてくるとは。
しかし、やっぱり。
うーん。合理的だ。
僕はアプリの方の改ざんに同意した。
明日、正午少し前から、レイヴンの言う通りの変更を加えることとしよう。
その程度のこと、朝飯前さ。なにせ、レイヴンにはこの僕がついているのだから。
僕は、ムズムズしてきた。
いいじゃないか。よくなってきた。
今から、明日が待ちきれないかんじだ。
武闘会の参加者はみんな野蛮で、粗暴で、暴力的で、考えなしだ。浅はかで、露悪的で、即物的なならずものたち。
道徳なんて一つもいらない。
大武闘大会らしくなってきたぞ。
「いいとも! 君のサポートは僕にまかせてくれたまえ」
「よし、勝つか!」
「いいぞ、いいぞ! らしくなってきた! よし、やってやろうじゃないか! そうと決まれば、さっそくだ! さて、聖剣を作りに行こうか」
レイヴンの目が丸くなる。
クオンの目も。
モクレンもそうだ。
この場で驚いていないのは、エリックくんと僕だけだな。
「聖剣?」
聞き返される。
僕は首肯した。
「そうとも! 魔剣を倒すには、聖剣だ! 聖剣デュランダル! 鍛えにいくとしようじゃないか!」
僕は言った。
魔導士は入念に準備するものだ。
バルムンドはこの大会に、何十年もかけて準備をしている。
だが、それがなんだというんだ。
僕は最高位の魔導士だ。それも本物の選帝侯だ。
勝つと決めたなら、徹底的に、圧倒的に、相手の仕掛けた盤面ごと、ひっくり返すための全てを用意してみせるとも!
*
というわけで、僕らはエリックくんの経営している武器屋、“エリックの武器屋”へとやってきていた。
首都ロスガルの駅から歩いて20分ほど。
イスランデ支部からは少し遠くて、30分ほどの場所にある商店街の一角だ。
エリックくんは、鍛治職人としてはなかなかの腕前らしく、彼に剣を売ってもらうために名のある武人がたびたび訪れる、知る人ぞ知る、玄人好みの一店舗らしい。
しかし、僕は武具のことは全然わかんない。
それなので、エリックの武器屋の明るい店内で、僕は適当な椅子に座り、みんなの様子を眺めていた。
店内の壁にはあれこれと東魔刀をはじめとして、半月系の刃を持つ湾曲刀に、ロングソードに、ハルバードやランスといった長ものにくわえて、薙刀やメイスや、嫌な記憶のあるモーニングスターなんかの変わり種までかかっている。
店内の奥に工房があるらしく、魔導加工などはそちらでするらしい。
へーって感じ。
僕は武具、使わないからな。
東魔の人たち、レイヴンやクオンは戦闘用に使うから当然として、呪師であるモクレンも、武具には興味があるらしかった。
みんな、あれこれ店内の刀やハンマーを見ながら、ああでもない、こうでもないと言い合っている。
ときにはエリックくんに質問したり、エリックくんが小気味よく答えたりしている。
孤独。
僕もナイフとか、買ってみようかな。
レイヴンがエリックくんに注文を出している。
「シンプルな東魔刀でいいんだが」
「あるよ。だけど、あいつの方のオーダーで、エンチャント前のカスタム品を用意してあるんだ。そっちから選んでくれるか」
エリックくんが武器屋の隅っこにいる僕を見て言った。
その通りだとも。
僕もラグナロクへの対策をちゃんとしていたのだ。
それが、魔導術式付与剣だ。
魔導加工技法というのはよくわからないのだが、エリックくんに聞くところ、魔導士がいれば好きな魔術を剣に固定化できるのだという。
僕もそれなりに浅く広く、イスランデの伝統技法については調べた。
僕は椅子から立ち上がって、エリックくんたちのいるカウンターの前に行った。
