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第1話 狂える星のアルビレオ

 荒野に立っている。 

 戦車と砲火が蹂躙した大地はえぐれ、風が吹きすさぶ。

 数日ほどかけた戦争は自軍の勝利で終わり、後は敗戦者の数を数え、一人ずつ首を並べるだけだった。

 俺の仕事は終わった。

 ここから先は事後処理だ。遅れて来る後方支援隊の到着を待つ暇もなく、耳元の魔導通信装置インカムが風にまぎれた通信音を鳴らす。

 じっと待っていると、通信が開始される。


『東魔王より勅令である。貴殿に与えし部隊とともに帰投すべし。急ぎ、王都・緋州へと帰還せよ』


 通信が途切とぎれる。

 おかしな指令だ。

 当初与えられた指令通りなら、このまま次の戦地へと移るはずだ。 

 どこかで指示が変更されたらしい。

 いや、計画にない動きが新たに起きたか。

 なんにせよ、戦は終わりだ。いま、一時ひとときは。

 かつて柳氏と名乗った辺境の領主と彼に連なる眷属けんぞくどもの土地であった土を踏みにじり、きびすを返す。

 部隊を連れて、都に戻る。

 新たに与えられた役目を果たすため、俺は戦場を後にした。


 *


 窓の外をドラゴンが飛んでいる。

 二匹連なるように風を切りながら飛ぶトカゲのような爬虫類はちゅうるいの生物。

 太陽光をはじき返し、黒光りする蝙蝠こうもりのような翼。当然、通常の自然界の生物ではない。骨格は矮小わいしょうで、飛行能力を獲得するため軽量化され、小型。竜種であっても、飛竜と呼ばれる種はより動物に近いものだ。魔物モンスターといえど、保有する魔力量が低ければそこらの動物と変わらない。


 本物の竜というものは、そういうものじゃない。


 竜の中の竜、真なる竜族というものは保有する莫大ばくだいな魔力で人に擬態する力を持ち、当然だが、そこらへんの魔物どもを一蹴いっしゅうする強大無比な力をそなえるという。


 飛ぶとマッハ2を軽く越えるとも聞く。


 見たことはないが、データベースにはそのように記載されていた。

 鱗は装甲車よりも厚く、あらゆる魔法をはじき返し、錬金用の素材としても十分だ。

 僕はそんなドラゴンが欲しくなったのだった。


 竜とは、この地上で最強の生命体。


 人語も理解し、高い戦闘能力を有する彼らは僕の新しいコレクションにぴったりじゃないだろうか。僕は僕の玩具おもちゃをテーブルの上に並べてみる。軽自動車の模型、プラモデル。この次に、新しいドラゴンが並ぶ。きっと、すごくかっこいいだろう。


 うん、決めた。僕の誕生日プレゼントはドラゴンだ。それも純粋魔族の竜種。


 僕はテーブルのリモコンを取って、テレビをつける。はるか東、鬼人たちの治める魔国、東魔大鬼王国とうまだいきおうこくにて祭典が行われる予定だという。なんでも東魔大鬼王国の支配領土の拡大を祝う式典で、有力諸侯たちを一堂に集結させる一大セレモニーという話だ。

 この祭典は東魔大鬼王国における辺境地域の支配を徹底てっていするために行われるもので、つまりは示威行動じいこうどうである。これによって大陸東部地域の有力な支配者は東魔王率いる、アスラ一族であると知らしめたいのだろう。


 しかし、時期が微妙びみょうだ。


 魔界全土を統べる王を魔王というが、魔王の座は現在、空位だ。

 この先、魔王が選定される予定もない。

 東魔というのは、東部地域における魔王の後継こうけいである、という意味でついた名前だが、魔王の座に手をかけるには1手も、2手も劣る、というのが僕の見立てだ。

 それとも、このセレモニーで、アスラ王家は空位の玉座の獲得に意欲的であることを示したいのだろうか。

 実際、東魔王は周辺諸国の侵略を推し進めてきた。そのおかげで国内外はまつろわぬ諸侯の鎮圧ちんあつのための乱が絶えない。戦争ばっかりの、紛争地帯。

 それが東魔国である。


 それはともかく、セレモニーが開催されるというニュースは、渡りに船だ。

 一年中、戦争ばっかりやっているせいか、東魔国には強大な魔族が多いという。

 きっと、探せば、竜だって見つかるはずだ。

 僕は携帯をぱかっと開いて、通信をつなげた。

 僕が電話をかけたのは【魔導協会】。

 人類と魔族の共存、ついでに魔王の選定せんていを絶対の使命として掲げる魔導士まどうしたちの互助会的な組織である。

 【魔導協会】の受付が、僕の通信を上層部の大司教につなげた。

 電子音っぽいしわがれた声が用件は何かと、魔導暗号音声で伝えてくる。


「ああ、僕の席を用意してくれ。うん、東部地域のさ、祭典には当然、魔導協会員の席があるだろ。どうせ、出席する連中なんてたいしていないんだから、僕がいってやるよ。一人か二人くらいは選帝侯せんていこうが出席しないと協会としても体裁ていさいが悪いだろ? 手配してくれ」


 魔導暗号音声で罵倒ばとうされる。

 これはOKという意味だ。

 僕は通信を切った。

 これでやるべきことをやった。後は祭典に顔をだすだけだ。

 椅子から立ち上がり、押し入れからトランクケースを引きずり出す。東部地域はここから、約10,000キロメートル以上離れていて、13時間以上のフライトになる。

 手荷物は多い方が良いものだ。

 数日分の着替えと、びんに詰められた飴玉とか、ひまをつぶすためのゲーム機なんかもいる。ガイドブックもそろえる必要があるし、なにより忘れちゃいけないのは、兵隊がわりのおもちゃの人形。これはとっても大切だ。


 *


 フライトは最悪だった。ひまだし。暇だし。暇すぎだし。

 なにより西方から東方に向かう際の界圧差かいあつさがこたえた。こればかりはどうにもならない魔力酔いというやつだ。人類の多い西方の魔力は澄んでいて軽いが、東、魔族どもの住処すみかに向かうほど、魔力は重たくて濃密になる。慣れない内は息も吸わない方が良いだろう。

 クタクタになりながら、手荷物を引き取り、羽州空港うしゅうくうこうの到着ロビーにむかう。

 ロビーには魔導協会員の歓迎のための人員が一列になって待機していた。

 僕はこれを無感動にながめた。東部魔族らしい黒髪に有色人種の特徴を持つ、おそらく女性たちが(僕の知る女性とは違う可能性もある)、首を長くして魔導協会からの使節しせつをまっている。残念ながら、訪れたのは僕一人だ。

 魔導師連中は集まりが悪い。

 こういった式典において出席することは、次の魔王を決める選帝侯としての権利を持つ協会員として当然の役割だが、おそらくそれをまめに果たしている魔導師なんていない。


 ───こういう礼儀を求められる集まりが大嫌いな社会不適合者の集まりだからだ。


 そのせいで魔界の魔王国は滅んだんじゃないだろうか。

 長い黒髪の着物っぽい服をきた女性型東魔人が進み出て、僕に聞いた。


「魔導協会よりおこしのアルビレオ様でしょうか?」


 その通りだ。

 僕はうなずいた。

 頭をると、よけいにぐったりした。


「こちらに、お車を手配しております。お部屋についてからの流れや祭典での手順は車内での説明となりますがよろしいですか?」


 僕は二度、頭を振った。

 胸の内がむかむかと気分が悪い。女に付き従う男の侍従が僕の手からトランクをとりあげた。そのまま出迎えの集団が僕の周囲を取りかこむように歩き出す。僕を歓迎している、というより、逃がさないように見張みはっているみたいだ。

 女の先導に従って僕も歩いた。


「東魔大鬼王国にようこそおいでくださいました。アルビレオ様におかれましては、このたび、より我が国への親愛を深めてくださりますよう、我が国の自然や文化への観光ツアーが予定されております。観光する地域は、アルビレオ様ご希望の自然魔物保護区から東魔中央都市区を予定しております。私、今回の旅のツアーガイドの総監督をつとめさせていただきますユ・レアと申します」


 ユ・レアの背後にひかえた別の女が言った。

 栗色の髪を二つにわけてお団子頭にした女だ。

「私、自然魔物保護区担当のプリムラと申します」

 さらに、別の女が言った。

「……レムともうします」

「……ミリアともうします」

「……ローザともうします」

 以下、十数人にわたる自己紹介が続く。

「それパスできない?」

 ユ・レアが美しい顔を横にかしげた。

「もうしわけありません。観光ツアーは、魔導協会の使節の方へ、ぜひ、我が国の歴史や文化についての知見を深め、我々、東部魔族への親交の一助とするため、東魔王陛下のたってのご希望でございます。アルビレオ様が我々、魔族との信頼関係を築くその一歩となることこそ、東魔王陛下がご期待なされているところでございます」

「あ、そ。で、どこにつれて行かれるの」

「まずは、プリムラ」

 ユ・レアが指図する。

「まずは私の担当する自然魔物保護区にて東魔国の生態環境を実地で観察するツアーが予定されております。これは現地の生態系を理解するための目的で、より自然環境に密接に触れあうことが期待できます」

「移動手段は?」

「バスです。空港より半日ほど、バスで移動します。途中でいくつかの宿をはさむことになっており……」

 絶望的な数字だ。

「それってすべての予定を消化して、都につくのはいつごろになる?」

「一週間後です」

 僕は口を閉じた。

 女たちが僕のひじをそれとなく触って優しく誘導する。 

 空港の出口が見えてきている。このままロータリーに待機している観光バスに詰め込まれる予定だとユ・レアが言っているのが遠くに聞こえた。


 *


 荷馬車にごとごとゆられる豚の気分だ。


 胸のむかつきをこらえて体をシートにあずける。

 プリムラがバスの前の席のあたりにたち、窓の外側に生息するコアラのような魔物についての解説をなごやかに続けていて、僕の両隣りょうどなりをレムとミリアが固めている。

 まるで犯罪者を逃がさないように拘束する刑務官けいむかんのようだった。


 これだから魔導協会の高位幹部どもが地方の視察に来たがらないのだ。


 魔導協会は西方に位置する西央魔導教国せいおうまどうきょうこくにある組織だ。協会は、魔王の玉座と王権を管理する役割をになっている。協会には、魔王を選定する権利があるのだ。

 魔王亡き後の魔界は、戦乱が続いていた。はっきり言って地獄だ。鬼のまう東魔大鬼王国をはじめとして、南方の炎精霊王えんせいれいおうの領土・南方業炎領なんぽうごうえんりょうや、北土を制した勇者の神聖帝国といった錚々(そうそう)たる顔ぶれが、魔王の後継者となるため、互いに覇を競っている。もちろんこれ以外にも大小様々な国家が魔王の座を狙い、常に戦争状態にある。

 そのため、魔界全土は常に混沌としており、こんな状況が、かれこれ3000年は続いている。

 そんな中で、魔導協会から、次代の魔王として推挙されれば、魔界全土の掌握しょうあくまで大きく前進する。すくなくとも各国の指導者たちはそう考えているはずだ。


 ───つまり、地方の有力な魔族は、魔王へと推挙すいきょされるべく、西央の魔導師のお墨付きがほしいのだ。


 というわけで、地方視察は、このように念入りなおもてなしの旅となる。

 この機に取り入っておこうという腹づもりなのだろう。

 僕がそれを喜んでいるかどうかは、まったく別の話だ。

 僕はそっと唇にハンカチを押し当てた。

 胸のむかつきが限界をむかえようとしていた。

 バスをとめてもらおうか。

 しかし、バスは自然魔物保護区のあたりに差しかったところで、多数の魔物が棲息せいそくする密林で、車を止めるのは危険すぎる行為だ。

 ここで魔術を行使こうしするのも、敵に手の内を見せるおろかな行いというしかない。

 そう、敵だ。

 東魔大鬼王国だけではなく、魔界に住む魔族たちは、本質的には敵だ。

 西央と親交を結びつつ、西央の有する力をみこもうとする敵であり、敵地において魔導士は魔術を秘匿ひとくするべきだった。

 仕官でもする気があるなら別だが、魔王を選ぶ気はないなら、なおさらだ。

 魔王は協会に所属する最高位の魔導士───13人の選帝侯によって選ばれる。


 だから、つまり、僕にも一票ある。


 胸がムカムカして、思考がまとまらなくなってくる。

 だから、ほんとは今回の旅は、かなり僕にとって危険な行為なのだ。

 そんなことに遅まきながら思いあたったが、もうどうしようもない。

 紙袋がほしい。

 こんなとこに来るんじゃなかった。

 隣のレムが気をつかったようにナイロン袋を取り出した。

 僕が取ろうとすると、彼女はナイロン袋の口を広げて僕の顔の前に差し出す。

 やめてくれ。

 なんだかそれをしたら、尊厳を失うきがする。

 さすがにそんな……。

 っぱい唾をのみこんで、こらえる。さすがに衆人監視の下で吐きたくない。

 ユ・レア以下一同は東魔国がこの機会のために選んだえりすぐりの女魔族たちだ。

 どんな状況でも対応するだろうし、この接待の成功いかんにおいて、自分たちの一族の将来がかかわってくる。かなり覚悟のきまった人たちだ。だから彼女たちに借りを作りたくない。そんなことをすれば、東魔国から帰国できなくなるだろう。


 しょうがない。


 トランクはとりあげられてしまったが、バスの荷台の中から目的のものだけを転移てんいさせる。数秒後、僕の手の中に、キャンディの入ったガラス瓶が出現する。


 簡単な転移魔術だ。


 魔術の一端いったんを彼女たちに見せるのは最悪だったが、背に腹はかえられない。

 瓶の中につめられた飴玉を取り出し、口の中に放りこむ。

 最悪な気分だけど、なんとか、これで気をまぎらわすことにしよう。

 ごく小規模な危機をやりすごすため、差し出され続けるナイロン袋を手で押し戻し、プリムラの歌いだした自然魔物保護区のテーマ曲に耳をかたむける。

 こぶしのきいた女の声が密林を行くバスの中、右に左にれていた。


 *


 ミリアが夜遅く、部屋に訪れたり、なぜか裸だったり、変な香気をかがされたりしなかったら宿は快適だった。

 東魔国首都の緋州ひしゅうまでは宿での逗留とうりゅうをはさんで一周間後になるという。

 僕にあてがわれた客室の盗聴器を外しながら、僕は考えていた。

 返却されたトランクケースから、人形を一体取り出す。

 この人形は実は、砂粒よりも小さい虫型の魔道具デバイスが凝縮したものだ。

 超微小情報収集特化型デバイス。僕はこれをバグと呼んでいる。

 情報収集や、追跡、探知など様々な用途ようとに使用できるすぐれ物だ。

 バグを起動する。

 すると手の中で人形がボロボロと崩れていく。代わりに青白い魔力光をはなつ蟲が流砂のように床へと流れ落ち、あっという間に蟲たちは宿のドアの隙間すきまから外へと出ていった。

 これで、宿の様子をさぐることができるだろう。

 僕はトランクケースをベッドのそばにおいて、寝台に横になった。


 今日は疲れた。あの後、バスの中で起きた出来事できごとについては、できれば思い返したくない。


 目を閉じてから1時間後、情報収集していた蟲が帰ってきた。蟲のたくわえたデータを見るには、意識を同調させればいい。高性能なカメラを、脳波で操っているような感覚だ。


 蟲が集めた情報でいうと、こんなかんじだ。


 プリムラは、一階の大部屋で、仲間たち数名とともに明日の予定について話していた。彼女たちは台所から持ってこさせたチューハイをのみつつ食べ物をたべ、晩酌ばんしゃくをしていたらしい。内容を聞くところによると、今回の観光ツアーにおいて、用意された女性たちはせいぜい一月ほどの訓練しか受けていないのだという。


 妙だな、と僕は思った。


 戦勝を祝う祭典というからには急なことはたしかだが、儀礼的な祭典というものはもっと念入りに行うものだという気がしたのだ。東魔国側にこのセレモニーをおこなわなければならない理由があるのだろうか? 急遽きゅうきょ、集められた彼女たちは、こと次第しだいを深くは知らないようだ。全貌を知るのは一行のまとめ役であるユ・レアのみだという。


 そこで僕はユ・レアの部屋に向かわせたバグの視界に、自分の意識を同調させた。

 視界が反転する。床からの視界だ。バグは、棚か何かの上に移動。天井あたりからの視界に切りわる。部屋には、ユ・レアといつもそばに控えている侍従の男の二人がいた。


 蟲のログを十分ほど進ませる。するとミリアが、ドアを開けて現れた。

 彼女が言うにはこうだ。


『話が違う。今回接待すべき魔導師と人が違うのはどうしたことだ。こどもの子守をしにきたんじゃない』


 なんてことだ。

 ユ・レアが冷たい眼差まなざしでいった。


『魔導師は見た目通りの年齢ではない』


 その通りだ。僕の場合は……その話は、おいておこう。

 ユ・レアにたいしてミリアのいきどおりはさめやらぬようで、さらにわめいている。

 おもに、そもそもちゃんと役に立つのかとか、女に興味がないんじゃないか、とか、僕の性的な能力においての疑念だった。


『そこを何とかするのがおまえたちの仕事でしょう』


 ここでこの話はおわった。

 とても不快な話だ。

 次の場面はユ・レアと侍従の男の会話だ。

 ユ・レアは椅子に深く腰掛こしかけて、後ろの男に話しかけた。


『まったく急な増員にはこまったものね。教育がなってないったら』

『なにぶん急でしたもので、かきあつめられた人員にはできるかぎりの訓練を行いましたが』

『上からは例年通りと指令をうけていますけど、だめね。ミリアにはああいったものの、相手はこどもだもの。狂える星といったかしら。二つ名はたいそうだけど、魔術師としては新参だとききます。今回の観光ツアーは、通常通りのツアーを行うほうがかえって心象はいいかもね』 

『では、そのように手配いたしましょうか』 


 僕もすこしばかり安堵した。

 普通のバスツアーの方が楽しそうだ。


『いえ、まあ、相手側の出方を待ってもいいわ。こども一人、懐柔かいじゅうできぬわけでもないし……、しばらくはこのまま続けさせて、様子をみましょう。何かできればそれはそのまま我々の実績となるわけだし』


 僕は蟲のログ再生を停止した。

 収穫はない。


 *


 自然魔物保護区にはしばらく滞在した。一週間のうち3日ほどだ。

 このあとは、東魔国のめぼしい観光地を見て回って緋州に直行するのだという。

 自然魔物保護区の観光が多めにとってあるのは、僕の竜探しというリクエストが先方に伝わっていたからだろう。モンスターが多数生息するポイントをあちこちバスで巡ってもらったが、結局、それらしきものには見当たらなかった。せいぜい、どこでも見られるワイバーンとか、それより小型のドラゴンというよりトカゲっぽい生き物くらいだった。


 真の竜は保護区にはいないらしい。


 この頃になると、僕はバスツアーの魔族たちと仲良くなってきていた。

 宿の一階、ミリアやプリムラたちの泊まる大部屋で、すごろくの相手に混ざりながら、僕は彼女たちの噂話うわさばなしを聞いていた。

 わかったことは、この観光ツアーは僕のために用意されたものではないということだ。成人男性の魔術師がもてなされる予定だったが、そいつの到着予定は祭典の直前ということになり、代わりに僕が出席することになったというわけで、用意された女性たちも本来はそいつを籠絡ろうらくするためのスタッフだったということになる。

