観戦!大武闘会
すっかり観戦ムード一色だった。
意外と大武闘会は出場するより、観戦する方が楽しい。
僕らは、大武闘会の本予選の会場である国立競技場へとやってきていた。
ここまで来るのに、逃亡者三人を連れて大変……ってことはなかった。
モクレンの呪術によるものだ。鬼人の魔術による幻惑の香で、スルッとどこでも抜けられた。それに、大武闘会は観客でいっぱいで、警備どころじゃないようだ。
右を見ても、左を見ても、大武闘会という一大イベントを楽しむ見物人でごった返している。
そういうわけで、僕らもこのイベントを盛大に満喫することとした。
僕らは屋台でアイスを買って、観戦チケットを購入し、国立競技場の観客席に座っている。
本予選最後の出場者、バルムンド王V Sジャイアントキリング大木の決勝戦がこれから始まるのだ。
アイスの屋台で買ったチョコレート三段アイスを舐めつつ、僕は友達───エリックくんのお父さんを応援することに決めていた。
会場ではなんと行政府主催のギャンブルまでやっていて、バルムンド国王は現在、なんとオッズ三番人気だ。王様ということで注目度はバッチリだが、実力はまだ未知数だ。そういうわけで人気はじわじわと伸びていっているところ。
僕はもちろん、王様の単勝券を買った。かなり張り込んだ。今月の分のお小遣いを、バルムンド王単独優勝に全振りだ。
僕は隣の席に座っているエリックくんに話しかけた。
「エリックくん、お父さんが気になる?」
「あ、ああ、そうだな、もう俺は親父のことがわかんねえ」
エリックくんは頭を抱えている。どんな気持ちなんだろう。
一夜明けたら、実の父親が大武闘会の出場者になっているというのは。
レイヴンは僕の隣で頷いた。
「だろうな。俺もお前の親父、おかしいと思うし」
「クレイジーな人ですよね、ブリッツで民家に突進を始めた時は驚きました」
「王の気風はあると思うわ。鬼の王が先陣を切らないのはありえないもの」
「東魔国の人たちのいうことは聞かなくていいからね」
そんなことを言っていると一際大きい歓声。
バルムンド王のお出ましだ。
彼はこの大会のちょっとしたヒーローだ。
僕も声を上げて応援した。
「王様だ! がんばれ! 僕のお小遣いがかかってるんだ! 頼む! 倍にしてくれよ!」
「この人が一番ひどくないですか」
「友達のお父さんのオッズに乗るな」
「ギャンブルはもう少し手堅く賭けなくてはだめよ、アルビレオ」
口々に勝手なことを言う外野たちだ。
「いーんだよ! こういうのは! ラグナロク持ってるやつが優勝するに決まってんだろ! これは確実にかえってくる賭けなんだ!」
そういうわけで、僕はバルムンド王に全ベットしている。
なに、後で、全額回収できる見込みだ。
「うーん、それ、魔導士しか知らない情報だよな、八百長じゃないか?」
レイヴンがぼやいている。人聞きの悪い。
僕は顔の前で指を振った。
「チッチッチ、情報収集能力が優れていると言ってほしいね」
無駄話をしている間にも、試合は順調に進んでいる。
僕はバルムンド王の戦いを固唾を飲んで見守った。
───頼むぞ、バルムンド王。
僕に勝利を掴ませてくれ。ついでにラグナロクの性能も見せてくれ。
未だバルムンド王は、ラグナロクを起動していない。
ここまでの勝利は、ドワーフ仕込みの質実剛健で豪快な剣術と体術によるものだ。
バルムンド王の強さは、レイヴンが一目見て、こう評したほどだ。
手こずる、と。
それはともかく、あの魔剣、本当に欲しいな。どこかですり替えたりできないかな。そうだ。あの、博物館のレプリカなんかとすり替えたりとか……この計画についてはもう少し練る必要があるだろう。
予選、最終戦、ジャイアントキリング大木との戦いは、ついにクライマックスに入ろうとしていた。
バルムンド王はリング端に追い詰めた大木を前にラグナロクを振り上げた。
その途端、会場から、殺せ!の一斉コール!
