狂える星のアルビレオ・終幕
砦の塔のてっぺんを風が吹き抜けていく。
トルガム砦は、かつてトルク領がドルイドの治める国だったころ、西端から他国の侵攻を監視するために建てられたという砦だ。
山脈にはドルイドの森と呼ばれる深い神秘の森があり、外敵からトルク領を守っていた。
だが、長い年月の果て、ドルイドの神秘をたずさえた森は、魔導災害汚染によってすっかり枯れ果て(これは森林のエネルギーを利用した魔術体系の弊害だが)、砦の周囲は閑散とした荒野が広がっている。
ドルイドたちは荒野となったこの土地を放棄して、砦自体も何百年も使われることはなかったのだが、そこに目をつけたトルク領の反乱軍たちはここを拠点に活動をはじめのだという。
今、城砦の中は敗走してきた兵士たちでいっぱいだ。
───僕はどうしてこうなったのかを回想する。
ノールダスの居場所という素晴らしい手土産を用意した本体の僕だったが、残念なことに、僕が訪れる頃には、すでに作戦は失敗していた。
どうやら、僕のつかんだ情報程度のことはすでにテロリストも知っていたらしい。
彼らはセレモニーの三日目を狙って、事を起こした。
緋州郊外にある刑務所を襲撃。
予定では、ノールダスを救い出す予定だったのだが、襲撃作戦は失敗してしまった。
この件に関しては、中央情報局や王都の精鋭部隊が駆り出され、祭典中も休みなく働いていたようで、向こうはすでに反乱軍の情報を掴んでいたのだ。
東魔の人たちは働き者だ。
テロリストたちは返り討ちにあい、潰走。
なんとか王都緋州の彼らのアジトに逃げ帰ったものの、州境は封鎖され、後は袋の鼠のように炙り出されて、死を待つのみだった。
彼らのアジトを訪問したときは、災難だった。
襲撃が失敗して血気だった十数人のテロリストたち、そんなやつらのいる場所に、トランクケース片手にのこのこ出向いて行った僕の居心地の悪さといったら。
あやうく東魔のスパイかと誤解されて、うっかり銃で撃ち殺されるところだった。
それをノクルーナが間に入って助けてくれたのだ。
彼女が庇ってくれていなかったら、僕の眉間に三つほど風穴が開いていただろう。
まったく、思い返してみても散々な成り行きだ。
僕はため息をついた。
こんなとこくるんじゃなかったな。
僕はぐるりと周囲を見まわした。僕がいるのはトルガム城砦の最上部。一番高い尖塔に作られた監視用の空間である。
明日あたり、この城砦に、東魔国からの追撃部隊がやってくる。
【緋鷲師団】とかいう王家直轄の空挺強襲部隊が出張ってくる可能性が高いらしい。
トルガム城砦はその迎撃準備でバタバタしている。
───これからこの城砦は戦場になるのだ。
それなのになんで僕がこんなところにいるのかというと、砦の人たちは殺気だっていて、階下の兵士たちが集まる集会所や、負傷兵が集められた大広間なんかに行こうものなら、荒っぽい連中に囲まれてひどい目にあうので、僕は砦の塔の隅っこに座って、こうやって小さくなっているのだった。
なんだか肩身が狭い。
膝を抱えて空を眺めていると、僕の元に小さな人影がやってきた。
「お前にとっては災難だったな、魔導士よ」
「ノクルーナ」
トルクの正当な末裔である彼女は、領主の娘として気品のある格好に着替えていた。動きやすいように華美ではないが、ドルイドの正装───濃い緑色の長衣に、帯に儀礼用の短剣を差した格好だ。
「まずは感謝を述べよう。お前のおかげで、緋州の包囲網から抜け出せたことには感謝しておる。あれがなくては我らは袋の鼠であったであろう」
王都で指揮をとっていたギーラ・オルト・トルクとその一団。
傷ついた兵隊も含め、彼らを逃がすためには手間がかかった。
蟲による睡眠は、普通の魔族には有効だ。強力な魔族には、こういったデバフ付与の魔術は効かないが、一般的な警備についている魔族には効く。
緋州から逃げ出す際にはこれが役に立った。
蟲は向こうの通信用装置をハックできる。
州境は警備兵によって厳重な警戒網が敷かれていたが、蟲で向こうの兵隊たちの位置を割り出し、警備の薄い場所を突破して、そうしてこのトルガム砦までやってきたのだ。
ただ警戒網を破る際、バグで昏睡させた兵士を、みんなが殺してしまったのは、つらいことだった。
それもしょうがないことだ。70年にもわたる弾圧で、ずいぶん、恨みがたまっているようだし。
魔界では人がいっぱい死ぬ。これは日常茶飯事だ。
ノクルーナが僕の前に立つと、言った。
「正直、お前がついてきてくれるとは思わなかったぞ。なぜ我らに味方をする気になった」
「利害関係の一致」
「利害関係の一致だと」
「ここにはあいつが来るだろう? ドラゴン」
「前もそんなようなことを言っておったな」
「そう、あいつだ。僕はあいつを負かしてやるためにきたのさ」
「お前、竜と戦う気なのか」
「そうだよ。そのつもりだったんだけど」
「けど、なんじゃ」
僕は立ち上がる。
周囲を見回す。
トルガム砦の最上部にあたる塔には、胸壁の周囲に三台の魔導術式を刻み込んだ砲がある。
フレイムファルコンF-13型───炎精霊術師たちの使う砲術装填式精霊戦闘機の発射台だ。
通常3人程度の魔導士で起動する召喚術式で、呼び出した火精霊を核である魔導誘導弾に込めて射出。
上空で火精霊フレイムファルコンを顕現させる航空兵器である。
これがこの砦には10台ほど。城砦を取り囲む城壁の砲台にそれぞれ仕掛けられている。
砦内には炎精霊にゆかりのある魔導士たちが20人程度。明らかに数が足りていない。
フレイムファルコンを常時起動させるなら控えの人員も含めて50人は欲しいところだ。
術者の魔力を食って飛ぶ兵器だ。
魔力不足に陥った魔導士は死んでしまうため、ローテーションを組んで飛ばす必要がある。
地対空炎霊誘導弾や炎精霊弾発射機といった通常の戦闘員でもあつかえる武器に加えて、機関銃や迫撃砲など近代兵器も多数揃えてあったが、魔族の扱う魔力装甲を突破するには火力が足りない。
六つ眼が与えた兵器は、残念ながら、今回の戦闘を乗り切れるものではない。
フレイムファルコンにしたところで中古の型落ち機だし、配備された数も少ない。
そして砦の中の反乱軍は負傷兵こみで300名ほど。敗色濃厚だ。
───そもそも六つ眼、あいつはおそらくこの砦を見放したんだろう。
炎精霊王の配下の力ある精霊術師たちは一人もいない上に、これが最も悪い点だが、最上の炎精霊ファティマの不在だ。これでは竜の魔力装甲に手も足も出ないだろう。
「六つ眼はこの戦いから手を引いたんだ。負けるってことだよ。見て、ノクルーナ。この砦に準備された兵器を。いろいろと取りそろえてはいるけど、残念ながら、数も性能も足りない。何より、最上の炎精霊ファティマが用意されていない。六つ眼のやつ、炎精霊王の愛娘たちは出さないって。あいつ、今ごろは南方に引き上げて、次の手を練ってるさ」
「それは……」
「この城砦は陥ちる。ここで戦うかぎり勝ち目はない」
ノクルーナが悔しげに歯噛みする。
「しかし、だからといって、どうすればいいのだ。我らに他の打つ手など、ありはせぬ」
僕は答えた。シンプルな答えだ。
「逃げればいいんじゃないかな」
はじかれたように少女が顔を上げる。
「な、何をいう、貴様」
「ノクルーナ、君に提案がある。僕と一緒に逃げよう」
「……貴様、正気か。わらわに兵を見捨てて逃げよというのか」
「君の兵じゃない。君のお姉さんの兵隊だ」
「では、ギーラ姉上を見捨てて逃げろと?」
「君のお姉さんは戦うだろうね。彼女の選択だ。死のうとする人を、無理矢理、止めることはできないさ」
「では、わらわもそうする。父上も死んでしまったのだぞ。後に残った我らが誇りをみせずにどうするのだ」
「明日、ギーラが誇りをみせる、君は生きろ」
彼女の父親ノールダスは、襲撃の失敗した翌日、斬首されていた。
彼女が強硬な態度を取るのもわかるのだが、言わなくてはいけないこともある。
「君が生きれば、負けじゃない。残念ながら、勝てないだろうけど、引き分けって状態までは持っていけるかもしれない。ここに残って無意味に終わるの? 誇り高く死ぬより、もっとやるべきことがあるはずだ」
「お前は、生きて責務を果たせというのだな」
ノクルーナが悲しげに言う。彼女は何かを堪えるように、唇を引き結ぶ。
僕はちょっと首をかしげた。
別に、責務を果たせ、とかそんな立派なことを言ったつもりはないからだ。
僕としては、彼女がこの後にどう生きるべきかなんて、どっちでもいい。
一族としての誇りなんて捨てちゃって、幸せに生きたっていいって考えだ。
だいたいこの後のことなんて僕には関係がないんだから、好きにすればいい。
彼女は長い沈黙の後、言った。
「……しばし時間をくれ。いろいろと考えることがある」
「わかった、覚悟が決まったら声をかけてね、僕はこれから先の手配をしておくから」