 つまり、僕としては迷惑な時間を押しつけられたということだ。

 僕は、すごろくのマス目を見ながら眉をしかめた。レムがサイコロで六の目を出して、僕のコマを追い抜いていく。このままだと負ける。

 それはともかく、彼女たちの噂話は、次々と移り変わっていて、今は王族についてだ。


「長子のライゴウ様はまさに貴公子よ。いずれ東魔王陛下の後を継ぐお方だし、誠実なお人柄だけど、戦えば誰もかなわないんだって」


 鬼人の国であるからには王族は鬼だ。それも直系となると、さぞ立派だろう。僕はサイコロを振った。1の目が出た。渋々(しぶしぶ)、一個先のマスに進める。

「三女のお姫様も美しくご聡明で立派なお人柄だって話だよ」

「ああでもやっぱり一番は第二王子の、エンファ様よ」

「あんたそればっかりね」

「でも、やっぱり素敵だもの。国を受け継ぐお方は長子のライゴウ様でしょうけど、エンファ様は鬼にしては優しくて、戦争は好まない方らしいわ」

「そうね、あまりおおっぴらにはいえないけど、国内の内紛が治まったのは、第二王子がお父上に直談判じかだんぱんしたからだって」

「ああ、トルク領の領主の処刑に反対したのも、慈悲深いエンファ様らしいわね」


 東魔国内も複雑な情勢のようだ。


「トルク領?」


 僕は聞いてみた。レムが答える。


「反逆者の一族よ。その昔は高貴な一族だったっていうけどね。なんでも、辺境の諸侯を扇動して、王家への反逆を企てた挙句あげく、領主が投獄された今になっても、国内のあちこちに潜伏して、反旗をひるがえすときをうかがっているっていう話よ。ま、凶悪犯罪者の一族ね」

「へー、怖い人たちなの?」

「怖いに決まってるわよ。敵の生き血をすするんだとか、刃向かうものは、皆殺しにしてしまうとか」


 ローザが大袈裟おおげさに体をふるわせる。

 僕は聞いてみることにした。


「ねえねえ、その一族に竜とかいる? いるとうれしいんだけど」

「あんた、そればっかりね」

 ローザが笑って、続けた。

「いい? 竜ってのは、そうそう見れるもんじゃないのよ。高位魔族の中でも、限られた人間だけが変じることができる特別な生き物なの。あんまり貴重だから、竜は自分がそうだって、人にはかくしてるくらいなのよ? そういう強力な魔族を従えることのできるのは、王家だけ。だから、王都に行ったら、一人くらい、いるかもしれないけど」

「いるかもしれないけど?」

「でも、いたからって、王家につかえている人よ? それをあんたどうする気よ」

「もちろん、スカウトするよ! そのつもりで僕は来たんだからね」

 僕がいうと、ローザも、レムも、プリムラもぷっと吹き出した。

 ひとしきり笑った後、プリムラが口を開いた。

「あんた、見かけによらず、生意気なことを言うのね。王家のものをとろうなんて。なんでそんなに竜がほしいのさ」

「そりゃ、かっこいいからさ、すっごく強くて、きっと隣にいたらびっくりするほど楽しいだろうって思うんだ」

「そりゃね。まあ、そういう人がいたら、立派なんでしょうね。強大な魔族は美形も多いし」

 これはレム。

「きっとそんな人がいたら、王家の人々にも遜色そんしょくないほどかっこいいだろうね。女ならみんなれちまうくらい」

 これはミリア。

「色男だったらいいねえ。ああ、あんたは女の子の方がいいんだっけ?」

 プリムラが言う。からかわれている。

 僕はヘソを曲げた。

「女も男もどっちもきらい!」

 また、みんなが笑い出す。和やかな雰囲気だ。すごろくの順番がレムを経てまた僕に回ってくる。ここらで気合いを入れないと、ゲームでまで負けてしまう。僕はサイコロを手の中に入れて、気合いをこめて、テーブルに投げようとした、その時。


「竜など!!」


 甲高かんだかい女の子のさけび声がした。そっちに気がとられて、僕の手からサイコロがすり抜ける。僕は声をした方を見る。プリムラでもミリアでもレムでもない女の子。彼女たちより一回りくらい年下の、10歳くらいにしか見えない女の子が叫んだようだ。部屋のすみにずっといたらしい。彼女は、なぜか怒りに震えるように僕をにらみ、こちらにつかつかやってくる。

 僕の目の前のテーブルを強く両手でたたいた。


「竜など! 最低の殺戮者だ! あんなやつは血に飢えたケダモノだ! けがらわしい!」


 語気荒く、そう言い捨てると、肩で息をしている。


「竜がどこにいるか、君は知ってるの?」


 呆気に取られつつも聞いてみる。

 すると彼女は我に返ったようだった。ひるんだように、こちらを、僕というより、プリムラたちを見ると、押し黙って、再び部屋の隅へと戻っていった。


「彼女は?」

 僕が聞くと、プリムラが戸惑とまどったように言った。

「さあ、うちらもよくは知らないんだけど、ノクルーナって子だよ。年が若すぎるから、下働きをやらせてる。いつもは静かにしてて、こんなふうに怒ったりする子じゃないんだけど」

 ノクルーナという少女の方をみる。彼女は棚と寝台の間に置かれた小さい椅子に腰掛けて、ひざの上で組んだ手を見つめている。その顔色はお世辞せじにもいいとはいえない。

「そんなことより、サイコロは? あんたの番だよ?」

 急かされて、テーブルの上に視線をもどす。さっき投げた僕のサイコロは、なんと6が出ていた。やった、運がいいぞ。

 僕はマス目を六つ移動させる。コマをおいたマスには何やら文字が書かれている。

 僕は読み上げた。

「えーと、振り出しにもどる、だって? なんだって」

「あんた、運が悪いね、ほんとに協会の魔導士なのかい?」

 あきれたようにローザが言う。

「魔導士と運は関係ないだろ、くそっ」

 これで僕が最下位決定だ。まったく。

 顔を見合わせてレムとミリアがくすくす笑う。

 コマを始めのマスに戻しつつ、僕はため息をついた。

 竜探しもすごろくも、思い通りにならないものだ。

 とはいえ、明日はこの宿を離れるのだ。長かったバスツアーもそろそろ終わりだ。

 彼女たちは、竜の話にはきたみたいで、さっそく次の話題に移っている。

 次は彼女たちに指示を出すユ・レアの悪口だった。

 僕はそれを聞き流しつつ、ノクルーナのことを考えていた。

 彼女は竜に関して、なにかを知っているらしい。もし、竜の居場所について知っているなら、なんとしても情報を得たいものだが、プリムラたちと一緒だと、どうにも聞き出しにくい。どうしたものだろう。

 なんとか彼女と二人きりになる方法はないだろうか。

 頭をひねってみるが、いい考えは思い浮かばないまま、宿の夜がけていく。


 * 


 東魔国首都・緋州にある鬼陽宮きようきゅう

 夜半過やはんすぎ、王族とそれに連なるものがまう宮殿の通用門が開かれ、軍装の男たちが姿を現した。

 漆黒の軍服を身にまとった男たちの胸に光る徽章きしょう、血色の鷲をかたどったそれは、王直属の精鋭部隊【緋鷲師団スカーレット・イーグルス】である証だ。

 彼らの先頭を歩くのは漆黒の外套がいとうを肩にかけ、王宮警備用の一般兵士の簡素な制服を身につけた男である。彼の胸には、階級を示す徽章きしょうたぐいは一切ない。

 流麗な黒髪を背で束ねた長身の男。体つきは精悍せいかんで、横顔は若々しい。だが、その眼差まなざしは覇気や意欲というよりは苦々しい諦念ていねんに満ちていた。

 背後の副官と思しき男が、先頭を行く男に声をかける。


「レイヴン殿、ご指示を」


 レイヴンと呼ばれた男は、そちらに一瞥いちべつもせず答える。

「ここで解散だ。各自、しっかり休息をとれ」

「ですが…国内の不穏分子が活動しているという噂もありますが」

「だからこそ、今日は休んで英気をやしなおう。ラーガルムからずっと働きめだ」 

 レイヴンはこともなげにそう言った。

 彼の口にしたラーガルムとは、東魔国ラーガルム領、柳氏一族の討伐をもって終焉しゅうえんむかえた戦役をす。

 副官らしき男が一礼し、【緋鷲師団スカーレット・イーグルス】をまとめて通用門へと取って返す。それを視線で見送った後、レイヴンが王宮内の警備兵のめ所へと足を向ける。警備兵等一般兵士の兵舎へいしゃは、宮殿内の通用門から少し歩いた先にある。

 とはいえ、鬼陽宮は広大だ。王族たちの棲まう場所は一般兵舎からはるかに遠い奥まった場所にあるが、広大な中庭や鬼たちの好む武闘場など様々な施設がひとまとめにされている。

 近道のために、中庭を突っ切ろうか、などと考えた矢先、レイヴンは足を止めた。

 中庭へと続く菩提樹ぼだいじゅの植えこみ、その影に、一人の大男の姿を見つけたからだ。


「よぉ、よく帰ったな」


 木陰から現れたのは赤毛の大男だ。額からは勇壮なツノが二本、天につくように生えている───鬼人。緋は鬼の最も尊ぶ色であり、まとう服装も朱色の着物だ。着物は上等な仕立てだ、腰にいた太刀も赤と金のこしらえが目立つ、一目で王族に連なるものとわかるいでたち。

 第一王子ライゴウである。


「ライゴウ殿下でんか…」


 急ぎ、臣下の礼を取ろうとするレイヴンを、王子が制した。


「礼はいい……驚いた顔をしてるな。お前が帰ってくるってきいて、待ってたんだぜ」

「私を?」


 王族に対して、礼をとらぬことは不敬に当たる。

 斬首されても文句は言えないのだが、鬼族は武を尊ぶ。この世の何よりも。

 彼らが認めた武人に対しては、身分の上下など瑣末さまつなこと。

 むしろ、対等ないこそを彼らは好んだ。


「お前以外に誰がいる。俺の友が帰ってきたんだ。急いで、駆けつけて何が悪い? 戦場の土産みやげ話でも聞かせてくれ。酒でも飲みながら」


 レイヴンがため息をつく。

 第一王子は悪い人ではない。ないのだが……みの誘いは断れない。

 鬼人の友が背中を大きく叩いてくるのによろけつつ、レイヴンはまた、ため息をついた。


 ───はやく、帰って寝たかったのに。


 鬼陽宮の夜がけていく。


 *


 結論から言おう!

 僕はその夜、ぐっすりと眠った。

 自然魔物保護区近辺の宿での宿泊はこれで最後。

 思い返すと散々(さんざん)なバスツアーだったが、三日も過ごすと住み慣れた我が家である。

 酒盛りが始まった大部屋から脱出し、自室のベッドに入ると、あっさりと眠りに落ちていた。

 僕が起きたのは、真夜中。

 爆発音とその次に女の子の悲鳴が聞こえたからだ。

 ベッドの上に、飛び起きる。

 暗い中、目をこらすと、トランクケースを置いたテーブルのあたりで、女の子──ノクルーナが右手を抱えてうずくまっていた。

 ひどい傷跡だ。火傷やけどと切り傷の中間といったところ。彼女の足元には僕のキャンディの瓶が落ちている。トランクケースのふたは開きっぱなし。


 それで大体、事情がわかった。


 ノクルーナは、僕の部屋に忍び入り、トランクケースからキャンディを盗み出そうとした。

 つまり泥棒だ。それで、こうなったのだ。


 僕は、自分の持ち物に、魔導罠トラップを仕掛けている。僕のトランクケースの中には様々な魔道具デバイスが入っているので、僕以外の人間が不用意に触ったら小規模な爆発を起こす仕掛しかけだ。

 なんでそんなトラップが必要かというと、理由は簡単。防犯のためだ。

 はっきりいって、魔界の治安は悪い。そこらじゅうで戦争が起きているので、泥棒や強盗、ひどくすると殺人だって簡単におきる。一人で旅をするなら、こういった警戒心は何より大切だ。

 とはいえ、別に、僕だって、飴玉を盗みにきた少女の手を爆発させたいわけではなかった。

 ノクルーナに近づく。彼女は、何が起きたか分かっていないようで、ひどい傷の右手を抱えて泣きじゃくっている。僕が近づくと怯えた顔で見上げてきた。罰されると思っているのだろう。


 まったく。面倒めんどうな。


 僕は彼女の前にしゃがみこんで目線を合わせる。

「大丈夫だから、泣かないで」

 言うと、多少は安心してくれたみたいだ。怪我けがをした手を出すように言うと、おずおずと手をのばす。ひどい火傷でただれている。破裂した皮膚からは血がにじみ出ている。


 まったく誰がこんなひどいことをしたんだか。僕だ。


 治癒魔術【リキュア】を発動する。淡い水色の魔力光と共に、彼女の右手の傷が癒えて、元通りの白くて綺麗な肌を取り戻す。ノクルーナが驚いたような目で、右手を目の前で閉じたり開いたりしている。治癒魔術を見るのは初めてだろうか。これくらいは西央所属の魔導士としては当然のたしなみだ。


「痛みはしばらくしたら消えると思うよ」

 彼女は伏し目がちな瞳を僕に向けた。

「お主、今、魔法を使ったのか? なぜ、わらわの傷を治したのだ。西央の魔導士よ」

 幼い見た目には似つかわしくない、堅苦しい言葉づかいだ。

 プリムラたちの話によると、ノクルーナは下働きでツアーに参加しているという話だったが……。

「僕も君に、聞きたいことがあるよ。なんで君が、僕の部屋にいて、僕の旅行鞄をあさって、飴玉なんかをろうとしているの? キャンディがほしいなら、言ってくれればすぐにあげたのに」

 聞けば、彼女はくやしげに歯噛はがみした。

「西央の魔導士が、何度も口にしている飴玉の瓶だ。何かたいそうな秘密があるのだと、思ったのだ」

 あるわけない。レモン味と苺味とミルク味の砂糖の塊だ。

「君みたいな小さい子が、西央の魔導士になんの用事があるの? それなら盗みなんてせずに、正直にそう言えば…」

 と、そこで僕は部屋の中を見まわした。指を鳴らす。

 盗聴器は外したが、間諜かんちょうまではどうにもならないものだ。忍者、忍び、草のもの、スパイ、そのほか諸々(もろもろ)

 僕は秘密主義である。

「何をしたのだ?」

「僕らを見ている人たちに、ご退席願った」

「どういう意味だ」

 ノクルーナには何か事情があるのだろう。僕の部屋に入ったのは、それが理由だ。

 彼女は、僕個人にではなく、西央の魔導士に用事がある。

 魔導協会の魔導士に用事のある人間というものは、たいてい厄介な事情をかかえている。


 ───人に聞かれたくないような事情だ。


 それに、昼間の会話を思い返すに、彼女は竜の居所いどころについて知っているふうだった。

 僕にとっても、彼女と、不審に思われず二人きりになる機会は大歓迎だ。

 これぞわたりに船というやつ。

 床に落ちていたガラス瓶を拾って、中身を取り出す。爆発は、盗んだ人間の手だけをくように調節しているため、中身は無事だった。

 ラッキー! やっぱり僕は運がいい!


「さて、ナイショの話をしよう、ノクルーナ」


 彼女の回復した手のひらに飴玉を一つ転がしてやる。

 僕はレモン味の飴玉を口に放りこんだ。


 *


 鬼陽宮のライゴウの私室に招かれ、酒杯を交わす。

 東魔の酒は、度数が高く、味わいは淡白だ。舌にのせればひりつく辛さだが、のどを通り過ぎると水のように清涼としている。

 ライゴウは盃を一息に飲み干すと言った。

「親父には明日、顔を見せるんだろ?」

 黒檀の卓を挟んで、向かいに座る男は涼しげな態度でうなずいた。

「ええ、まあ。いささかはやく着きすぎました」

「柳氏とのいくさはどうだった。苦戦したか?」

「はあ、宮中にはどのように伝わっていますか?」

「圧勝だったってな」

「では、そうなんでしょう」

 とく感慨かんがいがなさそうだ。ちびちびと酒を口に運んでいる。

 あいかわらず不味まずそうに酒を飲む男である。

「自分のことだろうに、興味がなさそうだな」

「終わったいくさです。思い返す必要はない」

 冷淡にも、無関心にも聞こえる口ぶりだ。

 事実、彼にとってはすでに終わったことのようだ。ライゴウはそんな友人の人となりを知っているので、とがめ立てはしないが、戦功せんこうを誇る鬼人の文化の中ではまれな男である。


 ─────そう、レイヴンという男は、鬼の集まる東魔においても、異質な存在だ。


「あいかわらずだな……宮中の様子は知っているか? お前がいないあいだに、続々(ぞくぞく)と国内外から難物なんぶつが集まってきている」


 明後日から始まるセレモニーは国内の諸侯しょこうだけでなく、はるか西方、人類の魔導士の総本山である魔導協会からも使節団が到着したばかりだ。


「戦勝祝賀会をねた謁見式でしょう。たまには諸侯に誰が主人か思い出させねば。ラーガルムの二の舞です」


 東魔国内は一枚岩ではない。鬼人の中でも最も強力なアスラ王家が諸侯たちをまとめ上げてはいるが、王都から辺境に向かうほど、王家の支配は薄くなる。そのため、このレイヴンが内紛の鎮圧に向かわされていたのだった。


「ま、そうだ。東魔諸侯をまとめあげ、次を狙う決意表明でもある」

「次は、南方だと思っていましたが」


 炎精霊王の治める領土、南方業炎領の端は、トルク領をはさんで東魔国に隣接している。そのため、ここ最近では緊迫きんぱくした状況が続いている。

 トルク領のみならず南部の動きがきな臭いのは、密かに南方業炎領の支援を得ているからだ、という情報もある。


「そうだな。いずれは南方とのいくさを視野に入れねばならん。だが、それは先の話だ。今は時期が悪い。とりあえずは叛意はんいを持つ諸侯たちを根絶ねだやしにしてからでなくては…」

 ライゴウが苦悩するようにひとりごちる。

「……はあ」

 ぼんやりした返事をしつつ、また一口、酒を飲む。

 レイヴンにとって、王族の考えに、特に口をはさむ余地はない。

 賛意も、その逆も、臣下が物申すには差しでがましいからだ。


「だが、わからんのは親父のことだ。魔界全土を制覇するのが我が父の野望なのだと思っていたが、最近、どうにもうたがわしい。エンファのやつの戯言たわごとなんぞに耳を貸すとはな。トルク領主など、さっさと処刑してしまえばいいのだ。あとは、俺とお前で攻めこむ。それで南部は安泰あんたいだ。次の敵である、炎精霊王の領土へこちらから仕掛しかける、お前はどう思う?」


 血気にはやる物言いは、いかにも鬼族のそれだ。

 荒々しいことは美徳であるが、無謀むぼうさも紙一重だ。ついでに、どうだと言われたところで、答えにくい問いだ。レイヴンは眉をひそめる。


「陛下には陛下のお考えがあるのでしょう。それに意見するなど、俺ごときにはおそれ多いことです」


 へりくだるように男が口にする言葉に、ライゴウは厳しく眉を吊り上げた。


「知っている。だが、俺は次の王だ、そうだろう」

滅多めったなことは口にしない方がいいでしょうな。陛下はご健在です。次の王の話など、ライゴウ殿下であっても、つつしまれた方がよろしいかと」

「お前はそういうやつだよな、レイヴン! お前の意思を聞いているんだ、俺は」

 ライゴウが酒盃を卓にたたきつける。

 酔いが回ってきているのか、肌に血がのぼりつつある。

「陛下の意思が俺の意思です。俺は東魔王陛下に、ひいてはアスラ王家につかえるものです」

「それでいいのか? それほどの腕がありながら、野心のかけらもないのか? 王が死ねと言えば、死ぬのか、貴様は」


「死にます。それが命じられたなら」


 嘘偽りのない言葉だと、ライゴウにはすぐにわかる。

 レイヴンはこういう男だった。

 忠誠心というには、少々、歪んだところがある。

「はあ、お前のそういうところは、俺は好かぬぞ、レイヴン」

「そう心配せずとも、戦は終わりませんよ、ライゴウ殿下」

「なんだと?」

 問い返せば、男は淡々と続けた。

「俺は道具です。銃や刀なんかと同じ。道具であるなら、役目を果たした時が命を終える時でしょう、そしてそれはきっと、戦いの最中さなかであると俺は知っている」

「つまり、親父は、戦を止める気はない、と言いたいわけだな、お前は」

 レイヴンは空になった盃の底を見つめた。

「そういうことです。俺が予定より早く帰らされたのも、緋州がきな臭いからです。トルク領残党の動きも活発と聞きますし、戦勝祝賀会に乗じて動きがあってもおかしくはない。トルク領から散り散りに逃げたネズミどもを、ここらであぶり出すのも一興いっきょうでしょう」

