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第1話 狂える星のアルビレオ・終幕

 振り切ろうとして、振り切れない。白銀の騎兵がピッタリと背後を追撃する。

 たいした機体だ。

 俺は後部を見ることなく、首を持ち上げて上昇、バレルをなぞるように空を回転ロール

 魔導装甲騎兵もその動きを読んでいたのか、すれ違いざまに背部の白銀の翼を広げた。速度を落として、俺の腹部に人形が右手をかけようとするのを、蹴り飛ばす。


 ───まさか、こんなデタラメな魔導工学兵器と、ドッグファイトをする羽目になるとは。


 魔導装甲騎兵(クレリック)

 小規模な戦場では滅多めったにお目にかかれない戦術兵器。

 こういうのが出てくるのは、西央の同盟国や北方の神聖帝国といった強大な魔導技術を保有する国と戦争をする時だけだ。

 それも、追撃してくるのは、見たこともない機体だ。

 白銀に輝く機械の巨人。背面には銀色に輝く翼のような兵装が取り付けられ、姿勢制御や速度の制御を担っているようだ。

 これと似たようなものと戦ったことはある。だが、魔導装甲騎兵クレリックとは性能が違いすぎる。そもそも、俺の記憶にある魔導装甲騎兵は飛行能力を持っていなかった。


 ───あの魔導士・アルビレオの言葉を信じるなら、これは彼の創り出した全く別種の新たな兵器だ。


 あの魔導士、こんなものを他国に持ち出すとは、本当に正気なのだろうか。

 一体、これだけの巨大な物体を、どこから運んできたかはわからないが、たった三日の間に、ここまでのことをするとは。

 なんのために。

 まさか本当に、俺を殺すためだけに?

 子供の喧嘩に、トラックで突っ込むようなものだ。

 滅茶苦茶だ。

 ここまで荒唐無稽こうとうむけいな振る舞いをされると、思わず面白くなってきてしまった。

 白銀の騎兵が体勢を立て直し、さらに追撃。加速する敵機を目でとらえながら、こちらも速度を上げる。

 束の間、空中から地面が見える。

「あいつ」

 視界の端で、こちらを見上げる金髪の魔導士の姿を見る。

「本当のアホだ」

 なんか笑えてくる。


 *


 WANDを膝に置いて、空中格闘戦の様子をモニタリング中だ。

 地面に置いたトランクケースに座って、シルヴィアの高度や座標、機体の損傷度合いなどをチェックする。


 ───いまのところ、大きな損傷なし。


 ただやはり、こちらの武装が手薄なようだ。

 僕は地上からシルヴィアにコマンドを送る。


『封印機構全解除、搭載魔導記述式の全使用許可』


 これで、シルヴィアは搭載された重力子干渉系統の魔術を、飛行のためだけでなく、戦闘にも転用できるようになる。さらには翼に搭載された光子砲の使用まで可能だ。

 僕は空を見上げた。

 黒竜と白銀の二機が、絡み合うように複雑な軌道を描いて飛んでいく。

 片方は僕のシルヴィア、もう片方はレイヴン。

 空戦において僕のシルヴィアは最上のスペックを実現したはずだったのだが、あのレイヴンとかいうやつの方が一枚上手だ。

 それもそのはず、彼はカラスだ。

 翼は蝙蝠のような皮膜ではなく、風切り羽を持つ鳥類のもの。

 空を悠々と飛び去っていく姿を遠目から見ると、竜というよりはカラスに似ている。


 ───ふーん、なるほどね、それでレイヴン。


 彼の名前は、この見た目からとったもののようだ。

 魔族は、自らの姿を選べないという。竜は竜でも、ある程度本人の魂の形を反映した姿になる。

 黒竜、より正確には黒鴉竜といったところだ。

 この身体的構造から、彼は空戦において圧倒的な実力を持つ。シルヴィアも、本来は空を飛ぶための機体ではない。飛行テストはかなりやったつもりだったが、まだまだ実践経験が足りないってところだ。