大衆は戦闘に熱狂し、殺戮の予感に酔いしれている。
会場の電光掲示板に映るバルムンドが口を開いた。
「ふむ、そろそろ頃合いか……!」
鷲のような鋭い双眸が、かっと見開かれる。
おお、そろそろ、決めの一撃が放たれるようだ。
僕はトランクから双眼鏡を取り出して、リングを注視した。
───出るか、ラグナロク……!
ドワーフの王の体から、目に見えるほどの魔力が放出される。
刀身に刻み込まれた術式に膨大な魔力が注がれる。
「ラグナロク、完全開放! 終末を齎せ、世界崩落!」
バルムンド王が叫ぶ。
その途端、刀身に禍々しい赤黒い光が纏わりつく。
「あれは……」
双眼鏡をのぞき込む。解析開始。
ラグナロク周囲に、多重魔法陣オラトリオ・コード確認。
オラトリオとは魔王兵器が持つ最大の、戦争を終極に導く、最終的な多重魔法陣・神聖魔導記述陣だ。
記述式と魔法陣は構成するコードの数が違う。
普通の術式が重なり合って、術式で模様を作ったものが魔法陣だと考えるとわかりやすい。
魔法陣を構成する術式一つ一つが大きな機能の魔法陣を作り上げる。
その数は数千から数万にも上る。空間に視認可能な魔法陣が浮かび上がる。
ラグナロクが発動した神聖魔導記述陣は、最上のものだ。
それは神に捧げるためのコード!
「まずい……!」
ラグナロク周囲に莫大な魔力反応。
「レイヴン……! すぐ退避!」
レイヴンが危機を察知したのか、僕とエリックくんを掴んで、退避する。
バルムンドが赤く輝く剣を天に向ける。
刹那、紅蓮の奔流が天へと逆巻く。
振り下ろす。
赤黒い破壊の衝撃が洪水の如く観客席を呑み込む。
光が消え去った後。
ぽっかりと、光に呑み込まれたあたりが何もなくなっていた、更地だ。
整地されたみたいに。僕らがいた観客席は、消滅している。
「なっ、なんだと」
レイヴンに首根っこを吊り下げられつつ、僕は今、見たことが信じられなかった。
この起動された魔法陣と破壊規模の範囲。
そしてこれは、本格起動された一撃じゃなく、余波だ。
僕は天を見上げた。
赤い本流が迸った先、青い空に、ぽっかりと穴が空いたような黒点が浮かんでいる。
あちらがラグナロクの本来の一撃が当たったところ。
「……事象崩壊……、終末剣、対外殻破壊兵器か!?」
観客が大パニックになって、逃げ始めている。
観客席は大混乱だ。
レイヴンが僕とエリックくんを下ろす。とりあえず、非戦闘員の僕とエリックくんは無事だ。
反対側には、モクレンとクオン。
彼らは自力で今のを避けれたみたいだ。
「つまり、どういうことだ」
レイヴンが聞く。
「……あれ、あれあれ、ラグナロク! 世界崩壊シナリオの一つ! 世界外殻崩壊剣だって! つまり、魔界に持ち込まれた、界滅兵器! あんなの連発されたら! うっ……イスランデが廃棄都市イルミナになる」
「待て、お前、そんなに危険なところに住んでたのか」
僕は説明を続けた。
「崩壊シナリオには段階があるんだ。世界外殻へのヒビが第一段階【亀裂】、第二段階は原初の闇の流入【氾濫】、第三段界は流れ込んだ魔力がこの世界に生物として定着する【物質化】! 第四段階が虚の巨人【虚無】の誕生で、これがさらに進むと、第五段階、黒点が広がり切って、完全に無に帰す【完全消滅地点】の発生だ、で、世界崩壊は第六段階、地上に開いた完全消滅地点が他を圧倒的な質量で引き込み始める【世界墜落】。これで世界が終わるってわけさ! ちなみに、空に浮かんだ黒点そのものを、境界破綻点とも呼ぶ!」
レイヴンが空の黒点を見上げた。
