闇討ち開始!
「それで、先輩、本気なんですか」
クオンが俺を突き刺すような目で見る。
「本気って?」
俺がいうと、彼女は怒ったように言った。
「アルビレオですよ、先輩はあの魔導士のことをどう思っているんですか」
直球だ。
彼女の端正な顔から目を逸らす。
俺があいつをどう思っているかなんて、クオンが知りたがる理由がわからない。
「どうでもいいだろ。そんなこと」
「どうでも良くありません!」
この件に関して、彼女は意固地になっている。
俺はため息をついて、視線を足元にやった。
すると、一人の男と目が合った。
こいつはEブロック、本予選通過者『戦斧のムクロ』である。
バルムンド王の武闘会をぶっ潰す! というアルビレオの新たな方針により、俺たちは闇討ち対象者の元を訪れて速やかに仕事をこなした。
仕事は楽で良かった。
闇討ち対象者の居所は、アルビレオが扱う通信阻害系魔術、蟲によってハッキングした大会管理運営アプリによって筒抜けで、俺たちはムクロの向かう先に待ち伏せして、ちょっと撫でるだけで良かった。
任務完了。そっこー終了だ。
困ったことといえば、俺は刀を忘れてきていたので、俺の右拳とムクロの巨大な戦斧が交錯することとなったのだが、結果はこの通り。
拳は斧よりも強し。
まったく、刀を忘れるなんて、酷い失態だ。
こんな失態を見られたら、師のレッドチャーチは俺になんというだろう。
レッドチャーチ改め本名、柳政弦。
剣の達人のひしめく東魔にあって剣聖と謳われた男だ。
それに比べると俺はそこそこ。
そもそも、俺は剣士ではない。
東の最高の剣士とは、もっと鋭い。光を超えて、時空すら断ち切るものである。
こういう肝心な時に、剣が消滅したことも忘れて外出するようでは……まったく酷い油断だ。俺は剣士である前に竜である。竜が武器を使う必要は特にない。力場で圧死させたほうがよほど早くて強いのだが、それでも師が俺に剣の奥義を叩き込んだのは、いずれ自分と同格の強者と戦う時のためだそうだ。
戦場において最高の性能を発揮すること───それが俺の存在理由である。
師にとっては、俺は手がかかる弟子だったそうで、鋼のごとく叩き上げ(拳で)、焼き入れを行い(実行)、最終的に出来上がったのが俺だ。
彼の指導はほぼ虐待だったが、おかげで俺の剣の腕はそこそこになった。
師はそれを確認できた時、満足そうにしていたものだ。
わけがわからん。どういう感情だ。
俺は骸となったムクロを置いて、路地を出た。一応、息はあるが、胸元に埋め込まれていた契約石は砕かせてもらった。そのうち誰かに救助されるはずだ。
「先輩、待ってください、どちらに向かうつもりですか」
クオンが俺を呼び止める。
「次の闇討ち候補の処理だ」
俺が言う。本予選通過者はAーEまでで17人だ。ブロックごとに4名選出することになっているのだが、バルムンドに恐れをなしたDブロックでは戦う前から敗退。他にもブロックごとに戦死者や、脱落者などが続出したため、Dブロック通過者はバルムンド1人と、他ブロックの戦士たちが残り15名。今のムクロで残り14名。
俺としては今から、一人ずつ仕留めていく予定である。
「ちょっと待ってください、作戦と違いますよ」
クオンが慌てて言う。
「まずは一人仕留めて、様子を見る、だろ?」
これは俺が言ったことでもあるが、アルビレオの指示でもある。
どうやらやつは、大会で行われている儀式をストップするために、あれこれと様子をうかがっているようだ。
例えば、一人倒した後、追加で人員を補充できるのか。
例えば、儀式そのものに不備があった場合、大会を延期できるのか。
例えば、大会を無理に外部からストップさせた場合、術者であるバルムンドに影響はないのか、なんてことまで考えてしまっているみたいだ。あのお人好しは。
余計なことだ。
こういった場合、相手に対応させる暇を与えるのは愚の極みだ。