「今から、一から鍛えるのは無理だから、簡易なものになるけど、この剣を使えば、君は十分、ラグナロクと渡り合えるよ! まずは、エリックくんとカスタム前の剣を選んでみてよ」
剣が決まるまで、僕はやることがない。暇だ。
エリックくんがいくつか東魔刀を持ってきてくれる。
その中から、レイヴンはあれこれ、鞘から抜いたり、戻したり、刃を見渡したりして、何本か試した上で、黒塗りの鞘の一本を選んだ。
うーん、何がどう違うのだろう。どれも同じではないか。
使い手ではないからわからないのだが、クオンやモクレンはうんうんと得心している。
何か、武器が趣味の人同士、言葉がなくても通じ合うところでもあるのだろうか。
「あまり職人の打ったものは持たないが、悪くないな」
レイヴンが感想を述べる。
いい感じって言え。
「先輩は昔からTH-MHA社製の工業規格品ばかりですもんね」
クオンがしみじみいう。刀に工業規格品があったのか。
「まあ、ライゴウ殿下に影月をいただいたんでしょうに。味のない工業製品とはどういうこと?」
「影月って、まさかあの天才の六代目・古銅田懐玉のあの傑作か?」
エリックくんが驚愕する。誰だ。どこの誰の何が傑作なんだ。
「おそれ多くて使えるわけが、ないだろ、骨董品だぞ。俺の給料の五年分だぞ」
レイヴンが区切りつつ言う。む。こいつの給料は僕も把握している。ということは。美術品の類だな。
「ふん、影月は、魔導中央院で保管してあります。下げ渡すわけにも、捨てるわけにもいかず、探知魔導に使うほかなかったの」
「……あ、それで、レイヴンを探知してたわけね」
僕がいうと、みんなの視線がこちらに向かう。僕は帰りたくなった。
なんとなくだが、疎外感がある。
「そういうわけよ、さ、アルビレオ殿、聖剣にするのではなかったの?」
モクレンが僕を呼ぶ。
よかった。
やっと東魔武人サークルの話に入れそうだ。
「えーと、これにするの? 君の新しい刀」
「そうだ。どうするんだ」
僕はカウンターの奥にいるエリックくんに訊いた。
「普通に、魔導術式を流しこめばいいんだよね」
エリックくんが緊張した様子で頷く。
「ああ、いつもカスタム用の術を頼んでる魔導士は、そう言ってた。だが、耐えられるかどうかは……」
魔導術式付与剣で術式を固定する、というのは、魔術師が魔術を術式として、流し入れる作業のことを言うそうだ。
魔導術式の量が容量を超えれば、エンチャントは失敗するそうで、マクダレン教授が帰った後、僕がエリックくんに尋ねれば、彼は真剣な面持ちで相談に乗ってくれた。
剣が術式の量に耐えれるかどうかは、製作者の腕によるらしい。
固唾を飲んで見守っているエリックくんに僕は気楽に言った。
「きっと大丈夫さ。君はバルムンドという優れた魔導士にして、鍛治職人の息子なんだろ? 世界の重さくらい、耐えれる剣を作ってるはずさ」
レイヴンに刀を横向きに支えてもらうように言うと、僕はトランクケースから魔導演算端末WANDを取り出した。
さて、これからすることは、少し骨が折れるぞ。
WANDをさらに変形。
天球儀のついた錫杖の形にする。
色は白銀、僕の背丈と同じくらいの杖だ。
「ラグナロクは世界を終わらせる剣、であれば、この剣に対抗するべきは世界そのものでしかあり得ない! 世界で最も堅固なる壁、誰も到達しえぬ最果ての殻、世界外殻が君を祝福しよう!」
杖の底を床に打ち付ける。
杖の先端部についた金属の輪が音を鳴らす。
僕の魔力に同調して、杖が鈴のように鳴り響く。
音と波長は空間を渡る風のようなもの。とても重要なものだ。
僕は詠唱を始めた。
「【世界新生・超微少起動】」
極度に圧縮された極光の魔導術式。
それは世界外殻───僕らを包む、一つの新たな世界を結界として構築するもの。