僕はうなずく。
少女は頼りない足取りで僕から離れると、塔の階段を降りていった。
*
トルク領上空。
【緋鷲師団】とは空挺強襲部隊の名だ。王家直属の精鋭部隊。魔族の中でも飛行に適したものが集められる。
俺は軍用ヘリの中で、あくびを一つした。王都を離れると気楽でいい。
ヘリの座席に座る水月───部隊をとりまとめる男が、咎めるように口にした。
「レイヴン管理官、指示を」
友とか、レイヴンとか、バカガラスとか俺を呼ぶ名前はいくらでもあるが、とりわけ通りのいいのがこれだ。
戦争管理官。
王都直轄の精鋭部隊よりさらに上。真っ当な名前はなく、階級はなく、ただただ魔族として優れたものが集められる部署だ。
魔族の能力には個人差がある。生まれつき強いもの、優れた種族の血を引くもの、天賦の才を引き出したもの。同じ親から生まれても、こどもの片方は、鬼、もう片方はただ人だったりすることもある。
そういった魔族の中でも突出した人間を集めた部署───それがギルド“魔獣の巣”である。巣には常に十人の戦争管理官が在籍しており、国内外のありとあらゆる戦場に派遣される戦争屋集団。
───任務はあらゆる戦争を管理すること。
このため、戦争管理官の持つ権限は、東魔国内において、こと戦闘においては、あらゆる組織に優越する。
ときに諜報から暗殺、こういった反乱の鎮圧、侵攻作戦の指揮までこなす、ようは王家の便利屋だ。
とはいえ、戦場はいい。肌に馴染む。帰ってきたってかんじがするな。
今回の仕事は、トルク領西端の国境近辺のトルガム城砦へと逃げ込んだ残党の処理だが、これが難航していた。
配備されている航空魔導兵器は、こういった連中が持つものにしては上等な部類だった。
フレイムファルコンF-13───南方との小競り合いで見かけることのある炎の魔術で、小型戦闘機のように空中での格闘戦を実現した魔導兵器。トルガム砦の上空を、炎精霊がハヤブサの群れのように飛び回っている。
F-13は砦から半径80km地点まで行動可能のようだ。これは砦に在籍する術者の力量によるものだが、そこは半端だ。精霊戦闘機は術者の力量によって性能が大きく左右される。推測するに、砦には専門の術者がいない。内部に集まっているのは、ありあわせの雑兵といったところだろう。
だが、無視できる戦力でもない。
ハヤブサたちの警戒区域に侵入した僚機が、炎の翼を広げた精霊の突撃を受け、爆発。炎に巻かれて、墜落していく。
なかなかいい兵器だ。
今し方、一機、墜とした炎精霊戦闘機が、再びハヤブサのような姿に戻り、飛翔。こちらを攻撃する機会を猛禽類のようにうかがっている。
このおかげで砦に近づけず、足止めを食っている状況だ。
フレイムファルコン───爆弾と戦闘機と生物を兼ね合わせた存在は、核に刻まれた魔導術式によって操作されるもので、砦内部の砲台には精霊を使役する術者が詰めているはずだ。まずはこちらを殺すべきだ。
しかし、気になることは、別にある。
「水月、妙だと思わないか、この状況」
向かいに座る男に尋ねる。
「妙、ですか?」
「そうだ。テロリストどもが、これだけの炎精霊を準備できるわけがない。逃走の際も異様な手回しの良さだった、こちらの配置を知っている人間がいるみたいにな。まるで魔法だ」
本来だったら、あっさりと制圧できるはずだった。それなのに、緋州の追撃戦から現在に至るまで、手こずらされている。
脳裏に二人の容疑者が浮かぶ。西央から来た魔導士どもだ。
やつらがこの件に関わっていることは明白だ。
六つ眼のほうだろうか。それとも、もう一人。しかし、六つ眼に関しては、理由が推測できるが、もう一人の方は、なぜ反乱軍に手を貸すのか。
全く理由がわからない。意味不明だ。
俺が頭を悩ませていると、運転席から報告が上がる。
「管理官、近づけるのはここまでです」
どうやら魔導士どもの思惑について長考している時間はないらしい。
「わかった。俺が行く。水月、他は下がってろって伝えてくれ」
「了解」
生真面目そうな返答。
この水月という男とは、五年ほどの付き合いになる。
「この後の流れ、わかってるよな」
「はいはい、ご自由にどうぞ」
嘆息する部下の眉間に皺がよる。
「そういうことだ。俺が先に斬り込むから、あとは機を見て、いい感じについてこい。上空はまかせろ」
アバウトな指示を出しても、嫌そうな顔をするだけで口答えはしない。
つくづくよくできた副官だ。
「ご武運を」
「そっちもな。俺が飛んだら、緊急回避しろ、火の粉の面倒までは見れん」
指示を出すと、開きっぱなしのヘリのドアから体を乗り出す。
軍用ヘリの轟音にフレイムファルコンたちのけたたましい叫び声が混じる。
風の音が耳元で鳴る。
空っていいもんだ。
広いし。
ヘリの床板を踏み切って、跳躍。瞬間的な浮遊感のあとに、落下。
竜というものは。
炎精霊戦闘機が、獲物を見つけだした猛禽類のようにこちらに殺到。
翼を広げる。
カラスのような羽が太陽を遮る。
体の境界が溶け出すように変貌する。
───魔族にとって、こちらの姿を真の姿だというやつもいる。
すると、俺という生物は、おそらく、戦闘のために生まれた兵器なのだろう。
体の重量が一気に重くなり墜落しかかるのを、首を持ち上げて、上空に舵を切る。
矮小な炎精霊を引きちぎって上昇。
太陽の近くまで飛び上がると、目標地点である砦まではすぐ近くに見える。
軽いフライトってところだ。速度を上げて、飛翔。
格下の炎精霊を避ける必要など微塵も感じなかった。
体にまとわりついてくる邪魔な火の粉を力まかせに振り切る。
───竜というものは、暴虐を行うものである。
音速の翼が轟音を立てて城砦に急接近し、急降下。轟音と破壊。大重量の巨体が城砦の上方から落下。
一番目立つ尖塔の砲台をひしゃげさせる。
瓦礫と噴煙が舞い上がり、塔の最上部をさらに足で踏み砕く。
全体重に加えて、魔力装甲を足元に展開。
俺の扱う魔力でできた障壁───それを力場と呼ぶのだが───莫大な魔力によって下方に向かって放たれる力場が、さらに砦をへしゃげ、崩れさせる。圧壊。
その際に砲を守っていた術師たちが、崩落に巻き込まれて死亡。
しばらく、この格好で暴れ回ってから、俺は元の姿に戻った。
ちょうどうまい具合に、砦の塔から下部の半分ほどが潰れている。この砦の構造は、踏み潰した大きな塔が一つ、監視用の小規模な砲台が外壁沿いに五つ、その間を城主の棲まう居館が繋いでいる。
今のやりとりで死んでいない人間は、そちらにいるはずだ。崩落した建物から中に入れそうな場所を見つけると、俺は中へ侵入した。
竜の姿は小回りが効かないのが難点だ。
戦争管理官が動くということは、敵を殲滅するということ。
一人も逃さず殺すためには、人間の姿の方が都合がいい。
城砦内をしばらく進む。
今の崩落のせいで兵士たちが慌ただしく移動している。大広間や礼拝堂といった宗教施設に、負傷したものたちをかき集め、避難させようとしているところのようだ。
魔導通信装置を起動し、水月に連絡。
「えー、これより殲滅を始める」
───竜というのは、人を喰らうもの。
邪悪な生物である。
*
僕はトラックの荷台に揺らされつつ、双眼鏡をのぞいた。
「うわ、大暴れだ」
砦のある方角を見れば、巨大な黒竜が大暴れしている。それにしてもデカい。
全良は20メートルほど。体重は30トンはありそうだ。
砦を崩壊させ、ひとしきり砲台を踏み抜いたあと、爆発に紛れて、消滅。
人間形態に戻ったらしい。
竜の姿でいるのは魔力消費が激しいから節約と、単純に小回りを優先したのだろう。
僕がやつの行動原理を心理分析するに、やつの目的は、トルク一族の殲滅だ。馬鹿でかい姿だと取り逃す可能性がある。
単騎で入りこむのはどうかと思うが、やつの本性は人間のそれではなく、さっき見せた竜である。腕力も、魔力も、人間の時でも竜の姿の時と変わらない。
砦の中にさっきの竜が入りこんだのと一緒だ。
魔族って個人差がすごすぎて、こういう時、単独行動になりがちなんだよね。あいつは単独ユニットなんだろう。チームで連携するとなると、同格の魔族が必要になる。あんなのを他に用意するとなると、それだけでも大変だ。
今回の任務には単独でよしと判断されたのだろう。
実際それでいい。
人間の歩兵の隊列に戦闘機が突っ込んだらどうなるか。そのようなものが今さっき見た戦闘だ。
バカバカしい異種格闘技戦。戦いにもなっていない。
双眼鏡を外して、手持ちのトランクにしまう。
僕は先ほど見たドラゴンを思い返した。
「あの竜、見た目より重い。破壊力がある。外殻の魔力装甲がぶあついんだな。あいつの使ってる魔術はエネルギー操作系か? 概念事象に手をかけるとは。竜にふさわしい魔術だ。魔力量と生来の魔術の優秀さで、見た目以上の破壊力。生きる戦闘機だ、あれは。機動力もある。フレイムファルコンなんて小物、相手にならないや。うーん、惚れ惚れするほど見事なドラゴンだった」