奇襲をするなら、その日のうちに済ませるのが鉄則だ。
間違っても、相手に時間など与えてはいけない。
その間にどんな手を練ってくるかわからないし、対応させる時間を与えれば与えるだけ、こちらが不利になる可能性もある。
速やかに襲撃し、ガッと仕留めて、さっさと帰る。
これが一番。
殺してから考えればいい。
死者には何もできないからな。
俺はクオンに言った。
「様子を見るなら、全員仕留めてからだ。さすがに、それだけやれば、すぐに補充することもできないだろ? 向こうの駒を減らしてから、ゆっくり相手の出方を見ればいい。そっちの方がずいぶん、向こうの打つ手を減らせるし、こっちだって余裕を持って対処できる。まずは、勝つことだ」
そうすれば状況を有利に進めやすくなるだろう、と思っていたところで、胸ポケットに入れていた携帯に連絡が入る。
つけてもない携帯が勝手に起動する。
『そういうだろうと思ってたよ! レイヴン!』
げっ。
アルビレオだ。このタイミングの良さ、こっちの会話を聞いてたのか。
『もちろん、一部始終聞かせてもらったよ! こんなことじゃないかと思ってね! 君の携帯を盗聴させてもらった。それにしたって、驚いたよ、君のその悪役的発想にはね! 短慮! 考えなし! 大会は魔術的儀式なんだよ、全員、殺した時点で、全部のエネルギーがバルムンドにいく仕様でもおかしくないんだ。僕の指示が聞けないなんて使い魔失格、クビ!』
「ま、待て……」
クビは困る。
『クビはともかく! 君より、バルムンドの方が動きが速い。一旦、帰ってきてくれ。戦術的な迅速さの重要性は僕も理解するところだが、それでも向こうには敵わないさ、なんせ半世紀前から準備をしている相手だよ。速さでいえば、向こうは最速だ。こっちは今から追いつく側さ。それじゃ、またね!』
通信がかかってきた時と同様に勝手に切れる。
「クビになったようですね、先輩」
「いや、まだだ。まだ首の皮一枚でつながっている」
と、思いたいところだが。
携帯の画面を見ている俺に、クオンが冷ややかに言った。
「先輩は、結果は出すけど、細かいところはアバウトですよね」
「あー、なんだ、その……俺は、あまり、諜報とか暗殺とかは、素早く飛んで、ガッと仕留めて、さっさと帰ってくるのが仕事だからな……」
「なんですか、その、曖昧な作戦理解は」
「……まあいい、気を取り直して、帰宅しよう。帰宅」
俺は肩を落として、イスランデ支部に踵を返すこととした。
*
レイヴンに釘を刺した後、僕はカーリーン・ガルケルの日記に視線を戻した。
カーリーン・ガルケルとは、エリックくんの母親にして、バルムンドの妻。
そして魔王兵器ラグナロクの発見者である。
魔王兵器ラグナロク。
真空崩壊により世界を滅ぼす、終末の剣。
その目的は、魔界を消し去ることだ。
界滅戦争時に鍛造された終末剣は、そこしれない悪意に満ちている。
とても危険なものだ。
だからこそ、僕らはラグナロクの対策を立てるため、ラウンジに残って調査を進めていた。
少しでも、ラグナロクの詳細な性能を知るためだ。
だというのに、これが難航していた。
まず僕はラグナロクを発見した当時の考古学チームの一人、マクダレン教授のデータベースに侵入した。マクダレン教授は現在イスランデ王立大学で考古学で教鞭をとっており、彼の研究業績が残っているかもしれないと考えたのだ。
だが、これが梨の礫。
最近の研究資料や、大学の講義資料なんかはいくらでも見つかったが、ラグナロクに関するものはまったくない。
しょうがないので、イスランデの研究施設でそれっぽそうなものを漁ったが、まったくヒットしない。僕はこの短時間でイスランデで秘密裏に研究されていた小型戦闘機械兵ブリッツの最新型バージョンと搭乗者育成機関で密かに選抜が繰り返されていたことを知ってしまった。
どうやらバルムンド王は戦備を着々と整えていたようだ。