「それがお前の意見か?」

僭越せんえつながら」

「……そういうことは先に言え。貸せ、注いでやる」

 奪い取るように盃を取りあげると、酒をなみなみとそそいで返す。

 こぼさないように丁重に盃を受け取る男の渋い顔を見ながら、ライゴウは溜飲りゅういんを下げる。

「お前のいない間、退屈たいくつだったぞ。宮中には、よからぬやからばかりだからな」

「よからぬ輩とは?」

「西央からの魔導師どもだ。祭典への出席のためとはいっても、二十名も魔導士どもがいるのは気に食わん」

「いつものことではないですか」

 祝賀会のため、魔導協会の使節団は早めに現地入りしている。西央は各国の行事ごとにおそろしく機敏きびんだ。体のいい監視と、牽制けんせいのためだ。

「それに、今年は選帝侯が二人いる。魔王の品定しなさだめではないかともっぱらのうわさだ」

「……内訳は?」

 レイヴンが聞く。ライゴウは肩をすくめた。

「わからん。今、把握はあくしているのは、アル……なんだったかな。新参の魔導師が、観光バスにのせられているらしい」

 レイヴンにも思い当たるところがあったようだ。

「観光バス……ああ、あの……ということは、かなり享楽的な御仁ごじんのようで」

「ああ……よほどすけべなじじいだろうな」

「まったく。ですが、それなら、くみしやすい相手でしょう」

 そういうことである。

 ライゴウは醜聞しゅうぶんから頭を切りかえた。


「まあ、そいつのことは、はなから計算にはいれていない。現在、どこにいるかもはっきりしているからな。足取りをつかませるとは、たいした魔導士じゃないさ。わからないのは、いまだに到着の遅れている魔導師の方だ。のクレイオス、なんとも不気味ぶきみなやつだ」

「南方出身の選帝侯、動機は十分ですが、こちらの魔道中央院はなんと?」

「把握してないと。誰もやつの動きを追えないそうだ」


 魔道中央院とは鬼人たちの呪術師の集団である。

 魔導や呪術に優れ、時に、間諜かんちょうのような役割も果たすことがある彼らだが、六つ眼の足取りをつかむことができたものは一人もいない。


「俺も明日から、祭典の警備に当たりますが、警戒しておいた方がよさそうですね」

「やつら、腹の奥がなにも見えないからな。組織的なようでもあり、個人主義なようでもある。西央の魔導師はたいが知れない。まったく、いつから俺の家は伏魔殿ふくまでんになったんだか」

 ぼやいて、自らの盃に酒を注ぐと、一気に飲み干す。

 それを見ていたレイヴンが、笑った。

 こちらの反応を、面白がっているような表情だ。

 臣下として見ると慇懃いんぎんな男だが、友人として見せる顔は意外にもざっくばらんだ。戦場が長いだけあって、本質的には粗野そやなところがある。

 彼の持ち場は、政治でも諜報ちょうほうでもない、戦う人間だ。

 だからこそ、この友を信用しているのだろう。

 酒宴の夜が更けていく。


 *


 祭典当日。緋州、王宮の敷地内にある“黎冥宮れいめいきゅう”内では盛大なもよおしがり広げられていた。元々は、鬼族の闘士たちが御前ごぜん試合を行うために建てられたとかいう宮殿は、コンサートホールめいたすり鉢状の作りで、客席から舞台上が見下ろしやすい構造になっている。


 なのだが、それは僕のいる場所にとってはどうでもいい。

 貴賓席きひんせきからの景色はお世辞せじにもいいわけではない。魔導協会の選帝侯にあてがわれた貴賓席は、警護のためもあってか階上にしつらえられていて、奥まった場所にある。貴賓席というより、まるで隔離かくり席だ。協会の使者は粗末そまつにあつかえないが、信用がおけないため排除もしておきたいという意識のあらわれだろう。


 僕は周囲を見回す。

 13名いるはずの最高位の魔術師を迎えるため、席は上階を囲むように13名分用意されているが、埋まっているのは二つだけだ。そもそも、この椅子がすべて埋まったことはないはずだ。最高位の魔導士は全員が人格破綻者で集まりが悪い。


 次に階下を見る。

 下のフロアには並みいる諸侯たちが列席し、その後ろに協会の派遣した魔導師団もいる。魔導使節団総員20名。魔導協会に在籍する魔導士たちのたったの一部だ。

 協会の制服の陰気なフードを目深まぶかにかぶっている姿は、はっきりいって、僕から見ても不気味だ。制服のデザインはもっと今風いまふうにしたらどうだろう。いかにも魔術師といったローブなんかやめて、現代的なスーツにすべき。かくいう僕も、目深にフードをかぶっているのだが、これがカビ臭くてしかたがない。

 正式な礼装だが、少し古風なものだ。黒く透けるしゃのローブに、金糸で魔術除けの刺繍ししゅうがしてある。東魔国に入ってからというもの、鬼人の扱う古代的で呪術的な探知魔導が逐一ちくいち襲ってくるもので、こういう古典的な防御策を取るしかなかった。腕にも、足にも、つけているジャラジャラしたアクセサリー類はタリスマンと呼ばれる護符だ。宝飾品なので、こういった席にも持ちこみやすい。大抵たいていの探知魔導は、防御障壁ファイヤウォールで対抗できるのだが、近代的な魔導ではなく、呪い、とか言われる分野になると、こちらも古代的な守りの術が必要になるというわけだ。僕の趣味ではない。


 まったく最低な催しだ。

 貴賓席は退屈たいくつだった。


 会場をもう一度、見渡す。開けた円形のドームのようになった中心には、楽団が設置され、それより一段高くなった舞台に、舞いを披露ひろうする女性たちがつぎつぎと現れては、色とりどりの薄絹うすぎぬをひらめかせて踊りだす。

 舞いも見飽きてしまった。

 僕は横目で、長机の上に置かれた宴会の料理を見る。

 頭のついたままの海老だとか蟹だとか、ぜいのこらされた料理が並んでいる。協会の使者へのもてなしは過剰なほどで、こちらを懐柔したい気持ちが見えかくれしている。

 選帝侯というのは、魔王の選定権を持つものたちで、彼らを手中におさめれば、魔界全土の制覇への足がかりとなる。そう考えるものが多い。

 だからこそ、西央の魔導士がここまでの厚遇こうぐうを受けるのだが、僕にとっては頭の痛い話だ。僕は政治にまったく興味がない。魔王だかなんだかを選ぶつもりもない。

 そもそも僕がこの場にきたのはドラゴンを探すためだ。


 かっこいい、最強の仲間がほしい。


 椅子に横向きに腰掛け、足を肘掛ひじかけに投げ出すように座る。行儀が悪いがどうでもいい。もう三時間以上、この祭典に付き合っているので、そろそろ社会的な人格が限界をむかえて溶けていきそうだった。

 退屈でしかたがない。舞台で舞い踊る人たちが一旦いったん舞台裏に引っこんだかと思うと、今度は別のきらびやかな衣装の女性が進み出てきて、歌いはじめた。

 絶対これ、東魔の歌姫とかいうやつだ。もう心がくじけそうだ。

 僕は、僕にあてがわれた侍従じじゅうの人に、料理の皿とは別で、デザートの皿を持ってきてもらうという魔導士とか礼儀とか体面たいめんとかをないがしろにした、ひたすら良識のない行為におよんでいる。もしもこれ、同じような演目があと1時間続いたら、僕、死ぬんだろうな。社会的な死だ。

 チョコレートケーキをたっぷりともりつけてもらった皿から、フォークで口に運びつつ、ひたすら時間が経過するのを待っていると、


「いやぁ、ひまそうですねえ、狂える星のアルビレオ」


 隣に座った男が声をかけてくる。

 頭部に黄金の仮面をかぶった異形の男だ。

 仮面の下には、僧侶のような白い法服をまとっている。


「話しかけないでくれる、六つ眼」


 おやおや、と六つ眼は、仮面の下で、うっすらと笑った気配がした。嫌な男だ。

 道士・クレイオス。

 彼の頭部をすっぽりとおおう黄金の仮面には、左右対称に三対の眼があることからついた二つ名だが、本人の顔は知らない。知っている人間の方が少ないだろうが、いやなうわさの絶えない男だった。

 人体実験や非合法な魔術の研究をかくれてやっているというもっぱらの噂だったが、協会の魔導師はだいたいがみんなそんなものなので、興味はうすい。これだけ席は空いているのだから、すぐ隣に案内しなくてもいいものを。

 僕は席順を苦々(にがにが)しく思った。

 六つ眼と世間話をするきはないが、やつのほうはそうではなかったようだ。

「めずらしいですねえ、あなたがこんな祭典に興味があるとは」

 僕は当たりさわりのないことを答えた。

「当然だよね。選帝侯としての責務を果たすためには、各国の内情を視察しておく必要がある。君もそうだと思うけど?」

「ええ、ですが、視察にとても熱心だとも聞き及んでいますよ。あの観光バスまで視察になるとはね」

「……なんで知ってる」

 僕が聞けば、悪びれない返事がかえってくる。

「……いやぁ、研究のスケジュールが押していましてねえ。私は今朝、着いたばかりなのですよ。例年通りなら、あの観光バスにも乗るつもりだったんですがね。残念ですねえ、本当に」

 いやみったらしく言われて、合点がてんがいった。

 こいつのせいか。あの傍迷惑はためいわくなバスツアーは。僕があのバスに乗る羽目はめになったのは、どうやらこいつと取り違えられたからだったらしい。

 六つ眼は毎年、この東魔国で行われる祭典に参加していると聞く。そこに飛び入りで、急遽きゅうきょ、僕が予定を入れたせいで、東魔国側の対応が遅れてしまった、というわけだ。

 金色仮面に向けて、なにか一言くらい言ってやりたかったが、弱みを見せるのもけるべきだし、結局、言えたのはこれだけだった。

「おもしろかったよ、いい観光になった」

「そうでしょうとも。この国はなかなか文化も見所みどころがあるんですよ」

 ふくみのある物言いだ。こいつは本当にいやなやつだ。

「僕と話をするのは、あまり建設的じゃないとおもうけど」

「いえ、とても建設的ですよ。わざわざあなたが、この場まで足を運んだ理由、知りたいですね……私にとっては、とても意味がありますから」

 六つ眼がいいたいのは、僕の行動に、なんらかの政治的な意図を見出したがっている、というわけだ。

 だが、この言い方なら、本気で、知りたいわけじゃない。

 たんなる暇つぶし程度の腹のさぐりあいだろう。

「もちろん、協会所属の魔導師としての責務を果たすためだよ。それ以外に理由はあるかい?」

「失礼しました。ひさしぶりの同胞と話す機会ですので、つい、いらぬことを口にしてしまったようです」

「わかってくれたならかまわない。この場に出席した魔導師は僕らだけだ。ともに役目を果たすとしよう」

「ええ、まったくそのとおりです」

 慇懃無礼いんぎんぶれいな会話が終わる。

 チョコレートケーキにフォークを突き立てる。

 東魔国の食事でも、これはなかなかおいしい。


「ああ、そうだ。あのバスね、去年は二台、出てたんですよ」


 とうとつに六つ眼が口を開いた。


「初耳だ。で、なんでそれを僕にいうの」

「死人が出てるからですよ。去年、ラディ老師が死んでしまって」

「誰それ。選帝侯にそんなやついたっけ」


 聞いたことない名前だ。


「彼は、たんなる外交大使ですが、腹上死だったそうで」

「ふくじょうし?」

「おやおや、ご存じありませんでしたか。いえ、死因についてはお気になさらず。公表されている表向きの情報と、実際の死因はべつですから」


 よくわからない言葉の羅列られつだ。だが、気になることは別だ。


「……実際の死因はなんだったのさ? なんで君が知っているの?」


伝手ツテがいろいろとありまして。実際は、毒殺だとか」


「それを僕に教える理由は?」


「言ったでしょう、同胞ですから。それにあなたはどうやら、観光を楽しんでいるようだ。私もこの国が気に入っているので、最後まで楽しんでほしい、それだけですよ」


 僕の耳にいれる理由のいまいちわからない情報だ。

 とはいえ、素直に感謝しておくことにした。


「……どうもありがとう」

「いいえ、たいしたことではありませんよ。食事には気をつけて、アルビレオ」


 六つ眼が答える。

 考えの読めない男だ。だが、今回は、悪意は感じない。

 さっきの話を総合して考えると、去年死んだとかいう老師は、実際のところどうだかしれないが、暗殺された可能性が高いってことだ。


 六つ眼が言いたいことは、僕だってわかっている。


 西央の魔導士にとって、この国は敵地だ。懐柔できないのなら、命を奪うのに容赦ようしゃはないだろう。東魔国はそういうところだ。利用できないなら、殺してしまう。

 うっかりしていると僕も、なんらかの理由で命を落としかねない。

 会場が一段とさわがしくなる。

 舞台上に視線を向けると、現在の東魔王とその一族が姿を現したところだった。


 *


 現東魔王が祭典の祝辞しゅくじを告げ、兄王子が背後に続き、第二位以下の王子が付き従う。その後は高位の王女から順に席次につくのを、ステージから離れた裏手側の関係者席からレイヴンはながめていた。

 祭典はつつがなく行われているようだ。

 会場をさっと見渡した。

 この場に集まった氏族たちは東魔王家に恭順きょうじゅんするものたちだ。

 叛意はないだろう。

 イレギュラーがあるとすれば。後方へ視線をうつす。

 魔導士どもだ。

 有力な諸侯たちに続いて、その後ろへ席を与えられた西央からの使節団のものたちが座っている。

 あやしげな魔導士どもは皆一様に黒いローブを羽織り、素顔を隠していた。

 さらに階上へ視線を向ければ、彼らよりも上位、魔導士の最高位である極光の位を授けられた魔導師たち───選帝侯らが貴賓席にいるのが見えた。 

 聞けば、協会の高位の魔術師たちというのは、かならずしも協会の意志で動いているわけではないという。


 つまり、それぞれが独自の思惑で動くというわけだ。


 ほぼ空席だが、それだけに着席しているものの姿が目立つ。

 13席ある椅子の中央に、黄金の仮面をつけた異形の男が座る。大柄な男に見える。筒型の仮面は頭部から首元までを覆い隠しており、僧侶の法服めいた衣装は体型を隠しやすいものだが、身長はかなり高いだろう。

 食事にはまったく手をつけていないようだ。


 その隣に座っている魔術師はかなり小柄だった。頭から体までをすっぽりと覆う黒の紗を身に付けており、こちらも容貌がわからないが、女かこどものように見えた。

 それに座っているとはいいがたい。横向きに椅子にかけて、肘掛けに両足を投げ出している。よほどの礼儀知らずと見える。紗の下からのぞく腕や足首には金属の華奢な飾りと宝玉が輝いているのが遠目から見えた。レイヴンは目がいい。特に光り物には。

 異国の踊り子のような格好かっこうだが、あれは魔導師がよく身に付けている護身のための玉だとすぐにわかる。何度か、他の魔導士がああいったものを身につけているのを見たことがあるが、仮にも選帝侯の一人、そこら辺の魔術師がつけるようなたぐいのものではないだろう。何か特別な術でもかけられているかもしれないため、もしも戦闘におちいった際には念頭においておく必要がある。


 レイヴンは背後にひかえる祭事長に声をかけた。

「うちの所属の呪師部隊は、あいつらのことをすこしでも割り出せたのか?」

 祭事長は宮殿内の警備を一手に引き受けるものだ。王宮の警備兵から、呪師の統括まで、全てを把握している。

 彼は首を横に振った。

「身元を洗い出すため探知呪法や、殺害のための呪詛を行っておりますが。皆……呪詛を返され、狂い死にました」

 もう一度、首をふった。

 ダメだったようだ。

 東魔にも腕のいい魔導士──こちらでは呪師という──がいるが、さすがに魔術ではかなわないということだろう。

「……からめ手は、ダメ、と。わかってはいたが、難儀なんぎだな。去年は不慮の事故で殺せたと聞いていたが」

「我が国の接待部門は優秀でしたな」

 過去に、一人は殺せた実績がある。

 なかなか上出来だ。

 卓越した魔術師相手に魔術戦を挑むより、よほど勝算がたかい。

 西の魔術師どもは目障りな存在だった。

「あの時、死んだのは選帝侯だったか?」

「いえ、老齢のラディ・ガナーンという男でした」

 当てが外れた。

 どうせだったら、高位の13ある席のうちの1つが欠けていればよかったのに。

 残念である。

「今年はどうだった? あのバス、乗ったやついるんだろ?」

「それは通年通りです。アルビレオ様が今回飛び入りでいらっしゃり、六つ眼様がご辞退なさったので予定が狂いました」

「バタバタだな。今年は異様に手違いが多い。俺がここにいるのもそうだが…向こうの手回しがいいようだ」

 嫌な動きだ。番狂ばんくるわせが多い。特にあの、アルビレオとかいうのが飛び入りでやってきてからというもの、流れが悪い。そう感じる。

 レイヴンは本来なら、ラーガルムの殲滅せんめつを完了させてから引き上げるはずだった。それが今は祭典で警備をしている。手持ちの【緋鷲師団】には国内の反乱分子の捜索をさせているが、それも急な話で、国内外の諜報を担う中央情報局に無理をきかせている状態だ。

 アスラ王家の威光をフルに使ったゴリ押しだが、しないよりはマシだ。

 第一王子ライゴウの名を強調して、なかば強請ゆすって動かしている諜報官のアラン・篠崎からは、殺してやるからなバカガラスが、とひどい捨て台詞を吐かれたが、いつ殺しにくるのか見ものである。


「観光バスの現場担当のものからアルビレオについての話を聞いておりますが、相手が常識の埒外らちがいの存在なので厳しい追及は控えさせております」

 祭事長がひかえめに言う。めぼしい情報はない、ということだが、今は些細ささいな情報でも把握しておきたいところだ。

「……アルビレオってのはどっちだ。仮面の方か? 性別は? バスの中での様子はどうだった。どんな人物だ」

「少年だそうで」

 仮面の大男ではない方だ。

「夜とぎを固く拒否されたとか。食事に毒を混入させたもののまったく手をつけず、打つ手なしという報告です」

「なるほど、警戒心が高いな。見た目通りの年齢ではないかもしれない」

「狂える星という二つ名の、アルビレオの人となりについては、スタッフのひとり、メイファムから興味深い報告が上がっております」

 目線で続きを話すようにうながす。

 祭事長は手短に説明した。


 責任者ユ・レアは毒殺を実行したが、あまりにも食事に手をつけないアルビレオが口にするのは持参じさんした飴玉だけだった。それに秘密があるのではないか、という推測のもと、飴玉を奪い、中身を盗み出すように命じられた下働きのノクルーナという少女は、深夜、眠りこけるアルビレオの寝室に忍び込み、こっそりと鞄を開け、小瓶を手に取ったという。