あれはラグナロクがつけた世界結界への引っ掻き傷だ。
世界の果て。宇宙の外側。僕らを包む世界の殻を、世界外殻と呼びならわし、魔界を包む外殻を、世界結界とも呼ぶ。
どちらにしろ、傷がついて破れれば、世界の外側からすべての根源であり、すべての終末である原初の闇という魔力の海が入り込んできて、世界は滅ぶことになる。
「今は第一段階、亀裂? 待て、イルミナは第四段階まで進んでるぞ。お前の自宅はどうなってるんだ」
「そんなこと、呑気に気にしてる場合じゃないぞ!」
僕はごまかした。
イルミナはちょくちょく水漏れを僕が点検しているから大丈夫なだけだ。
僕らが揉めそうになっていると、クオンとモクレンがこっちにやってきた。
「大変なことになってますね」
クオンが他人事のように言う。
事態がどれだけ緊急か、まったくわかっていないようだ。
「と、とにかく、これは僕のしたいこととは違うが、ラグナロクを停止しないと。こんな街中で虚無を誕生させてたまるか。一般人にどんだけ被害が出ると思ってんだ、あの王様!」
「ようは、ラグナロクをとってこいってさ」
「はあ、魔術師は無理難題を言いますね。相手は一国の王ですよ。私たちがお縄になるじゃないですか」
「刑務所に入ってる間に世界滅亡するけどね!」
僕はわめいた。
「どうするんですか、眉唾ですけど。世界の終わりだなんて、気が触れたとしか思えません。いつもこうなんですか、彼」
「こいつはこう見えて、魔術のことについてだけは信用できる。こいつが終わるというなら世界は終わる」
「そんなに卓越した魔術師ですか、彼」
「俺を撃ち落としたんだから、腕は一流を超えてる」
「先輩を? この変人の魔導士が?」
魔族たちが僕に対してなんか言ってるな。僕は不貞腐れた。
信用されないのはわかっているが、事実だ。
空にぽっかり空いた黒点───境界破綻点。
あれは滅びの予兆だ。
「で、どうするんですか」
「できることをやる、それだけだ。ラグナロクをもらい受ける」
そう言って、レイヴンが観客席をリングに向かって降りていく。
クオンがその後を追う。
あいつ、なにをやる気だ。
僕は、逃げまどう観客たちの中、レイヴンの行方を注視した。
*
ラグナロク奪取に俺は向かった。
アルビレオのオーダーである。
幸い、観客席は大混乱のため、大会参加者である王に近づいても、誰も気にしてはいない。
このどさくさに紛れて、さっとバルムンド王のそばに近より、ガッと襲撃して、ラグナロクを持って帰る予定である。
リングの端の方で、ジャイアントキリング大木が震えながら、降参している。
この武闘会では降参すれば命は助かるという仕組みだ。
実のところ、さっきの試合、対戦相手は、バルムンドがラグナロクを撃つまでもなく、降参していたのだが、会場の盛り上がりを優先した大会の運営が降参を認めなかったのだ。
勝負はとっくについている。
勝者であるバルムンドは堂々と立っている。右手には、先ほどよりも輝きの薄れたラグナロク携えている。
ドワーフの王に、俺は話しかけた。
「イスランデ王、主命により、その刀、貰い受けるぞ」
「賊か」
バルムンドは動じることなく、ジロリとこちらを睨んだ。
「そうだ、通りすがりの賊だ、なので身元などを改めないでいただきたい」
「後ろ向きすぎませんか、先輩」
クオンが横に並ぶ。
ふむ、結局こうなったな。
魔剣を求める三者が対峙する。
今は、クオンと俺がタッグ、対するバルムンドは一騎だ。
一気に片をつけてしまおう。
そして膝にあいつを乗せてみよう。初志貫徹だ。