とくに、イスランデ陸軍特殊部隊“王の盾”。王の近衛騎士団とでも呼ぶべき部隊の名前だ。人類と人類の混血からの出身者が多く、数百名の勇敢なブリッツパイロットたちからなる特殊部隊は、人格、能力、それに忠誠心が求められるエリートの集まりだ。部隊の出身者には、東魔の紛争地帯から逃げ延びてきた孤児なども多く、この二十年の間に、バルムンド王が手ずから育て上げた精強な部隊だ。
東部は人類への差別感情がいまだに根強く残る地域だ。
そんな中で、人種問わず、取り立てるバルムンド王は、まさに改革者。
人類と魔族の融和を目指す英明なる王のもと、部隊の士気は異様に高い。
侮れない部隊だ。
僕に雷撃収束砲を撃ちこんだ連中もこいつらだ。
別に気にしてないさ。無事だったしね。
別に気にしちゃいないとも……。ムカつく。
ちなみに搭乗者養成機関出身のブリッツパイロットたちは厳しい訓練を経たのち、この王の盾に配属される予定らしい。近々配備が予定されている新型ブリッツはそこそこ面白かった。
脳波で操る機構で、直感的に操縦できるちょっとしたオモチャだ。
ここら辺、操縦者を必要とする、という点が僕の主義とは少し合わないんだけど、ま、いいよ、面白い。僕は設計図を密かに盗……拝借したりして、微妙に有意義な時間を過ごした。
というわけで、レイヴンたちが闇討ちにいっている間に、あらゆるデータベースを渡り歩いた僕はちょっとした事情通になってしまった。
イスランデの歴史や文化にもそこそこ詳しくなったし、かなりの軍事機密を盗み見たことだろう。
武闘会が終わった後の東への侵攻計画とか、第一次攻略目標地点とか。
───まあ、ラグナロクの情報はちっともなかったわけだけど。
あまりに存在しないので、バルムンドが事前に消したのではないかと思うほどだ。
そもそもラグナロクとは秘密裏に研究されていたものなので、ちょっと突いたところでそれらしき情報が出てくるわけがない。
お手上げだ。
そんな僕らを見て、エリックくんが持ってきてくれたのがカーリーン、彼のお母さんの記録というわけだった。
カーリーンは西央魔導協会の考古学チームの一人。
人類の魔導士だ。
少しでもラグナロクについての記述があるかもしれない。
一縷の望みをかけて、カーリーンの記録を読み解くことにした僕らだが、やはり気は引ける。
僕はテーブルに座って、資料を整理しているエリックくんに目を向けた。
「助かるけどさ、君のお母さんの遺品だろ。ほんとに僕らが見ても良かったのかい?」
「ああ、役に立つかはわからないが」
エリックくんが言った。
「親父が捨てちまわないように、数は少ないが……とっといたんだ。役に立つなら、それが一番だろ」
言って、エリックくんは寂しそうな顔をした。
バルムンド王は、カーリーンの遺品の大部分を処分してしまったそうだ。
エリックくんは残された数少ない母親にまつわるものたちを大切に保管していたらしい。
それがエリックくんの持ってきた箱いっぱいに入っている。
日記に、カーリンの書いた魔導書に、ラグナロク以外の考古学遺物の研究資料に、専門分野における論文などなど。
そこそこの数があったので、モクレンと手分けをして読んでいる。
これも少しでもラグナロクの詳細を知りたいがゆえだ。
僕が読んでいるのはカーリーンの日記の五冊目。
エリックくんが生まれてから、一年に一冊くらいのペースで書かれたものだ。
日記によると、カーリーンは初代王立博物館の館長をしていたらしい。
王立博物館のあのムキムキの像はカーリーンが依頼して作らせたものだったとか、必要のない記述ばっかり。エリックくんが初めて立って歩いた時のこととかも書いてある。
その日は突然で、バルムンドと共に手を叩いて大喜びしたこととか。
初めて話した言葉がなんだったかとか、父親の髭を握りしめる意外な握力の強さに、将来は立派な鍛冶屋になるだろうと、バルムンドはたいへん嬉しそうにしていたとか。