 人類の作り出した叡智は、いまだに生物の有機的構造には一歩劣るというわけだ。

 シルヴィアが背部の翼を展開させ、光子砲を起動。

 青い空を切り裂くように白銀の閃光が放たれる。

 対するレイヴンはこれを旋回軌道で避ける。

 空を飛ぶ鳥を直線軌道のビームで捉えるのは難しい。


 ───追加の武装が必要なようだ。


 WANDから新たに転送指示を出す。シルヴィアを転送した時と同様に、上空に空間転移門が現れる。

 上空、10,000m地点に武装用コンテナを投下。

 シルヴィアが近づくと自動的に梱包が解けて、シルヴィアにドッキングする仕様だ。

 追加する武装は、武装式多連装型光子ライフル、追尾誘導貫通弾、シルヴィアを自動的にバックアップする5基の自律式小型爆撃機、などのどれかが考えられた。

 もっともこの戦場に必要な武装はどれだろう。

 僕はしばしの熟慮の末、全部投下した。

 全部だ。

 コンテナをシルヴィアがキャッチ。武装が展開される。

 直後、上空で、凄まじい爆炎と幾条もの閃光が折り重なる。

 青い空を埋め尽くすかと思うほどの破壊の輝きが黒鴉竜めがけて殺到する。



 ───すごいことになってしまった。



 圧巻の思いで空を見つめた。

 こんなにたくさんの武装を実戦で使用したことはない。

 国際条約違反どころか、人道的にも、もとる行いかもしれない。ここの空域の魔導汚染は、深刻なものだろう。

 空を幾重にも折り重なる蜘蛛の網目のような光線や砲撃の合間をすり抜けるように、黒鴉竜が高速軌道で全弾回避している。錐揉きりもみ回転しつつ急降下。

 シルヴィア本体を狙っているらしい。

 まあ、そうくるだろう。

 レイヴンという竜は見たところ、遠距離戦の備えがない。シルヴィアの火力と長く撃ち合えないという判断は正しいものだ。

 向こうの空戦性能はこちらより格上だが、手数はこっちが上回る。

 おそらく、向こうも余裕はないのだ。

 追いつめられたやつはこう考えるはず。

 各種、魔導兵器の使用を止めるためには、シルヴィア本体を仕留めよう。

 最短、最速、最高効率の解決法。

 彼は正しい。秩序に従う竜は、合理的で賢明だ。

 その正しさゆえに負ける。

 口元にこらえきれない笑みが上る。

 竜がシルヴィアに接近。WANDが警報音を鳴らす。機体に過大な負荷がかかっており、損傷率が上がっていく。あのレイヴンが砦を陥す際に見せた力場だ。力場──エネルギー操作の魔術がシルヴィアを捉え、メキメキと圧し潰そうとしているらしい。

 モニターで稼働限界時間を確認。完全に圧壊するまでには十分ほどは持つ。こちらの魔力防護壁が作動。シルヴィアは力場の中でも通常通り活動可能だ。

 力場とともに突っ込んできた竜が、速度を落とさず機体に接触。

 猛禽の後肢が、シルヴィアの胸部装甲を蹴り砕き、猛禽の(くちばし)が頭部を食いちぎる。

 損傷率が50パーセントを超える。

 僕は微笑んだ。穏やかな気分だ。


「かかったな」


 彼はびっくりしているだろうな。

 竜には人間の知性がある。

 ということは、この手の初見殺しが効くということだ。

 胸部をぎ取ったのは、中にパイロットがいると無意識に判断したから、頭部もそう。

 僕のモットーは自律兵器だ。パイロットより、機体本来の性能を高めたいほう。

 シルヴィアは、人形だ。ゆえに人間らしい動きはしない。

 頭部と胸部の砕けた人形が動き出す。

 レイヴンの反応が遅れる。

 人形の四肢が、ドラゴンの体にまとわりつくと、羽交いじめにする。

 それにしても恐ろしいほどの出費だ。

 失ったのは、武装式多連装型光子ライフル、追尾誘導貫通弾、力場に巻き込まれて霧散した5基の自律式小型爆撃機そのほか、シルヴィアに搭載していた反重力加速装置や、先進的なアクチュエータや、擬似人格制御基盤などなど。

 数え上げてもキリがない。

 僕はこれから、魔導機械人形一体を犠牲にするわけだから。

 しかし、これで。


「決着だ!」


 僕はWANDに緊急自爆コマンドを送る。受領される。

 0.01秒のラグを待って自爆プログラムが作動。動力炉の冷却装置と反応制御装置を解除。

 シルヴィアの内部から青白い光が漏れ出し、魔力濃度が急上昇。

 魔導核融合炉心を急速に稼働させて、反応熱を高めていく。臨界点まで急上昇。

 爆発までカウントダウン、3、2、1。

 青空に、魔導核融合反応による光の奔流がほとばしる。

 それはまるで星のように。


 *


 バカみたいな戦場になってしまった。

 上空から投下されたコンテナを見た時は、目を疑った。その後の五基の小型爆撃機によるレーザー砲や、シルヴィア本体から打ち込まれるミサイル弾、物理的な貫通力を持つロケットなど、デタラメもいいところだ。