バルムンドは臆した風はない。
むしろ、戦意が高揚したようだ。
「まとめてかかってくるがいい、賊どもめ! このイスランデ王バルムンド、何者にも屈しはせぬ!」
ラグナロクを振り上げて、こちらに宣言する。
これが王の気風というやつか。
俺には皆無だな。
まとめてかかってきていいという過分な配慮をいただいたので、俺はさっそく、そうすることにした。
バルムンドの懐に接近して、刀を抜かずに振り払う。
一国の王に白刃を向けることは躊躇われるので、力場で丁寧に殴りつけることにした。上段への切り込みを力場を乗せた刀で殴って阻止し、中段への突きを殴って沈める。刀ではなく力場棍棒剣だ。
一撃一撃が、ドワーフの剛腕でも受けきれないほど重いはずだが、バルムンド王はラグナロクで受けきった。
かなり鍛錬しているな。鍔ぜりあう。竜の膂力を抑えるドワーフの額に血管と汗が浮かぶ。
俺はとりあえず、知人の父親に伝えておくことにした。
「エリックが心配してたぞ」
ドワーフは鼻息荒く吐き捨てた。
「なるほど、あのバカ息子の関係者か……人に頼ることしか知らぬ、くだらぬ弱者だ」
当たらずとも遠からず。
エリックに命令されたわけではなく、俺はエリックの知り合いの知り合いだ。
息子の交友関係に詳しくない父親にわからないのもしょうがない。
「息子に対してその言い方か?」
グッと踏み込む。
押されていることを察知したバルムンドはラグナロクに魔力を流し込む。
「ラグナロク・未明起動、10パーセント」
瞬間的に、刀身が赤黒く波打つ。
俺は、自分の振るう刀が、重たくなったのを感じた。質量が増大する。そんな感じだ。
危機感に駆られて、刀を手放す。
後退する寸前に、鋼の全身鎧に回し蹴りを入れて吹き飛ばす。
鋼の鎧が砕け散る。
バルムンドはしばらく転がっていったが、何事もなかったかのように上体を起こし、ラグナロクを正面に構えた。騎士の構えだ。
「どうなってんだ、その刀は」
俺は空になった手のひらを見た。
さっきの東魔刀は、ラグナロクと接触した時点から、何かすごく重たいものにでも変じたかのように感じられたと同時に、消滅した。
俺の異変を見てとったクオンがバルムンド目掛けて走る。
「先輩、まかせてください、消滅剣だろうが、時を止めれば」
時間が停止し、次の瞬間、バルムンドの上半身に霜が降りる。
瞬間的に、凍結させたものらしい。
行動を制止する程度の下級の凍結魔術だが、並の人間を行動不能にすることはできる。
はずなのだが、バルムンドはこれも意に介した風はない。
「ムンっ」
バルムンドが筋肉を隆起させる。服が弾け飛ぶ。全身を覆っていた氷も弾け飛ぶ。
見る間に体が回復していく。
「……なんだ、貴様、その体、どうなっている」
クオンが戸惑いつつ言う。
「両者とも、すばらしい剣技の冴え、我が武闘大会にて凶刃を振るうことを認めよう! 明日、本戦へと参加するがいい!」
「お前、なぜ死なない」
クオンが不審そうに言う。
バルムンドはニヤリと笑って答えた。
「儂の命は今、勇士たちと繋がっておるからよ!」
バルムンドの胸の中央に赤い結晶が禍々しく輝いている。
しかもそれは脈動している。
*
僕は観客席で、双眼鏡を覗いていた。ラグナロクの性能チェックと、レイヴンの動向を監視するためだ。
レイヴンは、バルムンド王を襲撃している。
そう、なんの間違いでもなく、言い訳のしようもなく、襲撃だ。
───普通に王様を襲撃に行くとは、合理的だけど、予想外だったな。
レイヴン、あいつ、もしかして、考えなしじゃないか?