───エリックくんが将来、どんな大人になるのか。
カーリーンはとても楽しみにしていたそうだ。
魔導士になるのか、鍛冶屋になるのか。
どちらにしても、素晴らしいことだ。
もちろん、そうならなかったとしても、息子への愛と喜びは変わらないと綴られている。
これはいい日記だ。思わず、うっとりしちゃう。
そんな日記は突然、五年分で終わるのだった。
「これ、続きはないのかな」
僕が聞くと、エリックくんは答えた。
「ああ、母さんは俺が五歳の時に死んじまったからな」
聞けば、交通事故だったそうだ。
ふーむ。
かわいそうだ。
「それは……とても残念だ。蘇生はできなかったのかな」
僕はちょっと考える。
たしかイスランデが西央魔導協会の庇護下に入ったのは三十年ほど前のこと。
なんという悲劇だろう。イスランデ支部が設立されたのはカーリーンの死後である。カーリーンがいた頃には蘇生術が行える司祭は派遣されていない。
僕は日記をパラパラとめくった。
五年分の日記の最後の方には、ラグナロクに言及する箇所があった。
どうやらこの頃になると、東魔の中央情報局とのやり取りがあったようで、イスランデに伝わる魔王兵器ラグナロクの所有をめぐり交渉を持ちかけられていること、東魔の諜報官たちの強引なやり方への危機感が数行にわたって綴られていた。
どうやら、この頃から、東魔との間でラグナロクを巡る衝突が起こっていたようだ。
日記は、バルムンド王の身を案じるカーリーンの言葉で締めくくられている。
ふむ……。この先に続きがないということは……。
エリックくんが、物憂げに口を開いた。
「母さんが生きていたころは、親父もあんなやつじゃなかったって周りの人から聞かされたよ、一本気な鍛治職人で、もっと、今より優しい思いやりに溢れた人だったんだってさ。でも、母さんが死んじまってから、人が変わったみたいになったって」
きっと、それがきっかけだったのだろう。
僕が簡単に調べたところによると、自動車事故によって奥さんを亡くす以前のバルムンド王は、それまでの歴代のドワーフ王たちが行なっていた反人類的な政策をばっさり捨て去り、急進的に西央魔導教国および人類との歩みよりを始めていた。
東魔国とは距離を置こうとしていたようだ。
だというのに、ある時期から、先進的すぎる改革はなりをひそめ、表向きは東魔に従いながら、国内の戦力増強を進める、という綱渡りの政策を取りはじめた。
その転換点がここら辺にあるのだろう。
───カーリーンの死因が、本当に事故だったのかも怪しいものだ。
僕はそれは口には出さずに、日記をエリックくんに返した。
彼が交通事故だと思っているなら、今更、他者が何を言ったところで余計な詮索にすぎない。
今、考えるべきは、ラグナロクをどうするかだ。
「エリックくん、君は以前、ラグナロクはイスランデで封印されていたと言ったよね。アルスノヴァの封印機構があるはずだ」
僕は聞いた。
始祖の魔導士アルスノヴァ。
三千年前の魔王の契約者は、ラグナロクをこの地に封印した。
ということは、今もそのシステムが生きているかもしれない。
アルスノヴァに関わる事柄は口外せずが基本だが、エリックくんはこのイスランデ王家の第一王子、封印のある場所を知っていたって不思議はない。
「ああ、まあな」
エリックくんが戸惑いつつ頷く。
「それはどこ? 再封印のシステムがあるんじゃないか?」
「いや、俺はそれを聞いただけ」
エリックくんが首を横に振る。
その時、ラウンジの入り口から声が聞こえてきた。
「地下神殿ミーミルだ」
僕は振り返る。
杖をついた老人がこちらに峻厳な目を向けている。
「一千人分の魔力、全生命力を持ってすれば、ラグナロクの全能力が使用可能となる。そうなれば一瞬で世界は塵芥に帰すこととなるだろう。それまでに、地下神殿ミーミルへと向かうがいい、アルビレオよ」
ま、マクダレン教授。
───生きていたのか!?