 とてもこの辺鄙へんぴな空域でやっていい戦闘ではない。

 幾重にも折り重なるレーザー砲や爆撃の網を掻い潜ると、隙を見て、魔導騎兵が六枚ある鋼の翼を回転させ、エネルギーを充填。直後に白熱する光子砲が飛んでくる。これを避けると、避けた先に小型爆撃機が待ち構えていて、レーザーが翼にかする。

 回避を続けるのは、が悪いが、接近するのは危険な気もする。

 二段目の重力子砲が放たれるのをすんでのところで避ける。

 手数が違いすぎる。じっくり考えている余裕はない。

 小型爆撃機に接近して力場で撃ち落としつつ、翼をひるがえす。

 罠だとしても、シルヴィア本体を狙うしか道はない。

 敵機直上から急降下し、襲いかかる。

 嫌な予感はしていた。

 蹴り砕いた胸部に搭乗席はないのを見て、反射的に逃げようとしたが遅い。

 人形が跳ね上がるように動いて、体にしがみつく。重量が一気にかかって、力場を保てず体制が崩れる。魔導騎兵の重量はほぼ俺と同等、鋼鉄の塊がいきなり重石となって体にしがみつく。これでは上空に避難もできない。墜落するのを力場で抑える。引き剥がそうとするが、機械人形の四肢が筋骨に食い込む。


 ──────しまった。


 退避できない。

 もがいている間に、機体から青白い光が漏れ出してくる。内部から、異常なほどの熱源の高まりを感じる。あまりの高音に機体の装甲がドロドロに融解しはじめる。

 数瞬ののち、目の眩むような光の奔流に呑みこまれた。

 莫大な反応熱に身を焼かれる。竜としての体が溶け落ちる。

 爆発に耐え切るために、装甲に魔力を全て回す。

 この後動けなくなってもいい。

 竜としての体──魔力装甲は、魔族の持つ生命力に由来する。

 魔力切れは魔族にとって死に直結するものだが、かまわない。


 ───やらなければ死ぬ。


 焼け落ちる魔力装甲を再装填。

 死の光によって装甲がまた溶け落ちる。

 溶け崩れるたびに、装填し続ける。融解、装填、融解、装填。

 それを幾度繰り返しただろうか。

 光がふっと眼前から消える。

 俺は目を開けた。手が見えた。自分の手だ。体がゆっくりと墜落していく。


 ───撃墜された。


 はじめてのことである。

 落ちてゆく一瞬、わけもわからず手を伸ばした。

 空が見えた。

 青い。

 青い空。

 俺が思っているよりもずっと。


 *


 魔導核分裂による爆発を観測した僕は、WANDで機体の現在位置を確認した。

 画面に映しだされた地図上に、それらしき反応は一つもない。

 機体の完全消滅を確認。

 僕は空に向かって祈った。彼女はこの空域に散った。


 ───さらば、シルヴィア。

 ───僕の愛娘。


 シルヴィア・ナインスは、今回の実戦データを持ち帰って、シルヴィア・テンとなって生き返るだろう。

 君の死は無駄じゃない。

 目尻に浮かんだ涙を指で拭いつつ、WANDを閉じようとする。

 その瞬間、いやなものを見た。

 地図上に敵性反応が一つ表示されている。

 画面から顔を上げる。また画面に視線をおろす。


 ───気持ちよく勝利の余韻(よいん)にひたっていたというのに。


 台無しだ。僕は無視して、この場を去ろうとした。WANDを閉じて、立ち上がり、トランクケースに放り込む。

 しかし。

 僕の頭に、不穏な考えが浮かぶ。

 僕はすでに知ってしまった。それなのに、このまま帰ると、完璧な勝利を味わえないんじゃないだろうか。喉に引っかかる魚の小骨みたいに、勝利の余韻に浸ろうとすると、このことが引っかかって、完全には喜べないかもしれない。しかも、この時のことを思い返すと、いつまでもモヤモヤとした感覚を味わうことになる可能性もある。

 ため息をつく。


 ───僕の精神衛生のためには、しかたがない。


 僕はトランクを持って、地図上に表示された座標の方角へと足を向けた。


 *


 ()()()()()()調()()

 生まれてこのかた味わったことのない、最低の気分だ。口の中に砂と血の味が混ざる。

 どうやら俺は生きているらしい。

 ノクルーナを殺して、任務を達成、王都に帰って今まで通りの暮らしを続ける予定だった。

 任務を失敗したからといって、俺が帰らなくていいわけではない。

 やるべきことを脳内でリストアップする。

 今回の件を報告、処分されないまでも懲罰をくらい、次に敵性魔導士の戦力について仲間内で情報を共有した上で、これからの行動を検討し……次あたりは、東魔国内で急速に力をつけるゲオルク公の暗殺任務だったか…?