レイヴンは自分のことを常識的で気苦労の多い軍人だと思っているようだけど、実際の行動は、行き当たりばったりというか、僕よりもその場のノリで動いているんじゃないか。
いつか、問いただすべきだな。
それよりも、だ。
今は、ラグナロクの持ち主に注目すべきだ。
バルムンドの胸に輝く赤い結晶。
あれがバルムンドの肉体を急速に回復させた。
回復術の中の一系統、再生術だ。
「あれは……東魔の術に近いように思うけど」
隣のモクレンが頷いた。
「使役者の契約石よ。バルムンド王に魔力がどこからか供給されていると見たわ」
「使役者の契約石というと、君らの使う簡易なモンスターの使役術だね」
「ええ、魔物を操る際、術者はコントロールするための呪物を使い、使役獣には術者の血でできた呪物を埋め込む。これを呪縛法と呼ぶわ。東魔の呪師は、契約石に、自らの血を用いるの」
「ふむ、バルムンド王は呪師だったか? だが、彼が使っている再生術は西央の司祭が使うものと同一。正式な回復塔の術式だ。イスランデの王がなぜ、これだけ正当な西央魔術を修めているんだろう。それに、再生術に回す魔力量も桁外れだ。これだけの魔力を、呪縛法でまかなえるとは思えない」
「大掛かりな儀式を行なっているようね」
「……契約書もそろっている。契約を介する術は西央式の呪術に多い、にしても古典だな。うーん、これは……」
イスランデ大武闘会。
仕組まれたかな。
僕はリングの方を見た。レイヴンとクオンに撤退の指示を出すべきだ。
───おそらく、バルムンドは魔導士である。
それも、入念に準備をした、魔導士だ。
魔導士が仕掛ける時は、勝ちを確信した時だけだ。
この場でどう戦っても、勝ち目はない。
僕はジャケットから携帯を取り出した。
「やあ、僕だよ! 消滅しないうちに撤退だ! 理由は後で話す。ひとまず、魔導協会支部へ集合だ!」
レイヴンが携帯から通信をきいて、何事か文句を言っているが、僕は携帯を閉じた。
モクレンが僕を見て言った。
「あなたたち、いつもそういう感じなの?」
「そういうって?」
「あの男が、あなたによく従っているわね。あいつは危険なやつよ。どうやって手懐けたの?」
モクレンが瞳を鋭くする。
彼女はレイヴンの東魔での関係者だ。
その彼女が言うには、レイヴンは僕なんかに従うような男ではないらしい。
それにしても猛獣みたいな言い方だな。
「手懐けたって……そんなんじゃないよ」
「どんな手管で籠絡したの? あなたの使い魔にするつもり?」
僕はずるっと転けそうになった。
「ろ、籠絡って……」
魔族すぎる発想だ。
「なにか、金銭的な関係……はないか、どんな取引をしたの? あの男が、あなたといるのは、何か思惑があるからよ」
思惑。
あいつが僕のそばにいる理由。
思い当たることが何一つないが、理由ならあれかな。
「……3食昼寝付き、11時間睡眠」
「なによそれ、怠惰な生活習慣ね」
「彼が、求めてるのは雇用形態の改善らしい。3食昼寝付き11時間睡眠したいんだって!」
「……理解不能ね。11時間睡眠の上に昼寝をつけたら、一日の半分以上寝てるのよ?」
寝ドラゴンだ。
やつが睡眠を求める理由はわからなくもない。
そもそもの竜は生物的に、睡眠を必要とする生き物だ。
莫大な魔力を生産するために一日の半分以上を寝て過ごすのがあの手の魔物の習性だ。レイヴンは人型でも竜形態と同じだけの魔力をばかすかつかっている。あれだと、相当、眠いだろう。
あいつの問題点は慢性的な睡眠不足。
同種の魔物が身近にいないせいで気づけていない。希少種の弊害だ。
「いいだろ、僕とあいつのことなんてどうでも!」
僕は双眼鏡をトランクケースに戻した。
レイヴンとクオンは無事のようだが、うまく逃げられるだろうか。
「あら、まだ話は終わっていないわよ」
「そんなの、あいつに聞けばいいだろ。さっさと僕らもここを出よう」