いや、蘇生したのだった。
僕が驚愕していると、マクダレン教授は杖をつきつつこちらによろよろとやってきた。
「……マクダレン教授! 起きてて大丈夫なのかよ?」
心配そうに声をかけるエリックくんを押しのけて、教授は僕に言った。
「アルビレオ、貴様を頼らねばならんとはな」
神経質そうな鷲鼻の教授が、ポケットから何かを取り出した。
「貴様にこれを渡す」
「何これ、指輪?」
僕の手のひらの上にコロンとした銀色の指輪が落とされる。指輪の台座の中央、大きな赤い色の石がはまっている。
「よく見ろ、指輪ではない」
「これは……エンチャント石がはめこまれているのか」
よく見ると、銀色の指輪の真ん中にはめられた宝石は、バルムンドが使っていたオーブと同じ材質のようだ。
「そうだ。これは鍵だ。カーリーンの残した、ミーミルへの鍵。彼女は死の直前、私に鍵を託したのだ。王の身に危険が迫っては困るから、と」
「ミーミル?」
マクダレン教授は頷いた。
「地下神殿ミーミルには我々の残したすべての研究業績がある。あの男、バルムンドもあそこまでは手にかけていない」
「なぜ? 奥さんのものを捨てるほど、ラグナロクを秘匿したがっているのに」
ラグナロクの記録を消去したのは、ラグナロクの能力を秘匿するため。
自分一人だけがラグナロクを扱えるようにするためだ。
それなのに、封印機構を残しておくなんて変だ。
マクダレン教授は疲れたようにラウンジのソファに座り、語り始めた。
「カーリーンとバルムンド……彼らは、あのダンジョンで出会ったのだ」
窓に映る夕陽が、老人の顔に深い陰影を刻んだ。
*
マクダレン教授から語られた昔話。それは地下神殿ミーミルと、ラグナロク発掘に携わった考古学遺物研究チームの物語だった。
志に溢れた若者たちの夢は、残酷な終わりを迎えた
語り終えたマクダレン教授を見送って、僕が今後の方針を立てていると、ラウンジに例の二人組が帰ってきた。
「いや、だからアレは、そうじゃなくて、あん時のアレはアレだったから、いいってことになったじゃんか、それを今更やっぱダメだったとか」
「なってませんって、それ言ってるの先輩だけですよ。いまだにアカガネはあの時のアレを律儀に守ってるんですよ、先輩せめてその誤解だけは解いたらどうですか」
「んなこと言ったって、今更、俺があん時のアレをアレした話とか、何十年前の話だよ、つーか、いまだに本気にしてるアカガネの方が悪いだろー。それは」
「責任転嫁するの悪い癖ですよ、大体、先輩、無茶苦茶やって後始末を押しつけるとこ全然変わってないじゃないですか」
すごく、ぐだぐだしている。
闇討ち実行犯兼テロリストのバイトスタッフ・レイヴンとクオンである。
それにしても二人そろうと、なんでこうもろくでなし感が出るんだ。やっぱりアレだろうか。昔馴染みってやつだからだろうか。
王宮警備兵ってみんなこんな感じなのかな。
「道中、苦戦したかい?」
ロクデナシ一名が僕を見て、呑気に頷いた。
「おお、すごかったぞ。帰り道、メカニカル・ゴーレムの大群に襲われてな。なんとか撒いてきたけど、時間食っちまったな」
「イスランデ警察もめちゃくちゃ先輩だけ狙ってましたよね。警察が即射殺とか凶悪犯にしかしませんよ。何やったんですか」
「なんもやってねーよ! 俺が思うに人違いだな。人違いでうっかり撃っちまうことだってあるだろ、人間だからな」
ない。
どうも帰り道もかなり派手にやってきたようだな。彼らならこの程度でどうかなったりしないだろうから、まあ、いいけど。
僕は、勝手に得心してるレイヴンに言った。
「僕らかなりやってるよ! 今の君は超凶悪犯罪者だ。これを見たまえ!」
僕はラウンジのテレビをつけた。
「なんだ、これ、バルムンド王の演説?」
「明日の本戦に向けたバルムンド王の演説、というより、宣戦布告だよ」
テレビに映るバルムンド王は、昼間に見た鋼の甲冑姿だ。
中継はイスランデ王城の玉座の間だ。
背の高い赤い繻子ばりの玉座には、鋼の甲冑に身を包み戦支度を整えたバルムンド王が座している。