だからこそ、この世界の何よりも、この剣は強固なものとなる。
「【其は星の息吹なり! 生誕の祝福なり!】」
僕は一気に魔力を解き放った。
七色の彩光がひらめき、一瞬にしてレイヴンの握る刀へと収束する。
光が止んだ時、僕はかなり手応えを感じた。
うまく結界を構築できたようだ。レイヴンに刀を鞘から抜くように言う。
刀身はうっすらと白銀に輝きを帯びている。
僕はカウンターの奥のエリックくんを見ると、彼も満足そうに頷いた。
どうやら、エンチャント成功のようだ。
みんながこちらを注視する中、僕は刀を指差した。
「命名しよう、この剣は今、世界と等しい強さを持つ、聖剣デュランダル!」
レイヴンが慎重に訊いた。
「デュランダル……つまり、どういう能力があるんだ」
「硬い」
「なんつーか、地味……だな」
率直な感想だが、失礼すぎる。
「なんだと」
「……それだけか? ビームが出たりとかは」
「するわけないだろ、結界なんだから! 超超超超絶すごい大結界。あのラグナロクの完全開放が当たっても、空には引っ掻き傷ひとつしかないだろ! その剣は、今、世界外殻を纏ったわけ!」
「でも、傷はついたじゃないか」
「世界結界じゃなかったら消滅してる! この世界のどんなものもラグナロクには耐えられない。あの剣は、魂だけの存在である精霊王すら殺せるものだ」
精霊王というのは、この世界に生まれ落ちた、魂だけの存在だ。
この世の律に縛られず、強大な魂のみで存在する、生きる法則のようなもの。
そんな魂も真空崩壊の前には消える。
宇宙の終わりだからだ。
この世界に存在するものは、世界の終わりに耐えられない。
ただ一つ、世界とその外側の境界にあたる壁をのぞけば、だ。
「ルール確認だ。君の剣にかけた、世界結界はラグナロクのもたらす事象崩壊能力に対抗できる。あの完全開放によるビームを、事象崩壊砲と今、名付けたんだが、完全解放を何回か防ぐことができるだろう。それ以外のエネルギー出力は完全に弾くはずだ。これがなぜかというと、ダメージは累計じゃなくて、世界結界というのは最大火力がいくらかで抜ける結界だから。うまく事象崩壊砲を弾いて、切り抜けるんだ」
魔王兵器ラグナロクの前ではこの世のあらゆるものが崩壊する。
事象崩壊とでも言うべきその力。
マクダレン教授から訊いたところ、ラグナロクは【完全開放】によって、出力100パーセントの事象崩壊能力を発揮し、そのほかの10%から30%の未明起動では刀身のみに事象崩壊能力を纏わせる。50%から上にいくと、事象崩壊をビームとして放てるようになり、出力を上げるごとにその範囲が広がっていくという仕様だ。
このデュランダルは、100%の出力を一度は完全に防げるだろう。
それは空の黒点、境界破綻点を見ても明らかだ。
しかし、二度目、三度目となると、おそらく刀身は保たない。
レイヴンがパクパクと口を開けている。
何をそんなに驚くことがあるのだろう。
「つまり、あれか。まさか、俺にビームを斬れといってるのか……!?」
「今、説明したとおりだが?」
レイヴンが刀を鞘に納め、僕にややキレ気味の目を向けてくる。
「失敗したらどうなんだよ」
ビームを弾くことに失敗した場合、刀身だけを残してレイヴンは消滅するだろう。
「じゅっ、ばーん、ちーん。さようなら、君の犠牲は忘れないよ、レイヴン」
「おい」
とは冗談だ。
実際にはもっと彼の死を悼むだろう。
「ま、僕にも、もう一つ策がある。それに、明日はおそらく本戦の他の対戦者たちを片付ける方が先決だ。極力、バルムンド王とかち合わないように、こちらからも君を誘導するよ」
「……策ってなんだ?」
「明日になったらのお楽しみだ」