 ()()()()()()()()()

 帰ってから、また、同じルーチンを繰り返す。毎日毎日、飽きもせず112年もよくやったもんだ。

 なにもかもが急にバカらしくなってきた。

 あのバカに当てられたんだ。金髪の魔導士。

 罪のない少女、善良な弱者を踏み(つぶ)して終わり。今回もそのはずだった。

 途中までうまく行っていたが、たった一人の、意志の力で全てを成すとかなんとか戯言を言っていた、あいつのせいでシステムの運行は止まってしまった。

 完璧な予定調和の世界。秩序だった、大きな機構。どこかにあると思っていたが、最初から存在しなかったかもな。

 たった一人の強烈な自我。個人の意思。

 そんなものに横合いから衝突されたせいで崩れる世界は、脆弱すぎる。


 ───どうやら世界は俺が思っているほど窮屈でなかったらしい。


 それを証明するように、視界の端に、そいつを見かけた。

「頑丈すぎ。普通、死んでるだろ、あの爆発、死んでたら蘇生してやるつもりだったのに」

 白い服がたなびいている。戦場にまったく似合わない礼服。こいつによく似合うな。

 彼は俺のそばに来ると、こっちをみくびったような目で見てくる。


「どうだ。レイヴン、僕の勝ちだ」


 それで笑った。快活な笑みだ。晴れ渡った空みたいな。

 そうだ。風が吹いている。

 爽やかな風だ。


「君のつまんない世界、ぶっ壊してやったぞ」


 白い服。彼の笑顔。青い空。すべてが瞳の(うち)に焼きつく。

 空なんていつぶりに見上げただろう。


「あれ、なんで笑ってるんだ」

「俺、笑ってたか」


 指摘されて、気づく。こいつのことが憎いはずだが、気持ちは妙にスッキリしている。


「なんで、もっと悔しがらないんだ」

「悔しくないからだ」

「メンタルカウンセラーが必要かい? 負けたショックで頭が…」

「いや、何もかもがバカバカしくなっちまっただけだ。まさか魔導騎兵に爆殺されるとはね。世界はまだまだわかんねえな」

「む、くだけた喋り方だ。もっと嫌味いやみな感じだったろ」

「そっちは、宮廷用。俺はいっつもこっちだよ」

「性格も隠してたんだ? 生きづらそうなやつ」


 やつが毒づく。しかし、それだけだ。

 それ以上、手を出してくる様子はない。

 一体、この魔導士は何をしに来たのだろう。


 ───まさか本当に敵の無事を確認しに来ただけだとでもいうのだろうか。


 異邦の魔導士に訊ねる。


「殺さないのか、お前の勝ちだ。もう何もできない」

 やつが端正な顔を心底いやそうに歪めた。

「…僕がぁ? 君を? ヤダヤダ、野蛮人の発想だね。すぐ生かすだの、殺すだの。誰も殺す気なんてない。いや、勢いあまってやっちゃう時はあるけど、蘇生はするから、そしたらノーカンだろ」

「何もノーカンではないと思うが」


 あいかわらず、倫理観があるのだか、ないのだかわからない発言だ。


「とにかくだな、今回の観光は最悪だった」

 やつがキッパリと言う。

「竜を手に入れるはずだったのに、性格最悪で斬り殺されるし、反乱軍に銃殺されかけるし。あげくのはてに、シルヴィアまで失った。せめて、君の情けない顔を拝んでやるつもりだったのに、なんかスッキリした顔してるし、こんなとこ来るんじゃなかったよ」