 飴玉の中を取りだそうと小瓶の蓋をひねると、閃光がし、小規模な爆発。魔術による爆発は部屋のものを何一つ傷つけず少女の手のみを焼いた。この騒ぎにより目をさましたアルビレオは、少女の手をとると、魔術によって傷をいやした。

 その際に、少女をとがめ立てすることはなく、魔術の防護がほどこされているから不用意に荷物にふれないように、とだけ前置きした後、

『そんなにおなかがすいていたのか? キャンディを食べたいなら僕に言えば余計よけいな怪我をせずにすんだのに。ほら、手を出して』

 そのようなことを言って、治癒した少女の手に取り出した飴玉をのせたという。

 魔導師によって癒された少女の手には傷一つ無く、飴玉はとくに秘密のない、普通の市販の菓子だった。

 メイファムはこの日の監視担当者であったそうだ。客室に寝泊ねとまりしている間は常にスタッフが当番制で監視しており、寝室にはのぞき穴や盗聴器、監視カメラなどが仕掛けられていた。

 この夜の出来事をメイファムはしっかりと記憶していたが、アルビレオと少女の交わした会話はたったこれだけ。

 これが一連のメイファムの報告である。


「なんというか、反応にこまる話だな。善人のようにも思えるが、まぬけのようにも思える」

「やさしい人柄ではあるようです。メイファムからも、他の少女たちからも悪い話は聞きませんでしたから」

「それが本当なら、考えのたりないまぬけな善人か、筋金入りの善人かの二択だが、善人だとするならば、なぜそんなバスにのる?」

「さて、手違いでしょうか。魔導師は日程を把握していなかったようです」

「ただのまぬけのほうだったか。まあ、いい。野心のないお人好しならそれはそれでよし。どちらも与しやすい」

「魔術の腕は比肩ひけんにならないほどだというのをお忘れ無きよう」

 祭事長がそつなく付け加える。 

 レイヴンは、今の話を思い返す。少女の腕の怪我を治した、それも完璧に。

 傷一つなく治癒するというのは、東魔の抱える医療術師たちでも難しいことだった。


「極光位の実力というのは本当のようだな」


 階上を見やる。

 魔導協会は、次代の魔王を選出する、という目的のもとに特権的な立場にある。

 たしかに魔導士どもの承認があれば、東魔の格は上がる。次代の魔王のべる国として、他国への牽制にもなる。それはいずれ魔界全土の掌握のための足がかりともなるだろう。

 いわば、はくがつく、というやつだ。

 しかし、それは魔導士たちと協調路線をとる場合だけだ。

 むしろ、この先、魔導協会の本国である西央魔導教国とは対立する可能性もある。

 そうなった時は、かえって西央に所属する強力な魔導士たちは邪魔になる。

 目ざわりな存在だ。

 利用できるなら、利用する。

 そうでないなら、どうなろうとかまわない。彼らは東魔国にとって、それくらいの存在だ。

 レイヴンにとっても、魔導士どもの動きに注目してはいるが、彼らを獲得するように、との指示は受けてはいない。


 レイヴンは祭事長に目線を向ける。

「とりあえず、監視を厳しく、どちらも不審な挙動をさせないように見張っておこう」

 指示を出すと、祭事長が一礼して、背後の通用口から姿を消した。

 配下の警備兵たちに指示を出しにいくのだろう。

 レイヴンは一人になると、表情に苛立いらだちをあらわにして、階上をにらみつけた。

 さすがに仕事が多すぎる。昨夜は謎の呑み。王子からの誘いは断れなかったが、今朝の業務は朝の日がのぼる前から始まっていて、イライラしっぱなしだ。極めつけはあの選帝侯とかいう二人───厄介者どもめ。

 祭典はまだ続く。椅子に背を深くもたれさせ、長く息を吐く。

 今はすこし、休息を取ることにしよう。

 あの二人のうちのどちらか。

 できるなら二人とも、俺が殺せたら楽で良かったのに、などと考えながら。


 *


 午前中から夕方にかけての式典は諸侯の集まる儀礼的なもので、夜の部からは会場を、迎賓館に移しての西央風の立食パーティーという形だった。


 東魔国は歴史の古い国だが、先進的な文化を取り入れていることを示したいのだ。


 そんなことを考えつつ、手に持った皿にケーキを積み上げる作業に集中することにした。

 六つ眼には食事に気をつけるように言われたが、立食式のパーティーなので問題ない。


 軽食のコーナーにも豚の丸焼きだとか魔物の姿煮だとか、東魔風の豪勢な食事が並んでいるが、そんなものはどうでもいい。僕が並んでいるのはデザートがところせましと渦巻く一角だ。こちらも東魔国の威風を見せつけるためか、贅がこらされていた。世界三大甘味の一つ、魔界の地で栄養たっぷりに育ったラズベリーと魔力をたっぷり浴びたマンドラゴラの葉の粉末を混ぜ合わせた砂糖菓子、とかいうのが並んでいるが、見た目は立方体で赤を基本色としたグラデーションに輝いている。ひとつつまんでみたが、さくさくと砂糖のほどけるような軽い触感で味は恐ろしく甘く、それでいてラズベリーの香りがある。感想は、甘くて美味しい、だ。

 実のところ、僕は食レポは苦手だ。

 僕の味覚はある一定の時から壊れたものらしい。らしいというのは、僕がその異常を異常として気にしていないからだ。とくに困ったことはない。

 先程食べたチョコレートのケーキを皿に山盛りにしながら、用意されたトッピング用の器からスプーンで生クリームをかける。チョコレートのケーキはいくらあってもいい。

 そんなことをしていると、僕の肩を後ろから叩くものがあった。振り向く。見覚えのない壮年の人物がそこにいた。たてがみのように長い髪を背に垂らす東魔風ではなく、西央風に髪を額の後ろになでつけた大柄な人物、赤褐色の肌をしており、彼はこの国に属する魔族なのだろう。

「ずいぶん、ここの食事をお気に召されたようだ」

 その男はほがらかに言った。

「誰かな、君は?」

 聞いてみたけど興味はあまりない。この男の身分や肩書かたがきには、という意味だ。

「申し遅れましたな。私は、この国に仕えるラム家の筆頭、ラガー……」

 どこどこ領のなんとか伯とかいう、長い自己紹介が始まりそうだったので、僕は口をはさんだ。

「君はドラゴン? それともほかの種族?」

 男は目を白黒させた。

「そんなことが気になりますかな」

「とってもね。僕はドラゴンを探しにきたんだ」

「ほほお、なんと、竜を……それならば、お力になれるかもしれませんな」

「本当かい? 自然魔物保護区にもよってみたんだけど、飛竜ですら買い取り不可って言われちゃった」

「ははは、それはまた……ご冗談を」

「僕は冗談はいっていないけど」


 また男が目をしばたたかせた。

 そしてこちらを少し疑っているような目つきになる。


「……そう、ですな。でしたら、まあ、やはり当家にお越しになるのがよろしいでしょうな。いやはや、アルビレオ殿のお役にたてるとは」

「君は竜をもってるの?」

「……ええ、その点では私はあなたのお力になれるでしょうとも。当家で必要な魔物をご用立ていたしましょう」

「ふーん。わかった。それなら君んに行くよ。お菓子はある?」

「もちろん、すばらしいものを用意させましょう。西央風がお好みでしたら、当家の料理人に作らせますよ。腕ききのコックがいましてね。チョコレートケーキもたくさん用意させますよ」

「ほんと? うれしいなぁ! 僕、チョコレートケーキ大好き!」

 男がうなずいて僕の背中に手を回した。

 どうやら竜のいる場所に親切にも案内してくれるというらしい。わざわざ東魔国まで来たかいがあったというものだ。バスツアーで寄った自然魔物保護区では保護されている野生の竜種は見れたが、外への持ち出しは厳重に禁止されていた。それに深い森の中では小動物たちの声は聞こえはするものの、実際の竜を見る機会は滅多めったになかった。ガイドツアーのプリムラによると、ドラゴンと呼べるような大型の魔物は自然魔物保護区の奥深くに棲息しているため、観光客用に組まれたツアーでは、遭遇しないらしい。僕は観光客用のお土産物屋さんで熊のぬいぐるみを買わされたが、全くの徒労であったとしかいえない体験だ。

「ええと、君、名前はなんだっけ? 失礼したね、忘れてしまったみたいだ」

「……いえ、まだ名乗っておりません。自己紹介が途中でしたからな。私は、ラ……」


「そこまでにしたほうがいいだろうな」 


 そこで彼は、ぴたりと動きを止めた。

 別の男の声だ。

 そいつはいつのまにか僕らの背後に忍び寄っており、自己紹介を始めようとした男の背後から声をかけただけだった。彼は、腰の剣帯につけた刀っぽいものに手をかけており、金属がカチリと音を立てる。それだけのことがどうしたのかわからないが、どうやら緊迫しているようで、僕を招待してくれた人は額から汗を吹き出している。

 意味不明の展開だ。男は続けた。


「ラガート殿。ラム家ほどの家格のものとあれば、わきまえていると思うが、今宵は東魔王陛下のご祝宴の最中だ。この場に集った血族の一つとして諸侯に模範を示すべき時に、陛下のご客人を先んじておまねきするなどという不作法はつつしんだほうがいいだろう」


「…王家の鴉か。エサをむさぼるに飽きたらず、目敏めざといな」

 意味不明のやりとりだ。僕は首をかしげた。

「……カラス? 人間では?」

 カラスと呼ばれた男が刀のつばから手をはなす。

 ほっと安堵したようにラガートと呼ばれた男が息をついた。

「もちろん、陛下に叛意などございません。この魔術師どのが東魔国に不慣れなようでしたので案内してさしあげようかと、ですが、たしかに祝宴の客人を引きとめては無礼を働いてしまうところでした。アルビレオ殿、すみませんな。また、機会があれば、ということにいたしましょう」

「えっ、ちょっとまって、家に呼んでくれるんじゃ」

「その話はなかったことに」

 そそくさと男が、来た方向へと去っていく。僕はその背中を見ながら、状況を整理していた。どう考えてもこのカラスとか呼ばれた男のせいだろう。そちらを観察してみると、そいつもこちらを観察しているようだった。

 値踏みするような目つきだ。


「……カラス?」


 たずねる。答えはない。

 若い男だ。黒髪に均整のとれた体つき。王宮警備兵の簡素な制服の上に黒い外套を身に纏い、腰のベルトに、先程、カチャカチャ鳴らしていた刃物をぶらさげている。物騒ぶっそうなやつだ。顔つきは、若くみえたが、どことなく疲弊ひへいしているようにも見える。そのせいで実年齢はわかりにくい。


「カラスって……クロウのこと?」 

「レイヴンだ」

「……鳥の名前の方だよね?」

「違う、俺は、レイヴン。鳥とは違う」

「ややこしい!」


 レイヴンというのが名前らしい。


「せっかく、竜に会えそうだったのに君が追い払ってしまった」


 レイヴンは瞳に一瞬、激烈な怒りをみせた。


「……この場で叛逆の相談とはな、魔術師」

「叛逆……? 意味がわからない。誰に対する叛逆だって?」

 僕は聞き返す。

「傲慢だな。さすが協会所属のエリートだ。地方のまつりごとに興味がないか?」

「……なんか、勘違かんちがいしてるようだな。僕はどこにも属してるつもりはないけど」

「西央から派遣された極光位の魔導師。そう聞いているが」

「派遣ね、派遣。魔導協会は、どうも君が思っているのと実態は違うが、言ってもわからないだろうな。魔導師というものは基本的に、誰の言うことも聞かないんだ」

「協会の意向と、お前の行動は別、ということか?」

「行きたいところにいって、好きなことをする。ラガートくんの家に行くのだって、僕がきめることだ。君にとやかく指図さしずされるいわれはないが」

不遜ふそんだな。こちらにはラム家に指図する権利がある」

「……君はどこの誰? 王家の関係者?」

「王家に仕えるものだ」

「意味がわからない。所属は? 階級章は? 軍属? どれも違うようだ、それなのに貴族にいうこと聞かせるなんて、君ってなんか、隠してるんだ?」

「こちらの事情にうといようだな、魔術師。その程度の認識でここに乗りこんだのか? 俺が何者かもわからないのに」

「そうだね。目的を果たしたら、すぐに帰るつもりだったから」

「目的とは?」


 まるで尋問じんもんのようなやりとりだ。

 しかし、この僕に隠すところなど何もない。正直に答える。


「……ああ。まだ、なにか誤解しているな。そうだな、別に隠すことでもないから、君にも聞こう。君は、竜を知らない?」

「知らん」


 レイヴンと名乗った男は、そっけなく言うと、パーティー会場の出口へと向かって行ってしまった。なんだったんだろう。それにしても失礼な男だ。僕に根掘り葉掘り聞いてきたくせに、自分はさっさと話を切り上げてしまった。

 チョコレートケーキを突き刺したフォークをひとなめする。

 どうやら竜探しは難航中のようだ。


 *


 ───あのラガートとかいう男。


 臣下の身でありながら、魔術師にちょっかいをかけるとは、思いあがりもはなはだしい。

 レイヴンは迎賓館から出ると、王宮の通用門のある方角へと足を向けた。

 王宮の外に用事があるのもそうだが、すこし頭を冷やしたかったのもある。

 思い返すのは、先ほどのラガート・ラムの狼藉ろうぜき。あれにはかなり腹が立った。

 ラム家というのは軍人の名家であるが、あの場で切り捨ててもよかったほどだ。

 そうしなかったのは、あの場が祝宴の席であったため、流血沙汰は好ましくないうえに、西央所属の魔術師に国内の醜聞を見せることになる。

 東魔国内に集う諸侯たちの中には、魔王の座を狙う野心を隠さないものもいる。西央の魔導協会と組んで、一足飛びに権勢を得ようとする不埒ふらちな輩だ。

 ラガートという男はたいそうな自信家なのだろう。そうでなくては、祝宴の場で、なみいる諸侯たちに先駆けて、魔術師に声をかけはしない。とはいえ、彼の態度は到底とうてい許容できない。

 東魔国内には、いまだ、王家に恭順するのを不服とする諸侯たちがいる。彼らは、反旗をひるがえす隙をうかがっており、機があればいつでも事を起こすだろう。

 だからこそ、ああいった席でよからぬ態度をとるものは見過ごせなかった。王家の威信に傷がつけば、あの場に集まった諸侯に示しがつかないからだ。

 選帝侯は利用価値がありすぎる。

 王家にとって、特に必要はないのに、よそにくれてやるわけにもいかない。


 ───そういった複雑で、微妙なバランスが、こちら側にもある。


 あるというのに、あの魔導士、アルビレオは、まったくそこらへんの事情を斟酌しんしゃくする気がないようだ。

 そう。アルビレオだ。問題は。

 どんな人間なのか、ためしに話してみたが、とらえどころのないやつだった。

 おそらく頭はいい。魔導士らしく明晰だ。だが、何か、ぬぐいがたい違和感がある。今日半日、ずっと彼の行動を監視していたが、十分に賢いはずの男が、ああいうこどもじみた振る舞いをするだろうか。下心が見え見えのラガートの軽率な誘いに乗るとは、考えにくいのだが…。

 そこがわからない。

 本人が言っていたように、本当に政治に興味がないのか、もしくは、興味がないふりを装っているのか。バス内での前評判を信じるなら、アルビレオというのはマヌケだが、それでも、抜け目のない魔導士連中の一人であることを加味するなら、計算、という可能性もなくはないが…。

 竜が欲しいとか言っていたあれも、本気かどうか。

 思わず、ため息が出る。


 ───どうにも調子が狂う。 


 本当だったら、六つ眼の方に向かうべきだった。六つ眼道士は、アルビレオより数段やり手だ。警備のものをつけてはいるが、すでに行方ゆくえをくらまされてしまったらしい。どちらかというと、こちらを優先して監視するべきだったのだが、結果はこれだ。

 レイヴンは足を止めた。

 あのアルビレオとかいうのが現れてから、何かのバランスが崩れている。

 当然、うまくいくべきはずのことがうまくいっていない。

 本来だったら、今年、来るべき選帝侯はたった一人。

 六つ眼のクレイオスだけだった。

 それが、急に、一人増えた。

 そのせいで、余計な手間が増え、結果的には六つ眼を野放しにさせている。

 胸がざわつく。言語化しがたい不快な感情だ。

 まあ、いい。

 レイヴンは気を取り直して、歩き出した。

 今は仕事のことを考えねば。

【緋鷲師団】がトルク領の残党と思しき男をとらえたそうだ。

 そっちの尋問が始まるので、これから中央情報局の治安維持室に向かう。部隊との合流もして、これからの手筈てはずを確認する。

 実際、行動に移すためには、陛下の裁定を待たねばならないが、祭典が終わり次第、掃討そうとう作戦にはなめらかに移行できるだろう。

 そうだ。祭典が終われば。


 ───あの厄介者どもは東魔から追い出せる。


 そうしたら。全てが元通りだ。変わりのない日常が帰ってくる。

 レイヴンは多少、気分がよくなってきたのを感じた。

 人生において、最も大切なことはシステムが円滑に機能している、ということだ。

 命令があり、実行する。

 自分はそのためにいる存在で、今日も万全だ。不調はない。


 *


 この馬鹿げたパーティーは三日三晩続くそうだ。

 食事会が終わると、再び会場で、セレモニー第二部が始まった。

 貴賓席に戻り、舞台上を見下ろすと、魔族の精鋭劇団による芝居が始まるところだった。退屈さは際限がなく、時の流れのように降り積もっていく。誰か助けてくれ。

 僕はといえば、本日で、通算十三皿目の皿にチョコレートケーキをのせたものを、手近にいた侍従に持って来させることにしていた。劇の途中で退席するのはマナーが悪いからだ。

 しかし、平凡な劇だった。

 あらすじはこうだ。


 一人の志ある英雄が貧困や圧政に苦しむ各地方を回って、彼らを救い出し、地方を統一し、やがて中央の姫君と結ばれるという、英雄譚だ。おそらくこの若者は何代も前の王家に縁のある人物で、そして彼がやがて王になることで東魔王家成立の正当性をたたえる筋書きなのだろう。ならば、姫君のロザリンド、とかいうのはまったくの創作なのだろう。いきなり西央風すぎる人物だ。


 肘掛けに肘をついて、体をななめにして劇をながめる。

 このままでは無為に時間を過ごしてしまって、なんの成果もないまま帰国することになりかねない。

 魔族というものは、種族に関して口が堅い。人類にはピンとこないが、種族というのはプライベートな事柄のようで、聞かれたからといってすぐに答えるということはない。とくに西央の外国人には口をつぐみたがる内容のようだ。


 しかし、成果はまったくない、ということもない。


 僕は、この暇な機会を有効活用するため、情報収集用の蟲型魔導盗聴機をはなっており、この劇が終われば、すぐに回収できる手はずになっているからだ。バグはあらゆる人々の会話や文書を録音、録画している。そこから必要なデータを取り出すのはすこし手間だが、こうしてくだらない観劇に時間をつぶしている間も宮殿内の機密情報はつつぬけだった。


 ───1時間後、ロザリンドが実は若者の妹だった、という事実が発覚した。物語は佳境にはいっているようだ。若者が女性の体を抱えて嘆き悲しむ。荘厳な挿入歌がオーケストラによって演奏される。