のんきに感想をつぶやいていると、隣のノクルーナからトゲトゲしい言葉が放たれる。
「あれは王家の殺戮者だぞ」
「殺戮者って大げさな」
「大げさでもなんでもない。あのドラゴンは我らの領地を侵攻してきた。兄上はそのせいで死んだのじゃ」
「あいつ、戦場に出てきすぎじゃないか。今んとこ皆勤賞だな」
「お前、まじめに聞いておるのか」
僕らは、トラックの荷台で、ごとごとと揺らされていた。
向かう先は国境を超えて西方、人類領域に最も近いラルムの街だ。
ラルムの街のあるレミニ国は規模は小さいが人類に有効的で、親西央の同盟国だ。そして同盟国であるラルムの街には、協会から協会員である“司祭”が派遣され、その地域の守備や地域振興を担当している。
人類と魔族の共存、これもまた協会の理念であるためだ。
昨日の間に、僕はラルムの街のベルンハルト司祭に電話しておいた。
内容はこうだ。
『明日、明後日あたりに、トルク領から難民が来ると思うから、協会の平和維持部隊と平和視察団を招聘しておいてね! なるはやで、よろ!』
かえってきた返事はこう。
『殺す』
明確な殺意。シンプルな暴言。
僕は悲しくなった。明日あたり、協会のコンプラ相談室に行くべきだろう。
「お前、本当にまじめに物事を考えておるのか。これで逃げ切れるとでも思っているのか?」
ノクルーナが言う。
彼女の顔は不安げだ。
昨晩、ノクルーナは、負傷した兵と、共のものを二十名ほど連れて逃げたいと、僕に言った。そういうわけで、僕らは今、砦から逃げ出す車列の最後尾、比較的健康な人たちの集まったトラックの荷台に揺られているのだった。
車両は、ノクルーナたちが用意した。
なんとギーラ・オルト・トルクは、彼らの脱走を許したのだ。
未来にノクルーナを生かす、という選択をしたらしい。怖い人だと思っていたけど、意外と妹想いな一面もある。
ちなみにトラックの先頭は、砦にいた幼い魔族たち、次に傷病者、次にノクルーナに昔から仕えているという侍女や兵士たちだ。
比較的、健康な彼らはしんがりをつとめることとなった。
僕は少女を元気づけるように言った。
「逃げ切れるさ、僕を信じなさい、これでも世界最高峰の魔導士の一人、狂える星のアルビレオだ」
「狂える星、どういう意味の二つ名だ。その人格か。ずいぶん変わり者のようだからな」
「……いや、これはね、僕の神出鬼没さをあらわしているんだ、昔の天文学者は惑星の見かけ上の動きを指して惑う星と言った。そこから、ちなんでいるんだ。どこにでもあらわれるから、狂える星」
「絶対、ちがうであろう、それ」
「断じて、性格のことではない。僕は常に理性的で合理的。魔導士らしく冷静だ」
大事なことなので、僕は訂正しておいた。
この二つ名、実は気に入っていない。まるで僕が狂人のようではないか。
とんでもない話だ。
僕は常に冷静だ。いつも正常。
協会でも僕はきっての穏健派で通っているのだ。
「ではなぜ、その理性的な魔導士が、ここまでしてわらわたちを助けてくれるのだ」
「前にも言ったけど、利害関係の一致だ。僕はね、あのドラゴンをボコボコにやっつけに来たんだ」
「な、なんだとっ、お前まだそんなことを言っておったのか。先ほどの戦闘を見ていなかったのか? お前のように軟弱なやつがあの殺戮者とどう戦うというのだ。蹴飛ばされて終わりに決まっておる!」
ノクルーナがおどろきすぎて、大きな声で言いつのる。耳が痛い。ひどい言い草だ。
確かに近接格闘では分が悪い。圧倒的にあちらに有利だ。だが、あのとき、油断していたからそうなっただけで、次にやれば僕が勝つ。
魔導士は勝算のない戦いはしないものだ。
「ノクルーナ、君はわかっていないね。魔導士がどういうものか。西央の魔導士が自分から仕掛ける、ということは、“勝つ”ということだ! 以前はまあ、こっちも本気じゃなかったから遅れをとったが、今回は別だ。事前の準備は完璧、あとはやつがくるのを待つだけってところさ」
ノクルーナが僕を疑わしげな目で見ている。
「今、お前が着ている服も、その準備とやらの一環なのか?」
彼女が指摘したのは、僕の服装についてだ。僕は自分の姿をチラッと見た。
肩からはおる聖職者のような裾の長い白いマントに、白い上着と、白いズボン、上から下まで真っ白な驚くほど汚れの目立つ協会の戦闘用の正装である。
「そうとも。これは、言うなれば、協会の魔導士の戦装束さ。特殊な加工を施した布地で、魔法を使う時に、魔力の曝露から自分の体を守るためのものだ。まあ、ないよりはましかも程度だけど、これから大きな魔法を使うからね」
ノクルーナにはこう言ったが、実はすでに大規模な魔術を使っている。
まったく、“あれ”をここまで転送するのは、さすがに骨が折れた。
「ふむ、備えはしておるということか。まあ、良い。だが、そもそもあのドラゴンがこちらに来るという保証はないぞ」
「いや、やつは来るね」
「なぜ、そう思うのじゃ」
「戦争というものは、敵を殲滅するだけで終わらない。目標を達成するまでは、勝ったことにはならないのさ。僕が思うに、やつの今回の任務の作戦目標は、トルク一族の抹殺だろう。ノールダスを処刑した今、一人も残したくはないはずだ」
八貴族領のシンボルであったノールダスを殺す、ということは、南部の反乱に対して和解や交渉をする気は一切ないということ。
東魔国側の動きとしては、厄介なトルク一族を誅罰し、南部の完全制圧にかかるはずだ。
「わらわを殺しに来るということか」
「十中八九、必ず来る。やつは、そうせざるをえないはずだ」
僕は以前、あのセレモニーの夜に、やつが言っていたことを思い出す。
世界というシステム、それに仕えている道具だと自らを言い切った男。
───だからこそ、つけいるスキがある。
僕がこれから先の勝利を思ってニヤニヤしていると、トランクケースの中から電子音が聞こえた。
中から魔導演算端末WANDを取り出し、起動。
すると、僕のいる現在地点がモニタに浮かんだ地図上に映し出される。
トルガム砦から612キロメートルほど離れた地点。
かつて、ドルイドの森と呼ばれていた不毛の荒野の一歩手前。
バッチリだ。
「そろそろだな。ここで降ろしてくれ」
「どうしたのじゃ」
「僕はここで竜を迎えうつ。君らは逃げろ」
「何を言う。我らと逃げるべきじゃ」
「君らには偽装がかけてある。このままラルムの街までまっすぐ進め。上空からでも、センサでも探知されない。安心して行くんだ」
バグは本当に便利だ。
微小な魔力粒子の塊であるため、薄く車体表面を覆わせると、外界の景色と同化させることができる。
簡単にいうと、光学迷彩のようなものだ。
魔導学的にいうと光学系幻影投射術というものだが、古くは敵に幻を見せたり、誘惑したりといった古代呪術が現代的に進化したものだ。
ようは幻影魔術の一種である。
竜の視力を持ってしても、隊列は見つけ出せないだろう。
偽装を行なっていない、僕以外は。
「死ぬかもしれないのじゃぞ」
言って、心配そうな顔をするノクルーナ。
僕は彼女の言葉を、否定しなかった。うなずく。
「かもね。そういう可能性はある。でも、どちらにしても、君らのとこには行かせないよ、そこは安心して、僕が守る」
「そ、そんな、らしくないことを言うでない……」
「ラルムの街についたら、そっちの司祭ベルンハルトというのがいるから、僕の名を出せばいい。狂える星の一存で、トルク領の継嗣を保護した。魔導教皇猊下にはどーぞよろしくお伝えください、だ」
「わらわのために、どうして、そこまでしてくれるのじゃ」
か細い声だ。
故郷を遠くに離れ、ついでに僕もいなくなるから、不安なのだろう。
当然だ。
しかし、僕は、彼女に言っておくべきことがあった。
「いや……違う、僕のためだ。いっておくよ、ノクルーナ。僕は僕の意思で、やりたいことをやるんだ。魔導士というものは、そういうものだ。意志の力で、この世の摂理をねじ伏せる。そういう生き物だ。だから、僕がどうなるかなんてこと、気にしなくていいよ。君も、好きなように生きればいい。君がしたいようにするんだ」
僕が言うと、ノクルーナは毅然と顔を上げた。
「わかった。お前も、生き残るのだぞ」
彼女の瞳には、もう、か弱さはない。凛々しい声音で運転手に指図する。
トラックが停車する。
僕はWANDをトランクケースに戻して、荷台から飛び降りる。
トラックが発車する。
去り行くトラックを見おくりながら、僕は深い満足感にひたっていた。
───今のやりとり、かっこよかった。
我ながら、じーんときた。
まるで、命を賭してヒロインを守る正義のヒーローみたいじゃないか。
抑えきれない笑い声が低くこぼれる。
「くくっ……ふふふふ、あははははっ!」
やったー! 最高の気分だ!