「……まさか……危ないことじゃないだろうな」
こいつ、妙なところで勘が鋭いな。
僕はモクレンと目を見交わす。
明日、僕らはマクダレン教授のいう地下神殿ミーミルに出発する予定だ。
だが、このことはレイヴンには内緒だ。
僕は慌てて話を変えた。
ここでレイヴンにあれこれ探られては困る。
「とにかく! ラグナロク対策はできてる。明日は大船に乗ったつもりでいるといいよ」
「……お前のいう大船って大抵沈むだろ……」
嫌そうにレイヴンが言う。
「うるさい! とりあえず、この刀、もらってく。 お代は?」
僕はカウンターの奥の店主に聞いた。
レイヴンは気づいていないようだが、この聖剣デュランダル───かなりの名剣だ。
魔導士の到達した至高の魔術───極光魔術を格納できるとは、エンチャント剣のランクとしても最上のものだろう。
僕は武具には詳しくないが、これだけのものはきっとさぞ値が張るのだろう。
僕はこないだお小遣いスっちゃったんだよなぁ。バルムンド王に全ベットした分、回収できる当ては無くなった。今月は節約、来月まで節約しないといけないかもだ。
僕が聞くと、エリックくんは軽く笑って、首を横に振った。
「いい。あんたたちにやるよ。それ。持っていってくれ」
「……なんで? ダメだよ、お金はきっちり払うとも」
選帝侯に不払いなしである。いや、ツケの魔術師も協会にはいるにはいるけど……! あらゆる不都合な出来事を隠蔽してきた魔導士ではあっても、さすがに金勘定を隠蔽すると後々酷い目に遭わせに来るのが西央の会計監査部である。
僕がレジの前まで行こうとするのを、レイヴンが止めた。
僕の肩を押して、出口に向かわせる。
彼は肩越しにエリックくんを見ると、こう言った。
「いいんだな?」
「ああ、あんたに預けておく」
エリックくんが首肯する。
それを確認すると、レイヴンは、ちょっと口の端を上げた。愉快そうな笑みだ。
「……それならいい。たしかに、拳一発分、承ったぞ」
言って、レイヴンが店を出る。
これで話は終わりだと言わんばかりだ。
その後に、モクレンとクオンも続く。
不可解なのは僕だけだ。
今のやりとり、なんだったんだ?
「今のやりとりなんだったんだよ!」
思わず本音で僕が怒ると、隣で、レイヴンがニヤニヤした。
「ガキにはわからん」
「子供扱いするな!」
「ガキだろー。見たまんまだ」
レイヴンが僕の肩をポンポンと叩く。
「失敬な、僕はこれでも16歳だ! 見た目の成長が止まっただけ!」
そう。幼い頃の記憶はないが、僕は16年生きている。
ということはどう考えても16歳である。
体の年齢がとまったのは、極光の律に縫い止められたからだ。
極光位の魔導士というものはその時点で体の成長は止まる。
魔導の真髄である極光魔術を編み出した時点で、ある意味、一つの法則になってしまうのだ。
千歳の選帝侯だっているくらいだ。
「……あら、それじゃ、あたしの末の妹より幼いわ。ほんとの子供じゃないの」
「若いとは思っていたが、そんなに若かったのか、魔術師」
モクレンが言って、クオンが冷徹に言う。
二人とも魔族だから、年齢への考え方が人類と違う。
「長命種どもが!」
僕は悪態をついて、夜道を歩いた。
“エリックの武器屋”を後にして、イスランデ支部へと戻ることにした。
今日やるべきことは、あとは寝るだけ。
僕の極光魔術【世界新生】は大魔術だ。一つの世界の外側を構築する、大結界。
そんなものを使ったのだから、今日は休養をとらなくてはならない。
明日も、世界にあいた穴をなんとかしなくてはならないし、時間も体力も魔力も無駄にすべきものは一つもない。
とにかく、万全の状態で、大武闘会本戦に備えることとしよう。