 劇の残りはあと30分ほど。情報収集が完了するまでにかかる時間もそれくらいだろう。

 劇が終われば、体調が悪いとでもなんとでもいって、僕は退出することに決めた。

 あとは情報を解析するだけだ。


 *


 ───あの後から劇は、3時間は続いた。


 実は壮大な三部作になる予定だったらしく、僕が見ていたのは、まだほんのさわりのところだったらしい。魔族というものは長命な種だ。そのせいか、セレモニーも劇も何もかも長すぎる。

 最終章のフィナーレを見る前に僕はしびれをきらして退出した。役者たちの一世一代の魂のこもった熱演はともかく、僕にはやるべきことがあるのだ。六つ眼は食事会にすら出席していない。僕のすぐ隣の席が空いているせいもあって、よけいに席を外しにくかったのだが、最後まで見る必要はないだろう。

 そもそも、魔族の体力と純粋な人類の体力には差がありすぎる。

 宮殿内にある来賓用の宿泊棟へと僕が帰って来れたのは夜中の12時を過ぎたころだった。

 僕にとっては都合のいいことに、宿泊棟に人は少ない。まだセレモニーも終わっていないからそれも当然だろう。

 会場を出ると、僕の後に衛兵が護衛と、監視をかねてついてきたが、それも問題はない。

 バグを回収するのは宿泊室で行うからだ。

 衛兵といえど、部屋の中まではチェックしないはずだ。

 部屋そのものにかけられた防護はどうかというと、これも問題はなし。

 こっちに着いて早々仕掛けられた魔術戦においては圧倒的な勝利を収め、少なくとも東魔中央魔導院に使いものになる魔術師はいないだろう。

 あとは部屋に戻り、悠々自適にバグを回収し、蟲に保存されたデータの解析を行うだけだ。

 人の気配のない廊下を歩き、部屋の前で衛兵と別れる。

 彼は部屋のドアの横に立って、僕に一礼した。

 そのまま護衛をするのかもしれないし、途中で交代するのかもしれない。

 だが、たいした問題ではない。室内で行われている魔術について、外にいる彼にはわかるはずもないからだ。仮に、外にいる者が魔術師であったとして、わかりはしないだろう。


 ───これから行うことはたんなる回収だ。


 すでに探知用の魔術は実行されている。

 部屋に入ってドアを閉める。鍵も閉めておく。

 トランクの中から魔導演算端末WANDを取り出し、テーブルに置いた。

 起動する。モニターの青い光が暗い部屋でまぶしい。

 WANDから現在、バックグラウンドで実行中のデバイスたちに召集コマンドをかける。

 五分足らずで集まってきた。

 換気口やドア、窓枠の隙間から、砂鉄のような粒子となって超微小情報収集特化型デバイスが集まってくる。ひとつひとつは砂粒よりも小さい蟲は体内にその場で見聞きした情報を蓄積する能力がある。

 この蓄積された情報を解析するのが僕の仕事だ。以前も蟲による情報収集は行ったが、今回はそれとはデータの量が違いすぎる。蟲は宮殿内にある全ての電子機器にも入り込んで情報を抜いてくる仕様だ。

 一個体の収集してきた情報は超微小だが、全体にまとめなおすとひとつの大きな記録媒体になる。問題は情報をつなぎなおせれば、だ。一つ一つの断片化された情報を意味の通る大きなデータに変換する作業は手間とコツがいる。地道な作業だ。さらに膨大な情報の中から役に立つ情報はひとにぎりだろう。大半はたわいのない雑談や、意味のない視覚データだ。僕にとって役に立つ情報というのはひとつ。


 ───竜の居場所だけだ。


 まずは端末に解析作業の指揮をとらせながら、バグを数値に変換する作業からだ。

 これは時間がかかりそうだ。

 トランクの中から飴玉いりの小瓶を取り出す。瓶の蓋をあけて、中からピンク色の飴玉を掌の上に転がすと口に放り込む。甘くておいしい。

 さて、この宮殿の中のどんな秘密も数時間後にはすべて僕のものになっているだろう。 

 たとえば公にはできない貴族たちの血縁関係について。

 たとえば現在進行中の軍事行動について。公に明かせないゴシップや、世界を揺るがしかねないスキャンダルだって手に入るが、そんなことにはまったく興味がない。


 *


 結論としていえば、現在進行中の軍事作戦が五つ、この先行われる予定の軍事侵攻目標がおおまかに、わかってしまった。関係者以外にはもちろん極秘だろう。

 バグを逆演算し、消去し終えた今、それを知られたという痕跡こんせきすら残っていない。

 端末を終了させる。

 窓の外を見ると、深夜を過ぎていた。人は皆、寝静まる時間だ。頃合いだろう。

 僕は軽い気持ちで席を立つと、ドアへ向かった。外に出る。衛兵がドアの外に立っていた。どうやら、交代しながら僕の部屋を警備、監視していたらしい。僕を認めて声をかけようとする兵士の顔は、僕を一瞥したあと、トロンと蕩けて、まぶたを落とす。

 膝から崩れおちるように彼は僕の足下に倒れた。


 ───昏睡こんすいの魔術だ。


 バグの応用で、機序は簡単。バグをさらに細分化し、目に見えないほどの大きさになった粒子状のデバイスが、神経系に作用、昏倒させる。

 普通に寝ているのと生理学上は変わりないため、これも証拠は残らない。バグはずっと前に発動させているから、魔力の使用を新たに検知されることもない。

 とても簡単で効率的な魔術だ。この蟲というやつ。実体は、実のところ機械ではなく、魔導術式コードでできているので、応用範囲が広い。別系統の魔術に即転用可能。僕の最近気に入っているオモチャである。

 僕は眠りこんだ衛兵の横を通りすぎる。

 宿泊施設のロビーは広々としていて調度品なんかも豪華だ。深夜のため人気は少ないが、各所で見張っている警備兵たちは、皆一様に眠っているだろう。

 受付にいる係の人も眠りこけている。彼らは魔術が切れるまで眠るはずだ。魔術が切れるのは僕の魔力が尽きたときか、魔術を行使する意識が途切とぎれたときだ。

 あとからバグを体内から回収すれば誰も眠っていたことなど、覚えていない。

 誰にも止められることなく、ロビーを出る。


 ───外気は冷たいことが、温度センサから観測できる。

 周囲は夜のとばりに包まれ、暗い。───視覚センサは正常だ。


 宿舎を出て向かうのは、ちょっと遠い場所。王宮内の警備兵たちの兵舎である。

 そこまで距離はあるのだが、ちょっとした散歩だと思うと気分もいい。

 目的のものは目と鼻のさきにあった。いつだって青い鳥は身近に飛んでるものだ。

 僕は意気揚々(いきようよう)と夜風を切って歩き出す。

 実際のところ、本体の僕は部屋から一歩も出ていないのだけど。

 30分ほどあってたどり着いた兵舎は質素な雰囲気だった。きらびやかな朱塗りの宮殿とはうってかわって、病院や刑務所といった感じのコンクリートの建物。僕は入り口にはいると、目的の部屋に向かった。

 僕を見つける人はいないだろう。

 目的の部屋まで辿り着くと、僕は人型を構築し直した。

 手のひらを見る。うん。ちゃんとしてる。

 これから会う相手には、できるかぎりいい印象をもってほしい。身なりはしっかりしているだろうか。

 僕は自分の姿を確認した。丈の長いコートは、光沢のある漆黒の布地のテクスチャをうまく再現できているようだ。中に着ている衣服も普段のものと寸分違わず再現できている。 

 立派な魔術師然とした姿だ。僕は自分の姿に満足して、ドアをノックした。

 返事はない。

 しばらくドアの外で待っていると、やがて音も無くドアが開かれた。

 長身の男が僕を見おろしている。昼間にあった彼だ。

 レイヴン。

 彼は無言でドアから去っていき、テーブルのそばにある椅子にこしかけた。

 こちらに興味なさげな視線を向けている。

 僕は挨拶することにした。彼とは友好的な関係を築いていきたいからだ。

「やあ、夜分遅くに失礼。寝ていたかな?」

 無言。これは、部屋に入っていいということだろうか。らちがあかないので、僕は一歩距離を詰めることにした。彼のいる部屋は士官クラスに与えられるもののようで、質素ながらも広く、丁度品などが支給されている。

 僕はじろじろと部屋を観察したが、個人的な品物は少ない、といわざるをえない。

「物の少ない部屋だね。君はここに勤めてから長いんだろう?」

 彼が視線をあげた。すこしこちらに興味が出てきたのかも知れない。

「君のことを調べさせてもらったよ。僕がどれだけ知っているかというと、君が先日のラーガルムで起きた内乱の鎮圧においてめざましい功績をあげたということも知っている。そして、それはおおやけにされることのない功績だということも」

「何を言いたい」

 はじめて彼が口を開いた。

「ええと、君はとても優秀だということだ。古い氏族たち、八大貴族の内紛の鎮圧にも君は参加していた。でも、君の公的な記録はとても少ない。僕が解析したかんじだと、噂ばっかりだったけど、どんな秘密も人の口にはのぼるものだよね。どう? 僕もこの国について少しは知識を得てきたんだよ。今じゃ、ちょっとした事情通だ」

 答えはない。

 レイヴンは得体えたいの知れない目つきで僕をみている。

 僕は少し、ここにきて少しだけ、気まずくなってきた。

 もしかして、もしかしてなのだが、僕は歓迎かんげいされて、いないのではないだろうか。目当てのものを見つけ出した喜びでよく考えずに、訪れてしまったが、よく考えると夜中の三時はとっくに過ぎている。もしかして、今、僕はとても、マナーが悪いのでは? そんなことに思い当たり、しどろもどろになりつつ言う。

「ええと、それはつまり、君は貴重な存在だということで……それは僕にとってもおなじことだ」

「……何の用だ。お前が知っているという事実を明らかにしたところで、魔導協会側に得があるとは思えんが」

 非常に硬い口調だ。

「魔導協会とは関係ない。僕の目的は、君だ」

 僕としてもなかなか緊張している。こんなことを口にするのは初めてだからだ。

 意を決して、僕は続けた。

「僕の目的は、君のスカウトだ。僕の来訪した理由を話したと思うけど、もう一度言うよ。僕は竜がほしいんだ」

「どういう意味だ?」

 レイヴンという男はいぶかしげに眉をひそめた。

「君を個人的に僕は欲している。僕の使い魔になってほしいんだ。えーと、待遇たいぐうについては後から相談だけど、僕との契約は君にとって満足いくものになるって約束するよ」

「なあ、つまり、あんたは俺がほしいのか」

 レイヴンが、さっきよりは、やわらかい口調になる。

 どうやら、話を聞いてくれる気になったみたいだ。

「ほしい! そうだよ、僕は君がほしいんだ。考えてくれるのかな」

「竜なら、だれでもいいのか? なぜ竜がほしい」

「……世界で最強の魔物だから。かいつまんで説明すると、僕はこの間、かなりの深手を負ってね。それで痛感したんだ。僕には相棒が必要だ」

「……具体的には何をすればいい?」

「今やっていることとたいして変わらない。職務としては少なくなるくらいだ。基本的には僕の護衛。それ以外は好きにしてくれ」

「使い魔というのは、もっと親密な関係性だと聞いたが」

 彼の言葉に、僕はすくなからず失笑をかみ殺した。

「ああ、時代遅れだね。たしかに魔導士って、そういう古風な考えを持っている人多いよね」

「お前は違うって?」

「もちろん! 僕は最新で、最高の魔導士だからね! 考え方も新しいんだ。君の望む給与を支払うよ。君の求めるものはよくわからないが、いずれにせよ、君はこのままここにいるよりずっといいはずだ」

「それはなぜだ?」

「近々、大きな戦争になる。西央じゃないよ。今はまだ、どことの戦争かは未確定だけど。そうしたら、君はそのうち死ぬからさ。この国は、滅びはしないが、敗北する。領土は三分の一になる……それがアルスノヴァの筋書きだ」

 実はこの話は人にしてはいけないことになっている。アルスノヴァは魔導教会の秘中の秘だ。ちっぽけな軍事機密なんてものじゃなく、まちがいなく世界の秘密の一つだ。

「それが協会の意向か?」

「誰の意向かとか、関係ないよ。これは確定されたものなんだから。僕としては貴重な種族をそんなくだらないもめごとで失いたくない。やっと君に会えたんだから」

「戦が始まる前に逃げろっていうことか? 王家を俺に見捨てろって?」

「王家に愛着があるのかい?」

「俺にこの国を捨てろと言っているわけだな」

「……愛国心があるのかい?」


 僕が聞くと、レイヴンは首を横に振った。


「少し違うな。あんたは勘違いしている。俺はこの国を愛しているわけではないが、この国の歯車のひとつなんだ。いろいろと話してくれた礼だ。俺も話そう。世界というのは大きなシステムで、無数の歯車が噛み合って、一つの役割を果たす。その大きなシステムが動くとき、邪魔な小石や不良品のパーツは、無数の歯車にすりつぶされて、壊れちまうんだ。でもそれは何が悪いってわけじゃない。大きな力が動くとき、踏みつぶされるものたちに理由なんてない。ただ、そこに、そのようにあっただけだ。システムというのは、そういうものなんだ。善人だろうとなんだろうと容赦ようしゃ無くすりつぶす。だから、その歯車である俺も、ただ実行するだけだ。システムの一部として。俺がどう思うかとかは関係ない。ましてや、歯車がいつ死ぬか、ってこともだ。世界というものは、そういう風にできてる。それがこの世界っていう機構きこうなんだ」


 僕は彼の言うことを僕なりに解釈した。つまりこう。


「君はシステムの信奉者なんだ?」

「俺は仕組みのとおりに動く、そこに俺の意志は必要無い。ただ、そのようにするだけだ」


 一風変わった人生哲学だ。

 彼自身に意思はなく、今は彼の世界である、国家というシステムに仕える道具だと、彼は主張しているらしい。

 僕は彼の人生観について、結論を出した。


「僕が思うに、君はとてもつまらない! 君のいう世界ってとても窮屈きゅうくつそう。やっぱり僕と来た方が良い。そっちのほうがずっと楽しいよ」

 うんうんと僕はうなずく。そうだ。絶対その方がいい。かたよった思想のマニュアル人間って、こじらせすぎると手に負えないし。

 僕はレイヴンに言った。


「君に約束する。僕と来たら、今よりずっとおもしろい世界を見せてあげる。君の言う、世界という機構があるとするなら、それは生まれて生きるにあたいするすばらしいものだと、僕は信じているからね」


「そう思うか? まあいい、聞きたい話はあらかた聞いた。なあ、魔術師、面白いことなら他にもあるぞ。物がすくないって言ったが、この部屋には必要なものはそろってる。たとえば、これは何だと思う?」


 言って、レイヴンはいつの間にか持っていた黒塗りの鞘入りの刀を見せる。


「えーと、刀かな」

 レイヴンは一つうなずく。刀を持って椅子から立ち上がる。

「そうだ。これの使い方を見せてやろう」

「え?」


 銀色の光が閃いた。遅れて、激痛。


「俺はシステムを実行する武器だ。この刀と同じ。さて、協会本部の魔術師め。やはりおまえたちの魂胆こんたんはそうだったか。この国で、歓迎されていないと気付かなかったか?」


 僕との間にあった距離を一瞬でゼロにして、レイヴンが僕を斬りつけたようだ。

 痛みが酷くて、声を上げられなかった。腕から出血。見れば、手首の先から下が消失している。

 赤い液体が床にとめどなくこぼれていく。


 ───しまった、再現度が高すぎる。


 これが蟲を集めて、人間の形をとるときのリスクだ。

 人間らしい動きを再現するために、痛覚を切れず、受けたダメージがそのまま本体にフィードバックする。

 ついでにいうと、今のこの状況こそ、僕が竜をもとめた理由でもある。

「さて、アルビレオ、お前は何回斬ったら死ぬんだ?」

 感情の感じられない声。

 視線をあげると、さらに銀光が閃いて、熱いとも鋭いともわからない痛みが走る。

 合計で何回だろう。

 レイヴンはとても効率的に、死なない程度に、身体機能を傷つけることに熟知しているようだ。

 僕はつかのま意識を失った。


 *


 僕は苦痛で飛び起きた。腕、足、首、腹の部分、すべてが切断されたような激痛。胃のから腹の中のものがせり上がってきて、寝台のうえに嘔吐おうとする。

 ひどい痛みだ。とにかくやたらめったらに体を切られた痛み。

 僕は今し方、吐いた吐瀉物に頭を埋めて体を丸めて苦痛をやりすごそうとした。

 テーブルに置いたWANDのモニタでバイタルデータをちらりと見ると、僕の体は八つ裂きにされたようだった。いやもっと酷いかも…、八つ裂きというか、細切れというか…。

 体を切断された時に感じた鋭い痛み、その後のばらばらにされた傷の痛みを、僕は追体験していた。

 僕が今いるのは宿舎の一室だ。

 僕の意識はいったん断絶したため、外の衛兵たちは、目をましているだろう。

 ここで魔術が行使こうしされたことも知るはずだ。とはいえ、僕自身は一歩もこの部屋を出ていない。


 ───先程、八つ裂きにされたのは僕がバグで作りだした人形だ。


 数多のバグを使って再現した、人間そっくりの人形。

 それを人間らしく操るためには、いまだに意識の同調を切ることができず、そのため、負傷すれば、同じダメージを本体も負ってしまう。

 僕の魔術にはいまだに欠陥けっかんがある。竜に会うのだからと思って、自然な動作に見えるよう深く同調させたのがあだになった。

 しかし、念のために、人形でおもむくことにしてよかった。

 念入りすぎかとも思ったが、六つ眼の忠告が頭にあった。


 ───生身でいれば、僕は生きていない。


 そう考えると、背筋に寒気が走る。

 痛みと怒りで頭が沸騰しそうだ。

「くそ、許さない……許さないぞ……」

 何てやつだ。あいつ。僕を八つ裂きにするなんて。許さない。次にあったら殺してやる。絶対絶対絶対。殺してやるからな。

 屈辱感は何百回、殺し方を考えたとしても癒えることはないらしいが、それだけ思考すると怒りも冷めてきた。

 だいぶ冷静になってからあらためて先程のことを考える。

 レイヴンと名乗る竜の行動についてだ。

 いきなり現れた客人に向かって刃で切りつけるとは無礼で不作法なやつで、とんでもない礼儀知らずとしかいえないが、どうやら彼はこの東魔国を守る、という主義があるらしい。それはたんなる雇用と給与の関係ではない、損得勘定からの行動でもない。


 ───彼は国家というシステムの崇拝者だ。

 ───ちょっとどころかだいぶ危ない思想の人間だった。


 そんな彼にとって、この国にきてからの僕の行動はさぞ目に余るものだったろう。

 というよりは、協会所属の魔術師、という立場が東魔国の利益に反するから、そもそも僕への心象は最悪だったようだ。

 僕は東魔国と西央をめぐる政治に興味はないと目的を明言しておいたが、あのレイヴンが聞き入れるはずはない。

 ふむ、つまり僕は信用されていないのだ。話を性急に進めすぎたのかもしれない。

 ここで僕の取るべき選択肢はなんだろう?

 彼を引き続きスカウトすべきだろうか。


 ───これは却下。


 さすがに僕にもプライドがある。僕を八つ裂きにした危険な人間はこちらが願い下げだ。

 次は、このままセレモニーに出席し、なにごとも無く帰国する。竜は稀少な種族だが、別に生息域はこの国に限られてはいない。今回の魔術の使用は、向こうに気付かれただろうが、これといって特にとがめられはしない。

 魔術師を国に迎え入れるというのは、大なり小なり暗躍を許可するようなものだからだ。それにやはり魔術の使用の証拠は残らない。バグは回収済みだ。

 だから、このまま大人しくセレモニーを終了させ、あきらめて帰る。これが無難。

 一番ベストな選択だ。

 僕は、そうするだろう。交渉は決裂した。このままここにいても、いいことは一つもない。時間の無駄だ。合理的に考えれば、そうだ。

 しかし。

 それで。

 僕は満足できるだろうか?