笑いの発作がおさまるのを待ってから、僕は東方向へ100メートル進む。
そこに目当てのものがある。
あとは、あいつが、僕を見つけ出すのを待つとしよう。
*
人でなし、とか、人殺し、とか俺を蔑む名前は数え上げてもキリがないほどだが、なんとその全てがほとんど真実である。
生まれてこの方、竜の寿命は長いため、現在数えで127才になるのだが、15の春に初陣を迎えてからというもの、その後ずっと戦場で暮らしてきたといっても過言ではない。
春ののどかな陽気が、砦内の小窓から差し込む。
うららかな日差しだ。
俺の通った後にできた血溜まりや転々と転がる死体を明るく照らし出す。
殺戮という残酷の最中にあっても世界は美しいものだ。
今し方、斬り捨てたばかりの兵士の死体を足で踏んで、通路の端に転がす。
通行の邪魔だ。
生まれて生きるに値するすばらしい世界。
そう評した間抜けがいたが、俺はこう思う。
明日、死んでしまってもかまわない世界だ。
世界というシステムは、俺がいなくても回り続ける。誰が死んだとしても、機能を果たす。
変わらぬ美しさで。
世界は変わらない。依然、順調だ。
それが確認さえできるなら、明日、誰が死体の仲間入りをすることとなっても、何を憂うことがある?
最も大切なことは個人の生死を超えた先にある。
俺が斬り捨ててきた反乱軍の兵士たちも同じことだ。彼らは彼らの主人に仕え、信ずるもののために殉じた。俺となんの違いもない。
彼らも、俺も、個人の生き死にを超えた、何かもっと、大きなものの一部だ。
信仰、信念、イデオロギー、経済合理性、人種、この魔界にさまざまな理由によって行われた戦争が、世界の美しさを毀損することがあったか?
人が死んで、夜空に星が流れなくなったことがあったか? 空に日が昇らないことがあったか? 春に花が咲かないことがあったか?
我々を罰する者がいるとして、世界の終わりはいつやってくる。
そんな日は来ない。
明日も、世界という機構は機能しつづける。
数多の命を踏みつぶしながら。
永遠に。
だからこそ、仕事は重要だ。システムに仕えるものとして、変わらない日々をただこなす。敬虔な信徒のように。
手際よくいこう。
俺はまず、砲台に詰めている魔導士たちの下まで赴き、殺した。
その間、道中で行き合った兵士たちも、殺した。そこから、俺は砦の奥へと足を向けた。
散歩のように気楽なものだ。
こういった城砦の主人というものは、兵士に警護され、大広間や礼拝堂などの重要な施設にいるはずだ。
この頃になると、上空を旋回する炎精霊が消失したため、砦へと接近していた、【緋鷲師団】と城砦内部で合流。
彼らと手分けをして砦内の処理にあたったので、ぐっと時間を短縮することができた。
今回の反乱の首謀者であるギーラ・オルト・トルクは砦の上部にあたる会議室にいた。
城砦内の侵入者に気づいていたらしく、それへの対応をどうするか、兵士たちと急がしそうに話し合っていたところだったのだが、こちらの用件もあるため、不躾ながらこちらを優先させてもらった。
護衛の兵士たちを斬り捨てて、室内に足を踏み入れると、彼女はびっくりしたような顔をして、次には憤怒の形相を浮かべた。
彼女は赤茶けた髪色の、意志の強い顔をした女性で、俺を見ると、剣を抜いて立ち向かってきた。
賊の手にはかからん、というわけだ。ふむ。貴人としての品を感じる振るまいだ。
ロングソードを正眼に構え突進してくる彼女をいなし、返す刀で胸部を突き刺して殺す。
本人かどうか、影武者などではないか、あとで顔の照会をするので、力場で圧殺はしない。床に落ちた体はきれいなものだ。
手早く処理できてよかった。
彼女は誇り高く戦って死んだ。
───それで、だから、なんだというんだ。
誇りというものは、どんな人間を相手にするか、誰に見せるかが重要だ。武人としての矜持のない俺に、そんなものを見せたところで、どうしようというのだろう。
戦場では身分の上下に関わりなく死ぬ。
これが世の中の道理、そういうルールだ。
またしても、システムの完全さを確認しつつ、俺は城砦内部の無事な廊下を外に向かって歩く。
砦の外に出ると、水月が部下に指揮を出しているところだった。
俺を見ると、声をかけてくる。
「管理官、内部は掃討完了です」
「そうだな。ギーラの死体の確認を頼む。トルク領に詳しいものを呼んでくれ。これで、別人だったりしたらかなわんからな」
「いえ、それが、すでに身元の確認を行わせたところ、その……次女のノクルーナがいないそうです」
初耳だ。
「げっ、知らんぞ、次女だと? 何歳くらいだ、そいつ」
「人間の年齢では12歳ほどの外見。赤茶けた髪色の若い魔族です。歳が若いため、重要視されていなかったようで」
「あー、見なかったな。こどもを斬った覚えがないが、もしかして……」
思い返してみるが、砦内でその年齢のこどもに行きあった記憶はない。
他の連中が手を下したのなら別だが。
俺は、水月の背後、半壊した砦の塔と瓦礫の山に目をやった。
「そうです、あの中かも」
お前が後先考えなかったせいで、と批判したげな口調だ。
とはいえ、瓦礫の山の中にいるなら、いいほうだ。
後続の部隊を待って、余裕を持って探せばいいだけだ。
しかし、最悪なのは、逃した場合だろう。
「あちゃー、やっちまったか。手間だが、しょうがない。瓦礫の撤去作業と潰したものたちの確認はお前らにまかせるとして、俺が追う」
「お一人で行かれるのですか」
「……お前らが俺と肩を並べて飛べると思ってるのかよ。吹き飛ばすぞ。邪魔だ。絶対、ついてくるなよ、いやな予感がするからな」
この件で、裏で手を引いているのはやつらだ。
脳裏に一人の人間が浮かぶ。
俺はどうも、こういうことをするのはあいつのほうではないかと思っているのだが、どちらにせよ、決めつけて考えるべきではない。
「敵に心当たりがおありですか」
「まだ確定はできない。俺が一人で対応する。連絡が途絶えたら、皆をまとめて即刻退去しろ。俺が死んだら、お前らじゃ相手にならん敵が先にいるということだ」
魔導士たちの力量を侮りはしない。
特に、入念に準備を行なった魔導士は危険だ。
俺の長い戦場生活の中で、人間の尊厳を冒して無惨に、大量の死者を出したのは、魔導士たちの操る不条理の魔術だ。
天体軌道上からの衛星兵器による対消滅光子砲、魔導核分裂反応による破滅の光、生命倫理を冒涜した死霊術兵による侵攻。
───歴史上、これらの大量破壊魔術は幾度となく用いられてきた。
だからこそ、東魔国では魔導士を厭う。人間らしい死はそこにない。早めに処理できればそれに越したことはない連中だ。
嫌な予感が杞憂であればいいが、もしも俺が死ぬとしたら、それはここにいる他の連中も同じことだ。かえって味方への損害を出す羽目になる。
いつ死んだとして意味はないことだが、無駄な損害を出す必要もない。
「一度、体勢を整えてから出直すべきです」
水月の進言を無視して、俺は歩き出す。
「いいや、今すぐ追うべきだ。危険だとしても、ターゲットを取り逃すのは許されない」
十分な距離をとってから、俺は竜に変じた。
強靭な後肢で地を蹴り上げて、宙に舞う。
翼を広げ、上昇。
力場で生み出した上昇気流を受けて、太陽の近くまで飛び上がると、上空で円を描くように旋回しつつ、俺は考える。
さて、追うといったところでどちらに向かうべきだろう。
逃げ込んだ場所として考えられるのは二つ。
南方か、西方人類領域。
人道的支援を名目にするなら西だが、これまでの経緯を考えるなら南だってありうる。
俺の目であれば上空からの索敵が可能だが、さて。
逡巡したところで、通信が入る。
『西南方向へ612キロ地点、君の翼なら15分ほどのフライトだ、どうぞ』
聞き慣れない人間の声。
こいつは、緋州からの逃走の際も、通信回線を傍受していたのだろう。
俺は指示に従う。
今の通信は、犯人の自白に他ならない。
延々と続く不毛の荒野を見下ろしつつ、15分のフライトを終わらせると、視界に、急に白いものが閃いた。
やつだ。
俺は翼をたたむと、地上付近まで降下。
竜の姿から人の姿へと戻り着地。
顔を上げると、先程の白いものが視界に入る。
戦場に似つかわしくない優美な白い衣装は、血も穢れも寄せつけないように清浄に感じられる。
肩から羽織る裾の長いマントを風にはためかせ、不敵に笑う人物。
なめらかな褐色の肌に、目映い金の髪、蠱惑的で人目を惹く整った顔立ち。
強い意志の光をはなつ、鮮やかな翠眼。
「やあ、君と会うのは二度目だね!」
アルビレオと名乗る魔術師がそこにいた。
*
やあ! 僕だよ!