 聞いているだけで頭が痛くなりそうな、滅茶苦茶なスケジュールが明かされていく。


 ───こいつを殺しにかかったのは俺だけではなかったとは。


 驚くような、納得するような、複雑な心境だ。

 どこで死んでいてもおかしくない旅程を平然と明かした魔導士は、俺を一瞥いちべつした。


「まあ、生きてるならいいや。そこで寝てたらそのうち救援が来るだろ。僕は帰る。さよなら、君とは二度と会うことはないだろう」


 言って、(きびす)を返す。

 立ち去ろうとする背中に俺は声をかけた。


「おい、竜はもういいのか」

 足が止まる。

 俺は重ねて言った。


「俺を雇わないか? 今、フリーなんだ。ちょうど任務に失敗してな、誰かさんのせいなんだが」

 やつが肩越しに俺をにらむ。

「……僕を八つ裂きにしたやつを雇えって? 僕はもう君なんかに用はない。さっさと大好きなシステムとやらに帰ればいいだろ」

「それはやめにした。俺を使い魔にしろ」

「……やなこった」

 言って、体をこちらに向ける。

 怒った顔をしている。なんだか愉快だ。


「くくくっ、俺ほど役に立つやつはいないぞ」

「君のせいでシルヴィアを失ったんだぞ」

「そのシルヴィアの三倍役立ってみせる」

「今、撃墜されたくせに」

「行く当てがない。任務にも失敗した。俺はもう、帰りたくないんだ。つまらない世界に」


 やつが俺を見る。それから目を見開く。信じられないものでも見たような顔だ。

 俺は今、どんな顔をしてるんだろうな。

 ずいぶん情けない顔をしていただろう。

 やつが迷うように、顔を上げて、下げて、頭を横にふって、結局、あきらめたのか、こう言った。


「……ああ、もう、しょうがないな」

 彼はため息をついて、戻ってくる。

「君に、約束したからね」


 彼がかたわらにしゃがみこんで、手を差し出す。

 その手をつかむと、強く握りかえされる。


「もっと面白い世界をみせてやるって」


 耳元で強く、風の吹く音が聞こえた。 


 *


 そんなこんなで、僕は家に帰ってきていた。


 東魔国から脱出する際も、動ける程度に回復したレイヴンが余所よそから自分と似た背格好の死体をひっぱってきて、彼のドッグタグをつけさせた上で念入りに焼いたり、魔導通信装置インカムを踏みつぶしたりと、理解不能の行動をしていて、それをやめさせようとする僕と一悶着ひともんちゃくがあったが、そこらへんは割愛かつあいしよう!


 とにかく、今回の僕の誕生日プレゼントを巡る旅は、散々なものだった。

 なんでまた、僕はこんな大変な目にあってしまったのだろう。

 思い返すと、やはり、僕の行動が少々、軽率だったからかもしれない、と今回ばかりは認めざるを得ない。

 別に思いつきで行動しているわけじゃなく、いつだって、僕の行動には深淵な計画があるのだが、今度ばかりはわずかに、0.01mgほど後悔している。

 しかし、手に入れたものは大きかった。


 望みのかっこいいドラゴンを手に入れたのだ。


「アルビレオ、ちゃんと飯を食え。菓子のたぐいじゃなくてだな、生活習慣病って知ってるか?」


 かっこいいドラゴン……、僕はチラッとそっちを見る。

 かっこいいはずなんだけど。


「あと決まった時間に寝て起きろ。規則正しく朝7時に起床、夜の10時に寝ろ。でないと、一生、身長が伸びないぞ。適度な運動もおすすめだ」


 こいつ、なんか口うるさい。


「うるさいな、よけいなお世話だって! 君を雇用したけど、プライベートに口を出す権利ないだろ…!」


 僕は隣に座っている長身の魔族にわめいた。

 こいつを連れて帰ってきてからというもの、ずっとこの調子だ。一度は、僕を殺しにかかった男が、一体、どういう心境の変化でここまで過保護になるのだろう。

 レイヴンは特に気にしていないのか、涼しい顔をしている。


「あるぞ、大アリだ、お前は俺の主人(あるじ)になるわけだからな。健康でいてもらわないと」


 口を開くとこれである。

 主人ってなに。

 僕は肩を落として、男をにらみつける。


「主人て……古めかしーい魔族の感性で物を言うなよ。僕はそんなものになるつもりはないからな! なんだそれ、東魔の掟なの? 僕に主従関係を強要するな!」


「そりゃ、武人は主人を持ってこそだ。いいか、アルビレオ、こう考えるといい。俺は、システムに仕えていたんだが、それをお前に鞍替くらがえすることにした……ようは、転職だ」