 ベッドに横たわったまま目を開ける。指先に力をこめる。鋭い鋼に切り裂かれた指先。今は、痛みは引いてきたが、まだ少し動きがぎこちない。死にかけた恐怖と緊張でこわばっているのだ。

 僕は手の指を無理やり強く握りこんだ。

 あのレイヴンとかいうやつに、吠え面をかかせてやりたい。

 その気持ちでいっぱいだ。僕は決めた。そうしよう。

 僕はセレモニーを終わらせ、ついでにあの男を痛い目にあわせる。完璧に勝利して、その時、あいつがどんな顔をするか、見下ろしてやるのだ。

 そのために僕がすべきことは……思考を巡らせること数瞬。すぐに思いだした。

 無駄足になったが、バグで東魔国の情報を得ていて本当に良かった。

 僕はベッドから起き上がる。

 部屋の隅においてあるトランクケースを開けて、中を探る。

 仕込みはすぐにできる。


 *


 仕留しとそこなった。

 刀をさやおさめ、レイヴンは兵舎の私室で苦い顔をしていた。

 アルビレオを寸断した後、死体は青白い光る砂のように崩れて消えてしまった。

 魔導士がよく使う奥の手、というやつだ。分身や幻影、どんな魔術かはその魔術師の腕によるが、彼もまた高位の魔導士である。

 本体は無事で生きているだろう。となると、明確に、敵を作ったことになる。

 こういった事態も警戒して、ずいぶん痛めつけたが、それであきらめてくれるだろうか。

 普通に考えるなら、普通の感性を持っているなら、怖くなって逃げ帰るはずだが。

 なんというか、やつは普通じゃない。

 困ったな。

 レイヴンは東魔刀をベッドの上に放り投げる。


 ───こんなことになるなら、斬り殺さなきゃよかったんだ。


 まったく本当に、その通りであるが、後悔先に立たずである。

 やってしまったことは、しょうがない。

 あの場の判断では最善だった。

 そう思うこととしよう。

 テーブルの前に戻って、椅子にどっかと腰かける。

 大体だいたい、なんだあいつ。

 いきなり現れて使い魔だとかなんだとか。

 使い魔というのは、センシティブな話題だ。魔族にとって使い魔とは、生涯に渡る対等なパートナー関係のことをいう。つまり、狭義では、恋人関係を指すのだった。

 昨日会ったばかりで、ほぼ初対面だというのに深夜に部屋に押しかけてきて話す内容があれでは、さすがに失礼すぎる。

 きっとあの魔術師は、自分が何を言ったのか、わかっていないのだろう。

 人類と魔族の間には文化的な断絶がある。

 だから、まあ、それはいい。なかったことにしよう。

 それよりも、久しぶりに気持ちよく寝ていたのに、突然叩き起こされて、わけのわからないことを言われたことに腹が立っていた。

 テーブルに置かれた時計を見る。午前四時。

 窓から月の明かりが煌々と室内に差し込み、レイヴンを照らす。


 ───寝たい。


 体は切実に眠りを欲しているのだが、考えるべきことがあった。あの魔術師の口走った、東魔国がいずれ敗北して三分の一になるとかいう不吉な予言についてだ。

 口から出まかせだろうか。だが、あの魔導士が口にしたことが虚偽だったとして、あそこまで突拍子とっぴょうしもない嘘をつくだろうか。しかも、西央の魔導士の言うことだ、一定の信憑性しんぴょうせいはある。西央魔導教国に本拠のある魔導協会には多数の魔導士が在籍しており、その影響力はあなどれないものだ。協会の高位の魔導士である選帝侯なら、人の知らない秘密を知っていてもおかしくはない。


 おかしくはないのだが、今のところ推測だ。


 今更、細切れにした魔導士本人に問いただすわけにもいかないし、真偽をいくら考えてもキリがない。だというのに、もし、真実であるとするなら捨て置くこともできない。彼の信奉するシステムの崩壊の危機である。


 いらんことを知ってしまった。

 とても眠れそうにない。


 レイヴンは思考を切り替えることにした。

 こういう時は仕事のことでも考えるべきだ。夕刻ごろに受け取った諜報官アラン・篠崎からの報告では、近々、動きがありそうだ、という話だった。

 先日、捕らえた反乱軍の男から得た情報も確かだ。

 もはや、祭典が終わるまで待つ、という悠長なことはしなくていいだろう。あの魔導士の言動も気になることだし、騒乱の芽ははやくに摘むべきだ。

 東魔王陛下に朝一で奏上そうじょうして、早速さっそく、狩り出すのはどうだろう。


 うん。気分がいい。


 これ以上、王宮に張りついて、魔導士どもを見張っていたところで益はない。

 明日からは、王宮を出て、そっちに専念することとしよう。

 レイヴンはそう決めて、頭からうれいを振り払った。


 *


 回想から始めよう! あれは数日前のバスツアーの宿でのこと。

 僕は数日前の出来事を思い返した。

 はなはだ不本意なバスの旅ではあったが、そこで出会った幼い少女。夜中に飴玉を盗もうとした彼女は、言葉遣いは古くさく、実の名前はノクルーナ・オルト・トルクというのだそうだ。


 姓はトルク、これは八貴族戦争で最後に敗れたとされている家名だ。


 僕は盗聴・盗撮の防衛用偽装結界を周囲に張ってから、彼女の話を聞くこととした。いつどこで誰が何を見ているか分かったものではない。この結界を外から見た人間は僕たちが

 いたって普通の世間話をしているという風に見えるだろう。

 実際に結界内で起きた会話は違う。

 飴玉を食べ終わった彼女は、涙をこぼし、ぽつぽつと僕に身の上話を語ってくれた。


 ───八貴族戦争はまったく大義のない戦いであった、と彼女はいう


 八貴族領とは東魔国の南部辺境の一帯のことだ。アスラ王家よりも古い血筋で、元を正せば彼女たちドルイド系の魔族たちの治める土地だったとか。長らく東の鬼たちはこの貴族領の血筋を尊重し、自治を認めてきたが、ちょうど今から70年前、中央集権化を推し進める現東魔王が侵攻を始めたのが長きにわたる争いの発端だったという。

 八貴族たちはもちろん抵抗した。南部は戦火の絶えない土地となり、この現状を憂えた彼女の父親ノールダスは、平和的な解決の道を模索もさくした。八貴族領主たちを取りまとめ、東魔王との交渉による和平を望んだのだ。

 穏健派で信望を集める貴族領主たちの中心的な存在だったノールダスは、ある日、謀反の疑いをかけられ、首都のどこかに軟禁されているのだという。トルク領はその時、壊滅的な打撃を受けており、長男であるノルド・オルト・トルクは戦死。

 ついでにその際に、やたら凶暴な黒竜がトルク領の城内にってきたそうで、ノクルーナはその時のことを鮮明におぼえているらしい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったとか。聞いたことあるな、そいつ。


 トルク領の陥落かんらくをもって終焉した一連の出来事を、八貴族戦争という。


 ノクルーナが言うには、自分はそのトルクの三女で、父の行方を捜索しており、こうしてこのような猥雑わいざつなバスなどにまぎれこむような身分ではないが、西央の魔術師に支援を頼むことができないかと決死の思いで僕に接触してきたそうだ。

 トルクの家は戦争のおりに敗れてはいるが、まだ長女ギーラ・オルト・トルクが存命であり、首都に捕らわれた父の身柄を確保次第、各地に身を潜めている反乱軍とともに、蜂起ほうきする予定だという。

 トルク家は最古の貴族の家柄であり、その歴史は現王家よりも古い。王都や八貴族領にいまも潜伏する反乱軍はトルク家を旗頭はたがしらに独立の構想すらかかげているのだという。

 彼女のかたる物語は、ふしぎなお伽話とぎばなしのようだ。

 僕は小さい彼女の手に瓶からとりだした飴玉をもうひとつ置いてやる。

「でも、よくこのバスに乗り込めたね」

 彼女はしゃくりあげた。

「手引きをしてくれるものがおった。プリムラじゃ」

 彼女は八貴族領の出自だという。

 僕が急な予定を入れたおかげで、女たちの出自や身元を精査する暇がなかったそうで、バスツアーの人員にまぎれこんでいたらしい。

「実際、西央の魔術師というからには、もう少し気骨のあるやつかと思っていたが」

「なんで僕がこのバスに乗るってわかったの? 公にされない情報のはずだけど」

「六つ眼という魔導師が、ギーラ姉上と話をしていたのを聞いたのだ。協会の魔導士がもう一人到着する予定だと」

「六つ眼が? 反乱軍のリーダーと密会? へえ、変わったこともあるものだ」

 あの金色仮面、けっこう暗躍しているようだ。

「あの男は南方から現れた。理由はわからぬが反乱軍に支援をしてくれている。父上の代からの付き合いで、我らが持ちこたえられたのはそれゆえだ」

「ふーむ、僕にはぜんぜん心当たりないな」 

「同じ魔術師であろう。同僚のことだぞ。なぜまったく知らないのだ」

 厳しくとがめられる。

 僕は腕を組んで、頭を横に振った。

「僕、六つ眼とそれほど親しくないし」

「お前は誰とも親しくないのだろうな」

 とげとげしい言葉だ。胸がいたむ。

「その通り。僕は君たちの争いに興味はない」

 変な期待をされても困るので、僕は自分の立ち位置を明らかにしておくことにした。

 僕は戦争とか、内乱とか、六つ眼がやっている陰謀なんかには興味がない。

 東魔国内のゴタゴタにもだ。ノクルーナが僕に期待しているような助けは、与えてあげることはできない。

 彼女は押し黙り、手の中の飴玉を見下ろす。

「それでよい。もとより異国のものの手を借りようとなどしたのが間違まちがっておったのだ。我らは我らで、所領を奪還し、誇りを示すべきだった。それが今回の件でよくわかった」  

 涙をすすりつつ、彼女は飴玉を口にほうりこむ。

 それで、僕は彼女を丁重に送り返した。

 それで終わりだ。

 実は内心、ノクルーナの作り話だとおもっていた。

 たいして興味もなかったし。だけど、今となってはこの話は渡りに船といったところだ。

 最高だね。全てのピースがはまったかんじ。

 あの男、レイヴンは、確実に、反乱軍の掃討作戦に出てくるはずだ。なぜ知ってるかというと、レイヴンの情報はすでに調べつくしてある。


 つまり、僕がノクルーナ───反乱軍側につけば自動的にあいつと接触するってことだ。


 僕は寝室の机の上、投げ出されたWANDを起動する。

 蟲が取得したデータから、ある情報について抽出するよう指示を出す。

 数分も経たず、取得されたのはとある場所の座標だ。

 それはトルク家の父親であり、一族の指導者である男が監禁されている場所の座標だ。

 この男を助け出すことが、反乱軍の目的なら、きっとこの情報は役に立つことだろう。

 あのあと、ノクルーナとは別れたが、きっと今頃、彼女は首都のどこかを逃亡しているところだろう。女の子一人、見つけだすのは簡単だ。実は彼女との別れ際、僕は簡単なおまじないをかけておいた。それはただ、旅の安全を願う程度のささいなものだが、今となっては幸運の護符だ。僕の魔力を、バグでたどれば、彼女たちに出会うのは簡単なことだ。

 すばらしい土産話を、きっと彼女は喜ぶだろう。

 明日以降の素晴らしい計画に思いをせつつ、ひとまず今日は僕は寝ることにした。

 ベッドに横になる。

 八つ裂きにされて疲れたし。ちなみにベッドシーツははがした。


 *


 三日後。

 セレモニーは盛大な正餐会せいさんかいて、つつがなく終わった。

 退屈たいくつな会だった。

 会がおわった数時間後には、出席者たちは空港まで送迎され、帰国する。

 これで今回の視察は終わりだ。

 警備兵たちに取り巻かれながら、僕も帰国者たちの列の中にいた。このまま送迎用の車にめこまれて、空港まで向かう予定だ。

 隣にいる六つ眼が意味ありげに仮面の顔をこちらに向けてきた。

「おや、お帰りではないんですか?」

 僕は今、帰国者たちの列の中にいるので、この問いかけはおかしい。普通だったら、僕が西央に帰ると思うはずだ。だが、六つ眼にとりつくろったところで見抜かれているだろう。僕は六つ眼の言葉を否定せずに言った。

「急用ができた。そのうちどこかで会うかもしれないな」

「どういう風の吹き回しで? いえ、それともあなたがそう動くのはアルスノヴァのシナリオですか?」


 勘繰られているが、ハズレだ。僕の行動は僕の意思によるものだ。


「やつがどう考えているかは知らない。たんなる予定変更だ」

「いえいえ、それならいいんですよ。あなたが動くことが、彼の人の次の一手というわけではないのなら」

 持ってまわった言い方だ。

「お前たちの思惑には興味がない」

「でしょうね」

 そう言ってる間に目の前に車がとまる。

 ドアが開かれ、乗り込む。

 六つ眼は、車のドアを閉めるのをさえぎるように、よりかかるとこう言った。


「次は実体で出会えるとうれしいですがね」


 ふざけた口調だ。

 こちらが実体ではないことに気付いているから出会い頭にああ言ったのだ。

 そう、まだ帰国するわけではない。

 今ここにいる僕は蟲で作った人形だ。

 用意された空港の席にも乗るだろうが、それは偽物。バグでできた実体は、本体と同時に平行して動かすこともできる。そのぶん操作性は劣るが、今回は見た目だけは完璧に仕上げている。


「別に僕は会いたくない。実体にも分身にも」


 六つ目が愉快そうな声をもらして、去っていく。

 こいつはこいつで実体ではない、ということだ。魔導士はいくつも奥の手を持っている。こいつもそう。セレモニーに現れた時から、ずっと実体なんかじゃない。

 魔術師たちは皆一様に何かを企んでいる。

 タクシーのドアが閉まり、六つ目や、警備兵たちを置き去りに走り去る。


 ───同時刻、僕は首都郊外をはるか南西部へと抜けた先、旧トルク領の西端。国境の境目にそびえ立つ山脈の頂に建造されたトルガム城砦の尖塔にいた。


 *


 砦の塔のてっぺんを風が吹き抜けていく。

 トルガム砦は、かつてトルク領がドルイドの治める国だったころ、西端から他国の侵攻を監視するために建てられたという砦だ。山脈にはドルイドの森と呼ばれる深い神秘の森があり、外敵からトルク領を守っていた。だが、長い年月の果て、ドルイドの神秘をたずさえた森は、魔導災害汚染によってすっかり枯れ果て(これは森林のエネルギーを利用した魔術体系の弊害へいがいだが)、砦の周囲は閑散とした荒野が広がっている。

 ドルイドたちは荒野となったこの土地を放棄して、砦自体も何百年も使われることはなかったのだが、そこに目をつけたトルク領の反乱軍たちはここを拠点に活動をはじめのだという。

 今、城砦の中は敗走してきた兵士たちでいっぱいだ。


 ───僕はどうしてこうなったのかを回想する。


 ノールダスの居場所という素晴らしい手土産を用意した本体の僕だったが、残念なことに、僕が訪れる頃には、すでに作戦は失敗していた。どうやら、僕のつかんだ情報程度のことはすでにテロリストも知っていたらしい。

 彼らはセレモニーの三日目を狙って、事を起こした。

 緋州郊外にある刑務所を襲撃。予定では、ノールダスを救い出す予定だったのだが、襲撃作戦は失敗してしまった。

 この件に関しては、中央情報局や王都の精鋭部隊が駆り出され、祭典中も休みなく働いていたようで、向こうはすでに反乱軍の情報をつかんでいたのだ。東魔の人たちは働き者だ。


 テロリストたちは返り討ちにあい、潰走。


 なんとか王都緋州の彼らのアジトに逃げ帰ったものの、州境は封鎖され、後は袋の鼠のように炙り出されて、死を待つのみだった。

 彼らのアジトを訪問したときは、災難だった。

 襲撃が失敗して血気だった十数人のテロリストたち、そんなやつらのいる場所に、トランクケース片手にのこのこ出向いて行った僕の居心地の悪さといったら。

 あやうく東魔のスパイかと誤解されて、うっかり銃で撃ち殺されるところだった。

 それをノクルーナが間に入って助けてくれたのだ。

 彼女が庇ってくれていなかったら、僕の眉間みけんに三つほど風穴が開いていただろう。


 まったく、思い返してみても散々な成り行きだ。

 僕はため息をついた。

 こんなとこくるんじゃなかったな。


 僕はぐるりと周囲を見まわした。僕がいるのはトルガム城砦の最上部。一番高い尖塔に作られた監視用の空間である。

 明日あたり、この城砦に、東魔国からの追撃部隊がやってくる。【緋鷲師団】とかいう王家直轄の空挺くうてい強襲きょうしゅう部隊が出張でばってくる可能性が高いらしい。

 トルガム城砦はその迎撃準備でバタバタしている。

 これからこの城砦は戦場になるのだ。

 それなのになんで僕がこんなところにいるのかというと、砦の人たちは殺気だっていて、階下の兵士たちが集まる集会所や、負傷兵が集められた大広間なんかに行こうものなら、荒っぽい連中に囲まれてひどい目にあうので、僕は砦の塔の隅っこに座って、こうやって小さくなっているのだった。

 なんだか肩身が狭い。

 膝を抱えて空を眺めていると、僕の元に小さな人影がやってきた。

「お前にとっては災難だったな、魔導士よ」

「ノクルーナ」

 トルクの正当な末裔まつえいである彼女は、領主の娘として気品のある格好に着替えていた。動きやすいように華美ではないが、ドルイドの正装───濃い緑色の長衣に、帯に儀礼用の短剣を差した格好だ。


「まずは感謝を述べよう。お前のおかげで、緋州の包囲網ほういもうから抜け出せたことには感謝しておる。あれがなくては我らは袋の鼠であったであろう」


 王都で指揮をとっていたギーラ・オルト・トルクとその一団。

 傷ついた兵隊も含め、彼らを逃がすためには手間がかかった。

 バグによる睡眠は、普通の魔族には有効だ。強力な魔族には、こういったデバフ付与の魔術は効かないが、一般的な警備についている魔族には効く。

 緋州から逃げ出す際にはこれが役に立った。

 蟲は向こうの通信用装置をハックできる。州境は警備兵によって厳重な警戒網が敷かれていたが、蟲で向こうの兵隊たちの位置を割り出し、警備の薄い場所を突破して、そうしてこのトルガム砦までやってきたのだ。

 ただ警戒網を破る際、バグで昏睡させた兵士を、みんなが殺してしまったのは、つらいことだった。

 それもしょうがないことだ。70年にもわたる弾圧で、ずいぶん、恨みがたまっているようだし。魔界では人がいっぱい死ぬ。これは日常茶飯事だ。

 ノクルーナが僕の前に立つと、言った。

「正直、お前がついてきてくれるとは思わなかったぞ。なぜ我らに味方をする気になった」

「利害関係の一致」

「利害関係の一致だと」

「ここにはあいつが来るだろう?ドラゴン」

「前もそんなようなことを言っておったな」

「そう、あいつだ。僕はあいつを負かしてやるためにきたのさ」

「お前、竜と戦う気なのか」

「そうだよ。そのつもりだったんだけど」

「けど、なんじゃ」

 僕は立ち上がる。

 周囲を見回す。トルガム砦の最上部にあたる塔には、胸壁の周囲に三台の魔導術式を刻み込んだ砲がある。フレイムファルコンF―13型、炎精霊術師たちの使う砲術装填式精霊戦闘機の発射台カタパルトだ。通常3人程度の魔導士で起動する召喚術式で、呼び出した火精霊を核である魔導誘導弾に込めて射出。上空で火精霊フレイムファルコンを顕現させる航空兵器である。