カメラがバルムンド王の顔をどアップで映し出す。
『我が開催せし武闘会に集いし、勇士たちよ、ラグナロクの本当の力を見たか?』
厳粛にバルムンド王が告げる。
『これなるは真の強者のみに与えられる剣、終末をもたらす魔剣ラグナロクである。皆も、今日、その力の一端を垣間見、この剣こそが最強の剣であることに異論はなかろう』
王は手に携えていた魔剣ラグナロクの鞘を抜き払い、掲げた。
『剣の主人を決めねばならぬ』
僕たちは固唾を飲んで、テレビの中の成り行きを見守った。
『儂は考えた。最強の剣こそは、この世で最も強きものこそが持つにふさわしい。武において、比類なく研ぎ澄まされた一流の戦士にこそふさわしいと! それを見いだすために、儂は、このイスランデにおいて、血の祝祭を開催することとしたのだ!』
そう言うバルムンド王の瞳には揺るぎない決意が漲っている。
『……ルールは簡単。敵対する相手をことごとく討ち滅ぼすこと! としたかったが、由々しき事態が起きた。武闘会を破壊しかねん賊が現れたのだ。それが、この男である』
映像が切り替わる。
「うわっ、俺だ」
レイヴンが声を上げる。
───これがレイヴンを呼び戻した理由だ。
彼の顔はすでにイスランデ中に知れ渡っている。僕も隠蔽には動いているが、完全消去するのは今は難しいだろう。そのうちね。そのうち消したげるよ。
魔王兵器ラッドクリーナーの出番だな。武器庫から呼んでくる準備をするか。
せめて僕から言えることは、結構カッコよく撮れている。
絶句するレイヴンをよそに、映像が玉座の間へと切り替わる。
バルムンドが言った。
『この男、王に二度、刃を向けし大罪人である。しかし、儂は寛大だ。たかが一匹の賊にも、チャンスをくれてやろうと思う。儂が主催する武闘会への飛び入り参加を認めよう!』
バルムンド王が宣言する。
同時、レイヴンの顔色が真っ青になる。
「向こうのが上手だった。闇討ち作戦バレバレだったんだ」
これは僕の反省交じりのなぐさめ。まあ、想定していた範囲内ではある。でももう少し、使い魔のことを考えるべきだったかな。
間違えた、使い魔じゃなくて、バイトだ。
「しかたないわ、使役獣とマスターの視覚は繋がっていますもの。不用意に切断されれば、異変にも気づくのは自然なことね」
これは東魔の呪術の専門家であるモクレンの指摘。
クオンがレイヴンの背中にそっと手を当てて励ましている。
麗しき同僚愛だ。
さて、演説は続いている。
『賊一匹仕留められぬようで、なにが勇士か。なにが最強だというのか! しかし、このルール変更に、皆の不満があろうこともわかる。公平を期すために、わしはこの男をシード枠とすることにした。そして、明日の本戦、この男を討ち取り、首を取ってきたものに、いち早く本戦決勝戦へのチケットを与えようではないか!』
話が変わってきた。
レイヴンはというと、ラウンジのテーブルに項垂れて、死体に変わってきている。
『この男、すでに本戦出場者の一人を討ち取っておる。血気にはやった輩よ、だがよし! 受けてたつ。目的は変わらず、最強の戦士を決定すること! 本戦はイスランデ、ロスガル市中で行う! ここで新たなルール追加だ。本戦は、ルール無用のデスマッチ! なにを使ってもよし、仲間の支援を受けてもよしとしよう。己がもてる力を全て使い、こやつの首を取ったものに、勝者の褒美を与えよう! 殺し合うがいい勇士たちよ!』
イスランデ王は豪快に笑うと、最後にこう言った。
『明日、正午より、イスランデ武闘会本戦開催なり!』
王宮からの中継が終わると、テレビはイスランデニュースのスタジオに戻り、アナウンサーたちが今し方の王の宣告と、明日の大会の行方について話し合っていた。
飛び入り参加のこの謎の黒衣の男は、大会を盛り上げるためのサクラではないか、という鋭い指摘を男性アナウンサーがすると、女性キャスターのドワーフが最もらしく頷いている。
それから、大会についての優勝候補などの予想が盛り上がった後、天気予報に移った。
明日の天気は50%の確率で晴れ!