「転職……」


 頭がくらっとする。

 強大な魔族というものは自我も強固だ。

 レイヴンほど強い竜となると常識も人と違う。


「…ま、まあいい、君の好きにすればいいさ、勝手にしろ」


 抵抗するのも疲れて、僕は投げやりに言った。

 それを聞いたレイヴンが一際、人が悪そうに笑った。普段、無表情なレイヴンが…。


「そうさせてもらおう」


 あれ、今、僕やばいこと言ったんじゃ…。

 背筋に寒気が走る。

 とりあえず、僕は手近にあったドリンクを手に取って、ストローでメロンソーダを一口飲んだ。

 ちょっと落ち着こう。

 あの騒動から一週間は経った。

 リビングの、艦船のプラモデルや飛行機のフィギュアが並んでいるテーブルの向かいにレイヴンが座っている。

 僕は彼をまっすぐ見つめた。


「と、とりあえず気を取り直して。あらためて、ようこそ、世界監視機構へ」

 僕は言った。

挨拶(あいさつ)が遅くなったけど、僕は世界監視機構の司令官、アルビレオだ。協会の選帝侯と兼任でね、ギルドみたいなものって思ってくれたらいいよ」

「なるほどな」

「あっ、この機構っていうのはね、僕が自分で立ち上げたんだけど、一言で言うと、世界の危機を監視する機構なんだけど、理解するためには、難しい魔導学の前提知識が必要になるからな…基本的には、僕と一緒に世界を見て回るのが主な任務だね! 君の役割はその護衛だよ! 非営利かつ秘密裏に活動するこの超重要ギルドの存在を知っているのは今のところ君だけ!」

「ほお、ふむふむ、わかりやすい説明だ。ちなみにメンバーは」

「当然! 僕と、君だ、総員2名だね!」

「今日も飛ばしてるな。それどっちなんだ、正常なのか、狂気の方なのか」

「僕は一度も狂ってないよ。いつだって正気も正気、ガチ正気さ!」


 レイヴンがパチパチと拍手する。


「わー、さすがだ、アルビレオ、そういうところ明るくていいと思うぞ」

められちゃった、へへへ、これでも、最高司令官(ギルドマスター)だからね!」


 世界監視機構というのは、世界崩壊に至る危機を未然に監視する組織だ。

 今まで総員一名だったのだが、今回で二名になった。

 幸先のいいスタートだ。

 照れていると、レイヴンが急に真面目な顔をした。


「それで、司令官、使い魔契約の件なんだが、しよう、俺と。後悔はさせない」

「しない。ビジネスライクに行く。そのつもりでよろしく」


 即断で却下。

 レイヴンが食い下がる。


「必要だろ。危なっかしいし。お前の行動は滅茶苦茶めちゃくちゃだ。どこで死んでいてもおかしくない。そこでこの俺だ。絶対、契約しておいたほうがいいぞ、お得だからな。俺はよく働くし、掃除も得意だし、忠義ものだし、家事もする、掃除も得意だし」

「なんで、掃除を二回言ったんだ」

「得意だからだ」

 意味深な発言だ。掃除って、そういう意味じゃないよね…。

「使い魔の押し売りはやめるんだ! だいたいね、僕は君を信用してないんだぞ」

「信用はこれからできるものだ。心から満足する働きを見せるとも。だから事前に契約を」

「しつこいっ! 君は、君は本当は、すごく勝手なやつだろ」

「どうだろうな。俺は俺について考えることはあまりない。兵器の人格について考える必要があるか?」

「自認が兵器の人!?」

 驚愕する。同時に頭が痛くなる。

 僕が手に入れたドラゴンなのだが、これがまた厄介そうだ。

 こんなやつとこれから先、うまくやっていけるんだろうか。

 僕が頭を悩ませていると、レイヴンがのんびりした口調で言った。


「まあ、なんだ。これから長い付き合いになるんだし、まずはゆっくりお互い親交を深めていこう、今から悩んでも始まらないぞ、アルビレオ」

「それ、君がいうことかな!?」


 思わず、声を荒げてしまう。レイヴンが、心底、面白そうに笑う。

 それを見ていると、なんだか僕の方も肩の力が抜けていく。

 脱力。

 彼の言う通り、思い悩んだところで始まらない。


「はあ、まあいいや、レイヴン、君を歓迎かんげいするよ。できるなら、良き友人となることを願っている」


 そう彼に告げると、僕は窓の外に視線をやる。

 空はかぎりなく晴れていて、飛竜が相変わらず、せわしなく飛び回っている。

 世界は平和だ。

 今のところは。


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