 これがこの砦には10台ほど。城砦を取り囲む城壁の砲台にそれぞれ仕掛けられている。

 砦内には炎精霊にゆかりのある魔導士たちが20人程度。明らかに数が足りていない。フレイムファルコンを常時起動させるなら控えの人員も含めて50人は欲しいところだ。術者の魔力を食って飛ぶ兵器だ。魔力不足に陥った魔導士は死んでしまうため、ローテーションを組んで飛ばす必要がある。

 地対空炎霊誘導弾ミサイル炎精霊弾発射機ロケットランチャーといった通常の戦闘員でもあつかえる武器に加えて、機関銃や迫撃砲など近代兵器も多数揃えてあったが、魔族の扱う魔力装甲を突破するには火力が足りない。

 六つ目が与えた兵器は、残念ながら、今回の戦闘を乗り切れるものではない。フレイムファルコンにしたところで中古の型落ち機だし、配備された数も少ない。

 そして砦の中の反乱軍は負傷兵こみで300名ほど。敗色濃厚だ。


 ───そもそも六つ眼、あいつはおそらくこの砦を見放したんだろう。


 炎精霊王の配下の力ある精霊術師たちは一人もいない上に、これが最も悪い点だが、最上の炎精霊ファティマの不在だ。これでは竜の魔力装甲に手も足も出ないだろう。


「六つ眼はこの戦いから手を引いたんだ。負けるってことだよ。見て、ノクルーナ。この砦に準備された兵器を。いろいろと取りそろえてはいるけど、残念ながら、数も性能も足りない。何より、最上の炎精霊ファティマが用意されていない。六つ眼のやつ、炎精霊王の愛娘まなむすめたちは出さないって。あいつ、今ごろは南方に引き上げて、次の手をってるさ」

「それは……」

「この城砦はちる。ここで戦うかぎり勝ち目はない」

 ノクルーナが悔しげに歯噛みする。

「しかし、だからといって、どうすればいいのだ。我らに他の打つ手など、ありはせぬ」

 僕は答えた。シンプルな答えだ。


「逃げればいいんじゃないかな」


 はじかれたように少女が顔を上げる。

「な、何をいう、貴様」

「ノクルーナ、君に提案がある。僕と一緒に逃げよう」

「……貴様、正気か。わらわに兵を見捨てて逃げよというのか」

「君の兵じゃない。君のお姉さんの兵隊だ」

「では、ギーラ姉上を見捨てて逃げろと?」

「君のお姉さんは戦うだろうね。彼女の選択だ。死のうとする人を、無理矢理、止めることはできないさ」

「では、わらわもそうする。父上も死んでしまったのだぞ。後に残った我らが誇りをみせずにどうするのだ」

「明日、ギーラが誇りをみせる、君は生きろ」


 彼女の父親ノールダスは、襲撃の失敗した翌日、()()されていた。

 彼女が強硬な態度を取るのもわかるのだが、言わなくてはいけないこともある。


「君が生きれば、負けじゃない。残念ながら、勝てないだろうけど、引き分けって状態までは持っていけるかもしれない。ここに残って無意味に終わるの? 誇り高く死ぬより、もっとやるべきことがあるはずだ」


「お前は、生きて責務を果たせというのだな」

 僕はちょっと首をかしげた。

 別に、責務を果たせ、とかそんな立派なことを言ったつもりはないからだ。

 僕としては、彼女がこの後にどう生きるべきかなんて、どっちでもいい。

 一族としての誇りなんて捨てちゃって、幸せに生きたっていいって考えだ。

 だいたいこの後のことなんて僕には関係がないんだから、好きにすればいい。

 彼女は長い沈黙の後、言った。

「……しばし時間をくれ。いろいろと考えることがある」

「わかった、覚悟が決まったら声をかけてね、僕はこれから先の手配をしておくから」

 僕はうなずく。

 少女は頼りない足取りで僕から離れると、塔の階段を降りていった。


 *


 トルク領上空。

緋鷲師団スカーレット・イーグルス】とは空挺くうてい強襲きょうしゅう部隊ぶたいの名だ。王家直属の精鋭部隊。魔族の中でも飛行に適したものが集められる。

 俺は軍用ヘリの中で、あくびを一つした。王都を離れると気楽でいい。ヘリの座席に座る水月──部隊をとりまとめる男が、とがめるように口にした。

「レイヴン管理官、指示を」

 友とか、レイヴンとか、バカガラスとか俺を呼ぶ名前はいくらでもあるが、とりわけ通りのいいのがこれだ。


 戦争管理官ウォーマスター


 王都直轄の精鋭部隊よりさらに上。真っ当な名前はなく、階級はなく、ただただ魔族として優れたものが集められる部署だ。

 魔族の能力には個人差がある。生まれつき強いもの、優れた種族の血を引くもの、天賦の才を引き出したもの。同じ親から生まれても、こどもの片方は、鬼、もう片方はただ人だったりすることもある。

 そういった魔族の中でも突出した人間を集めた部署───それがギルド“魔獣の巣”である。巣には常に十人の戦争管理官が在籍しており、国内外のありとあらゆる戦場に派遣される戦争屋エキスパート集団。


 ───任務はあらゆる戦争を管理すること。


 このため、戦争管理官の持つ権限は、東魔国内において、こと戦闘においては、あらゆる組織に優越する。

 ときに諜報から暗殺、こういった反乱の鎮圧、侵攻作戦の指揮までこなす、ようは王家の便利屋だ。

 とはいえ、戦場はいい。肌に馴染なじむ。帰ってきたってかんじがするな。

 今回の仕事は、トルク領西端の国境近辺のトルガム城砦へと逃げ込んだ残党の処理だが、これが難航なんこうしていた。

 配備されている航空魔導兵器は、こういった連中が持つものにしては上等な部類だった。

 フレイムファルコンF―13───南方との小競り合いで見かけることのある炎の魔術で、小型戦闘機のように空中での格闘戦を実現した魔導兵器。トルガム砦の上空を、炎精霊がハヤブサの群れのように飛び回っている。

 F―13は砦から半径80km地点まで行動可能のようだ。これは砦に在籍する術者の力量によるものだが、そこは半端だ。精霊戦闘機は術者の力量によって性能が大きく左右される。推測するに、砦には専門の術者がいない。内部に集まっているのは、ありあわせの雑兵といったところだろう。

 だが、無視できる戦力でもない。

 ハヤブサたちの警戒区域に侵入した僚機りょうきが、炎の翼を広げた精霊の突撃を受け、爆発。炎に巻かれて、墜落していく。


 なかなかいい兵器だ。


 今し方、一機、とした炎精霊戦闘機が、再びハヤブサのような姿にもどり、飛翔。こちらを攻撃する機会を猛禽類のようにうかがっている。

 このおかげで砦に近づけず、足止めを食っている状況だ。

 フレイムファルコン───爆弾と戦闘機と生物を兼ね合わせた存在は、核に刻まれた魔導術式によって操作されるもので、砦内部の砲台には精霊を使役する術者が詰めているはずだ。まずはこちらを殺すべきだ。


 しかし、気になることは、別にある。


「水月、妙だと思わないか、この状況」

 向かいに座る男にたずねる。

「妙、ですか?」

「そうだ。テロリストどもが、これだけの炎精霊を準備できるわけがない。逃走の際も異様な手回しの良さだった、こちらの配置を知っている人間がいるみたいにな。まるで魔法だ」

 本来だったら、あっさりと制圧できるはずだった。それなのに、緋州の追撃戦から現在に至るまで、手こずらされている。

 脳裏に二人の容疑者が浮かぶ。西央から来た魔導士どもだ。

 やつらがこの件に関わっていることは明白だ。

 六つ眼のほうだろうか。それとも、もう一人。しかし、六つ眼に関しては、理由が推測できるが、もう一人の方は、なぜ反乱軍に手を貸すのか。

 全く理由がわからない。意味不明だ。

 俺が頭を悩ませていると、運転席から報告が上がる。

「管理官、近づけるのはここまでです」

 どうやら魔導士どもの思惑について長考している時間はないらしい。

「わかった。俺が行く。水月、他は下がってろって伝えてくれ」

「了解」

 生真面目そうな返答。

 この水月という男とは、五年ほどの付き合いになる。

「この後の流れ、わかってるよな」

「はいはい、ご自由にどうぞ」

 嘆息する部下の眉間に皺がよる。

「そういうことだ。俺が先に斬り込むから、あとは機を見て、いいかんじについてこい。上空はまかせろ」

 アバウトな指示を出しても、嫌そうな顔をするだけで口答えはしない。

 つくづくよくできた副官だ。

「ご武運を」

「そっちもな。俺が飛んだら、緊急回避しろ、火の粉の面倒までは見れん」

 指示を出すと、開きっぱなしのヘリのドアから体を乗り出す。

 軍用ヘリの轟音にフレイムファルコンたちのけたたましい叫び声が混じる。

 風の音が耳元で鳴る。

 空っていいもんだ。

 広いし。

 ヘリの床板を踏み切って、跳躍。瞬間的な浮遊感のあとに、落下。

 ()()()()()()()

 炎精霊戦闘機が、獲物を見つけだした猛禽類のようにこちらに殺到。

 翼を広げる。

 カラスのような羽が太陽をさえぎる。

 体の境界が溶け出すように変貌する。


 ───魔族にとって、こちらの姿を真の姿だというやつもいる。


 すると、俺という生物は、おそらく、戦闘のために生まれた兵器なのだろう。

 体の重量が一気に重くなり墜落しかかるのを、首を持ち上げて、上空に舵を切る。

 矮小な炎精霊を引きちぎって上昇。

 太陽の近くまで飛び上がると、目標地点である砦まではすぐ近くに見える。軽いフライトってところだ。速度を上げて、飛翔。

 格下の炎精霊を避ける必要など微塵みじんも感じなかった。

 体にまとわりついてくる邪魔な火の粉を力まかせに振り切る。


 ───竜というものは、暴虐を行うものである。


 音速の翼が轟音を立てて城砦に急接近し、急降下。轟音と破壊。大重量の巨体が城砦の上方から落下。

 一番目立つ尖塔の砲台をひしゃげさせる。

 瓦礫と噴煙が舞い上がり、塔の最上部をさらに足で踏み砕く。

 全体重に加えて、魔力装甲を足元に展開。

 俺の扱う魔力でできた障壁──それを力場りきばと呼ぶのだが──莫大な魔力によって下方に向かって放たれる力場が、さらに砦をへしゃげ、崩れさせる。圧壊。

 その際に砲を守っていた術師たちが、崩落に巻き込まれて死亡。

 しばらく、この格好で暴れ回ってから、俺は元の姿に戻った。

 ちょうどうまい具合に、砦の塔から下部の半分ほどが潰れている。この砦の構造は、踏み潰した大きな塔が一つ、監視用の小規模な砲台が外壁沿いに五つ、その間を城主の棲まう居館が繋いでいる。

 今のやりとりで死んでいない人間は、そちらにいるはずだ。崩落した建物から中に入れそうな場所を見つけると、俺は中へ侵入した。

 竜の姿は小回りが効かないのが難点だ。

 戦争管理官ウォーマスターが動くということは、敵を殲滅するということ。

 一人も逃さず殺すためには、人間の姿の方が都合がいい。

 城砦内をしばらく進む。今の崩落のせいで兵士たちが慌ただしく移動している。大広間や礼拝堂といった宗教施設に、負傷したものたちをかき集め、避難させようとしているところのようだ。

 魔導通信装置インカムを起動し、水月に連絡。

「えー、これより殲滅を始める」


 ───竜というのは、人を喰らうもの。


 邪悪な生物である。


 *


 僕はトラックの荷台に揺らされつつ、双眼鏡をのぞいた。

「うわ、大暴れだ」

 砦のある方角を見れば、巨大な黒竜が大暴れしている。それにしてもデカい。

 全良は20メートルほど。体重は30tはありそうだ。

 砦を崩壊させ、ひとしきり砲台を踏み抜いたあと、爆発に紛れて、消滅。

 人間形態に戻ったらしい。

 竜の姿でいるのは魔力消費が激しいから節約と、単純に小回りを優先したのだろう。僕がやつの行動原理を心理分析プロファイリングするに、やつの目的は、トルク一族の殲滅だ。馬鹿でかい姿だと取り逃す可能性がある。

 単騎で入りこむのはどうかと思うが、やつの本性は人間のそれではなく、さっき見せた竜である。腕力も、魔力も、人間の時でも竜の姿の時と変わらない。

 砦の中にさっきの竜が入りこんだのと一緒だ。

 魔族って個人差がすごすぎて、こういう時、単独行動になりがちなんだよね。あいつは単独ユニットなんだろう。チームで連携するとなると、同格の魔族が必要になる。あんなのを他に用意するとなると、それだけでも大変だ。

 今回の任務には単独でよしと判断されたのだろう。実際それでいい。

 人間の歩兵の隊列に戦闘機が突っ込んだらどうなるか。そのようなものが今さっき見た戦闘だ。バカバカしい異種格闘技戦。戦いにもなっていない。

 双眼鏡を外して、手持ちのトランクにしまう。

 僕は先ほど見たドラゴンを思い返した。


「あの竜、見た目より重い。破壊力がある。外殻の魔力装甲がぶあついんだな。あいつの使ってる魔術はエネルギー操作系か?概念事象に手をかけるとは。竜にふさわしい魔術だ。魔力量と生来の魔術の優秀さで、見た目以上の破壊力。生きる戦闘機だ、あれは。機動力もある。フレイムファルコンなんて小物、相手にならないや。うーん、れするほど見事みごとなドラゴンだった」


 のんきに感想をつぶやいていると、隣のノクルーナからトゲトゲしい言葉が放たれる。

「あれは王家の殺戮者だぞ」

「殺戮者って大げさな」

「大げさでもなんでもない。あのドラゴンは我らの領地を侵攻してきた。兄上はそのせいで死んだのじゃ」

「あいつ、戦場に出てきすぎじゃないか。今んとこ皆勤賞だな」

「お前、まじめに聞いておるのか」

 僕らは、トラックの荷台で、ごとごとと揺らされていた。

 向かう先は国境を超えて西方、人類領域に最も近いラルムの街だ。

 ラルムの街のあるレミニ国は規模は小さいが人類に有効的で、親西央の同盟国だ。そして同盟国であるラルムの街には、協会から協会員である“司祭”が派遣され、その地域の守備や地域振興を担当している。人類と魔族の共存、これもまた協会の理念であるためだ。

 昨日の間に、僕はラルムの街のベルンハルト司祭に電話しておいた。


 内容はこうだ。

『明日、明後日あたりに、トルク領から難民が来ると思うから、協会の平和維持部隊と平和視察団を招聘しょうへいしておいてね! なるはやで、よろ!』

 かえってきた返事はこう。

『殺す』

 明確な殺意。シンプルな暴言。

 僕は悲しくなった。明日あたり、協会のコンプラ相談室に行くべきだろう。


「お前、本当にまじめに物事ものごとを考えておるのか。これで逃げ切れるとでも思っているのか?」

 ノクルーナがいう。彼女の顔は不安げだ。

 昨晩、ノクルーナは、負傷した兵と、共のものを二十名ほど連れて逃げたいと、僕に言った。そういうわけで、僕らは今、砦から逃げ出す車列の最後尾、比較的健康な人たちの集まったトラックの荷台に揺られているのだった。

 車両は、ノクルーナたちが用意した。なんとギーラ・オルト・トルクは、彼らの脱走を許したのだ。未来にノクルーナを生かす、という選択をしたらしい。怖い人だと思っていたけど、意外と妹想いな一面もある。

 ちなみにトラックの先頭は、砦にいた幼い魔族たち、次に傷病者、次にノクルーナに昔から仕えているという侍女や兵士たちだ。比較的、健康な彼らはしんがりをつとめることとなった。

 僕は少女を元気づけるように言った。

「逃げ切れるさ、僕を信じなさい、これでも世界最高峰の魔導士の一人、狂える星のアルビレオだ」

「狂える星、どういう意味の二つ名だ。その人格か。ずいぶん変わり者のようだからな」

「…いや、これはね、僕の神出鬼没さをあらわしているんだ、昔の天文学者は惑星の見かけ上の動きを指して惑う星と言った。そこから、ちなんでいるんだ。どこにでもあらわれるから、狂える星」

「絶対、ちがうであろう、それ」

「断じて、性格のことではない。僕は常に理性的で合理的。魔導士らしく冷静だ」

 大事なことなので、僕は訂正しておいた。

 この二つ名、実は気に入っていない。まるで僕が狂人のようではないか。

 とんでもない話だ。僕は常に冷静だ。いつも正常。

 協会でも僕はきっての穏健派で通っているのだ。

「ではなぜ、その理性的な魔導士が、ここまでしてわらわたちを助けてくれるのだ」

「前にも言ったけど、利害関係の一致だ。僕はね、あのドラゴンをボコボコにやっつけに来たんだ」

「な、なんだとっ、お前まだそんなことを言っておったのか。先ほどの戦闘を見ていなかったのか? お前のように軟弱なんじゃくなやつがあの殺戮者とどう戦うというのだ。蹴飛けとばされて終わりに決まっておる!」

 ノクルーナがおどろきすぎて、大きな声で言いつのる。耳が痛い。ひどい言い草だ。

 確かに近接格闘では分が悪い。圧倒的にあちらに有利だ。だが、あのとき、油断していたからそうなっただけで、次にやれば僕が勝つ。

 魔導士は勝算のない戦いはしないものだ。


「ノクルーナ、君はわかっていないね。魔導士がどういうものか。西央の魔導士が自分から仕掛ける、ということは、“勝つ”ということだ! 以前はまあ、こっちも本気じゃなかったから遅れをとったが、今回は別だ。事前の準備は完璧、あとはやつがくるのを待つだけってところさ」


 ノクルーナが僕を疑わしげな目で見ている。


「今、お前が着ている服も、その準備とやらの一環なのか?」


 彼女が指摘したのは、僕の服装についてだ。僕は自分の姿をチラッと見た。

 肩からはおる聖職者のようなすその長い白いケープに、白い上着と、白いズボン、上から下まで真っ白な驚くほど汚れの目立つ協会の戦闘用の正装である。


「そうとも。これは、言うなれば、協会の魔導士の戦装束さ。特殊な加工を施した布地で、魔法を使う時に、魔力の曝露ばくろから自分の体を守るためのものだ。まあ、ないよりはましかも程度だけど、これから大きな魔法を使うからね」


 ノクルーナにはこう言ったが、実はすでに大規模な魔術を使っている。

 まったく、“()()”をここまで転送するのは、さすがに骨が折れた。

「ふむ、備えはしておるということか。まあ、良い。だが、そもそもあのドラゴンがこちらに来るという保証はないぞ」

「いや、やつは来るね」

「なぜ、そう思うのじゃ」

「…戦争というものは、敵を殲滅するだけで終わらない。目標を達成するまでは、勝ったことにはならないのさ。僕が思うに、やつの今回の任務の作戦目標は、トルク一族の抹殺だろう。ノールダスを処刑した今、一人も残したくはないはずだ」

 13貴族領のシンボルであったノールダスを殺す、ということは、南部の反乱に対して和解や交渉をする気は一切ないということ。東魔国側の動きとしては、厄介なトルク一族を誅罰し、南部の完全制圧にかかるはずだ。