僕はあれこれ質問してくるモクレンから逃げるように、出入り口を目指した。
「あれ、エリックくんは?」
いない。僕らと一緒に安全な場所にいたはずなのに、いつの間にかいなくなっている。
*
アルビレオからの通信がいきなり途切れる。
携帯を閉じて、ポケットにしまう。
「だってよ」
「緊張感のない会話でしたね」
ラグナロクを構えるバルムンド。
半裸の胸の中央の脈動する石はそのままに、泰然とこちらを待ち構えている。
アルビレオの言う通り、あの肉体には仕掛けがある。
俺はクオンに言った。
「刀も消えたしな。じゃあ、退散するか」
ここにいても用はない。これ以上長引くと、護衛の兵士や何やらが到着してしまう。さっさと逃げるに越したことはない。
「……逃すと思うか」
俺たちの動きを見てとったバルムンド王が動き出す。
胸の赤い宝玉がさらに輝き、ラグナロクに魔力が注がれる。
「ラグナロク……白日起動、50パーセント」
刀身が禍々しく輝き出す。
あの最初に見た一撃のような紅蓮のビーム───消滅砲とでも呼ぶべき技が放たれる。
これは直感だが、おそらく、あの一撃は力場で避けれる類の攻撃じゃない。
魔力装甲でも無理だろう。
掠れば死ぬ。
傷を負うのではなく、先ほどの東魔刀のように一瞬で消滅する。触れただけでも即消滅するだろう。危険な能力だ。
退避行動を取るために振り下ろす先をじっと見る。
バルムンドが一歩、前進する。
その直前、国立競技場の選手入場ゲートではなく、一般観客用の通用口から、人影が現れた。
「……待て!」
そいつは走ってきて、ラグナロクの進路、俺たちの目の前に立ち塞がった。
「エリック……そこを退け!」
エリックだ。
観客席を見ると、アルビレオがこちらの様子に気づいたらしく慌てている。
「エリック……なんでまた」
めんどくさいことになった。一般人は下がっていてほしい。
俺はクオンに目で合図した。
なにかあったら、そいつを連れて帰る段取りだ。
様子を静観する俺たちの前で、エリックは叫んだ。
「親父、何を考えてるんだ、そんな剣振り回して! いきなり、武闘大会に出場するなんて正気かよ! 一体、どうしちまったんだ」
本当にそれには同意する。
一国の王がなぜ、大武闘会などに出場し、あろうことかラグナロクを振り回しているのだろう。
エリックにしたところで、実の父親の真意は知りたいところだろう。
とち狂っているとしか思えないし。
注意深く、親子の会話を見守る。
「言っておこう、エリック。儂は正気だ。ラグナロクをそこの鬼人の走狗どもの手に渡す気など毛頭ない」
バルムンドが厳しい目つきをこちらに向ける。
俺は隣のクオンにぼやいた。
「……カラスか犬かで言えば、どっちかというと犬かな。屍肉喰いよりマシだ」
「どちらにしろ、悪口ですよ」
緊張感に欠ける冗談を挟みつつも、親子の会話からは注意を逸らさず見守った。
「じゃあ、ラグナロクをどうするっていうんだ」
ドワーフの王は刀を騎士がするように地面に突き立てた。
「儂が使う」
威風堂々とした宣言だ。
「な、なに言ってんだ、それじゃ、今までのことはなんだったんだ、東魔の奴らに引き渡すとか言ってたじゃないか」
そんなことがあったらしい。
クオンに目で確認すると、彼女は頷いた。
「そういう予定だったのです。いろいろなアクシデントがはさまりましたが」
事態は錯綜していた。
外野は無視して、バルムンドは重々しく語った。
「東のものどもとは、交渉を受けたふりをしていただけにすぎん。機が熟すまではな」
「機が熟すまで?」
エリックが問いかける。
「時は満ちた。イスランデは精強な軍隊を持ち、近代化を成し遂げ、最新の魔導技術を取り入れた。今なら東魔大鬼王国とも渡り合える。儂の代にて、東の鬼どもを駆逐すべき時が来たのだ」
「……聞き捨てならない発言ですね」