僕は勇ましくやつをにらみつけた。
対峙する男は無感情で、つまらなさそうな顔で僕を見ている。
あいかわらず得体のしれない暗い目つきだ。
レイヴンは、僕を見ると言った。
「トルク家の生き残りを逃したのはお前だな」
僕はうなずいた。
この件で僕に後ろ暗いところは一つもない。
確かに僕は東魔国内の法令違反をいろいろ行ったが、どれ一つとっても証拠なんか残していない。僕は無罪だ!
ノクルーナにしたところで、あのまま砦にいたら死んでしまっていたのだから、結局は良い行いをしたのだ。
「その通り! いままでのことは全部、僕の仕業だよ。どうだ、悔しいか。ノクルーナはもう君の手の届かないところまで送ったんだ」
「……なぜ、こんなことまでする? そっちにとって得なことは何一つない。不利益ばかりだろ?」
「ふふーん、わかってないね。傷つけられたプライドのお返しは百倍にして返す。これが僕のポリシーだ」
「それだけ?」
「そうだよ」
「少女を助けにきたんじゃないのか。人道的に」
レイヴンが戸惑っている。
僕は断言した。
「そんなことあるわけないだろ。徹頭徹尾、僕は僕の好きなようにやる。君は以前、言ってたね、自分はシステムに仕えてるって。君が教えてくれたから、僕も教えてあげよう。僕が仕えているものは、予定調和のくだらないパワーゲームなんかじゃないんだ。正義とか善とか悪とか、秩序とかモラルとか、そんなものも全然関係ない。大事なのは」
かるく息を吸う。
「この、僕が、どうしたいかだ! 世界というシステム? 予定調和? そんなものこっちから願い下げ! 全部ぶっ壊して、僕は僕の意思を遂行する! 僕という機構のために!」
言って、僕は彼を見上げた。
「意志の力で全てを成す魔導士なら、世界なんてぶっ壊してみせる!」
力いっぱい、僕はそう宣言した。
魔法というものは、この世界のルールを破るものだ。
世界の摂理を捻じ曲げ、願望のままに支配する。
そんな力をおもいのままに操る人間というのは、エゴの塊だ。
逆に、そうでなければ、世界の条理をくつがえす力なんて扱うことはできないのだ。
「ふーん、それで?」
レイヴンがつまらなさそうな顔で聞く。
思わず熱が入ってしまったので、少し気恥ずかしい。
僕は、こほんと一つ咳払いしてから言った。
「というわけで、君をここで倒させてもらう。君の任務は失敗だ。システムは不調、君は役立たず、ちっぽけな女の子一人、君は踏みつぶせないんだからね」
「どうだろうな? 今から飛べば間に合うさ、逃げたのは西方だろ?」
「なっ、なぜわかる」
「考えればすぐわかる。西には協会の同盟国がある。どこに協会の支部があるかくらいは把握している。南方に入られた方が厄介だったよ。炎精霊領とはまだやり合いたくないからな」
動揺。
どうしよう。
ラルムの街に先回りされたら、さすがに危険かもしれない。
偽装したのは車両だけだ。
「ま、まあ、ぜんぜん問題ないけどね! 君はここで足止めを食ってるんだし! 僕が、君をやっつけるんだから」
「いや、お前もここで殺しておく」
レイヴンが低く言う。
同時に抜刀。鞘から抜き払った刃で頸部を一閃。
容易く頭部を首から切断するかと思われた斬撃は、振り抜かれることはなく、巨大な金属の壁に弾かれたように高い音を立てる。
僕が斬りつけられたのだとわかったのは、すべてが終わった後だった。
それにしても本当に、準備しておいて助かった。
この地点には“アレ”がすでに待機済みだ。
レイヴンには見えていない偽装はもう一つある。
「ああ、紹介していなかったね、僕には協力者がいるんだ。三千年もの間、なぜ魔導協会が魔王の玉座を守り続けることができたのか。その理由がこれだ。13選帝侯は、世界最高峰の魔導士であると同時に、西央の最大戦力なんだ」
警戒して距離をとるレイヴンに、僕は説明した。
指を鳴らして、世界の偽装を解く。
空間───青い空と荒野に見えていた空間がぺりぺりとはがれ落ちる。
舞台の幕が開くように、僕の背後に全長22メートル、機体重量32トンの巨大な鋼鉄の塊が現れた。
「さて、お目にかけよう、協会の最新鋭機にして、狂える星の手がけた愛娘、天空かける銀翼の乙女、魔導機械人形【シルヴィア】シリーズ、型番はCD-9!」
通称はシルヴィア・ナインスと呼ぶ。僕はそう名付けた。
魔導機械人形。シルヴィアシリーズの9体目という意味だ。
魔導核融合炉と擬似人格制御基盤を持つ白銀の機体。
魔導装甲騎兵と呼ばれる兵器はよくあるが、僕の作ったものはそこらに配備された量産型と違う一点物だ。
人格制御基盤を持つ、擬似的な魂のある人形。
シルヴィアの鋼鉄の左手が僕を包み込むように壁になっていて、さっきの斬撃を弾いてくれたのだ。
「魔導装甲騎兵、どうやって持ち込んだ」
クレリックと彼が呼んだのは最もポピュラーなタイプの魔導騎兵のことだ。
人格の制御装置がついていないため、パイロットが乗りこむ必要がある。
クレリック・モデルは協会で量産していて、パイロットの育成も盛んに行われているし、紛争地帯でも使用される一般的な兵器だ。
しかし、クレリックが量産型なら、シルヴィアは最高性能・最新鋭の芸術品である。
「違う違う、量産型と一緒にするな。これは僕の手がけたオリジナル。どれだけ心血注いで作り上げたことか! だいたい、シルヴィアは僕と、いつも一緒にいたんだって! オモチャの兵隊はどこに行くにも持ってるんだ。トランクの中にいれてる。ただ、空間をいじって、転送するのに時間がかかったから、すぐには出せないんだけど」
「正気か、お前。こんなところで、こんなものを使うとは……国際条約とか、知ってるか」
「……知ってる、でも、そんなの証拠が残らなきゃいいんだよ」
僕は太鼓判を押した。
「では、はじめよう! シルヴィア、戦闘開始! 白銀のワルツを踊るがいい!」
僕が指示を出す。シルヴィア───機械の騎兵はすでに動き始めていた。
レイヴンを敵と認定したようだ。
彼女が巨人の右手を振りおろす。レイヴンが吹っ飛ばされていく。
ふむ、右ストレートで圧勝か。
砂煙が舞い上がる。
黒竜の姿が砂煙の中から飛び出していく。音速を超えた速さ。凄まじい轟音と風圧。
それを追うように、シルヴィアは僕を守っていた右手をそっと優しく引くと、片膝をついて、跳躍。
0.1秒後、反重力加速装置が爆音を立てて、ロケットのように飛び立っていく。
青い空に黒竜と白の騎兵が交錯した。
*
振り切ろうとして、振り切れない。白銀の騎兵がピッタリと背後を追撃する。
たいした機体だ。
俺は後部を見ることなく、首を持ち上げて上昇、樽をなぞるように空を回転。
魔導装甲騎兵もその動きを読んでいたのか、すれ違いざまに背部の白銀の翼を広げた。速度を落として、俺の腹部に人形が右手をかけようとするのを、蹴り飛ばす。
───まさか、こんなデタラメな魔導工学兵器と、ドッグファイトをする羽目になるとは。
魔導装甲騎兵。
小規模な戦場では滅多にお目にかかれない戦術兵器。
こういうのが出てくるのは、西央の同盟国や北方の神聖帝国といった強大な魔導技術を保有する国と戦争をする時だけだ。
それも、追撃してくるのは、見たこともない機体だ。
白銀に輝く機械の巨人。背面には銀色に輝く翼のような兵装が取り付けられ、姿勢制御や速度の制御を担っているようだ。
これと似たようなものと戦ったことはある。
だが、魔導装甲騎兵とは性能が違いすぎる。そもそも、俺の記憶にある魔導装甲騎兵は飛行能力を持っていなかった。
───あの魔導士・アルビレオの言葉を信じるなら、これは彼の創り出した全く別種の新たな兵器だ。
あの魔導士、こんなものを他国に持ち出すとは、本当に正気なのだろうか。
一体、これだけの巨大な物体を、どこから運んできたかはわからないが、たった三日の間に、ここまでのことをするとは。
なんのために。
まさか本当に、俺を殺すためだけに?