「わらわを殺しに来るということか」

「十中八九、必ず来る。やつは、そうせざるをえないはずだ」

 僕は以前、あのセレモニーの夜に、やつが言っていたことを思い出す。

 世界というシステム、それに仕えている道具だと自らを言い切った男。


 ───だからこそ、つけいるスキがある。


 僕がこれから先の勝利を思ってニヤニヤしていると、トランクケースの中から電子音が聞こえた。中からWANDを取り出し、起動。すると、僕のいる現在地点がモニタに浮かんだ地図上に映し出される。トルガム砦から612キロメートルほど離れた地点。以前、ドルイドの森と呼ばれていた不毛の荒野の一歩手前。

 バッチリだ。

「そろそろだな。ここで降ろしてくれ」

「どうしたのじゃ」

「僕はここで竜を迎えうつ。君らは逃げろ」

「何を言う。我らと逃げるべきじゃ」

「君らには偽装がかけてある。このままラルムの街までまっすぐ進め。上空からでも、センサでも探知されない。安心して行くんだ」

 バグは本当に便利だ。微小な魔力粒子の塊であるため、薄く車体表面を覆わせると、外界の景色と同化させることができる。簡単にいうと、光学迷彩のようなものだ。魔導学的にいうと光学系幻影投射術というものだが、古くは敵に幻を見せたり、誘惑したりといった古代呪術が現代的に進化したものだ。ようは幻影魔術の一種である。

 竜の視力を持ってしても、隊列は見つけ出せないだろう。

 偽装を行なっていない、僕以外は。

「死ぬかもしれないのじゃぞ」

 言って、心配そうな顔をするノクルーナ。

 僕は彼女の言葉を、否定しなかった。うなずく。

「かもね。そういう可能性はある。でも、どちらにしても、君らのとこには行かせないよ、そこは安心して、僕が守る」

「そ、そんな、らしくないことを言うでない……」

「ラルムの街についたら、そっちの司祭ベルンハルトというのがいるから、僕の名を出せばいい。狂える星の一存で、トルク領の継嗣を保護した。魔導教皇猊下にはどーぞよろしくお伝えください、だ」

「わらわのために、どうして、そこまでしてくれるのじゃ」

 か細い声だ。

 故郷を遠くに離れ、ついでに僕もいなくなるから、不安なのだろう。当然だ。

 しかし、僕は、彼女に言っておくべきことがあった。


「…いや違う、僕のためだ。いっておくよ、ノクルーナ。僕は僕の意思で、やりたいことをやるんだ。魔導士というものは、そういうものだ。意志の力で、この世の摂理をねじ伏せる。そういう生き物だ。だから、僕がどうなるかなんてこと、気にしなくていいよ。君も、好きなように生きればいい。君がしたいようにするんだ」


 僕が言うと、ノクルーナは毅然きぜんと顔を上げた。

「わかった。お前も、生き残るのだぞ」

 彼女の瞳には、もう、か弱さはない。凛々《りり》しい声音で運転手に指図さしずする。

 トラックが停車する。

 僕はWANDをトランクケースに戻して、荷台から飛び降りる。

 トラックが発車する。

 去り行くトラックを見おくりながら、僕は深い満足感にひたっていた。


 ───今のやりとり、かっこよかった。


 我ながら、じーんときた。

 まるで、命を賭してヒロインを守る正義のヒーローみたいじゃないか。

 抑えきれない笑い声が低くこぼれる。

「くくっ……ふふふふ、あははははっ!」

 やったー! 最高の気分だ! 

 笑いの発作がおさまるのを待ってから、僕は東方向へ100メートル進む。

 そこに()()()()()()()()()

 あとは、あいつが、僕を見つけ出すのを待つとしよう。


 *


 人でなし、とか、人殺し、とか俺をさげすむ名前は数え上げてもキリがないほどだが、なんとその全てがほとんど真実である。

 生まれてこの方、竜の寿命は長いため、現在数えで127才になるのだが、15の春に初陣を迎えてからというもの、その後ずっと戦場で暮らしてきたといっても過言ではない。戦場暮らしのブラック・ドラゴン。そういうことである。

 春ののどかな陽気が、砦内の小窓から差し込む。

 うららかな日差しだ。

 俺の通った後にできた血溜まりや転々と転がる死体を明るく照らし出す。

 殺戮という残酷の最中さなかにあっても世界は美しいものだ。

 今し方、斬り捨てたばかりの兵士の死体を足で踏んで通路の端に転がす。

 通行の邪魔だ。

 生まれて生きるに値するすばらしい世界。

 そう評した間抜けがいたが、俺はこう思う。

 明日、死んでしまってもかまわない世界だ。世界というシステムは、俺がいなくても回り続ける。誰が死んだとしても、機能を果たす。

 変わらぬ美しさで。

 世界は変わらない。依然、順調だ。

 それが確認さえできるなら、明日、誰が死体の仲間入りをすることとなっても、何をうれうことがある? 最も大切なことは個人の生死を超えた先にある。

 俺が斬り捨ててきた反乱軍の兵士たちも同じことだ。彼らは彼らの主人に仕え、信ずるもののためにじゅんじた。俺となんの違いもない。

 彼らも、俺も、個人の生き死にを超えた、何かもっと、大きなものの一部だ。

 信仰、信念、イデオロギー、経済合理性、人種、この魔界にさまざまな理由によって行われた戦争が、世界の美しさを毀損きそんすることがあったか? 人が死んで、夜空に星が流れなくなったことがあったか? 空に日が昇らないことがあったか? 春に花が咲かないことがあったか? 

 我々を罰する者がいるとして、世界の終わりはいつやってくる。

 そんな日は来ない。


 明日も、世界という機構メカニズムは機能しつづける。


 数多の命を踏みつぶしながら。


 永遠に。


 だからこそ、仕事は重要だ。システムに仕えるものとして、変わらない日々をただこなす。敬虔な信徒のように。

 手順よくいこう。

 俺はまず、砲台に詰めている魔導士たちの下までおもむき、殺した。その間、道中で行き合った兵士たちも、殺した。そこから、俺は砦の奥へと足を向けた。

 散歩のように気楽なものだ。

 こういった城砦の主人というものは、兵士に警護され、大広間や礼拝堂などの重要な施設にいるはずだ。

 この頃になると、上空を旋回する炎精霊が消失したため、砦へと接近していた、【緋鷲師団】と城砦内部で合流。彼らと手分けをして砦内の処理にあたったので、ぐっと時間を短縮することができた。

 今回の反乱の首謀者であるギーラ・オルト・トルクは砦の上部にあたる会議室にいた。城砦内の侵入者に気づいていたらしく、それへの対応をどうするか、兵士たちと急がしそうに話し合っていたところだったのだが、こちらの用件もあるため、不躾ぶしつけながらこちらを優先させてもらった。

 護衛の兵士たちを斬り捨てて、室内に足を踏み入れると、彼女はびっくりしたような顔をして、次には憤怒の形相を浮かべた。

 彼女は赤茶けた髪色の、意志の強い顔をした女性で、俺を見ると、剣を抜いて立ち向かってきた。

 賊の手にはかからん、というわけだ。ふむ。貴人としての品を感じる振るまいだ。

 ロングソードを正眼に構え突進してくる彼女をいなし、返す刀で胸部を突き刺して殺す。

 本人かどうか、影武者などではないか、あとで顔の照会をするので、力場で圧殺はしない。床に落ちた体はきれいなものだ。

 手早く処理できてよかった。

 彼女は誇り高く戦って死んだ。


 ───それで、だから、なんだというんだ。


 誇りというものは、どんな人間を相手にするか、誰に見せるかが重要だ。武人としての矜持のない俺に、そんなものを見せたところで、どうしようというのだろう。

 戦場では身分の上下に関わりなく死ぬ。これが世の中の道理、そういうルールだ。

 またしても、システムの完全さを確認しつつ、俺は城砦内部の無事な廊下を外に向かって歩く。

 砦の外に出ると、水月が部下に指揮を出しているところだった。

 俺を見ると、声をかけてくる。

「管理官、内部は掃討完了です」

「そうだな。ギーラの死体の確認を頼む。トルク領に詳しいものを呼んでくれ。これで、別人だったりしたらかなわんからな」

「いえ、それが、すでに身元の確認を行わせたところ、その……三女のノクルーナがいないそうです」

 初耳だ。

「げっ、知らんぞ、三女だと? 何歳くらいだ、そいつ」

「人間の年齢では12歳ほどの外見。赤茶けた髪色の若い魔族です。歳が若いため、重要視されていなかったようで」

「…あー、見なかったな。こどもを斬ったおぼえがないが、もしかして…」

 思い返してみるが、砦内でその年齢のこどもに行きあった記憶はない。

 他の連中が手を下したのなら別だが。

 俺は、水月の背後、半壊した砦の塔と瓦礫がれきの山に目をやった。

「そうです、あの中かも」

 お前が後先あとさき考えなかったせいで、と批判したげな口調だ。

 とはいえ、瓦礫の山の中にいるなら、いいほうだ。後続の部隊を待って、余裕を持って探せばいいだけだ。しかし、最悪なのは、逃した場合だろう。

「あちゃー、やっちまったか。手間だが、しょうがない。瓦礫の撤去てっきょ作業とつぶしたものたちの確認はお前らにまかせるとして、俺が追う」

「お一人で行かれるのですか」

「…お前らが俺と肩を並べて飛べると思ってるのかよ。吹き飛ばすぞ。邪魔だ。絶対、ついてくるなよ、いやな予感がするからな」

 この件で、裏で手を引いているのはやつらだ。

 脳裏に一人の人間が浮かぶ。

 俺はどうも、こういうことをするのはあいつのほうではないかと思っているのだが、どちらにせよ、決めつけて考えるべきではない。

「敵に心当たりがおありですか」

「まだ確定はできない。俺が一人で対応する。連絡が途絶とだえたら、皆をまとめて即刻退去しろ。俺が死んだら、お前らじゃ相手にならん敵が先にいるということだ」

 魔導士たちの力量をあなどりはしない。

 特に、入念に準備を行なった魔導士は危険だ。

 俺の長い戦場生活の中で、人間の尊厳をおかして無惨に、大量の死者を出したのは、魔導士たちの操る不条理の魔術だ。天体軌道上からの衛星兵器による対消滅光子砲、魔導核分裂反応による破滅の光、生命倫理を冒涜した死霊術兵による侵攻、歴史上、これらの大量破壊魔術は幾度となく用いられてきた。だからこそ、東魔国では魔導士を厭う。人間らしい死はそこにない。早めに処理できればそれに越したことはない連中だ。

 嫌な予感が杞憂きゆうであればいいが、もしも俺が死ぬとしたら、それはここにいる他の連中も同じことだ。かえって味方への損害を出す羽目はめになる。

 いつ死んだとして意味はないことだが、無駄な損害を出す必要もない。

「一度、体勢を整えてから出直すべきです」

 水月の進言を無視して、俺は歩き出す。

「いいや、今すぐ追うべきだ。危険だとしても、ターゲットを取り逃すのは許されない」

 十分な距離をとってから、俺は竜に変じた。

 強靭な後肢で地を蹴り上げて、宙に舞う。

 翼を広げ、上昇。

 力場で生み出した上昇気流を受けて、太陽の近くまで飛び上がると、上空で円を描くように旋回しつつ、俺は考える。

 さて、追うといったところでどちらに向かうべきだろう。

 逃げ込んだ場所として考えられるのは二つ。

 南方か、西方人類領域。人道的支援を名目にするなら西だが、これまでの経緯を考えるなら南だってありうる。

 俺の目であれば上空からの索敵さくてきが可能だが、さて。

 逡巡しゅんじゅんしたところで、通信が入る。


『西南方向へ612キロ地点、君の翼なら15分ほどのフライトだ、どうぞ』


 聞き慣れない人間の声。

 緋州からの逃走の際も、通信回線を傍受ぼうじゅしていたのだろう。

 俺は指示に従う。今の通信は、犯人の自白に他ならない。

 延々と続く不毛の荒野を見下ろしつつ、15分のフライトを終わらせると、視界に、急に白いものが閃いた。

 やつだ。

 俺は翼をたたむと、地上付近まで降下。

 竜の姿から人の姿へと戻り着地。

 顔を上げると、先ほどの白いものが視界に入る。

 戦場に似つかわしくない優美な白い衣装は、血もけがれもせつけないように清浄に感じられる。

 肩から羽織るすその長いケープを風にはためかせ、不敵に笑う人物。

 なめらかな褐色の肌に、目映まばゆい金の髪、蠱惑的で人目を惹く整った顔立ち。

 強い意志の光をはなつ、鮮やかな翠眼。


「やあ、君と会うのは二度目だね!」


 アルビレオと名乗る魔術師がそこにいた。


 *


 やあ! 僕だよ!

 僕は勇ましくやつをにらみつけた。

 対峙する男は無感情で、つまらなさそうな顔で僕を見ている。

 あいかわらず得体えたいのしれない暗い目つきだ。

 レイヴンは、僕を見ると言った。

「トルク家の生き残りを逃したのはお前だな」

 僕はうなずいた。この件で僕に後ろ暗いところは一つもない。

 確かに僕は東魔国内の法令違反をいろいろ行ったが、どれ一つとっても証拠なんか残していない。僕は無罪だ!

 ノクルーナにしたところで、あのまま砦にいたら死んでしまっていたのだから、結局は良い行いをしたのだ。 

「その通り! いままでのことは全部、僕の仕業しわざだよ。どうだ、くやしいか。ノクルーナはもう君の手の届かないところまで送ったんだ」

「……なぜ、こんなことまでする? そっちにとって得なことは何一つない。不利益ばかりだろ?」

「ふふーん、わかってないね。傷つけられたプライドのお返しは百倍にして返す。これが僕のポリシーだ」

「それだけ?」

「そうだよ」

「少女を助けにきたんじゃないのか。人道的に」

 レイヴンが戸惑っている。

 僕は断言した。

「そんなことあるわけないだろ。徹頭徹尾てっとうてつび、僕は僕の好きなようにやる。君は以前、言ってたね、自分はシステムにつかえてるって。君が教えてくれたから、僕も教えてあげよう。僕が仕えているものは、予定調和のくだらないパワーゲームなんかじゃないんだ。正義とか善とか悪とか、秩序とかモラルとか、そんなものも全然ぜんぜん関係ない。大事だいじなのは」

 かるく息を吸う。

「この、僕が、どうしたいかだ! 世界というシステム? 予定調和? そんなものこっちから願い下げ! 全部ぶっ壊して、僕は僕の意思を遂行する! 僕という機構メカニズムのために!」

 言って、僕は彼を見上げた。

「意志の力で全てを成す魔導士なら、世界なんてぶっ壊してみせる!」

 力いっぱい、僕はそう宣言した。

 魔法というものは、この世界のルールを破るものだ。

 世界の摂理せつりじ曲げ、願望のままに支配する。

 そんな力をおもいのままに操る人間というのは、エゴのかたまりだ。

 逆に、そうでなければ、世界の条理をくつがえす力なんて扱うことはできないのだ。

「ふーん、それで?」

 レイヴンがつまらなさそうな顔で聞く。

 思わず熱が入ってしまったので、少し気恥ずかしい。

 僕は、こほんと一つ咳払いしてから言った。

「というわけで、君をここで倒させてもらう。君の任務は失敗だ。システムは不調、君は役立たず、ちっぽけな女の子一人、君は踏みつぶせないんだからね」

「どうだろうな? 今から飛べば間に合うさ、逃げたのは西方だろ?」

「なっ、なぜわかる」

「考えればすぐわかる。西には協会の同盟国がある。どこに協会の支部があるかくらいは把握している。南方に入られた方が厄介だったよ。炎精霊領とはまだやり合いたくないからな」

 動揺どうよう

 どうしよう。ラルムの街に先回りされたら、さすがに危険かもしれない。

 偽装したのは車両だけだ。

「ま、まあ、ぜんぜん問題ないけどね! 君はここで足止めを食ってるんだし! 僕が、君をやっつけるんだから」

「いや、お前もここで殺しておく」

 レイヴンが低く言う。

 同時に抜刀。鞘から抜き払った刃で頸部けいぶを一閃。

 容易たやすく頭部を首から切断するかと思われた斬撃は、振り抜かれることはなく、巨大な金属の壁にはじかれたように高い音を立てる。

 僕が斬りつけられたのだとわかったのは、すべてが終わった後だった。

 それにしても本当に、準備しておいて助かった。

 この地点には“アレ”がすでに待機済みだ。

 レイヴンには見えていない偽装はもう一つある。

「ああ、紹介していなかったね、僕には協力者がいるんだ。3000年もの間、なぜ魔導協会が魔王の椅子を守り続けることができたのか。その理由がこれだ。13人の選帝侯は、世界最高峰の魔導士であると同時に、西央の最大戦力なんだ」

 警戒して距離をとるレイヴンに、僕は説明した。

 指を鳴らして、()()()()()を解く。

 空間───青い空と荒野に見えていた空間がぺりぺりとはがれ落ちる。


 舞台の幕が開くように、僕の背後に全長22メートル、機体重量32トンの巨大な鋼鉄の塊が現れた。


「さて、お目にかけよう、協会の最新鋭機にして、狂える星の手がけた愛娘まなむすめ、天空かける銀翼の乙女、魔導機械人形【シルヴィア】シリーズ、型番はCD-9カオティックドール・ナインス!」


 通称はシルヴィア・ナインスと呼ぶ。僕はそう名付けた。

 魔導カオティック機械マシーナリー人形ドール。シルヴィアシリーズの9体目という意味だ。

 胸部に魔導核融合炉と擬似人格制御基盤を持つ白銀の機体。

 魔導装甲騎兵ドールと呼ばれる兵器はよくあるが、僕の作ったものはそこらに配備された量産型と違う一点物だ。人格制御基盤を持つ、擬似的な魂のある人形。

 シルヴィアの鋼鉄の左手が僕を包み込むように壁になっていて、さっきの斬撃を弾いてくれたのだ。

魔導装甲騎兵クレリック、どうやって持ち込んだ」

 クレリックと彼が呼んだのは最もポピュラーなタイプの魔導騎兵のことだ。人格の制御装置がついていないため、パイロットが乗りこむ必要がある。クレリック・モデルは協会で量産していて、パイロットの育成も盛んに行われているし、紛争地帯でも使用される一般的な兵器だ。

 しかし、クレリックが量産型なら、シルヴィアは最高性能・最新鋭の芸術品である。


「違う違う、量産型と一緒にするな。これは僕の手がけたオリジナル。どれだけ心血注いで作り上げたことか! だいたい、シルヴィアは僕と、いつも一緒にいたんだって! オモチャの兵隊はどこに行くにも持ってるんだ。トランクの中にいれてる。ただ、空間をいじって、転送するのに時間がかかったから、すぐには出せないんだけど」


「正気か、お前。こんなところで、こんなものを使うとは……国際条約とか、知ってるか」

「……知ってる、でも、そんなの証拠が残らなきゃいいんだよ」


 僕は太鼓判を押した。


「では、はじめよう! シルヴィア、戦闘開始! 白銀のワルツを踊るがいい!」


 僕が指示を出す。シルヴィア───機械の騎兵はすでに動き始めていた。

 レイヴンを敵と認定したようだ。

 彼女が巨人の右手を振りおろす。レイヴンが吹っ飛ばされていく。

 ふむ、右ストレートで圧勝か。

 砂煙が舞い上がる。

 黒竜の姿が砂煙の中から飛び出していく。音速を超えた速さ。凄まじい轟音と風圧。

 それを追うように、シルヴィアは僕を守っていた右手をそっと優しく引くと、片膝をついて、跳躍。

 0.1秒後、反重力加速装置アンチ・グラビティブースターが爆音を立てて、ロケットのように飛び立っていく。

 青い空に黒竜と白の騎兵が交錯こうさくした。


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