クオンが気色ばむ。東の現役の戦争管理官である彼女には、今の発言は聞き逃せないようだ。
俺にしても、どうにも気になる話題である。
「西央魔導教国に取り入り、魔導士どもの庇護のもと、領土結界の内側にて安穏と暮らしているのがドワーフの誇りか? 否、断じてそうではない! 始祖・ダンク・ガルケルのごとく、今こそ、東魔に討ち入り、ドワーフの矜持を見せる時!」
そう言ってのけるバルムンドの覇気。
王者の気風は確かにある。
「そんなことができると思っているのですか。いくら近代的な軍隊があろうと、それだけで勝てるほど甘くはありません」
「できる! 儂と、このラグナロクがあれば!」
話が見えてきた。このバルムンドという王は、魔剣ラグナロクを使って戦争をはじめる気だ。
東魔国と開戦する気だ。
エリックは声を荒げた。
「な、なんだって! 戦争をおっ始める気なのか」
「お前にも関係のある話だ。エリックよ。お前の母、カーリーンの仇を討つべき時なのだ」
「なっ、なんだよそれ、どういうことだ」
狼狽える息子に、バルムンドはつかの間、感傷的な感情の入り混じったまなざしを向ける。
───父親らしい目だな。
人間らしい感情が垣間見える。
「お主の母、カーリーンはそこな東魔の者どもによって殺された、儂は許せぬ。儂から全てを奪ったやつらを。だからこそ、やらねばならんのだ」
「……なっ、ちっともわかんねえよ、母さんの復讐ってなんだ、母さんは事故で死んだって……」
この感じだと、うーむ。もしや、東魔の身から出た錆案件か?
俺が東出身だというのは隠し通していた方がいい気がする。
「わかったなら、そこを退け、エリックよ。儂は息子とて容赦せぬ」
バルムンドは話は終わりだと言うように、さらに一歩つめた。
刀を地面から引き抜き、体の右側に構え、切先を天に向ける。
エリックは気圧されたように後退ったが、意を決したように前を向いた。
俺たちの前に立ち塞がり、両手を広げる。
父親に反抗する気のようだ。
「……い、いや、嫌だ! 絶対どかないぞ! ラグナロクで戦争を始めるなんて、俺は反対だ! そ、それにその魔剣、つかってたら世界が滅ぶとかいうんだろ。絶対に嫌だ! あんたに殺されたって、俺は絶対に阻止してやる!」
あの高圧的な親父に対して、よく言えた。
「では、死ぬるがいい! 白日起動、50%」
そろそろ頃合いだな。
「そこまでだな」
俺とバルムンドの間の距離は10メートルほど。力場の射程内だ。手を横に払うようにバルムンドの位置を左側へと振り払い、軽く吹き飛ばす。
同時に、発動されたラグナロクの消滅砲がエリックに向かう。
「無茶をしますね」
クオンがエリックを連れて先ほどまでいた位置とは逆方向に出現。
時間を停止して、エリックの位置を変えてくれたようだ。
ラグナロクが無人の観客席に穴をあける。
俺は、背後を見る。横なぎに吹っ飛ばされた、半裸のプレートアーマーの騎士が、体を起こしているところだった。
あの剣、どうやら使用者の込める魔力によって消滅砲の威力を変えられるらしい。
天を裂いた一撃よりは、破壊する範囲は狭い。
それにしても、初めから、エリックに当たる軌道ではなかったように思うのだが。
───あのおっさん、俺たちが助けに入ると見越して、撃ってきたな。
まったく。
だが、エリックについては根性を見せたから、よしとしよう。
「逃げるぞ、あのおっさんはやる気だ」
「そ、そんな」
バルムンドは刀を鞘に戻す。
「ふん。弱者の息子に興味などない。負け犬のように逃げ去るがいい」
マッチポンプだな。
だが、逃がしてくれるというなら文句はない。あの親父の気が変わらないうちに、さっさとこの場は立ち去るべきだ。
俺はエリックを担いで、走る。
クオンが【氷弾】を背後に投擲。
俺たちは会場の外へ向かった。
撤退だ。