子供の喧嘩に、トラックで突っ込むようなものだ。
滅茶苦茶だ。
ここまで荒唐無稽な振る舞いをされると、思わず面白くなってきてしまった。
白銀の騎兵が体勢を立て直し、さらに追撃。
加速する敵機を目で捉えながら、こちらも速度を上げる。
つかの間、空中から地面が見える。
「あいつ」
視界の端で、こちらを見上げる金髪の魔導士の姿を見る。
「本当のアホだ」
なんか笑えてくる。
*
WANDを膝に置いて、空中格闘戦の様子をモニタリング中だ。
地面に置いたトランクケースに座って、シルヴィアの高度や座標、機体の損傷度合いなどをチェックする。
───いまのところ、大きな損傷なし。
ただやはり、こちらの武装が手薄なようだ。
僕は地上からシルヴィアにコマンドを送る。
『封印機構全解除、搭載魔導記述式の全使用許可』
これで、シルヴィアは搭載された重力子干渉系統の魔術を、飛行のためだけでなく、戦闘にも転用できるようになる。さらには翼に搭載された光子砲の使用まで可能だ。
僕は空を見上げた。
黒竜と白銀の二機が、絡み合うように複雑な軌道を描いて飛んでいく。
片方は僕のシルヴィア、もう片方はレイヴン。
空戦において僕のシルヴィアは最上のスペックを実現したはずだったのだが、あのレイヴンとかいうやつの方が一枚上手だ。
それもそのはず、彼はカラスだ。
翼は蝙蝠のような皮膜ではなく、風切り羽を持つ鳥類のもの。
空を悠々と飛び去っていく姿を遠目から見ると、竜というよりはカラスに似ている。
───ふーん、なるほどね、それでレイヴン。
彼の名前は、この見た目からとったもののようだ。
魔族は、自らの姿を選べないという。竜は竜でも、ある程度本人の魂の形を反映した姿になる。
黒竜、より正確には黒鴉竜といったところだ。
この身体的構造から、彼は空戦において圧倒的な実力を持つ。シルヴィアも、本来は空を飛ぶための機体ではない。飛行テストはかなりやったつもりだったが、まだまだ実践経験が足りないってところだ。
人類の作り出した叡智は、いまだに生物の有機的構造には一歩劣るというわけだ。
シルヴィアが背部の翼を展開させ、光子砲を起動。
青い空を切り裂くように白銀の閃光が放たれる。
対するレイヴンはこれを旋回軌道で避ける。
空を飛ぶ鳥を直線軌道のビームで捉えるのは難しい。
───追加の武装が必要なようだ。
WANDから新たに転送指示を出す。シルヴィアを転送した時と同様に、上空に空間転移門が現れる。
上空、約一万メートル地点に武装用コンテナを投下。
シルヴィアが近づくと自動的に梱包が解けて、シルヴィアにドッキングする仕様だ。
追加する武装は、武装式多連装型光子ライフル、追尾誘導貫通弾、シルヴィアを自動的にバックアップする五基の自律式小型爆撃機、などのどれかが考えられた。
もっともこの戦場に必要な武装はどれだろう。
僕はしばしの熟慮の末、全部投下した。
全部だ。
コンテナをシルヴィアがキャッチ。武装が展開される。
直後、上空で、凄まじい爆炎と幾条もの閃光が折り重なる。
青い空を埋め尽くすかと思うほどの破壊の輝きが黒鴉竜めがけて殺到する。
───すごいことになってしまった。
圧巻の思いで空を見つめた。
こんなにたくさんの武装を実戦で使用したことはない。
国際条約違反どころか、人道的にも、もとる行いかもしれない。
ここの空域の魔導汚染は、深刻なものだろう。
空を幾重にも折り重なる蜘蛛の網目のような光線や砲撃の合間をすり抜けるように、黒鴉竜が高速軌道で全弾回避している。
錐揉み回転しつつ急降下。
シルヴィア本体を狙っているらしい。
まあ、そうくるだろう。
レイヴンという竜は見たところ、遠距離戦の備えがない。
シルヴィアの火力と長く撃ち合えないという判断は正しいものだ。
向こうの空戦性能はこちらより格上だが、手数はこっちが上回る。
おそらく、向こうも余裕はないのだ。
追いつめられたやつはこう考えたはずだ。
各種、魔導兵器の使用を止めるためには、シルヴィア本体を仕留めよう。
最短、最速、最高効率の解決法。
彼は正しい。秩序に従う竜は、合理的で賢明だ。
その正しさゆえに負ける。
口元にこらえきれない笑みが上る。
竜がシルヴィアに接近。
WANDが警報音を鳴らす。機体に過大な負荷がかかっており、損傷率が上がっていく。
あのレイヴンが砦を陥す際に見せた力場だ。
力場───エネルギー操作の魔術がシルヴィアを捉え、メキメキと圧し潰そうとしているらしい。
モニターで稼働限界時間を確認。
完全に圧壊するまでに三十秒ほどは保つ計算だ。
こちらの魔力防護壁が作動。
シルヴィアは力場の中でも通常通り活動可能だ。
力場とともに突っ込んできた竜が、速度を落とさず機体に接触。
猛禽の後肢が、シルヴィアの胸部装甲を蹴り砕き、猛禽の嘴が頭部を食いちぎる。
機体の損傷率が50パーセントを超える。
僕は微笑んだ。穏やかな気分だ。
「かかったな」
彼はびっくりしているだろうな。
竜には人間の知性がある。
ということは、この手の初見殺しが効くということだ。
胸部を剥ぎ取ったのは、中にパイロットがいると無意識に判断したから、頭部もそう。
僕のモットーは自律兵器だ。パイロットより、機体本来の性能を高めたいほう。
シルヴィアは、人形だ。ゆえに人間らしい動きはしない。
頭部と胸部の砕けた人形が動き出す。
レイヴンの反応が遅れる。
人形の四肢が、ドラゴンの体にまとわりつくと、羽交いじめにする。
それにしても恐ろしいほどの出費だ。
失ったのは、武装式多連装型光子ライフル、追尾誘導貫通弾、力場に巻き込まれて霧散した五基の自律式小型爆撃機そのほか、シルヴィアに搭載していた反重力加速装置や、先進的なアクチュエータや、擬似人格制御基盤などなど。
数え上げてもキリがない。
僕はこれから、魔導機械人形一体を犠牲にするわけだから。
しかし、これで。
「決着だ!」
僕はWANDに緊急自爆コマンドを送る。受領される。
0.01秒のラグを待って自爆プログラムが作動。動力炉の冷却装置と反応制御装置を解除。同時に、擬似人格制御基盤の自壊がはじまる。
シルヴィアの内部から青白い光が漏れ出し、魔力濃度が急上昇。
魔導核融合炉心を急速に稼働させて、反応熱を高めていく。臨界点まで急上昇。
爆発までカウントダウン、3、2、1。
青空に、光の奔流がほとばしる。
それはまるで星のように。
*
バカみたいな戦場になってしまった。
上空から投下されたコンテナを見た時は、目を疑った。その後の五基の小型爆撃機によるレーザー砲や、シルヴィア本体から撃ち込まれるミサイル弾、物理的な貫通力を持つロケットなど、デタラメもいいところだ。
とてもこの辺鄙な空域でやっていい戦闘ではない。
幾重にも折り重なるレーザー砲や爆撃の網を掻い潜ると、隙を見て、魔導騎兵が六枚ある鋼の翼を回転させ、エネルギーを充填。直後に白熱する光子砲が飛んでくる。これを避けると、避けた先に小型爆撃機が待ち構えていて、レーザーが翼にかする。
回避を続けるのは、分が悪いが、接近するのは危険な気もする。
二段目の重力子砲が放たれるのをすんでのところで避ける。
手数が違いすぎる。じっくり考えている余裕はない。
小型爆撃機に接近して力場で撃ち落としつつ、翼をひるがえす。
罠だとしても、シルヴィア本体を狙うしか道はない。
敵機直上から急降下し、襲いかかる。
嫌な予感はしていた。
蹴り砕いた胸部に搭乗席はないのを見て、反射的に逃げようとしたが遅い。
人形が跳ね上がるように動いて、体にしがみつく。重量が一気にかかって、力場を保てず体制が崩れる。
魔導騎兵の重量はほぼ俺と同等、鋼鉄の塊がいきなり重石となって体にしがみつく。これでは上空に避難もできない。墜落するのを力場で抑える。引き剥がそうとするが、機械人形の四肢が筋骨に食い込む。
──────しまった。
退避できない。
もがいている間に、機体から青白い光が漏れ出してくる。
内部から、異常なほどの熱源の高まりを感じる。あまりの高音に機体の装甲がドロドロに融解しはじめる。
数瞬ののち、目の眩むような光の奔流に呑みこまれた。
莫大な反応熱に身を焼かれる。竜としての体が溶け落ちる。
爆発に耐え切るために、装甲に魔力を全て回す。