僕に言わせたら、明日の天気なんか、空の黒点こと境界破綻点に決まっているんだけど。
晴れ、ところによりモンスターの出現あり、が正しい予報だ。
ニュースによると、空に現れた黒点は異常気象ということで話がついていた。
ふむ。
「シード選手って、そういうのだったか!?」
意外に早く立ち直ったレイヴンが突っこんだ。
「つまり、ルール無用のデスマッチ。最後の獲物は先輩、ですか」
クオンが明日の本戦についてまとめた。
「つーことは、なにか、俺が死ぬってことか?」
厄介ごとに頭から突っこんだところらしいレイヴンがぼやく。
彼の嘆きももっともだ。バルムンドの動きは想定外すぎる。
なんというか、豪快すぎる。
「言ったろ、向こうの出方が早い。でも、こちらも対策は立てられる。はい、携帯かして」
「なんだ」
レイヴンが素直に携帯を渡す。
「依然、変わらず、大武闘会の出場者連中を全員倒せば、この儀式は終わる。こちらも蟲で、向こうのシステムに入りこんでいる。出場者の動きは筒抜けだ。携帯持ってればだけど……。ロスガルの全体マップと、本戦参加者の位置を一望できるように、データを追加するね。バルムンドも僕が大会管理システムに入り込んでいることを知っているから、こういうバカみたいな手を取ってきたんだろう。あっという間に勝負を決める気だ」
僕の蟲はそう簡単に駆除できるものじゃない。本戦参加者を一人ずつ狩られるよりは、本戦参加者たち全員でレイヴンを倒した方がマシだ。
そういう考えで、ルールを変更した。
つまり、明日行われるのは、武闘会の参加者全員VSレイヴン、という無茶苦茶な試合だ。
レイヴンが作業をする僕に聞いた。
「そのアプリの方から、蠱毒とやらをやめさせられないのか」
「……アプリはたんに管理しているだけで、儀式の要は術者と参加者をつなげるオーブの方だ。でも、君の動きは誰からも探知はできないから、闇討ちに支障はない」
こちらがやるべきことは明日からも変わらない。
そのはずだが、レイヴンが聞き返す。
「なあ、まだやる気なのか?」
意味深な言葉だ。
「少なくとも、大会は阻止しなくてはならない」
僕は答えた。
バルムンドが優勝すれば、ラグナロクは大会参加者の魔力で、本来の力を取り戻すだろう。
完成した魔剣を持って、バルムンド王は東魔国と戦争を始める。
そうなったら、世界を崩壊させる力を持つ兵器が戦争に利用されるわけで、結果的にどうなるかなんてこと、考えるまでもなく明らかだ。
ここで止めなくては。
「バルムンド王の暴挙を、僕は見過ごさないさ!」
レイヴンがため息をつく。
「そうはいっても、本当は……ラグナロクがほしいんだろ?」
ぎくっとした。お見通しだ。
「せ、世界平和のためさ」
「しょうがないな。じゃ、夜から動くとするか」
レイヴンが短く言う。夜から動く、とは、闇討ち活動のことだろう。
レイヴンは今夜の間に全員、仕留める気だ。
たしかに、合理的だ。
たしかに、それが圧倒的な大正解だ。
余計な戦闘は控えて、最速で、大武闘会を阻止することができる。
レイヴンの言うことは理にかなっているし、そうするべきだ。
なのだが、僕は盛大にヘソを曲げた。
唇をへの字に引き結ぶ。おもしろくない。不機嫌だ、僕は。
レイヴンがそれでいいとしても、僕は良くない。
僕には、明日の武闘会本戦に備えて、やらなくてはならないことがあるのだ。
準備しておかなくてはならないことが山積みだ。
明日の作戦についても、これからしっかり話し合う必要がある。
だが、その前に。
僕はラウンジに集まった面々に視線をやった。窓の外は、暗く沈みこんでいる。
いい頃合いだ。
こういうのは慣れないのだが。僕はこほんと咳払いを一つした。
それから、言った。
「とりあえず、晩ご飯にするとしようか」
細かい話はその後だ。