この後動けなくなってもいい。
竜としての体───魔力装甲は、魔族の持つ生命力に由来する。
魔力切れは魔族にとって死に直結するものだが、かまわない。
───やらなければ死ぬ。
焼け落ちる魔力装甲を再装填。
死の光によって装甲がまた溶け落ちる。
溶け崩れるたびに、装填し続ける。融解、装填、融解、装填。
それを幾度繰り返しただろうか。
光がふっと眼前から消える。
俺は目を開けた。手が見えた。自分の手だ。体がゆっくりと墜落していく。
───撃墜された。
はじめてのことである。
落ちてゆく一瞬、わけもわからず手を伸ばした。
空が見えた。
青い。
青い空。
俺が思っているよりもずっと。
*
シルヴィアによる爆発を観測した僕は、WANDで機体の現在位置を確認した。
画面に映しだされた地図上に、それらしき反応は一つもない。
機体の完全消滅を確認。
僕は空に向かって祈った。彼女はこの空域に散った。
───さらば、シルヴィア。
───僕の愛娘。
シルヴィア・ナインスは、今回の実戦データを持ち帰って、シルヴィア・テンとなって生き返るだろう。
君の死は無駄じゃない。
目尻に浮かんだ涙を指で拭いつつ、WANDを閉じようとする。
その瞬間、いやなものを見た。
地図上に敵性反応が一つ表示されている。
画面から顔を上げる。また画面に視線をおろす。
───気持ちよく勝利の余韻にひたっていたというのに。
台無しだ。僕は無視して、この場を去ろうとした。WANDを閉じて、立ち上がり、トランクケースに放り込む。
しかし。
僕の頭に、不穏な考えが浮かぶ。
僕はすでに知ってしまった。
それなのに、このまま帰ると、完璧な勝利を味わえないんじゃないだろうか。
喉に引っかかる魚の小骨みたいに、勝利の余韻にひたろうとすると、このことが引っかかって、完全には喜べないかもしれない。
しかも、この時のことを思い返すと、いつまでもモヤモヤとした感覚を味わうことになる可能性もある。
ため息をつく。
───僕の精神衛生のためには、しかたがない。
僕はトランクを持って、地図上に表示された座標の方角へと足を向けた。
*
システムは不調だ。
生まれてこのかた味わったことのない、最低の気分だ。口の中に砂と血の味が混ざる。
どうやら俺は生きているらしい。
ノクルーナを殺して、任務を達成、王都に帰って今まで通りの暮らしを続ける予定だった。
任務を失敗したからといって、俺が帰らなくていいわけではない。
やるべきことを脳内でリストアップする。
今回の件を報告、処分されないまでも懲罰をくらい、次に敵性魔導士の戦力について仲間内で情報を共有した上で、これからの行動を検討し……次あたりは、東魔国内で急速に力をつけるゲオルク公の暗殺任務だったか……?
なんだ、くだらねえ。
帰ってから、また、同じルーチンを繰り返す。毎日毎日、飽きもせず112年もよくやったもんだ。
なにもかもが急にバカらしくなってきた。
あのバカに当てられたんだ。金髪の魔導士。
罪のない少女、善良な弱者を踏み潰して終わり。
今回もそのはずだった。
途中までうまく行っていたが、たった一人の、意志の力で全てを成すとかなんとか戯言を言っていた、あいつのせいでシステムの運行は止まってしまった。
完璧な予定調和の世界。秩序だった、大きな機構。
どこかにあると思っていたが、最初から存在しなかったかもな。
たった一人の強烈な自我。個人の意思。
そんなものに横合いから衝突されたせいで崩れる世界は、脆弱すぎる。
───どうやら世界は俺が思っているほど窮屈でなかったらしい。
それを証明するように、視界の端に、そいつを見かけた。
「頑丈すぎ。普通、死んでるだろ、あの爆発、死んでたら蘇生してやるつもりだったのに」
白い服がたなびいている。戦場にまったく似合わない礼服。こいつによく似合うな。
彼は俺のそばに来ると、こっちをみくびったような目で見てくる。
「どうだ。レイヴン、僕の勝ちだ」
それで笑った。快活な笑みだ。晴れ渡った空みたいな。
そうだ。風が吹いている。
爽やかな風だ。
「君のつまんない世界、ぶっ壊してやったぞ」
白い服。彼の笑顔。青い空。すべてが瞳の裡に焼きつく。
空なんていつぶりに見上げただろう。
「あれ、なんで笑ってるんだ」
「俺、笑ってたか」
指摘されて、気づく。
こいつのことが憎いはずだが、気持ちは妙にスッキリしている。
「なんで、もっと悔しがらないんだ」
「悔しくないからだ」
「メンタルカウンセラーが必要かい? 負けたショックで頭が……」
「いや、何もかもがバカバカしくなっちまっただけだ。まさか魔導騎兵に爆殺されるとはね。世界はまだまだわかんねえな」
「む、くだけた喋り方だ。もっと嫌味な感じだったろ」
「そっちは、宮廷用。俺はいっつもこっちだよ」
「性格も隠してたんだ? 生きづらそうなやつ」
やつが毒づく。しかし、それだけだ。
それ以上、手を出してくる様子はない。
一体、この魔導士は何をしに来たのだろう。
───まさか本当に敵の無事を確認しに来ただけだとでもいうのだろうか。
異邦の魔導士に訊ねる。
「殺さないのか、お前の勝ちだ。もう何もできない」
やつが端正な顔を心底いやそうに歪めた。
「僕がぁ? 君を? ヤダヤダ、野蛮人の発想だね。すぐ生かすだの、殺すだの。誰も殺す気なんてない。いや、勢いあまってやっちゃう時はあるけど、蘇生はするから、そしたらノーカンだろ」
「何もノーカンではないと思うが」
あいかわらず、倫理観があるのだか、ないのだかわからない発言だ。
「とにかくだな、今回の観光は最悪だった」
やつがキッパリと言う。
「竜を手に入れるはずだったのに、性格最悪で斬り殺されるし、反乱軍に銃殺されかけるし。あげくのはてに、シルヴィアまで失った。せめて、君の情けない顔を拝んでやるつもりだったのに、なんかスッキリした顔してるし、こんなとこ来るんじゃなかったよ」
聞いているだけで頭が痛くなりそうな、滅茶苦茶なスケジュールが明かされていく。
───こいつを殺しにかかったのは俺だけではなかったとは。
驚くような、納得するような、複雑な心境だ。
どこで死んでいてもおかしくない旅程を平然と明かした魔導士は、俺を一瞥した。
「まあ、生きてるならいいや。そこで寝てたらそのうち救援が来るだろ。僕は帰る。さよなら、君とは二度と会うことはないだろう」
言って、踵を返す。
立ち去ろうとする背中に俺は声をかけた。
「おい、竜はもういいのか」
足が止まる。
俺は重ねて言った。
「俺を雇わないか? 今、フリーなんだ。ちょうど任務に失敗してな、誰かさんのせいなんだが」
やつが肩越しに俺をにらむ。
「……僕を八つ裂きにしたやつを雇えって? 僕はもう君なんかに用はない。さっさと大好きなシステムとやらに帰ればいいだろ」
「それはやめにした。俺を使い魔にしろ」
「……やなこった」
言って、体をこちらに向ける。
怒った顔をしている。なんだか愉快だ。
「くくくっ、俺ほど役に立つやつはいないぞ」
「君のせいでシルヴィアを失ったんだぞ」
「そのシルヴィアの三倍役立ってみせる」
「今、撃墜されたくせに」
「行く当てがない。任務にも失敗した。俺はもう、帰りたくないんだ。つまらない世界に」
やつが俺を見る。それから目を見開く。信じられないものでも見たような顔だ。
俺は今、どんな顔をしてるんだろうな。
ずいぶん情けない顔をしていただろう。
やつが迷うように、顔を上げて、下げて、頭を横にふって、結局、あきらめたのか、こう言った。
「……ああ、もう、しょうがないな」
彼はため息をついて、戻ってくる。
「君に、約束したからね」
彼が傍らにしゃがみこんで、手を差し出す。
その手をつかむと、強く握りかえされる。
「もっと面白い世界をみせてやるって」
耳元で強く、風の吹く音が聞こえた。
*
そんなこんなで、僕は家に帰ってきていた。
東魔国から脱出する際も、動ける程度に回復したレイヴンが余所から自分と似た背格好の死体をひっぱってきて、彼のドッグタグをつけさせた上で念入りに焼いたり、魔導通信装置を踏みつぶしたりと、理解不能の行動をしていて、それをやめさせようとする僕と一悶着があったが、そこらへんは割愛しよう!
とにかく、今回の僕の誕生日プレゼントを巡る旅は、散々なものだった。
なんでまた、僕はこんな大変な目にあってしまったのだろう。
思い返すと、やはり、僕の行動が少々、軽率だったからかもしれない、と今回ばかりは認めざるを得ない。
別に思いつきで行動しているわけじゃなく、いつだって、僕の行動には深淵な計画があるのだが、今度ばかりはわずかに、0.01グラムほど後悔している。
しかし、手に入れたものは大きかった。
望みのかっこいいドラゴンを手に入れたのだ。
「アルビレオ、ちゃんと飯を食え。菓子の類じゃなくてだな、生活習慣病って知ってるか?」
かっこいいドラゴン……、僕はチラッとそっちを見る。
かっこいいはずなんだけど。
「あと決まった時間に寝て起きろ。規則正しく朝七時に起床、夜の十時に寝ろ。でないと、一生、身長が伸びないぞ。適度な運動もおすすめだ」
こいつ、なんか口うるさい。
「うるさいな、よけいなお世話だって! 君を雇用したけど、プライベートに口を出す権利ないだろ……!」
僕は隣に座っている長身の魔族にわめいた。
こいつを連れて帰ってきてからというもの、ずっとこの調子だ。
一度は、僕を殺しにかかった男が、一体、どういう心境の変化でここまで過保護になるのだろう。
レイヴンは特に気にしていないのか、涼しい顔をしている。
「あるぞ、大アリだ、お前は俺の主人になるわけだからな。健康でいてもらわないと」
口を開くとこれである。
主人ってなに。
僕は肩を落として、男をにらみつける。
「主人て……古めかしーい魔族の感性で物を言うなよ。僕はそんなものになるつもりはないからな! なんだそれ、東魔の掟なの? 僕に主従関係を強要するな!」
「そりゃ、武人は主人を持ってこそだ。いいか、アルビレオ、こう考えるといい。俺は、システムに仕えていたんだが、それをお前に鞍替えすることにした……ようは、転職だ」
「転職……」
頭がくらっとする。
強大な魔族というものは自我も強固だ。
レイヴンほど強い竜となると常識も人と違う。
「ま、まあいい、君の好きにすればいいさ、勝手にしろ」
抵抗するのも疲れて、僕は投げやりに言った。
それを聞いたレイヴンが一際、人が悪そうに笑った。
普段、無表情なレイヴンが……。
「そうさせてもらおう」
あれ、今、僕やばいこと言ったんじゃ……。
背筋に寒気が走る。
とりあえず、僕は手近にあったドリンクを手に取って、ストローでメロンソーダを一口飲んだ。
ちょっと落ち着こう。
あの騒動から一週間は経った。
リビングの、艦船の模型や飛行機のフィギュアが並んでいるテーブルの向かいにレイヴンが座っている。
僕は彼をまっすぐ見つめた。
「と、とりあえず気を取り直して。あらためて、ようこそ、世界監視機構へ」
僕は言った。
「挨拶が遅くなったけど、僕は世界監視機構の司令官、アルビレオだ。協会の選帝侯と兼任でね、ギルドみたいなものって思ってくれたらいいよ」
「なるほどな」
「あっ、この世界監視機構っていうのはね、僕が自分で立ち上げたんだけど、一言で言うと、世界の危機を監視する機構なんだけど、理解するためには、難しい魔導学の前提知識が必要になるからな……基本的には、僕と一緒に世界を見て回るのが主な任務だね! 君の役割はその護衛だよ! 非営利かつ秘密裏に活動するこの超重要ギルドの存在を知っているのは今のところ君だけ!」
「ほお、ふむふむ、わかりやすい説明だ。ちなみにメンバーは」
「当然! 僕と、君だ、総員二名だね!」
「今日も飛ばしてるな。それどっちなんだ、正常なのか、狂気の方なのか」
「僕は一度も狂ってないよ。いつだって正気も正気、ガチ正気さ!」
レイヴンがパチパチと拍手する。
「わー、さすがだ、アルビレオ、そういうところ明るくていいと思うぞ」
「褒められちゃった、へへへ、これでも、最高司令官だからね!」
世界監視機構というのは、世界崩壊に至る危機を未然に監視する組織だ。
今まで総員一名だったのだが、今回で二名になった。
幸先のいいスタートだ。
照れていると、レイヴンが急に真面目な顔をした。
「それで、司令官、使い魔契約の件なんだが、しよう、俺と。後悔はさせない」
「しない。ビジネスライクに行く。そのつもりでよろしく」
即断で却下。
レイヴンが食い下がる。
「必要だろ。危なっかしいし。お前の行動は滅茶苦茶だ。どこで死んでいてもおかしくない。そこでこの俺だ。絶対、契約しておいたほうがいいぞ、お得だからな。俺はよく働くし、掃除も得意だし、忠義ものだし、家事もする、掃除も得意だし」
「なんで、掃除を二回言ったんだ」
「得意だからだ」
意味深な発言だ。掃除って、そういう意味じゃないよね……。
「使い魔の押し売りはやめるんだ! だいたいね、僕は君を信用してないんだぞ」
「信用はこれからできるものだ。心から満足する働きを見せるとも。だから事前に契約を」
「しつこいっ! 君は、君は本当は、すごく勝手なやつだろ」
「どうだろうな。俺は俺について考えることはあまりない。兵器の人格について考える必要があるか?」
「自認が兵器の人!?」
驚愕する。同時に頭が痛くなる。
僕が手に入れたドラゴンなのだが、これがまた厄介そうだ。
こんなやつとこれから先、うまくやっていけるんだろうか。
僕が頭を悩ませていると、レイヴンがのんびりした口調で言った。
「まあ、なんだ。これから長い付き合いになるんだし、まずはゆっくりお互い親交を深めていこう、今から悩んでも始まらないぞ、アルビレオ」
「それ、君がいうことかな!?」
思わず、声を荒げてしまう。レイヴンが、心底、面白そうに笑う。
それを見ていると、なんだか僕の方も肩の力が抜けていく。
脱力。
彼の言う通り、思い悩んだところで始まらない。
「はあ、まあいいや、レイヴン、君を歓迎するよ。できるなら、良き友人となることを願っている」
そう彼に告げると、僕は窓の外に視線をやる。
空はかぎりなく晴れていて、飛竜が相変わらず、せわしなく飛び回っている。
世界は平和だ。
今のところは。




